人外と人間

アンドロイド×女の子 非エロ・主従・人造

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アンドロイド×女の子 高度なM様

「閉鎖モード。頭部のみに出力…それじゃ、あなたの正体を言ってみて」

「自律思考型アンドロイド試験体番号RK2311748、アシモフ。製作者エンヴィオーラ・K、完成年月日25XX年2月23日」

「異常なし。出力制限解除、全身起動」

「起動命令確認。声紋認証中……波形一致率99.89%。エンヴィオーラ・K本人と確認。起動を開始します」



「おはよう、アシモフ」

「おはようございます、エンヴィ」








 博士の研究室には机や椅子はない。
 さして広くない部屋の床はほぼ電子機器とコードで埋め尽くされ、その上にうず高く書類と本が積まれている。
白や茶の紙の束の間からところどころ、走り書きの書かれた色つきのメモが飛び出している。大抵は博士本人にしかわからない内容だ。
 開け放されたドアをノックして、ぼくは部屋の真ん中の少し開けたところに座り込んでいる博士に呼びかける。

「エンヴィ。ホットミルクをお持ちしました」
「……ん。ありがと」

 彼女は顔を上げずに答える。右手は絶えず端末に情報を打ち込み、左手は書類をめくっている。
モニタに顔を近づきすぎているせいで、もともと小さな背中がさらに小さく見える。ぼくは後ろに立ってモニタに映されたものを見る。あまりに見慣れた画像だった。

「また僕のデータですか」
「うん。やっぱりどこにも異常が見当たらなくて…あ、置いといて。あとちょっとだから」

 ぼくは彼女の言うちょっとを決して信じない。片手にマグカップを持ったまま、博士の肩を押さえる。彼女の顔が咎めるように僕のほうを向く。紙みたいに白い肌にクマが浮かんでいる。

「アシモフ」
「休んでください。あなたには休養が必要だ」
「大丈夫だよ、このくらい」
「昨日からずっとそうしてるじゃないですか。どうか根を詰めすぎないで、エンヴィ」

 博士は観念したように息をついて、肩の力を抜く。充血した大きな双眸が閉ざされる。やっと14歳の少女らしくなった顔に安堵しながら、ぼくは彼女の肩を確かめるように撫でる。




 三日前、初めて連れていかれた研究発表会でぼくが動作不良を起こしてから、彼女は躍起になってぼくの体を調べている。
いくら調べても、全身のどの部分にも、思考回路にも、何の異常も見つからない。今までぼくが不具合を出したことはそれまで一度もなかったこともあって、博士はひどく戸惑っていた。
 異常がなくて当たり前だ。稀代の天才である彼女が細心の注意を払って作り、手間を惜しまずに調整してきたぼくに、欠陥などあろうはずもない。
 彼女は、何も悪くないのだ。




「アシモフ、私は悔しいの」

 湯気を立てるミルクをちびちびとすすって、博士が言う。

「親バカって言われても、私、あなたほど優秀なアンドロイドは他にいないって断言できる。
 私の助手役なんかに収まってちゃだめ。あなたはもっと広い世界に認められるべきなんだから」

 時折彼女はこうやって思い出したようにぼくがいかに優れているかについて誇らしげに語る。自分自身に言い聞かせているようでもある。
 ぼくはそれに決まり切った答えを返す。

「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえて誇りに思います。
 でも、あなたの功績のために、次の会にはトラブルばかりのぼくより、他の機体を出したほうがいいと思います」
「いいえ。私はあなたと一緒に頑張るわ…待ってて、すぐ問題を解決してあげる。もう誰にもあなたのこと、ポンコツだなんて言わせないから」



 彼女はぼくを見て柔らかくほほ笑む。
 ぼくは何も言わずにその表情から目を逸らす。



 ミルクを飲み終えた後、糸が切れたように眠ってしまった博士をベッドに運んでから、ぼくはコンピュータで空調を調節する。それから、古めかしい家のあちこちを掃除して回る。

 季節はもう秋の終わりだ。夕刻にはまだ早い時間だが、窓から差し込む光は細長い。
 玄関先にわだかまった枯れ葉を掃いていると、一人の男が門に近づいてきた。

「こんにちは。エンヴィ…クリストフさんのお宅はここですか?」
「そうです。失礼ですが、どちら様ですか?」
「申し遅れました。僕はモーリスといって、彼女の大学の同僚で……」

 モーリスは途中で言葉を切って、しげしげとぼくを見る。しばらくして的を得たように、ああと呟いて、彼は言う。

「君がアシモフ君か。エンヴィから聞いてる……いや、一瞬お手伝いさんか何かかと思ったよ。よくできているね」

 ぼくは、眼鏡を直して愛想良く笑うモーリスの目を見る。とび色の瞳が家電やコンピュータを見るのと同じような視線を、ぼくに浴びせている。
 ぼくは敢えて無機的な表情を保ったまま言う。

「ありがとうございます。それで、どういったご用件でしょうか」
「あぁ、いや。今日、彼女と夕食をする約束をしていてね。だが早く来すぎてしまったかな」
「…生憎ですが、博士は今――」

 ぼくが言い終える間際に、玄関のドアが開く。跳ねるような勢いで出てきた博士が、モーリスに言う。

「ごめんなさい、アルフレッド! 私、うっかり居眠りを…すぐに支度するから、中で待っていてくれないかしら」
「ああ、別に構わないさ。ここで待つよ」
「いけないわ、こんなに寒いのに。さあ早く上がって……アシモフ、お茶をお願いできるかしら」
「わかりました、エンヴィ…」


 すぐ、と言った博士は、結局一時間以上過ぎてから降りてきた。
 その間、ぼくとモーリスはいくつかの会話を交わした。ぼくは相槌を打っていただけだったので、内容はよく覚えていない。


 マフラーを引っ張りながら何度も何度も謝る博士にモーリスは屈託なく笑って応じる。
 下ろした髪を褒めるモーリスに、博士ははにかみながら礼を言う。

「それじゃ、22時頃には戻ると思うから。もし遅くなったら、鍵をかけておいてね」

 ぼくは並んで歩く二人を見送る。その姿が門の前から下る坂の先に消えてから、家の中に引き返す。
乱暴にドアを閉める。目を閉じると、長身のモーリスの隣で、緩く巻かれた博士の髪が揺れる映像がちらついている。



 どのくらいそうしていたかわからない。照明も点けないまま、すっかり暗くなった家の玄関で、ぼくはドアの向こうからかすかな足音を聞く。
 二人分だ。話し声も聞こえる。ぼくは徐々に近づいてくるそれに聴覚センサーを集中する。

「送ってもらっちゃって、ごめんなさい」
「いやいや。今日はすばらしかったよ、エンヴィ」
「私こそ。素敵な時間をありがとう、アルフレッド」
「……さっきの話だけど…やっぱり、大学に戻ってきてくれる気はない、かな」
「ごめんなさい…私、今は…自分の研究に専念したいの」
「…また、彼か」

 モーリスが深々と溜息をつくのが聞こえる。

「研究に対する君の熱意は、よくわかるよ。けれど、学会でも、僕の前でも、彼は――あのアンドロイドは、全く感情の兆候を示さなかったじゃないか」
「いいえ。アシモフは私に感情を見せてくれたわ。表情だけじゃない感情の動きをね。彼は確かに生きた心を持ってるのよ」
「エンヴィオーラ。確かに君は天才だ。僕にはたどり着くことのできない領域にだって、君はやすやすと足を踏み入れてしまう。
 だけど、完全に自律した思考回路と人格を持つアンドロイドなんて、数世紀も昔の空想だよ」

 博士は何も言わない。 モーリスはもう一度息を吐いて、言う。

「…僕はいつでも君からの連絡を待っているよ。その才能は、こんなところに残しておくにはあまりに惜しい」
「……あなたは私を買被りすぎよ、アルフレッド…おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」



 一人分のゆっくりと足音が離れていく。 残された一人が動き出す。
 ぼくはすばやく扉から身を離して、静かに廊下を進む。突き当りにある研究室に滑り込む。
 廊下に明かりが灯る。小さな足音が迫る。

「アシモフ?アシモフ、どこ?」

 博士の声が聞こえる。ぼくは返事をしない。
 研究室のドアが開く。
 暗がりに立ち尽くしたまま、ぼくはぼんやりと目を見開いた博士の顔を見る。

「おかえりなさい。ずいぶん早かったんですね」
「え?ええ…さっきの解析結果の続き今日中に仕上げたかったから」

 博士は電気をつけて部屋の中に歩み入る。ぼくは反対に出て行こうとする。と、彼女に腕を掴まれる。

「待って。どこに行くの?」
「空調の起動ですよ。約6時間程停止していましたから」
「停止って……アシモフ、あなたどうしたの? どこか、具合が悪いの?」
「具合ですって? アンドロイドにそんな言葉をかけるなんて、ナンセンスだな」
「アシモフ」

 珍しくきつい口調で、博士がぼくを呼ぶ。 ぼくはわざと口元を歪めて、言う。

「別に、間違っていないでしょう。ぼくは機械でできてるんだから――それはあなたが一番よく…」

 強く体を曳かれて、ぼくは少し前のめりになる。そうしてやっと、ぼくより頭一つ小さい博士と視線が合う。
 怒っているというよりは悲しそうな目で、彼女はぼくを射抜く。
 その瞳がみるみる涙で潤っていく。

「どうして、自分のことをそんな風に、ただのモノみたいに言うの。あなたには心があるのに。痛みを感じるのに。どうして、自分の心を痛めるようなことを平気で言うの」
「エンヴィ」
「どうして…」

 俯いた博士の顔がぼくの胸に押しつけられる。冷え切ったぼくの体の上に、温かな滴が落ちていく。
 ぼくはしばらく空に手を彷徨わせてから、細い両肩に置く。 自分の指が彼女から熱を奪っていくのを感じながら、言う。

「ごめんなさい、ぼくが間違っていました。 だから、どうか泣かないでください」






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