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女霊能者×悪霊 2

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女霊能者×悪霊 2 1-570様

暗い面持ちで椅子に座っていた男だが、入室した亜里を一目見るなり腰を浮かせた。
この場にはまるで不釣り合いな、華やいだ紅色。
面会室のガラスに区切られた向こう側、まるで銀幕の女優に着色を施したような洋装の美人が、男の前へ音もなく座る。
「お待たせ致しました。私が山岸亜里でございます」
そう言ってニィと微笑む唇も、緩やかなドレープを描くワンピースも嘘のように紅い。
男は我に返って着席し、上気した顔を恥じらうようにハンカチーフで押さえた。
「山岸先生でいらっしゃいますか。二川と申します。この度は依頼の相談を受けていただけるとのことで…」
二川と名乗る男は随分と身なりのいい若者だった。まだ三十前だろう。
がっちりとした広い肩に上等な仕立ての背広がよく似合っていた。
恐縮した二川の言葉に、亜里は甘い笑みを浮かべる。
「まあ…。私のような卑しい囚人を先生だなんて、勿体の無い…勿体の無い…」
揃った赤い爪で口元を覆い、喉の奥でくつくつと湧く笑みを殺した。
些か芝居がかかった嫌らしさが、彼女の浮世離れした容姿と相まりひどく淫靡だ。
二川は強くときめいた。
霊能者など、どんな化物が出るかと畏れていたのが馬鹿らしい。

亜里の背後の壁に控えた看守は、二川の様子に眉をひそめた。
男の依頼者が亜里の外見に心を奪われるのは珍しくない。
しかし、その中でも二川は感情が隠せない類の人間なのだろう。
不躾に亜里を眺めるような真似こそしないが、彼の紅潮した皮膚下に巡る色欲は、誰の目にも明らかだった。

二川はふと思い出したように目線を落とし、膝の上のハンカチーフをきつく握る。
重い扉を押し開くように、彼は静かに語りだした。
「…先生に聞いていただきたいのは、私の屋敷にある土蔵の事なのです」
依頼の話になると亜里もゆらりと姿勢を正す。
亜里はうっすら口角に笑みを乗せたまま二川の話を聴いた。
「先祖の代に建てられた古い蔵でして、中に何が収められているか、私はもちろん、父も祖父の代も把握しておりませんでした」
二川の顔色は徐々にあせていった。
「中を確かめようにも、扉の溝に土が塗り込まれ、壁と一体になっているのです――」

―中に何が入っているかは判りませんが、高価な物などはないでしょう。
 そうならば放っておけばよいのでしょうが、入口のない土蔵が屋敷に在るなど気味の悪い事です。
 父の代に、屋敷の改築を兼ねて土蔵を取り壊そうとしました。

 私も子供でしたが既に屋敷におりましたので、あの時の事はよく覚えております。
 土蔵は古く、大きさもさほどありませんでしたから、人力で壊す予定でした。
 数人の大工が大槌を手に土蔵を囲みます。
 私は父の傍らで、縁側からそれを見守っておりました。
 一人の大工が大槌を振りかぶり、力を込めて土壁にそれを降ろしました。

―私は、その時の事を、未だに夢に見るのです。

 ブツンと何かが切れる音が、私の耳にも聞こえた気がしました。
 その大工は大槌を振り降ろした格好のまま、しばし静止していました。
 やがて、上半身がぐらりと反ります。
 天を仰ぐその顔は、まるで笑っているように見えました。
 大工仲間が、妙に思ってその大工に声を掛けようと歩み寄ります。
 父も私も、何だろうと首を伸ばして彼を注視しました。
 大工の下半身から赤黒い物が勢いよく流出し、庭に広がりました。
 立ったまま魚のように大きく体を痙攣させた後、大工は自らの排泄物の中に倒れ込みます。
 一斉に、周囲から怒号に似た悲鳴が上がりました――

「―それから、あの土蔵には誰も触れておりません」
そう結んだ二川の唇は、白く乾き震えていた。

亜里の真っ黒な目がつうと細められる。
その唇は血のように紅く、未だ平然と笑みの形を保っていた。
共に二川の話を聞いた看守は、肌を粟立たせ立ち竦んでいる。
思わず自らの下腹部にも鈍痛を感じ、脂汗が浮かんでいた。

「それはそれは、大変な事…」
忌まわしい物を語った二川を気遣うような、柔らかく穏やかな声色で亜里はそっと囁いた。
二川は弾かれたように顔を上げ、救いを求める目で亜里を見つめる。
亜里は笑った。
「御依頼…お引き受け致します」

続く




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