アットウィキロゴ
澪街悪夢Wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

澪街悪夢Wiki

きそくてきすきまかぜ

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

きそくてきすきまかぜ


気を緩めたら、そのまま何もかもが全てが崩れてしまいそうだった。
だからただただ自分を保つのに必死で、差し出された手が誰の物か分からなくても、縋るようにその手を掴んだ。


手をこちらに伸ばした彼の顔は、緑色の髪で隠れてしまっていた。



とある廃屋の陰で、彼は目を覚ました。崩れかけた石壁にもたれかかれながら、ゆっくりと瞼を開く。
彼は自分が生きているということを把握するのと同時に、行かなければならない場所があったことをも思い出す。けれど身体は、思ったようには動かなかった。
自分の手を持ち上げ、胸の前でゆっくり開いたり閉じたり。自分が無傷であることの確認しかできない。ため息をついた。

このまま少しだけ、眠ってしまおうか。そう思い始めた頃。
辺りの空気がふわり、と、揺れた。
顔をわずかに上げ、黒の混じった金の目で彼を見上げた。
黒と白が、ふわりと揺れる。

「おはよう、翠」
「…御神」

優しく、誰よりも優しく、ダークライは微笑む。翠は思わず立ち上がろうとするが、足に力が入らない。壁を頼りにようやく立ち上がると、翠は途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

「…御神、……申し訳ありません。こんな、無様な結果に」
「良いんだよ、翠。君が気に病まなくても良い」
「ですが…」
「それに、それよりも気になることがあってね」

翠の心がざわりと揺れる。気になることですか?と尋ねた彼の唇はもう、すっかり乾いてしまっていた。
ダークライの手がそっと、翠の頬に触れる。翠はわずかに震える声で尋ねた。

「…御神、私のこと、ですか」
「あぁ、そうだ。けれど、それが本当に君の言う“私”のことかはわからないけれど」
「…どういう」

「……君のことをまだ、“翠”と呼んでいても良いのかな、ということだよ」


一陣の風が二人の間を抜ける。
翠は何も答えなかった。
少し驚いたように目を開いて、その目を僅かに泳がせてたが、やがて諦めたように一度目を閉じて息を吐く。次にその目を開いたときには、翠はまっすぐにダークライの瞳を見つめていた。ダークライの手を柔らかく顔から離しながら、へにゃりと力の抜けた笑みを彼は浮かべる。
それはいつかの、どこかの“空瑚”のそれと、同じものだった。

「やっぱり気付きますよね、貴方なら」
「曲がりなりにも、翠やみんなにこの世界の神だと呼ばれている存在だからね」
「ふふ、流石です――御神」
「…けれど、私は君たちの深層まで全てを支配している訳じゃあない。全ての答えを私が知る由もない。だから聞いてみたいのさ。答え合わせに、ね」

ダークライの言葉にううんと翠は困ったように声を出した。言葉選びに迷いながら、けれども翠は少しずつ答えていく。


「…正直に言えば、私にも分からないんです。ここにいる私は確かに“翠”の意思を持ちながら、“空瑚”の記憶も持っている。けれど、果たして“翠”が“空瑚”を喰らってしまったのか、“空瑚”が“翠”を呑み込んでしまったのか――翠と名付けられた身体の中にいる私が誰なのか、私にも分からない」

酷い笑い話ですよね。
そう言って翠は、自嘲気味に笑ってみせた。

「翠を生み出した“空瑚”が“翠”を否定し、殺そうとした。その拒絶から救われた“翠”が漸く自分の意志で貴方を守ろうとしたのに、今度は翠が自らを見失ってしまった。
御神。……今、多分、翠の中にあるのは“翠”と“空瑚”、二人分の記憶と二人分の願いだけです。
誰かを『救いたい』、…貴方を『守りたい』」

ですから、と。翠は目の前の彼を呼んだ。
かつて翠と名付けられた神父は神に向かって跪き、その頭を垂れる。顔を上げることなく翠は、続けて言った。


「――私は、かつて貴方に二度も願いを叶えていただきました。その上このようなことを言うのは厚かましいと、承知しています。
ですが御神、どうぞ私のことは〈翠〉と、そうお呼び下さい。そして貴方さえ良ければ、どうぞ私をお側に置いて下さい。
二人分の願いを経て生まれた私にはもはや、貴方が愛するこの世界に生きる者を救い、私が愛した貴方をお守りすることしか出来ません。」

それは願いを叫んだ魂の名ではなく、願いを叶えるための肉体の名前。
願いと過去を背負った翠が、顔を上げて神を見上げる。
翠が浮かべたのは、笑顔。


「御神。どうぞ私に、貴方を守らせて下さい」




ざり、と砂が音を立てた。クレセリアは立ち止まり、風が吹いてきた方向を振り返る。


…かぜ。そら。くも。
それはきっとあなただけのもの。
だとすれば。

「……翠、あなたは」


それから、何かを言わんと口をわずかに開いたが、すぐに噤む。
進むべき方向に再び顔を向けると、彼女は地面を力強く蹴り出した。

空の色は今日も、赤い。






タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
人気記事ランキング
ウィキ募集バナー