人外と人間
人外アパート ヤンマとアカネ 卒業
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関連 → ヤンマとアカネ
卒業 859 ◆93FwBoL6s.様
鬼塚池は、空と同じ鉛色だった。
ちらほらと落ちてくる雪が冷え切った水面に触れると、音もなく溶け、重たく濁った水がまた一滴量を増した。こんな空では、飛ぶに飛べない。体温維持用に羽織った分厚いコートのポケットに上両足を入れ、顎を閉じた。下両足に履いているブーツからも寒さが染み入り、外骨格が鈍く軋み、体液の循環が鈍っているのが解った。
やはり、寒さだけは苦手だ。ヤンマは複眼を下げ、凍りかけた水面に映る黒のコートを着た異形を見下ろした。外に出ているのは頭部だけで、上両足は袖に通され、羽と中両足はコートの中で縮まり、人間に似た格好だった。保温性は非常に高いが生地が分厚いため、動きづらくて敵わない。だが、これを脱いでしまうと冬眠してしまう。
鬼塚池の背後に広がる森では、雪を被った針葉樹が並んでいる。時折、たわんだ枝から雪が崩れ落ちている。色らしい色はなく、白と黒だけの世界だ。今日は一段と雲が厚いらしく、昼間とは思えぬほど光量が少なかった。
ちらほらと落ちてくる雪が冷え切った水面に触れると、音もなく溶け、重たく濁った水がまた一滴量を増した。こんな空では、飛ぶに飛べない。体温維持用に羽織った分厚いコートのポケットに上両足を入れ、顎を閉じた。下両足に履いているブーツからも寒さが染み入り、外骨格が鈍く軋み、体液の循環が鈍っているのが解った。
やはり、寒さだけは苦手だ。ヤンマは複眼を下げ、凍りかけた水面に映る黒のコートを着た異形を見下ろした。外に出ているのは頭部だけで、上両足は袖に通され、羽と中両足はコートの中で縮まり、人間に似た格好だった。保温性は非常に高いが生地が分厚いため、動きづらくて敵わない。だが、これを脱いでしまうと冬眠してしまう。
鬼塚池の背後に広がる森では、雪を被った針葉樹が並んでいる。時折、たわんだ枝から雪が崩れ落ちている。色らしい色はなく、白と黒だけの世界だ。今日は一段と雲が厚いらしく、昼間とは思えぬほど光量が少なかった。
「…さむ」
独り言を漏らしたヤンマは、頭を振って触角に付いた雪片を払った。
「これで、いいんだよな?」
鬼塚池に映る異形を見つめながら、ヤンマは呟いた。この池はヤンマが孵化した場所であり、もう一つの実家だ。現在親兄弟と暮らしている実家は、鬼塚池に程近い古びた日本家屋で、鬼塚と名乗るためには不可欠な場所だ。
エメラルドグリーンの複眼、黄色と黒の外骨格、四枚の羽、六本の足。見ての通り、ヤンマは人間ではなく昆虫だ。ヤンマの一族は古くからこの地に住み着いているが、人間として認識されるようになったのは近代に入ってからだ。それまでは、人外には良くある話で鬼扱いだった。だが、差別とは少し違っていて、恐れられながらも敬われていた。空を飛べる上に山を荒らす獣を捕食していたので、結果として人家や作物を守ることになり、農民達からは慕われた。
けれど、近頃はそうでもない。昆虫人間はそれほど珍しいものでもなくなったし、人間も知恵を付けるようになった。昆虫人間に頼らずとも身を守れるし、獣も追い払える。厄介者として扱われることはないが、敬われることはない。少し変わった隣人、程度の認識だ。昆虫人間同士の抗争を除けば、至って平穏に暮らせているのだから文句はない。
しかし、それで終わるのは頂けなかった。日々同年代の昆虫人間とのケンカに明け暮れ、縄張りを守り続けてきた。それでいいと思っていたし、それぐらいしか能がないと思っていたし、それ以外にやるべきことはないのだと思っていた。だが、戦い続けても戦い続けても何も拓けない。縄張りも実力も拮抗し続けていて、最早体裁を保つための戦いだった。
このまま、この街で戦い続けても先はない。そんなことに気付いたのは、高校を卒業するための試験を終えた頃だ。ぎりぎりの成績で入学した高校を、やはりぎりぎりの成績で試験に受かったヤンマは、与えられた暇を持て余していた。遊ぶのにも飽きて、戦うのにも飽きたから、珍しく考え事をした。そして、現状維持ではいずれ腐ってしまう、と悟った。
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。同じ土地で同じ顔触れと同じ戦いを繰り返しながら、朽ちたくはない。だから、家を出ようと思い、両親にも兄弟にも話した。長男ではないので反対はされなかったが、賛成もされなかった。金だけは与えられたが、住む場所や働き口は自力で探せと言われた。だが、いざ街を離れると決めると無性に寂しくなる。
胸と言わず全身の体液が抜けたかのような空虚さに襲われたヤンマは、鬼塚一族が幼少期を過ごす鬼塚池を訪れた。だが、埋まると思ったものは埋まらなかった。原因は解りきっているのに、目を逸らそうとしている自分が情けなかった。
柔らかな雪を踏み締める足音と、荒い呼吸が聞こえた。ヤンマが振り返ると、息を荒げている少女が立ち尽くしていた。赤いマフラーを巻き、ハーフ丈のダッフルコートの下では紺色のプリーツスカートが揺れ、ボブカットの髪が乱れている。子供っぽさが色濃く残る顔立ちの中で特に目立つ大きな目は、最大限に見開かれ、外気の寒さで頬に紅が差していた。
エメラルドグリーンの複眼、黄色と黒の外骨格、四枚の羽、六本の足。見ての通り、ヤンマは人間ではなく昆虫だ。ヤンマの一族は古くからこの地に住み着いているが、人間として認識されるようになったのは近代に入ってからだ。それまでは、人外には良くある話で鬼扱いだった。だが、差別とは少し違っていて、恐れられながらも敬われていた。空を飛べる上に山を荒らす獣を捕食していたので、結果として人家や作物を守ることになり、農民達からは慕われた。
けれど、近頃はそうでもない。昆虫人間はそれほど珍しいものでもなくなったし、人間も知恵を付けるようになった。昆虫人間に頼らずとも身を守れるし、獣も追い払える。厄介者として扱われることはないが、敬われることはない。少し変わった隣人、程度の認識だ。昆虫人間同士の抗争を除けば、至って平穏に暮らせているのだから文句はない。
しかし、それで終わるのは頂けなかった。日々同年代の昆虫人間とのケンカに明け暮れ、縄張りを守り続けてきた。それでいいと思っていたし、それぐらいしか能がないと思っていたし、それ以外にやるべきことはないのだと思っていた。だが、戦い続けても戦い続けても何も拓けない。縄張りも実力も拮抗し続けていて、最早体裁を保つための戦いだった。
このまま、この街で戦い続けても先はない。そんなことに気付いたのは、高校を卒業するための試験を終えた頃だ。ぎりぎりの成績で入学した高校を、やはりぎりぎりの成績で試験に受かったヤンマは、与えられた暇を持て余していた。遊ぶのにも飽きて、戦うのにも飽きたから、珍しく考え事をした。そして、現状維持ではいずれ腐ってしまう、と悟った。
そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。同じ土地で同じ顔触れと同じ戦いを繰り返しながら、朽ちたくはない。だから、家を出ようと思い、両親にも兄弟にも話した。長男ではないので反対はされなかったが、賛成もされなかった。金だけは与えられたが、住む場所や働き口は自力で探せと言われた。だが、いざ街を離れると決めると無性に寂しくなる。
胸と言わず全身の体液が抜けたかのような空虚さに襲われたヤンマは、鬼塚一族が幼少期を過ごす鬼塚池を訪れた。だが、埋まると思ったものは埋まらなかった。原因は解りきっているのに、目を逸らそうとしている自分が情けなかった。
柔らかな雪を踏み締める足音と、荒い呼吸が聞こえた。ヤンマが振り返ると、息を荒げている少女が立ち尽くしていた。赤いマフラーを巻き、ハーフ丈のダッフルコートの下では紺色のプリーツスカートが揺れ、ボブカットの髪が乱れている。子供っぽさが色濃く残る顔立ちの中で特に目立つ大きな目は、最大限に見開かれ、外気の寒さで頬に紅が差していた。
「茜」
ヤンマが少女に向き直ると、少女、茜はヤンマに歩み寄り、呼吸を整えた。
「しーちゃんから、聞いた」
「何をだよ」
「何って、決まってるじゃないの!」
「何をだよ」
「何って、決まってるじゃないの!」
茜は中学校帰りらしく、背中には重たい通学カバンを背負ったままだった。
「上京するってこと、どうして私には言ってくれなかったの!」
「言うほどのことでもねぇだろ」
「言うほどのことでもねぇだろ」
ヤンマが顔を背けると、茜は顔を歪めた。
「友達じゃないの、教えてくれたっていいじゃない!」
「教えたって、どうなるものでもねぇだろうが」
「教えたって、どうなるものでもねぇだろうが」
ヤンマは背を向け、顎を軋ませた。茜はヤンマに近付き、走ったために掠れた声を張る。
「なんで勝手に決めちゃうの! どうして何も言ってくれなかったの!」
「中坊に話しても意味ねぇだろ」
「そりゃ、そうかもしれないけど…」
「中坊に話しても意味ねぇだろ」
「そりゃ、そうかもしれないけど…」
茜は俯き、鼻を啜った。ヤンマは複眼の端に茜を捉え、言った。
「高校の卒業式が終わり次第、引っ越すからよ」
「でも…どうして?」
「お前に言ったって解らねぇよ」
「解るもん!」
「でも…どうして?」
「お前に言ったって解らねぇよ」
「解るもん!」
茜はヤンマに歩み寄り、その左袖を掴んだ。
「だって、私はずっとヤンマと一緒だったんだから! ヤンマのこと、一番良く解るもん!」
「馬鹿抜かしてんじゃねぇよ」
「馬鹿抜かしてんじゃねぇよ」
茜の手を振り払おうとしたが、出来ず、ヤンマは声色を落とした。
「お前に俺の何が解る」
お決まりの言葉を吐いてしまった自分に呆れ、ヤンマはぎちぎちと顎を鳴らした。なぜ、こんなことしか言えない。ヤンマの上左足を掴んで項垂れている茜が痛々しかったが、上手い言葉が思い付かず、結局は黙り込んでしまった。
茜との付き合いは長い。ヤンマがヤゴだった頃、近所に住む茜は親に連れられて鬼塚池によく遊びに来ていた。そのうち、茜は一人でも来るようになった。水の中でしか生きられないヤンマと、愚にも付かない話をするためだった。どちらも幼かったから、会話などあってないようなものだったが、閉じた世界で暮らすヤンマには良い刺激になった。
ヤンマが成虫と化し、茜が成長しても、その関係は変わらなかった。近所に住む幼馴染み。それだけに過ぎない。だから、そのまま終わった方が良い。人型であろうと、所詮虫は虫だ。前途のある茜を、ヤンマが束縛してはならない。
茜との付き合いは長い。ヤンマがヤゴだった頃、近所に住む茜は親に連れられて鬼塚池によく遊びに来ていた。そのうち、茜は一人でも来るようになった。水の中でしか生きられないヤンマと、愚にも付かない話をするためだった。どちらも幼かったから、会話などあってないようなものだったが、閉じた世界で暮らすヤンマには良い刺激になった。
ヤンマが成虫と化し、茜が成長しても、その関係は変わらなかった。近所に住む幼馴染み。それだけに過ぎない。だから、そのまま終わった方が良い。人型であろうと、所詮虫は虫だ。前途のある茜を、ヤンマが束縛してはならない。
「じゃあ、ヤンマは私の何が解るの?」
茜はヤンマのコートに顔を埋め、肩を縮めた。ヤンマは彼女を見下ろし、語気を弱めた。
「解るから、言わなかったんじゃねぇかよ」
「意地悪」
「男の意地と言え。その方が、まだ様になる」
「じゃあ、これから言うこと、解る?」
「大体はな」
「意地悪」
「男の意地と言え。その方が、まだ様になる」
「じゃあ、これから言うこと、解る?」
「大体はな」
ヤンマが腰を曲げて目線を合わせると、茜は潤んだ目を瞬かせ、ヤンマの胸元に額を当てた。
「…大好き」
恥じらいと寂しさが混じった告白は、枝から落ちた雪の音で掻き消され、雪の粒と共に淀んだ池に吸い込まれた。ヤンマは茜の肩を支えながら、分厚いコート越しに染み入る体温を感じた。触れた部分から、隙間が埋まっていく。
思った通り、空虚さの原因は彼女だった。街を出ると決めてから、茜とは出来る限り顔を合わせないようにしていた。街を出る決心が揺らがないように、と考えてのことだったが、言葉も交わせない日々が続くと体液が抜け落ちていった。他のもので埋めようとしても全く埋まらず、余計に空しくなった。けれど、そこで茜と会うと決心が砕けると思っていた。
擦れ違っていた日々の寂しさを埋めるため、茜はヤンマにしがみ付いた。小さな手で、コートをきつく握り締めている。もう、引き離せるわけがない。ヤンマは己の心の弱さを実感しながら、茜から染み渡ってくる体温と感情を味わった。
茜が好きだ。
思った通り、空虚さの原因は彼女だった。街を出ると決めてから、茜とは出来る限り顔を合わせないようにしていた。街を出る決心が揺らがないように、と考えてのことだったが、言葉も交わせない日々が続くと体液が抜け落ちていった。他のもので埋めようとしても全く埋まらず、余計に空しくなった。けれど、そこで茜と会うと決心が砕けると思っていた。
擦れ違っていた日々の寂しさを埋めるため、茜はヤンマにしがみ付いた。小さな手で、コートをきつく握り締めている。もう、引き離せるわけがない。ヤンマは己の心の弱さを実感しながら、茜から染み渡ってくる体温と感情を味わった。
茜が好きだ。
ストーブに火を入れても、なかなか部屋が暖まらなかった。
畳の上に胡座を掻いたヤンマはコートを脱げないままで、茜もまた通学カバンは下ろしたがコートは着たままだった。あのまま外にいてはどちらも凍えてしまうので、ヤンマは自宅に茜を連れて帰ってきたが、どちらも喋り出さなかった。茜は目を腫らしていて、切なげに眉を下げている。思いを伝えても、ヤンマが答えてくれなかったから不安なのだろう。だが、ヤンマは茜の告白に答えなかったのではない。答えようと思ったのだが、茜が愛おしすぎて感極まってしまった。おかげで、何も言えなくなった挙げ句に自宅に引っ張り込んでしまった。茜を自宅に突き返すよりは良いと思ったからだ。
畳の上に胡座を掻いたヤンマはコートを脱げないままで、茜もまた通学カバンは下ろしたがコートは着たままだった。あのまま外にいてはどちらも凍えてしまうので、ヤンマは自宅に茜を連れて帰ってきたが、どちらも喋り出さなかった。茜は目を腫らしていて、切なげに眉を下げている。思いを伝えても、ヤンマが答えてくれなかったから不安なのだろう。だが、ヤンマは茜の告白に答えなかったのではない。答えようと思ったのだが、茜が愛おしすぎて感極まってしまった。おかげで、何も言えなくなった挙げ句に自宅に引っ張り込んでしまった。茜を自宅に突き返すよりは良いと思ったからだ。
「ヤンマ」
沈黙を破ったのは、茜だった。
「やっぱり、私はただの友達ってこと?」
不安げに身を乗り出してきた茜に、ヤンマはぎちりと顎を噛み合わせた。
「いや…そういうんじゃねぇよ」
「じゃあ、何?」
「じゃあ、何?」
期待と不安の入り混じる瞳に見つめられ、ヤンマは若干腰を引いた。
「お前は、ダチじゃねぇよ」
「だから、何なの?」
「だから、だな…」
「だから、何なの?」
「だから、だな…」
ヤンマが考えあぐねていると、茜はコートを脱いで通学カバンの上に投げ、ヤンマの前にやってきた。
「教えて?」
「う…」
「う…」
言葉に詰まったヤンマは、茜を見下ろした。寒さとは違った意味で頬が染まり、薄い唇がかすかに開いている。いつもの快活な表情とは正反対の弱り切った顔が、罪悪感を生んだ。同時に、物凄く情けなくなってしまった。好きだと言われたし、茜が好きだと解っているのに、困らせてどうする。答えたいが、上手く言葉が出てこなかった。
「悪ぃ」
どうしても言えなかった。だから、ヤンマは茜を抱き寄せて顎を開き、舌を伸ばして唇の間に滑り込ませた。上両足に抱かれた茜は、いきなり口中に入ってきた異物に戸惑い、己の舌や歯で異物を押し戻そうとしてきた。
「ぶはっ」
ヤンマの舌を吐き出した後、茜は一気に赤くなった。
「にゃ、な、うぁ…」
「これで、言ったことにはならねぇか?」
「これで、言ったことにはならねぇか?」
舌を戻して顎を閉ざしたヤンマが気弱に呟くと、茜は火照った頬を押さえた。
「なら、ない、よぉ」
だが、意図は確実に伝わったらしく、茜はちらちらとヤンマを窺ってくる。ヤンマはその視線を感じ、恥じ入った。もう少しまともな手段はなかったのか、と後悔するがもう遅い。それ以前に、あれはキスと言うには強引すぎた。顎をぶつけるよりは優しいが、中学生相手に行うにはかなり卑猥だ。それ以前に、同意を得ていないではないか。
「でも、うん、嬉しい」
茜は赤面したままだったが、頬を緩めた。
「だから、茜。俺は」
「食べてもいいよ」
「食べてもいいよ」
ヤンマの言葉を遮るように、茜は言い切った。真摯な眼差しが、複眼に注がれる。
「私のこと」
「…食べる、って、そりゃ」
「…食べる、って、そりゃ」
もちろんあっちの意味だろう。ヤンマが狼狽すると、茜はもっと狼狽した。
「だって、このまま離れちゃうの嫌だし、ヤンマじゃなきゃ嫌だし、だから…」
「でっ、でもな、いきなりそれは早すぎねぇか? お前はまだ中坊だろうが!」
「だあっ、だけどぉ、我慢出来ないんだもん!」
「でっ、でもな、いきなりそれは早すぎねぇか? お前はまだ中坊だろうが!」
「だあっ、だけどぉ、我慢出来ないんだもん!」
自分の言葉でますます赤面しながら、茜はスカートを握り締めた。
「放っておかれるのかなぁ、とか、一人になっちゃうなぁ、とか、考えるとなんかもうすっごくダメなんだもん!」
「にしたって、なぁ」
「嫌?」
「にしたって、なぁ」
「嫌?」
茜が泣きそうになったので、ヤンマはすぐさま否定した。
「いやいやいやいや、そういうんじゃねぇ! ああ、だから、嫌っつーわけじゃなくてよ!」
「恥ずかしいし、怖いし、痛いのは嫌だけど、でも、ヤンマだったら」
「言っておくが、俺は虫だぞ」
「恥ずかしいし、怖いし、痛いのは嫌だけど、でも、ヤンマだったら」
「言っておくが、俺は虫だぞ」
ヤンマが自制を込めて言うと、茜はむくれた。
「だから好きなんじゃないの!」
「俺が言うのも何だが、男の趣味悪ぃな」
「そんなことないもん! ヤンマは格好良くて強いんだから! イケメンの中のイケメンだもん!」
「俺が言うのも何だが、男の趣味悪ぃな」
「そんなことないもん! ヤンマは格好良くて強いんだから! イケメンの中のイケメンだもん!」
拳を固めて力説した茜に、ヤンマは噴き出してしまった。
「なんだそりゃ、てか言い過ぎだぜ」
「笑わないでよ! 本気でそう思っているんだから!」
「笑わないでよ! 本気でそう思っているんだから!」
茜はむきになり、ヤンマににじり寄ってきた。ヤンマは背を曲げ、笑いを堪えた。
「けど、俺のことを買い被りすぎてねぇか? 虫の中でも俺は大したことねぇんだぞ、ツラもナリもな」
「でも、私の一番はヤンマだもん」
「でも、私の一番はヤンマだもん」
茜はヤンマの前に正座すると、ヤンマの顎を両手で挟み、引き寄せた。
「さっきのお返し」
固く閉ざした顎に、小さく薄い唇が当てられた。目の前にある茜の瞼は閉ざされ、目元を縁取る睫毛の長さが解った。当てているだけで精一杯なのか、茜の体は強張っていた。ヤンマはコートを脱ぐと、上両足と中両足で茜を抱き寄せた。胸部の外骨格に、紺色のセーラー服に覆われた茜の胸元が接した。鼓動が恐ろしく速まり、体全体が熱を持っていた。
「本当にいいのか?」
ヤンマが問うと、茜はぎこちなく頷いた。
「うん。ヤンマじゃなきゃ、嫌」
「後で後悔しても知らねぇからな」
「するわけないよ」
「後で後悔しても知らねぇからな」
「するわけないよ」
茜は笑顔を見せたが、緊張が滲んでいた。ヤンマは雑然とした自室を見渡したが、生憎、昆虫人間は布団を使わない。その上、ヤンマはトンボなのだ。羽を痛めてしまわないために、眠る時は寝転がらずに床に直接俯せになって休むのだ。だから、布団はない。そして、親兄弟の部屋も同様だ。客間に行けばあるが、今から運んでくるのは億劫だし、後で困る。客間に戻す時に、親兄弟に見つかっては言及される。考えあぐねた末、ヤンマは自身が着ていた長いコートを広げた。
「ここに寝っ転がれ」
「でも、汚しちゃうかも」
「でも、汚しちゃうかも」
茜が目を伏せると、ヤンマは畳を小突いた。
「そんなもん、構わねぇよ。畳よりは冷たくねぇし、痛くねぇはずだ」
「うん…」
「うん…」
茜はセーラー服のスカーフをしゅるりと引き抜き、畳に落とした。
「えっと、脱がしてみる?」
「無論だ」
「無論だ」
即答したヤンマは、正座している茜に向き直った。茜は脱がしやすいように両腕を広げたが、掴み所が解らなかった。ヤンマの高校の女子の制服はセーラー服ではないし、中学校時代に女子の制服を脱がすような機会も経験もない。しばらく茜を眺め回していると、茜は少し落胆した顔でセーラー服の脇にあるファスナーを上げ、袖口のスナップを外した。
「これで引っこ抜けば脱げるよ」
「すまん」
「すまん」
ヤンマは苦笑いしてから、茜のセーラー服を掴んで引き上げた。頭と袖が綺麗に抜けて、下の服が露わになった。冬場なので、ブラウスの上にニットベストを着ていた。ヤンマはそれを剥いでから、ブラウスを脱がそうとして爪を止めた。まず、スカートを脱がさなければ脱がせられないではないか。プリーツスカートのホックを外そうとしたが、また爪を止めた。この状況なら、スカート捲りも許されるかもしれない。そう思ったヤンマは茜のスカートを思い切り捲り上げ、中身を見た。
「んだよ、生パンじゃねぇのか」
「当たり前だよお! ていうか、いきなり何やってんのー!」
「当たり前だよお! ていうか、いきなり何やってんのー!」
茜はスカートを押さえ、防寒性の高い毛糸のオーバーパンツに覆われた下半身を隠す努力をした。
「まあ、ジャージ履きじゃないだけまだマシか」
あれは色気なさ過ぎだ、とヤンマが付け加えると、茜は唇を曲げた。
「もうちょっとムードってのを大事にしてよ! 台無しじゃない! この変態!」
「男は総じて変態だ」
「開き直らないでよー!」
「んじゃ、仕切り直すとするか」
「男は総じて変態だ」
「開き直らないでよー!」
「んじゃ、仕切り直すとするか」
ヤンマは茜のスカートを下ろすと、ホックを外してファスナーを下げて脱がせ、黒く長いコートの上に横たわらせた。ブラウスの下から覗く色気のないオーバーパンツも剥がしてしまうと、茜は小柄な体を力一杯縮めて頬を赤らめた。
「急に恥ずかしくなってきた…」
「そう、だな」
「そう、だな」
ヤンマは茜の姿を見下ろし、言葉を濁した。幼い頃からの付き合いなので、何度か茜の裸身は見たことがある。もちろん、それは茜が幼児だった頃の話だ。池のほとりで無邪気に水遊びをしていた時は、膨らみなど皆無だった。だが、今は違う。肉付きはまだまだ頼りないが、手足はすらりと伸びて全体的に丸みを帯び、可愛らしい乳房がある。そう思った途端、抗いがたい衝動が込み上がってきた。ヤンマは上両足で茜の両手を掴んで押さえ、覆い被さった。
「全部脱がす!」
「うん」
「うん」
茜は心底恥ずかしげだったが、頷いた。ヤンマは中両足の爪でブラウスのボタンを全て外し、肌着を捲り上げた。幾重もの服に覆われていた素肌が、ようやく曝された。ブラジャーに収まるのは、茜の手で隠せるほど小さな乳房だった。茜は気恥ずかしげに顔を歪めたが、ヤンマはそれを無視してブラジャーを押し上げ、乳房とは言い難い膨らみを出した。
「なあ、茜」
「なぁに?」
「茜はオナったことがあるのか?」
「え?」
「なぁに?」
「茜はオナったことがあるのか?」
「え?」
茜が目を丸めると、ヤンマは首を傾げた。
「何がどうなるのか解らねぇと、そっちも困るだろ? まさか、中三にもなって何もしてねぇってことはねぇよな?」
「馬鹿! なんで今そんなこと聞くの! 超変態!」
「先に聞けるか、こんなこと。んで、どうなんだよ、茜」
「…うー」
「馬鹿! なんで今そんなこと聞くの! 超変態!」
「先に聞けるか、こんなこと。んで、どうなんだよ、茜」
「…うー」
茜は顔を背け、消え入りそうなほどの小声で答えた。
「…ある、けど」
「そうか、なら安心だ」
「何が!」
「ちゃんと感じるんなら、ちゃんと濡れるってことだろ」
「そうか、なら安心だ」
「何が!」
「ちゃんと感じるんなら、ちゃんと濡れるってことだろ」
ヤンマはぎちぎちと顎を鳴らしながら、茜の胸元にまで顔を下げた。小さな乳房を爪で握るのが怖かったからだ。ヤンマの爪は、いずれも鋭い。茜の肌など容易く切り裂けてしまうし、力が強すぎると肉や骨までも切ってしまうだろう。だが、顎ならまだ加減が出来るはずだ。ヤンマは大きく顎を開いて舌を伸ばし、茜の平べったい乳房に絡み付けた。
「ふひゃっ」
外気とは違う冷たさに茜が仰け反ると、ヤンマはその両手首を軽く握った。
「我慢しろよ。すぐにお前の体温で温くなる」
「うん…」
「うん…」
茜は深く息を吸い、唇を締めた。自分の手で胸をまさぐるのとは全く異なる感触に、慣れるまでは気色悪かった。相手がヤンマだと解っていても、冷たく細長いものが這い回ってるのだから、背筋がぞわりと逆立ってしまった。だが、茜自身の体温でヤンマの舌が温まると変わった。成長途中で硬い乳房を痛めないように、緩く締めてくる。外気温と刺激によって尖った乳首にも絡められ、絞られる。中左足の爪の腹では、もう一方の乳首を潰してくる。
自分で触った時とは、比べ物にならない。どこをどう触られるのか解らないし、羞恥心も手伝って感覚が鋭敏だ。いつのまにか息が荒くなり、今まで出したことのない声が漏れてしまい、茜は口を閉じて懸命にその声を堪えた。
自分で触った時とは、比べ物にならない。どこをどう触られるのか解らないし、羞恥心も手伝って感覚が鋭敏だ。いつのまにか息が荒くなり、今まで出したことのない声が漏れてしまい、茜は口を閉じて懸命にその声を堪えた。
「下、脱がすぞ」
ヤンマは茜の右手首を押さえていた上右足を外し、茜の下着に手を掛け、引き摺り下ろした。
「ふあ…」
陰部を外気に曝された感覚で瞼を上げた茜は、クロッチに薄く付いた染みを見、戸惑った。
「やだ、こんなに…」
「大していじってねぇんだけどなぁ、早漏か?」
「大していじってねぇんだけどなぁ、早漏か?」
茜の下着を見下ろしながらヤンマが言うと、茜はむくれた。
「そんなわけないじゃない! 何なのもう、さっきから!」
「すまん。俺もしたことないから、何言っていいんだかよく解らねぇんだ」
「すまん。俺もしたことないから、何言っていいんだかよく解らねぇんだ」
茜の下着を制服の傍に置いたヤンマは、茜に顔を寄せ、舌先で唇をぬるりと舐めた。
「んう」
「下も舐めた方が、楽に入るよな?」
「たぶん、でも…」
「下も舐めた方が、楽に入るよな?」
「たぶん、でも…」
茜は太股を閉ざそうとしたので、ヤンマは太股の間に長い腹部を差し込んで阻んだ。
「いきなり突っ込んでも、入るわけねぇしな」
「解った」
「解った」
茜は躊躇いつつも小さく頷き、おずおずと膝を上げた。ヤンマは茜の両手から上両足を外し、上体を下げた。部屋の明かりは敢えて付けていなかったので、光源は外から差し込む日差しだけであり、当然薄暗かった。少ない光を受けた陰部は、滲み出た体液で光沢を帯びていた。体格に相応の狭さであろう、茜の中心だった。浅い茂みの下では、触れてもいないのに充血した肉芽が濡れている。汗とは異なる、甘酸っぱい匂いがした。
「んで、茜はいつもどうやってんだ?」
舌を伸ばしながらヤンマが問うと、茜は目線を彷徨わせた。
「穴の方に指を入れるのは怖いから、その、上にあるのを…」
「じゃ、そっちを責めればいいんだな」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ、どうなんだ?」
「うー…」
「じゃ、そっちを責めればいいんだな」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ、どうなんだ?」
「うー…」
茜は顔を両手で覆い、背を丸めた。表情が見えなくなるのは惜しかったが、今のうちに慣らしてやらなければ。ヤンマは茜の腰に爪を立てないように気を付けつつ、押さえ、初々しいピンク色の割れ目に舌を這わせてやった。茜はびくっとしたが、足は閉じなかった。ヤンマは茜の言葉通り、茂みの中で存在を主張しつつある肉芽を舐めた。
「あ、あ、あ、あぁああ…」
切なげに喉を震わせ、茜は身を捩った。
「うぁ、あ、ん、ヤンマぁ…」
「その声で呼ぶんじゃねぇよ」
「その声で呼ぶんじゃねぇよ」
強張っているが熱く濡れた胎内を舌で探りながら、ヤンマは堪えた。彼女が慣れるまで、耐えきれなくなってしまう。実際、長い腹部の先からは生殖器官が出ている。なんとか自制しているが、本音を言えば今すぐにでも入れたい。
「ひゃうっ!」
茜はヤンマの頭を掴み、首を左右に振った。
「あ、もお、いやあっ、そこ、ダメェ、もう、ああああっ!」
ぎち、とヤンマの外骨格に爪が立てられ、茜は薄い胸を反らした。
「おい、茜」
舌を抜いてヤンマが顔を上げると、茜は涙の滲んだ目元を拭った。
「ごめん、なんか、凄くって」
「感じすぎだろ、馬鹿」
「だって、どうにも出来ないんだもん。ヤンマがしてくれたから」
「感じすぎだろ、馬鹿」
「だって、どうにも出来ないんだもん。ヤンマがしてくれたから」
茜は眉を下げ、唇を押さえた。その仕草にヤンマはぎくりとし、中途半端に出ていた生殖器官が全部出てしまった。最早、引っ込められなかった。ヤンマは茜の太股を押し上げて足を広げさせると、腹部を曲げ、熱い陰部にあてがった。
「入れるぞ」
「え、待って、そんな急に」
「力、抜いとけ。でないと、辛いぞ」
「え、待って、そんな急に」
「力、抜いとけ。でないと、辛いぞ」
ヤンマは出来る限り慎重に腹部を押し出し、つぷ、と浅く挿入した。茜は目を見開き、涙を滲ませた。
「う、あっ」
「痛いか? だったら一旦抜くが」
「が、頑張るぅ」
「痛いか? だったら一旦抜くが」
「が、頑張るぅ」
茜はヤンマの首に腕を回し、抱き付いた。
「だから、全部、入れてぇ。ヤンマにあげるの、全部あげるのぉ」
「…どうしようもねぇな」
「…どうしようもねぇな」
茜の背を支えながら、ヤンマは顎を噛み締めた。処女で発達途中の体では、挿入されるだけで痛いだろうに。茜の内側は筋肉が硬く、ヤンマの生殖器官が押し戻されそうになる。なぜ、それでも入れてくれと懇願出来るのか。目元に溢れた涙を舐めてやると、茜は脂汗が滲んだ頬を緩めた。抜いてしまえば、茜の気持ちを無駄にしてしまう。
時間を掛けて、奥へ、奥へと進めていく。熱くぬめった筋肉に弾かれそうになりながら、茜の中心に迫っていった。途中で何かに引っ掛かり、途切れた。茜はヤンマに抱き付く腕の力を強め、声を堪えるかのように歯を食い縛った。恐らく、処女膜だったのだろう。ヤンマは茜を貫いている生殖器官を見下ろし、じわりと滲み出した赤い筋を認めた。
時間を掛けて、奥へ、奥へと進めていく。熱くぬめった筋肉に弾かれそうになりながら、茜の中心に迫っていった。途中で何かに引っ掛かり、途切れた。茜はヤンマに抱き付く腕の力を強め、声を堪えるかのように歯を食い縛った。恐らく、処女膜だったのだろう。ヤンマは茜を貫いている生殖器官を見下ろし、じわりと滲み出した赤い筋を認めた。
「このまま動いたら、本気で裂けちまいそうだぞ。だから、もう抜いちまった方が」
「いやあっ!」
「いやあっ!」
茜は力の入らない足をヤンマの腰に絡め、首を横に振った。
「動かなくても良いから、抜かないでぇ!」
「だが、茜」
「だって、だってぇ」
「だが、茜」
「だって、だってぇ」
茜はヤンマを見つめ、ぼろぼろと涙を落とした。
「抜いたら、ヤンマが離れちゃう。ヤンマがどこかに行っちゃう。だから、抜いちゃ嫌ぁ…」
「お前には参るぜ」
「お前には参るぜ」
ヤンマは爪の背で茜の頬をなぞり、笑みを見せるように顎を開いた。茜は、懇願するような眼差しを注いでいる。これでは、抜くわけにはいかない。ヤンマは生殖器官を突き立てたまま、声を殺して泣き出した茜を抱き締めた。
体の下から、何度となく好きだと言われた。子供の頃からどんなに好きだったか、嗚咽に乱れた声で話してくれた。その言葉を一つも聞き逃したくなくて、ヤンマは動かなかった。茜が全身で示す好意を、知らなかったわけがない。物心付いた頃から、ヤンマの世界には茜がいた。そして、茜の世界にもヤンマがいた。ただ、それだけのことだ。
ただ、幼い頃のように友達でいられなくなっただけだ。ただ、向け合う感情が変わっただけだ。それ以外は同じだ。ヤンマはヤンマであり、茜は茜だ。虫であり、人だ。幼馴染みであり、幼馴染みだ。そして、掛け替えのない人だ。
だから、恋に落ちるのは当たり前のことだ。
体の下から、何度となく好きだと言われた。子供の頃からどんなに好きだったか、嗚咽に乱れた声で話してくれた。その言葉を一つも聞き逃したくなくて、ヤンマは動かなかった。茜が全身で示す好意を、知らなかったわけがない。物心付いた頃から、ヤンマの世界には茜がいた。そして、茜の世界にもヤンマがいた。ただ、それだけのことだ。
ただ、幼い頃のように友達でいられなくなっただけだ。ただ、向け合う感情が変わっただけだ。それ以外は同じだ。ヤンマはヤンマであり、茜は茜だ。虫であり、人だ。幼馴染みであり、幼馴染みだ。そして、掛け替えのない人だ。
だから、恋に落ちるのは当たり前のことだ。
どさり、と屋根から雪が落ちた。
部屋の前に一瞬影が過ぎり、軽い震動が起きた。ストーブを使っているから、その熱で屋根の雪が緩んだのだ。ストーブの前に陣取っている茜は、すっぽりと毛布にくるまっていて、湯気を噴きながら熱いミルクココアを啜っていた。ココアを作ったのは、ヤンマである。茜が泣き止んでから生殖器官を抜き、服を着せて、落ち着けるために与えたのだ。大して動いていないはずなのだが、茜は足腰が立たないらしく、ストーブの前に座り込んで一歩も動こうとしなかった。
部屋の前に一瞬影が過ぎり、軽い震動が起きた。ストーブを使っているから、その熱で屋根の雪が緩んだのだ。ストーブの前に陣取っている茜は、すっぽりと毛布にくるまっていて、湯気を噴きながら熱いミルクココアを啜っていた。ココアを作ったのは、ヤンマである。茜が泣き止んでから生殖器官を抜き、服を着せて、落ち着けるために与えたのだ。大して動いていないはずなのだが、茜は足腰が立たないらしく、ストーブの前に座り込んで一歩も動こうとしなかった。
「なんか、腰が変」
茜はココアを一口飲んでから、顔をしかめて腰をさすった。
「今の今まで、ここの筋肉を使ったことがなかったからかなぁ」
「そうなんじゃねぇのか? 俺はなんともないが」
「そうなんじゃねぇのか? 俺はなんともないが」
茜の血が絡んだ愛液を拭ったティッシュをゴミ箱の奥深くに沈めてから、ヤンマは返した。
「甘くない…」
ココアを啜りながら茜が眉根を顰めたので、ヤンマは少しむっとした。
「文句言うな。俺はそういうの飲まねぇから、味の加減が解らなかったんだよ」
「よし、決めた」
「よし、決めた」
大きく頷き、茜は宣言した。
「私も一緒に上京する! でもって、ヤンマに責任取ってもらう!」
「…あ?」
「…あ?」
何を唐突に。ヤンマが顎をあんぐりと開いていると、茜はにんまりした。
「だって、ファーストキスも処女もあげちゃったんだもん。結婚しなきゃ嘘ってもんでしょ!」
「あ、あの、茜さん?」
「高校はあっちの学校に入学すれば問題ないよ! 二次試験があるしね! そうと決まれば願書書かなきゃ!」
「いや、だから、なんでそうなるんだ?」
「さっき言ったじゃんか。私、ヤンマと離れたくないんだもん。連れて行ってくれなきゃ、追い掛けていっちゃうよ?」
「それは…」
「あ、あの、茜さん?」
「高校はあっちの学校に入学すれば問題ないよ! 二次試験があるしね! そうと決まれば願書書かなきゃ!」
「いや、だから、なんでそうなるんだ?」
「さっき言ったじゃんか。私、ヤンマと離れたくないんだもん。連れて行ってくれなきゃ、追い掛けていっちゃうよ?」
「それは…」
追い掛けられたら、嬉しいけど困る。ヤンマが答えられずにいると、茜は笑った。
「ヤンマも高校を卒業したし、私ももうすぐ卒業だもん。だから、ただの幼馴染みも卒業するんだ!」
その言葉に、ヤンマは笑うしかなかった。もちろん、茜の言葉が嬉しくて嬉しくてたまらなかったからである。茜は毛布を引き摺りながらずりずりと這い寄ってヤンマに寄り添ってきたので、ヤンマは勢い良く茜を抱き締めた。ココアの入ったマグカップを取り落としかけたが、なんとか零さずにテーブルに置き、茜はヤンマに腕を回してきた。
「大好き」
「俺もだ。好きで好きでどうしようもねぇや!」
「俺もだ。好きで好きでどうしようもねぇや!」
ヤンマは首を倒して茜の唇を塞ぎ、言葉にすることすらもどかしい感情を表した。茜も身を乗り出し、深めてくる。茜の両親に反対されるかもしれないが、行けるところまで行ってしまおう。茜は半身だ、欠いてしまうわけにいかない。無論、上京するのはどちらも初めてだ。同じ国とはいえ、土地が違うのだから、二人にとっては別世界のようなものだ。一人きりだったら耐えられないことも、二人ならば乗り越えられる。今までがそうだったのだから、これからも、きっと。
年の差も、種族の違いも、気持ちだけは阻めない。
年の差も、種族の違いも、気持ちだけは阻めない。