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黒茨の手枷

最終更新:

mato4869

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黒茨の手枷


(一応、一日くらいは迷ってみたんですがね。)
あんな言われ方をして我慢が出来る程大人ではなくて。
きっと風も冥がそうだとわかっている。
それでもああとしか言えない、不器用な人。そんなところが愛おしかった。

丁度、目の前の男のように。

(成程。)
これは風が警戒したのも頷けた。
そうですね、風。確かに私は出会いたての貴方に言いました。
貴方は私の知る人に似ていると。
冥はどこか泣きそうな、諦めたような目で微笑した。
赤い瞳に映るのは紛れもない。否定のしようもない。
リヒルト・シュテンバーグその人だった。

「…マイヨール…か?」
少し震えた声が忌まわしい名を呼んだ。
冥は応えられない。その名前は冥にとって、死の象徴。
代わりに冥は一瞬で間合いを詰めた。至近距離で目が合う瞬間、冥の口端が釣り上がる。
『サイコキネシス』。樹の身体はふわりと持ち上げられ、頭から地面に叩きつけられた。
「ッが!!」
勢いよく叩きつけられた身体は反動で跳ねあがる。それを無理矢理抑え込むように、冥は胸元を思いきり踏みつけた。
瞳孔の開いた、金の瞳。対照的に赤の瞳は、ゆっくりと細まった。
「何しに来たんです?」
今でも吐きだせる冷たい声色に、内心吐き気がした。
「殺されにきた…と判断してよろしいですね。ぬけぬけと私に姿を見せるのですから。」
吐き気を押し殺すように、足に力を込める。
「女王陛下<ディアルガ様>の命は…未だ続いているんですよ?」

嗚呼、嗚呼、嗚呼。
こんな自分は、おしまいにしたはずなのに。
どうして呼び起こそうとするのだろう。廃墟という羊水から桃が樹が引きずり出す。
お前たちはもう現われるな。お前たちがいるから『ルワーレ』が表に出る。
私は『ルワーレ』じゃない。『ルワーレ』なんていらない。
私は、『冥』のままでいたいんだ!

…これで最後、これで最後だから。どこかで自分をなだめる声がした。
今の私は彼を追い払うためだけの、最後の『ルワーレ』。
近付けば殺すと脅しておけば、彼は逃げ続けるだろう。今までのように。
「…そうか。」
ぽつり、樹が呟いた。
「そうだな、やっぱり、お前しか、いない。」
気がつくと樹は一切冥に怯えてない。それどころか穏やかな微笑さえ浮かんでいる。
腕を、樹は伸ばした。
差し伸べるように、救いを求めるように、樹は冥へとまっすぐ、腕を伸ばした。

「マイヨール、俺を断罪してくれ。」

頭の理解が追いつかなかった。冥は固まったまま樹を見る。
「…何、ですって?断罪?」
「そう。俺の罪を誰よりも知ってるのは、お前だから。」
大陸中の罪なき同胞を死に追いやった瞬間。
確かに冥は立ち会わせていたけれど。
「全部、思い出した。思い出したってことは、忘れていた。忘れて、全部忘れて楽になろうとしたんだ。逃げていたんだ。酷い、話だ。」
今更ながら、彼の全身にこびりつく黒い血痕が目に入る。
「だから、逃げていた時に得たものを全部返した。捨てた。殺した。大事な人も。…それでも駄目だった。新しい罪をひとつ生んだだけ。」
わかるだろ?樹が笑う。血のように赤い冥の瞳を、今の樹は恐れない。
「殺してくれようとした人がいた。その手をとればちゃんと死刑を受けられた。それも、駄目だった。俺はどうしてか、逃げた。」
死刑を、桃の手を拒絶した樹の手は
今、まっすぐに冥へと向けられている。

「マイヨール…俺はお前の"駒"、だよな。」
駒は持ち主の所有物。そう、自殺できない本当の理由は深く植え付けられた従属。
日なたから影へ連れてこられたあの日から。元の場所を粉々に砕かれたあの日から。
樹が立てる場所は、瓦礫の塔しかない。
泣きそうに笑う樹は、さっきの冥の顔と似ていた。
「俺はお前の手じゃないと、死ねないんだ。」



『これで、最後。』
さっきまで冥を宥めていた声が、音もなく崩れていった。
赤い瞳孔がゆっくりと開く。冥は遅まきながら思い知った。樹は、ジュプトルは、リヒルト・シュテンバーグは、決して自分を解放しないだろう。
『ルワーレ』は、あまりにも人の生きる道を歪めすぎた。
今更後悔する気はないけれど。生きる為の選択だと今でも言えるけれど。少なくとも。
最後どころではない。生み出した業がひとつでも在る限り、それはいつまでも影のようにつきまとう。影がその名を呼ぶ限り、『ルワーレ』はいなくならない。『冥』ではいられない。
ひとつでも、在る限り。

消えたとしたら。
気がつくと髪先から紫色の火花が散り、樹の首へと絡まっていた…。



どんっ!
どこからか飛んできた衝撃が、火花を丸ごと吹き飛ばした。
とっさに二人は飛び退る。どんっ、どんっ!尚も降り注ぐ攻撃を二人は避け続けた。
地面に着弾してしぶきとなる、水でできたリング。
それを見て、少しだけ目を瞠ってから、樹は小さく微笑んだ。
「…今日は撤退、するか。」
ふわり、なびいたポニーテールが冥の頬をかすめる。振り向いた頃には声しか残っていなかった。
「―――またな。」
あれだけの血を浴びていた男の声は、この後に及んであどけなかった。

全て聞いていた静葉は、物影から出ることすらできなかった。
過呼吸な呼吸。未だ寒い背筋。とっさに二人を止めてはしまったけれど。
(……樹…さん。)
今はまだ、彼にかける言葉すら見つからない。



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