宴がはじまる
そう、わたしは夢を、みていたんだ。
かすかに濡れた瞼とまだ蕩けたままの頭蓋と、何かを掴み損ねた冷えきった指先。
そっと目を開ける。そこには真っ白い世界が、広がっていた。
「…あれ?」
何度目を瞬いても、気が狂いそうなほどの純白がただただ在るばかり。
期待していた世界はどこにもない。見えるものも何もない。上も下も右も左もない。白に包まれて。
ぐずぐずと視覚を侵す白、白。途端に恐ろしくなって、心臓が喘いだ。
「…ここは…ここは、何処なんだッ…!」
そっと目を開ける。そこには真っ白い世界が、広がっていた。
「…あれ?」
何度目を瞬いても、気が狂いそうなほどの純白がただただ在るばかり。
期待していた世界はどこにもない。見えるものも何もない。上も下も右も左もない。白に包まれて。
ぐずぐずと視覚を侵す白、白。途端に恐ろしくなって、心臓が喘いだ。
「…ここは…ここは、何処なんだッ…!」
「あの男は言ったな、記憶は人だと――そうさ、その通り、それは正しい。」
ダークライは、楽しげに低い声で笑う。そして、唸り声を上げる影を撫でた。
ブツリ、ブツリ、途切れ途切れの言葉の屑。影はノイズを吐き出し続ける。
その様子を、翠が隣で興味深そうに見守っていた。
「御神」
「わかるかい、翠。お祭り騒ぎの後始末には、これが一番相応しいのさ」
「…後始末、ですか」
「これこそ終末に相応しい。私は実に愉快だよ」
影がごぼごぼと、唸りを一層激しくする。
ダークライは慈しむように、それらを暖かく抱きとめる。
「ご覧、翠。これがあの男が"ヒト"と呼んだものの成れの果てだよ」
影のひとつが、伸び上がって翠に喰らいつかんと飛び掛った。
翠は眉ひとつ動かさず"ドラゴンクロー"を放つ。しかし、高音の共鳴でそれは止まる。
『彼 女ニ 触れ ルな』
漆黒の刃が"ドラゴンクロー"を受け止めていた。呪詛のように吐き出される、禍々しい言葉を伴って。
ぎちぎちと鎬を削りあう爪と爪をそっと引き離して、ダークライは笑った。
「よしなさい、"焔"。翠は私の大切な子なのだから」
「御神、これは…」
「パレードさ。…さあ、翠。饗宴《カニバル》が始まるよ」
ダークライは、楽しげに低い声で笑う。そして、唸り声を上げる影を撫でた。
ブツリ、ブツリ、途切れ途切れの言葉の屑。影はノイズを吐き出し続ける。
その様子を、翠が隣で興味深そうに見守っていた。
「御神」
「わかるかい、翠。お祭り騒ぎの後始末には、これが一番相応しいのさ」
「…後始末、ですか」
「これこそ終末に相応しい。私は実に愉快だよ」
影がごぼごぼと、唸りを一層激しくする。
ダークライは慈しむように、それらを暖かく抱きとめる。
「ご覧、翠。これがあの男が"ヒト"と呼んだものの成れの果てだよ」
影のひとつが、伸び上がって翠に喰らいつかんと飛び掛った。
翠は眉ひとつ動かさず"ドラゴンクロー"を放つ。しかし、高音の共鳴でそれは止まる。
『彼 女ニ 触れ ルな』
漆黒の刃が"ドラゴンクロー"を受け止めていた。呪詛のように吐き出される、禍々しい言葉を伴って。
ぎちぎちと鎬を削りあう爪と爪をそっと引き離して、ダークライは笑った。
「よしなさい、"焔"。翠は私の大切な子なのだから」
「御神、これは…」
「パレードさ。…さあ、翠。饗宴《カニバル》が始まるよ」
背後で、何かがざわめく音を聴く。
冬は僅かばかりの期待をこめて振り向いたが、そこは相変わらずの純白の闇。
途方に暮れて立ち止まる。その足許が沈んだ。
「…え、」
驚いて目を遣れば、両足にがっちりと絡みついた黒い影。
ぎりぎりと音を立てて、冬を締め上げて行く。
冬は僅かばかりの期待をこめて振り向いたが、そこは相変わらずの純白の闇。
途方に暮れて立ち止まる。その足許が沈んだ。
「…え、」
驚いて目を遣れば、両足にがっちりと絡みついた黒い影。
ぎりぎりと音を立てて、冬を締め上げて行く。
「器が、必要でね」
しわがれた声が響いた。
いつの間にか、眩しいほどの黒がそこに広がっている。神が、笑う。
「姿を保てないんだ。彼らは所詮、記憶でしかないから」
「…やめろ」
「器はできるだけ頑丈で、脆いものがいい。そう、例えば」
影が一斉に吼えた。言葉にならない何か。何かでしかない音。不協和音。
「やめろッ!」
もがく冬をじりじりと引きずりこみながら、影はノイズだらけの呪いを紡ぐ。
『おいていかないで』『しにたくない』『ひとりはいや』『まもりたいのに』
冬の姿が完全に見えなくなって消えた。純白の世界は汚れることを知らないままそこに居る。
「たとえば、君のような。」
ダークライの声は、誰も居ない世界にすうっと溶け込んだ。
しわがれた声が響いた。
いつの間にか、眩しいほどの黒がそこに広がっている。神が、笑う。
「姿を保てないんだ。彼らは所詮、記憶でしかないから」
「…やめろ」
「器はできるだけ頑丈で、脆いものがいい。そう、例えば」
影が一斉に吼えた。言葉にならない何か。何かでしかない音。不協和音。
「やめろッ!」
もがく冬をじりじりと引きずりこみながら、影はノイズだらけの呪いを紡ぐ。
『おいていかないで』『しにたくない』『ひとりはいや』『まもりたいのに』
冬の姿が完全に見えなくなって消えた。純白の世界は汚れることを知らないままそこに居る。
「たとえば、君のような。」
ダークライの声は、誰も居ない世界にすうっと溶け込んだ。
「翠、おいで」
ひとつ結びにされた緑の長髪は、棚引くように揺れる。
「クレセリアに伝言を頼んでもいいかな?」
翠は頷く。その瞳は、絶対的に彼の神に酔っていた。
「なんなりと、御神」
「それでは、『宴の用意は整った、君を末席に招待しよう』と。」
「かしこまりました」
すぐさま使命を果たそうと駆け出した翠の後姿に、ダークライは付け加える。
「是非連れてきてくれ。例え瞳がガラス玉でも、彼女にこの祝祭を見せぬわけには行かん」
「…御意。」
ひとつ結びにされた緑の長髪は、棚引くように揺れる。
「クレセリアに伝言を頼んでもいいかな?」
翠は頷く。その瞳は、絶対的に彼の神に酔っていた。
「なんなりと、御神」
「それでは、『宴の用意は整った、君を末席に招待しよう』と。」
「かしこまりました」
すぐさま使命を果たそうと駆け出した翠の後姿に、ダークライは付け加える。
「是非連れてきてくれ。例え瞳がガラス玉でも、彼女にこの祝祭を見せぬわけには行かん」
「…御意。」
翠が消えた後、そこにはダークライと冬が残される。
冬の瞳は無感情。唇は無表情。纏わりつく闇たちが絶叫する。
「君たちはそうだね…翠の邪魔をさせないこと。頼んだよ」
冬の左目から、一筋、赤が流れ落ちた。
冬の瞳は無感情。唇は無表情。纏わりつく闇たちが絶叫する。
「君たちはそうだね…翠の邪魔をさせないこと。頼んだよ」
冬の左目から、一筋、赤が流れ落ちた。