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やんばるくいなの憂鬱

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やんばるくいなの憂鬱

 俺の名はやんばるくいな。アグス王国で最速にして、もっとも美しい馬だ。自意識過剰なのではなく、これは事実を淡々と述べているにすぎないね。
 そんな俺だから、皆優しくしてくれるし、主人のディスも俺を自慢に思っている。だろう。
 しかし、ただ一人だけ、俺に優しくない奴が居た。優しくないだけならまだしも、俺を何度も殺そうとした極悪人だ。
「食え、もっと食え、腹一杯張り裂けるまで食え」
 そう言いながら俺に三百四十六本の人参を無理やり食わせたのは、ディスの妹らしいリオ。魔術師の様ではあるが、異常に短いスカートを履いている。きっと露出狂なんだな、うん。
 そして今まさに、そのリオに三百四十七本目の人参を食わされそうになっているところだ。はっきり言おう。食えるかボケ。というか殺す気だな。そうなんだな。早くなんとかしないと、やばい。
 こうなったら仕方ない。殺される前に殺してしまおう。それしかない。そして死体は埋めてしまえば、ばれないはず。
「どうした? 人参食え、食わないならやんばるくいな馬刺しにして今晩ディスに食わす」
 とてつもなく嬉しそうにリオが言う。その笑顔はサディストのそれだ。もう食えないし馬刺しにもなりたくない。ならばやはり殺すしかないのだろう。
 膨れた腹のせいでなかなか動きが遅いが、俺はなんとかリオに尻を向けた。喰らえ。馬の後ろ足キック。
 しかしリオは俺のキックをひょい、っと回避した。ば、ばかな。俺のキックを避けるなんて。雑魚だと思っていたが、そうでもないらしい。これはピンチかもしれない。
 なぜかリオは「うふふふふふ〜」と笑いながらどこかへ行ってしまった。そのままあの世へ逝ってほしいというのが俺の本音だ。
 ともかく、リオは俺の後ろ足キックに恐れをなし、消えた。ふ、俺の勝ちだ。もう来るな。二度と来るな。頼むから来ないで下さい。
 と。俺の願いはわずか数分後にあっさり粉砕された。
 リオが大きなタライを持って現れた。なぜにタライなのか、考えるまでも、ない。
 リオはタライを振り上げ、俺の脳天直撃タライクラッシュを放った。痛いなんてもんじゃない。死ぬかと思った。
「いい音…もっかいね」
 俺は二発の脳天直撃タライクラッシュでぶっ倒れた。はっきり言おう。いっそ殺してくれ。もう馬刺しでも良い。あれ、おかしいな、涙が…。
「おいリオ、やんばるくいないじめるなよ」
 救世主、現る。我が主人にして大手ギルド月河のマスターにして覇王の階位『流星矢』のディスレイファン、通称ディスが俺を助けに来てくれた。嬉しくて、涙が…。
「いじめてない」
 あっさり嘘吐くな。
「人参やったら、うちの人参は食えないって言うからお仕置きしただけ」
 言ってない。そもそも俺は人間の言葉は喋れない。だって馬だし。
「まぁまぁ、やんばるくいなだって腹が減ってない時もあるだろ」
 さすが我が主人。優しい。なんて素晴らしい人だ。どうしてこんな素晴らしい人にこんな鬼みたいな妹がいるんだ。絶対、血、繋がってないだろ。
「せっかくエースに買わせた人参お買い得四百本セットが無駄になる。ディス、変わりに食え」
 自分で買ったんじゃないのかよ。しかも四百本のセットなんて売ってるのかよ。つーか何気にディスに食わそうとすんな。
「え、いや、生の人参はちょっと…」
 ディスが苦笑いしながら答えると、リオが泣き出した。俺には分かる、嘘泣きだ。間違いない。
「うえーん。うちの人参は食べれないのー。ディスなんかきらーい。しくしく」
 やっぱ嘘泣きだな。
 しかし人の良いディスは、嘘泣きを見抜けない。見抜いているかもしれないが、放っておけないのか。
 とにかく、ディスは「リオの人参は世界で一番美味しいな」と言いながら残りの人参を全て食べた。生で。がりがりと。そういえばディスは、リオに出された鍋一杯の砕いた土鍋を完食したとかしないとか。
 人参を平らげたディスを見て満足したのか、リオは「うふふふふ〜ん♪」と嬉しそうに笑いながらどこかへ行ってしまった。二度と戻ってきませんように。
「…ぐえぇええぇえぇえええ」
 ディスが吐いた。まぁ、しょうがない。そりゃ、吐くよね。人間が生の人参五十本以上食べたら。
 俺は優しく、ディスの頬を舐めてやった。これくらいしか、できることはない。だって馬だし。
「うぅ、やんばるくいな、お互い、辛いが、挫けずに生きていこうな…」
 ディスはその瞳に涙を浮かべていた。俺も、つられて泣いた。
 人間の言葉が喋れないのがもどかしいぜ。ディスを慰めてやりたいぜ。しかしできない。なんて、なんて、切ないんだ、俺。
「リオを、許してやってくれよ…」
 ディスはなんて良い人なんだろう。こんな目に合ってまで、リオを庇うなんて。人間の鑑だ。まさに物語の主人公にピッタリなタイプだ。それに比べてリオは、まるで悪魔だ。悪鬼だ。サディストでエゴイストだ。
 そんなことより。
 今こそはっきり言おうディス。愛してるぜ。ずっと前から愛してるぜ。
 だって俺、メスだし。

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