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ろじうらにて

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nightmareofmio

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すりらー・ないと




真っ赤な空が、俺を浮かび上げる。
そんなに見ないで、いや、見てほしいけど。でも、騒々しいのはもう沢山なんだ。
ぐずぐずに焦げた空は、見てるだけで不愉快。
赤なんてもう要らない。俺はやっと、望んだものを手に入れたのに。
全世界に知らしめてやりたい、見せびらかしたい気持ちもある。
でも、ほんとうは、たった一人に見てもらえるならそれで…構わないんだよ?
ねえ、翼。翼がいてくれるんなら、俺、ほんとうに何にも要らないんだよ?



「ここに居て、すぐに帰ってくるから」
狭い路地の壁に、背中から伸びた骨をぶつけて、翼は小さく舌打ちした。
飴は大人しく頷いて、唯一自由になる右腕で、翼の頬にそっと触れる。
「すぐに?」
「すぐに」
本当は、翼にはどこにも行ってほしくない。でも、翼の願いは、飴のためのもの。
飴もそれはわかっているけれど、やっぱり、翼にはそこに居てほしかった。
「…待ってる」

翼は、待つことの辛さをきっと知らない。知らなくてもいい。
その辛さを翼に知られることのほうが、飴にとっては、ずうっと辛い。
翼が小走りに赤い闇の彼方へ走り去っていく。飴は黙って、イチゴのキャンディを舐めた。
他にやることもない、誰も居ない。
あるのは倦怠感だけ。上がらない左腕、曲がらない両脚は、動くことを諦めて項垂れている。
棒つきキャンディは舐め尽くされて、しだいに形をなくしてきた。
まるでこの身体のようだ。
少しずつ剥がれ落ちて、いつか零に…零にならなくても、限りなく小さくなってしまう。
翼はそれを少しでも食い止めようとしてくれる。
この身体を、少しでも繋ぎとめようとしてくれる。
泣きたくなるほど、翼はやさしい。決して飴に、狩りの残虐な現場を見せようともしない。
翼の手は汚れていく。飴にはそれを見せまいとして、必死に洗い流す…


ほんのり薄赤い黒に染まった夜空には、歪で小さい月がぼんやりと漂っている。
月も。
月も食い尽くされて形をなくすけれど、月はずっと、そこにある。


甲高い鳴き声が、飴を引き戻す。
月と飴のあいだに、揺らめくように、何かが佇んでいた。
人間のような姿形をしているけれど、人間とは違う。
いや、もともとは人間だった、というべきなのか。その点では同類、か。
奇妙な好奇心に駆られて、飴はそれを見上げていた。
もしその生物がたとえ飴の命を狙いにやってきたとしても、飴はどうせ逃げられない。

不揃いな黄色い歯が、唾液に濡れて光っている。
腹を空かしているのだろうか、飴を、品定めでもするように見ていた。
よくもまあこんな、腐り落ちようとしている身体を食おうと思ったものだ。
腐りかけた肉は旨いとは言うが、腐りかけどころか完全に腐っているのだけれど。
奇妙な鳴き声を上げて、大きな口が開かれた。飴に、生温い唾液が降り注ぐ。
飴はまるでこれから起こることに期待するように、ゆっくり、開いた右目を閉じた。


びしゃっ、と、唾液よりも暖かいものが、飴を頭から濡らす。
目を開けると、目の前のそれは傾いで、どうっと倒れ伏すところだった。
路地の向こうに、青い燐光が見える。翼だ。
倒れた生物には、無数の礫の断片のようなものが食い込んでいる。
"りゅうせいぐん"を使ったのだろう。その破壊力は、翼の身体も焦がしてしまう。
翼は小走りに駆けてきた。死体を踏んづけていることには気付いていないようだ。
「飴!」
「おかえり、翼」
「怪我はしてないか、こわく、なかったか?」
慌ててつっかえながら、何度もそう尋ねるので、飴は思わず吹き出す。
「どっちも、してるのは翼のほうだ」
「…よかった」
飴を大切そうに抱き締めて、翼は目を閉じた。
翼の身体は"りゅうせいぐん"の反動で熱くなっていて、抱き締められるのはとても気持ちがいい。

「……ここも、危険だ」
翼はやっと足元の死体に気付いたらしい。睨みつけて蹴飛ばした。
「飴、すこし動けるか」
「だいじょうぶ」
飴を抱きかかえて立ち上がる。翼はまた骨の羽根を壁にぶつけたが、舌打ちはしなかった。
骨の羽根は、すこし皮が増えていた。
「たくさん話したいことがあるんだ…色々と」
ゆっくりと、飴に衝撃を与えないように、氷の上を歩くような速さで歩いて行く。
道は歪な月に照らされて、ほんのりと仄赤い。

「安全そうなところを見つけたんだ、飴を守ってくれる」
「翼がいっしょなら、どこだってかまわないけど」
翼も赤くなった。
「あと…変な人見た。見てるとすごくムカつくんだけど、知らない人」
「ふぅん…」
仄赤い道は、どこまでも続いている。けれど、途中からは全部夜の闇に覆われている。
飴は翼の肩越しに、来た道を見た。そこにも道はなかった。




問おう。
空へ上がるために、つばさ、はね、その類のものは必要か否か。
答えはどちらとも言えないだろう。では、また次に問おう。
道を歩くために、脚は必要か否か。
この答えは、先ほどの問いよりは簡単だろう?

答えは、キャンディの包み紙の裏にでも書いておくのが良いだろう。
忘れてしまわないように、ねえ。






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