混沌の学び舎にて(1) ◆3k3x1UI5IA
【1:ある戦いの終わり】
――キン! キキン! グギギギギッ!
激しい金属音が、断続的に響く。
嫌な音を立てて、標的を捉え損ねた刃が金網を切り裂く。
戦場をミニサッカー場からプールサイドへと移しながら、2人と1人の死闘はなおも続く。
激しい金属音が、断続的に響く。
嫌な音を立てて、標的を捉え損ねた刃が金網を切り裂く。
戦場をミニサッカー場からプールサイドへと移しながら、2人と1人の死闘はなおも続く。
「あはははははッ!」
「くッ……!」
「このぉッ!」
「くッ……!」
「このぉッ!」
ヘンゼルが笑い、小狼は唇を噛み、リンクが焦りの声を上げる。
2対1。数の上では、小狼とリンクの方が上だし、2人とも素人ではない。勝機は十分にあるはず。
にも関わらず、なかなか追い詰められない――むしろ逆に押されている理由は、それぞれの武器にあった。
2対1。数の上では、小狼とリンクの方が上だし、2人とも素人ではない。勝機は十分にあるはず。
にも関わらず、なかなか追い詰められない――むしろ逆に押されている理由は、それぞれの武器にあった。
ヘンゼルの武器、処刑鎌の武装練金『バルキリースカート』。
それは4本の腕であり、同時に4本の足だった。
時に敵に牙を剥き、時に大地を蹴り。普通の人間には不可能な動きで、挟撃を避けつつ反撃する。
小狼もリンクも、さっきから翻弄されっぱなしだ。
それは4本の腕であり、同時に4本の足だった。
時に敵に牙を剥き、時に大地を蹴り。普通の人間には不可能な動きで、挟撃を避けつつ反撃する。
小狼もリンクも、さっきから翻弄されっぱなしだ。
否、戦闘の場がこのプールサイドに移ってから、既に小狼は一撃の有効打を与えている。
武器に差があるなら、その武器を壊せばいい――単純にして明快な作戦。
小狼の武器は、何でも切れるクロウカードの『剣』。バルキリースカートそのものを斬るのも、簡単だった。
だが、問題は――
武器に差があるなら、その武器を壊せばいい――単純にして明快な作戦。
小狼の武器は、何でも切れるクロウカードの『剣』。バルキリースカートそのものを斬るのも、簡単だった。
だが、問題は――
「……おっと、もうやらせないよ! そっちの手は分かってるからね!」
「ちぃっ!」
「ちぃっ!」
問題は、斬り飛ばせたのは4本のアームのうち1本だけで、しかもその時点で狙いがバレてしまったことだ。
小狼の意図が分かっているから、ヘンゼルは小狼の『剣』を『受け止めよう』としない。
3本のアームで大地を蹴り、避けることで対応する。どんな攻撃も、当たらなければどうということはない。
小狼の意図が分かっているから、ヘンゼルは小狼の『剣』を『受け止めよう』としない。
3本のアームで大地を蹴り、避けることで対応する。どんな攻撃も、当たらなければどうということはない。
その合間合間に、リンクが釣竿を振るうが……これもまた、ヘンゼルを捕らえられない。
釣竿自体に大した攻撃力は無いが、その糸で絡め取れれば無力化できる。その隙を小狼が突ける。
そう思って、何度も釣竿を振るうのだが――その意図はヘンゼルにも見え見えである。
逆にバルキリースカートで切り払われそうになって、慌てて引っぱり戻すこともしばしばだ。
釣竿自体に大した攻撃力は無いが、その糸で絡め取れれば無力化できる。その隙を小狼が突ける。
そう思って、何度も釣竿を振るうのだが――その意図はヘンゼルにも見え見えである。
逆にバルキリースカートで切り払われそうになって、慌てて引っぱり戻すこともしばしばだ。
(適当な符でもあれば、打ち込む隙もつくれるのに……あと1手足りない!)
(こうなったら、あるるかんを……ダメだ、取り出す時に隙ができる、何かで気を惹かないと……!)
(こうなったら、あるるかんを……ダメだ、取り出す時に隙ができる、何かで気を惹かないと……!)
2人は焦る。
つい先ほど、校舎の方から大きな破壊音が聞こえてきた。
巨大なハンマーで、何かを叩き壊すような音。ガラスが次々と割れる音に、身体の芯に響く振動。
3人が今戦っているプールからは建物が邪魔で見えないが、校舎でも何か事件があったとしか思えない。
小狼とリンク、2人の仲間たちに何かしらの危機が迫っているかもしれないのだ。
2人は焦る。早く確認に行きたくて、焦る。
つい先ほど、校舎の方から大きな破壊音が聞こえてきた。
巨大なハンマーで、何かを叩き壊すような音。ガラスが次々と割れる音に、身体の芯に響く振動。
3人が今戦っているプールからは建物が邪魔で見えないが、校舎でも何か事件があったとしか思えない。
小狼とリンク、2人の仲間たちに何かしらの危機が迫っているかもしれないのだ。
2人は焦る。早く確認に行きたくて、焦る。
――そして、そんな隙を見逃すヘンゼルではない。
不意に、バルキリースカートのアームが、地面に落ちていた『何か』を蹴り上げる。
それはつい先ほど小狼の『剣』に叩き斬られたアームの1本。失われた4本目の腕。
空中でそれをキャッチしたヘンゼルは、無造作に、実に無造作にそれを投擲する――リンクに向かって。
回転しながら迫る死神の鎌、反射的に釣竿で打ち払うが、ヤワな釣竿がその衝撃に耐えられるはずもない。
嫌な音を立てて、釣竿がへし折れる。勢いを殺しきれなかった刃が、斜め下方に弾けて彼の太腿を抉る。
それはつい先ほど小狼の『剣』に叩き斬られたアームの1本。失われた4本目の腕。
空中でそれをキャッチしたヘンゼルは、無造作に、実に無造作にそれを投擲する――リンクに向かって。
回転しながら迫る死神の鎌、反射的に釣竿で打ち払うが、ヤワな釣竿がその衝撃に耐えられるはずもない。
嫌な音を立てて、釣竿がへし折れる。勢いを殺しきれなかった刃が、斜め下方に弾けて彼の太腿を抉る。
「お、おいッ! えーと……!」
小狼は咄嗟に呼びかけようとして、共闘していた相手の仲間すらまだ聞いてなかったことに気付く。
――そして、そんなことを考えている場合ではなかったのだ。
リンクに向けて刃を投げた姿勢のまま、ヘンゼルのもう片方の腕が振るわれる。
風を切って飛んできたのは、血に塗れた包丁。
一瞬の思考のタイムラグが、致命的な動作の遅れに繋がる。
咄嗟の反応で急所への直撃こそ外したが、先の欠けた刃は彼の腹に突き刺さる。
――そして、そんなことを考えている場合ではなかったのだ。
リンクに向けて刃を投げた姿勢のまま、ヘンゼルのもう片方の腕が振るわれる。
風を切って飛んできたのは、血に塗れた包丁。
一瞬の思考のタイムラグが、致命的な動作の遅れに繋がる。
咄嗟の反応で急所への直撃こそ外したが、先の欠けた刃は彼の腹に突き刺さる。
ほぼ同時に、2人はがっくりとその場に膝をつき。
小さな悪魔は一点の曇りも無い笑顔を浮かべ、勇者たちを見下ろした。
小さな悪魔は一点の曇りも無い笑顔を浮かべ、勇者たちを見下ろした。
「お兄さんたちも、頑張ったね♪ でも、これでもう終わりかな?」
均衡は崩れた。小狼とリンクにとっては最悪の方向に。
相手の武装が接近戦専用だと思い込んだ2人のミス。飛び道具は無いようだ、と安心した油断。
いや、ヘンゼルの素早い、しかし延々と続く単調な攻撃は、その誤解を引き出すためのものだったのか?
そうだとしても、ヘンゼルは理屈で考えて「その策」を導き出したわけでは無いだろう。
裏社会で好き放題に暴れながらも生き延びてみせた、闇の寵児の直感。
壊れ、暗黒に染まることで目覚めた天才、「ヘンゼルとグレーテル」。
1人で2人な双子の暴力は、生半可なマフィアの拠点など一瞬で壊滅させるだけの力がある。
ヘンゼルは、そしてバルキリースカートの3本のアームを振り上げると――!
相手の武装が接近戦専用だと思い込んだ2人のミス。飛び道具は無いようだ、と安心した油断。
いや、ヘンゼルの素早い、しかし延々と続く単調な攻撃は、その誤解を引き出すためのものだったのか?
そうだとしても、ヘンゼルは理屈で考えて「その策」を導き出したわけでは無いだろう。
裏社会で好き放題に暴れながらも生き延びてみせた、闇の寵児の直感。
壊れ、暗黒に染まることで目覚めた天才、「ヘンゼルとグレーテル」。
1人で2人な双子の暴力は、生半可なマフィアの拠点など一瞬で壊滅させるだけの力がある。
ヘンゼルは、そしてバルキリースカートの3本のアームを振り上げると――!
* * *
「申し訳ないけれど……これはチャンスなのかしら~~?」
場所を移した激闘を横目に見ながら、金糸雀はそ~~っと隠れていた場所から姿を現した。
3人とも攻防に必死で、金糸雀の方を見る余裕はない。
いや、何か状況に変化があったのか? 3人の動きが止まっている。2人ほど膝をついている。
けれど、金糸雀の存在自体に気付いていないことは、変わらない。
プールサイドとミニサッカー場を遮るものは、バルキリースカートに切り裂かれた金網のみ。
あとは更衣室の建物が中途半端な高さでちょっとした影を作ってくれていたが……まあそれはともかく。
3人とも攻防に必死で、金糸雀の方を見る余裕はない。
いや、何か状況に変化があったのか? 3人の動きが止まっている。2人ほど膝をついている。
けれど、金糸雀の存在自体に気付いていないことは、変わらない。
プールサイドとミニサッカー場を遮るものは、バルキリースカートに切り裂かれた金網のみ。
あとは更衣室の建物が中途半端な高さでちょっとした影を作ってくれていたが……まあそれはともかく。
「火事場泥棒でも何でも、やったもの勝ちなのかしら♪」
金糸雀はニヤリと笑うと、おそらくは意味が無いであろう匍匐全身をしながら「標的」ににじり寄る。
胸を貫かれ、血溜まりの中に倒れる忍者服の少年、の遺体。
その凄惨な様子に、流石に金糸雀も顔を引き攣らせる。
けれど金糸雀が用があるのは、遺体そのものではない。
彼女が用があるのは、遺体が背負ったままのランドセルの方なのだ。
胸を貫かれ、血溜まりの中に倒れる忍者服の少年、の遺体。
その凄惨な様子に、流石に金糸雀も顔を引き攣らせる。
けれど金糸雀が用があるのは、遺体そのものではない。
彼女が用があるのは、遺体が背負ったままのランドセルの方なのだ。
ローゼンメイデンの第二ドールである金糸雀は、実は戦闘においてはかなりバランスのいい万能型である。
バイオリンから放たれる中・遠距離攻撃。バイオリンの弓を剣代わりにした近接戦闘。
接近戦一本槍の蒼星石や苺轍による捕縛しかない雛苺に比べると、相当に融通が利くタイプと言える。
バイオリンから放たれる中・遠距離攻撃。バイオリンの弓を剣代わりにした近接戦闘。
接近戦一本槍の蒼星石や苺轍による捕縛しかない雛苺に比べると、相当に融通が利くタイプと言える。
けれど、そんな彼女にも欠点がある。
それは、得物が無ければほとんど何も出来なくなってしまうこと。
近距離でも中遠距離でも、愛用のバイオリンが無ければ技自体が繰り出せない。
それはおそらく翠星石や蒼星石にも共通する欠点で、彼女だけに限ったことでは無いのだけれど……。
それは、得物が無ければほとんど何も出来なくなってしまうこと。
近距離でも中遠距離でも、愛用のバイオリンが無ければ技自体が繰り出せない。
それはおそらく翠星石や蒼星石にも共通する欠点で、彼女だけに限ったことでは無いのだけれど……。
だから。
金糸雀は、『武器』が欲しい、と思った。
それは飛び道具でも、手に持って振るう凶器でも、どちらでもいい。
銃のような近代的兵器でも、魔法の杖のようなファンタジーの産物でも、どちらでもいい。
とにかく、「まともに戦える武器」だ。
「覗き見のできるメガネ」や「相手をくすぐるだけの手袋」ではなく、「まともな攻防のできる武器」だ。
普段は当然のように振るえる力が使えず、代わりになるものもない現状は、不安で仕方ない。
戦うか逃げるか第三の選択肢を考え出すのか、金糸雀の心は未だ定まってはいなかったけれど。
でも何をするにも、最低限、身を守れる程度の武器は要る。
戦う能力が確保されてこそ、あらゆる選択肢は意味を持つ。
だから彼女は、胸に沸き起こる罪悪感を抑えて、乱太郎のランドセルを開けてみる。
死体の顔から目を逸らし、血で身体を汚さないよう注意しながら、中身を検める。
金糸雀は、『武器』が欲しい、と思った。
それは飛び道具でも、手に持って振るう凶器でも、どちらでもいい。
銃のような近代的兵器でも、魔法の杖のようなファンタジーの産物でも、どちらでもいい。
とにかく、「まともに戦える武器」だ。
「覗き見のできるメガネ」や「相手をくすぐるだけの手袋」ではなく、「まともな攻防のできる武器」だ。
普段は当然のように振るえる力が使えず、代わりになるものもない現状は、不安で仕方ない。
戦うか逃げるか第三の選択肢を考え出すのか、金糸雀の心は未だ定まってはいなかったけれど。
でも何をするにも、最低限、身を守れる程度の武器は要る。
戦う能力が確保されてこそ、あらゆる選択肢は意味を持つ。
だから彼女は、胸に沸き起こる罪悪感を抑えて、乱太郎のランドセルを開けてみる。
死体の顔から目を逸らし、血で身体を汚さないよう注意しながら、中身を検める。
「…………はぅぅ。やっぱりついてないのかしら~~?」
最初に出てきたのは、酢昆布だった。
酢昆布。文句なしにどこからどう見ても酢昆布。使い道なんて、食べるくらいしか思いつかない。
しかし金糸雀は「誰かの好物か何かで、取引の材料になるかも?!」と考え直し、自分の荷物に仕舞う。
酢昆布を餌に交渉して、交換で武器をゲットする。想像するだけでもマヌケな構図だが、金糸雀は真剣だ。
まさにこの頃、森の向こうではソレを偏愛していた人物が命を落としていたのだが、彼女には知る術もない。
酢昆布。文句なしにどこからどう見ても酢昆布。使い道なんて、食べるくらいしか思いつかない。
しかし金糸雀は「誰かの好物か何かで、取引の材料になるかも?!」と考え直し、自分の荷物に仕舞う。
酢昆布を餌に交渉して、交換で武器をゲットする。想像するだけでもマヌケな構図だが、金糸雀は真剣だ。
まさにこの頃、森の向こうではソレを偏愛していた人物が命を落としていたのだが、彼女には知る術もない。
次に出てきたのは、応急処置のための道具のセット。
これもまた、金糸雀には意味の無いものだ――人形である彼女の「負傷」に、これは使えない。
針と糸は「修理」に使えるかもしれないが、神業級の職人(マエストロ)並みの腕が無ければ意味がない。
しかし少し考え直して、これもまた「取引の材料」として自分の荷物に加えておくことにする。
これもまた、金糸雀には意味の無いものだ――人形である彼女の「負傷」に、これは使えない。
針と糸は「修理」に使えるかもしれないが、神業級の職人(マエストロ)並みの腕が無ければ意味がない。
しかし少し考え直して、これもまた「取引の材料」として自分の荷物に加えておくことにする。
あとは、共通支給品の水やら地図やら名簿やら。どう探してもお目当ての「武器」はない。
やっぱり、あんなにあっさり殺された人物が「武器」を温存しているかも、という考え自体が甘かったのか。
金糸雀はチラリとプールサイドの方を窺う。
どうやら、さらなる乱入者があったらしく、人数が増えている。
けれど、ともかくまだ、あっちの人々は金糸雀のことに気付いてないらしい。
これ以上ここに留まる意味もない、と考え、そして再びこっそり物陰に隠れようとして……
やっぱり、あんなにあっさり殺された人物が「武器」を温存しているかも、という考え自体が甘かったのか。
金糸雀はチラリとプールサイドの方を窺う。
どうやら、さらなる乱入者があったらしく、人数が増えている。
けれど、ともかくまだ、あっちの人々は金糸雀のことに気付いてないらしい。
これ以上ここに留まる意味もない、と考え、そして再びこっそり物陰に隠れようとして……
ふと、落ちていた「あるもの」に目をつけた。
「これは……もしかしたら、使えるのかしら~?」
――もしもここに全てを見ている「神」とでも言える視点があったなら、きっとそれはこう叫んでいただろう。
「やめろ金糸雀、『それ』にだけは手を出すな!」と。
けれども彼女にそんな声が聞こえるはずもなく。金糸雀はゆっくりと、「それ」に手を伸ばして――!
「やめろ金糸雀、『それ』にだけは手を出すな!」と。
けれども彼女にそんな声が聞こえるはずもなく。金糸雀はゆっくりと、「それ」に手を伸ばして――!
* * *
膝をついた小狼とリンクの2人が見たのは、彼らに死を齎すヘンゼルの攻撃――ではなかった。
全く期待していなかった、しかしそれは間違いなく救いの手。
全く期待していなかった、しかしそれは間違いなく救いの手。
「――『魔法の射手(サギタ・マギカ)、戒めの風矢』!!」
「!!」
「!!」
風が渦巻く。捕らえた物を縛り上げる、魔力ある空気の塊が弧を描きながら何本も飛ぶ。
ヘンゼルが咄嗟にその場を大きく飛び離れたのは、正しい判断だった。
標的を捉え損ねた風の精霊たちが、虚しく渦を巻いて姿を消す。
3人の視線が、それらを放った新たなる参戦者に向けられる。
ヘンゼルが咄嗟にその場を大きく飛び離れたのは、正しい判断だった。
標的を捉え損ねた風の精霊たちが、虚しく渦を巻いて姿を消す。
3人の視線が、それらを放った新たなる参戦者に向けられる。
「キミは……!?」
「誰!?」
「ネギ!?」
「誰!?」
「ネギ!?」
プールの上を斜めに跳躍し、飛び込み台の上に降り立ちながら、ヘンゼルは眉をしかめる。
プールサイドの東側には、驚きの声を上げる小狼とリンク。
そしてプールの西側、校庭に近い方に立っていたスーツ姿の少年、ネギ・スプリングフィールド。
3対1。
状況のさらなる変化に、ヘンゼルはちょっとだけ考える素振りを見せて。
プールサイドの東側には、驚きの声を上げる小狼とリンク。
そしてプールの西側、校庭に近い方に立っていたスーツ姿の少年、ネギ・スプリングフィールド。
3対1。
状況のさらなる変化に、ヘンゼルはちょっとだけ考える素振りを見せて。
「今のは、何かな? ひょっとして、『魔法』――とかいう奴なのかな?」
「…………」
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
僕は、名簿によれば『ヘンゼル』で登録されているのかな?
双子の姉様、『グレーテル』を探しているんだけど……
姉様も居ないで、魔女を焼く釜に火も入ってないんじゃあ、ちょっと分が悪いかな。だから――」
「…………」
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
僕は、名簿によれば『ヘンゼル』で登録されているのかな?
双子の姉様、『グレーテル』を探しているんだけど……
姉様も居ないで、魔女を焼く釜に火も入ってないんじゃあ、ちょっと分が悪いかな。だから――」
無言で睨みつけるネギたちにニッコリ微笑みかけると、実にさり気ない仕草で「それ」を取り出した。
そして、一言。
そして、一言。
「――だから、また今度ね♪」
閃光。そして轟音。
ヘンゼルの支給品の1つ、『スタングレネード』。
視力を奪われながらも反射的に身を守った3人は、そして、いつまで経っても攻撃が来ないことに気付く。
ようやく回復した目で周囲を見回しても、誰も居ない。静かな風が、プールにさざなみを作る。
ヘンゼルの支給品の1つ、『スタングレネード』。
視力を奪われながらも反射的に身を守った3人は、そして、いつまで経っても攻撃が来ないことに気付く。
ようやく回復した目で周囲を見回しても、誰も居ない。静かな風が、プールにさざなみを作る。
殺人者ヘンゼルは、それまでの執拗な攻撃はどこへやら。
あっさりと、実にあっさりと、逃亡してしまっていた。
あっさりと、実にあっさりと、逃亡してしまっていた。
* * *
小狼は顔をしかめながら、それでもなんとか立ち上がる。
腹に刺さっていた包丁の傷、改めて確認してみれば、あまり深いものではない。
不完全な姿勢からの投擲だったせいか、角度が良かったのか。どうやら内臓までは傷ついてはいないようだ。
……それでも痛みは結構なものだし、出血もある。
ネギという増援があったとはいえ、あのまま戦っていたらどうなっていたか分からない。
あのヘンゼルとかいう少年が撤退してくれたのは、幸いだった。
腹に刺さっていた包丁の傷、改めて確認してみれば、あまり深いものではない。
不完全な姿勢からの投擲だったせいか、角度が良かったのか。どうやら内臓までは傷ついてはいないようだ。
……それでも痛みは結構なものだし、出血もある。
ネギという増援があったとはいえ、あのまま戦っていたらどうなっていたか分からない。
あのヘンゼルとかいう少年が撤退してくれたのは、幸いだった。
小狼は遅くなってしまった自己紹介に苦笑しつつ、リンクの手を取り、握手するようにして立ち上がらせる。
見たところ、リンクの方の傷も致命的なものではなさそうだ。自力で立つこともできる。
けれど、足に傷を負ったこの状態では、動くのに影響が出る。
武器の釣竿も折られていたし、彼もまた、戦い続けていれば危険だっただろう。
見たところ、リンクの方の傷も致命的なものではなさそうだ。自力で立つこともできる。
けれど、足に傷を負ったこの状態では、動くのに影響が出る。
武器の釣竿も折られていたし、彼もまた、戦い続けていれば危険だっただろう。
小狼は溜息をつく。
ヘンゼルがたった1人の増援を前に、何を考えて退いたのかは分からないが……
あの「刃のついた機械の腕」の機動力は、凄まじいものがあった。
あれを使って本気で逃走したなら、学校の塀を飛び越えて視界の外に逃走するのも簡単だろう。
とりあえず助かったよ、と、傍らに立つ仲間に感謝の声をかけようとして、
ヘンゼルがたった1人の増援を前に、何を考えて退いたのかは分からないが……
あの「刃のついた機械の腕」の機動力は、凄まじいものがあった。
あれを使って本気で逃走したなら、学校の塀を飛び越えて視界の外に逃走するのも簡単だろう。
とりあえず助かったよ、と、傍らに立つ仲間に感謝の声をかけようとして、
「逃げられちゃった…………」
「……ね、ネギ?」
「ん? ああ、小狼君。怪我の方は大丈夫?」
「……ね、ネギ?」
「ん? ああ、小狼君。怪我の方は大丈夫?」
小狼に向けた気遣うような、勇気づけるような微笑は、確かにさっき普通に言葉を交わしたネギのもの。
けれど小狼は混乱する。
さっき一瞬、自分が絶句してしまったネギの表情、あれは何だったのだ?
「逃げられちゃった」? なぜそんな発言が出てくる?
思いつめたような、そしてすごく残念そうな、遠くを見つめる目……。
けれど小狼は混乱する。
さっき一瞬、自分が絶句してしまったネギの表情、あれは何だったのだ?
「逃げられちゃった」? なぜそんな発言が出てくる?
思いつめたような、そしてすごく残念そうな、遠くを見つめる目……。
なんだか嫌な想像になってしまいそうになって、小狼は頭を振った。
そんなことより、今はもう1人の仲間・コナンがどうしてここに居ないのかを聞くのが先だ。
それと、戦闘の最中に聞こえた、校舎の方で起きた大きな破壊音のことも。
小狼がどちらを先に尋ねるべきか、迷いながらも口を開きかけた、その時――
そんなことより、今はもう1人の仲間・コナンがどうしてここに居ないのかを聞くのが先だ。
それと、戦闘の最中に聞こえた、校舎の方で起きた大きな破壊音のことも。
小狼がどちらを先に尋ねるべきか、迷いながらも口を開きかけた、その時――
――フォォォォォォォ……ンンンン…………!
何の前触れもなく、何の脈絡もなく。
人間の可聴領域を半分超えたような、耳をつんざくような電子音が、辺りに響く。
それは、「ハウリング」と呼ばれる現象。
スピーカーから放たれた微細な音をマイクが拾うことで、無限ループを起こし極大の音が放たれる現象。
プールサイドの3人の視線が、一斉に音の源に向けられる。
切り裂かれたフェンスの向こう、更衣室の建物に半分影になった、戦闘開始の場所。
ミニサッカー場に倒れた忍者服の少年の遺体の、すぐ隣。
人間の可聴領域を半分超えたような、耳をつんざくような電子音が、辺りに響く。
それは、「ハウリング」と呼ばれる現象。
スピーカーから放たれた微細な音をマイクが拾うことで、無限ループを起こし極大の音が放たれる現象。
プールサイドの3人の視線が、一斉に音の源に向けられる。
切り裂かれたフェンスの向こう、更衣室の建物に半分影になった、戦闘開始の場所。
ミニサッカー場に倒れた忍者服の少年の遺体の、すぐ隣。
手に、血まみれの拡声器を持った小さな人形が、引き攣った顔で彼らの方を向いていた。
* * *
≪115:少女が歩けば勇者にぶつかる | 時系列順に読む | 119:混沌の学び舎にて(2)≫ |
≪118:迷走 | 投下順に読む | 119:混沌の学び舎にて(2)≫ |
≪112:でにをは、そして正しすぎる拳(前編) | ネギの登場SSを読む | 119:混沌の学び舎にて(2)≫ |
≪100:衝突、そして…… | 李小狼の登場SSを読む | |
リンクの登場SSを読む | ||
金糸雀の登場SSを読む | ||
ヘンゼルの登場SSを読む | 119:混沌の学び舎にて(3)≫ |