人外と人間
改造人間×吸血鬼娘 いつか、道の果て 5
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いつか、道の果て 5 5-177様
互いが、ただ、目的を達する為だけの道具となる道程。
(同じ道を歩んであげる。だけど、わたしは絶対に許さない)
協力者、あるいは、共犯者。その立場があれば、近付きすぎることはないと思っていた。
(ひとは、弱いから)
かの青年は『精製』と、相応の訓練とを受けている。多少の怪我ならば直ぐに癒えるし、常人ならば命を落とすような傷を負っても、命に関わりはない。けれど、それでも。
それは、時計の巻きを早めているだけで、異種の頑健さとは別物だ。
だから、刃と銃弾を受ける役割は、自分のものだと思っていたのに。
(同じ道を歩んであげる。だけど、わたしは絶対に許さない)
協力者、あるいは、共犯者。その立場があれば、近付きすぎることはないと思っていた。
(ひとは、弱いから)
かの青年は『精製』と、相応の訓練とを受けている。多少の怪我ならば直ぐに癒えるし、常人ならば命を落とすような傷を負っても、命に関わりはない。けれど、それでも。
それは、時計の巻きを早めているだけで、異種の頑健さとは別物だ。
だから、刃と銃弾を受ける役割は、自分のものだと思っていたのに。
(……また)
根の世界。血の国。極大集合。
異種たちは、その世界をさまざまな言葉で語る。
深い深い血の色は、あつまれば、漆黒にも、群青にも似て。
(―――わたしが、義母さんに、外の世界を教えてもらうより、前は)
未だ、自分が研究素体として、番号で呼ばれていたころは、この世界が全てだった。この世界しか、知らなかった。
ほかにはなにも、この目には映らなかった。
ほかにはなにも、きこえなかった。
匂いもなく、熱もなく。
全てを飲み込む、虚無の世界。
何もかもがあるのに、何もないところ。
全てが還る場所。どれほど叫んでも、どれほど足掻いても。
全てを飲み込む虚無の空。
異種の王、その娘。根の世界に、もっとも愛された者。
異種たちは、その世界をさまざまな言葉で語る。
深い深い血の色は、あつまれば、漆黒にも、群青にも似て。
(―――わたしが、義母さんに、外の世界を教えてもらうより、前は)
未だ、自分が研究素体として、番号で呼ばれていたころは、この世界が全てだった。この世界しか、知らなかった。
ほかにはなにも、この目には映らなかった。
ほかにはなにも、きこえなかった。
匂いもなく、熱もなく。
全てを飲み込む、虚無の世界。
何もかもがあるのに、何もないところ。
全てが還る場所。どれほど叫んでも、どれほど足掻いても。
全てを飲み込む虚無の空。
異種の王、その娘。根の世界に、もっとも愛された者。
(……嫌い)
夢を見る。
(嫌い。)
特に、血を呑んだ、力を得た、その直後は。
夢を見る。
(嫌い。)
特に、血を呑んだ、力を得た、その直後は。
「……と、逆か」
言葉の、途中。
ぽつりと枕元で囁く声を聞いた。続けて、何故、と囁く声も。
すこしだけ安心する。彼が、未だに近くあることに。
「『お迎え』を、ここの連中が追い返すまで、三時間ってとこか―――」
独白が止まる。あるいは突破された、その先のことに考えを巡らせているのだと、つと気付いた。その可能性はけっして高くはないと理解していても、そこまで想定せざるを得ない。こういった一つ一つの経過が、ふたりの二年間の道程を可能にした。細い細い糸の上を歴るように、そうでなければとっくに終わっている。
異種と人間たちの世界を牛耳る、巨大な悪意を向こうに回した、二人きりの、たたかいは。今は、そうでないかもしれなくとも。
同時に、自分が意識を手放してからそれほど時は過ぎていないのだと、知った。
「……アラム」
もう目を覚ましたのか、と、彼が名を呼ぶ。
そこに含まれる驚きも、不安も、マリィは聞き取っている。
気付いていることに、気付かないふりをする。
ここまでの二年間と同じように。感謝してもしきれないことは知っていた。
けれど、手を伸ばしたら、きっと損なわれてしまうから。
言葉の、途中。
ぽつりと枕元で囁く声を聞いた。続けて、何故、と囁く声も。
すこしだけ安心する。彼が、未だに近くあることに。
「『お迎え』を、ここの連中が追い返すまで、三時間ってとこか―――」
独白が止まる。あるいは突破された、その先のことに考えを巡らせているのだと、つと気付いた。その可能性はけっして高くはないと理解していても、そこまで想定せざるを得ない。こういった一つ一つの経過が、ふたりの二年間の道程を可能にした。細い細い糸の上を歴るように、そうでなければとっくに終わっている。
異種と人間たちの世界を牛耳る、巨大な悪意を向こうに回した、二人きりの、たたかいは。今は、そうでないかもしれなくとも。
同時に、自分が意識を手放してからそれほど時は過ぎていないのだと、知った。
「……アラム」
もう目を覚ましたのか、と、彼が名を呼ぶ。
そこに含まれる驚きも、不安も、マリィは聞き取っている。
気付いていることに、気付かないふりをする。
ここまでの二年間と同じように。感謝してもしきれないことは知っていた。
けれど、手を伸ばしたら、きっと損なわれてしまうから。
呟く。
「アラム」
名前だけを呼ぶ声は、あからさまに、みっともないほどに心細げだった。
「わたしの、やりたいこと、は」
……何を、話しているんだろう。
心と躯が離れてしまったように、言葉が零れ落ちる。
「かあさんのやろうとしてたこと、あの、塔を」
ああ、と首肯の気配。すこし安心した。
「こわすことで。それだけで。貴方のやりたかったことは、然るべきタイミングで、
わたしを、『彼』に引き渡すこと、で。そう、だよね……?」
確かめる間でもないこと、その筈だった。
それが、たったひとつの契約。
そうだね、と、もうひとつ頷く気配に、安堵する。こころの底から。
「そうだね。然るべきタイミングで君を引き渡して、ホルボーンと取引。
アリス・ハドスンの身柄を取り戻すことが僕の目的だった」
アラム・ヴォフクは、淡々と認める。
けれど、そこに続くのは逆接の言葉。でも、と言ってアラムは笑う。
「―――僕は一度、彼らを裏切った」
「いまからでも、わたしを連れて行けばいい。結果が全て。そうでしょ?」
「無駄なことはしない主義だ、知ってるだろう?」
事実だけを並べる調子で、彼。
「ここで君がのこのこ出て
行っても、恐らく先手を打たれる。何の意味もない」
「………」
尤も、だった。返す言葉もない。
ここまで事態が動いてから首を差し出しても、後手に回った行動にしかならない。
「それに」
階下の喧騒。他人事ではない。他人事ではありえない。
それなのに。
「今更。もう、決めたからね」
―――思わず、顔を背ける。
彼が何を伝えようとしているのか。本当は気付いている。
不意に、視界が揺れた、気付けば、覆いかぶさるようにアラムの影。
生きた人間の、体温。彼女のそれとはまるで違う。今も、じわじわと、死の世界に惹かれて、熱を失って行くこの身体とは。
やむを得ず、目線を合わせた。
(だめ)
声に出さず、語りかける。まだ自らの出自も立場も何も知らなかった頃、ほんの少しだけ思いを寄せていた相手に語りかけるように。
(貴方は、ここにこないで)
胸中では狂おしいほどにこの人を求めていても。
辛うじて囁く。
「……近すぎるよ、アラム」
「距離は先刻とそんなに変わらないと思うけど」
「屁理屈だわ、それ」
こつん。
「………っ」
額が合わさっている。風邪を引いた子供と、その親のように。
そのまま、一拍。
(あ、かあさんが、前に)
すこしだけ気が緩むその間隙を撞いて、
「ん………っ、ん」
触れる。
はじめに、短く切りそろえた前髪のすこしだけ固い感触、つぎに、生暖かく乾いた、温もりが触れる。同じ場所に。額と同じ場所に。止める暇もなかった。
唇をあっさりと割り開いて、潜り込んでくる。彼の、舌先が。
「アラム」
名前だけを呼ぶ声は、あからさまに、みっともないほどに心細げだった。
「わたしの、やりたいこと、は」
……何を、話しているんだろう。
心と躯が離れてしまったように、言葉が零れ落ちる。
「かあさんのやろうとしてたこと、あの、塔を」
ああ、と首肯の気配。すこし安心した。
「こわすことで。それだけで。貴方のやりたかったことは、然るべきタイミングで、
わたしを、『彼』に引き渡すこと、で。そう、だよね……?」
確かめる間でもないこと、その筈だった。
それが、たったひとつの契約。
そうだね、と、もうひとつ頷く気配に、安堵する。こころの底から。
「そうだね。然るべきタイミングで君を引き渡して、ホルボーンと取引。
アリス・ハドスンの身柄を取り戻すことが僕の目的だった」
アラム・ヴォフクは、淡々と認める。
けれど、そこに続くのは逆接の言葉。でも、と言ってアラムは笑う。
「―――僕は一度、彼らを裏切った」
「いまからでも、わたしを連れて行けばいい。結果が全て。そうでしょ?」
「無駄なことはしない主義だ、知ってるだろう?」
事実だけを並べる調子で、彼。
「ここで君がのこのこ出て
行っても、恐らく先手を打たれる。何の意味もない」
「………」
尤も、だった。返す言葉もない。
ここまで事態が動いてから首を差し出しても、後手に回った行動にしかならない。
「それに」
階下の喧騒。他人事ではない。他人事ではありえない。
それなのに。
「今更。もう、決めたからね」
―――思わず、顔を背ける。
彼が何を伝えようとしているのか。本当は気付いている。
不意に、視界が揺れた、気付けば、覆いかぶさるようにアラムの影。
生きた人間の、体温。彼女のそれとはまるで違う。今も、じわじわと、死の世界に惹かれて、熱を失って行くこの身体とは。
やむを得ず、目線を合わせた。
(だめ)
声に出さず、語りかける。まだ自らの出自も立場も何も知らなかった頃、ほんの少しだけ思いを寄せていた相手に語りかけるように。
(貴方は、ここにこないで)
胸中では狂おしいほどにこの人を求めていても。
辛うじて囁く。
「……近すぎるよ、アラム」
「距離は先刻とそんなに変わらないと思うけど」
「屁理屈だわ、それ」
こつん。
「………っ」
額が合わさっている。風邪を引いた子供と、その親のように。
そのまま、一拍。
(あ、かあさんが、前に)
すこしだけ気が緩むその間隙を撞いて、
「ん………っ、ん」
触れる。
はじめに、短く切りそろえた前髪のすこしだけ固い感触、つぎに、生暖かく乾いた、温もりが触れる。同じ場所に。額と同じ場所に。止める暇もなかった。
唇をあっさりと割り開いて、潜り込んでくる。彼の、舌先が。
接吻はごく短く。
「―――!」
児戯のようにあっさりと離れた。架け橋ひとつ。
「斬り殺されたいの。さっきの連中みたいに」
「殺していなかったと見えたけど」
「……黙って」
ひとつ、息を吸う。努めて、浅くならないように意識しながら。
「子供に興味はないって」
「ん」
「手を出すほど女には困っていないって」
「ああ」
「言っていたのは、誰?」
「さあ、誰だろう」
「ふざけないで」
青年が一度、上体を持ち上げる。き、と硬材が軋む音。当然だ。決して柔らかくはないけれど、そもそもこれは、二人分の体重を支えるためには作られた寝台ではない。おそらくは。
「……僕の、これも」
もう一度、視界が翳った。
「市警の連中の前に両手を差し出すのと同じ程度には馬鹿な行動、かな」
半分笑いながら、青年が言う。
「抵抗する?」
「さっき言ったけど。斬り殺されたいの」
「君が、それを出来るなら悪くない提案だ」
手を、絡め取られる。
彼は捉えた少女の指先を、自らの喉元にあてた。
―――息を呑む。
「悪く、ない」
振り払おうにも、腕力の差は歴然。青年は、目を逸らさない。
口元に、嗜虐的でありながら、どこか自嘲じみた笑み。
(このひとは、嘘をつく)
信じる根拠なんて何も―――何も?
この期に及んで、それを問えるのか。
彼女の抵抗を肩先で押さえ込んでそのまま、男はゆるく笑っている。
身を切られるように、心が痛んだ。
背に腕が回り、身体が、もう一度傾ぐ。
彼が何を意図しているのかは悟っていた。けれど。
「どうして」
「嫌なら、力を込めればいい」
簡単だろう?
そう告げる口調は軽い。言葉を失って、見上げる。
「や、だ」
ひどく優しく。壊れそうなものを扱うように。背に、そっと腕が回る。
湧き上がる感情は怒りと恐れと、そして困惑。それと、悲しみ。それと、
(―――どうして)
どうして。
彼は、少女が手を下さないことを、回答と受け取ったようだった。
「なら、君が、後悔するだけだ」
ぎしりともう一度、2人分の体重に、寝台が軋む音が響く。
「―――!」
児戯のようにあっさりと離れた。架け橋ひとつ。
「斬り殺されたいの。さっきの連中みたいに」
「殺していなかったと見えたけど」
「……黙って」
ひとつ、息を吸う。努めて、浅くならないように意識しながら。
「子供に興味はないって」
「ん」
「手を出すほど女には困っていないって」
「ああ」
「言っていたのは、誰?」
「さあ、誰だろう」
「ふざけないで」
青年が一度、上体を持ち上げる。き、と硬材が軋む音。当然だ。決して柔らかくはないけれど、そもそもこれは、二人分の体重を支えるためには作られた寝台ではない。おそらくは。
「……僕の、これも」
もう一度、視界が翳った。
「市警の連中の前に両手を差し出すのと同じ程度には馬鹿な行動、かな」
半分笑いながら、青年が言う。
「抵抗する?」
「さっき言ったけど。斬り殺されたいの」
「君が、それを出来るなら悪くない提案だ」
手を、絡め取られる。
彼は捉えた少女の指先を、自らの喉元にあてた。
―――息を呑む。
「悪く、ない」
振り払おうにも、腕力の差は歴然。青年は、目を逸らさない。
口元に、嗜虐的でありながら、どこか自嘲じみた笑み。
(このひとは、嘘をつく)
信じる根拠なんて何も―――何も?
この期に及んで、それを問えるのか。
彼女の抵抗を肩先で押さえ込んでそのまま、男はゆるく笑っている。
身を切られるように、心が痛んだ。
背に腕が回り、身体が、もう一度傾ぐ。
彼が何を意図しているのかは悟っていた。けれど。
「どうして」
「嫌なら、力を込めればいい」
簡単だろう?
そう告げる口調は軽い。言葉を失って、見上げる。
「や、だ」
ひどく優しく。壊れそうなものを扱うように。背に、そっと腕が回る。
湧き上がる感情は怒りと恐れと、そして困惑。それと、悲しみ。それと、
(―――どうして)
どうして。
彼は、少女が手を下さないことを、回答と受け取ったようだった。
「なら、君が、後悔するだけだ」
ぎしりともう一度、2人分の体重に、寝台が軋む音が響く。