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魔女と神様.5

最終更新:

mato4869

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魔女と神様.5




「貴様のそういうところが嫌いなんだ。」
それは、ハスキーな女性の声。
低くぱちぱちと弾けるような音もする。火の粉の、音?
「律しない力は腫瘍と同じだ。欲のままに膨れ上がる。」
「例え発端がどんな理由であろうと、」
「膨れ上がれば暴走するのみ。ただの悪しき化け物だ。」

「そう成った貴様を、隊長が喜ぶと思うか。」

「…そんなもの、構っていられないよ。」
返ってきたのは、男の声。
「"人"のままで守れるものなんか、なんにもないでしょ…?」





そこで栞は目が覚めた。意識が覚醒するにつれ頭がずきずき痛い。
瓦礫に叩きつけられた頭を起こすと、ぐわんと揺れて血が滴った。
(…油断したか。)
弱そうなミカルゲだと思ったら、まるで人が変わったように突然強くなった。
気を失っていたので事情はわからないが、少なくともあたりに気配はない。立ち去ったらしい。意外と運はあるようだ、自分。
(撤退…するか。)
このザマじゃ倒せるものも倒せない。帰れば大げさに心配してくるだろう翠が浮かんでげんなりしたが、仕方ない。
ゆっくり身体を起こして、ローブの埃を払った。それにしてもさっきの白昼夢はなんだったのだろう。これまで垣間見たものとは毛色が違っていた。
記憶か、それとも揺らいだ脳が作った夢か。
考えるとまた頭がずきっと痛んだ。足も折れているらしく動きが鈍い。溜息が重くなった。翠が見たらなんと言うか。

帰ろう。教会に。

…いつのまにか栞は教会へ"帰る"と言うようになった。もっぱら心の中でだが。
やむをえない時だけ行く場所、たまに寄る場所、からいつのまにこうなったのやら。そんなこと考えながらも足は慣れた帰路を行く。
こんなはずではなかったのだけれど。予定としては。私の命は私のもので、一人で生きて一人で死ぬ。そういう世界のはずだろう、此処は。
だけどもう真面目に考えることすら面倒くさくなってきたのだった。
蹴ろうが殴ろうが寄って来る神父を追い払うだけ労力の無駄。それにいい加減自分でも気付いていた。
さほど、悪くはないと思ってる。
…そこを自覚するのが一番、腹がたつけれど。

その思考が突然断たれた。視界をジャックする眩しい光によって。
次いでどぉんと大気を揺らす大きな音。雷か?だとしたら近い。電気に耐性はあるが栞は油断なく身構えた。
だがその憶測は的外れだったとすぐ気付く。
まもなくして、直火のように熱い熱風が吹き荒れたからだ。
「!!」
ばさぁっ、という轟音と共に渦巻き吹き荒れる風。栞は腕で顔を護るのに精いっぱいだった。ローブの端々がちりっと焼ける。
それが通りすぎると栞は折れた足も構わず全力で駆けた。今のはおそらく爆風だろう。それも大分遠ざかり威力の落ちた爆風。
その震源は、教会だ。
辿りついたそこは案の定、滅茶苦茶に砕かれ壊されていた。
大きくぶち抜かれほぼ何もなくなった入口。そこからは中の様子がよく見えた。教壇側にゆらりと立つグラードン、こちらに背を向けている刹、そして刹の腕に抱かれているのは。
「…!」
血塗れの、翠だった。
瞠った栞の目に映るのは刹へ振り下ろされる鉤爪。栞の判断は、早かった。

かきんっ
即座に刹を掴み、後ろへと放り投げ、その爪を受けた。

「目を開けて。」
敵を前に目を閉じれば死ぬだけだ。栞の後ろで刹が息を呑んだ。
「お前、出てたんじゃ、」
「…早く神父を連れて、遠くへ。」
ちら、とわずかに後ろを見て翠を伺う。酷い傷、酷い出血だ。呼吸も浅く速い。けど。
「あるいはまだ、生きているかも。」
だとしたら逃げるしかない。次またあの熱風がきたら翠はおしまいだ。
言葉は届いたようだ。若干躊躇う間はあったが、すぐに靴音が遠くへと駆けていく。
行ったか、とわずかに栞は安堵した。改めて眼前を睨む。
グラードン…陸は、金の瞳を光らせた。
「…じゃま……や。」
「そう思うなら、退けてみろ。」
かぁんと十字架をぶん回して『アイアンテール』。陸は頭を動かすだけで軽く避ける。その隙に栞は入口を塞ぐようにして距離を取った。舌打ちした陸はぎろりと睨んで『げんしのちから』を栞へ放つ。
同じ手は二度食らわない。虫が羽ばたくような速さで栞の姿がぶれ始めた。1秒とかからず栞の姿が4、5人分になる。『げんしのちから』は『かげぶんしん』をすりぬけて壁へと当たった。
さらに全員が『でんじふゆう』で宙に浮く。これで地面の技は当たらない。
あの時は仕留められなかったが、今度は違う。栞は部屋の中央にそびえ立つ陸を睨んだ。ぎらぎらと銀に光る陸の爪。それが緩やかに持ちあがり、栞は身構えた。
来るか、『熱風』。
二人を逃がして正解だった。あれほどの熱風を起こせるのはこのグラードンぐらいしかいないだろう。二人がこいつから遠ざかれば熱風を受けなくて済む。
しかし覚悟した風は来なかった。その爪に裂かれた栞の分身が、あっけなく散っただけだった。
「おまえやない…。」
静かに、火が燻ぶるような声。
「おまえは…よわい…。あいつを…殺らな。」
再び振られた鉤爪が、分身の群を薙ぎ払った。
混ざっていた栞もろとも弾き飛ばし、がら空きになった入口から陸は飛びだす。
「! 待ちなさい!!」
慌てて栞もその後を追う。とっさでつい『でんじは』を放った。青い火花は装甲に容易く弾かれる。陸は蚊が止まった程にも感じず、刹と翠が逃げて行った方へ追いかけていた。
栞など視界にも入っていない。
完全に背を向けた陸に、栞の心は黒く燃えた。

刹と翠に向けたあの爆風を、栞には向けもせず。
鉤爪で邪魔そうにあしらっただけで、あちらへと食らいつかんとする。
巫山戯るな。私を舐めるな。この時栞からは刹と翠を気遣う心など失せ。ばきばきと十字架が氷を纏う。
どす黒い怒りだけを抱いて、『でんこうせっか』で陸へと駆けた。

貴様を 殺してやる。

ずぐっ、と『こおりのキバ』が背中に突き立った。






ぼたぼたっ、と陸が血を吐いていた。
その膝がゆっくりと折れ、上体が揺らぎ、どさりと地面に落ちる。
氷と血に塗れたグラードンは、その巨体を伏した。
「…ふ、」
殺した。あの時やられたグラードンを、この手で。
勝ったのだ。倒したのだ。殺したのだ。私ヲ馬鹿ニスル輩ヲ。
ふふっ、とひきつった笑い声を零していることに栞は気付かなかった。死んだ。死んだ。死んだ。その優越感に囚われていた。
化け物は皆死ねばいいのだ。化け物は排除されるべきなのだ。
化け物じみた笑みを浮かべて、とどめの一撃を振りおろす。

『律しない力は腫瘍と同じだ。』

夢で見た声が響き、
空気の温度が、跳ね上がった。

「え…?」
急速に熱された空気が地から空へと舞いあがる。金髪がローブがその風にたなびいた。やがて風は栞を空へ吹き飛ばしそうな程強くなる。
髪先やローブの端がちりちりと焼けた。陸に根を張っていた氷が水蒸気と化していく。氷の溶けた陸はゆっくりと身体を起こした。
だがもはやそれには構えなかった。身体を起こした陸が、ざりざりと歩き去っていく姿が見えても。
理屈抜きで思い知らされた。
陸の追うべき敵が栞ではないように。
栞の追うべき敵は、陸ではなかったのだったと。

『例え発端がどんな理由であろうと、』
陸には作れない熱風を吹かせ
『膨れ上がれば暴走するのみ。』
翠達を荒らした爪を光らせ
『ただの悪しき化け物だ。』
石畳を炭とした炎をその手に遊ばせる。

栞が本当に始末しなければならないのは。
人ともポケモンとももはや呼べない、狂いきった火竜だった。



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