囚人プロフィール
| 橘シェリー |
| ふりがな |
たちばな しぇりー |
|
| CV |
柊優花 |
| 囚人番号 |
667 |
| 魔法 |
怪力 |
| トラウマ |
■■■ |
| 誕生日 |
7月29日 |
| 原罪 |
破壊探偵《クラッシャー》 |
| 身長 |
162cm |
| 体重 |
55kg |
| BMI |
20.96(標準) |
| 年齢 |
15歳 |
| 血液型 |
AB型 |
| 利き手 |
左利き |
| 成績 |
中 |
| 趣味 |
マーダーミステリー |
| 特技 |
片手で林檎を潰せる |
| 好きなこと |
謎解き・推理 |
| 嫌いなこと |
家族ごっこ |
| 家族構成 |
養父、義母 |
| 将来の夢 |
探偵として殺人事件を鮮やかに解決する |
どんな時も元気にニコニコ、ですますロ調で話す少女。
おっとりした雰囲気で、学校でつけられたあだ名は『妖精さん』(蔑称)。
自称名探偵で、ミステリーや推理が大好き。
いじめっ子をつるし上げて同級生を救ったことがあり、
探偵を自分の天職だと思っている。
周囲をおどろかせるほど好奇心が強く、
気になったことには、人目を気にせず迷わずとびつき、離れない。
ほとんど場の空気を読まない一面がある。
公式ページより
自称名探偵の少女。
にこやかで、楽しい事に
迷わず飛びつく奔放な性格。
気になった事にはとことん好奇心を発揮する。
ただし、一切の道徳心を持たない。
以下ネタバレ注意!
考察
名前の由来
- 橘
- ミカン科ミカン属の常緑小高木
- ちょうどシェリーの目はみかん色
- 花言葉は「追憶」
- シェリーのイメージとは程遠いような……
むしろナノカのイメージでは
- 不老不死の象徴ともされ、古事記や日本書紀に登場する「非時香菓・非時香木実」は橘とする説も存在する。
- 『ファミコン探偵倶楽部』の橘あゆみ?
- シェリー
- 『名探偵コナン』の灰原哀のコードネーム?
- シャーロック・ホームズの名称案にあった「シェリングフォード」
デザインについて
似ているキャラたち
- 『ミルキィホームズ』のシャロ
- 『すれちがい迷宮』のシーラ・ベル
- 天才助手を自称したり、自分で名推理と言ったりするなど、性格にかなり似ているところがある
- やたらと肝が据わってる所も似ている
シェリーはサイコパスか?
シェリーは「光のサイコパス」と表現されがちであるが、果たして本当にそうだろうか?
ここでサイコパスとは、「他者への共感能力のない人間」のことを指すことにする。
シェリーは確かに自らのことを「バケモノ」と自認している部分がある。これは施設での殺人経験から来ており、自らを「バケモノ」であると信じなければ、生きていけなかったのであろう。
そもそも、そのように自認している時点で、サイコパスとはややズレていると言える。そもそも「殺人を犯した→自分は「バケモノ」」という推論は、殺人が悪であるという認識が無ければ成立しない。重要なのは、これはシェリーの幼いころの経験であり、法律的に禁じられているから悪だとシェリーが考えているわけでは無いだろう。知識がないであろう中でも、殺人を悪だと認識できたのは、恐らくは殺された相手への同情であり、この時点で、シェリーに共感性がないというのは否定される。
シェリーは施設での経験で、痛覚を感じなくなった。より厳密には、痛いという感覚はあるが、それが不快な信号であると認識できなくなったということであるが、このことは彼女の「バケモノ」の自認を助長していると考えられる。
彼女は自分を他者と異なる存在と自認しており、人間らしく見えるように、表面的に表情や感情の模倣を行っていると自認している。あくまでもこれらは自認であり、本人に実際に感情がないということを意味しないのは当然である。
彼女は、「バケモノ」であるというある種のアイデンティティにすがっており、実際はそれが「痛覚の無さ」から来る一般人との情緒的反応のずれが原因であるということに気づいてなかったのであろう。彼女は誰よりも自分のことを「サイコパス」と思い込んでいたのである。これははのうらの
狭間ナギのようなただのファッションや中二病的な自認ではなく、存在論的な強い思い込みであり、その自認によってシェリーは自らを生かし続けてきたのだろう。
そのような「バケモノ」自認があったからこそ、両親とは距離を置いていたと思われる。「家族ごっこ」が嫌いなのは、家族と表面的な付き合いにならざるを得ないある種の自己嫌悪であったと言える。
そもそも、このような「自らを「バケモノ」とする」ある種のイデオロギーを信じることで自らの精神を保つというのはまさしく人間らしさであり、彼女が彼女が思うような「バケモノ」ではないことを証明している。
彼女の本質はむしろ自罰的な
紫藤アリサに似ている。自らを「バケモノ」としてある意味で罰し続けているのであり、本人が「バケモノ」であるという訳でもない。彼女が「バケモノ」と自らを思い込んでいることによって、嘱託殺人など「バケモノ」的な行動がとれるのであって、シェリーは「人間」である。
まとめるならば、シェリーを「光のサイコパス」などと呼称するのは、シェリー本人の思い込みを鵜呑みにしているだけの浅い認識にすぎないと言える。彼女はアイデンティティが「バケモノ」であることに依存している、ただの人間である。
シェリーにとっての「友情」
シェリーは、幼少期の虐待あるいは、意図せぬ殺人によって、「心が壊れた」人物である。彼女は基本的に感情を感じているというより、それを客観的な形で学習し、模倣している。シェリーの「悲しいってこれであってます?」からもこのことは明確に示唆されている。彼女は、感情を後天的に学習しており、適切なタイミングで出力しているだけである。彼女は義理の両親の前でも、感情のある普通の「いい子」を演じ続けている。
シェリーは一般的な感情としての友情は理解できなかった。だからこそ、友情を模倣しようとした。彼女は友情を「誰にでもわかりやすく、客観的に見える形」として示すために、1週目においても2週目においても自分の身を犠牲にするという行動に出たのではないかと考察できる。
シェリーの「見せつけてやれましたよね?」というセリフにもそのことが端的に表現されている。
シェリーはハンナとの友情を「分かりやすく、誰にでも友情と認識してもらえるような形」で残したかったのだと考えられる。
シェリーのトラウマ
ヒロがシェリーを魔女化させる際に利用したのは、「怒り」であった。シェリーの「怒り」の感情はシェリー自身に向けられている。すなわち「自己嫌悪」である。
作中の描写や本人の発言から分かるように、シェリーのトラウマは虐待を受けたことや、意図せず職員を殺してしまったことではない。恐らく、トラウマは「感情無き化け物としてのアイデンティティにすがり続けて、壊れる前の自分自身の苦痛から目を背け続けている自分自身」に関係することであろう。
ある種の二重人格で、もう一方の人格(壊れる前の人格)を抑圧している説
一つの説としては、トラウマが「壊れる前の自分自身の人格」そのものか、あるいは「壊れる前の自分自身の人格が感じる痛み」であるということだろう。シェリーはある意味での二重人格であり、常に「倫理観のない明るい方の人格」が全面的に出ており、「壊れる前の自分自身」の人格は抑圧されている。だが、痛みなどの感情を真に感じているのは「壊れる前の自分自身」の人格であり、「倫理観のない明るい方の人格」で受け流し続けることでそれに耐えてきた。
シェリーが自身であっさり魔女化を成功させるのは、「壊れる前の自分自身」を一時的に呼び覚まし、そちらの人格の「痛み」を知ったからだろう。自己嫌悪を感じていたのは、恐らく「壊れる前の自分自身」の方の人格で、「倫理観のない明るい方の人格」の方はそれを見ないふりをし続けてきたのだと思われる。
魔女化してもそちらの人格に乗っ取られず、性格自体はすぐに戻るのは、「壊れる前の自分自身」の人格に一瞬しか触れてないからであり、それでも魔女化するのに十分過ぎる程トラウマ的な経験であるからだろう。
処刑方法の深読み
シェリー処刑時に
ゴクチョーは「処刑台の調子が悪いので、今出ている処刑台(古来の処刑方法)で処刑を行う」と宣言。
- 処刑台ユニットの調子が悪い描写が裁判前になかった(エマが数日間寝込んでいたから知らなかっただけな可能性はあるが)
- これはメタ的な意見になるが、この処刑の後に調子が悪いとされた電気椅子についても、このタイミングでアリサ冤罪にしても正常に稼働している。
- 実は処刑台は壊れておらず、「心が壊れているので一般的な「いい子」のイメージで動いていた」彼女に、「処刑台が壊れているので一般的な魔女の処刑方法としてイメージされる火刑」をぶつけたのではないか?
最終更新:2026年04月04日 15:55