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人外アパート 人間×リビングメイル+インテリジェンスソード♀ リビングメイルと魔剣と大晦日 和姦

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リビングメイルと魔剣と大晦日 859 ◆93FwBoL6s.様

 クリスマスを終えると、途端に年の瀬が押し寄せる。
 イルミネーションの色も白がメインになり、飾り付けが赤と緑から紅白に変わり、ツリーが消えて門松が姿を現してくる。商店街に流れるBGMも軽快なクリスマスソングから、どことなく格調高い琴の音色になり、店頭に並ぶ商品も変わる。新年は明日に迫った大晦日ということもあり、商店街に軒を連ねる店舗には買い物客が多く、いつにも増して賑やかだった。
 鎧坂祐介は商店街を通り、家路を急いでいた。大学は既に冬休みだったが、アルバイトは年内一杯シフトが入っていた。例年通りならシフトを断って帰省していたのだろうが、今年は帰省しなかった。愛すべき恋人、アビゲイルがいるからだ。リビングメイルである彼女は、抜けているところもあるが心優しい女性なので、祐介が帰省すると言えば止めないだろう。だが、祐介の実家は現在の住まいからは遠方なので、移動には半日以上掛かり、短くても三日は留守にすることになる。その間、アビゲイルを一人にするのは忍びない。彼女のことだから、聞き分けの良いことを言って寂しさを隠すに違いない。その様を考えただけで申し訳なくなるので、祐介はその旨を実家に伝えたが、これといって文句を言われることはなかった。元々、祐介は実家で重きを置かれていない。大学に進学した時も、入学金は払うが後は自力でなんとかしろ、と言われた。だから、授業料や生活費などの諸経費を確保するために高校時代からアルバイトに精を出しながら、日々勉学に励んでいる。おかげで、アビゲイルと一緒に暮らすようになるまでは精神的にも肉体的にも一杯一杯だったが、今では余裕が出てきた。理由は他でもなく、アビゲイルが家事全般をしてくれるからだ。彼女が出迎えてくれることで、どれほど気が休まったことか。
 商店街を出て進んだ祐介が緑地公園に差し掛かると、その入り口に金色の全身鎧を従えた黒装束の少女が立っていた。それは、アパートの隣室に住まう秋野茜のクラスメイト、若き魔女の綾繁真夜とその恋人である聖騎士アーサーだった。

「こんにちは、祐介さん」

 落ち着いた雰囲気のゴシック調の黒いワンピースを着た真夜が礼をすると、アーサーは右手を差し伸べてきた。

「御機嫌麗しゅう、祐介卿」
「どうも、真夜ちゃん、アーサー」

 祐介も手を伸ばし、アーサーの右手を取った。西洋式の挨拶が抜けない彼に合わせることに、すっかり慣れてしまった。アーサーの手はアビゲイルと同じく金属で出来たガントレットだが、大きさが二回りも大きく、手自体もずしりと重たかった。

「これから旅行にでも行くのか?」

 祐介がアーサーが担いでいる大きなボストンバッグを差すと、真夜は笑った。

「旅行というより、お父さんとお母さんに会いに行くと言った方が正しいですね。今年はどうしても帰ってこられないからって、私とアーサーの分の航空券が送られてきたんです。だから、今年の年越しは空の上ですね」
「真夜の御両親がおられるのはフランスでな。私の祖国は遠き昔に魔女の手で亡ぼされたが、祖国の領土を取り込んだ国だ。だから、祖国の気配だけでも感じ取りたくてね。それに、今後のためにも真夜の御両親に挨拶しておかねばなるまい」

 アーサーが語気に笑みを含めると、真夜は白い頬に赤みを差した。

「そりゃ、うちの親もそのつもりだからアーサーを呼ぶんだろうけど、だからって何も祐介さんの前で…」
「いいじゃないか、公認の仲で。それで、俺に何か用事でも?」

 祐介は二人の仲の良さににやけながら話を切り出すと、真夜は小さく咳払いしてから言った。 

「はい。魔剣ストームブリンガーについてのお話です」
「ストームブリンガーの?」

 久々に耳にした魔剣の名に祐介は戸惑ったが、聞き返した。

「あれを、どうにか出来るのか?」
「いえ。私も両親に何度か相談してみましたが、あれほどの力を持つ魔剣を完全に封じるのは不可能です」

 真夜は体の前で組んだ手に力を込め、悔しさを滲ませた。

「我が聖剣、エクスカリバーとて万能とは言えぬ剣だ。ストームブリンガーの持つ混沌の力には敵わぬ。奴の刀身を砕けたのは、祐介の愛情がアビゲイルの心を繋ぎ止めていたからに他ならない。刀身本体を放射性廃棄物と共に太陽に投棄したとはいえ、奴の刀身と鞘は現存している。それはアビゲイルを生かすためではあるが、遠からず奴は力を取り戻すであろう」

 アーサーは腰から提げた聖剣の柄に手を掛け、首を横に振った。

「だったら、俺には尚更どうにも出来ないよ」

 祐介が曖昧な笑みを作ると、アーサーは聖剣から手を離し、祐介に一歩近付いた。

「だが、そうとは言えぬかもしれんのだ。奴はこれまで、アビゲイルに近しい者達を殺しては魂を奪い、吸収し、その力をアビゲイルの命を繋いでいた。私はその様を何度となく目にしてきた。しかし、今回は違う。現に、祐介は命を長らえているではないか」
「長い長い年月を経て、ストームブリンガーも落ち着いてきたのかもしれません。奴の本体は精霊ですし、意志を持っていますから」

 真夜は黒いアイラインに縁取られた目を上げ、真っ直ぐに祐介を見据えた。

「話せば解ってくれる、とか言うんじゃないだろうな?」

 それで済むのなら、誰も苦労はしない。祐介が変な顔をすると、真夜は少し首を傾げた。

「ええ、まぁ…。ですが、やってみる価値はあるんじゃないでしょうか」
「命を削り合い、魂を鬩ぎ合う戦いだけが、生き延びる術ではない。互いを癒やし、満たすこともまた必要ではないのか?」

 アーサーがもっともらしく頷いてみせるが、祐介には信じがたかった。

「だけど、話すって言っても何を話すんだよ。あんな凶悪な魔剣と」
「あくまでも参考に、という話なので、私達も確証があるわけじゃないんです。ですが、物は試しと言いますか」

 珍しく歯切れの悪い言葉を繰り返す真夜に、アーサーも同調した。

「うむ。奴と通じ合えとは言わぬが、親交を持つのは無駄ではないと思わんかね?」
「ストームブリンガーが鞘と柄だけでも残っていることは、君達にとってそんなに都合が悪いのか?」

 祐介が突っ込んでみると、真夜は気まずげに頬を引きつらせた。

「ええ、まあ…」
「ストームブリンガーは恐るべき魔剣であるからして、真夜と真夜の御両親が在籍する世界魔術師協会にとっても重要な案件でな。見つけ次第完全に破壊するか封印すべし、という通達があったようなのだが、真夜はそれを失念していたのだ」
「だって、あの時はアーサーがアビーさんを斬っちゃったから、それどころじゃなくて…」

 真夜が情けなさそうに呟くと、アーサーが続けた。

「だが、我らには奴を破壊する術もなく、封印する力もない。ということで、最後に頼れるのは祐介だけなのだ」
「俺がストームブリンガーと解り合えなかったらどうなるんだ?」
「世界が滅びます。世界魔術師協会によって姉妹剣であるモーンブレイドが発見されたので、そのモーンブレイドとストームブリンガーが一体となって使用されてしまえば、この世界は崩壊し、無に帰してしまいます」
「やっすいラノベみたいだな」

 突拍子もなさすぎて祐介は半笑いになったが、真夜は真顔だった。

「ですので、世界の覇権は祐介さんに掛かっていると言っても過言ではありません」
「我が愛しの魔女、真夜の生きる世界だ。命に代えても守りたまえ」

 アーサーは念を押してから、旅立ちの時は近い、と公園の時計を示したので、真夜は頭を下げた。

「では、これで失礼します。良いお年を」
「ああ、また来年」

 祐介が手を振ると、真夜はアーサーと共に私鉄の駅に向かっていった。魔女なのに、空を飛ばずに普通に電車で向かうらしい。二人の後ろ姿が遠ざかるのを見送ってから、祐介は首を捻ってしまった。世界が滅ぶと言われても、どの世界が滅ぶのだろうか。確かにストームブリンガーは恐ろしい魔剣だが、この世界を崩壊させるほどの力があるとは思えず、にわかには信じがたかった。一介の大学生の危機感を煽るには、世界がどうのと言われるよりも、単位が足りないだのバイト代が出ないだのと言った方が良い。真夜は非日常的な力を持つ魔女だが、現実離れした性分ではない。信じるべきなのだろうか、と悩みながら、祐介は歩き出した。
 買ったばかりの重箱が、紙袋の中で揺れていた。



 アパートもえぎの202号室に戻ると、甘い匂いが充満していた。
 その発生源は、石油ストーブの上に置かれた鍋だった。それは、昨夜のうちにアビゲイルが仕込んでいた黒豆の入った鍋だった。居間に面した台所には既に出来上がった昆布巻きの入った鍋もあり、伊達巻きに使うための巻き簀も洗いカゴで干されていた。祐介はただいまと声を掛けてから部屋に上がると、アビゲイルはベランダで洗濯物を取り込んでいて、祐介に気付いて振り向いた。

「お帰りなさい、祐介さん」
「ただいま、アビー」

 祐介は改めて帰宅の挨拶をしてから、乾いた洗濯物をカゴに入れている銀色の女性型全身鎧に近付いた。

「ねえ、祐介さん」

 アビゲイルは両手で洗濯カゴを抱え、雲一つない冬空を仰ぎ見た。

「結局、うちにはサンタクロースさんは来なかったわね」
「そりゃ来ないだろ。俺もアビーも成人しているわけだし、子供に配るだけで手一杯なんだよ」
「でも、来てほしかったわ。お願いしたいことがあったのよ」
「俺のプレゼントだけじゃ不満だったのか? 新しいエプロン」
「違うわ、そうじゃないのよ。そんなことないわ、とっても嬉しかったわ。それに、そんなに重要なことでもないから」
「俺にはそうは思えないけど。クリスマスはとっくに過ぎたんだから、白状してもらおうか」

 祐介がアビゲイルににじり寄ると、アビゲイルは肩を縮めた。

「大したことじゃないのよ、本当よ」
「本当に?」

 祐介がアビゲイルのマスクに手を添えると、アビゲイルは観念し、小声で答えた。

「私、こんな体じゃない? 祐介さんに一杯触ってもらっても、柔らかくもなんともないし、暖かくもなんともないし、中身は空っぽ。そんな体だから、都合が良いこともあるけど、やっぱり思ってしまうのよ。せめて味が解れば、って」
「味覚が欲しかったのか?」
「そうよ。だって、祐介さんがおいしいって言ってくれても、いつも自信が持てないのよ」

 アビゲイルはヘルムを上げ、祐介の肩越しに石油ストーブの上で煮える黒豆の鍋を見つめた。

「お正月のお料理だって、図書館で沢山本を借りて調べて、ちょっと練習してから作ってみたけど、分量が合っていても加減が合わないってことがあるじゃない? 祐介さんは私が作るお料理をなんでも綺麗に食べてくれるけど、それが本当においしいのかどうか知りたいのよ。だから、サンタクロースさんに味が解るようにしてほしかったんだけど、やっぱり我が侭は言えないのね」
「馬鹿だなぁ」

 祐介はアビゲイルを抱き寄せ、その兜をぽんぽんと叩いた。

「旨くなきゃ、全部食べないに決まってるだろ。余計な心配をしなくてもいい」
「でも…」
「重箱買ってきた。プラスチックのだけど。せっかくアビーが頑張って作ったおせち料理だ、器もそれらしくしなきゃ勿体なさすぎる」

 祐介が紙袋を掲げると、アビゲイルは恐縮した。

「まあ、重箱だなんて! そんなに立派なものじゃないわ、普通のお皿で充分よ」
「俺の実家だって、あんなに気合い入れて作らないぞ? ヤンマも茜ちゃんもほづみさんも帰省したから、食べるのは俺しかないのに」
「だ、だって、沢山作らないと要領が解らないから…。やっぱり、多すぎたかしら?」
「どれもこれも日持ちする料理だから、気長に全部食べるとするよ」

 祐介はアビゲイルから離れ、居間に戻って重箱入りの紙袋をテーブルに置いた。

「あ、祐介さん。お雑煮の味って何が良いかしら? 調べてみたら色々な味があったから、どれにすればいいのか解らなくて」

 洗濯カゴを抱えたアビゲイルも居間に戻ったので、祐介はマフラーを外してコートを脱ぎながら返した。

「うちのは醤油味だったな。大根にニンジンにネギに焼いた角餅に寒ブリ、だったかな」
「じゃあ、そうするわね。早速準備しなくっちゃ」

 洗濯物は後で畳みましょうっと、とアビゲイルは祐介の勉強部屋兼寝室の六畳間に洗濯カゴを置いてから、台所に向かった。祐介はアビゲイルの背を見、まろやかな安心感を覚えた。幼い頃に、実家の母親が料理をする様を見ていた気分に似ていた。全身鎧のリビングメイルであるからか、生々しさが少なく、女を通り越している。だが、母親に対する甘えた気持ちにはならない。その代わり、日々忙しく働く彼女を思い切り甘えさせてしまいたくなる。近頃では外に働きに出るようになったので、尚更だった。包丁にまな板を出して手際良く雑煮の材料を切り始めたアビゲイルを横目に、祐介は正月料理が詰まった冷蔵庫を開けてみた。

 黄色が鮮やかな栗きんとん、照り良く煮えたエビ、ダシ醤油が染みた数の子、ゴマが香ばしい田作り、甘酸っぱい紅白なます。年越しソバに使うための生麺も入っていて、ネギも小口切りになって小皿に入っている。これなら、真っ向から正月が迎えられる。
 訳もなく気持ちが浮き立ちながら、祐介は脱いだコートとマフラーとショルダーバッグを抱えて六畳間に戻りかけ、足を止めた。ビニール傘が何本も突っ込まれている傘立ての中で異彩を放つ、漆黒の魔剣ストームブリンガーがうっすらと埃を被っていた。アビゲイルには何が何でも触れるなと強く言い聞かせているので、大掃除をしてもあの柄と鞘にだけは触らなかったようだった。そのことに安堵したが、アビゲイルを狂わせ、アーサーを追い詰め、死をもたらす魔剣と話し合えと言われたことを思い出した。話して解るような相手だったら誰も苦労しないよ、と内心で真夜とアーサーに言い返してから、祐介は六畳間に入って襖を閉めた。
 黒豆の甘い匂いは、六畳間も浸食していた。



 二人だけの年越しは、穏やかなものだった。
 祐介しか食べないのでいつもと同じ分量の夕食が作られたが、メインのおかずに出されたのは小振りな鯛の煮付けだった。味噌汁の代わりに澄まし汁が出され、白飯は祐介の実家から送られてきた新米も並び、年越しの夜に相応しい夕食だった。アビゲイルは祐介が食べる様を満足げに眺め、祐介は視線を注がれながら食べることに少し困りながらも、全力で褒めた。だが、やたらにおいしいと言い続けているだけでは信憑性に欠けるので、どこが良かったか、を具体的に言い表していった。おかげで祐介は自分の語彙の少なさを痛感したが、一つ褒めるたびにアビゲイルが喜んでくれたので祐介も嬉しくなった。
 夕食を終えて片付けた後、祐介はアビゲイルと隣り合ってぼんやりとテレビを見ていた。それ以外にすることがないからだ。二年参りに行くにしてもまだ時間が早すぎるし、年越しソバを食べるには胃が重たく、かといって勉強する気にはならない。アビゲイルの傍にいるために帰省しなかったのだし、襖一枚とはいえ離れてしまうのは寂しいし、アビゲイルもそう言ってきた。だから、出来る限り離れなかった。石油ストーブと祐介の体温で暖められたアビゲイルは、人肌程度の温もりを持っていた。

「ん…」

 缶ビールを開けて傾けていた祐介に、アビゲイルが寄り掛かり、かくんと頭を落とした。

「色々忙しかったもんな」

 祐介は缶をテーブルに置いてから、寝入ってしまったアビゲイルを支えると、横たわらせた。

「大掃除におせちの仕込みに買い出しと、俺が出来ないことを全部やってくれたんだからな。ありがとう、アビー」

 表情が全く変わらないヘルムを見下ろし、祐介は頬を緩めた。自分にだけは、気の抜けた寝顔が見えるような気がする。アビゲイルを起こさないように気を遣いながら立ち上がった祐介は、先に布団を敷いておこうと六畳間の襖に手を掛けた。すると、後頭部に硬いものがぶつかったので何事かと振り返ると、真っ黒で縦長の分厚い物体が祐介の目前に浮かんでいた。それは、玄関の傘立てに差してある魔剣ストームブリンガーだった。だが、アビゲイルは眠っているので彼女の仕業ではない。かといって、この部屋に祐介とアビゲイル以外の者がいるわけがない。となれば、ストームブリンガーは自力で浮いているのだ。
 祐介は開け損ねた襖から離れて後退ると、ストームブリンガーは音もなく宙を滑り、祐介をすぐさま窓際に追い詰めてしまった。結露の浮いた窓に背を付けた祐介はベランダに出て逃げることも考えたが、自分が逃げたら事が面倒になる、と腹を括った。

「何の用だ?」

 祐介が戸惑いつつも問い掛けると、ストームブリンガーは悪魔の翼を思わせる形状の鍔に填った赤い宝石を光らせた。

「あなたを殺したい」

 雄々しささえ感じる風貌とは裏腹に、魔剣が発した声色は少女のものだった。

「殺したいの。血を啜りたいの。肉を切り裂きたいの。骨を砕きたいの。魂を喰らいたいの」
「お前、喋れるのか?」

 平坦ながら殺意の漲る言葉を浴びせられ、祐介は後退りながらどうでもいいことを言ってしまった。

「そりゃそうだよな、魔剣なんだから」
「そうよ、私は魔剣。世界を滅ぼす剣の片割れ。混沌より生まれ出でた混沌の化身。そして、死と破壊を求める黒き刃」

 ストームブリンガーは金属的で涼やかな声を連ねながら、祐介との間を詰めていく。


「このエルリックは私の役に立たない。私は数多の世界を生きて数多のエルリックと逢瀬を重ねたけど、このエルリックはまるでダメだわ。混沌に溺れもしなければ、法に酔いもしない。自らの欲望と渇望を満たすために私を使っただけで、最後には呆気なく殺されたのよ。神をも殺せる私には、聖剣エクスカリバーなんて敵ではなかったのに。なのに、このエルリックは死んだわ。私を満たす前に」

 きち、と鍔が僅かに上がり、滑らかな漆黒の剣が鍔と鞘の隙間から覗いた。

「私は目覚めきっていなかった。だから、エクスカリバー如きに砕かれた。だから、私はまた眠りに付いた。このエルリックから流れ込む生命力を貪り喰い、破損した刀身を再生させ、力も蘇らせた。そして、私は改めて目覚めたのよ。だから、あなたを殺したい」
「ちょっ、と待て!」

 祐介はストームブリンガーを押し止めようと手を伸ばしたが、触れる寸前で手を引いた。以前、触れた時には火傷したからだ。

「どうして俺が死ななきゃならないんだ?」
「決まっているわ。あなたを殺してこのエルリックを混沌に引き摺り込まなければ、私は混沌に満たされないからよ」
「それと、エルリックエルリックって言うけど、ここにいるのはアビゲイルだぞ、アビー」
「エルリックはエルリックよ。そんな名前は、あなたがこの子に付けたものに過ぎないわ。この子の本当の名はエルリックよ」
「俺にとってはアビーだ」
「エルリックよ」
「アビゲイルだ!」

 祐介は恐怖と苛立ちを交えて声を荒げ、ストームブリンガーを睨んだ。

「私が私であるがためには、剣の使い手がいなければならないのよ。ここにいるエルリックはどうしようもないエルリックだけど、剣の使い手としての才はあったわ。だから、エルリックがいなければならないのよ。私は混沌を招き、世界を滅ぼすのが役目だから」

 だが、ストームブリンガーは動じずに淡々と返してくる。

「どうして滅ぼすんだ? お前とモーンブレイドとかいうのは、人間が嫌いなのか、それとも世界自体が嫌いなのか?」

 祐介は荒い口調で聞き返すが、ストームブリンガーは冷淡に続けた。

「私は滅びと死を招くために生み出された剣。モーンブレイドも同じ。だから、滅ぼさなければならないのよ」
「けど、こうして俺と話している以上、お前にもちゃんと意志があるんだろ?」
「意志はあるわ。けれど、私は血を吸うために生まれたのよ。血を吸って、混沌を作り出して、死をもたらすの」
「モーンブレイドもそうなのか?」
「ええ、そうよ。私と妹は一対であり、同一でもある存在。同じことを考えるのが必然」
「でも、考えることは出来るんだな?」
「ええ、そうよ。私は魔剣だもの。人智を越えた世界から生まれ、人智を越えたものを望む者」

 話は全く通じないが、会話は一応成立している。祐介は会話している間にやや落ち着いてきた恐怖心を鎮めるため、深呼吸した。アビゲイルを窺ってみるが、身動き一つしていなかった。彼女が目覚めないのは、ストームブリンガーが覚醒しているからだろう。言いくるめることは出来ないかもしれないが、なんとか話すだけ話してみよう。世界が滅ぼされてしまったら、たまったものではない。ストームブリンガーと対峙すると、魔法の才がなくても圧倒的な力を感じる。真夜とアーサーの話を疑う余地など一瞬で吹っ飛んだ。

「アビゲイルを、どう思う?」

 会話の取っ掛かりを見つけるため、祐介は話題を変えて切り出した。

「それはさっき言った通りよ。このエルリックはどうしようもないエルリックだけど、私の使い手に相応しい剣の腕があるわ」

 ストームブリンガーは、やはり抑揚を変えずに答えた。

「あなたを殺せば、エルリックは私が注ぐ力と背徳で混沌に誘われるわ。そうすれば、この世界を滅びに導けるのよ」

 どうあってもアビゲイルとは呼ばないらしい。祐介は意地になり、彼女の名は頑なに愛称で呼び続けた。


「世界が滅べば、当然俺やアビーも死ぬんだな?」
「いいえ。エルリックは死なないわ。けれど、あなたは死ぬわ。私に殺されるから」
「逆に聞くが、どうすれば世界を滅ぼさずにいてくれるんだ?」
「私を殺せばいいわ。それだけのことよ」
「それが出来ないから、俺も皆も苦労しているんじゃないか」
「あなたは私を殺したいのね。それはエルリックのため?」
「そりゃそうだ。お前さえいなくなれば、アビーは魔剣から解放される」
「鎧に染み付いたエルリックの仮初めの命を繋いでいるのは私の力よ。だから、その答えには大きな矛盾があるわ」
「俺だって、それぐらい解っている。でも、そう思うんだよ」

 アビゲイルの無機質な寝顔を見下ろし、祐介は張り詰めていた気分を少しだけ緩めた。

「お前を殺せば、俺はアビーをただの女に出来る。でも、俺にはそんなことが出来るほどの力はない。アビーが死ぬって解っているから、出来たとしても最後の最後で躊躇うに決まっている。だけど、出来ることならそうしたい」
「私は殺されないわ。エルリックを使うのは私だけ。私を使うのはエルリックだけ。けれど、エルリックは血を求めない。だから、私はエルリックに血と戦いを求めさせるのよ」
「剣の持ち主を憎しみと怒りで煽り立てるために、俺みたいな近しい人間を殺してきたのか?」
「ええ、そうよ。このエルリックの傍でも、他の世界のエルリックの傍でも、同じことをしたわ。だって、私は魔剣だもの」
「ということは、お前はアビーが好きなのか?」
「好き? いいえ、好意なんて感じないわ。私を扱うのは、エルリックが相応しいと言うだけのことよ」
「それを好意って言うんだ。かなり歪んでいるけどな」
「では、あなたはエルリックをどう思っているの? エルリックを通じてあなたを感じていたけど、理解しがたかったわ」
「俺はアビーが好きだ、好きだから好きなんだ」
「理解しがたいわ」
「しようとしないからだろうが」
「理解する必要がないわ」
「本当にそうか?」
「相反する感情も理解しないことには、混沌とやらも理解しきれないんじゃないのか?」
「そんなことはないわ。混沌とは万物を内包しているもの。相反するものすらも混沌は内包しているわ」
「そう来たか。じゃあ、話の方向性を思い切り変えるが、ぶっちゃけ、俺とアビーがベタベタしているのを見ていて面白いか?」

 自分でも突拍子もないと思ったが、思い付いたものは仕方ない。祐介がアビゲイルを指すと、ストームブリンガーは答えた。

「そうね、面白くないわ。私はエルリックと感覚の一部を共有しているけど、全て感じ取らないで排除しているわ。不快だからよ」
「具体的には何がどう面白くないんだ?」
「あなたとエルリックが触れ合うのが面白くないわ。私には誰も触れてこないのに、エルリックだけ触れられるのは不公平だわ」
「他には?」
「あなたとエルリックが愛し合うのが面白くないわ。私には誰も愛など注がないのに、エルリックだけ愛されるのは不公平だわ」
「じゃ、その次は?」
「あなたとエルリックが求め合うのが面白くないわ。私のことは誰も求めてくれないのに、エルリックだけ求められるのは不公平だわ」
「んで?」
「あなたとエルリックが睦み合うのが面白くないわ。私には睦み合うべき相手もいないのに、エルリックだけ睦み合うのは不公平だわ」

 要するに、妬いているらしい。祐介は急にストームブリンガーに愛嬌を感じたが、魔剣なのだと思い直した。

「それじゃ、俺はどうすればいい?」
「殺されなさい。そして、私に血と魂を捧げなさい」
「それ以外でだ。やれる範囲で努力するから」
「だったら、あなたは私を慰めなさい。エルリックにしてきたように」

 ストームブリンガーの要求に、祐介は面食らった。

「…は?」
「跪きなさい。そして、舐めなさい。私を慰めなさい」
「つまり、俺に剣とヤれと?」
「慰められないのなら、殺されなさい。それがあなたの存在意義なのよ」
「少し考えさせてくれ」
「夜は長いようで短いわ」
「解った解った、だけどちょっと待ってくれ。心の準備ってものがある」

 祐介は片手を上げてストームブリンガーを制してから、嘆息した。いくらなんでも、剣を相手に欲情するのは難しすぎたからだ。アビゲイルはまだいい。銀色の金属で出来た全身鎧だが人型だし、ちゃんと胸もあり、尻もあり、太股など色気が溢れんばかりだ。だが、ストームブリンガーは違う。世界を滅ぼす魔剣だが、ただの黒い鉄板だ。少女の声で喋るが、それでも無理なものは無理だ。変態上級者のところでやってくれないか、と祐介は言いかけたが、ここで引き下がっては本当に世界が滅ぼされるかもしれない。そうなれば、祐介は真っ先に殺されるだろうが、アビゲイルが丹誠込めて作ってくれたおせち料理も食べずに死ぬわけにいかない。

「ごめん、アビー」

 祐介はせめてもの償いにとアビゲイルに深くキスしてから、ストームブリンガーに向き直った。

「じゃ、脱げ!」
「何を脱げと言うの。私は魔剣よ」
「鞘があるだろうが、鞘が!」

 祐介は半ば自棄になり、ストームブリンガーの鞘を掴んだ。だが、灼熱に似た冷たさは襲い掛からず、手も焼けなかった。

「人間の分際で、私に刃向かうというの」
「自分からヤれって言っておいてその態度はないだろう」

 ほれ、と祐介がストームブリンガーを引っ張ると、ストームブリンガーはぱたりと畳の上に横たわった。

「解ったわ。けれど、傷は付けないでね。あなたが死ぬわ」
「というか、俺の方が怖いけどな。俺の手足なんてぽんぽん切れちまうだろうから、お前の方こそ間違っても暴れないでくれよ」

「解ったわ」



 ストームブリンガーは鍔を少し上げ、かきん、と鞘から刃を少しだけ抜いた。気を許してくれた証なのだろう。

「しかし、何をどうしたものか」

 どこからどう見ても剣だ。祐介は体の下で横たわる魔剣を見下ろし、思い悩んだ。責めようにも、責めるべきポイントが解らない。アビゲイルなら頭もあるし、首も胸も尻も股間もある。だが、魔剣にあるのは柄と鍔と刃だ。頭が柄なら、鍔は腕と肩と言うべきか。だが、それは単なる推測に過ぎない。祐介はしばし迷っていたが、ストームブリンガーを収める鞘に手を掛け、柄を握って浮かせた。

「脱がすぞ」
「ええ…」

 ストームブリンガーの零した声色はかすかに弱り、剣の重みが祐介の手に訪れた。

「調子狂うなー…」

 祐介はやるせない気持ちになりながら、魔剣の鞘を引いた。分厚い両手剣を包み込む鞘なので、鞘自体も分厚く、重たかった。鞘を引いていくと恐ろしく滑らかな刃が現れ、難なく抜けた。鞘を置いた祐介は、完全に再生した魔剣を目にし、浅く息を飲んだ。
 ストームブリンガーは、疑いようもなく美しかった。世界中の闇を凝らせて造り上げたような刀身は、誇らしげに真っ直ぐ伸びていた。刃以外の刀身にびっしりと刻み付けられたルーン文字は、意味こそ解らなくとも、その美しさを引き立たせるタトゥーに思えてしまう。人を斬って血を吸い込めば、漆黒の刀身に連なるルーン文字に朱が入り、悪魔じみた魅力を彩る化粧になるのは間違いないだろう。両翼を広げた悪魔が塗り込められたかのような鍔には毒々しい赤の宝石が輝き、女の手でも握れる太さの柄には妙な色香がある。今になって、祐介はストームブリンガーが女だと実感した。これもまた魔剣の力なのか、とも思ったが、魅入られては元も子もない。

「どこをどう触ろうと、文句を言うなよ。お前から言い出したんだからな」

 祐介はストームブリンガーの柄に触れ、先端に付いた飾りをなぞった。反応はない。次に、柄に添って手を這わせていった。これもまた反応がない。なので、鍔の宝石に触れて鍔全体を柔らかく撫でてやると、ストームブリンガーは短く声を漏らした。

「ん…」
「あっ」

 それに重なって、聞き慣れた甘い声がした。祐介が振り返ると、アビゲイルがヘルムを押さえていた。

「そういえば、共有しているとか言っていたな」


 となると、アビゲイルの反応でどこが感じるのか解るはずだ。活路を見出せたことを密かに喜びながら、祐介は手を動かした。鍔の上部をなぞると、アビゲイルはくすぐったげに腕を曲げる。鍔と刀身の繋ぎ目をなぞると、アビゲイルは悩ましげに腰を捻る。そして、手を切らないように細心の注意を払いながらルーン文字だらけの刀身を撫でてやると、アビゲイルは内股を擦り寄せた。

「あ、ぁ…」

 調子に乗った祐介は、ルーン文字の一つ一つを触っていった。どれもこれも形が複雑だが、指の腹で丁寧に文字の形を辿る。ストームブリンガーががたがたと揺れたので柄を掴んで押さえてから、祐介は古文書を読み解くようにルーン文字を丹念に辿った。数がやたらに多いので時間は掛かるが、その分手間を掛けられる。何十個目かの文字に触れた瞬間、アビゲイルが身を捩った。

「いやぁんっ、祐介さぁん!」
「…っふ」

 アビゲイルの甲高い喘ぎに隠すように、ストームブリンガーが吐息に似た声を零した。

「そうか、ここか」

 弱点を見つけられたことで変な自信が湧いた祐介は、そのルーン文字に唇を寄せた。王に傅く騎士のようだ、と頭の隅で思った。だが、実際には魔剣に奉仕する愚かな男だ。たかが剣に良いようにされた屈辱感も手伝い、祐介はルーン文字をしつこく責めた。アビゲイルにそうしてやるように唇を付け、吸い、舌先で文字をなぞる。アビゲイルの肌よりも有機的な、生臭さのある鉄の味だった。

「あっ、やうっ、んあっ」

 祐介の背後ではストームブリンガーを通じて感覚を受け取るアビゲイルが悶え、鼻に掛かった喘ぎに荒い呼吸が混じり始めた。ストームブリンガーに顔を付けているからその様は見えないが、彼女の声だけでも充分扇情的で、股間が素直に反応していた。

「どうだ、ストームブリンガー。これがお前が羨んでいたものだぞ」

 勝ち誇るように祐介が囁くと、ストームブリンガーは鍔の宝石を淡く光らせた。

「憎悪。違う。嫌悪。違う。殺意。違う。好意。少し…違う」
「気持ちいい、ってそれだけなんだろ?」
「理解しがたいわぁっうっ!」

 平静を保とうとしたストームブリンガーに、祐介は唾液に濡れたルーン文字を弾いた。

「きゃぁんっ!」

 すると、アビゲイルが胸を反らして仰け反り、腰を突き出した。

「あっちも可愛がってやりたいんだが、今はお前だ。何せ、散々困らせてくれたからな」

 祐介はアビゲイルに触れたい気持ちを堪え、ストームブリンガーの柄を硬く握り締めていた手を緩め、柄を撫でさすった。

「あなたはおかしい。殺したい。殺したいわ。殺さなきゃあっ…!」

 慣れない感覚に怯えるかのように、ストームブリンガーは震えた。祐介は彼女の鍔を握り、畳に押し付けた。

「今、俺を殺したら生殺しだぞ。その方が辛くないか?」
「生、殺し…」
「そうだ。どこをどう感じているのか良く解らないけど、お前がイきそうだってのは解る。アビーの反応で」

 祐介はストームブリンガーを組み敷きながらアビゲイルに向くと、アビゲイルはヘルムを押さえて体を縮めた。

「ふぇあぁ…祐介さぁん…」
「ああなると、ちょっと触っただけでも凄い声出すんだよなぁ。それが可愛いんだけど」

 アビゲイルへの愛おしさで祐介が笑うと、ストームブリンガーは声色を低めた。

「それが面白くないのだわ」
「だったら、ずっとアビーと感覚を繋げておけばいい。アビーと一緒に可愛がってやるから」

 ストームブリンガーを制しているので余裕が出てきた祐介が軽口を叩くと、ストームブリンガーは長い間の後、小声で呟いた。

「…そうね」


 妥協か、或いは諦観か、もしくは凋落か。祐介にはストームブリンガーの真意は計りかねたが、一気に責め落とすことにした。散々責めたルーン文字とその周囲のルーン文字に何度もキスを落とし、丹念に舐めながら、刀身を全体的に手のひらで撫でた。柄と鍔をぬるりと撫で、抱き起こすように刀身を浮かせた。次第にストームブリンガーの反応は高ぶり、アビゲイルも同様だった。

「くぅ、っ…」
「もうダメェ、祐介さぁんっ、やぁあああんっ!」

 びくん、と一際大きく痙攣したアビゲイルと同時に、ストームブリンガーは祐介の手からずるりと落ちて畳に転げた。

「あ…」
「満足したか、ストームブリンガー?」

 ストームブリンガーから離れた祐介が口元を拭うと、ストームブリンガーは刃が触れて少し千切れた畳に刀身を埋めた。

「解らないわ。でも、興味深いわ」
「なんでもかんでも殺すから、お前は誰にも好かれないし、愛されないんだ。これ以上誰も殺さないと誓ったら、またしてやる」
「愚かな取引だわ。そんなもので、この私が屈するとでも」

 元の調子に戻りかけたストームブリンガーに、祐介は弱点のルーン文字を指で弾いた。

「ひぃんっ!?」
「充分屈してるじゃないか」
「これは、エルリックの感覚が逆流しているからでっ…!」

 それらしいことを言うが、ストームブリンガーの声色は明らかに甘ったるく上擦っていた。

「意地っ張りめ」

 祐介がルーン文字を潰すように押さえると、ストームブリンガーは柄を浮き上がらせた。

「あうんっ!」
「俺はお前を使うつもりもないし、誰を殺す気もない。だが、お前がいなくなればアビーが死ぬ。アビーが死ねば、俺は最高の恋人を失うことになる。アビーを守るためになるなら、魔剣だろうが何だろうが可愛がるしかないだろう」

 祐介がねちっこく刀身を撫でながら言うと、ストームブリンガーは最後の意地で言い返した。

「あ、あなた、おかしいわ!」
「今更言われるまでもない」

 祐介は勝利を確信し、にやけた。そして、ストームブリンガーの濡れに濡れたルーン文字を力一杯弾くと、魔剣は陥落した。

「いやぁあああああっ!」
「あぁあああっ!」

 同時に、アビゲイルも達してしまった。祐介は自分の傍で身悶える魔剣と全身鎧を見比べたが、当然、アビゲイルを優先した。魔剣はずるずると這いずって鞘に入ろうとしているので、放っておいても良さそうだが、アビゲイルはそうもいかないようだった。目を覚ましてもいないのに祐介が近くにいないことに気付いたらしく、熱に浮かされたように、祐介さん、祐介さん、と繰り返した。祐介は息も絶え絶えの恋人を抱き上げてから、ストームブリンガーに目を向けると、頼りない浮かび方で傘立てに向かっていた。言い返しもしないところを見ると、やり込めることが出来たらしい。安請け合いしたのはまずかったか、と後悔したが、腹を括った。それも全て、アビゲイルのためなのだ。祐介がアビゲイルのヘルムに頬を寄せて冷たさを確かめていると、彼女は小さく呻いた。

「ん…」

 アビゲイルは間近にある祐介の顔に気付いた途端、逃げだそうとした。


「やぁんっ!」
「おいこら、逃げるな」

 祐介がアビゲイルに覆い被さって取り押さえると、アビゲイルは両手で顔を覆った。

「だ、だってぇ、私、祐介さんが傍にいるのにあんな夢見ちゃって、声も出ちゃって、やだもう恥ずかしい!」
「そういえば、良い声で鳴いてたなぁ」

 ストームブリンガーのことをはぐらかすために祐介が茶化すと、アビゲイルは身を縮めた。

「やだぁ…」
「俺だって嫌だよ。このまま放っておかれるのは」

 祐介がアビゲイルの肩に額を当てると、アビゲイルは手を伸ばし、祐介の股間で強張る性器に触れた。

「あら」
「こんなんじゃ、初詣どころじゃないだろ」
「うふふ、それもそうね。…凄いわね」

 ジーンズの上から祐介の強張りを確かめたアビゲイルは、慣れた手付きでファスナーを開け、熱く充血した男根を外に出した。ストームブリンガーを責めている間、触れてほしくてたまらなかった手だ。冷たいのに優しく、硬いのに柔らかな仕草の彼女の手。勢い余って反り返った性器を下から上へと愛撫しながら、もう一方の手では粘液を滲ませ始めた先端を包み、指先で穴を抉る。口がないので頬張れない分、手淫の技術を上げている上、アビゲイルは祐介が弱い部分や好みの刺激の強さを覚え込んでいる。ともすれば、自分の手よりも良い。アビゲイルからの惜しみない愛情を一心に感じた祐介は、アビゲイルの上半身をきつく抱いた。

「離れた方がいいと思ったけど、無理だ」
「ええ、私もその方が良いわ」

 アビゲイルの手が祐介の男根を、搾り取るように擦っていく。祐介はアビゲイルに縋り、込み上がった精液を余さずに放った。

「すまん…」
「謝らないで。私は嬉しいから」

 ぼたぼたと白濁した熱い飛沫が胸と腹に散ったアビゲイルは、手にべったりと付いた精液を舐めるようにマスクに添えた。

「本当に、味が解ればいいのに」
「アビー。外に出る前に、一度風呂に入ってくれ。綺麗に洗わないと、匂いも落ちないからな」
「勿体ない気もするけど、神様のお社にお参りするんだもんね。綺麗にしておくに越したことはないわ」

 アビゲイルは祐介の体の下から起き上がると、銀色の肌に飛び散った大量の精液を見下ろした。

「これだけあれば、間違いなく妊娠出来そうね」
「言うな、恥ずかしい」

 祐介は自分のものをしまいながら、アビゲイルに背を向けた。

「あ」

 気付けば、テレビの年越し番組が終わっていた。当然、年も明けていた。

「あらまぁ」

 アビゲイルも祐介の肩越しにテレビを見てから、壁掛け時計を見上げた。

「もうちょっとまともな年越しにするつもりだったんだけどなぁ…」

 祐介が赤面すると、アビゲイルはにんまりした。

「いいじゃない。次こそはちゃんとすればいいんだから」
「うん、次だな」
「ええ、来年よ。年が明けたばかりだけどね」

 お風呂を暖めてくるわ、とアビゲイルは精液も拭わずに風呂場に向かった。

「そうだな、来年だ」

 年が明けたばかりでこんなことを言っていては、鬼が大爆笑しそうだが。祐介は玄関の傘立てを見、彼女の平静を確かめた。アビゲイルが離れたから殺しに来るかと思ったが、やはり来なかった。純粋に負けたことが悔しかっただけなのかもしれないが。このまま大人しくしていてくれ、と願いつつ、祐介はテーブルの上から飲みかけの缶ビールを取り、気の抜けた苦い液体を煽った。
 神社で年神に祈ることは決まっている。命の息吹を失ったが心の息吹は失わないリビングメイルとの日常の安寧と継続だ。それを守るためなら、魔剣にさえ身を捧げてみせよう。アーサーのように戦えず、ヤンマのように空も飛べないが、体は張れる。風呂場から聞こえるアビゲイルの鼻歌に耳を傾けながら、祐介は台所に向かい、舌の上に残る鉄臭さを消すために水を飲んだ。魔剣には勝利したが、浮気したような後ろめたさがまとわりついた。それをなんとかするためにも、後でアビゲイルと体を重ねよう。
 混沌に魅入られないように、触れて、愛して、求めて、睦み合おう。





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