水の都に生まれて

(投稿者:フェイ)



水の都フロレンツ、大通りの一角。
それまで賑わっていた会館の一室はようやく普段どおりの静けさを取り戻し、落ち着いた光が室内を照らしている。
その中、赤くなった頬を冷やすように軽く手の甲で抑えながらメディシスは息をつく。

「ふぅ………」

熱のこもったため息が、どこか色っぽい。
近くに残ったグラスには僅かに赤い液体が残っているが、流石に手を出す気にはなれない。
いくら楽しかったとはいえ、少しばかり飲みすぎたかもしれない。

―――というか、皆して勧めすぎなのですわ。

一番手のスィルトネートを初め、レーニ、シルヴィ、スルーズ、ヴォルフェルト。
更には危なっかしい手つきのベルゼリアやどう考えても瓶を握りつぶしそうなアイゼナまで酌をしに来た。
そして極めつけはジークフリート
こういった事になれて居ないのは見え見えで、挙動不審な様子ながらも、必死にメディシスを楽しませようとしていた。
その様子を思い出し、かすかに口元が綻ぶ。
何はどうあれ―――嬉しいことに変わりは無かった。
皆が、ジークが、自分の誕生日を祝ってくれたこと。

「大人気だったようだね、メディ」
「ええ。…全く、お陰で少し疲れてしまいましたわ。ユリアン様」

言いながら、座っていた椅子から立ち上がり、ユリアンの方へと向かう。
誕生日会の途中、宴会芸と称して服を破り赤ふんどし姿となっていたユリアンだったが、今は予備のスーツを着込んでいる。
その事に安堵しながらメディシスは隣へ並ぶ。

「片付けのほうは、こちらのスタッフの方へお任せしてしまっても?」
「ああ。そこまで込みで借りられるからね」
「では、帰りましょうか。また明日からは気合を入れなおしていかないとなりませんもの」

普段の様子に戻ったメディシスへと苦笑しながら、ユリアンは歩き出し、メディシスはその隣へと着いて行く。





完全に町の人々が寝静まった深夜。
大通りをしばらく歩き、事務所まで送る途中、メディシスはそっとユリアンへ寄り添う。
その様子に何かを察したのかユリアンは一つ頷く。

「すみませんが、忘れ物をしてしまいまして。先に戻っていてくださいます?」
「………一人で大丈夫かね?」
「ええ。心配でしたら警備でも呼んでくだされば」
「……それもそうだね」

ユリアンは先に事務所への道を足早に歩いていく。
それを見送ったメディシスは、常備していた杖、カドゥケウスを取り出し振り向く。



「さて、もう日も変わりましたし、私の誕生日休暇も終わりですわ。……お相手して差し上げますわよ?」



その言葉に釣られる様に、路地裏から姿を表す数人の兵士。
顔を見られないように武装した兵達の服につくのは、黒く塗り替えられたエントリヒ帝国の国旗。
黒旗―――軍事正常化委員会

「大方、ジークフリートよりも目立つなといいに来たのでしょう?」
「その通りだ。なにより貴様のその杖に使われている奇奇怪怪な魔術…世界の理を歪めている! よって貴様を特定メードとして排除する!」
「前者の理由だけのほうがまだわかりやすくていいですわね」

す、と冷静に杖を構え、相手の数を確認する。
目の前に居るのが5人―――その他に脇の路地から感じ取れる気配が4人の合計9人。
全員が全員、同じような装備――どうやらメードはいないようだ。

「全く、揃いも揃ってジークジークと……最近の殿方は軟弱でいけませんわ…ね!」

そこまで確認すると即座に、メディシスは動いた。
姿勢を低くし、杖を右手で構えたまま地を蹴り疾走する。
反応に遅れた真正面の兵士が、銃を構える暇すらなく杖の殴打を受け吹き飛ぶ。

「う、撃て、撃てぇー!!」

慌てた周囲の兵士達がマシンガンを構え撃ち始めるが、当たるのは殴打された先頭の兵士のみ。
その事実に気づいた兵士達は撃ち方をやめメディシスを探す。

「ど、どこだ!?」
「相手の居る場所もわからず撃たないでくださいます? …私たちのフロレンツが傷つきますわ!」

横へと跳んでいたメディシスはその勢いのまま壁をけり天高く跳躍。
天高く輝く満月に照らされ、艶やかな黒髪が踊る。

「カドゥケウス!」

戦杖から刃が形成される。
宙を返りながら射撃を回避、敵陣の真ん中へと飛び込む。
月明かりに照らされ鋭く光る刃を持つ鎌へと変化したカドゥケウスを両手で持ち直し、一閃。
次の瞬間には、胴体が二つに分かれた死体が4つ、路上へと転がっていた。

「…………。逃げましたわね」

路地にいた気配がいなくなっているのを確認し、警戒を解く。
恐らくは、メードがいない状況で対抗できないことに気づき、逃げ出したのだろう。

「全く、迷惑なことですわ」

す、と取り出した使い捨ての布でカドゥケウスの刃についた血を拭い、そのまま形成を解く。
普通の杖へと戻ったカドゥケウスを手に、ユリアンからの連絡を受けた警備兵がくるのを待つ。

「そういえば―――」

見上げれば、月が綺麗に出ていた。
それに惹かれるようにメディウスは跳躍、フロレンツの町が一望できる位置まで上っていく。

「―――――」

月明かりに照らされるフロレンツ。
青白く淡い光に照らされた水の都は、儚く美しい輝きを持ってメディシスを迎えた。

「………」

この街に生まれて、この街を護るメードで、良かったと思う。
そしてこれからも、誕生日を迎えるたびにそう思えるようになろう。
――『水の都の女神』の二つ名に恥じないように。


関連

最終更新:2009年01月21日 23:04
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。