ラノロワ・オルタレイション @ ウィキ

死線の寝室――(Access point)

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死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU



 【0】


 ここはこういう意味があるんだよ、と説明しても伝わらない。
 ここはこういう意味があったんだよ、と説明してようやく伝わった。


 ◇ ◇ ◇


 【1】


「――あん?

 おいおい、どういうことだ、こりゃあ……予定と違うぞ。
 こんなところにまで――こういった場にまで、駆り出されるのか?

 『駆り出される』。ふん。俺の台詞に俺がこうつけ足すのもなんだが、少々語弊があるな。
 俺はただ物語を読まされるだけの存在――いわば舞台装置だ。言ってみたのは俺だろうがよ。
 舞台装置……ではあるが、それとてスタッフロールに名を残すくらいの役割はあるということか。

 で――だ。
 俺はここでなにをやりゃいいんだ?

 俺の仕事――仕事と言えるようなものといったら、そりゃ初めから一つしかないはずなんだが。
 なになに……閑話休題。新章突入。番外編。作者取材のため……おいおいそいつは違うだろ。
 なら、お茶を濁すための四コマ漫画的なものなのかね。ふうん。まあいい、適当にやるさ。

 ともするとこれは物語でいうところの“伏線”――か。

 伏線、伏線、伏せておくべきライン、ね。ふんふん。大事だぜ、これは。
 人間ってのは唐突を嫌うもんだ。なんの脈絡もなく訪れる超展開、そういったものを許容できる奴は案外少ない。
 そういう奴らを“ねじ伏せるための線”が、これか。なんとも便利ではあるが、な。
 こいつが意外とじゃじゃ馬で、飼い慣らすのは難しい。主の首を締めにくるなんてのはしょっちゅうだ。

 ある意味では保険とも言えるんだが……ふん。となるとこれは伏線というより予防線か?
 免罪符にされねえことを祈るがね。まー、俺はどこぞの占い師とは違うんでな。そんな先読みはできん。

 ああ、そういえば、酔狂にも俺のことを探している奴がいたな――今回縁が合ったのは、そいつか。
 なにをどう勘違いしているのかはしらんが、俺はそんな大層な役柄を請け負った覚えもないんだがね。
 読む分には害もないが、そうやって祭り上げられるのは正直、どうしたものか……。

 《人類最悪》――ふん。“人類最悪”ね。

 俺の肩書きも随分と一人歩きが激しくなったもんだ。
 確かに俺は“人類最悪”と名乗ったが、それは好き勝手変なあだ名をつけられるのが癪だったというだけの理由なんだがな。
 こんなことなら初めから“狐さん”とでも名乗っておくんだったか? いやいや、それも気の乗らねえ話だ。
 ま……何度も言うが俺は基本、読むだけだ。勘違いしないように注釈しておくべきか?

 今回登場するのはあくまでも“名前だけ”。“名前だけ”だ。

 ミスリードってほど上等なものじゃないだろうぜ。
 ここで俺がこうして喋っているのも、単にきっかけを示す必要があったからだと言える。
 誰に……? なんて多くの奴は思うんだろうが、そりゃおまえ、決まってる。あれだよ、あれ。

 さーて、今度ばかりは本当にリップサービスが過ぎたな。
 まあこんなものは狂言にしかならない独り言、言ってしまえば編集者の煽り文みたいなもんだ。
 後になって読み返してみれば、あとがきとも言える代物にまで昇華されるやもしれん。
 あとがきなんてものは物語が終わった後に綴られるものだが、中にはあとがきをカバー裏に仕込むような偏屈な奴もいてな。
 この物語にも、そんな一風変わった趣向が凝らされてたりするのかね。だとしたら、多少は飽きも遠くなるのだろうが。

 ――ふん。もしくは、こんな欄外のことを、世は“戯言”と呼ぶのかもしれんな。

 ああ、そろそろ腹が減った。どれ、腹ごしらえの前にもうひと仕事しておくとする――か?
 ……ううん? いや、飯ならもう食ったのか。とれるものはとれるうちにとっておくべき、だったな。
 腹もふくれたところで、一眠り――していたはずだったんが、これはどういうことだ?
 そうだよ! 俺は寝てたはずだぞ! じゃあこれはなんだ!? おい誰か説明しろ!

 寝ていた――ああ、そうか。なんだ。

 夢か」


 ◇ ◇ ◇


 【2】


 すっかり日も昇った正午の時刻。静謐な町々に、車輪の回る音がやって来た。
 ワイシャツとスラックス姿の、どこにでもいそうな男子高校生が二人、自転車で疾走している。
 あまりにも違和感のなさすぎるその絵面は、一見してサボリの不良生徒二人組という印象だった。

 二人のうちの一人、なにか格闘技でもやっているのではないかと思える大柄な眼鏡男子の名前は、水前寺邦博
 二人のうちの一人、水前寺に比べればこれといって外見的特徴もない、普通という言葉が合致する少年は、坂井悠二

 男子中学生――水前寺邦博と。
 男子高校生――坂井悠二である。

 足であるバギーを物々交換で失ってしまった二人は、新たな移動手段としてこの自転車――ママチャリを入手した。
 その手段だが、手に入れたというよりは、かっぱらったと言ってしまったほうが言葉としては正しい。
 自動車と自転車の二択を適当に決め、適当な駐車場を探り、適当に鍵を壊して、強奪したのがこの二台の自転車だった。

 新たな足で目指す目的地は、病院である。
 利便性の面で考えれば、自転車などではなくバギーに代わる車両が欲しかったのが本音だが、鍵を探す労力を考えればそれも難しい。
 そこで提案したのが水前寺だった。病院までの距離なら、そのあたりの自転車でも十分だろう。

 どうせなら――病院に置いてある救急車をいただこうではないか、と。

 救急車。白と赤を基調としたシンプルなその車体を、まさか日本人である悠二が想像できないはずもない。
 一般車両に比べ、救急車は『人を寝かせたまま運ぶ』ことを想定して作られているため、サスペンションが非常に安定しているのだそうだ。
 また、単純に一般車両に比べても乗り込める人員の数が多く、負傷者を寝かしつけられるベッドも備わっている。
 ベッドだけではなく、担架や救急処置用の医療機器、夜間での救急処置を考慮したライトなど、役立つ装備が満載。
 特に水前寺が着目したのは、それらの医療機器を使うために搭載されているだろう電源装置だという。
 今後のことを考えるなら、救急車は確かに優秀な足と言えるのかもしれない。だが、悠二は指摘した。

 いくらなんでも、救急車は目立ちすぎじゃないか?
 目立つという意味ではバギーも一緒さ。そもそも車で移動するならそこは妥協しなくてはならない点だろう。

 一番の目立つ要因――厄介極まりなく、それでいて誤魔化しがきかないのは、エンジン音なのだからな。と水前寺は続けた。
 なるほどもっともだ、と悠二は納得する。そうと決まればさっさと救急車をいただきに行こう、とペダルにかける力を強めた。

 気分はさながら少年強盗団――などとは間違っても思わない。
 目指す病院にはまず間違いなく、修羅場が待ち受けているのだから。


 ◇ ◇ ◇


 【3】


 坂井悠二と水前寺邦博が病院に入ってすぐ、その凄惨な現場は目についた。

「ここから北にある病院で四つの死体を見た――か。シズの言っていたことは、嘘ではなかったようだな」

 できれば嘘であってほしかったが、と水前寺は病院に入り第一声。
 正面玄関口。自動ドアを潜ってすぐのロビーには、鼻を抉るような血の臭いが蔓延していた。
 四つの死体が置かれていたのは、ロビーの一角。殺害者がそうしたのだろう、綺麗に一纏めにされている。

 学生と思しき、制服を着た少年が二人――いや、二体。
 メイドと思しき、給仕服を着た少女が一人――いや、一体。
 性別以外の詳細は知れない、首なしの男が一人――いや、一体。

 計、四体。
 いずれも『人』では数えることができない――遺体であった。

「坂井クン。これらの仏に見覚えはあるかね?」
「いや……どれも見ない顔だよ」
「そうか。彼らの前でこんなことを言うのもあれだが、それは結構なことだ。ただ……」

 水前寺は神妙な面持ちを浮かべ、二つ並ぶ少年の遺体へと寄っていった。

「おれはどうやら、この二人のうちの一人に心あたりがあるらしい」

 身を屈め、死相を窺うように観察する。
 ほどなくして、水前寺は言った。
 これのどちらかは、おそらく吉井明久――島田特派員の友達だ、と。

「男物と女物の違いはあれど、制服のデザインが酷似している。なにより、タイについた校章が同じものだ」

 島田美波といえば、今はヴィルヘルミナ・カルメルと共に神社で待機しているはずの少女である。
 水前寺が単独行動に走る以前に行動を共にしていた、勝手知ったる仲だと悠二は聞いていた。

「吉井明久と姫路瑞希。この二人が、名簿に名を刻む島田特派員の知り合いだったか。
 察しのとおり、島田特派員は名簿からは外れた――フリアグネ零崎人識と同じ、十人のうちの一人だ。
 この遺体、片方が吉井明久だとして、もう片方は島田特派員のように名を伏せられた十人なのかもしれないな。
 もちろん、どこかで制服――文月学園だったか? 制服のみを入手し、趣味で着ていたという線も考えられるが」

 学生証でもあれば話は早いのだが、と水前寺は遺体の胸ポケットを探るが、それらしいものは見つからなかった。

「なにはともあれ、そろそろ二回目の放送だが……そこで吉井明久の名が呼ばれる可能性は大きいな」
「島田さんっていう子、大丈夫かな」
「……アキ、などと親しげに呼んでいたからな。よほど仲がよかったのだと、おれは見る。だが今は、島田特派員の気丈さを信じたいところだ」

 水前寺は腰を上げ、吉井明久と思しき少年の遺体に黙祷を捧げた。悠二もそれに倣う。
 二人が黙祷を終えると、今度は悠二が発言した。

「これは推測なんだけど」
「ふむ?」
「こっちのメイド服を着た人は……ひょっとしたら、キョンの先輩の朝比奈さんって人なのかもしれない」

 身体に大きな切創を負い、赤黒くなった血に塗れるメイドを指す。
 メイド――と思えるのは当然、メイド服を着ているからであって、本当にメイドなのかどうかは定かでない。
 しかし悠二には、『メイド』というものについては二人ほど、心当たりがあった。
 一人は、常日頃から給仕服を着用しているフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 そしてもう一人は、キョンの話にあった朝比奈みくるである。

「根拠はあるのかね?」
「キョンがこう話してたんだ。朝比奈さんはメイド服が素晴らしく似合う人だ――って」
「…………」

 黙り込む水前寺。その鈍い反応に、悠二も沈黙せざるを得ない。

「……似合う似合わない以前に、彼女のメイド服がずたぼろなのは気になるな。
 直接的な死因となっただろうこの傷の他にも無数、切りつけられた跡が見られる。
 ナイフか日本刀か……刃物だけでないな。こちらの遺体を見る限り、銃の扱いもこなせるらしい。
 それに、こっちの首なし遺体も異常だ。首の切断など、口で言うほど簡単なものではないというのに。
 殺した奴は俺より強い――か。シズの推察は正しいようだ。強いというより、ヤバイといった具合だが」

 確かに。と悠二は頷く。

「それにしても、水前寺はさすがだな」
「うん? なにがだね」
「僕みたいな事情を抱えているわけでもないのに、まともにこういう現場に立ち会えるんだからさ」

 目の前には四つの遺体。つい最近までここに殺人者がいたという事実。脳裏を蹂躙せんとする死のイメージ。
 封絶の中で、何人ものクラスメイトが『壊れる』様を見せつけられた経験のある悠二ならともかく、常人なら卒倒してもおかしくはない。
 だというのに、水前寺は膝を折るでも言葉を失うでもなく、遺体の判別に頭を回せるだけの気丈さを見せているのだ。

「称賛は結構だがな、坂井クン。おれの場合はただ単に、神経が図太いだけさ。須藤特派員あたりなら、逡巡せずそう言うだろう」

 などと謙遜する水前寺だったが、悠二の彼に対する評価は覆らない。
 水前寺邦博。車両の運転技能を備え、物知りで機転が利き、度胸もある。
 行動を共にする上では、この上なく頼りになる男だった。


 ◇ ◇ ◇


 【4】


 遺体の検分があらかた終了した後、見計らったようなタイミングで放送が流れた。
 悠二がこの地で気配を感じ、捜索の対象とした、“人類最悪”による二回目の放送である。

「やはり、か。吉井明久に朝比奈みくる、両名とも脱落してしまった。十人のうち何人かも呼ばれたな」

 水前寺がてきぱきと脱落者の名前をまとめていく中、悠二は寡黙に、“人類最悪”の独り言について考えていた。

 ――『空白(ブランク)』。あるいは、『落丁(ロストスペース)』。

 宇宙空間とも比喩されたあの『黒い壁』は、目に見えるとおりの『壁』でない、という情報。
 実際に調べにいく機会こそなかったが、あの壁は前々から気になっていたものだ。

(世界がないという状態――か。あるいは、封絶の中と外。あるいは……この世と“紅世”みたいな関係なのかな)

 場所と場所とを隔てるもの。堅く通じないもの。そして、乗り越えられるもの――では、ない。
 それが、壁に見えて壁でない『空白(ブランク)』。
 この世界がどういった世界であるのか、という点について考えてみるなら、『空白(ブランク)』の存在は無視できない。

 数刻前、この地で封絶が張れないのは、『すでに封絶に類するものの中にいるから』だと考えた。
 ならば、とそのとき同時に考えたのが、『封絶内のように“存在の力”を使い、中のものを修復できないものか』ということだ。

 これはすぐに試してみて、不可能だということがわかった。封絶の亜種ではあったとしても、封絶のルールは適用されていない。
 しかし、“人類最悪”の話を聞き改めて思う――『空白(ブランク)』に対してはどうだろうか、と。
 一枚の折り紙を一つの物語として仮定し、この物語が折り紙から切り離された端っこだとさらに仮定するならば、だ。

 その切り離された箇所を、“存在の力”を使って修復することはできないだろうか――?
 もしくは、“存在の力”を注ぎ込むことによって『空白』を『埋める』ことはできないだろうか――?
 もしくは――ある特殊な方法で“存在の力”を行使し、『空白』を飛び越えることができるのではないだろうか――?

 もし。
 もし仮に。
 それが可能だとするならば。
 『空白(ブランク)』というのはまさに――

「――『久遠の陥穽』」
「ん? なにか言ったか坂井クン」
「……いや? なにも」

 一瞬、思考がぶれる。
 自分がなにについて考えていたのか、わからなくなる。
 悠二は首を傾げ、うーん、と不思議そうに唸った。
 それだけだった。

 これはあくまでも、坂井悠二としての考察――。


 ◇ ◇ ◇


 【5】


 ――因果より隔てらし世界。

 世界から断絶されし、因果孤立空間を形成する自在法・封絶にも似た環境――と“紅世”の者ならばそう捉えるだろう。
 “人類最悪”の言葉は言い得て妙、実態を探るならばまさしく事実無根と言うほかない、現実の押しつけでもあった。
 しかし――だからといって、抗うことを無為、それでいて絶望などとは、考えに至るだけ愚かというものではないだろうか。

 この世界よりの脱出が、『大命』にも勝る難行だとはどうしても思えない。これは客観的に見たとしても、だ。
 時と共に世界が消失していくという制限についても、それは『世界』が消えるというだけであって『存在』が消えるわけではない。
 三日が経過し、なにもかもが消え失せた世界――それはこの世と“紅世”の狭間に存在せし『久遠の陥穽』と、なにが違うというのか。

 『詣道』の例のように道が通じぬとも限らず、『神門』のような扉がないとも限らない。
 それは決して希望的観測などといったわけではなく、この地に浸透している気配――否、“存在の力”を鑑みてこそ言える憶測。
 または、“紅世の王”が持ち出したる『狭間渡り』の法とて、有用であるかもしれないのがこの地の不安定さだ。

 はたしてこの地でフレイムヘイズが潰えたとして、契約せし“紅世の王”はどこに還るのか――。
 検証するならこれが一番手っ取り早い。上手くいけばこの段階で正答は得られ、そして解答へと至るのであろう。
 あの『究極のやらいの刑』の上をいく秘法でこそあれ、物語と物語を繋ぐことは、易し。

 『詣道』を作り、
 『大命詩篇』を編上げ、
 巫女と交信し、
 代行体を作り上げ、
 意識を同調させ、
 『神門』を開き、
 『祭殿』まで辿り着く。

 これらの仮定を経た結果を求めるよりは――容易い。
 問題は、代行体がそれを望むか。
 代行体が、ここで成ることを望むか。
 この、外伝とも称すべき物語と物語の狭間――断章にて。

 これはあくまでも、“■”としての断定――。


 ◇ ◇ ◇


 【6】


「おおう。見ろ坂井クン。名前がわからなかった十人のうち、もう九人が埋まったぞ」

 二回目の放送から判明した今回の脱落者と、実際の名簿を照らし合わせて、水前寺が不明参加者の割り出しを終える。
 十人のうち六名――メリッサ・マオ白純里緒北村祐作木下秀吉土屋康太、零崎人識――は、既に脱落した。
 残るは四名――しかしその中でも、既に島田美波、紫木一姫、“狩人”フリアグネの存在が判明している。
 となると、真に残るのは一名。噂も名も聞かぬ影の存在が、今もどこかで鳴りを潜めているということだ。

「あと一人か。マージョリーさんあたりがいてくれれば心強いけど、あの人がいてなんの噂もないってのは変だしな……」
「神社で実に九名もの人間が集まったとき、大多数の素性は割れた。わからないといえば、『師匠』や『いーちゃん』あたりか」
「そのへんはもう、キョンと一緒で本名じゃなくニックネームかなにかなんだろうけど……なぜなんだろう」
「気にしても仕方あるまい。それを言うなら、インデックスなど正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』というらしいぞ」
「本名っていうんなら、シャナだって僕が名づける前は『炎髪灼眼の討ち手』で通ってたって言うし……考えても仕方ない、か」
「なんであれ、あと一人の素性が気になるな。名前を耳にしないのは、どこかに潜伏しているからなのか、隠密行動に徹しているからなのか」

 ロビーに置かれたソファに腰を落ち着かせる悠二と水前寺。
 取れるものは取れるときに取っておけ――との助言に従うわけではないが、今は骨休めのときだ。
 遺体を眺めながら食事をする気には、さすがになれなかったが。

「この少年二人、どちらかが吉井明久なのは確定として、もう片方は木下秀吉か、土屋康太か……」
「いるとは思わなかった知り合いの存在を、訃報で知る、か……島田さん、ショックを受けるだろうね」
「同じ学校というだけの赤の他人であってくれれば、それはそれで助かるのだがな」
「……あれ? そういえば水前寺。こっちの人、さっきまで眼鏡をかけてなかったか?」

 悠二が怪訝に思う。二つの少年の遺体のうち、一方がかけていたはずの眼鏡が消えていた。
 水前寺に訊いたところで、在処が判明する。彼の手の中だった。

「うん? ああ、見たところどうやらただの眼鏡というわけではなさそうだったのでな。調べさせてもらっていたところだ」
「ただの眼鏡じゃない……って? どこからどう見ても、普通の眼鏡に見えるけど」
「いやいや、それは『おまえの目は節穴か』と言うべきところだぞ坂井クン。これは一見ただの眼鏡だが、実際は違う」

 水前寺は悠二に眼鏡を手渡し、よく見るように言った。

「それはな、眼鏡の形をした――ああいや違うな。言うならば、『眼鏡型のカメラ』のようなのだ」

 悠二は言われて初めて、フレームの両脇に小型の機械類が取りつけられていることに気づいた。

「レンズのある左がカメラ本体で、右は記録装置と電源といったところだろう。
 シャッターらしきものがないことを鑑みるに、画像ではなく映像を記録するものらしいな。
 つまり、正確にはカメラではなくビデオカメラだ。出力装置がないのが難だがね。
 しかしこれは僥倖かもしれないぞ。なにせそのカメラ、未だに動いているようなのだから」

 言われてみると確かに、微かにではあるが稼動音のようなものが聞こえる。
 そこで悠二はハッとした。

「もしかして……ここで起こった一部始終を、このカメラが記録しているかもしれないってこと?」
「ご明察だ、坂井クン。四つの遺体を作り上げた犯人、そして犯行経緯、すべてその眼鏡が記録しているやもしれん」

 飼猫は見ていた――というやつだよ。水前寺は続けた。

「荷物があらかた持ち去られていたようだが、さすがに死人の眼鏡にまでは気が回らなかったか。
 もしくは、こういった機械類には興味のない人間であったとも考えられるな。
 なんにせよ、さっそくこのカメラの中身を確認してみるべきだろう。坂井クン、機械工学には明るいかね?」

 首を振る悠二。水前寺はさほど落胆もせず、

「そうか。とはいえ、これしきのものなら病院のPCでも出力できるかもしれんな。まあいい。とにかくやってみよう。
 浅羽特派員の消息も、もしかしたらこのカメラが記憶しているかもしれん。他に痕跡らしいものもないしな。
 須藤特派員の話によれば、彼も相当ばかげた真似に走っていたようだが、まさか彼にこんな真似ができるはずもない。
 この場に浅羽特派員がいた――と仮定するなら、そうだな……隙を見て一人だけ逃げた、と考える方が無難か。
 おっとそうだ、救急車のキーも探さないといかん。あるとしたら車庫か? 救急隊員は普段どこに詰めているんだ?」

 この男、やはり行動派だ。
 命に関わる危難に遭遇しても適格に立ち回り、遺体を目の前にして寸毫も思考をぶらさず、唯我独尊自由奔放。
 ある種、『この世の本当のこと』を知ったとしても、彼ならばすべてをやんわり受け入れた上で、自論を展開するに違いない。

(僕のほうも、そろそろ考えを行動に移さないといけないときかな……)

 悠二は、スラックスのポケットから携帯電話を取り出した。
 警察署の自称殺人犯から声明が届いた携帯電話――しかし今はそれ以上に、大きな意味を秘めている。
 今、この携帯電話のアドレス帳には、水前寺から入手した神社の社務所の電話番号が登録されているのだ。
 即ちそれは――この携帯電話が『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルとの連絡手段であることを意味する。

(話しておくべきことはたくさんある。さっきの放送にあった『空白(ブランク)』のこととか。
 カルメルさんだったらきっと、僕とは別方向でなにかの答えを導き出しているかもしれない。
 この地域一帯に浸透している、薄く広がるような“存在の力”にだって――感づいてるだろう、あの人なら。
 それに、この時間ならキョンも合流を済ませているだろうし……朝比奈さんのことも含めて、一度連絡を取っておくべきか)

 多少の小言を言われるかもしれないが、今はそれしきのことで躊躇ってはいられない。
 悠二は決意し、二つ折りになっている携帯電話を開いた。

「――え?」

 待ち受け画面が表示され――それを見た瞬間、悠二の動作が止まる。
 思考も一掃されるかのごとくクリアになり、頭の回転すら止まった。

「どうした坂井クン。そんな石膏像のような顔をして」

 悠二が漏らした声を拾い、尋ねる水前寺。
 悠二は応えられない。応答よりも前に、こちらのほうが重要だ。
 なぜ。
 なぜ、こいつから――。

「……メール、か?」

 水前寺が携帯電話の液晶画面を覗き込み、確認する。
 そこには、《新着メール一件》とあった。
 さらに悠二は、そのメールの中身を今まさに開いたところであり――。
 驚愕の理由は、差出人の名前にこそあった。


   《 差出人:“人類最悪” 》


 ◇ ◇ ◇


 【7】


 着信時刻は十二時ジャスト。二回目の放送が始まったのと同時刻。
 “人類最悪”から送られてきたメールには、たった一行の文字列のみが表示されていた。


   《 死線の寝室 ―― 3323-7666 》


 八桁の電話番号が意味するところを、悠二は知らない。


 ◇ ◇ ◇


 【8】


 場所――どこか。

「…………」

 “死線の蒼”のように寝言を口にしないまでも、“人類最悪”は確かに、座布団を枕にして寝息を立てていた。



【B-4/病院・1Fロビー/一日目・日中】


【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ、湊啓太の携帯電話@空の境界(バッテリー残量100%)
[道具]:デイパック、支給品一式、贄殿遮那@灼眼のシャナ、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。
 0:このメールはいったい……!?
 1:水前寺と一緒に浅羽を探す。
 2:携帯電話で一度、社務所にいるヴィルヘルミナと連絡を取る。
 3:事態を打開する為の情報を探す。
 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。
 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
 └”少佐”の真意について考える。
 3:シャナと再会できたら贄殿遮那を渡す。
[備考]
 清秋祭~クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻~14巻の間)。
 会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。


【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!
[道具]:デイパック、支給品一式、「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅、ママチャリ@現現地調達
[思考・状況]
 基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。
 1:悠二と一緒に浅羽特派員を探す。
 2:眼鏡型カメラに記録された映像を検証するため、病院内で出力装置(PC)を探す。
 3:病院から救急車をかっぱらい、今後の移動手段とする。
 4:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
 5:浅羽が見つからずとも、午後六時までには神社に帰還する。


【ママチャリ@現地調達】
坂井悠二と水前寺邦博が駐車場からかっぱらった極々普通のママチャリ。
基本的には096A new teacher and a new pupilにてクルツ・ウェーバーが民家より確保したものと同様。



前:CROSS†POINT――(交換点) 坂井悠二 次:CROSS†POINT――(交信点)
前:CROSS†POINT――(交換点) 水前寺邦博 次:CROSS†POINT――(交信点)
前:第二回放送――(1日目正午) 西東天 次:不通の真実――(a silent call)



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