神なんていなかった
ばさっ。
毛布を跳ね除けて飛び起きた。体中ぐっしょりと汗をかいている。
震えが止まらない。落ち着け。落ち着け。違う。死んでなんかない。
赤い糸の束、海面に注ぐ月光、とどかない指、落ちるひこうき、千切れる意識。
違うちがうちがう。頭を抱えて蹲る。波の音が響く港町、月の夜。
這いずるようにして毛布を抜け出して、空気を求めて外へ駆け出した。
震えが止まらない。落ち着け。落ち着け。違う。死んでなんかない。
赤い糸の束、海面に注ぐ月光、とどかない指、落ちるひこうき、千切れる意識。
違うちがうちがう。頭を抱えて蹲る。波の音が響く港町、月の夜。
這いずるようにして毛布を抜け出して、空気を求めて外へ駆け出した。
夜の海で、波は真っ黒い巨大なうねりになって防波堤に押し寄せる。
ぐるっと回って砂浜に下り、震える指でアークを一本摘まんで――ライターが無い。
ため息を吐いた。汗を含んだ髪を掻き揚げて、どうしようもなくしゃがみこむ。
「……≪03≫」
亡霊のように目の前にちらつく愛機の残骸。スクラップになったひこうき。
だから海が怖かったのか。そんなことも今更気付いた。ずっと忘れていた。
自分が何であるか、やっと、
ぐるっと回って砂浜に下り、震える指でアークを一本摘まんで――ライターが無い。
ため息を吐いた。汗を含んだ髪を掻き揚げて、どうしようもなくしゃがみこむ。
「……≪03≫」
亡霊のように目の前にちらつく愛機の残骸。スクラップになったひこうき。
だから海が怖かったのか。そんなことも今更気付いた。ずっと忘れていた。
自分が何であるか、やっと、
がちっ、と撃鉄を上げる音がした。
硬い感触が後頭部に当たる。振り向かなくてもわかる。左手を上げた。右腕は上がらない。
「No/03?」
「…ああ」
かつての名前。波の音だけが静かに響く、なんていいタイミングで。
名前を呼んだのは、若い女の声だ。
「No/05――凰羽。癖が直っていないな、はっきり判ったぞ、殺意」
彼女は笑った。
「ハナから貴方を殺すつもりで近づいたんだもの。ここ2ヶ月くらいずっと上空から監視してたのよ。
街がおかしくなったところで知ったことではないわ、私たちには」
「何の用だ?」
背中を、先ほどとは違う汗が伝う。
「言ったわよね、貴方を殺しにきたのよ。あの機体に関わった者を生かしてはおけないの」
ソラは黙って振り向いた。動いたソラを凰羽は睨みつけたけれど、ソラは拳銃に手を添える。
「そんなに震えた手で撃てるものか。人を撃つのは――」
言うなり鮮やかに凰羽の手から拳銃を奪い去り、目にも留まらぬほどの早業で立て続けに撃ち放つ。
あちこちで小さな悲鳴が上がった。凰羽は俯いたままそれを聞いている。
「こうするんだ」
弾を撃ちつくした銃を捨て、ソラは凰羽の頬に触れる。
「もう、本当のことを言ってもかまわない。」
硬い感触が後頭部に当たる。振り向かなくてもわかる。左手を上げた。右腕は上がらない。
「No/03?」
「…ああ」
かつての名前。波の音だけが静かに響く、なんていいタイミングで。
名前を呼んだのは、若い女の声だ。
「No/05――凰羽。癖が直っていないな、はっきり判ったぞ、殺意」
彼女は笑った。
「ハナから貴方を殺すつもりで近づいたんだもの。ここ2ヶ月くらいずっと上空から監視してたのよ。
街がおかしくなったところで知ったことではないわ、私たちには」
「何の用だ?」
背中を、先ほどとは違う汗が伝う。
「言ったわよね、貴方を殺しにきたのよ。あの機体に関わった者を生かしてはおけないの」
ソラは黙って振り向いた。動いたソラを凰羽は睨みつけたけれど、ソラは拳銃に手を添える。
「そんなに震えた手で撃てるものか。人を撃つのは――」
言うなり鮮やかに凰羽の手から拳銃を奪い去り、目にも留まらぬほどの早業で立て続けに撃ち放つ。
あちこちで小さな悲鳴が上がった。凰羽は俯いたままそれを聞いている。
「こうするんだ」
弾を撃ちつくした銃を捨て、ソラは凰羽の頬に触れる。
「もう、本当のことを言ってもかまわない。」
ソラを殺すためだけなら監視など悠長なことをしていないで、スナイパーを雇えばいい話である。
凰羽は泣きそうな目をしたけれど、気丈にも泣かずにソラを見た。
「…何度も捜したわ、貴方が堕ちた場所を…でも貴方は見つからなかった」
ソラは目を閉じる。
「病院の筋から、ミオに居ることがわかった。まさかジムリーダーのパートナーになっているなんて…
強引に連れ出せば警察沙汰、私は待ったわ、機会が訪れるまでずっと!
でもやっと見つけた貴方は、全部忘れていたのよ! こんな酷い話があって!?」
「……凰羽」
「同じ意味の名を名乗っていたから、気付かなかったのよ…あのジムリーダーがつけたの?」
「…ああ」
凰羽の白く細い指が、ソラの右腕に触れた。傷を辿るように。
「シエル、お願いがあるの。聞いてくれる?」
ああ、それは何時ぶりに聞いた名だろう。今となってはもう、彼女と自分以外知るはずも無い彼の名。
震えている、凰羽の細い肩。背中から生えた美しい銀翼。そっと抱きしめる。
凰羽は泣きそうな目をしたけれど、気丈にも泣かずにソラを見た。
「…何度も捜したわ、貴方が堕ちた場所を…でも貴方は見つからなかった」
ソラは目を閉じる。
「病院の筋から、ミオに居ることがわかった。まさかジムリーダーのパートナーになっているなんて…
強引に連れ出せば警察沙汰、私は待ったわ、機会が訪れるまでずっと!
でもやっと見つけた貴方は、全部忘れていたのよ! こんな酷い話があって!?」
「……凰羽」
「同じ意味の名を名乗っていたから、気付かなかったのよ…あのジムリーダーがつけたの?」
「…ああ」
凰羽の白く細い指が、ソラの右腕に触れた。傷を辿るように。
「シエル、お願いがあるの。聞いてくれる?」
ああ、それは何時ぶりに聞いた名だろう。今となってはもう、彼女と自分以外知るはずも無い彼の名。
震えている、凰羽の細い肩。背中から生えた美しい銀翼。そっと抱きしめる。
「私を組織から連れ出して」
「………」
「もう嫌よ! あんな汚い人間どもの狗で居るのはもう嫌ぁッ!!」
「…凰羽」
ソラの胸に縋りつくようにして悲鳴を上げる。
ソラは一瞬、ひどく苦しそうな顔をした。しかしそれはほんの一瞬のこと。
凰羽の腕を振り払うようにして、抱擁を逃れる。
「…シエル、」
「俺はもう、その名を捨てた身だ。先刻、監視は全員殺した。どこへなりと逃げるがいい。」
「シエル!」
「俺はソラだ。二度とその名で呼ぶな」
立ち尽くす凰羽を置いて、ソラは背を向けて歩き出す。
何も聞こえない。聞こえない振りをしろ。あの場所へ帰れば、もうここへは戻れない。
平穏の中で生きていくことに慣れてしまった今へは。
「……じゃあ、最後にひとつだけ…いい?」
「何だ」
「もう一度だけでいいから…私を恋人にしてくれる?」
ソラは無言で立ち止まった。凰羽も黙って彼に駆け寄る。
「………」
「もう嫌よ! あんな汚い人間どもの狗で居るのはもう嫌ぁッ!!」
「…凰羽」
ソラの胸に縋りつくようにして悲鳴を上げる。
ソラは一瞬、ひどく苦しそうな顔をした。しかしそれはほんの一瞬のこと。
凰羽の腕を振り払うようにして、抱擁を逃れる。
「…シエル、」
「俺はもう、その名を捨てた身だ。先刻、監視は全員殺した。どこへなりと逃げるがいい。」
「シエル!」
「俺はソラだ。二度とその名で呼ぶな」
立ち尽くす凰羽を置いて、ソラは背を向けて歩き出す。
何も聞こえない。聞こえない振りをしろ。あの場所へ帰れば、もうここへは戻れない。
平穏の中で生きていくことに慣れてしまった今へは。
「……じゃあ、最後にひとつだけ…いい?」
「何だ」
「もう一度だけでいいから…私を恋人にしてくれる?」
ソラは無言で立ち止まった。凰羽も黙って彼に駆け寄る。
わかっていたの あなたが私を連れ出してくれるはずがないことぐらい
でも期待してた まだ私を思ってくれているんじゃないかって
一度だけでいいの もう二度となんて求めないから
おんなはそれだけで生きていけるものだから
でも期待してた まだ私を思ってくれているんじゃないかって
一度だけでいいの もう二度となんて求めないから
おんなはそれだけで生きていけるものだから
だからあなたは帰って頂戴 あなたを恋した人のところへ
さようなら私のシエル 永遠にさようなら。