ぺーぱーぱれっと
地鳴りが盛大に辺りに響き渡った。岩が崩れる音、岩と岩がぶつかり合う音が、続けざまに聞こえる。
<グラードン>こと陸は、“じしん”を発動させるや否や、足元をすくわれたカイオーガ…刹に飛びかかる。刹は崩れた姿勢からも“れいとうビーム”を撃ったが、冷気を纏った光線は陸の髪を掠めただけ。ぱきん、という軽い音が耳元で聞こえた。
<グラードン>こと陸は、“じしん”を発動させるや否や、足元をすくわれたカイオーガ…刹に飛びかかる。刹は崩れた姿勢からも“れいとうビーム”を撃ったが、冷気を纏った光線は陸の髪を掠めただけ。ぱきん、という軽い音が耳元で聞こえた。
辺りには瓦礫がいっぱいに広がっている。どのくらいかは分からないけれど、随分長い時間戦っているような気がしないでもない。時を感じる暇があるなら、その余力すら戦いに回してしまいたい気分だ。
陸は口元をにぃと歪めて、地面に倒れた刹の喉元を狙う。その鋭い殺意に、刹は思わず反射的に鰭から“みずのはどう”を放った。一瞬の隙を見て陸の懐から逃げ出すと、刹はさっと周りに目をやる。ひび割れた地面、大量の瓦礫。ここでは戦いに支障が出てくるとでも感じたのだろうか。
ぐっと足に力を入れると、彼は大きくとんだ。宙を裂く青色を真っ直ぐ見据えた陸も後を追おうと、地面を跳ねる。
ぐっと足に力を入れると、彼は大きくとんだ。宙を裂く青色を真っ直ぐ見据えた陸も後を追おうと、地面を跳ねる。
*
しばらく走ってたどり着いたのは、何もない水平線の見えるだだっ広い荒れ地。だけど何もない方が彼にとっては戦いやすかった。障害物もどちらかを優位にするものもなければ、ただ相手だけを気にして戦える。
やがて背後から足音が聞こえてきた。ざくりざくりと砂を踏む音。
だが少し、違和感を感じた。
いつもなら有無を言わさず飛びかかってくる陸と、違う。
だが少し、違和感を感じた。
いつもなら有無を言わさず飛びかかってくる陸と、違う。
ゆっくり後ろを振り返った刹の心臓を、一太刀の刃が貫いた。
「ッ!!?」
「…死なないのか、やけに無防備だとは思ったが」
「…死なないのか、やけに無防備だとは思ったが」
やはり陸とは違う声。いくら死なないとは言え、流石に刹は息を呑んだ。心臓をこれ以上貫かれないように、刹は刃を力任せに引き抜く。
真っ直ぐ見据えた刃の持ち主は、茶緑の髪の青年だった。
真っ直ぐ見据えた刃の持ち主は、茶緑の髪の青年だった。
「………何の用だ」
「…俺を殺して貰えないか、と思ってな」
「俺は興味はない、帰れ」
「…俺を殺して貰えないか、と思ってな」
「俺は興味はない、帰れ」
そうか、と青年は少しだけ寂しげに呟く。再び顔をあげた彼の瞳は、陸と自分と同じ金色だった。だけど陸でないのなら、そこにいる意味はない。
刹が降り下ろした腕。地面が揺れる音の直後、泥を含んだ“だくりゅう”が二人に覆い被さった。大量の水は刹の青だけには触れずに、辺りの地面と青年に飛びかかる。
刹が降り下ろした腕。地面が揺れる音の直後、泥を含んだ“だくりゅう”が二人に覆い被さった。大量の水は刹の青だけには触れずに、辺りの地面と青年に飛びかかる。
神の力添えを得た濁流が、ただの<ポケモン>ごとき殺せない筈がない。刹はそう確信して背を向けた。だから、水の引いた地面に穴があいていたことにも気づかない。
目の前に再び緑色が現れて初めて、その眼を見開いた。青年のクリアな声は静かに鼓膜に突き刺さる。
目の前に再び緑色が現れて初めて、その眼を見開いた。青年のクリアな声は静かに鼓膜に突き刺さる。
「“リーフブレード”。」
…然れど刃は届かず。代わりに、鈍い打撲音と、砂の擦れるような音が聞こえた。
リーフブレードを避けようとした刹は、そのまま背を地面に預けていた。未だ見開かれた目が映していたのは、緑ではない、真っ赤な陸の姿。
リーフブレードを避けようとした刹は、そのまま背を地面に預けていた。未だ見開かれた目が映していたのは、緑ではない、真っ赤な陸の姿。
少し離れた所から青年のうめき声が聞こえる辺り、まだ陸は青年を殺してはいないようだった。
陸を動かしたのは獲物を狩るという本能だったのか、それとも、脳の奥底に眠る記憶だったのか。
陸を動かしたのは獲物を狩るという本能だったのか、それとも、脳の奥底に眠る記憶だったのか。
答えは、三日月型に歪んだ唇が教えてくれた。
*
自身の後頭部に手を当てた樹を、体を這い上がる寒気が襲った。この寒気が歓喜か嫌悪なのかは、いつも分からない。
ぬめりとした感覚。手に触れたのは紛れもない自分の血液。
ぞくぞくとした寒気の中で、樹はなおも考えた。
彼なら、彼等なら自分を殺してくれると。
ぬめりとした感覚。手に触れたのは紛れもない自分の血液。
ぞくぞくとした寒気の中で、樹はなおも考えた。
彼なら、彼等なら自分を殺してくれると。
樹はやがて立ち上がった。鋭い刃を握り直して足を踏み出す。
そして見えたのは樹に気付かない陸と、その下に倒れた刹の死体。
そして見えたのは樹に気付かない陸と、その下に倒れた刹の死体。
陸の横顔は、笑っていた。
*
喉元を引き裂かれ、胸を抉られ、内臓をぐちゃぐちゃにされた刹。青い綺麗だった髪の毛は、真っ赤な水に浸されていた。金と黒の混じっていた眼球は歪な形で地面に落ちている。
魂の無い、あとは朽ちていくだけの肉の塊。
漂う鉄の匂いが、一気に樹の記憶を引き出しにかかった。思わず膝をつき口元に手を当て、嫌悪感を全て吐き出す。死んでいるのは自分がさっき言葉を交わしたばかりの人間。どんな生物だろうと、生きている物とは思った以上に壊れやすい。
両腕の爪を真っ赤に濡らした陸は、やがて歓びを露にし始めた。喉の奥から洩れていた笑いはだんだん、はっきりとした笑いに変わっていく。
魂の無い、あとは朽ちていくだけの肉の塊。
漂う鉄の匂いが、一気に樹の記憶を引き出しにかかった。思わず膝をつき口元に手を当て、嫌悪感を全て吐き出す。死んでいるのは自分がさっき言葉を交わしたばかりの人間。どんな生物だろうと、生きている物とは思った以上に壊れやすい。
両腕の爪を真っ赤に濡らした陸は、やがて歓びを露にし始めた。喉の奥から洩れていた笑いはだんだん、はっきりとした笑いに変わっていく。
「…っあ、あっはははははは!!!!」
――殺した、殺した、ようやく殺せた!!!
ずっと探し追い求めていた強者。届きそうで届かない場所にいた存在をついに殺した。ついに、ついに!
ずっと探し追い求めていた強者。届きそうで届かない場所にいた存在をついに殺した。ついに、ついに!
しばらく余韻に浸っていた陸を、殺気が襲いかかる。だが樹が“でんこうせっか”で走り寄り突き立てようとした剣は、陸の硬質の肌に弾かれた。
ようやく樹の存在を思い出した陸は、ちらりと視界に樹の姿を入れる。…すぐに、彼の瞳は樹への興味を失った。
べったりと血のついた爪を一振りすると、陸はのそりと立ち上がる。そして臨戦態勢だった樹にはもう見向きもせずに、来た方角と真逆の方へ歩き始めていた。思わず、樹は彼を呼び止める。
ようやく樹の存在を思い出した陸は、ちらりと視界に樹の姿を入れる。…すぐに、彼の瞳は樹への興味を失った。
べったりと血のついた爪を一振りすると、陸はのそりと立ち上がる。そして臨戦態勢だった樹にはもう見向きもせずに、来た方角と真逆の方へ歩き始めていた。思わず、樹は彼を呼び止める。
「…っ、待てッ!」
声を聞いて振り返った陸の表情は、ひどくつまらなそうだった。しばらく樹と陸はお互い黙ったまま向かい合っていた。やがて先に言葉を発したのは、陸。
「……何、や」
「…お前もさっきのも、俺には見向きもしないんだな」
「………」
「俺が青い方を殺してたら、お前は俺を殺してくれたのか?」
「…お前もさっきのも、俺には見向きもしないんだな」
「………」
「俺が青い方を殺してたら、お前は俺を殺してくれたのか?」
「……お前に、カイオーガ、は、殺せない」
その言葉を掻き消すように、樹の足元で砂が爆ぜる。飛びかかった“リーフブレード”を陸は左腕だけで止めてみせた。確かに剣が皮膚を越え肉まで達した感覚はあるものの、陸の表情は全く変わらない。滴る血は、地面に吸い込まれるだけ。
容易く振り払われた剣の柄を再び強く強く握り締めても、陸の瞳は何処か遠くを見据えているようだった。
容易く振り払われた剣の柄を再び強く強く握り締めても、陸の瞳は何処か遠くを見据えているようだった。
「何で…何で殺してくれない…!」
やっと見つけた処刑人。鋭いギロチンも罪人に相応しい処刑台も揃っているのに。
その問いへの陸の答えは、直ぐに返ってきた。
その問いへの陸の答えは、直ぐに返ってきた。
「……弱、すぎる」
だから、倒しても意味がない。
「弱い、奴を…倒してる暇、は、ない……俺を…殺したい、なら、いくらでも…殺しにかかれば、ええ。…でも、俺は…先に……行く」
ギロチンの刃を容易く扱う処刑執行人。されど彼は死を覚悟した死刑囚に興味はなく、目一杯抵抗してくれる罪人を求めて出ていった。
刃の無いギロチンにかけられた首は、彼が帰ってくるまで跳ねない。他の刃は全部錆びてて、使い物にならないから。
刃の無いギロチンにかけられた首は、彼が帰ってくるまで跳ねない。他の刃は全部錆びてて、使い物にならないから。
樹は強く下唇を噛んだ。もう何も言わない樹を一人残して、陸は再び歩き出す。うわ言のように三日月の名を呼びながら。
そして、やがて陸は一声吼えた。
世界中に響くように。空まで届くように。大きく大きく。
ここにいるから、はやくでてこい。そんな、意味を込めて。
世界中に響くように。空まで届くように。大きく大きく。
ここにいるから、はやくでてこい。そんな、意味を込めて。
再び歩き出して、また一度だけ振り返った時、まだ樹はそこに居た。もう襲いかかっては来なかったが、その瞳は確かに陸の姿を捉えていた。