終末の子ども達
『こら、駄目だぞ一人で危ないところ行っちゃ!』
『リヒの髪は柔らかいねぇ。猫っ毛かい?』
『博士就任おめでとう、今日から君も一人前だ。』
『リヒの髪は柔らかいねぇ。猫っ毛かい?』
『博士就任おめでとう、今日から君も一人前だ。』
自他共に認める柔らかな髪を、ゆっくりとかきわけ進む指の感触。
わずかだけれどくすぐったい感触。梳くという感触。
他者が自分に触れるという感触。
一秒一秒が柔らかな記憶を呼び起こした。撫でてもらった記憶にはいつも、あの人の笑顔。
『――我々に一矢報いれるとでも思ってました?』
それは突然暗転して違う記憶に切り替わる。髪をひっつかまれ、地べたに押しつけられて。
『ほら、やっぱりそんな目をする。』
『私達の、駒となりなさい。』
『さぁ…御覧なさい。』
生まれた時、生まれた場、生まれた血、生まれた己を、呪う。
わずかだけれどくすぐったい感触。梳くという感触。
他者が自分に触れるという感触。
一秒一秒が柔らかな記憶を呼び起こした。撫でてもらった記憶にはいつも、あの人の笑顔。
『――我々に一矢報いれるとでも思ってました?』
それは突然暗転して違う記憶に切り替わる。髪をひっつかまれ、地べたに押しつけられて。
『ほら、やっぱりそんな目をする。』
『私達の、駒となりなさい。』
『さぁ…御覧なさい。』
生まれた時、生まれた場、生まれた血、生まれた己を、呪う。
貴方ガ罪ヲ犯シタカラ
貴方ノ血族ハ滅ビルノデス
「きみが、すきだから」
場違いに割り入った聞き慣れない言葉。
いやに明瞭に突き刺さった言葉。
意味が、わからない。もう一度言ってほしい。
そう、思った頃に落ちる水音。
いやに明瞭に突き刺さった言葉。
意味が、わからない。もう一度言ってほしい。
そう、思った頃に落ちる水音。
そして、転がる身体。
驚くような光景じゃない。のに。
身体がざわついて動けなかった。
身体がざわついて動けなかった。
「…安っぽい台詞。」
声がした。そちらを向くと瓦礫の上に腰かけた、つまらなそうな少女がいた。
だが目が合った瞬間表情が変わる。艶然と唇をつりあげて、猫のような瞳を悪戯っぽく向けた。
「すき、だなんて笑っちゃう。軽くて作りもので大量生産品。」
覚えてる。樹は少女を凝視した。桃色の髪もエメラルドの瞳も。
「そんな言葉だけ持ってのこのこ来たんだったら、ますます笑っちゃう。」
少女を指し示す単語が、樹の脳裏に浮かんだ。
だがそれは一瞬で形を変えて、一文字の漢字に変わる。
「…桃…。」
「そう呼ばないでって言ったじゃない。」
形のいい唇がつり上がる。
「"レティ"って呼んで?」
声がした。そちらを向くと瓦礫の上に腰かけた、つまらなそうな少女がいた。
だが目が合った瞬間表情が変わる。艶然と唇をつりあげて、猫のような瞳を悪戯っぽく向けた。
「すき、だなんて笑っちゃう。軽くて作りもので大量生産品。」
覚えてる。樹は少女を凝視した。桃色の髪もエメラルドの瞳も。
「そんな言葉だけ持ってのこのこ来たんだったら、ますます笑っちゃう。」
少女を指し示す単語が、樹の脳裏に浮かんだ。
だがそれは一瞬で形を変えて、一文字の漢字に変わる。
「…桃…。」
「そう呼ばないでって言ったじゃない。」
形のいい唇がつり上がる。
「"レティ"って呼んで?」
どくっ、と心臓が震える。桃は構わずくすくすと笑った。
「おかえりなさい、ジュプトルさん。無事に歯車は集まりました?」
透明なエメラルドがさらに透き通る。人形、じみた綺麗すぎる光を宿す。
「ずっとお待ち、してたんですよ。よかった、ちゃんと帰ってきてくれた。」
「桃…何言って…。」
「それとも、失敗して帰ってきちゃいました?ほんとにもう、ジュプトルさんはしっかりしてるようで抜けてるんだから。」
くすくすくすくすくすくすくす。笑いはどこか空虚だ。
愛らしく壊れた笑い声が、彼女の背景に暗黒の空を描きだす。
「でもね、もういいんです。もういいんですよ。」
笑い声が止んだ。
笑顔から悪戯っぽさも艶めかしさも消えた。彼女は指先を緩やかに持ち上げて、自分でキスをする。
「もう、いい?」
「だって、もう疲れたでしょう?」
キスをした右手を、樹へと差し出す。
露わになった微笑みは、聖女のように慈愛に満ちていた。
「わたしと、終わりましょう。」
「おかえりなさい、ジュプトルさん。無事に歯車は集まりました?」
透明なエメラルドがさらに透き通る。人形、じみた綺麗すぎる光を宿す。
「ずっとお待ち、してたんですよ。よかった、ちゃんと帰ってきてくれた。」
「桃…何言って…。」
「それとも、失敗して帰ってきちゃいました?ほんとにもう、ジュプトルさんはしっかりしてるようで抜けてるんだから。」
くすくすくすくすくすくすくす。笑いはどこか空虚だ。
愛らしく壊れた笑い声が、彼女の背景に暗黒の空を描きだす。
「でもね、もういいんです。もういいんですよ。」
笑い声が止んだ。
笑顔から悪戯っぽさも艶めかしさも消えた。彼女は指先を緩やかに持ち上げて、自分でキスをする。
「もう、いい?」
「だって、もう疲れたでしょう?」
キスをした右手を、樹へと差し出す。
露わになった微笑みは、聖女のように慈愛に満ちていた。
「わたしと、終わりましょう。」
呆然とする樹。桃は諭すように優しく説いた。
この手に5秒触れるだけでいいのだと。そうすれば樹も桃も安らかに眠れるのだと。
「貴方のために、今日のためにわたし、ちゃんと準備してきました。ひとりぼっちにはさせません。」
揺れるスカート。その裾についた、赤黒い染み。
「その途中であなたを見つけて、ずっと見てたわ。…もう疲れたでしょう?」
「……。」
「見ていられなかったわ…あなたは自ら、ぼろぼろになっていく。」
一瞬だけ桃は眉根を寄せて、悲しさをその目に映す。
けれどすぐさま瞬きをしてリセットした。再び笑顔が装着される。
「けど仕方ないわよね。わたしたち、そういう運命なの。」
明るい声だった。それこそ作りもののように明るい声だった。
「あの時代に生まれた瞬間からずっとそう。在るものは奪われていく。在るものは亡くしていく。そういう運命なの。信じたいものはみんな、消えてしまうの。」
消えていく。信じたいもの、信じていたもの。
ただいまと言える家、大切な家族、笑い合える友達、尊敬する師。
生きていた時代。生きている今。
光なんて、朝なんて。待っても来ないものは無いと同じ。
わたし達には与えられなかった。ただそれだけのこと。
この手に5秒触れるだけでいいのだと。そうすれば樹も桃も安らかに眠れるのだと。
「貴方のために、今日のためにわたし、ちゃんと準備してきました。ひとりぼっちにはさせません。」
揺れるスカート。その裾についた、赤黒い染み。
「その途中であなたを見つけて、ずっと見てたわ。…もう疲れたでしょう?」
「……。」
「見ていられなかったわ…あなたは自ら、ぼろぼろになっていく。」
一瞬だけ桃は眉根を寄せて、悲しさをその目に映す。
けれどすぐさま瞬きをしてリセットした。再び笑顔が装着される。
「けど仕方ないわよね。わたしたち、そういう運命なの。」
明るい声だった。それこそ作りもののように明るい声だった。
「あの時代に生まれた瞬間からずっとそう。在るものは奪われていく。在るものは亡くしていく。そういう運命なの。信じたいものはみんな、消えてしまうの。」
消えていく。信じたいもの、信じていたもの。
ただいまと言える家、大切な家族、笑い合える友達、尊敬する師。
生きていた時代。生きている今。
光なんて、朝なんて。待っても来ないものは無いと同じ。
わたし達には与えられなかった。ただそれだけのこと。
わたし達には、寝ても覚めても悪夢しかないの。
「…ね?そうでしょう?」
にこっ、と目を細めて微笑む桃。
答えは樹の表情を見れば明白だ。可哀想に、こんなに疲れきって。
浅い眠りでは悪夢を見る。目覚めればもっと悪夢を見る。
だから。わたしはもう何もいらなかった。あなただけ以外の何も何も。
さぁ、わたしの手を取って。深く深く、一緒に眠るために。
「"リヒルト"。」
桃はすぅと目を開いて、艶やかな表面に樹を映しだす。
名前に動じた樹を見て嬉しくなった。この名を知るのはあの女とマイヨール、そしてわたしだけ。
にこっ、と目を細めて微笑む桃。
答えは樹の表情を見れば明白だ。可哀想に、こんなに疲れきって。
浅い眠りでは悪夢を見る。目覚めればもっと悪夢を見る。
だから。わたしはもう何もいらなかった。あなただけ以外の何も何も。
さぁ、わたしの手を取って。深く深く、一緒に眠るために。
「"リヒルト"。」
桃はすぅと目を開いて、艶やかな表面に樹を映しだす。
名前に動じた樹を見て嬉しくなった。この名を知るのはあの女とマイヨール、そしてわたしだけ。
「わたしと、心中してください。」
一世一代の大告白。
樹は誘い込まれるように…そっと手を伸ばした。
樹は誘い込まれるように…そっと手を伸ばした。