学校町内、ο(オウ)-No.本拠内。
ひとりの少女が憮然とした表情で歩いている。
小柄な体躯に黒いヴィクトリア風の膝丈のドレスを纏い、縦ロールというにはやや緩い黒の巻き毛。
ο-No.3、桐生院るりというその少女は、ある一室の前で足を止めると、力任せにドアを叩いた。
「ちょっと、いい加減にしなさい!開けなさいこのお馬鹿!」
「ちょ、るりさーん」
「No.3、止めて下さい、相手は子供ですよ」
るりとて外見は子供なのだが、「組織の黒服」という存在には、年齢などという概念はない。
例えもとが人間であっても、長い年月を過ごすうちに、年齢の感覚は薄くなってゆく。
「子供を甘やかすと碌な事にならなくてよっ!開けなさいこのチビ!」
かちゃと音がしてドアが少しだけ開く。
るりとはまた違う黒髪の少女がひょこりと顔を出し、一言。
「チビじゃないもん!」
その一言で閉まろうとした扉の隙間にるりがさっと足を踏み入れた。さながら悪徳セールスマンのやり口だ。
「あいたたた!」
わざとらしく悲鳴を上げてみせると、慌てたようにドアが全開になる。
「だ、だいじょーぶ!?」
しゃがみこむるりの足を見ようと屈んだノイの手首を、しっかりとるりの手が掴んだ。
「ふぇ?」
「てぇぇいっ!!」
るりの気合いとともにノイの小さな体がすっ飛び、ドアの外に尻餅で着地してしまった。
「いっ・・・いたああいっ!」
るりはしてやったりと笑みを浮かべる。
「さあ、部屋から引きずり出してやったわよ。
人殺しだかなんだか知らないけど、人んちでめそめそ立てこもるのは辞めて頂戴」
ひとりの少女が憮然とした表情で歩いている。
小柄な体躯に黒いヴィクトリア風の膝丈のドレスを纏い、縦ロールというにはやや緩い黒の巻き毛。
ο-No.3、桐生院るりというその少女は、ある一室の前で足を止めると、力任せにドアを叩いた。
「ちょっと、いい加減にしなさい!開けなさいこのお馬鹿!」
「ちょ、るりさーん」
「No.3、止めて下さい、相手は子供ですよ」
るりとて外見は子供なのだが、「組織の黒服」という存在には、年齢などという概念はない。
例えもとが人間であっても、長い年月を過ごすうちに、年齢の感覚は薄くなってゆく。
「子供を甘やかすと碌な事にならなくてよっ!開けなさいこのチビ!」
かちゃと音がしてドアが少しだけ開く。
るりとはまた違う黒髪の少女がひょこりと顔を出し、一言。
「チビじゃないもん!」
その一言で閉まろうとした扉の隙間にるりがさっと足を踏み入れた。さながら悪徳セールスマンのやり口だ。
「あいたたた!」
わざとらしく悲鳴を上げてみせると、慌てたようにドアが全開になる。
「だ、だいじょーぶ!?」
しゃがみこむるりの足を見ようと屈んだノイの手首を、しっかりとるりの手が掴んだ。
「ふぇ?」
「てぇぇいっ!!」
るりの気合いとともにノイの小さな体がすっ飛び、ドアの外に尻餅で着地してしまった。
「いっ・・・いたああいっ!」
るりはしてやったりと笑みを浮かべる。
「さあ、部屋から引きずり出してやったわよ。
人殺しだかなんだか知らないけど、人んちでめそめそ立てこもるのは辞めて頂戴」
ところは変わってるりの私室。
イタリア製の革のソファに、ガラス張りの猫脚のテーブル。カーテンは明るい色調で薔薇柄が織り込まれたゴブラン織。
白で纏められた調度にかかった経費を考えると経理担当の黒服が未だに涙目になる程豪華な部屋で、それぞれ趣の違う黒髪の少女が二人。
「・・・帰れないもん」
癖のない髪を顎の辺りで切り揃えたノイはいかにも決まり悪げに。
緩やかな巻き毛のるりは傲然と、豪奢な部屋の女主人を気取って腰掛けている。
「イタルだって・・・きっと赦してくれないよ」
日頃の活発さに似合わずしょげ返った様子のノイを苛立たしげに見つめるるりの指先が、とんとんとテーブルを軽く打つ。
「話し合ってみればいーじゃないの」
ううーとうめきながらスカートの裾を握りしめたノイは頭を横に振った。
会えない。イタルに会えたとて、なんて言っていいかわからない。
相手の前に出れば、言うべき事は自然に出てくるものだとるりも蘇芳も言うけれど、そんなのよくわからない。
第一、何を言ったところでイタルが受け入れてくれなければそれまでなのだ。
「でも、もう起きてしまったことだからね」
ノイの前にことりとアイスココアのグラスを置いた明るい色の髪の青年が、ノイの顔をのぞき込む。
「死んだ人は生き返らないし、起こったことは元には戻らない」
「…じゃ、どーしたらいーの?」
髪と同じ明るい色の瞳でじっと見つめられ、柄にもなくどぎまぎしたノイは落ちつきなく握ったスカートの裾をぱたぱたさせた。
「後悔する。起こした事を悔いる。それだけだよ」
「それは後悔ではなく、反省って言うのじゃない?」
ややどうでもいい異議を挟んだるりに柔らかく笑いかけ。
「後悔でも、反省でもいいんです」
その笑顔のままノイに向き直る。
「その後悔を持ち続けている限り、死者は君の心の中で戒めとして生きるだろう。彼らの供養になるかは判らないが、君の自制には役立つことになる」
「…じせい?」
「そう。何年も君を責め苛む後悔が、一瞬の発現ですべてを終わらせてしまう殺意を阻むだろう。忘れてはいけないよ。人を殺したいなんて気持ちは一瞬だけど、それを実行すればその何万倍の時間を後悔の中過ごすことになる」
諭すような口調だが、厳しくも説教臭くもない。
ムーンストラックの厳しくも暖かいお説教とも、柳のほんわかとした、けれど時に鋭い叱咤とも違う。この人の言葉は、無色透明な水のように心に沁みてゆく。
「ちょっとだけ…わかった。ありがとう」
おにーさんも「組織」の人?なんて名前?
「僕はο(オウ)-No.4、新橋 蒼(しんばし そう)『レテ川』と『冥王ハデス』の能力を持っているよ」
少女の問いに、青年が自己紹介で応えた、その瞬間。
「?」
とん、とノイの肩に何かが触れ、同時に彼女は深い眠りに落ちていった。
眠りを導いたのはいつの間にかノイの背後に回っていたるりの手にした、二匹の蛇が絡み合う意匠の杖。
『ケーリュケイオン』触れた者の眠りと目覚めを自在に操る、伝令神ヘルメスの杖。
「さて、これでこちらの準備はオーケーね。後はイタルとやらに、夢の世界にご来訪願うとするわ」
この子を部屋に運びなさい、とるりが控えた黒服に指示を下す間、蒼と名乗った男は、ただ眠るノイを見下ろしていた。
イタリア製の革のソファに、ガラス張りの猫脚のテーブル。カーテンは明るい色調で薔薇柄が織り込まれたゴブラン織。
白で纏められた調度にかかった経費を考えると経理担当の黒服が未だに涙目になる程豪華な部屋で、それぞれ趣の違う黒髪の少女が二人。
「・・・帰れないもん」
癖のない髪を顎の辺りで切り揃えたノイはいかにも決まり悪げに。
緩やかな巻き毛のるりは傲然と、豪奢な部屋の女主人を気取って腰掛けている。
「イタルだって・・・きっと赦してくれないよ」
日頃の活発さに似合わずしょげ返った様子のノイを苛立たしげに見つめるるりの指先が、とんとんとテーブルを軽く打つ。
「話し合ってみればいーじゃないの」
ううーとうめきながらスカートの裾を握りしめたノイは頭を横に振った。
会えない。イタルに会えたとて、なんて言っていいかわからない。
相手の前に出れば、言うべき事は自然に出てくるものだとるりも蘇芳も言うけれど、そんなのよくわからない。
第一、何を言ったところでイタルが受け入れてくれなければそれまでなのだ。
「でも、もう起きてしまったことだからね」
ノイの前にことりとアイスココアのグラスを置いた明るい色の髪の青年が、ノイの顔をのぞき込む。
「死んだ人は生き返らないし、起こったことは元には戻らない」
「…じゃ、どーしたらいーの?」
髪と同じ明るい色の瞳でじっと見つめられ、柄にもなくどぎまぎしたノイは落ちつきなく握ったスカートの裾をぱたぱたさせた。
「後悔する。起こした事を悔いる。それだけだよ」
「それは後悔ではなく、反省って言うのじゃない?」
ややどうでもいい異議を挟んだるりに柔らかく笑いかけ。
「後悔でも、反省でもいいんです」
その笑顔のままノイに向き直る。
「その後悔を持ち続けている限り、死者は君の心の中で戒めとして生きるだろう。彼らの供養になるかは判らないが、君の自制には役立つことになる」
「…じせい?」
「そう。何年も君を責め苛む後悔が、一瞬の発現ですべてを終わらせてしまう殺意を阻むだろう。忘れてはいけないよ。人を殺したいなんて気持ちは一瞬だけど、それを実行すればその何万倍の時間を後悔の中過ごすことになる」
諭すような口調だが、厳しくも説教臭くもない。
ムーンストラックの厳しくも暖かいお説教とも、柳のほんわかとした、けれど時に鋭い叱咤とも違う。この人の言葉は、無色透明な水のように心に沁みてゆく。
「ちょっとだけ…わかった。ありがとう」
おにーさんも「組織」の人?なんて名前?
「僕はο(オウ)-No.4、新橋 蒼(しんばし そう)『レテ川』と『冥王ハデス』の能力を持っているよ」
少女の問いに、青年が自己紹介で応えた、その瞬間。
「?」
とん、とノイの肩に何かが触れ、同時に彼女は深い眠りに落ちていった。
眠りを導いたのはいつの間にかノイの背後に回っていたるりの手にした、二匹の蛇が絡み合う意匠の杖。
『ケーリュケイオン』触れた者の眠りと目覚めを自在に操る、伝令神ヘルメスの杖。
「さて、これでこちらの準備はオーケーね。後はイタルとやらに、夢の世界にご来訪願うとするわ」
この子を部屋に運びなさい、とるりが控えた黒服に指示を下す間、蒼と名乗った男は、ただ眠るノイを見下ろしていた。