ラノロワ・オルタレイション @ ウィキ
ラスト・エスコート (後編)
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ラスト・エスコート (後編) ◆MjBTB/MO3I
(前編より)
「……こく、とう……さん……?」
「……え、あ……ああぁ、あ…………?」
信じたい。彼ならば信じられる、そう思っていた。
姫路瑞希は朝倉涼子の幻影を振り払い、確かにそんな想いを抱くことが出来た。
彼は本当に優しい。上辺だけ取り繕って現れたわけではないのだ。
そう理解出来ていた。
はずだった。
姫路瑞希は朝倉涼子の幻影を振り払い、確かにそんな想いを抱くことが出来た。
彼は本当に優しい。上辺だけ取り繕って現れたわけではないのだ。
そう理解出来ていた。
はずだった。
「なんっ、な、んで……どうし、て…………」
話によると彼の周りには、Fクラスの住人のように個性的な面々が集っていたようだ。
その人たちは皆乱暴者ではなく、人を無闇に傷つけるような人たちではないと言う。
それは真実なのだろう。類は友を呼ぶ。だから、良い人の黒桐の周りには良い人が集まるのだ。
彼は深淵の深くに取り残されていた自分を、嫌な顔一つせずに掬い上げてくれた。助けてくれたのだ。
その人たちは皆乱暴者ではなく、人を無闇に傷つけるような人たちではないと言う。
それは真実なのだろう。類は友を呼ぶ。だから、良い人の黒桐の周りには良い人が集まるのだ。
彼は深淵の深くに取り残されていた自分を、嫌な顔一つせずに掬い上げてくれた。助けてくれたのだ。
「こんなの……こんなのおっ! こんなのいや……なっ……のに!」
信頼に値する存在だった。そして相手も自分をそう思ってくれていた。
嬉しかった。自分なんかを気にかけてくれる、その心遣いが嬉しかった。
吉井明久のように優しくて、明るくて、度胸があって。
そんな黒桐幹也とならば、一緒に歩めると、そう信じていた。
彼ならば信頼しても良いんだって、そう思えたのに。
それなのに、何故こんなことになってしまったのか。
姫路はそれを、自分でも、理解出来ない。
嬉しかった。自分なんかを気にかけてくれる、その心遣いが嬉しかった。
吉井明久のように優しくて、明るくて、度胸があって。
そんな黒桐幹也とならば、一緒に歩めると、そう信じていた。
彼ならば信頼しても良いんだって、そう思えたのに。
それなのに、何故こんなことになってしまったのか。
姫路はそれを、自分でも、理解出来ない。
「……どう、して…………!」
途中までは良かった。途中までは、良かったのだ。
彼の言葉は、凍てついていた姫路の心を溶かすには十分な熱を持っていた。
心優しい彼の言葉は、熱意は、彼女にとっての暖かな光となっていたのだ。
彼の言葉は、凍てついていた姫路の心を溶かすには十分な熱を持っていた。
心優しい彼の言葉は、熱意は、彼女にとっての暖かな光となっていたのだ。
「だって、だって……わたし……わかってた、のに……っ!」
けれど、姫路は、それなのに、拒絶してしまった。
黒桐の優しさを拒絶し、排撃し、喪失してしまった。
自分の手で、全てを消し去ってしまったのだ。
黒桐の優しさを拒絶し、排撃し、喪失してしまった。
自分の手で、全てを消し去ってしまったのだ。
「嫌、あっ……嫌、嫌ぁ! 嫌ああぁあぁあぁあ!!」
彼女は、逃げた。自分の足が動く限り、走って、走って。
現実を否定するように、自分の愚かしさをかき消したいが故に叫び、逃げる。
現実を否定するように、自分の愚かしさをかき消したいが故に叫び、逃げる。
そうして残されたのは、無言のままの黒桐幹也のみとなった。
◇ ◇ ◇
何故、こんな事になってしまったのだろうか。何を間違ってしまったのか。
薄れ行く意識の中で、僕はそんな事を必死に――――けれどどこか他人事のように考えていた。
何故なのだろう。彼女の頭にそっと触れただけ。それだけで運命は突如自分へと牙を向けた。
ただ自分は、姫路さんを信頼し、その思いが通じたようで嬉しかっただけなのに。
それなのに、何故こんなことになってしまったのだろう。
薄れ行く意識の中で、僕はそんな事を必死に――――けれどどこか他人事のように考えていた。
何故なのだろう。彼女の頭にそっと触れただけ。それだけで運命は突如自分へと牙を向けた。
ただ自分は、姫路さんを信頼し、その思いが通じたようで嬉しかっただけなのに。
それなのに、何故こんなことになってしまったのだろう。
始まりは、僕の行動に対する姫路さんの反応からだった。
姫路さんに手を触れた瞬間、彼女は突如豹変した。載せられた手を拒絶するかのように僕を突き飛ばしたのだ。
壁に中途半端にもたれかかっていた所為で、僕はあのとき突然の衝撃に足がもつれてしまった。
彼女の頭の上に置いていた手は離れ、受身を取ろうと今度は地面に伸ばす。
だがその試みは失敗。物理法則に従い、僕は足を捻った挙句に頭を地面に打ち付けてしまった。
そしてその拍子に、持っていた吉田さんのデイパックまでもが地面に衝突。
衝撃によって、中からあの野蛮なブッチャーナイフが転がり落ちてきた。
そういえば姫路さんの事や自分の身内の事ばかり考えていて、きちんと鞄を閉めるのを忘れていた気がする。
そうか。今思えば、その時点で既に役者は揃ってしまったのか。
姫路さんに手を触れた瞬間、彼女は突如豹変した。載せられた手を拒絶するかのように僕を突き飛ばしたのだ。
壁に中途半端にもたれかかっていた所為で、僕はあのとき突然の衝撃に足がもつれてしまった。
彼女の頭の上に置いていた手は離れ、受身を取ろうと今度は地面に伸ばす。
だがその試みは失敗。物理法則に従い、僕は足を捻った挙句に頭を地面に打ち付けてしまった。
そしてその拍子に、持っていた吉田さんのデイパックまでもが地面に衝突。
衝撃によって、中からあの野蛮なブッチャーナイフが転がり落ちてきた。
そういえば姫路さんの事や自分の身内の事ばかり考えていて、きちんと鞄を閉めるのを忘れていた気がする。
そうか。今思えば、その時点で既に役者は揃ってしまったのか。
「姫路さん! ごめん、悪かった! 落ち着いてくれ!」
倒れた拍子に捻ってしまったんだろう。右足が激しく痛む。病院に行きたいくらいに。
けれど激しく取り乱す姫路さんを、僕は止めなければならない。だから我慢して、立った。
そうしてから改めて見た姫路さんの姿は酷いものだった。
何か見えない恐怖に追い立てられているかのように、両手で頭を抱えて叫んでいる。
「嫌、違う! 嫌あ……!」と言う辺りが、僕の聞き取れる精一杯。
今の彼女は、僕には見えぬ謎の"モノ"に追い立てられているといった具合だった。
けれど激しく取り乱す姫路さんを、僕は止めなければならない。だから我慢して、立った。
そうしてから改めて見た姫路さんの姿は酷いものだった。
何か見えない恐怖に追い立てられているかのように、両手で頭を抱えて叫んでいる。
「嫌、違う! 嫌あ……!」と言う辺りが、僕の聞き取れる精一杯。
今の彼女は、僕には見えぬ謎の"モノ"に追い立てられているといった具合だった。
その引き金は何だ。僕だ。多分、僕だ。
僕が行った行動が、恐らく彼女を豹変させるスイッチだったんだ。
そうでなければこの唐突な状況は何だというんだ。
両手で顔を覆ったり髪を掻き毟ったり、目を見開いて首をぶんぶんと振ったり。
こうさせたのは、僕以外でなくて誰だと言うんだ。
そうでなければこの唐突な状況は何だというんだ。
両手で顔を覆ったり髪を掻き毟ったり、目を見開いて首をぶんぶんと振ったり。
こうさせたのは、僕以外でなくて誰だと言うんだ。
無神経だった。彼女が何かトラウマを抱いているのかもしれない、とは薄々思っていたのに。
それを乗り越える彼女を見たかった僕本人が、それを呼び覚ましてしまうなんて。
最低だ。最悪だ、僕は。どうすれば良い。どうやって責任を取れば良いんだ。
いや、今はそんな事はどうでも良い。今はまず、彼女を止めなくちゃ行けない。
それを乗り越える彼女を見たかった僕本人が、それを呼び覚ましてしまうなんて。
最低だ。最悪だ、僕は。どうすれば良い。どうやって責任を取れば良いんだ。
いや、今はそんな事はどうでも良い。今はまず、彼女を止めなくちゃ行けない。
「大丈夫だから!」
足の痛みを感じない振りをしながら、彼女に近づいて叫ぶ。
聞こえていないかもしれないから、届くようにと祈りながら叫ぶ。
彼女は相変わらず「だめえっ……たすけっ、助けてえっ!」と叫んでいる。
やっぱり、聞こえていない。僕はここにいるのに、僕がここにいるから安心して欲しいのに。
聞こえていないかもしれないから、届くようにと祈りながら叫ぶ。
彼女は相変わらず「だめえっ……たすけっ、助けてえっ!」と叫んでいる。
やっぱり、聞こえていない。僕はここにいるのに、僕がここにいるから安心して欲しいのに。
両手を振り回して何かに抵抗している彼女に、僕はやっと近づくことが出来た。
彼女が思い切り動かす両腕が僕の体を打つ。足の事もあって、バランスを崩して倒れてしまいそうだ。
というか既に拙い。このままだと倒れてしまう。何もしなくても足の痛みが酷くなってきたからだ。
バランスを崩しそうになりながら、僕は彼女が怪我をするのを恐れてその両肩をがっしりと掴んだ。
「ひっ……」と小さな悲鳴をあげ、目を見開いた彼女が動きを止める。止めてくれた。
だがそれも一瞬かもしれない。急いで彼女を安心させて、落ち着かせなければ。
それが僕に課せられた責任だ。僕が彼女を元に戻さないと。
彼女が思い切り動かす両腕が僕の体を打つ。足の事もあって、バランスを崩して倒れてしまいそうだ。
というか既に拙い。このままだと倒れてしまう。何もしなくても足の痛みが酷くなってきたからだ。
バランスを崩しそうになりながら、僕は彼女が怪我をするのを恐れてその両肩をがっしりと掴んだ。
「ひっ……」と小さな悲鳴をあげ、目を見開いた彼女が動きを止める。止めてくれた。
だがそれも一瞬かもしれない。急いで彼女を安心させて、落ち着かせなければ。
それが僕に課せられた責任だ。僕が彼女を元に戻さないと。
「大丈夫だから! 本当に、大丈夫! 僕はここにいるから!」
そうやって意気込んで叫んだときだ。不運にも僕は遂にバランスを崩してしまった。
けれどこのまま倒れるわけには行かない。せめて彼女の体を離さないようにしなければ。
左手は彼女の左肩に置いたまま、転倒を防ごうと――――無意識に、右手が彼女の首を、押さえてしまった。
けれどこのまま倒れるわけには行かない。せめて彼女の体を離さないようにしなければ。
左手は彼女の左肩に置いたまま、転倒を防ごうと――――無意識に、右手が彼女の首を、押さえてしまった。
それがいけなかったのだろう。
遂に彼女の叫びは言語の体を成さなくなった。
あ行やら濁点やらのお世話になるばかりの、おおよそ彼女には無縁であっただろう絶叫。
どんなに怖い絶叫マシーンに乗ろうとも、どんなに怖いお化け屋敷に入ろうとも、絶対にこうはならない。
何かを間違った結果、言語化できない恐怖が津波となって彼女を襲ったのだ。
というより今ならその正体もわかる。きっと不用意に首を掴んだ所為だ。
温泉の中で首でも絞められたのだろうか。大体、そんなところだと思う。
遂に彼女の叫びは言語の体を成さなくなった。
あ行やら濁点やらのお世話になるばかりの、おおよそ彼女には無縁であっただろう絶叫。
どんなに怖い絶叫マシーンに乗ろうとも、どんなに怖いお化け屋敷に入ろうとも、絶対にこうはならない。
何かを間違った結果、言語化できない恐怖が津波となって彼女を襲ったのだ。
というより今ならその正体もわかる。きっと不用意に首を掴んだ所為だ。
温泉の中で首でも絞められたのだろうか。大体、そんなところだと思う。
映画でありがちな、体感速度が遅くなっていく現象が発生していく。
ゆっくりとした空間の中で、彼女は抵抗できない僕を再び突き飛ばす。そして両目を見開いて狂乱し、涙を流した。
地面に背と頭を打ち付けた僕は、目を閉じてその痛みに耐える。つい体を"くの字"に折り曲げたのがどこか情けない。
そして腹の辺りに謎の重量を感じて目を開いたとき、目の前に広がっていたのは信じがたい世界。
ゆっくりとした空間の中で、彼女は抵抗できない僕を再び突き飛ばす。そして両目を見開いて狂乱し、涙を流した。
地面に背と頭を打ち付けた僕は、目を閉じてその痛みに耐える。つい体を"くの字"に折り曲げたのがどこか情けない。
そして腹の辺りに謎の重量を感じて目を開いたとき、目の前に広がっていたのは信じがたい世界。
僕に馬乗りになった姫路さんが、両手で握ったブッチャーナイフを上段に振りかぶっていた。
その表情から見えるのは、喜びでも悲しみでもない。
狂気に飲まれた快楽殺人者のように楽しそうな笑みを浮かべているわけでもなかった。
相変わらずの、"恐怖"だ。着々と彼女の"触れて欲しくない部分"に突入した僕に対する、真の恐怖。
それを形にしたら、こうなる。
狂気に飲まれた快楽殺人者のように楽しそうな笑みを浮かべているわけでもなかった。
相変わらずの、"恐怖"だ。着々と彼女の"触れて欲しくない部分"に突入した僕に対する、真の恐怖。
それを形にしたら、こうなる。
僕は動けない。体中には知る痛みと自分への情けなさ、それと少しの恐怖で動けなかった。
彼女は動く。全ての大本を絶とうと、ただただ握ったナイフを勢い良く振り下ろした。
不幸の幸いと言うか、ただ一つ安心できたのは――――彼女が"ちゃんと泣いていた"ことくらいだろうか。
彼女は動く。全ての大本を絶とうと、ただただ握ったナイフを勢い良く振り下ろした。
不幸の幸いと言うか、ただ一つ安心できたのは――――彼女が"ちゃんと泣いていた"ことくらいだろうか。
何が間違っていたとか、今更復習する気にはなれない。
現実僕は間違えた。結局彼女を狂気の渦に飲み込んでしまったのだ。
現実僕は間違えた。結局彼女を狂気の渦に飲み込んでしまったのだ。
何度も、何度も、僕は叩ききられた。
叩ききられる度、全身の痛みが逆に引いていくのを感じた。
もう麻痺してしまったのだろう。それとも、死の世界に逝く前の最期の情けか何かだろうか。
叩ききられる度、全身の痛みが逆に引いていくのを感じた。
もう麻痺してしまったのだろう。それとも、死の世界に逝く前の最期の情けか何かだろうか。
何度も、何度も、彼女は叩き斬った。
僕を叩ききる度、彼女が涙を溢れさせているのが解った。
けれどそれはきっと、死に行く僕に対して流しているわけではないのだろうとは、理解出来た。
僕を叩ききる度、彼女が涙を溢れさせているのが解った。
けれどそれはきっと、死に行く僕に対して流しているわけではないのだろうとは、理解出来た。
僕は今どれ程までに酷い事になっているだろうか。
胸も肩も本当に痛い。上半身を一心不乱に斬られたのは覚えている。
恐らく彼女としては"どこの部位を狙う"とかいう発想は無かったのだろう。
目に付いた部分を叩く。ただ、それだけ。ただの、それだけの行動。
胸も肩も本当に痛い。上半身を一心不乱に斬られたのは覚えている。
恐らく彼女としては"どこの部位を狙う"とかいう発想は無かったのだろう。
目に付いた部分を叩く。ただ、それだけ。ただの、それだけの行動。
彼女に罪を犯させてしまったのは、愚かな、僕。
姫路さんが僕に心を開いてくれたのだと、勝手に思い込んで取った行動が全ての始まり。
それはつまり、僕が何も解っていなかったという証だ。
姫路さんが僕に心を開いてくれたのだと、勝手に思い込んで取った行動が全ての始まり。
それはつまり、僕が何も解っていなかったという証だ。
――――酷い男、だな。自惚れが……過ぎた。
◇ ◇ ◇
姫路瑞希の生み出した景色は、凄惨なものだった。
全ての始まりは突然過ぎた。この"終わりの始まり"のきっかけは、ちっぽけ過ぎた。
ただ、ただ自分の頭に彼の手が乗せられただけである。
黒桐幹也が微笑みながら、こんな自分の事を褒めてくれながら、その片手をこちらに伸ばす。
そして手は頭に伸び、乗る。ただ、それだけだった。
だがその瞬間に、姫路の脳内では"あの光景"がフラッシュバックしたのである。
そう。風呂場で恐怖に顔を歪ませ苦しんでいたときの光景が、彼女に雪崩込んで来たのだ。
更には姫路を水へと追いやった張本人、朝倉涼子の声までもが追従する。
ただ、ただ自分の頭に彼の手が乗せられただけである。
黒桐幹也が微笑みながら、こんな自分の事を褒めてくれながら、その片手をこちらに伸ばす。
そして手は頭に伸び、乗る。ただ、それだけだった。
だがその瞬間に、姫路の脳内では"あの光景"がフラッシュバックしたのである。
そう。風呂場で恐怖に顔を歪ませ苦しんでいたときの光景が、彼女に雪崩込んで来たのだ。
更には姫路を水へと追いやった張本人、朝倉涼子の声までもが追従する。
『驚いた。意外と押し返されるものなのね。次はもう少し、力を強くしてみようかな』
『ねぇ姫路さん。あなた、さっきこう言ったわよね。助けて、って』
『私の言葉が信じられない? じゃあ、これならどう?』
『これが、私の本気。自分以外の存在のために……私とあなた、それぞれ頑張りましょう?』
『ねぇ姫路さん。あなた、さっきこう言ったわよね。助けて、って』
『私の言葉が信じられない? じゃあ、これならどう?』
『これが、私の本気。自分以外の存在のために……私とあなた、それぞれ頑張りましょう?』
姫路瑞希が抱いた恐怖が蘇り、心の奥底から姿を現した。
それは幻覚や幻聴という"形無き形"へと姿を変え、彼女に襲い掛かったのだ。
湯の中に押さえつけられる恐怖。冷酷に、ただただ自分を陥れる朝倉涼子の姿。
抵抗しようとも適わず、死へと進んでいく自分。間一髪で助かるも、襲い来る脅迫。
剥がされる爪。現れる痛み。朝倉の言葉。一方的な契約。
全ては温泉で次々と起こった出来事。全ては姫路瑞希の心を引き裂くには過ぎた出来事。
希望が絶望に変わるには、十分だった。だから姫路瑞希は、無意識に、目の前の彼を突き飛ばしていた。
それは幻覚や幻聴という"形無き形"へと姿を変え、彼女に襲い掛かったのだ。
湯の中に押さえつけられる恐怖。冷酷に、ただただ自分を陥れる朝倉涼子の姿。
抵抗しようとも適わず、死へと進んでいく自分。間一髪で助かるも、襲い来る脅迫。
剥がされる爪。現れる痛み。朝倉の言葉。一方的な契約。
全ては温泉で次々と起こった出来事。全ては姫路瑞希の心を引き裂くには過ぎた出来事。
希望が絶望に変わるには、十分だった。だから姫路瑞希は、無意識に、目の前の彼を突き飛ばしていた。
「姫 ん! ごめ 、悪 っ ! 落ち着 れ!」
黒桐幹也が何かを叫んではいたが、その意味を理解できるはずは無かった。
脳内で繰り広げられる地獄絵図に、ちっぽけな叫びが聞こえるはずが無い。
姫路は逃げ惑うように暴れる。目に見えぬ、実際にそこにはいないモノに抵抗する様に。
辺りを見渡す暇も余裕も無かった。彼女は既に、ここがどこであるかすらも認識出来ていないようだ。
隣に誰かがいた事、近くに忌むべき温泉があるという事、自分が普段なら恥ずかしくていられないであろう姿である事。
全ての情報をシャットダウンし、彼女はただただ狂っていく。
脳内で繰り広げられる地獄絵図に、ちっぽけな叫びが聞こえるはずが無い。
姫路は逃げ惑うように暴れる。目に見えぬ、実際にそこにはいないモノに抵抗する様に。
辺りを見渡す暇も余裕も無かった。彼女は既に、ここがどこであるかすらも認識出来ていないようだ。
隣に誰かがいた事、近くに忌むべき温泉があるという事、自分が普段なら恥ずかしくていられないであろう姿である事。
全ての情報をシャットダウンし、彼女はただただ狂っていく。
「 丈 ら! 本 、 ! は こ ら!」
そんな最悪のタイミングで、次に彼女は肩と、そして首が掴まれる感触を覚えて。
そして、
そして、
目の前が、真っ白になった。
(あ…………れ?)
気付けば、自分は呆ける様に立っていた。
辺りを見渡せば、すぐ傍には温泉施設がある。こんな場所で自分は一体何をしているのだろう。
姫路瑞希は記憶力が悪いわけではない。故に冷えた脳の中では少しずつ記憶が戻っていくのを、自分でも感じていた。
辺りを見渡せば、すぐ傍には温泉施設がある。こんな場所で自分は一体何をしているのだろう。
姫路瑞希は記憶力が悪いわけではない。故に冷えた脳の中では少しずつ記憶が戻っていくのを、自分でも感じていた。
そうだ。確か、黒桐幹也と話をしていたのだ。
自分は温泉で起こった出来事が怖くて、それを引きずってしまっていて。
だから彼を避けていたのだけれど、ふと彼が一言が心に響いたのだ。
それだけじゃない。こんな自分に対してずっと話を聞かせてくれる彼の行為が嬉しかった。
自分は勝手に彼を怖がっていたのに、彼はそれに文句の一つも言わなかった。それに、やっと気付けた。
自分は温泉で起こった出来事が怖くて、それを引きずってしまっていて。
だから彼を避けていたのだけれど、ふと彼が一言が心に響いたのだ。
それだけじゃない。こんな自分に対してずっと話を聞かせてくれる彼の行為が嬉しかった。
自分は勝手に彼を怖がっていたのに、彼はそれに文句の一つも言わなかった。それに、やっと気付けた。
だから自分も、彼なら信じられるとそう思った。もう怖い思いはしなくて済むんだって、そう思った。
こんな地獄の様な場所で、吉井明久達以外にもそう思えるような人がいることが幸せだった。
こんな地獄の様な場所で、吉井明久達以外にもそう思えるような人がいることが幸せだった。
それなのに。
「……こく、とう……さん……?」
見下ろした足元には、何故彼の死体が転がっているのだろう。
ずたずただけれど、耕された畑のようだけれど、服で判別できる。
"これ"は、黒桐幹也だ。自分が信頼した、あの素敵な青年だ。
間違いなく彼だ。あの優しかった黒桐幹也だ。
何が、あったのか。
ずたずただけれど、耕された畑のようだけれど、服で判別できる。
"これ"は、黒桐幹也だ。自分が信頼した、あの素敵な青年だ。
間違いなく彼だ。あの優しかった黒桐幹也だ。
何が、あったのか。
「……え、あ……ああぁ、あ…………?」
何故、彼はこのような傷ついた肉の塊と成り果てていたのか。
息をしているかしていないかもわからない。生きているのか、死んでいるのか。
何故、何をどうすればこうなるのか。一体何がこうさせたのか。
そこまで考えると、突如不快感が湧き上がった。死体があまりにも凄惨過ぎたのがいけなかったのだろう。
姫路は抗えぬ程の衝動が望むままに体を折り曲げ、そのまま思い切り胃の中のものをぶちまけた。
びちゃびちゃという音と共に流れ出た吐瀉物が、地面の上で地図を描くように広がる。
口の中が酸っぱくて気持ちが悪い。
息をしているかしていないかもわからない。生きているのか、死んでいるのか。
何故、何をどうすればこうなるのか。一体何がこうさせたのか。
そこまで考えると、突如不快感が湧き上がった。死体があまりにも凄惨過ぎたのがいけなかったのだろう。
姫路は抗えぬ程の衝動が望むままに体を折り曲げ、そのまま思い切り胃の中のものをぶちまけた。
びちゃびちゃという音と共に流れ出た吐瀉物が、地面の上で地図を描くように広がる。
口の中が酸っぱくて気持ちが悪い。
(何が、あっ、たの……? 何が、何が何が何が……何が…………)
疑問は尽きぬままに、周りをもう一度見渡しても誰もいなかった。
ここには自分と黒桐幹也しかいなかったはず。まさか朝倉涼子が業を煮やして戻ってきたか。
無意識下で現実逃避を謀ろうとしていたのか、姫路はそんな傍から見れば見当違いな事を考えていた。
そうやって混乱しながらもう一度、彼を見下ろそうとしたときだ。
ここには自分と黒桐幹也しかいなかったはず。まさか朝倉涼子が業を煮やして戻ってきたか。
無意識下で現実逃避を謀ろうとしていたのか、姫路はそんな傍から見れば見当違いな事を考えていた。
そうやって混乱しながらもう一度、彼を見下ろそうとしたときだ。
何故だか自分の手が、斧の様な物体を握っていた。
これは、一体なんだ。刃が真っ赤に染まりあがったこれは一体何なのだろうか。
今拾ったわけではない。それより以前から持っていたものだと、記憶が訴えかけてくる。
今拾ったわけではない。それより以前から持っていたものだと、記憶が訴えかけてくる。
「なんっ、な、んで……どうし、て…………」
そして脳もそれを期だと判断したのだろう。遂に記憶は真実を示す為に、その全てを晒した。
その記憶の中の自分は信じられない行動の為に時間を費やしていたのだと、記憶が告げる。
あの酷い光景が、蘇った。
その記憶の中の自分は信じられない行動の為に時間を費やしていたのだと、記憶が告げる。
あの酷い光景が、蘇った。
あの時、首を掴まれた自分は、バランスを崩していた黒桐幹也を容赦なく突き飛ばしていた。
全身を打ちつけたらしい彼は、痛みによって体をくの字に曲げる。
されど恐怖に縛り付けられたままの自分は、それを見て更に恐怖していた。
顔を乱暴にお湯へと沈める朝倉涼子の影が、黒桐幹也越しに重なって見えたのだ。
動きは全く対照的だというのに、首を掴まれたことで彼女の抱く恐怖は限界を超えた。
言語としての体を成さぬ絶叫の中で、無意識の内に体が動いた。
全身を打ちつけたらしい彼は、痛みによって体をくの字に曲げる。
されど恐怖に縛り付けられたままの自分は、それを見て更に恐怖していた。
顔を乱暴にお湯へと沈める朝倉涼子の影が、黒桐幹也越しに重なって見えたのだ。
動きは全く対照的だというのに、首を掴まれたことで彼女の抱く恐怖は限界を超えた。
言語としての体を成さぬ絶叫の中で、無意識の内に体が動いた。
目的はただ一つ。足元で恐怖を振りまくモノの、削除。
刃物か鈍器かよく解らないものが落ちていたのを発見し、急いで拾う。
人間の姿をした"これ"は未だ自分に反撃を仕掛けてこない。
今が好機。命を護る為には、敵である"これ"を絶つには今しかない。
人間の姿をした"これ"は未だ自分に反撃を仕掛けてこない。
今が好機。命を護る為には、敵である"これ"を絶つには今しかない。
ぐしゃり。
ぐしゃり。
ぐしゃり。
ぐしゃり。
だから何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
彼に馬乗りになって、拾ったものを、何度も何度も勢い良く振り下ろして、何度も何度も打ちつけた。
彼に馬乗りになって、拾ったものを、何度も何度も勢い良く振り下ろして、何度も何度も打ちつけた。
記憶はここまで。そして、現在に至る。
姫路瑞希は、心優しい少女だ。
決して、この生き残りをかけたゲームの中で殺戮の限りを尽くしたいわけではなかった。
決して、黒桐幹也を殺害してしまいたいと思ったわけでもなかった。
決して、アニメやゲームを現実と混同させる性格だというわけでもなかった。
悪意があったわけでもない。殺人衝動を秘めていたわけでもない。
狂気にまで昇華されたトラウマが、彼女をこのような行動に駆り立てたのである。
姫路瑞希は、心優しい少女だ。
決して、この生き残りをかけたゲームの中で殺戮の限りを尽くしたいわけではなかった。
決して、黒桐幹也を殺害してしまいたいと思ったわけでもなかった。
決して、アニメやゲームを現実と混同させる性格だというわけでもなかった。
悪意があったわけでもない。殺人衝動を秘めていたわけでもない。
狂気にまで昇華されたトラウマが、彼女をこのような行動に駆り立てたのである。
「こんなの……こんなのっ! こんなのいや……なっ……のに!」
封じ込めていた真実を全て把握した姫路は、恐怖に身を振るわせた。
人を殺したくない、と誓っていた。朝倉涼子の一方的な契約も破棄するつもりでいた。
それなのに自分は、一時の激情に身を任せて、何の罪も無い人間をぐちゃぐちゃにして殺したのだ。
狂気にまみれ、勝手に動く体。気付けば広がっていた血の海。自分が自分でなくなっていくようだ。
人を殺したくない、と誓っていた。朝倉涼子の一方的な契約も破棄するつもりでいた。
それなのに自分は、一時の激情に身を任せて、何の罪も無い人間をぐちゃぐちゃにして殺したのだ。
狂気にまみれ、勝手に動く体。気付けば広がっていた血の海。自分が自分でなくなっていくようだ。
「……どう、して…………!」
襲い来る怖れによって全身の力という力が失われ、彼女はその場に倒れそうになった。
震え止まらぬ手からは、握り締めていたはずの血まみれの武器が勝手に地面へと落下。刃を下にして突き刺さる。
両目は再び焦点を失い、光を映していないかのような虚ろなものへ。脚も今にも立つ力を消しかねない。
朝が来て太陽が昇り始める頃だというのに、服装の所為ではないであろう寒気が襲い来る。
震え止まらぬ手からは、握り締めていたはずの血まみれの武器が勝手に地面へと落下。刃を下にして突き刺さる。
両目は再び焦点を失い、光を映していないかのような虚ろなものへ。脚も今にも立つ力を消しかねない。
朝が来て太陽が昇り始める頃だというのに、服装の所為ではないであろう寒気が襲い来る。
「だって、だって……わたし……わかってた、のに……っ!」
自分を助けてくれた青年が心優しいことはわかっていたのに。
それなのに自分は、その全てを否定した。
否定して、恐怖して、幻を重ねて。そして、殺した。
彼の全てを殺し尽くし、亡き者にしたのだ。
それなのに自分は、その全てを否定した。
否定して、恐怖して、幻を重ねて。そして、殺した。
彼の全てを殺し尽くし、亡き者にしたのだ。
「嫌、あっ……嫌、嫌ぁ! 嫌ああぁあぁあぁあ!!」
再びの絶叫。更に手の痛みや脚の汚れ、体の震え等の一切を無視して彼女は逃亡を図った。
少しでも不安を取り除こうとデイパックを拾い、直視出来ぬ姿となった黒桐から離れる為に走る。
逃げなくては。こんな場所からはすぐに逃げてしまわなくては。
そうでなくては壊れてしまう。心が砕け散ってしまいそうで、狂気に飲まれそうで怖かったから。
少しでも不安を取り除こうとデイパックを拾い、直視出来ぬ姿となった黒桐から離れる為に走る。
逃げなくては。こんな場所からはすぐに逃げてしまわなくては。
そうでなくては壊れてしまう。心が砕け散ってしまいそうで、狂気に飲まれそうで怖かったから。
残された黒桐幹也が独り静かに逝ったのは、丁度その頃であった。
だが彼女はそれを知る由も無い。
だが彼女はそれを知る由も無い。
◇ ◇ ◇
どれくらい走っただろうか。どの方角へと走っただろうか。
ただ必死にあの温泉から離れることだけを考えていた為に、全く解らない。
そうやって結局道に迷ったのだと言うことを理解し、姫路瑞希は地面に座り込んだ。
服は結局着替えられないまま。黒桐幹也から貰った上着一枚だけだ。
受け取る機会はもう二度と来ない。永劫に失われてしまった。
彼の優しさを、彼の好意をそのまま受け取っていれば、こんな事にはならなかったのだ。
ただ必死にあの温泉から離れることだけを考えていた為に、全く解らない。
そうやって結局道に迷ったのだと言うことを理解し、姫路瑞希は地面に座り込んだ。
服は結局着替えられないまま。黒桐幹也から貰った上着一枚だけだ。
受け取る機会はもう二度と来ない。永劫に失われてしまった。
彼の優しさを、彼の好意をそのまま受け取っていれば、こんな事にはならなかったのだ。
もう、後戻りは出来ない。
解っていた。もう自分は殺人者だ。表を歩けるような、そんな人間じゃない。
そうでなくても、自分で自分を抑えきれない凶暴な性格であったのだ。
知らぬ内に誰かを傷つけてしまう。自分はそんな最低の人間なのだ。
解っていた。もう自分は殺人者だ。表を歩けるような、そんな人間じゃない。
そうでなくても、自分で自分を抑えきれない凶暴な性格であったのだ。
知らぬ内に誰かを傷つけてしまう。自分はそんな最低の人間なのだ。
けれど、それなのに、会いたい。
もう自分は"彼ら"の前に立つ資格なんてないというのに、それでも会いたかった。
姫路は、Fクラスに戻って何も無かったかのようにいつもの日々を送ることを夢見てしまう。
島田美波に、坂本雄二に、木下秀吉に、土屋康太に会いたい。
それだけじゃない。いつもお世話になっているクラスメイト全員に会いたい。今すぐにでも帰りたい。
そして何よりも、"あの時"から本当に好きになったあの吉井明久に、会いたい。
もう自分は"彼ら"の前に立つ資格なんてないというのに、それでも会いたかった。
姫路は、Fクラスに戻って何も無かったかのようにいつもの日々を送ることを夢見てしまう。
島田美波に、坂本雄二に、木下秀吉に、土屋康太に会いたい。
それだけじゃない。いつもお世話になっているクラスメイト全員に会いたい。今すぐにでも帰りたい。
そして何よりも、"あの時"から本当に好きになったあの吉井明久に、会いたい。
(明久君……! 会いたい、会いたい……! 会いたいのに……っ!)
会いたい、会いたい、会いたい。
会って、話をして、甘えてしまいたい。
助けて欲しい。心配ないよと一言告げてくれるだけで良い。
こんな自分でも怖がらずにいて欲しい。自分の全てを肯定して欲しい。
なんて傲慢なんだろう。自分勝手すぎるとわかっている。
けれど、彼の温もりが欲しい。欲しくて欲しくてたまらない。
せめて彼の温もりだけでも感じたい。名前を呼べば、その欠片だけは感じられるだろうか。
ただただ求めるままに吉井明久の名を呟こうと、小さく口を開く。
会って、話をして、甘えてしまいたい。
助けて欲しい。心配ないよと一言告げてくれるだけで良い。
こんな自分でも怖がらずにいて欲しい。自分の全てを肯定して欲しい。
なんて傲慢なんだろう。自分勝手すぎるとわかっている。
けれど、彼の温もりが欲しい。欲しくて欲しくてたまらない。
せめて彼の温もりだけでも感じたい。名前を呼べば、その欠片だけは感じられるだろうか。
ただただ求めるままに吉井明久の名を呟こうと、小さく口を開く。
「………………っ」
だが、何故だろうか。
彼女自身の意に反して、彼女の口からは一切の声が生まれてこなかった。
彼女自身の意に反して、彼女の口からは一切の声が生まれてこなかった。
言語として認識できるものは何も出ず、雀の涙ほどの微かな"音"が聞こえてくるだけだ。
叫び過ぎ、では無い。所謂絶叫や歌唱による声の掠れなどというレベルではない。
扁桃腺や甲状腺が悪くなったわけでも決して無い。彼女の今までの行動には、そこに至るまでのプロセスが存在しない。
自分の体は一体どうなってしまったのか。顔色の悪い彼女の顔が更に蒼白になる。
ほんの数分前には言葉を紡いでいた。それなのに突如としてその力が失われたのだ。
一体何故、どうして。混乱した姫路は、喉を押さえ、あるいは喉を掻き毟りながら、再度喋ろうとする。
叫び過ぎ、では無い。所謂絶叫や歌唱による声の掠れなどというレベルではない。
扁桃腺や甲状腺が悪くなったわけでも決して無い。彼女の今までの行動には、そこに至るまでのプロセスが存在しない。
自分の体は一体どうなってしまったのか。顔色の悪い彼女の顔が更に蒼白になる。
ほんの数分前には言葉を紡いでいた。それなのに突如としてその力が失われたのだ。
一体何故、どうして。混乱した姫路は、喉を押さえ、あるいは喉を掻き毟りながら、再度喋ろうとする。
「……! ……ぁ、ぅあ…………!」
けれど一向に変わらず、事態が好転を迎えることは無かった。
そういえば、聞いたことがある。いつか先生が授業の中で話をしていた。
名は"失声症"。多大なストレスやショックによって引き起こされる、文字通り声を失う病だ。
まさか、そんなものに陥ったというのだろうか。そんな馬鹿な。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。
そうか、さっき自分の意に反して叫んでしまったからだ。そうに決まってる。そうだと言って欲しい。
そういえば、聞いたことがある。いつか先生が授業の中で話をしていた。
名は"失声症"。多大なストレスやショックによって引き起こされる、文字通り声を失う病だ。
まさか、そんなものに陥ったというのだろうか。そんな馬鹿な。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。
そうか、さっき自分の意に反して叫んでしまったからだ。そうに決まってる。そうだと言って欲しい。
「ぅ……うぁ…………っ、ぁ……!」
けれど彼女の願いも虚しく、変化は無い。
いくら叫ぼうとも、吃音の様な音が出るだけに終始する。ただ、それだけ。
彼女の心に迫った恐怖は、彼女が持っていた小鳥の様な繊細で可愛らしい声をも奪い去ったのだ。
いくら叫ぼうとも、吃音の様な音が出るだけに終始する。ただ、それだけ。
彼女の心に迫った恐怖は、彼女が持っていた小鳥の様な繊細で可愛らしい声をも奪い去ったのだ。
(これは……罰……? 私への、罰……?)
苦しそうに、両手で喉を抑えながら俯く姫路は、そんな事を考えていた。
これは罰だと。自分の妄想によって罪無き者を殺害した罰なのだと。
一度狂気に溺れた今の自分はもう、誰かの名を呼ぶことは出来ないのだ。
これは罰だと。自分の妄想によって罪無き者を殺害した罰なのだと。
一度狂気に溺れた今の自分はもう、誰かの名を呼ぶことは出来ないのだ。
(明久君の名前を呼べない……明久君に返事が出来ない……明久君と話が出来ない……!)
けれど、そんなのは嫌だ。これはもはや、自分の全てを奪われてしまったことと同義だ。
いや、黒桐幹也の人生を奪った自分が何を言っているのか。罰なのだから当たり前だろうに。
いや、黒桐幹也の人生を奪った自分が何を言っているのか。罰なのだから当たり前だろうに。
(嫌! そんなの駄目……二度ともう、自分で、好きって言えないなんて……嫌ぁっ!)
けれどそうやって納得しようとしても、今の彼女には到底無理だった。
彼女の心は締め付けられる。まるで黒桐と朝倉の腕が、無慈悲に心を絡め取っている様だ。
助けて欲しい。助けて欲しい。吉井明久に、"大好きな明久君"に助けて欲しいのに!
彼女の心は締め付けられる。まるで黒桐と朝倉の腕が、無慈悲に心を絡め取っている様だ。
助けて欲しい。助けて欲しい。吉井明久に、"大好きな明久君"に助けて欲しいのに!
「ぁう……ぁ、ぁー…………」
巨大すぎる"現実"という壁を前に、姫路瑞希は独り絶望して泣いた。
これからは名も呼べず、謝罪すら出来ぬままに時間は経つ。
奪ったのは命。奪われたのは声。
奪い奪われ、このゲームは静かに進んでいく。
それは一人の少女の意に反して、確実に一歩一歩、終焉の淵へと近づかせる。
様々な形の絶望を生み出しながら、世界は時を刻むのだ。
これからは名も呼べず、謝罪すら出来ぬままに時間は経つ。
奪ったのは命。奪われたのは声。
奪い奪われ、このゲームは静かに進んでいく。
それは一人の少女の意に反して、確実に一歩一歩、終焉の淵へと近づかせる。
様々な形の絶望を生み出しながら、世界は時を刻むのだ。
空が白んでいく、そんな中。
彼女は両目からぼろぼろと涙を流して泣き叫ぶ。
けれどそれでもやはり声が響くことは、決して無いのだった。
彼女は両目からぼろぼろと涙を流して泣き叫ぶ。
けれどそれでもやはり声が響くことは、決して無いのだった。
【E-3/一日目・早朝】
【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:精神的ショック大、左中指と薬指の爪剥離、失声症
[装備]:黒桐の上着
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実七天七刀@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品1~2個
[思考・状況]
基本:死にたくない。死んでほしくない。殺したくないのに。
0:ごめんなさい。ごめんなさい。助けて。助けて。助けて。
1:朝倉涼子に恐怖。
[状態]:精神的ショック大、左中指と薬指の爪剥離、失声症
[装備]:黒桐の上着
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実七天七刀@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品1~2個
[思考・状況]
基本:死にたくない。死んでほしくない。殺したくないのに。
0:ごめんなさい。ごめんなさい。助けて。助けて。助けて。
1:朝倉涼子に恐怖。
※姫路瑞希がどの方角に向かったかは後続にお任せします。少なくとも温泉からは離れています。
※E-3の温泉付近にブッチャーナイフ@現実が放置されています。
※E-3の温泉付近にブッチャーナイフ@現実が放置されています。
【ブッチャーナイフ@現実】
吉田一美に支給された。
精肉業者が用いる特殊なナイフであり、形状は斧や鉈に近い。今回は前者の形状を意識している。
食用の獣肉を切り分ける為に使用されており、一般ではあまり利用されることは無い。
性質は日本刀の様な「斬る」ものではなく、西洋剣の様な「叩き切る」ものである。
吉田一美に支給された。
精肉業者が用いる特殊なナイフであり、形状は斧や鉈に近い。今回は前者の形状を意識している。
食用の獣肉を切り分ける為に使用されており、一般ではあまり利用されることは無い。
性質は日本刀の様な「斬る」ものではなく、西洋剣の様な「叩き切る」ものである。
【黒桐幹也@空の境界 死亡】
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