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前編

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Bloody Princess リクエスト短編集

月河の冒険記

前編 後編

前編

 ふうっ、と口の端から紫煙を吐き出して、男は盤上の駒を流れるように動かした。
 燃えるような赤髪の男である。体にまとっている長衣も、どこか似合っている先の尖った帽子も、同じく赤い。眠そうに細めた目で己が勝利を確信しながら、『朱の魔道師』エースは口の端を吊り上げた。
「王手」
呟きと共に、目の前に座っている男の顔が歪む。
「あちゃー・・・そうきたか」
ぽりぽりと頭を掻いて、短めの金髪をしたその男がうなだれる。冒険者ギルド『月河』において、情報収集や依頼の請け負いなどを担当する男、ケンゴ。
「相変わらずエースさん強えや」
「将棋で僕に勝とうなんて十年早いよ?」
「ちぇっ」
ケンゴは軽く舌打ちして、大仰(おおぎょう)に肩をすくめた。
「エースさんが言うとイヤミに聞こえないから得だよなぁ」
「エースって、なんかそういうゲーム強いよねぇ」
呟いたのは、もう一つの声。エースの方から顔を覗かせた、目の大きな少女だった。
「そーゆージジ臭いやつ」
「クゥ」
いかにも意外、といった様子でエースがかぶりを振る。
「将棋は世界の認める知的ゲームだぞ。一概にジジ臭いなんて判断するな。しかも失敬だ」
 クゥと呼ばれた少女が、唇を尖らせてジト目で睨む。
「でもエースって、碁とか盆栽もやるじゃん」
「盆栽はあくまでも趣味の一環だ。それに碁だって知的ゲームだろ。表面的な事柄だけ見て本質を捉えないようじゃ、まだまだ魔道師としては二流だな」
「なんで碁と魔術が関係あるのよー」
 不満そうにわめくクゥ。それを軽く片手であしらうエース。いつも通りの光景。いつも通りの口論。
 ただ一つ――突如としてやってきた闖入者を除いては。
「エース」
音もなく気配もなく、その言葉は背後から突然かけられた。
「気配を殺して無音で近付き、背後から突然声をかけて相手が驚く様を見ては悦に入るサディストっぷり」
ふぅ、と軽く溜息を混じらせて。
「リオか。何の用だ?」
「なんでそんなに説明的なのかが気になるけどいいや」
リオも一つ溜息を混じらせる。
「頼みがあって来たの」
「ヤダ。お前の頼みなんてどうでもいい事か命が危うい事かどっちかに決まってる。絶対に聞かね――」
ちゃきっ、と首筋に当てられる大ぶりのサバイバルナイフ。
「――なんて言うわけないよね。何でもこの僕に頼んでみなさい、セニョリータ」
「うん、エースはいつも素直だから好き」
リオはとてつもなくいい笑顔で言った。
「こっちはいつも命が危ないけどね」
負けじとエースも爽やかな笑顔で返す。
「明日ね、ディスのご飯作ろうと思うの」
「そうかそうか、それは良いことだ」
 エースの脳裏に、冒険者ギルド『月河』ギルドマスター、ディスレイファンの先週の姿が浮かぶ。リオに「鍋だよ~」と言われ、鍋一杯の『砕いた土鍋』を昼食に取らされた姿。それを(驚くことに)完食したのち、口から血を吐き出しながら「斬新だなぁ」と呟いた彼の笑顔を、エースが忘れることはないだろう。もっとも、その後ぶっ倒れ丸二日寝込んでいたが。
「でね、材料が足りないから調達してきて」
「・・・高級食材はやめてください」
「大丈夫、お金はかからないから」
再び、リオは微笑んだ。
「ブネの肉がほしいの」
「・・・ブネの肉?」
 エースもさすがに、予想だにしていなかった答えに眉根を寄せる。
 ブネの肉。それはアグス国内においての三大美味の一つとされている食材だ。ザルトハの坑道という、元は鉱山だった場所に住まう魔物、ブネの肉である。
 霜降牛肉よりも柔らかでとろみがあり、それでいて味付けをせずとも確固たる甘味がある。焼こうが煮ようが、下手すれば生でも美味い。
 しかしブネの肉はそのものに強力な毒性があり、肉自体から毒抜きをすることは事実上不可能であるといわれている。一口食べただけでも摂取後3~4時間で幻覚作用、全身の麻痺、強烈な吐き気と激しい腹痛に襲われる。さらに致死量を摂取していれば呼吸困難が始まり、大体5~6時間で死に至る。美食家がブネの肉を食べるときには、『一口食べて解毒剤を飲み、三分経ってからまた食べる』というのが常識らしい。そのため一部の好事家以外には需要がなく、市場にも出回っていない。
「・・・なんでブネの肉を?」
「ディスに食わすから」
至極あっさりと、リオは言い放った。
「・・・解毒剤は持ってるのか?」
「持ってないよ。高いし」
殺す気だということもはっきりした。
 エースは何か言おうとしたが、あまりにもそれを隠そうとしていないため、逆に突っ込みどころを失ってしまっていた。まぁ、土鍋を食い切って生きていた男だ。きっと大丈夫。エースは必死で自分に言い聞かせた。
「・・・殺すなよ」
結局エースが折れるのであった。

 ザルトハの坑道。元は金の採掘のために掘られた道であり、奥に続く『ザルトハの金鉱』は大陸でも有数の金鉱であったと言われている。
 しかし現在は金の採掘そのものがなくなり、人の近寄らない廃鉱となっている。それというのも最大の原因が、『金が無制限に採掘できる』という点にある。
 ザルトハそのものに備わっている魔力のためか、それは知れない。しかし現実としてこの金鉱からは、金が際限なく採れる。それゆえに稀少性が失われ、価格は大暴落し、結果として金鉱そのものが無意味となった現状である。
 現在では馬車一杯に積んだ金塊を売り払っても、その日の夕食が食えるか否かという大暴落ぶりを見せている。それゆえに近付く者はほとんどおらず、数多くの魔物が棲む巣窟と化した。
「――と、そういう訳でザルトハの坑道に近付くのは、僕ら冒険者だけになったってこと」
 馬車の手綱を握り締め、エースが隣にいる少女へと語る。もともとクゥが「ザルトハの坑道ってなに?」と聞いてきたために話していたのだが――
「くー」
寝ていた。
「そこっ!」
びしっ、と脳天へチョップをかます。
「人に教えろと言って寝るな!」
「だってつまんないし」
「お前の正直なところは好きだが、時々ムカつくのは何故だ?」
 エースは溜息をついて、前髪をかき上げた。
「つーか、何でお前、クリさん連れてきてんだ?」
 クゥの膝の上。「にゃー」と無邪気な声で鳴く『月河』のペット、クリさん。
「だって可愛いし」
「一切理由になってないからな、それ」
 もう一度大きく嘆息して、エースは馬車の行く先を見る。遠くに見える、木で補強された洞穴の入口。魔物が待つザルトハの坑道はまるで、エースたちを歓迎しているかのように見えた。

「あーっ、やっと着いたぞ畜生」
手綱を引いて馬車を止め、エースが伸びをする。
「大体僕は頭脳労働専門なんだ、なんで馬車の御者なんてやらなきゃならないんだ全く・・・」
 ぶつぶつとぼやいてみるものの、横にいるのは手綱を引く力もない少女と、引く気もないネコだけである。それが尚更に鬱(うつ)を加速させ、また、今日何度目になるか分からない溜息をついた。
 馬車から降りて、クゥを降ろしてやる。そしてパーティを確認。『朱の魔道師』エースに従うは、年端もいかない寝ぼけた目の少女と無邪気なネコ。間違いなく、エース一人のほうがまだマシだった。
 とはいえ、それをクゥに言ったら泣き出すこと請け合いである。さらに馬車で留守番を命じても、勝手にどこかへ行ってしまう確率が高い。ならば足手まといだとしても連れて行くべきだろうか。とはいえ何かを守りながらの戦いは危険が高い。エース一人なら雑魚でしかない相手にも苦戦することがあるだろう。しかしクゥに一人歩きさせるよりはマシだ。よし、苦戦したとしても仕方ない。というか何で連れてきたんだ?(ここまでの思考0.1秒)
「ほら、行くぞクゥ」
クゥが大きくうなずく。そしてエースの衣の端を握り締めた。
 ザルトハの坑道へ入り、まず小さく呪文を唱える。廃鉱となったこの場所には明かりなど存在せず、自然と明かりが必須になる。エースが呪文を完成させると、その頭上にあかあかと燃える小さな火の玉が作られた。
 そして慎重に周囲を見回し、危険がないかを確かめる。そこまでの行為を無意識で行えるのも、やはり経験の産物であろう。
 ふと、少し離れたところで横たわる魔物に気がついた。
 下級のコボルトが数体。しかし異様なことに、刀傷や矢傷、魔術の痕などは一切存在しない。だがその四肢はほぼバラバラのような状態で、力任せに引きちぎられたかのようにも見える。
「うっわ・・・すっごい」
クゥが驚いた顔でコボルトを見やる。
「こんなのできる人いるの?」
「冒険者の仕業じゃない。こんな効率の悪い闘い方をする奴なんて、いないね」
 名の知れた『剣王』スカイラインや『月河』でもジェスタルといった、怪力の持ち主ならば可能にも思える。しかし冒険者に求められる資質は、強さではなく『いかに敵を効率よく倒すか』である。一切の武器を使わずして魔物を倒すのは、百害あって一利ない。
「間違いなくこれは、『ストレイ・ゴーレム』の仕業だろ」
 ストレイ・ゴーレム。それは、魔術師によって生成された魔法人形・ゴーレムが主を失ったというものである。
 もともとゴーレムは冒険者が、自己の安全や戦闘を容易にするために作り出されたものだ。これは目の前に敵――魔物を発見した際に、自動的に攻撃を行う性質を持つ。しかし自動的に攻撃を行うため、作戦を練ることが難しいというデメリットがあり、随分前からゴーレムの廃棄が目立つようになってきた。
 廃棄方法はゴーレムを生成した魔道師へ解体を依頼するのが、正規の方法である。しかしそれを怠ってどこかに捨てる冒険者が多いのだ。特にこのザルトハの坑道はストレイ・ゴーレムが多く、魔物とゴーレムの戦いが日夜繰り広げられていると聞く。
 だが基本的に、ゴーレムが人を襲うことはない。もともとは魔物を攻撃するためだけに作られた存在のため、ストレイ・ゴーレムとなっても人を襲うことはない。ゆえに冒険者と出会ったら、そのまま逃げるのが当たり前だ。
 とはいえ、エースには気になる点が一つだけあった。出立前に、ケンゴから言われた一言。「あれには、気をつけなよ」気にする必要はない。そう判断して、かぶりを振った。
「まぁ、ストレイ・ゴーレムがうろついてても問題ないだろ」
エースはあくびを噛み殺しながら、改めて坑道を進み始めた。
「さっさとブネを狩って帰るぞ。僕は眠いんだ」

 しばらく進み、丁度良く二体のブネを発見した。丸々と太った体に、凶悪に歪んだ顔。一般の冒険者にしてみれば、脅威の存在らしいが――
「さて、始めるかね」
手に持った妖魔の杖へ、魔力を集中させる。
「『蒼氷(そうひょう)の龍イセベルク』の力の片鱗」  ブネがこちらに気づき、動いた。顎が外れているのではないかと思うほどに口を開き、どす黒く淀(よど)んだ息を吐き出す。ブネの得意技でもある、毒のブレスだ。
 エースは詠唱を続けながら、防御結界を張ってブレスを防ぐ。
「我求むは全ての凍結。絶対零度の鏃(やじり)」
 防御結界がブレスを弾き、その間に詰め寄ったブネの爪をかわす。何故か防御結界は直接攻撃に対して効果がない。
「貫け、氷槍降矢<アイスアロウ>」
 奥側のブネの真上で、絶対零度が構築される。それは貫く矢となり槍となり、ブネの巨体に突き刺さって弾けた。ブネの断末魔と共に、もう一度杖へ魔力を込める。
「肉って、一匹でいいよな?」
誰にともなく投げかけた質問。
「いーんじゃない?」
何故か疑問系で、クゥが答えた。
 ブネの爪をもう一度かわす。
「『緋炎の龍ラスト・ドラゴン』の力の片鱗」
 手加減はしない。もう目的の肉は存在するし、クゥに格好良いところも見せたい(実はこっちが本音)。
 焼き尽くす――杖に炎が宿った。
「燃えよ焦熱。灼けよ熱砂。焼き尽くせ、双重炎獄<デュアル・ファイア>」
 妖魔の杖から炎がほとばしり、それは二つの火炎球となってブネに襲い掛かる。
 皮を裂き、肉を灼く悪臭が鼻をつく。ブネの体は炎に包まれ、そして力尽きた。
「うっし、仕事終了だ。さっさと帰るか」
 氷の矢を打ち込んだブネの屍に近付き、片手でそれを持ち上げ――ようとして、奇妙な気配に気づいた。
 少し離れた通路で、無機質に光る双眸(そうぼう)がエースを見つめていた。少しずつ近付いてくるのが分かる。
 歩くたびに、からからと乾いた木の音。ぎこちない足音。光に照らされて、その正体が知れた。
 明かりに浮かび上がる、緑の体躯。糸を失った操り人形のように、力なく垂れ下がった両腕。穴しかない不気味な顔立ちで、ソレは微笑んでみせた。
「ストレイ・ゴーレム・・・・」
 聞いたことがある。冒険者の前に恐れることなく現れ、死を与えるという緑色のストレイ・ゴーレム。
「冥府の――人形・・・・」
 それは、冒険者にとって死を意味する言葉。

      to be continued

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