荒木の旅 #1-6

(投稿者:A4R1)


ヌヌ>


落ち着きを取り戻した愛理香ちゃんは、かざまちゃんの横に座らせてあげた。
あのドス黒い恨みのこもった声色をまたすぐ聞いたら、間違いなく夢に出るわ…。

注文したメニューの性質上、一つのテーブルに全員分の料理が載せきれないと言われ、
近くのもう一つのテーブルを使わせてもらうことになった。
それだけの量が出てくるようね。楽しみだわ。

「えーと…大丈…夫かな?もう?」
ぎこちない笑顔で声をかけてきた藤十郎に、愛理香ちゃんが申し訳なさそうにうなづいた。
「じゃあいいね。」
襲撃を受けた当人がいいんだったらいいわね。

「藤十郎殿…。」
「ん?どうした、かざまちゃん?」
「そなたのご家族について気になる話を聞いたのでゴザルが…。」
「誰の?」
「姫の文通友達の『荒木 はじめ』殿とは、藤十郎殿の弟さんで違いないのでゴザルか?」
「ん。そだけど。」
「荒木ご夫妻の息子さんで、農林学科にご在学されているんですよね~。
 あの方や親戚の皆さんの作るお野菜は、みずみずしく、風味がいいと評判ですよ。」
「あの子…出世したのね…。」
「アンタの弟でしょーが。何他人のような言い方してるわけ。」
「という事は、藤十郎さんって農家の出ってことになるのね。」
「多分…。」
「いや、藤十郎君、これまでの話で確定したじゃないか。」
「え?」
「『え?』じゃ無イわヨ!!」

「話を進めるでゴザルよ!!」
「進めなさい!!」
「調子を狂わせてるアンタが言うんじゃないわよ!!」
「へへへ…。」
また意地悪そうに笑う…かざまちゃん、呆れてるでしょ…。
「~…まぁ、その『はじめ』殿がつい最近送ってきた手紙でゴザルが…、
 何やら大変な事をしようとしているらしいのでゴザル…。」
「大変なこと?」
かっぱくんの中から便箋を取り出して藤十郎の前に置いた。
「どれ。」
手にするなりそれの臭いを確かめる藤十郎。
「何で臭いを…。」
「書いた月日は六月下旬…あぁ、間違いなく『はじめ』ちゃんの書いたもんだな。」
弟に「ちゃん」付けってアンタ…。
「壱」と書いて「はじめ」って読むみたいね。
「決め手は何?」
「六月下旬は葱と子赤茄子(ミニトマト)の収穫真っただ中だったからな。
 収穫して出荷調整した後すぐに書いたんだろうさ。臭いが残ってる。」
「臭いって一か月以上紙に残るもんなの?」
残らないと…思うんだけど…。

「でー内容は…」
三つ折りにされた紙を開き、声のトーンを上げて読みだした。
『前略 
  梅雨の足音も去りつつある今日、いかがお過ごしですか。
  季節の変わり目は何かと体調を崩しやすいものです。
  どうか体にお気をつけてお過ごしいただけたらと思います。

  さて、今回お手紙を送るに至ったのは、
  この度、海外の文通先の方のご協力の元、
  バストンフォレストへの旅行を執り行う事を決定したからです。』
「バストンフェレストへ!?」
『帰国後、ささやかではありますがその地であった話や、手土産の類を送れたらと思います。
 しばらくの間は便りは送れませんが、ご心配なさらないでください。

                                  壱 』
「緑が綺麗な場所だと聞きますが、いいですね~若いことは。」
後藤さんとマリーさんの温度差…。
「やだなぁ、マリーさんも十分若いと思うますよ。」
「そう言われましても、長いこと運動をする機会もありませんでしたし…。」
「運動能力どウこう言ウ問題じャナいでしょがァー!!」
「バストンフォレストは多岐に渡る種類のGの巣窟で、とても気軽に入れるような地域ではないぞ。」
「どんなに屈強な兵士や優秀な装備を身につけていようと、
 あの地より生きて出ることが出来る確証は無いからね。」
「なんだか不安になってきたでゴザルよ…。本当に壱殿は大丈夫でゴザルか?」
「まぁ大丈夫だろね。オイラの地元も山岳地帯だし。」
「その根拠の無い自信は本当に何なの!?」
「壱ちゃん1人じゃないさ。同じ地で育った頼れる仲間がいるさ。」
そう言って藤十郎が水の満たされたボトルを一息で空けると、
暫時、沈黙がはさまれた。

「仲間と言えば、藤十郎さん。」
ミザリーちゃんが真っ先に沈黙を破った。
「ん?」
「前にあなたがラウンドスターズに訪れた時に、次会う時には昔の事を話すって言ってた事を覚えているんだけど。」
「あー…そだっけなー…。」
やたらに厚いメモ帳を用意されて、むっつりとした顔をして髭のそり残しが目立つ顎を掻いた。
「まぁ、そんな約束事をしていらしたのですか。」
「それは気になるでゴザル。…でも、聞いちゃってもいいのでゴザルか?」
「聞きたい人だけ聞けばいいじゃない。効く気がない人は寝た方がいいわよ。親子二組はもう寝ちゃってるし。」
ハガネさんとコムラさんたちは、それぞれに寄り掛かって寝ちゃった。
「ちょいとお時間頂くことになるけど、いいかい?」
「構いませんよ。」


藤十郎>


「どこから話そうか…あぁ、オイラが技師になったいきさつから話すか。




技師になる前、オイラは楼蘭の自衛隊にいたんだ。
まいど技術は、その時はそんな技術があると聞いた程度だったし、本格的に技術を身につける気も無かった。
それなりの金を稼いだら、仲間と菓子造りの会社を立てるつもりだったからさ。

自衛隊にいた頃は、二階堂に神以外に友人らしい友人はいなかったな。
生まれが楼蘭の中でも指折りの辺境地だって言われてたからなぁ。
そりゃ、他の隊員の見る目が良いとは言えないような方向で違ってたさ。

でも、とりわけ中が悪い奴がいたわけじゃなかったし、成果を上げられ無いほどの落ちぶれでもなかった。
ただ、交流面での難が目立ってたな…。


そんなある日に、一人の隊員が他の隊員からいじめられていたんだよ。
いじめられていた隊員、それこそ今のセテさ。
始めはやんわりと止めさせようとしたんだが、いじめていた隊員の一人の一言に腹が立って、
いじめていた隊員を全員はっ倒したのは今思うとやりすぎたと思っている。
でももうちょっとやりたかった。そんな日もあるさ。男の子だもの。
もうちょい賢い止めさせ方もあったと思う。けど、止まらなきゃ意味がなくなりそうなほどの状況だったしなぁ…。


セテを医療棟に運んで治療を施したんだけど、
どう考えても殴打以外の傷も幾つかあったんだ。
ありゃあ、もはや殺害未遂の域だったな…。助けるのが遅かったら…。
いや、セテが一命を取り留めたのが幸いだったと思った方がいいか。


治療後、セテが目を覚ましたんだが、オイラを見て震えだしたかと思うと、
持っていた支給品の銃で自分の頭を撃ち抜こうとしたんだな。
治療室内では銃の薬室の弾薬を抜くクセをつけろという医師の言葉を守ってよかったよほんとに。

セテを何とか落ち着かせて事情を聞いたら、
「体力がなくて臆病と言われて腹を立てたら寄ってたかって、殴り、斬られ、撃たれた。
その上、気雑されてるうちに別の人、よりにもよって他から変人扱いされだしたオイラに運ばれたから、
計り知れない絶望に襲われた。」
…とのことだったらしい。
オイラのポンコツ頭で、一発で慰められるような一言は出来なかったよ…。

でも、その集団を一人でとっちめて、医務室に運んだのはオイラだと伝えると、
一応お礼は言ったわな。それでも、まだ恐ろしさで震えていたけど。


とりあえず、傷が癒えるまで休むように言って医務室から出ると、
二階堂と神が険しい顔して待ってたんだな。
しかも、二階堂が、オイラの愛用していた散弾銃と、拳銃の弾丸を渡してきた。
「どうした?」
そう聞くと、返事をしたのは神だった。
「お前、上層部の人間と大立ち回りをしてたのか…。」
「おかげで下の方で偉い事になっているぞ!!」
「え?」
「部下を引き連れて包囲を始めている。
 反逆を粛正するつもりでいるらしい。」
「一人助けるのに精いっぱいで、偉い立場の人とは思わなかったな!!」
「奴らの考え方には賛同しかねる。結果を出せていないとは言え、
 その芽を摘むというなど非道以外の何者でもない。」
「その芽、育ててあげようじゃない。うちの家業、まさしくそれが生業なんだもの。」
「へっ、いうじゃねぇか…。」


そんな会話を交わして、自衛隊の約半数と大立ち回りをおっぱじめちゃったんだな。
まぁ、唆された部下達が乗り気じゃ無かったから、死者も出なかったし、意外にあっさりと終わったんだよな。

結果的に。目撃者の証言や使用武器の照合結果を照らし合わせた結果、
いじめていた奴らは纏めて除隊扱いになったわけさ。


その後はなぜか、オイラ達を見るなり以前以上の速度で脇に退いていく兵士と、
必要以上に敬った接し方をする兵士が増えたんだよな。
敬われるの嫌なんだよね、肩こるし腹減るし。

とはいえ、その後はまともな上官が入ってきた事もあって、
以前よか隊員同士の仲も幾分かはよくはなってったね。



そんな中、セテの怪我が完治した事を聞いて、会いに行ったわけだ。

「どうだ?よくなったか?」
「はい…いろいろと楽になりました。」
椅子に座ってセテの顔を見たら、もう怯えてるような様子じゃ無くなってたねぇ。
「しかし、隊員の半数とわずか四人で渡り合うだなんて…無茶を…。」
「出来ない無茶だったらしないもの。アイツらのような気が置けない仲間がいるから、
 出来る無茶できない無茶かまわずおっぱじめちゃうんだよ。」

そんな事をしゃべっているにつれて、セテの顔が刻一刻と険しくなっていくものだから、
また自決するんじゃねーか!?とか思ったさ。そしたら、
「仲間…私には仲間がいなかった…。」
「もう大丈夫じゃねーかなー。大方のトラブル起こした奴らは出てったし。」
「そうですか…。ならば…。」
「うん。だから君も合いそうな人探してさ…。」
オイラがそこまで言うと、キッとオイラを見たのさ。で、

「貴方方と供に歩ませて頂けるでしょうか…!!」
「いーよー。」
「えっ!?」
セテはなぜか目を真ん丸くしたんだよなぁ。
続いて、ついて来た二人が横槍を入れたんだ。
「返事軽すぎるだろ藤十郎!」
「拒否をするつもりはないが…返答にもう少し考慮をする気は無いのか…?」
「こまけぇこたぁいいんだよ!!」
「お、お前なぁ…。」
「…ふぅ…。」

滅入る神と呆れる二階堂を丸め込んで、
その日からセテとオイラと神と二階が行動するようになったわけなのよ。

オイラ達のやる事に大きな変化は無かったんだけど、
セテ君にはとても衝撃的だったみたいでさ、
神がオイラの冗談に右の拳を打ち込んだ時にドン引きして、
二階堂とオイラの脚技と拳術のぶつかり合いに心奪われたりと、
まぁ、いろんな反応してくれてたね。

そんな中でも、セテはオイラ達の行動の中から自分なりの動き方を模索しようと奮闘してたんだよなぁ。
その辺りの時期に、オイラは『まいど』の存在を、とある先生から教わったんだよ。
その時に出会ったまいどの中にジンナイのおっちゃんもいたんだよ。」



そこまで言うと、かざまちゃんが渋い顔を向けて、
「師匠をおっちゃん呼ばわりでゴザルか…。」
と苦笑いをする後ろで、見たことのある人影が佇んでいる。
「相変わらずだな藤十郎…。」
渋く低い声が、かざまちゃんを思い切り蹴っ飛ばした。
「し、師匠!!!」

顔を真っ青にして、滝のような汗をかき出した。
「愛理香と合流できたか。…愛理香、私たちと離れないようにと釘を刺したはずだが。」
「す、すいませんでした…。」
「改善が見られない場合は、今後の同行範囲の検討を行うことになる。」
「おいおいジンナイのおっちゃん、そこまで目くじら立てなくてもいいだろ~。」
詰め寄るおっちゃんをなだめた…んが。
「おっちゃん…おっちゃんか…。」
小声のつぶやきがすごく震えているけど、そこまで深刻に考えるようなことなの?
「案ずるな四十路前!じきにオイラも三十路だ!!」
「藤十郎さん、フォローする気無いでしょ。」
「うん!!」
「あ、あんたねぇ…。」
ヌヌが呆れて項垂れた。


「ま、いいや、話し続けるわ。
 おっちゃんも聞いてくか?」
「…それもいいだろう。」
ちょっと不貞腐れながら、他のお客の邪魔にならない、天井の梁に飛び乗って座った。
すげー跳躍力だ…。座ってる梁から釘がちょっと飛び出てるのが気になるけど。
「師匠…お時間を頂きありがとうでゴザル…。」
「構わん。心せずして聞け。」
「心してではないでゴザルか…?」
「師匠ノ今の言葉、大事よ。」
「どういうことでゴザルか…。」

「続けっぞ。その話を始めて聞いた時は、まさかオイラ自身がまいど技師になるとは思いもしなかったから、
「へー、すごいなー。」とか、「オイラも手がけてみたいかも。」
とか冗談半分で言う程度だったんよ。

それから2・3ヵ月後、とある戦場にオイラ達4人も駆り出され、多数のGと戦ったんだ。
その中で…セテが重症を負った…。
ワモンに噛まれた傷口が膿んでしまったのが原因だった。
いろんな治療が試まれたけど一向に快方に向かう兆しがなかった。
セテも、行われる様々な治療に苦しみ続けてたし、
まぁ、何度楽にしてほしいと懇願されたことかわかんないな…。
でも、オイラとしては何とかして助けてやろうと躍起になってたのさ。

治療開始から二日後…とうとう医師の見解でも、現代の医学での治療では、
延命させるのが精一杯との結果がたたき出されちまったんだ!!
もう、泣いたよ…。アイツが自信をつけ始めていた矢先だったもの…。

そんなオイラにセテが、
「私を…MAIDに…。」
最初はうわ言じゃないかと思ったけど、しっかりとオイラの方を見て言ってたのさ。
「な、何でまた…。」
「命が残り少ないなら…せめて貴方の希望への礎に…。」
「藤十郎、お前MAIDに関する技術を手掛けたいと言っていたよな。」
「言った…言ったけど…。そんな簡単に出来る訳じゃない!!」

流石のオイラもはじめはそう言って断わろうとしたよ。
人体に変わった石を組み込んで強化できるだなんて、
実際に能力を目の当たりにしたけどそれでも眉唾ものだったし、
それが本当にセテのためになるのか疑問だったからなぁ。


踏ん切りをつけたきっかけは、迷ったまま厠に向かおうと医務室から廊下にでた時、
一人の女性に声をかけられた時だったのさ。
「藤十郎や。久しぶりじゃな。」
その人は、オイラが軍に入る前に通っていた学院の生物学の教授…
今、キキ君達同伴を受け持ってくれているアラキ・ヨヨ、その人だった。
「先生、なぜここに!?」
「本日、MAID希望者の内、一名のMAID化実行許可条件が受理されたのじゃ。」
「まさか、重体の男性兵士ですか!?」
「…まさか、友人かえ?」
言葉を発せようとするほどに、嗚咽が出ようとしていた。
頷くのが精いっぱいだった。

「して、その子にMAIDにしてほしいとせがまれたのかえ?」
「まさしくその通りで…。」
「…なんじゃ、迷うなどお主らしくも無い。」
「でもさぁ!一兵士のオイラがそんな重大な事に手を染めちまっていいものなの!?」
「先に立ち、導いて来た者が懼れてどうする。」

そう論したのは、塩…もとい、獅遠だったな。
自衛隊に所属しないって言ってたのにいつの間に!?って思ったよ。
「何で獅遠!?」
「言葉がおかしいが、まぁいい。
 武器屋が武器を届けに来るのに問題があるか?」
「昔、機械工学を専攻しておった獅遠に今回の事態について話したのじゃが、
 以外にも興味を持っておったようじゃ。」
「今回の被験者はお前を信頼していると聞いた。
 信頼しているからこそ、お前に将来を委ねているのだろう。
 それを踏みにじる気か?」
「っんなわけないだろ!!!」
ちょっとムキになって反論したら、
「ならば尻込みなどしている場合ではない。
 去る日に、お前がMAID技術の話に最もよく食いついていたと聞いた。
 お前にはその技術を会得し、奴の、いや、数多のMAID達の力を引き出す可能性があるだろう。」
その時左胸を拳骨で、どんと叩かれて踏ん切りがついたわけよ。
「んーそうか…。思い切ってやってみっか!!」ってね。
「決まりじゃな。」
「最後まで面倒を見るって言ったんだもの。力を尽くして往生するさ。」
「死ぬな。」


その後、先生の手引を受けつつ、無事セテを『まいど』とすることに成功したんだ。
まぁ、これがオイラの技師になる原点だな。

その後、セテは戦線に戻り、オイラ達と再び戦いを始めた。
今までとは違い、オイラ達と滑らかに話出来るようになったし、
荒いやり取りに対して縮みあがらなくもなった。
何より、身体能力と銃撃技能の向上が著しかったよ。
余りの豹変ぶりに、逆にオイラ達がビビるほどだったさ。


しかし、その組での活躍は長くは続かなかった。
各々の止むを得ない事情で隊から出て行ったのよ。
二階堂は親父の会社の立て直しのため、
神は『ちよ』ちゃんの養育に専念する為で、
オイラは合併症が健康診断で発覚して辞めざるを得なかったのよ。」

「水虫・痔・高血糖・虫歯・あせも・リウマチ…他にもあったわよね。」
「病院行きなさい!!」
「大丈夫。治療中だから。」
「入院しろよ。」
「断ります。


で、治療を受けた後、今後の事を考えながら地元に戻ったわけさ。セテも連れてさ。
するとなんと、さっき言った先生がオイラの家に怪しげな人達を連れて来てて、
おっかぁと話をしてたんだよ。
オイラを『えあす』「『EARTH』の事ね」の一研究員としてスカウトする為に来たって言うことだったのさ。」
「EARTHがスカウトを行うなんて珍しいわね。」
「例の先生が関係者だって言ってたから、まぁ、ちびったね。
 で、おっかぁの勧めで、楼蘭のとある支部に配属される羽目…いや、事になったんだ。」
「羽目って…脅迫だったのでゴザルか…。」
「うん。組織の中身なんてぜんぜん予想できなかったし、
 相当堅苦しそうだと思ってたから気乗りしなかったんだ。
 配属された支部は山間部という立地条件だったからなおさらだったよ。


 だから、オイラも入りたての頃はクソ真面目に仕事をこなしてたよ。
 でも月日が経つにつれ、その心配が必要無くなった。
 クセのある技師や研究員が多くて、対話に困ったことは多いけど、
 でも、それが楽しくもあった。」
「藤十郎君がクセありと称するほどとは…。」
「私ダッタら頭が割レそうね…。」
「…何、その、さもオイラがクセだと言いたげな物言いは。」
「察しなさいな。」
「失敬な…

 まぁ、そんな人達と月日を供にして、
 オイラは一技師として認められるようになったんだよ。こんなんだけど。」
「へりくだる必要はありませんよ。
 この世の中を救うことの出来る、大きな力であることに変わりはないのですからね?」
「マリーの言うとおりだな。誇るべき時でも過度に謙遜するのが美徳だと思っていないか?」
「そんなわけないっすよ。見た感じは技師じゃないだろっていうだけでですね。」
「確かに見た感じは大工のにーちゃんだけど…。」
「まぁ、そんなオイラもついに、一部署限定ではあるものの、注目を受けることになった、
 一つの技術の開発に成功したのよ。」
「何でゴザルか?」
「複数の永核で出力の増幅と抑制を行う技術だよ。」
「『エマンシー・ハート』だな。」
「そう。


 でもさぁ、アルトメリアの技師仲間に後で指摘されたんだが、亜語の綴りの読み方を間違ってたみたいなのよ。」
「え。」
「ちょっとまって、それ初耳なんだけど。ホントなの!?」
「うん。」
「藤十郎が読んだ亜語は『エマージェンシー』らしいが。」
「ちょっと藤十郎!どこをどうやってそう読んだのよ!?」
ヌヌに叱られた。ごめんね。学院での外国語の成績が低くてごめんね。
「まぁ語感がいいから、大丈夫でしょ。」
「~釈然としないわー…。」


「いつの間にやら、オイラがその技術の開発責任者として登録されちゃってね、
 それに伴って、オイラの立会いの下にエマンシーハートを搭載されたMAIDは、
 『アラキ』として登録されるようになったんだ。
 でも、オイラはその子達には、そう名乗ることを強制して無い。いや、マジで。
 現に、三人ともちゃんとした名前を名乗ってるでしょ?」
「まーねー。商売してる身だものねぇ。」
「正直こだわっては無いけど。」
「何回カど忘れしチゃって、複数ノ名前を名乗っちャったケド…大丈夫よね?」
「別にいいのよ。
 その技術の開発に立ち会ってくれた所長がその『アラキ』の名付けを薦めたんだよ。」
「へぇー、そう!」
「それ以外にも、オイラを始めとした技師や作業員、並びにその卵達が行き詰った時に、
 救いの手を差し伸べてくれた人で、部署のみんなだけじゃなく、ほかの『えあす』の人からも支持された人なんだ。」
「素敵な上司さんですね~。お名前は?」
「名前は『夏目 柾恒(まさつね)』。ぱっと見はごついけど、気のいいじーさんだったなぁ。
 あくの強い技師全員とまともに話が出来てたのはあの人ぐらいだよ。
 あの人が懸け橋になってくれたおかげで、部署の技師と仲良くなれたよ。
 そのおかげで、オイラの人脈も広くなったから、とても感謝してる。
 まぁ…それでもごく一部とは馬が合わなかったけどね。」
「まぁ、そんな事もあるでしょうね。」
「藤十郎殿の人柄なら出会った人全員と親しくなろうとすると思っていたでゴザルが…。」
「親しくなれなかった人の数のほうが圧倒的に多かったんだけどね。


 ……。」

「…どうしたの?急に顔をしかめてため息ついて…。」
「お前のそこまで険しい表情を未だかつて見たことなど無かったが…。」
「外国での研修を終えて元いた部署に戻った時、部署の内装がひどく崩れている事に気が付き、
 部署の奥に進むと…目を覆いたくなる光景が待っていた。」
喉の奥から仄かな鉄の味が這い上がってきた。
「昨年五月下旬、楼蘭のEARTHの一部署が、同署に所属していた技師の反乱により壊滅。
 部署にいた人間の多くは死傷に倒れ、そこにいた多くのMAIDも命を落とした。」
「反乱を起こしたのは夏目のおっちゃんの補佐。『鬼塚 家告(いえつぐ)』だった。
 技師としてはかなり優秀ではあったけど、
 高飛車な態度で、前々から他の技師達から煙たがられてたし、正直オイラも話をしたくなかった人だった。」
「その人がたった1人で部署を壊滅させたと?」
「それが…どこからともなく連れて来たGの群れを操り、襲わせていたんだよ…!!」


「!?」
「ちょ、ちょっとまって!!」
「本当でゴザルか!?」
「…信じられん。」
「人間がGを操る事例はごく僅かにはあったけど、楼蘭の人間がGを操ったという前例はなかったわよ!?」
「オイラもその出来事が信じられなかった、信じたくなかった。
 人間がGの群れを操り、かつての同僚や部下達を襲わせるだなんて…。
 鬼塚と会話する程度にまで落ち着くまでには、はべらかされていたGの群れを全滅させるまでかかったよ…。
 Gの残骸と技師だった亡骸が転がる中でも、あいつは顔色一つ変えなかった。」
水差しに満たされていた氷水を口の中に流し込んでも、渇きが完全に癒えなかった。
口の中が完全に乾く前に、話きってしまいたい…。

「その表情を睨むのが精いっぱいだった。
 そんなオイラに代わって詰め寄ったのはセテだった。
 『これは一体何の真似だ!!』
 その荒々しい一言にひるみすらせず、奴は淡々と語りだした。
 『この世界を人間が支配するのはもはや不可能だ。
  これまでに培った技術と、進化を続けるG達により、この世界は本当の救いで満たされるだろう。』
 『何寝ぼけた事を…!!』
 『お前達には到底たどり着けぬ域だ。Gを元とすることで、かつてない力を持つ存在を世に出す…。
  私の手でな…。』
 片手に榴弾砲を携え、もう一方の手には夏目さんを抱えたままそう言い放つ鬼塚に、
 かつて抱いたことのない嫌悪感を感じた。


 『所長をどうするつもりだ!!』
 『なぜ殺 し た。』
 『殺してはいない。』
 『所長をどうするつもりだ!!』
 『この部署の技術を全て把握しているであろう唯一の存在だ。
  少々眠って貰っているがな…。』
 『攫うつもりか!!』
 『未熟な貴様等に構っている暇など無い。』
 奴はセテの呼びかけを鼻で笑い、夏目さんを脇に抱えたまま部署の裏の滝へ続く窓に足をかけたんだ。
 『させねぇぞォ!!!』
 部署と仲間が失なわれて、その上、唯一の存命している上司までも連れ去られそうな状況に、
 辛抱たまらなくなって奴を追いかけた。
 そこから飛び降りようとする鬼塚に掴みかかろうとして飛び掛ると、
 奴は羽を生やして空を飛んだ。
 オイラはその姿を眺めながら滝壷に落っこちていった。
 愛用していた散弾銃は、その時に無くしたよ…。」


「部署から滝壷までの高低差は約半町(約50m強)。」
「普通は助からない高さじゃないの?」
「あぁ。しかし、藤十郎君は数十町下流に流れついていた所を周辺の住民に保護され、診療所に搬送された。
 運びこまれた時点では藤十郎君は気を失っていたが、目立った外傷などが一切無く、
 診察を受け持った医師を始めとした人々を驚かせていた。
 だが、藤十郎君が目を覚ますのは搬送されてから一ヶ月経とうかという頃だった。」

「オイラが目覚めるまでの間、リリ君がオイラの看護をしていて、
 セテは他の『えあす』の人とともに部署の調査をしていた。」
「がんばりやさんですね~。」
「調査の結果、部署の備品や日記が誰かに持ち去られ、金庫もこじ開けようとした痕跡があったみたい。」
「俺も調査に参加したが、調査中に不審な人影を発見した。
 その不審な人物には逃げられてしまったが、逃げる際に落とした物品から、
 ヴェードヴァラム師団の手先であることが判明した。」
「まさか、鬼塚という人はヴェードヴァラム師団の一員になってしまったという事でゴザルか!?」
「いや、前々から師団を目の敵にしていたらしく、師団に関するものは目についた限り壊して回ってたほどらしい。」
「そんなに嫌っている所にいくとは考えにくいわね。」
「それよりも気がかりなのは、鬼塚という者が羽を用いて空を飛んだという件だ。」
「多分…部署で培われたまいど技術をプロトファスマに関する技術に応用したんじゃ…。」
「すると、何!?人間をプロトファスマにする技術を開発したっていうこと!?」
ミザリーちゃんが目を見開きながら詰め寄ってきた。
目だけ般若みたいで怖いよ。


「今のところ、そう考えるのが妥当だろう。
 その技術を自らに施し、プロトファスマと化して人類に反旗を翻したか…。」
「そして、始めに技術を知るものを始末したという訳か。」
「幸い、金庫に保存されていた開発書類の一部とかは回収できた。
 でも、何の弾みで鬼塚がオイラ達人類に見切りをつけたのか、
 どこに向かい何をするつもりなのか、それらを始めとしたいくつもの疑問は未だにわかんないままなんだ。
 けど、先日に新型のGの発見報告が出された時、鬼塚の奴は新種のGを次々に作り出して、
 人類全てを淘汰するつもりなんじゃないかと思ったんだ。

 多分今も、奴は新たなGを作り出しては、世界のどこかで暴れさせているに違いない。
 それを止めなければ、いつか人類やまいどはおろか、
 地上のあらゆる生物を滅ぼす、とんでもない怪物が世に産み落とされるかもしれない。」
「そんな化け物が現れたら、この世の終わりでゴザル…。」
「組織同士の争いにまいどが駆り出されたり、まいどが犯罪利用されていることは本当に嫌なんだよ。
 そんな肝のちっちゃい奴らにこき使われる為にまいどがいるわけじゃない!!
 …人類とともにGと戦う意思を絶やせば未来は無いわけだしさ…、
 その悪い奴等の手先になっているまいど達をオイラが出来る範囲で導き、
 新たなG、そして各地で猛威を振るうGを供に倒していくのがオイラの目標だ。
 まいどとして生きていく意志を固めた子達と戦うことを決めたんだ、
 その心は絶対に曲げさせない、命尽きるその日まで、あるべき道を歩ませる。
 まいどとともにある技師として、それを成し遂げる為にオイラはここにいるんだ。
 技師の仲間達の無念を晴らす為にも…さ。」


そこまで言い終わった時には、すでに水差し一つが空になっていた。


 ・ 次


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最終更新:2010年10月26日 23:09
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