これは代々続く呪いだ。
人の気がほとんどない森を歩いていたある日、私の中に突然記憶が飛び込んできた。
数ヶ月悪夢しか見なくなるほどに積み重ねられた忌まわしい記憶の数々。
数ヶ月悪夢しか見なくなるほどに積み重ねられた忌まわしい記憶の数々。
少女達がもがき苦しみ死んでいく『神罰』の記憶。龍により殺されたナニカ、恐らく巫女のもやがかったの記録。重傷を負って夥しい血を流しながら味方に運ばれる記憶。友に裏切られた記憶。知らない何者か、ただ巫力を持つ者に殺された、殺されかけた記憶。そんな記憶ばかりが私の頭を支配する。
私は、その日呪われた。
いくら寝ても、休んでも疲れが取れず、水面を覗き込むたび話しかけてくるナニカは、「巫女になれ、巫女になれ」と囁いてくる。脅しを含みながら。
「巫女にならなければ死ぬ」。
「次の生贄を見つけるまでお前が生贄だ」と。
「次の生贄を見つけるまでお前が生贄だ」と。
眠れなくなって、それでも起きていることも辛くて、でもそれ以上に死ぬことは恐ろしくて。
死んで無となるのが怖い。死んで誰の記憶にももやがかったナニカになるのが怖い。神罰を受けるのが怖い。
死んで無となるのが怖い。死んで誰の記憶にももやがかったナニカになるのが怖い。神罰を受けるのが怖い。
とにかく怖い。怖い。怖い。
だから私は巫女になった。ならざるおえなかった。
なりたての頃は神罰を避けるために弱い龍、弱った龍を探して狩った。
彼らの血が、死すまでこちらを睨みつける眼光が、断末魔が恐ろしかった。
彼らの血が、死すまでこちらを睨みつける眼光が、断末魔が恐ろしかった。
戦いの後は毎回吐いて、吐いて、吐いて、もはや胃に何も無いというに吐いた。体と心が軋まされていくのを感じた。
その後も日常となったそれの繰り返し。繰り返し。繰り返し。感情に負荷がかかる。悪夢も続く。死ぬ夢、竜に襲われる夢、水面のやつに引きずりこまれ溺れる夢……、とにかくたくさんの悪夢。
心身はとうに悲鳴を上げていた。
だから次第に、そしてある日からそれらを見てもなにも感じない、空っぽになっていた。
心身はとうに悲鳴を上げていた。
だから次第に、そしてある日からそれらを見てもなにも感じない、空っぽになっていた。
「この呪いは、次の誰かに継がなければ終わらない」。
水面から覗く鬼は言った。
それを聞いて最初はすぐに適当な人を騙して押し付けるつもりだった。とうに限界だったから。
元の生活に戻るには仕方が無いと思った、はずなのに。
その人が自分と同じ目に遭い、或いは神罰を受けるかもしれないという罪悪感が私を踏み止まらせた。
それを聞いて最初はすぐに適当な人を騙して押し付けるつもりだった。とうに限界だったから。
元の生活に戻るには仕方が無いと思った、はずなのに。
その人が自分と同じ目に遭い、或いは神罰を受けるかもしれないという罪悪感が私を踏み止まらせた。
だから、巫女を続けるしかなかった。
他の巫女が世界のためだとか、友達のためだとか、キラキラとした目的のためにやっている中でただ自らのためだけに。
他の巫女が世界のためだとか、友達のためだとか、キラキラとした目的のためにやっている中でただ自らのためだけに。
心を殺して返り血に染まり、眼光に睨みつけられながら、深く暗い水底に引きずり込んで。
ふと鏡を見ると巫女になる前よりずいぶん顔色が悪くなっていた。
最低限死なないために活動する中で、言葉にできない大切だった様々なものを失っていたせいだろうか。
最低限死なないために活動する中で、言葉にできない大切だった様々なものを失っていたせいだろうか。
そうして時が過ぎていき、辛かったはずのルーティンにも慣れてしまう。
あれだけ嫌だったのに。
心が真っ白になったように感じない。
あれだけ嫌だったのに。
心が真っ白になったように感じない。
あの忌々しい記憶のお陰で、龍の殺し方は理解できてしまう。
水面のあいつにやられたもっと前の巫女達を呑み込んできた方法と同じ。
水面のあいつにやられたもっと前の巫女達を呑み込んできた方法と同じ。
溺死。
水面に引きずり込む。
明確な意思とイメージによって水を操る。
重くなった水がのしかかり浮き上がることも叶わずに溺れていく。
明確な意思とイメージによって水を操る。
重くなった水がのしかかり浮き上がることも叶わずに溺れていく。
それが通常の理ではない固有の力。
巫女であることを放棄した者達が受ける呪い。
それを龍に向ける。
死を先延ばしにする身代わりとするために。
巫女であることを放棄した者達が受ける呪い。
それを龍に向ける。
死を先延ばしにする身代わりとするために。
そして気づけばEランク。やがてはDランクさえも容易く倒せるようになっていた。
それでも次の巫女は見つからない。
いや探せていなかった。
私が寿命を迎えた後、いやその前に衰えて龍の餌食となってしまったら犠牲が出るとわかっているのに。
呪いを渡すのが怖くて探せなかった。
いや探せていなかった。
私が寿命を迎えた後、いやその前に衰えて龍の餌食となってしまったら犠牲が出るとわかっているのに。
呪いを渡すのが怖くて探せなかった。
そしてようやく探せるようになったのは心を殺してから月日が、年単位で経って、百鬼夜行に入ってさらにしばらくしてから。他の巫女と話せる仲になってからだった。こんな呪いでも、後悔せず、心が死なず、神罰を受けない存在がきっといると信じられるようになってからだった。