M.A.I.D.ORIGIN's 四話

「指や脚を刺身にすれば、嫌でも喋るぞ」
 互いの刀が交差し、一進一退の押し問答する中、アサガワは半笑いの表情をしながら呟く。彼女に頭突きをされた男は、虎のような目つきで、アサガワを睨んだ。
「自己紹介がまだでしたね。本名は、朝川真美。楼国での階級は中尉を。エントリヒ帝国では、戦技教導学校の指導教官をやっています」
 アサガワは男の額に自分の額をぶつけたまま、舌が回りきらない早口で自分の自己紹介を済ませた。あまりにも滑稽だったのか、男は鼻で笑う。
「なるほど。その刀、そして朝川という名字。私が持っている刀の所有者だった、女子の姉か」
 男がそこまで言うと、アサガワは頭を引いた。半笑いの表情から、殺意に満ちた視線を男に送る。その代わりに男が薄ら笑いを浮かべていた。
「それがしは、時雨(しぐれ)。楼国では、流浪の旅をしていた」
 袴と胴衣を着た男は、時雨と名乗った。腰にはムラマサが納められていた鞘と、脇差しを帯びている。
 聞いたことが無い名前だ、と時雨のことをアサガワが思った途端、時雨は鍔迫り合いを止め、思いっきり後ろへ下がった。
 アサガワは少しだけ体勢が崩れたのを見計らって、時雨は下駄を履いた右足を彼女の腹部へ突き出した。
 あまりにも一瞬の出来事にアサガワは驚き、そして身体は後ろへ倒れこみそうになる。それを踏ん張り、刀を握り締める。
「そなたは色々と聞きたいようだな。しかし、それがしとそなたは敵対の身だ」
 お互いの刀の、有効範囲内まで下がったアサガワは刀を持っている両手を、額の上へまで上げた。腹部に襲い掛かる痛みを抑えながら。
 そして、今まさに刀を振りかぶらんとするアサガワの構えを見て、時雨は目を細める。
「上段の構え、か」
 オロチの剣先が天を突くような、アサガワの構えに時雨は薄ら笑いを浮かべた。気持ち悪い笑い方をする時雨に対して、アサガワはひどく冷静に深呼吸をする。
「妹君の方は、八双の構えだったな。あんな使えない構え方をする一方で、そなたの構えは実用的だな」
 時雨はムラマサの剣先が、アサガワの喉を突くような構えをしていた。ムラマサの柄は、時雨の臍の位置に置かれている。攻撃的なアサガワの上段の構えに対して、時雨の中段の構えは落ち着いた印象だった。
「先生、手助けのほうは?」
 水差すかのように、MP40や小銃を持った黒旗の兵士がアサガワの左右と背後に現れた。その中の一人が、時雨のことを『先生』と呼んだ。
「結構。彼女は私の相手だ。手助けは一切無用。お主らは、後退する敵兵を追撃するがよい」
 了解しました!と男は言うと、アサガワの周囲を取り囲んだ集団は一斉に走り出す。
「これで邪魔者は居なくなった。存分に死合を楽しもう」



第四話『ターニングポイント』



 見えぬ鉄槌によって、ゴーストバスターズの虎の子である威力偵察隊の一部が吹き飛んだ。スケルトンはその光景を、路地裏から見てしまう。アサガワからの指示通りに、武装集団を側面から攻撃しようとした瞬間の出来事だった。
「対戦車ロケット?角度から見て、恐らく高所からです」
 パラドックスは冷静にロケット弾が着弾した角度を計算し、スケルトンに報告する。パラドックスの報告を聞いた彼は、右手で持っていたSTG45の銃身を左手で握った。スケルトンの背中には、ガーランドM1ライフルがスリングベルトによってぶら下がっていた。
 直後、またロケット弾が疲弊した威力偵察隊に襲い掛かった。そのとき、パラドックスが背負っていた無線機から入電が入る。
「こちら、ジョーヌ。B方面に黒旗のMAIDが逃走中ですわ!至急、迎撃に向かってください」
 前以て無線機からの通信を外部スピーカーに切り替えていたため、スケルトンはパラドックス越しに無線の内容を聞き取ることはなかった。
「パラドックス。周波数を10973に変更」
「了解。……周波数を変更しました。通信をどうぞ」
「こちら、スケルトン。ポイント456にボートを出してくれ。以上だ」
 パラドックスはスケルトンの通信内容をそのまま伝える。一方、彼はSTG45を握り締めたまま、広場を見ていた。銃弾が飛び交う中、ボロボロになった威力偵察隊の前を発煙筒が煙を噴出する。後方で援護射撃していた、近接戦闘部隊の行動だったに違いない。パラドックスとスケルトンが居る路地裏の後ろには、ゆったりと川が流れていた。フロレンツ市内にあちこちに張り巡らされている。
フロレンツが、緑と水の街と呼ばれる由縁であった。
「隊長!こっちです!」
 男の声が、路地裏に響き渡った。パラドックスが振り返ると、優雅に流れる川の岸に小さな電動ゴムボートの上に無線機を背負った男が呼んでいた。スケルトンはパラドックスに「無線機を捨てろ」と言うと、一目散にボートへ向かって走り出した。
「チャップマン、状況はどうなっている?」
 スケルトンはボートの先端部分で片膝を突きながら、STG45の銃口を両脇に挟まれた民家に向けていた。パラドックスはスケルトンの後ろを。彼女の後ろには、ゴムボートの電動モーター部分で座っている、スケルトンの腹心のチャップマンが居た。
 チャップマンは無線機の受話器に耳を当てながら、口を開く。
「威力偵察部隊は、近接戦闘部隊と共に後退。広場に出た敵の増援は、アサガワ教官とジョーヌが一掃した模様。されど、アサガワ教官はサムライと交戦中のようです」
「サムライ?楼国のか?」
 スケルトンはサムライ、という単語に難色を示したのか、チャップマンに問いただす。
「間違いないそうです。ジョーヌの通信どおりに、アサガワ教官はサムライと交戦中。なお、ジョーヌは現在、逃走したMAIDを逐次追跡中」
「だとしたら、敵は近いな」
 ジョーヌの羽音が、風に乗って聞こえてくるとスケルトンは呟いた。パラドックスはMG42を邪魔にならないところに置き、ネイルガンを両手で使って構えた。チャップマンは首に掛けていた双眼鏡を目に当てて、周囲をくまなく探索している。
 前方200メートル先の曲がり角だった。石で出来た防波堤の上で、立っている女性がチャップマンの双眼鏡に映った。短い青色の髪型に、鼻先にちょこんと乗った眼鏡。何よりチャップマンの目に惹いたのは、黒色のメイド服を着ていること。そして、両脇に一つずつウンゲツィーファーシュレックを挟んでいたことだった。さらに腕部と脚部には、サポーターのように甲冑が装着されている。
「前方200メートル!MAID、対戦車ロケットを装備!」
 チャップマンはそう叫ぶと、モーターを最大出力まで上げる為にワイヤーを引っ張った。スケルトンは、いち早くSTG45のトリガーを引いた。強烈な銃声とマズルフラッシュが、月明かりに照らされた運河を戦場に仕立て上げた。パラドックスは、スケルトンが射撃しているSTG45の馬鹿げた銃声とマズルフラッシュに驚いていた。帝国で生産されているそれとは格段に違うモノだということを知った。
 パラドックスはスケルトンの隣に移動し、肩を並ぶようにしてネイルガンを前へ突き出し、トリガーを引く。甲高い発射音と同時に、防波堤で立っていたMAIDに飛来する。
 青髪のMAIDは、怒っている様な形相で跳躍。閉店中だった靴屋の玄関に、鉄釘と弾丸が叩きこまれた。その間に、ボートはMAIDの所へ接近する。
「こちら、チャップマン。MAIDをポイント4238にて遭遇。現在、交戦中!」
 スケルトンが撃ち続けるSTG45の銃声に負けないように、チャップマンは声を張り上げて、ジョーヌに連絡する。一方、MAIDは再度防波堤の上で着地すると、撃ち込まれる銃弾を回避する。そして、全速力で曲がり角を右に曲がる。パラドックスたちを乗せたボートもまた、進路をMAIDが逃げた方向へ向ける。
「レッド!(弾切れ!)」
「グリーン(了解)」
 スケルトンの言葉にパラドックスは返事を返すと、彼は空になったSTG45のマガジンをボートの上に捨てた。そして、腰に帯びていたマガジンポケットから新しいそれを取り出し、装填する。
「チャップマン、回避行動は任せたぞ!」
「任せてください、隊長!」
 防波堤の上で走るMAIDの背中に、STG45の銃口を向けたスケルトンは注意を促す。MAIDとの距離は着実に迫ってきており、同時に相手からの反撃もありうる距離だった。
 そのとき、防波堤の上を走っていたMAIDは大きく跳躍する。夜空に浮かぶ月が、跳躍するMAIDと折り重なった。
 MAIDは、運河の左側に建てられた民家の屋根に着地。ボートとの距離は離れていないものの、高低差が愕然としている。
「厄介なMAIDです。レッド(弾切れ)」
 パラドックスはそう呟くと、空になったネイルガンのボックス型マガジンを抜き捨てる。リロードする時間がもったいないため、すぐ傍に置いていたMG42に手を出した。
 パラドックスは脇に挟むようにして、MG42を持つ。コッキングレバーを引き、銃口を上へ向けるとトリガーを引いた。おびただしい量の弾丸が、民家の外壁を削りながら、屋根の上を走るMAIDに襲い掛かる。さらにスケルトンからの援護射撃が加わり、MAIDの周辺に弾丸が交差する。しかし、一発もMAIDには命中しなかった。
「おほほほほ。黒旗のMAIDさん、ご機嫌ようですわ」
 聞き覚えのある声がスケルトンの耳に入ると、後ろへ振り返る。逃走するMAIDの後方に、MG42を構えたジョーヌが上空で飛行していた。MAIDは、両脇に抱えていた対戦車ロケットの砲口をジョーヌに向けた。耳をつんざく轟音と同時に、対戦車ロケットから二つの砲弾が発射される。
「っと、楽勝ですわ」
 しかしジョーヌはお茶の子さいさい、といった様子で砲弾を回避する。
 MAIDは血走った目でジョーヌを見ながら、後ろを向いたままステップをする。その一方でパラドックスやスケルトンからの弾幕を回避し続けていた。
「なんだ、あのMAID。弾が全く当たらないぞ」
 STG45のトリガーを引き続けるスケルトンは、一方的に弾丸を回避するMAIDに難色を示した。するとMAIDは、対戦車ロケットを運河の方へ投げ捨てた。 それは、猛進するパラドックスたちのボートへ当たろうとしていた。
「身を屈めて!!」
 チャップマンはそう言うと、急いでモーターの電源を切った。緊急停止するかのようにボートは減速し、投げ捨てられた対戦車ロケットが水柱を立てて、消えていった。全身に水を浴びたスケルトンは、STG45が無事なのを確かめる。同様にパラドックスもMG42の無事を確かめた。
「ナイスだ、チャップマン。早くあのMAIDの所へ行くぞ!」
 スケルトンは顔を後ろへ向けると、叫んだ。しかし、チャップマンは電動モーターのエンジンを作動させるワイヤーを引っ張り続けていた。表情は青ざめており、冷や汗をかいていた。
「た、隊長……今さっきの急停止で、エンジンが故障したと思われます」
 パラドックスはそこまで聞くとMG42とネイルガンを手に持って、ボートから身を乗り出し跳躍する。ボートはそのときの衝撃で大きく左右に揺れるが、スケルトンとチャップマンは沈まないように身体を使って制御する。
「パラドックス、追いかけろ!」
 跳躍によって、岸へ着地したパラドックスにスケルトンは叫んだ。しかし、当の本人は済ました顔でスケルトンを見ながら、口を開いた。
「了解です」
 パラドックスは両手に銃器を持つと身を低くくし、走り出す。すると、遥か遠くのほうで羽ばたくジョーヌの後ろ姿を捉えた。甲冑を装着し、両手にMG42とネイルガンを握りながら走っているが、追いつけた。それはジョーヌが比較的、ゆったりとした速度で飛翔しているおかげだった。
 ジョーヌは慌しく上下左右に移動しながら、迫り来る銃弾を回避している。恐らく、青髪のMAIDによるものだとパラドックスは思った。
 運河と、両脇に挟まれた民家はずっと続いていている。パラドックスは防波堤を蹴り上げ、空高く跳躍。
 ジョーヌが追っているMAIDは向かい側の民家の屋根へ着地した。そして、走り続ける。
 満月が出ている為か、パラドックスの目に薄っすらと、向こう側の民家の屋根を走っている青髪のMAIDを捉えた。右手にSTG45を持って、トリガーを引いている。左手には、アーミーナイフを逆手で持っていた。
「ジョーヌ!」
 上空で弾丸を回避するジョーヌに向かって、パラドックスは叫んだ。ジョーヌはそれに気づくと、MAIDとの距離を一旦、離す。
「貴方一人だけですか?!」
 まだ愚痴を言っているだけの余裕があると、パラドックスは思った。両手の銃器を構え、川を挟んだ民家の屋根の上を走り続けるMAIDに銃口を向ける。こちらの出方を悟ったのか、全力疾走で走っていたMAIDは足の速さを緩め、やがて立ち止まった。
「ようやく観念でございますか。今後の人生設計の為には、悪くない判断と思いますけど?」
 ジョーヌはそう言うと、青髪のMAIDは俯いたままSTG45を手から離す。パラドックスはずっと、標的のMAIDに向けて銃器を構えていた。
「調子乗ンじゃねーぞ、このド特定が!!」
 青髪のMAIDは、ジョーヌに向かってそう叫んだ。眼鏡をかけた知的な顔から想像できない罵声と、血気迫った表情をしている。うろたえるジョーヌであったが、パラドックスは良からぬことを想像し、MG42のトリガーを引いた。
 同じくして、青髪のMAIDはジョーヌに向かって走り出した。MG42から放たれる弾丸は足元で着弾するが、MAIDの走りに邪魔をしなかった。
「ジョーヌ、避けてください!!」
 トリガーを引き続けながら、パラドックスは叫んだ。青髪のMAIDはジョーヌとの距離を肉薄すると、跳躍した。
 逆手に持ったアーミーナイフの刀身が、満月の光によって反射している。MG42の弾丸は、MAIDに一発も当たらなかった。
「死に腐れよ!」
 跳躍したMAIDは真正面から、ジョーヌに向かって突進した。ジョーヌは気を取りも出したのか、羽を使って後退。その瞬間、MAIDは逆手で握っていたアーミーナイフを横殴りに振った。
「くっ!」
 反射的にジョーヌは両腕を使って、頭と上半身を守った。彼女の腕にナイフの切っ先が触れたのか、袖が横に切り裂かれる。
「まだ終わってねぇぞ!」
 MAIDの罵声と同時に、ジョーヌの頭部に衝撃が走った。横殴りのような衝撃に、ジョーヌは為す術も無かった。視界が真っ暗になった途端、背中に激しい痛みとガラスを突き破った音が耳に届く。痛みに堪えながら目を開くと、閉店になった雑貨屋の店内が広がっていた。ショーウィンドを突き破ったのか、中の商品が散乱している。ジョーヌもまた、アンティーク商品が置かれている棚にぶつかっていた。お尻に何か踏んでいるのか、軽い痛みが走った。
「大丈夫ですか、ジョーヌ!!」
 パラドックスの声と同時に、ショーウィンドの手前の道路から彼女が上から現れた。両手にMG42とネイルガンを脇に挟んで持っていた。ジョーヌは、大丈夫、と言おうとした瞬間、パラドックスの背後にあのMAIDが居た。青髪の、眼鏡をかけたMAIDが。
「パラドックス、後ろ!」
「遅い」
 パラドックスが振り返ろうとした瞬間、青髪のMAIDは淡々とした口調で呟いた。その瞬間、MAIDは後ろ回し蹴りをパラドックスの頭部へお見舞いした。
 目にも止まらぬ速さで繰り出されたそれに、パラドックスは何も出来ずに雑貨屋に突っ込んだ。ジョーヌから、やや離れた手前にパラドックスはうつ伏せで倒れている。
「ド特定に、瘴気臭いMAID。来る所来る所、こういう輩が居て大変困ります」
 先ほどの血気盛んな口調を止めていた青髪のMAIDは肩を竦めながら、呟く。そして、パラドックスが手放したネイルガンを右手に持って、ボロボロになった店内へ足を踏み入れた。
「申し遅れました。私は、軍事正常委員会に所属するエーアリヒと名乗るMAIDです。冥土の土産に、名前ぐらい名乗っても困りませんわね」
 青髪のMAID……エーアリヒは左手で握っていたアーミーナイフを、腰に帯びた鞘に納める。そして、右手で握っていたネイルガンのトリガーを引いた。甲高い発射音と同時に、鉄釘がパラドックスの右太股に突き刺さった。気絶していたのか、パラドックスは急に叫び声を上げる。
「おやおや、こんな銃でしたとは。真に失礼しました」
 その場でパラドックスはもがき苦しむが、太股に突き刺さった鉄釘は床に達していた。いくらパラドックスがあがこうとも、突き刺さった鉄釘は肉の中で暴れるだけだった。
「貴女、本当に瘴気臭いわね。……ああ、瘴炉でしたか。それじゃ、特定MAIDじゃないですか。ついでに、そこの空戦MAIDも」
 エーアリヒは柔和な笑みを浮かべた瞬間、ジョーヌはフライトジャケットに隠していた拳銃を取り出す。そして素早い動作で、エーアリヒの額に照準を向けた瞬間だった。
 握っていた拳銃が銀色に輝く物体によって、弾き飛ばされる。さらに、ジョーヌの頬を何かが横切った。ぬめりとした感触が、頬から首にへと伝っていく。
「変な真似はしない方がよろしいですよ。もっとも、貴女たちには死んでもらうしかないのですが」
 顔を後ろへ向けると、鉄釘が突き刺さった拳銃がジョーヌの後ろの壁に磔刑にされていた。頬に右手を当て、それを確かめると血が付着している。
「私、そろそろ遊びには飽きてきました。それでは、死んでくださいませ」
 ネイルガンの銃口を、ジョーヌに向けたエーアリヒは冷徹な表情を彼女に向けていた。ジョーヌは全てを諦めていたとき、聞き覚えのある声が耳に入った。
「ようやく、追いつけた」



「なぜ、私の妹の刀を持っている?なぜ、妹のことを知っている?」
 上段の構えをしたまま、摺り足をしながらアサガワは着実に距離を詰める。時雨は中段の構えのまま、一歩も動かない。
「一つだけ応えよう。それがしは、朝川一家のことは高く評価している。特に、朝川真美と朝川千早については、一度お手合わせしたかった」
 アサガワは摺り足を止め、立ち止まる。時雨と自分の間合いに入ったことを確かめ、アサガワは彼をにらめ付けた。
「それがし、流浪の身故に職が無い。そのため、軍事正常委員会という組織の傭兵として身を置いている。そのときに、朝川千早と名乗る『女中』に出会い、手合わせを願った」
 時雨は一呼吸置き、また口を開く。
「答えられるのはこれまでだ。それがしは、朝川千早に完敗し、生かされた証として、このムラマサを貰い受けた。女中はもう、朝川家の人間ではない」
 時雨はそこで言い終わった途端、アサガワは鋭い呼吸音と同時に前へ踏み込んだ。空に突き刺すように掲げていたオロチの刀身が真っ直ぐ、振り下ろされる。しかし、時雨はムラマサの刀身を、向かってくるオロチの刀身に摺り上げた。オロチの刀身は、ムラマサによって弾き返される。
 その隙を突いた時雨は、すぐさま後ろへ下がり、がら空きとなったアサガワの胴に目掛けて、ムラマサを横へ振る。空気を切り裂く音が鳴った。
「千早は、朝川家の人間だ!」
 繰り出される時雨の胴切りを、アサガワはバックステップで回避。彼女が居た空間が、ムラマサによって切り裂かれた。
「そんなことはどうでもいい。それがしは、朝川千早の上へ行く朝川真美と手合わせを願っていた。朝川家長女としての実力を、存分に味わいたい」
 時雨はそう言うと、構えを整える。アサガワもそれに倣って、上段の構えをした。揺らぐ心境を抑えきれないアサガワは、どうにかして落ち着こうと深呼吸をした。それを悟ったかのように、時雨は踏み込んだ。ムラマサの太刀筋は、頭上に掲げられたアサガワの手首……小手を狙っていた。
「甘い!」
 アサガワは一歩踏み出し、オロチを握った右手を振り下ろした。時雨の小手打ちより早く打ち出された、アサガワの面打ち。振り下ろされるオロチに対して、時雨は全身を使って、横へ回避。しかし左肩にオロチの切っ先が当たったのか、微かな切れ筋が胴衣に出来た。
「さすが、朝川家。小技ではどうしようもない!」
 時雨は興奮を抑えきれない口調で呟き、打ち切ったアサガワの側面へ回り込む。それを悟ったアサガワは、素早く時雨と向き合った。
「これだ、まさしくこれが武者震いぞ」
「戯言を、ほざくな!」
 アサガワは上段の構えから、中段の構えへ戻す。勝負をつけるつもりだった。手っ取り早く、この男を倒して、妹のことを聞き出したかった。
 踏み込んだアサガワの狙う所は、時雨の小手だった。時雨は、繰り出される小手打ちに両手を下へ引っ込め、自身の身体を一歩下がらせた。アサガワの繰り出された小手打ちは、完全に空振る。
「そろそろ、牽制には疲れたところだ。一気に勝負をつけさせてもらうぞ!」
 時雨は早口にそう言うと、面打ちを繰り出した。
「壱!」
 左斜めから繰り出される面打ちを、アサガワは辛うじてオロチを使って、弾いた。
「弐!」
 息も止まらぬ速さで、右斜めから面打ちが繰り出される。これもまた、アサガワは弾く。
「参!」
 時雨は手首を返すと、アサガワの股を狙った。アサガワは、左手で鞘を抜き出し、股を切り裂こうとするムラマサの刀身を防いだ。 
「四!」
 時雨の連続打ちは続いた。急所を狙った技から派生して、右胴打ちに入る。アサガワは何とかして弾くものの、限界が近づいていた。
 だが、時雨の連続打ちの手数は読めていた。最後は突きで締めてくると。
 それを防いだら、こっちの勝ちだった。あれほどの連続技をして、呼吸や肉体が持つ訳じゃない。
「伍!」
 右胴打ちを防がれた時雨は、摺り足で大きく下がると、また踏み込んだ。ムラマサを突く様にして、アサガワの喉へ向ける。繰り出される突きを、アサガワは鞘を使って弾き、首を大きく左へ傾げた。
 ムラマサの突きが、頬を横切る。全ての連続技を凌いだアサガワは、攻勢に仕掛けようとした。時雨は、両手で握っていたムラマサを離した。
 そして、腰に帯びていた脇差しを両手で抜いた。
「させるかァ!」
 空いていた左手の、人差し指と中指を突き出したアサガワは時雨の両目に向かって突き刺そうとした。それよりも早く、時雨は抜いた脇差しでアサガワの右肩に突き刺した。
 焼けるような激痛が走る。アサガワはそれを堪えて、左手を突き出す。時雨は追い討ちをかけるように、離したムラマサを掴んだ。
「やはり、この程度の実力であったか」
 落胆した口調で時雨は言うと、アサガワから繰り出される『目潰し』を避けた。時雨は、滑り込むように下がるとアサガワの顔に向かって面打ちをした。
「まだまだ!!」
 疾風というべき速度で繰り出されるムラマサの刀身に、アサガワは激痛が走る右肩を動かした。そして、両手を使ってムラマサの太刀筋を受けた。甲高い金属音が、周囲に響く。
「ほぅ、真剣白刃取りか。それに、この甲高い音。なるほど、義肢か」
 一歩も引かれない状況に追いやられたアサガワは、激痛に堪えながら、両手で受け取ったムラマサの太刀筋を離さなかった。恐らく、両手の代わりになった義肢でなければ、自分はそこら辺でのた打ち回っていた。
「朝川家は、そんな紛い物を使うようになったのか?武人なら武人らしく、両手の代わりに小刀でも仕込まないのか」
 今までの余裕の口調だった時雨は、少し語気を荒げて、アサガワを睨めつけた。
「余興は終わった。朝川家には、もう何も求めない」
 吐き捨てるように時雨は言うと、ムラマサの刀身がアサガワの両手から離れた。間合いを空けようとするアサガワだが、時雨はそれよりも早くムラマサを振った。アサガワの腹部に、衝撃が走った。その場で仰向けになって倒れると、腹部を両手で抱える。腹部に走る衝撃と、右肩に焼けるような激痛。その二つが、アサガワに襲い掛かっていた。
「所詮、この程度の実力であったが。無駄足だった」
 涙目になったアサガワの視界に、こちらを見下ろす時雨の姿が居た。仰向けになって倒れたアサガワの目には、暗闇に染まった空と一緒に、時雨が映っている。
 腹部には鈍い衝撃が与えられただけで、切られた感触はしなかった。恐らく、時雨は峰打ちを使ったんだ、とアサガワは思った。
「さて、これを返してもらう」
 時雨はそう言うと、アサガワの右肩に突き刺さった脇差しに手を伸ばした。アサガワは抵抗しようとしたが、激痛のあまりに首を横に振るだけだった。
「や、やめろ……」
「敗者に情けなぞいらん」
 時雨の下駄を履いた右足が、アサガワの右腕を押さえた。そして、時雨は両手を使って右肩に突き刺さった脇差しを引っこ抜こうとする。そのとき、アサガワは今までと比べ物にならない激痛が走った。腹の底から、悲鳴を上げる。それでも脇差しが抜けないのか、時雨は力を入れた。
さらに悲鳴を上げ続けるアサガワだったが、ようやく脇差しが抜いた感触がした。止め処無く右肩から血が流れ、アサガワの頬や首に血が付着している。時雨はそんなアサガワの姿に鼻で笑った。
 そして彼は、懐から携行用の包帯を取り出し、それをアサガワに見えるようにして置いた。
「もっと強くなれ。それがしは、死に場所を探しているからな」
 時雨はそう言い残すと、アサガワの視界から消えた。彼女は、何も出来ずに痛みに堪えていた。そして、手元に置かれた包帯を左手で握り締める。
 仰向けになった状態で、包帯を握り締めた左手を空に向かって突き出した。右肩の痛みよりも、時雨によって傷つけられた自尊心がアサガワを精神的に痛めた。
 涙を流し、アサガワは時雨に渡された包帯を見ることしか出来なかった。



「ようやく、追いつけた」
 スケルトンの声と共に、エーアリヒは身を屈めた。その瞬間、彼女の頭があった空間をスケルトンの裏拳が飛んだ。それを回避したエーアリヒは、足払いをする。しかし、スケルトンはその場で跳躍し、お返しとばかりに踵落としをする。
「たかが人間の癖に、やりますわね」
 ネイルガンを持った両腕を交差させて、スケルトンから繰り出される踵落としを受け止めたエーアリヒは呟く。スケルトンは、頭蓋骨のデザインをしたバラクラバの隙間から、鋭い眼光を放っている。
「ありがとよ。白兵戦はあんまり得意じゃないんだがな」
 腰を低く落としたエーアリヒはスケルトンの踵落としを受け止めたまま、出方を伺おうとしていた。筋骨隆々な、不気味な格好をした男。さらにこちらの足払いを完全に回避し、踵落としを繰り出すほどの技術を持っている。迂闊に出れば、カウンターを食らうことは確実だった。
「その謙虚な姿勢、ぜひとも我々の組織のMAIDたちにご教授願いたいですわ」
 バックステップのように左足を蹴り上げ、店内へエーアリヒは入る。追いかけるように飛び出したスケルトンに、彼女はネイルガンを向け、トリガーを引く。
「そうかい。だが、授業料は高いぞ!」
 三点射で発射された鉄釘に対して、スケルトンは肩にかけていたSTG45を取り出し、盾代わりにした。三本の釘がSTG45に突き刺さり、スケルトンはすぐさまそれをエーアリヒに投げつけた。弾薬や薬室に鉄釘が達していたのか、STG45は小刻みに振動し、煙が出ていた。
「ちっ!」
 手前に投げられたSTG45を見るや否、全てを悟ったエーアリヒは思わず舌打ちをする。その瞬間、STG45は手榴弾のような規模の爆発を引き起こした。ジョーヌは思わず目を閉じてしまう。
「くそったれの、人間が!!」
 黒煙から飛び出したエーアリヒは、アーミーナイフを片手にスケルトンに突っ込んだ。素早い動作と同時に、風のようにアーミーナイフを振る。スケルトンはそれを回避するが、所々にナイフの切っ先が服を切り裂き、肌へ達する。
「手強いな!」
 スケルトンもまた、エーアリヒのアーミーナイフとはいかないもののナイフを取り出す。それを逆手で持つと、彼女との距離を離した。
「手強くて結構!どうやら貴方も排除対象其の三になりそうですわ」
 殺気に満ちた視線をスケルトンに送ったエーアリヒは、アーミーナイフを構える。スケルトンは身を屈めて突っ込んだ途端、エーアリヒと自分の間に奇妙な格好をした男が割り込んだ。
「邪魔立て済まぬ」
 スケルトンが繰り出したナイフの切っ先が、袴と胴衣を着た男の脇差しによって防がれていた。スケルトンは力を込めようとも、脇差しは微塵も動かない。
「時雨先生ではありませんか。何の御用でこちらに?」
 エーアリヒは落ち着いた口調に戻すと、握っていたアーミーナイフを鞘に納めた。時雨は脇差しでスケルトンのナイフを受け止めながら、顔をエーアリヒの方へ向ける。
「作戦は失敗だ。歩兵も既に消耗しきっておる。それに、この都の治安維持隊が体制を立て直した。深追いは無謀だと思っている」
「先生がそう仰るなら仕方が無いですね。しかし、上層部には何と伝えたらいいでしょうか?」
「何とでもいいだろう。それがしを呼べは、ちゃんと状況を説明できるぞ」
 エーアリヒは、思わず両肩を竦める。
「傭兵である貴方が、上層部と顔を見合わせることはなんてありえませんわ」
「お喋りはそれで十分だろうに。撤退するぞ」
 時雨はそう言うと、脇差しを引く。思わずバランスを崩したスケルトンに、時雨は脇差しの柄で脇腹を突いた。スケルトンは呻き声と同時に、その場へ倒れこむとする。一方、エーアリヒは跳躍し、民家の屋根へ向かった。
「そこの男、早々に広場へ向かえ。朝川真美が倒れておるぞ」
 時雨はそう言い残すと、脇差しを鞘へ納め、走り去る。スケルトンは痛みを何とかして押さえ込むと、時雨が言った言葉を何回も繰り返した。
「アサガワ教官が……?」



 フロレンツで発生した、黒旗による襲撃事件。治安維持隊は大きな損害を与えられたものの、フロレンツ駐留連隊の出動によって、事なきを得た。
 報告書に書かれたことを、ジョーヌは思い返していた。あの後、ゴーストバスターズは殉職者五名と重軽傷者十数名を出してしまう大損害を被った。
 さらにパラドックスはネイルガンの10mmナーゲル弾を太股に突き刺さり、全治一週間の負傷。
 アサガワ教官は、右肩に深い刀傷を煩い、現場復帰は先の話なると、スケルトンは言っていた。
 過去最悪の事件、だとジョーヌは思った。しかし、これ以上の惨事が起こることを、予感していた。いや、そうせざるを得なかった。朝方の、領事館前広場。
 戦場となったそこには、死体が点在していた。頬にガーゼと、頭に包帯を巻いたジョーヌの他に、死体を片付けている治安維持隊がせっせと動いていた。
 そんなジョーヌの目の前に、一人の男の死体があった。アサガワが持っていたPTRDの14.5ミリメートル弾によって、頭部を粉砕されていた男。
 男のジャケットに、ある紋章が隠されていた。そのことを親切な治安維持隊の若者が報告してくれたことを、ジョーヌは感謝している。
 手渡された紋章を片手に、ジョーヌはその身分を持った男を見下ろす。
 その紋章は、ルーン文字で作られた『SS』の文字。それが意味するのは、エントリヒ帝国が誇る武装SSの部隊章だった。



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最終更新:2009年12月11日 23:52
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