人外と人間

ヤンマとアカネ 6

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ヤンマとアカネ 6 859 ◆93FwBoL6s.様

 あれから、三日が過ぎていた。
 生臭い泥のこびり付いた茶褐色の外骨格を咀嚼しながら、ヤンマは彼女の住む家へと無意識に複眼を向けていた。程良く砕けた外骨格をごきゅりと飲み下してから、汚臭が満ちた体液を啜った。だが、上の空で味は今一つ解らなかった。いつもなら、人型ゴキブリなど下水道の腐臭が強すぎて喰えたものではないはずなのだが、感覚が鈍ってしまっている。その原因は、考えるまでもなかった。あれきり二階に引きこもってしまった茜と、一言も言葉を交わしていないからだった。ヤンマがいないうちに部屋から出てきているのか、キッチンで食糧を調理した形跡や、庭先で水浴びをした形跡はある。だが、ヤンマが縄張りの見回りと狩りを終えて帰ってくるとまたもや寝室に戻ってしまい、声を掛けても出てきてくれなかった。

「どうすりゃいいんだよ、俺は」

 ヤンマは人型ゴキブリの薄茶色の羽を囓りながら、ぼやいた。茜が近くにいると解っても、触れ合えない時間が長すぎる。茜と出会ってからというもの、いつも二人は一緒だった。そんな時間が長すぎたから、少しでも離れていると空しくてたまらない。この三日間、彼女の声も聞いていなければ顔も見ていない。今すぐにでも触れたい、とは思うが、どうすればいいか解らない。下手な言葉を掛ければ、また泣かせるかもしれない。扉を破れば、傷付けるかもしれない。そう思うと、何も出来なくなってしまう。だが、このままでいいはずがない。ヤンマは三匹目の人型ゴキブリの内臓をじゅるりと啜り上げてから、食べ残しを投げ捨てた。そして、飛び立とうと四枚の羽を広げたが、閉じた。嗅覚を鋭く突き刺す地下世界の匂いが、全身にべっとりとまとわりついていた。これでは、茜に近付くどころか逃げられる。茜は清潔な生活を好んでいるので、もちろん連れ合いのヤンマにも清潔さを求めている。昆虫人間であるヤンマには体を洗う習慣などないが、まずは体を洗わなければ、茜から嫌われてしまうだろう。それも強烈に。

「水場に行かねぇとな」

 ヤンマは口の中に残っていた人型ゴキブリの羽の破片を吐き捨ててから、再度羽を広げ、羽ばたいて滑らかに飛び立った。シブヤ上空を滑空しながら、ヤンマは複眼に映り込む廃墟のビル街を見下ろした。茜と出会ったのも、やはりシブヤの一角だった。今にして思えば、妙な部分は多かった。シブヤを始めとしたトウキョウ全土は、人間の手によって人間が入り込めないようにされている。道路も線路も地下道も全て封鎖され、上空を行き交う航空機もほとんどない。それなのに、茜はシブヤに現れ、ヤンマと出会った。
 どこからどうやって来たのか、考えてみたこともなかった。それを考える余裕のないまま、ヤンマは茜から愛されるようになっていた。他の昆虫人間から茜を守ったのは、本当に偶然だ。茜を喰おうと思ったから守っただけなのに、茜はヤンマに笑顔を向けてきた。ありがとう、あなたって格好良いね、名前はなんて言うの。聞いたことのない言葉で尋ねられたので、曖昧な答えを返したように思う。茜は昆虫人間の言語が解らないはずなのに、解ったような顔をして頷いた。そして、手持ちの食糧をヤンマに分けて、茜と名乗った。
 その日から、ヤンマは茜の傍にいた。他の昆虫人間にせっかくの獲物を奪われないために、そして、その思いを受けるために。昆虫人間は、繁殖のために交尾は行うが恋愛はしない。己の遺伝子を継がせるために、乱暴にメスを襲い、孕ませ、死んでいくのだ。だが、茜はそうではない。種族の違いでヤンマの卵は産めないというのに、ヤンマに好意を注ぎ、あまつさえその体を許してくれた。ヤンマには、茜がそこまでしてくれる理由が解らない。いくら考えても解らないことだから、茜の真意を理解したくて茜の傍にいるのだ。

「いや、違うな」

 思考を断ち切ったヤンマは、高度を下げ、透き通った水の溜まった瓦礫の穴に近付いた。

「俺が俺を解らなくなったんだ」

 空の色を吸い取った水面に、異形の者が映る。この廃棄都市では見慣れた、トンボから進化した昆虫人間の中の一体だ。エメラルドグリーンの複眼、黒と黄色の外骨格、長い腹部、四枚の羽、あらゆる虫を噛み砕いてきた強靱な顎、そして六本の足。ただ、虫としての本分を果たして生きるだけだと思っていた。それなのに、この街の誰とも似付かない少女と出会い、何かが変わった。彼女を守るために同族を殺すようになり、戦うようになり、望むことをするようになり、本能以外の思考を行うようになっていった。茜のために、そこまでしてしまう自分が解らない。何一つ解らないのに、泣かせてしまった自分が不甲斐なく、触れるのが怖くなる。だが、触れなければ始まらない。ヤンマは水溜まりに映る自分を、ばしゃりと右下足で踏み付け、波紋で異形の姿を掻き消した。
 まずは、体を清めなければ。


 いずれ、解ることだと思っていた。
 カーテンを閉めた薄暗い寝室のベッドで身を丸めながら、茜はあの時の注射痕すら残っていない右腕に爪を立てていた。この部分には、今でも識別番号とバーコードが印刷されているはずだ。もっとも、ブラックライトを当てなければ見えないものだが。それでも、嫌なものは嫌だ。出来ることなら、右上腕の皮膚を剥いでしまいたいが、そんなことをしても事実は変わりはしない。何事もなく、このままずっと生きていけるものだと思っていた。そして、いずれヤンマに食べられて、幸せに死ねると思っていた。それなのに、昆虫人間達が死に始めた。ヤンマのいない間に街を見て回った際に、内臓が溶けて死んだ虫達を何匹も目にした。そして、ヤンマも知ってしまったのだ。茜は胸が潰れそうなほどの罪悪感に駆られ、涙を吸い込んだ枕に顔を埋めて呻いた。

「茜」

 不意に、あの声が聞こえた。茜が枕から顔を上げると、不慣れな手付きで寝室の扉がノックされた。

「うんと、その、なんだ。生きてるか?」
「…うん」

 茜が小さく答えると、扉の向こうでヤンマは言った。

「悪い」
「何が?」
「俺、言っちゃいけねぇことを言っちまったんだろ? だから、お前は」
「違うの」

 茜は涙を拭い、掠れた声で呟いた。

「ヤンマは悪くない。他の子達も悪くない。悪いのは、全部私」
「だが、茜…」
「ちょっと長い話になるけど、聞いて。聞きたくなかったら、聞かなくてもいいから」

 茜は扉に近付くと、板一枚を隔てた先にいるヤンマに縋るように身を預けた。

「私はね、この街の虫達を死なせるために送り込まれた生物兵器なんだ。正確には、その生物兵器の乗り物。ウィルスキャリアーなの」

 茜はまた出そうになる涙を堪え、冷たい扉に額を押し当てた。

「私は家族もいなくて、友達もいなかったから、軍に拾われたんだ。そこで色んな検査をされて、色んな薬を打たれて、ウィルスを打たれたの。そのウィルスは人間には何の影響もないけど、虫を病気にするの。このウィルスは体液感染するから、スズメバチ達が死んじゃったのは、たぶん私の唾とかが巣に入っちゃったんだと思う。でも、体液感染しても一次感染者は発病しないんだ。だから、ヤンマはまだ元気でいられるの。二次感染者、つまり、その病気で死んじゃった虫を食べたり触ったりした虫が発病するから、これからも皆はどんどん死んでいっちゃうの」

 ヤンマは黙している。茜は彼の心境を思い描きながら、瞼を伏せた。

「ごめんね。今まで黙ってて。言おうかって思ったけど、言えなかったの。だって、ヤンマが好きだから。嫌われたくないから」

 それまでは、ずっと一人だった。家族もおらず、友人もおらず、誰のために生まれてきたのか解らずに空虚な時間を重ねていた。軍によってシブヤに投棄されて、このまますぐに死ぬのだろうと思っていた矢先、ヤンマが現れて茜を他の昆虫人間から守ってくれた。怖いと思うよりも先に、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。美しい羽の生えた背を見上げた時の胸の高鳴りは、一生忘れられないだろう。茜の話す言葉を覚えてくれただけでなく、茜のことを大事に思ってくれている。心の底から、ヤンマになら食べられていいと思っている。だから、言えなかった。同族を殺す疫病を振りまく存在だと知られてしまったら、きっと、いくらヤンマでも嫌いになってしまうだろうから。

「…馬鹿野郎」

 どん、と扉が叩かれ、ヤンマが低く漏らした。

「セイブツヘイキだか何だか知らねぇが、お前がお前ならそれでいいじゃねぇか。少なくとも、俺はそう思う」
「だけど、ヤンマ。私の傍にいたら、いつか死んじゃうよ。一次感染者は二次感染者より毒素が弱いけど、時間が経ったらどうなるか」
「生きてる限り、必ず死ぬもんだ。それがどんな死に方だろうが、俺には関係ない。今、重要なのは、茜のことだけだ」

 どん、と再度扉が叩かれる。

「茜。俺はお前を助けたことも、傍に置いたことも、何一つ後悔しちゃいねぇ。その話を聞かされても、それは変わらない」
「私のこと、嫌いにならない? だって、ヤンマの言う通り、私は毒なんだよ?」
「確かにお前は毒だ。お前がいなきゃ、俺はこんな思いは知らなかった。出来なかった、っつー方が正しいか」
「え、それって」

 茜が聞き返そうとすると、強引に扉が押し開かれ、ヤンマが寝室に頭を突っ込んできた。

「茜。開けちまったから、入っていいよな」
「…うん」

 茜が頷くと、ヤンマは長身の体を折り曲げて扉をくぐり抜け、寝室に入った。

「茜」

 エメラルドグリーンの複眼に、茜が映る。三日振りに目にした少女は、少し窶れていたが顔色はそれほど悪くなかった。この家のかつての住人が使っていたらしい水色のパジャマを着ているが、サイズが大きすぎるせいで裾や袖が余っていた。茜は怖々とヤンマを見上げていたが、じわっと目元に涙を溜めたかと思うと、バネ仕掛けのように勢い良く飛び出してきた。

「ヤンマー!」
「うおっ、と」

 いきなり胸に飛び込んできた重みにヤンマがよろけると、茜はぼろぼろと泣きながらヤンマにしがみ付いた。

「寂しかったー! 暇だったー! 怖かったー! ヤンマー、ヤンマー、ヤンマァアアアア!」
「おいおい、俺を避けてたのはそっちじゃねぇかよ」
「だって、でも、そうなんだもん!」

 茜は声を上擦らせ、力一杯ヤンマを抱き締めてくる。ヤンマは久々に感じる茜の体温と声に、安堵と同時に妙な気分にもなった。茜の両肩を押して腹部から引き剥がし、顔を寄せる。舌を伸ばして涙に濡れた頬を舐めてやると、茜は途端に真っ赤になった。そのまま、半開きの唇に舌を滑り込ませた。茜は突然口中に侵入してきた異物に呻いたが、力を抜き、ヤンマに身を任せてくれた。しばらくの間、ぐちゅぐちゅと互いの粘液が混じり合った。ヤンマは気が済むまで茜の唾液を味わっていたが、にゅるりと舌を抜いた。

「ね、ヤンマ」

 頬を染めた茜に爪先を引っ張られ、ヤンマはがちがちと顎を鳴らした。嬉しいからだ。

「なんだ、早速か」
「だって…寂しかったんだもん」

 茜は目線を彷徨わせながら、パジャマの裾を握り締めた。ヤンマはそのまま茜の体を横たえようとしたが、あるものに気付いた。茜もそう思っていたらしく、ヤンマを押し止めている。ヤンマが触角を動かしてベッドを指すと、茜は照れ臭そうに笑って頷いた。ヤンマは茜を持ち上げると、ベッドに投げた。仰向けになった茜の上にヤンマが覆い被さると、茜はヤンマの顔を手で挟んできた。

「考えてみたら、ちゃんとベッドでするのって初めてかも」
「そういや、そうだな。床とか外とか、そんなんばっかりだったからな」
「だから、なんか嬉しいな」

 ん、と茜はヤンマの顎にキスをした。ヤンマは茜のずり落ち気味の襟元に爪を引っ掛けて動かし、肉の薄い肩と首筋を露わにした。薄い皮膚に舌を這わせてやると、茜はくすぐったげな笑い声を漏らしたが、丹念に舐めてやると次第に反応が変わってきた。まだ胸にも陰部にも触れていないのに、鼻に掛かった声を出している。首筋から昇った耳をなぞると、その反応は一気に高ぶった。

「ふあう!」
「そうか、外側はこっちが弱いのか」
「だって、しつこいんだもん」
「丁寧と言え」

 ヤンマは茜の耳元から舌を外し、腹の脇で折り曲げていた中足を伸ばしてパジャマの裾を捲り上げ、同時にズボンも下げてやった。ヤンマは茜の細い腰とその下に伸びる太股を眺めていたが、上両足も使い、彼女の肌を覆っている布を一気に引き剥がしてしまった。いつもは中途半端に脱がすだけで気が済んでいたのだが、今ばかりは気が収まらない。ぐちゃぐちゃのパジャマを、脇に放り投げた。下着姿にされた茜は恥じらったが、怒りはしなかった。ヤンマは茜の膨らみかけの胸を包むブラジャーを押し上げると、首を捻った。

「これに何の意味があるのか、いつも解らねぇんだが」
「あるったらあるの!」

 茜が不服そうにむくれたが、ヤンマはブラジャーの下に隠されていた可愛らしい乳房に触れ、爪を立てないように気を付けて握った。柔らかすぎる肉は、力を入れすぎれば千切れてしまいそうだ。何度も握っていると先端が尖るようになり、茜の反応も良くなってきた。小さな乳首に黄色い舌を当て、体液で濡らしてから舐める。体の下では太股が擦り合わせられ、下着の股間がうっすらと変色していた。ヤンマは愛撫を続けながら、最後に残していたパンツをずり下げた。陰部から溢れ出した愛液が、細い糸を引いたがすぐに途切れた。浅い茂みの奥では、触りもしていないのに肉芽が赤く充血している。ヤンマは腰を上げて長い腹部を曲げ、先端から生殖器官を伸ばした。が、一瞬躊躇した。前回、感情が乱れるままに茜を犯してしまった。合意の上であったとはいえ、茜に痛みを与えたことは違いなかった。

「いいよ、ヤンマ」

 茜は足に引っ掛かっていたパンツを外してから、両足を広げ、熱く濡れた陰部にヤンマの生殖器官を導いた。

「茜ぇっ!」

 ヤンマはぐいっと腹部を曲げ、茜の胎内に押し込んだ。途端に、茜は顎を上げて口元を緩めた。

「あ、あぁあっ!」
「どうした」
「寂しすぎたから、なんか、すっごく早かった…」

 羞恥で顔を覆う茜に、ヤンマはぎりぎりと顎を軋ませた。可愛かったからだ。だが、今は言葉にするよりも行動に移すべきだ。達したばかりで力の戻らない茜の中に、生殖器官を深く入れる。茜の熱い体液とヤンマの少し冷たい体液が絡み、シーツに落ちた。腹部を捻るようにして立体的に動かすと、茜はますます高い声を放ってヤンマに縋り付き、目元には先程とは違う涙を滲ませた。ヤンマは生殖器官の律動をそのままに、首を曲げ、茜の裸の肩に噛み付いた。顎にはほとんど力を入れず、だが、跡を残すように。喰いたい。喰って喰って喰らい付くしてしまいたい。だが、喰えない。本来持ち得ない感情を生み出されてしまうほど、好きだからだ。

「好きだ、好きだ、好きだ!」

 茜の肩から口を外し、ヤンマは快感で弛緩した顔の茜を見つめた。

「好きだから、何もかもどうでもいいんだよ!」
「…うん」

 茜はヤンマの左上足に腕を絡め、頷いた。

「だから、私、ヤンマが好き」

 お返し、と茜はヤンマの左上足の外骨格に歯を立てた。だが、ヤンマほど顎の力がないので、歯形を残すほどではなかった。それでも、あらゆる感情で高ぶっているヤンマには充分すぎる刺激だった。ヤンマは四本の足で茜を抱き締め、一際強く突いた。茜は首を振って、声にならない声を放って達した。彼女が気を失いそうになるまで攻め立て、ヤンマは身の内に滾る感情を出した。言葉にするのも億劫で、煩わしかったからだ。かなりの時間を掛けてようやく自覚した恋愛感情は、昆虫の自制心など容易く壊した。だが、最低限の理性は残っていたようで、射精は押し止めた。息を荒げる茜から生殖器官を引き抜いたヤンマは、茜の唇を塞いだ。
 甘い、甘い、恋の味がした。


 その後、二人はリビングで身を寄せ合った。
 茜はヤンマの胡座の中に座り、すっぽり収まっている。その手にあるピンクのマグカップには、お湯で薄めたハチミツが入っている。ヤンマは、今更ながら自分の言動に恥じ入っていた。恋愛感情を自覚したのは良いが、いきなりあんなに連呼することはないだろう。茜は好きだと言われたのが嬉しいのか、ずっとにこにこしている。その笑顔を見ていると、彼女が毒をばらまく生物兵器だとは思えない。だが、それもまた現実なのだ。このまま茜を生かしておくことは、昆虫人間全体に影響を及ぼすのだということはヤンマの頭でも解る。事実、人型スズメバチの一族が滅び、内臓が溶ける病気は日に日に拡大している。だが、茜を殺したところで感染の拡大は止まらない。だから、やはり茜を殺しても無意味なのだ。ヤンマは大事そうに温かなハチミツを飲んでいる茜を見下ろし、がちがちと顎を鳴らした。

「ねえ、ヤンマ」
「なんだ」

 茜に見上げられ、ヤンマは返した。

「ずーっと気になってたんだけど、なんで顎を鳴らすの?」
「俺はお前と違って、何をどう思ったところで顔に出せないんだよ。だから、たぶん、その代わりに鳴っちまうんだ」
「ふーん。じゃ、今のは?」
「なんて言ったらいいかよく解らねぇんだが、なんかこう、ぬるーい気分になっちまったっつーか」
「嬉しい、ってこと?」
「まあ…そうじゃねぇの?」
「だったら私も嬉しい!」

 茜はヤンマに寄り掛かり、緩みきった笑みを見せた。ヤンマは再び顎をがちがちと鳴らしながら、茜の体重を受け止めた。嬉しいなどと思うようになったのも、茜がいるからだ。ヤンマは背を丸めて茜の頭上に顎を乗せ、長い腹部の先で床を叩いた。たかが三日、されど三日。離れていた分の空しさを埋めてしまいたくて、ヤンマは全ての足を曲げて茜の小柄な体を抱え込んだ。テーブルの上で灯されたランプは明るいが、閉ざされたカーテンの先に広がる闇はどこまでも深く、重たい不安を宿していた。
 少女が運んだ死の因子は、緩やかに廃棄都市を脅かしつつあった。







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