丸石帝国における陸軍クーデター未遂事件 | ||||
目次 | ||||
1.概要 2.クーデターの背景 3.発生 4.発生後の推移 5.終焉 6.影響 |
||||
概要 | ||||
![]() |
||||
戦争: 丸石帝国における陸軍クーデター未遂事件 | ||||
年月日: 200年8月10日 - 200年8月11日 | ||||
場所: 丸石帝国全域 | ||||
結果: クーデターの失敗・陸軍予算の縮小 | ||||
交戦勢力 | ||||
陸軍派 | 改軍派 | |||
陸軍 | 海軍 | |||
空軍第9航空大隊 | 空軍 | |||
一部陸軍 | ||||
警察 | ||||
戦闘参加無し | 戦闘参加無し | |||
国会議員連盟 | ||||
統一歴199年における丸石帝国陸軍の予算縮小に対して不満を持った陸軍上層部が起こしたクーデター未遂事件。陸軍予算増大を掲げる「陸軍派」と陸軍予算縮小派の「改軍派」との間で起こった対立が根本的な原因。当初は陸軍の圧倒的優位で終わるかと思われたが、航空兵力を持たない陸軍と、航空兵力が潤沢な海軍と空軍に圧倒され、降伏した。またこの戦闘に空軍の「第9航空大隊」が陸軍側で蜂起し、大きな衝撃を与えた。 | ||||
クーデターの背景 | ||||
![]() |
||||
相次ぐ陸軍予算削減に対して陸軍は不満を漏らしていた。予算は減額されるが、主力の戦車の退役が近くなっており、新型戦車調達の資金も足りない状況であった。この事にとうとう我慢の限界が来た陸軍の一部部隊が反乱を決行、それに便乗する形げ陸軍上層部はクーデターを実行した。 | ||||
退役が近い伊予式重戦車 | ||||
発生 | ||||
![]() |
||||
統一歴200年8月10日に、陸軍第25突撃大隊が突如反乱を宣言、大隊の伊予式重戦車を使い海軍インド洋方面艦隊基地への侵攻を開始した。この知らせを受けた陸軍首脳陣は反乱を鎮めるのではなく、これに乗じたクーデターの実行を宣言した。これに対して政府は戒厳令を発令、海軍と空軍に事態の収拾を命令し、海軍と空軍は陸軍部隊に攻撃を開始した。 | ||||
第25突撃大隊に所属していた伊予式三連装重戦車。空軍基地への攻撃移動中。空軍ヘリから撮影。 | ||||
発生後の推移 | ||||
艦隊基地攻防戦 | ||||
![]() |
||||
クーデター始まって最初の戦闘である。陸軍第25突撃大隊が攻撃を開始し艦隊基地の一部を占領した。そこに陸軍首脳部は第7歩兵旅団を援軍として投入し、基地の半分を占領した。対する海軍は一部の海軍陸戦隊と警備兵以外は駐屯しておらず、防戦一方を強いられた。これに対して海軍は空軍に航空支援を要請。海軍基地への攻撃を許可した。海軍も別基地に駐屯していた陸戦隊の約半数を投入し、基地の奪還を開始した。また海軍は艦砲射撃を開始し、陸軍部隊の装甲車への攻撃を開始した。この空軍と海軍による攻撃で第25突撃大隊は所属していた伊予式重戦車の半数を失い、陸戦隊に包囲され大隊長および副官は投降した。基地の奪還に成功した海軍は陸軍司令部が存在する首都の陸軍省への攻撃を開始した。 | ||||
○○の戦いの写真の説明です。 | ||||
陸軍一部部隊の離反 | ||||
陸軍一部部隊がクーデターに対して反抗し、海軍陸戦隊に合流した。合流したのは陸軍計3旅団で海軍陸戦隊の3分の1に迫る量であった。勢いをつけた海軍陸戦隊は陸軍省目前に迫る。 | ||||
終戦 | ||||
![]() |
||||
海軍と空軍による航空攻撃に追い詰められた陸軍は陸軍省間近に迫る海兵隊の前で降伏を宣言。陸軍大臣と元帥二名と大将一名が自害した。自害を受けてある中将が海軍に投降したことで、正式に降伏した。 | ||||
イメージ画像無し | ||||
影響 | ||||
![]() |
||||
クーデター失敗により、行われた軍法会議によって、第25突撃大隊の大隊長と副官に絞首刑が言い渡された。また、自害した将軍を除いた計三名の中将と大将に絞首刑が言い渡された。クーデターに反対し、海軍側についた三つの旅団長は新たに大将に昇進した。この事件を受けて陸軍予算は大幅に減少し、それまで以上に予算の削減を強いられることになった。 | ||||
影響の写真の説明です。 |