──会えば分かると思うよ──
そう苦笑いを浮かべて告げられた師の言葉が浮かんでくる。
知人から受け取りたい物があったものの、間が悪くどうしても外せない用事ができた師の代わりとして矢田翠はやってきた。
待ち合わせ場所は都内某所にあるレトロモダンな雰囲気を持つ純喫茶。
待ち合わせ場所は都内某所にあるレトロモダンな雰囲気を持つ純喫茶。
ガラス越しに見えた、端のテーブルに座っている大柄の男性。着ている羽織が店に溶け込んでいるような、いないような不思議な雰囲気を醸し出す。男性は周りの視線とあまり整えていない長髪を気にせずナポリタンを頬張っている。
『大きくて、マッチョで、長い黒髪の人。まぁ、合えば分かると思うよ』
「間違いなくこの人だ」と翠は少しだけ顔を青くした。代わりに行くと買って出た翠を思依が心配そうなそぶりをしていた理由に合点がいく。
『見た目怪しいし変なことしか言わないけど、悪い人ではないから!』
ガラス越しに見える男の風体は怪しさ全開でやはり気が引ける。
しかし師なりに彼を精一杯のフォローをしていたことを思い出し、「取り敢えず物を受け取れば良い。早く済ませよう」と決心した翠は店の扉を開けた。
しかし師なりに彼を精一杯のフォローをしていたことを思い出し、「取り敢えず物を受け取れば良い。早く済ませよう」と決心した翠は店の扉を開けた。
「ええと……トネリさん、ですか?昭下教授から使いを頼まれた者なんですが……」
話しかける頃にはナポリタンを完食しており、男性は行儀良くナプキンで口を拭っていた。
「あぁ、貴方様がセンパイの秘蔵っ子ですか。これはこれは」
テーブルに座る様促され、躊躇いながらも翠は腰掛ける。すると店員がメロンソーダを2つ分運んできた。どうやら小粋にも向かい側に座る男は翠の分を一つ頼んでくれたらしい。
「あっしは戸練和樹という者で。生まれも育ちもここ、東京で御座います。『トネさん』やら『とねりー』やら、『かずちー』等と呼ばれているので、好きな様にお呼びくださいませ」
「は、はい。よろしくお願いします……」
「は、はい。よろしくお願いします……」
和樹はテーブル越しに深々と頭を下げた。連れて翠も反射的に頭を下げる。
「昭下センパイとは同じ大学の出でして、偶にお仕事をご一緒したりするンです。今回、調査した寺院にセンパイが好きそうな資料を見つけたので、それを持参した次第です」
和樹は大きな紙袋を荷物がパンパンに詰まったリュックサックから取り出し翠に渡した。ちらりと中身を見ると、相当古い書物の様な物だった。
「教授の後輩……というと、トネリさんも巫女の研究をなさっているのですか?」
「いえ、あっしは龍が元々どの神だったかを調べるのを生業としておりまして。ホラ、分厚い某小説の探偵が行う憑物落としみたいなモンですかね?まァ巫女も龍も大元は神なのだから、似通った研究にもなりましょう」
「いえ、あっしは龍が元々どの神だったかを調べるのを生業としておりまして。ホラ、分厚い某小説の探偵が行う憑物落としみたいなモンですかね?まァ巫女も龍も大元は神なのだから、似通った研究にもなりましょう」
和樹は淡々と答えるとメロンソーダに口をつけ始めた。
某小説の探偵というのが翠の推察通りであれば、憑物落としとは“事件に纏わる因縁と妄執を、当事者たちの納得する「かたち」に「解体」するというもの”と記憶している。確か父の書棚にあったから試しに読んだことがあるのだ。あまりの分厚さに途中までしか読めなかったが、記憶によるとその人物は探偵とは違っていた気がする。
某小説の探偵というのが翠の推察通りであれば、憑物落としとは“事件に纏わる因縁と妄執を、当事者たちの納得する「かたち」に「解体」するというもの”と記憶している。確か父の書棚にあったから試しに読んだことがあるのだ。あまりの分厚さに途中までしか読めなかったが、記憶によるとその人物は探偵とは違っていた気がする。
「……人は理解が及ばないモノに恐れを成してしまう。出現地、能力、風貌……全て調べ尽くして【古の神】と理解してしまえばある程度抑制できたりするモノです」
「は、はぁ……」
「は、はぁ……」
翠も相槌と共に戸惑いながらもメロンソーダを口に含む。
「龍を知るということは、神を……歴史を知るということ。と言っても何千年も生きている巫女もいるでしょう?時代の生き証人がいるのだからわりとイージーに思えるかもしれませんけど……いやいや、なんでも御座いません。まぁ雀の涙でそこそこ大変ですけどそこから討伐の糸口や信仰の手助けが出来ているなら光栄です。……おごがましいと言えばそれまでですが」
「……つまり、あなたは龍の真名を解明されている方、なんですね……!凄いです!」
「そうなりますかねェ。なんだか照れますな。っともうこんな時間だ。荷物も受け取ったことだし、そろそろ御開きにしましょうか。飲み物はあっしのおごりです」
「……つまり、あなたは龍の真名を解明されている方、なんですね……!凄いです!」
「そうなりますかねェ。なんだか照れますな。っともうこんな時間だ。荷物も受け取ったことだし、そろそろ御開きにしましょうか。飲み物はあっしのおごりです」
メロンソーダを飲むのに集中していた翠に向けて和樹が談議の終わりを告げる。気が付けば互いにコップの中は殆ど空になっていた。
「あっ……メロンソーダ、ごちそうさまです。それでは……」
先に翠が席を立つと引き止めるように声をかけられた。
「あぁそうそう。ところで翠サン。漆嬢とお会いした事はありますか?」
「漆」と言う人物は翠が巫女になった由縁の遠い親戚である。以前は思依の助手をしていたらしいが『天岩戸事件』後、活躍が元に引き抜かれたそうで現在は『陽宮庁』の衛士になっているのだとか。
「いえ、矢瀬さんには一度ご挨拶したいのですが……。現在秘匿任務中だそうでなかなか会うことができないんです」
「そうでしたか……スミマセンねぇ。漆嬢はいつもお忙しいようで……そんじゃアまた、お会いしましょう」
「そうでしたか……スミマセンねぇ。漆嬢はいつもお忙しいようで……そんじゃアまた、お会いしましょう」
支払いを済ませた別れ際、恥ずかしそうに翠は和樹との出会いへの感想を述べる。
「あの、戸練さんのお仕事……素晴らしいと思います。龍を神に戻すことが出来れば、世界は平和になれますよね……!私は巫女になったばかりで分からない事、知らない事が沢山ありますけどそうなって欲しいなと思っています。そのためにいっぱいがんばります!」
そう言った後少し顔が赤くなっているのを隠す為か慌てて礼を言い去っていく。
一人取り残された和樹は頭を掻き、こぼす様に呟いた。
一人取り残された和樹は頭を掻き、こぼす様に呟いた。
「俺はただ知りたいだけなんですよ。この世界を創造した神を」
「おかえりなさい、何か怖いことなかった!?」
事務所に帰ってくるなり熱烈な歓迎を師より受けた翠は首を横に振る。
「なんだか不思議な方でした……。あ、こちらが例の物です」
「やったぁ〜!ありがとう矢田さん!」
「やったぁ〜!ありがとう矢田さん!」
受け取った思依は嬉しさのあまり荷物を抱きながらくるくると回って件の物品について解説する。
「これはね、江戸時代に活躍した巫女カタログみたいなモノかな。
当時の日ノ本八千代から『臨神者』、地方の巫女まで詳しく載っているんだって!」
当時の日ノ本八千代から『臨神者』、地方の巫女まで詳しく載っているんだって!」
荷物の中身について聞くと楽しそうに答え、パラパラとページを捲っていたと思依であったがその時ふとある項目で指を止めた。
「人気絶頂の最中、霧の様に消えた芸妓?……まさか、ね」
その脳裏には知り合いのとある巫女の姿が過っていた。
はたして書物に記された過去の人物と小柄で我儘な彼女は合致しているのか。
真実は闇の中。
はたして書物に記された過去の人物と小柄で我儘な彼女は合致しているのか。
真実は闇の中。