黒と矛盾

(投稿者:店長)

エントリヒ帝国領 某所

グレートウォール戦線からそれほど離れていない地区に侵入したGの迎撃任務。
現在その場に存在したのはつい先ほどまで生命活動を行ってた筈の無数のGの残骸と、黒い衣服に胸部と下腕、脛のみ覆う簡易甲冑を身に着けた女性だった。
彼女はただ廃墟となったその地区に佇んでいるだけだ。その目線の先には空虚のみが存在する。

その女性は墨を流し込んだような黒い髪を腰まで届かし、群青の瞳はどこか鋭い。
手にしている機関銃──エントリヒ帝国の傑作として、いくつかの国に供給されるMG-42V──からは先ほどまで射撃に使われていたことを白煙を上げることで無言で示していた。銃身はもう少し使用すれば交換を余儀なくされるぐらいに酷使されていて、所々に損傷ほどではないが本体にもダメージが及んでいる。
所詮はその武装は使い捨てだと割り切った運用をしている、何よりの証拠だ。

彼女以外には兵力は存在しない。相手が小規模だったことに加えて、彼女の装備する武装が他人の存在を許さないからだ。

──ガントレット。

彼女に搭載された忌まわしき瘴炉から得られるエネルギーを右手に集中させ、接触した相手の内部に瘴気を媒体にした塊を一気に放出させる攻撃スキル。
説明しろといわれればこの程度に纏められることだが、その結果生み出される惨状は形容するには軽すぎた。一度放つ度に半径500mという個人にしては広大すぎる範囲に瘴気汚染を発生させるのだ。
それ以外にも今回は持ちいらなかった瘴気砲<メドゥーサ>といった、瘴気を用いる装備をする数少ないメードなのだ。

Gがその場で居座ることで資源を食い尽くされ、発生する瘴気に満たされるのがよいのか。
はたまた彼女をはじめとする瘴炉装備のメードがその破壊の力を振るい、それっきりだが致命的なまでの汚染を許容するか。
この問いに対して人は少なからず判断に時間を要することだろう。

現在この領域には彼女が用いたガントレットによる瘴気汚染が発生していた。
濃密な瘴気がその濃度によって大気を黒く染め上げている。
視覚的にも息苦しいその空気は、実際人間やその他の動物はおろか、耐久力に優れるメードでも長時間はいられない……毒の海原なのだ。

「……?」

それ故に彼女──パラドックスの反応は早かった。
生物は存在しないはずのこの黒い世界に、足音が木霊したからだ。
二足歩行のリズミカルなブーツの音、音が近づくにつれて、黒い影が浮かび上がる。

「噂に聞いてたが……酷い」
「貴女は?」

その容姿は黒が多い衣装を纏ったパラドックスが見ても、黒かった。
病的に白い肌以外、髪や目はおろか身を包む過剰装飾気味な膝上までのワンピースも、全てが黒く覆われていた。その目つきは侮蔑に満ちている。友好的ではないのは明らかである。
その手には鋸に剣のような柄をつけたような物体を装備している。その大きさは彼女にはやや大きめの印象を与えるのだ。


まず最初に浮かんだ思考は彼女も瘴炉搭載型なのだろうか?ということだ。
この瘴気に満ちた空気の中を平然としている様子は、少なくとも瘴気に対する耐性を持っていることに他ならない。
だが、彼女は何者だろうか?
エントリヒに所属するメードで、瘴炉を搭載している者は少ない。
彼女が知らないところで生まれたメードだろうか?そうであれば知らないのも頷けるのだが……。
パラドックスの勘がそうでないと訴えている。

「EARTH所属……アズワドだ。事前に連絡してあるはずだが?」

そこで漸く、この作戦前のブリーフィングで担当官代理であるアサガワ・シュトロハイヒが告げていたことを思い出すのだった。
時系列はやや遡る……。

現在の戦場へ行くまでの間、車両による移動中のことだ。
装甲車の狭い車内にアリサワとパラドックスはブリーフィングを行っていた。
どうせ移動の間は他にすることはなかったし、何より時間を無駄に使う発想はアサガワにはない。
大まかな流れはパラドックスが繰り返してきた作戦となんら変わるところはなかった。ただ、と最後にアサガワは切り出した。何でも彼女以外にメードを一体参加するとのことだ。

「国際対G連合統合司令部からの要請でな。みだりに瘴気汚染を出すような戦いをするなとのことだ」
「……はぁ」

お互いに面倒なというのを表情に浮かばる。
皮肉にもこの国で発生した軍事正常化委員会──そのシンボルとする旗が、エントリヒ国旗を黒を基準とした色に変更したものを用いた為に、通称黒旗と呼ばれる組織──の武装蜂起によって、国際対G連合統合司令部の介入が本格的なものとなった。
その下部組織たるEARTH──国際研究機関がその黒旗アルトメリア支部によって襲われることになるのは皮肉なのか、当然の結果なのか。
ただ、瘴気を出すなというのはパラドックスに戦うなというに等しいことだ。彼女の主武装は瘴気を用いる武装なのだから。
当然飲めない要求に対し、帝国は妥協を求めた。

「そこで妥協案としてだ……一定量の瘴気汚染が予想される戦場にEARTHから派遣されるメードを同行させよ。ってな」
「なるほど……そのメードとは?」
「アズワド、というメードらしい。なんでも瘴気を浄化できる能力を有しているらしいな」

パラドックスはしばし返答に困った。
瘴気は自然に霧散し分解されるまで長時間その場に留まるものではないか?
現にそうしていまだにGから開放しても人が住めない土地というのがエントリヒにも存在する……。

「俄かに信じられませんね」
「だが上からの命令だ。従えよ?」

──……
─……

「貴女が、アズワド……」
「して、聞くのだが……いつもこのような戦いを?」

あからさまに嫌悪感を隠さずに、アズワドは問う。
人との交流を求めないパラドックスはその様子になんら感じることもなく冷静に答えた。
もとより、人から暖かい目で見られるほうが少ない。

「はい。そうですが」
「……嫌いだな」

はっきりと断言した。いっそ清清しいまでな程に。
その表情は無表情そうなものから、大きく歪む。憎悪の色が伺えた……ただ、向ける先は別のところにありそうだ。
それはパラドックスを見据え……いや、その後ろにある何かを見ているようだったのが印象的だ。
腕を前に組んで、アズワドの視線がふと真横を見る。パラドックスもまた、それに気づいて視線をそちらへ向けた。

「……ところで他に人を連れてきたのか?」
「いえ、私一人だけです」
「つまり招かれざる客、というわけか」

パラドックスはやや白い煙の残るMG42-45Vに改めて円柱に似たドラムマガジンをはめ直し、アズワドは背中に背負い込んでいた物体を構える。
鋸のような剣……鎖鋸の剣たるミストルテインが唸りをあげて回転を始める。
あれで攻撃されたらただじゃすまなそうだなと、他人事のように矛盾を関する彼女は感想を抱いた。

「……黒旗のへどろ隊」

最上級の侮蔑を込めて、アズワドは呟いた。
言葉は絶対零度の冷たさで彼女らに……対瘴気用のガスマスクを付けた全身灰色の衣装に身を包んだ軍事正常化委員会の偽装メード部隊たるグラォシュミーデンに投げかけられ、それは灼熱の敵意の前に溶けていった。
彼女らのほかにも軍事正常化委員会の腕章と制服を身に纏った一般兵の姿もみうけられた。……総数は全員合わせて1個中隊に届くぐらいか。
武装も多彩で曰く付きのFMP44K省力短機関銃やバハウザーKP5簡易拳銃、UzF150……対G無反動砲ツィーファウストといった重火器にいたるものまで装備している。
へどろ隊、というのは彼女らの格好と、生まれの後ろめたさからきている蔑称だ。

特定メードがのこのこと現れた……といったところですか」

流石のこの濃度の瘴気の中、ガスマスクを外すということが出来ない彼女らの心の声を想像するパラドックス。
ギラギラした殺意は容易に彼女二人に対する感情を察しえた。
グラォシュミーデンは難民らを適用し、教育の過程で何故不遇になったのかを刷り込まれている……彼女らは何故不幸なのか?をたくみに誘導された都合のいい使い捨ての戦力なのだ。

「……はは、ふはは、ふはははははっ!」

突然、黒尽くめの少女は嗤い始めた。
傍から見れば気が狂ったように写るような、突然の変貌に思わずパラドックスは目を向けてしまう。
大きく腹を押さえて、嗚咽と嘔吐を堪えるようにも見えるようなオーバーなアクション。
その仕草に黒旗も石化したかのように硬直した。
グラォシュミーデンの殺意がへどろのように粘り気のあるものであるなら、アズワドから発せられるコレはドライアイスのようなものだった。
冷たく乾いた、けれど触れた途端に灼熱感を感じるような──!

「──あぁ、そうか。そんなに死にたいか」

空気が軋みを立てる。正確には軋む音を届けた。
アズワドの体から、紫色を少し宿した黒い水晶が生える……少しばかり瘴気の濃度が下がったところをみると、浄化するという能力はありがち間違いではないようだ。
黒い水晶は成長を遂げ、ついには体を覆いつくすフルプレートアーマーの様相を呈する。
見えざる何かによって静止させられていた彼女らは漸く再起動し、一人がFMP44K省力短機関銃を構え、射撃しはじめた。
反動によって幾分か逸れるものの、大部分がアズワドに吸い込まれていく。
メードの防御力は銃弾程度なら貫通されるほどしか持たない。故に射撃した本人は無論、他の黒旗達もまた必殺を期待した。
だが期待というのは裏切られる運命にあるらしかった。

アズワドに向かって吐き出された拳銃弾は悉くが弾き飛ばされた。
無数にうける弾丸に対して小揺るぎもしないその様子はいっそ傲慢だ。
彼女が瘴気によって生じさせた結晶……瘴黒晶は恐ろしく頑丈であり、拳銃やライフル程度では食い込みすらおきない。
あざ笑うようにチェーンソーの刃を高速回転させながら、アズワドは彼女らのほうに動き出す。
死を宣告し、命を奪いにくるデュラハン……それを夢想させる存在が敵対者らに恐れを抱かせる。

「ツィー・ファウスト!」

一人が叫んだ。その一喝は彼女らを捕らえ始めた恐怖を一時的に払拭する効果をもたらす。
分厚い戦車の装甲すら貫通するといわれる無反動砲を打ち込めば、あの鎧すら貫通できる……!
一人が手に持っていたUzF150を構え、甲高い連射音の下に倒れた。
威圧感を放つアズワドに気をとられていたところに、パラドックスが余裕をもって1掃射を行った結果だった。
ツィーファウストを構えるところを正確に打ち抜かれる……黒旗は進退いずれも封じられた。

「……礼はいわないぞ」
「私も求めておりませんので」

手早くMG42-45Vを構え、引き金を引く。
パラドックスはアズワドを盾と囮の役目をしてもらうことを心の中で決めた。
アズワドのミストルテインは獣の唸り声にも似た騒音を上げ、グラォシュミーデンの一人の腹部にその刃をつきたてた。
縦向きに背中まで突き出た刃から、夥しい血液と細かく削られた肉片が飛び散った。
だがそれだけに終わらない。

「ハラワタを……ッ!」
「ひぎ、いぃぃぃぃぃぃぃ?!」
「ぶちまけろッ!!」

刃をそのまま上へと進ませ、肉と骨とを両断させていく。
最終的に鎖骨を食い破って削り断たれた彼女は血の泡を口からこぼして崩れ落ちた。
断面からは生臭い匂いと共に内臓がこぼれ、凄惨さを演出していった。
返り血を真正面から受け、黒い水晶に薄汚い赤黒がこびり付くことを厭わず。

「──次は誰だ?」

決して大きな声ではなかったが、敵対者にはすとんと胸の奥まで浸透するほどに響いた。
惨たらしく殺される……その怖れは戦意を喪失させるのに効果的すぎたのだ。



「……やれやれですね」

珍しく独り言をパラドックスは零す。
眼前で行われる堵殺行為に対する彼女の呟きだ。
木霊する悲鳴は絶望に彩られ、生存本能はこの場からの逃走を願った。
その一つ一つを丁寧にも潰して回る彼女ときたら……狂犬のごとくだ。

すでにパラドックスの手にはMG42-45Vではなくネイルガンが握られている。
酷使しすぎて文字通り使い潰し役立たなくなった故にだ。

一際大きな射撃音によって、射線上にいる幾人かを纏めて磔にしてしまう威力の鉄杭が放たれる。
着弾確認ついでに視線を向ければ、夥しい血液と臓腑の海が広がっている……無論犯人はもう一人のメードの仕業である。

「……黒い奴は消えてしまえ」

ネイルガンのマガジン1つ分が丁度弾切れする時に、戦闘という名の虐殺は終結を迎えた。
転がっている首は共通して苦痛と畏れを浮かばせており、醜い断面をみせる手足や胴体からはすっかり血液が出尽くしている。
むせ返るような鉄錆と硝煙の匂いの中、赤黒く塗装されたアズワドは漂う瘴気を水晶へと変えていく。
頭に血が上っていても、やるべきことは覚えているらしい。
水晶が大きく成長していくごとに、反比例して空気は清らかさを取り戻していく。

「あぁ……これでいい」

先ほどの狂気ぶりは失せ、どことなく清清しい表情を浮かべる様子はパラドックスには滑稽だった。
彼女もまた、自分とは違った矛盾を抱えるようだ。
そういえばアズワドという単語は、どこかの国の言葉で黒という単語だったはず……。

「いつもこのような戦いを?」

それは最初にアズワドから問われたものだった。
意趣返しのつもりもなく、ただの好奇心から出てきた言葉。

「ああ、……悪いか?」
「いえ。別に……」

特に気にした様子を見せず、パラドックスはアズワドを見据えた。
後始末が大変そうだ、と後処理をするであろう者達に心にも思わない同情をするだけだ。



最終更新:2010年04月09日 01:21
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