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あっちこっち、わたしあなた

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あっちこっち、わたしあなた


「…おい、本当にこっちで合ってるのか?」
「大丈夫ですよぅ、さっき親切な方が教えてくれたじゃないですか。『黒い大きな耳の男なら向こうの建物に住んでる』って」

長い髪を揺らして神父はこちらを向いた。刹はその呑気な声に、思わず呆れたようなため息をつく。

「…『何人かの人間と一緒に』、な。……アンタ、そいつらが敵だったらどうする気だ」
「その時はその時。だってもしかしたら味方かも知れないでしょう?」

にこにこと、本当に上機嫌そうに神父は笑い、十数メートル先の小さな建物を指差した。


最初は崩れた建物の並ぶ道を歩いていた。だがだんだん歩き続けていくうちに、建物は少なくなっていく。ぽつりぽつりと佇む建物の中には、ほとんど完全な状態で残っているものもいくつかあった。だが、人の気配はほとんどなかった。
少し先に見える小さな建物を目指して、翠は弾むような足取りで、刹はその後ろをゆっくりと歩く。

「とりあえず、カルロが怪我とかしてないと良いですけど…」
「どうだろうな」
「冷たい!海淵冷たい!」

自分がうっとうしがられていると分かっているのかいないのか。先を歩いていた翠は不満げに頬を膨らませながら、刹の隣に並んだ。刹はすぐさま翠から横数十センチ離れる。
翠はまたその距離を縮め、刹が離れ、近寄り、離れ、

「…海淵冷たい」
近寄った。

「……俺は刹だ、大体良いか、俺は別にアンタの為に…」

ん?と翠は首を傾げる。その顔は何を期待しているのか、わくわくしたような顔。刹は大きくため息をついて額に手を当てた。気のせいか、頭が痛い…。

「なんですか?」
「いや…もういい………おい、あれ」
「はい?」

「……!」

刹は何かに気づくと、十数メートル先の廃屋を指差す。その白い指の先に見えたのは人影。
『くろいおおきなみみのおとこ』。

「カルロ!」

大きな耳、小さな眼鏡、黒い髪、そして赤い瞳。
次の瞬間、花を飛ばさん勢いで翠は嬉しそうな顔をする。頬を赤らめながら、翠はカルロと呼んだ男に駆け寄った。
だが男は震える声で、翠に言った。男の影は、ゆらりと揺れる。

「…こっち…来ないで」
「……カルロ?」

その態度をさすがに不審に思ったのか、数十センチ手前で翠は歩を止めた。少し困ったような顔をしながら右手を伸ばして、俯き加減な彼の頬に触れようとする。
それに気付いた男は、ひっと小さな悲鳴をあげた。思わず翠の手もすくむ。

「…カルロ、どうしたんだ?私だ、空瑚だよ」
「……や、だ」
「……カルロ、覚えてない…のか?」
「……こ、ない…で…」

翠が言葉を重ねれば重ねるほど、男は一層怯え出す。長い前髪の隙間から見えた紅い瞳には、うっすらと涙すら浮かんでいた。その瞳からは、恐怖しか窺えない。

「…カルロ…」

彼は悪夢に何を願ったのだろうか。
いつもより小さく見えるカルロを、翠は優しく抱き締めてやりたい衝動にかられた。でもきっと今の彼にそんなことをしたって、より怯えてしまうだけだろう。

――彼は今、カルロではない。……そうだ、クレセリアに教えて貰った彼の名。

「……紅?」
「……!」
「ゆっくりで良いから、ね?
…また迎えに来るから、その時一緒に帰ろう。約束。」
「…やだ、帰りたく、ない…」

突然、癇癪を起こした子供のように、紅は首を振った。そんな紅に、翠は優しく微笑みかける。こんな世界にも、彼の支えとなってくれた人はいてくれたのだ、と感謝しながら。

「大丈夫、紅も私も、皆と一緒に帰るんだよ。皆ちゃんと、傍にいる」
「…みんな?」
「みんな」


「…あれ、紅ー?紅どこー?」

後ろの廃屋の中から、紅を呼ぶ声が聞こえた。ぴくんと大きな耳が揺れたかと思うと、紅はくるりと体を翻す。ドアの前に立って少しだけこちらの様子を窺ってから、ゆっくり中へと入っていった。その姿を最後まで見てから、翠はぽつりと洩らす。

「…なにあれかわいい」
「死ね」

ゆっくりと歩を進めていた刹がようやく、翠の隣に並んだ。翠はもう一度、廃屋にざっと目をやる。
こちらからは中の様子を見ることはできない。だが時折、先程紅を呼んだ男性の声や、別の声も僅かに聞こえてきた。

「……みんな、ですか」

翠は少し前までそこにいた友人の、すがるように発せられた言葉を繰り返す。

きっと彼の一緒にいたい『みんな』とは、この小さな家の住居人のことなのだろう。自分たちではない、恐らくは自分の知らない人。

「…どうする」
「とりあえず、教会に帰りましょうか…カルロは今のところは安全みたいですし、もしかしたらクレセリアと合流出来るかも」
「……またあのおっかない女に会うの「さぁ、いきましょうか海淵!」

意気揚々と、翠は来た道を引き返す。とりあえずはカルロの安全を確認することも出来たからか、来たときよりも幾分緊張は取り除かれていた。
刹も足を一歩踏み出し、やがて翠の数歩分後ろを歩き出す。

「海淵お腹空きませんかー、大丈夫ですかー?」
「……」
「あっもしかして眠かったりします?すいません気づかなくて」
「……もう、黙れ」

*


「おかえりなさい、紅。大丈夫でした?」

家の中に帰ると、冥が早速声をかけてくれた。どう答えようかと迷ってから、紅は一言で答える。

「…よく分かんない人…たち?がいた」
「何だ、宗教勧誘か何かのだった?だったら俺が行けば良かったかな…」
「…そうじゃ、無かった」

ソラと隣どうしで座っていた鉄においでおいでとジェスチャーされ、紅は鉄に近づく。嬉しそうに手を伸ばしてきたその中に、紅はぽすりと収まる。


「……一緒に帰ろうって、言われた。知らない名前も、呼ばれた」


話を聞いていた回りの人間の瞳が、皆一様に変わった。冥はちらりと、何もないはずの壁に目をやる。
「……でも、何処かで会った気がする…から、つい、『やだ』って答えた」
「…そ、か」

紅はそっと細い手を伸ばし、鉄に抱きつく。紅?と鉄が訪ねかけると、紅は顔を埋め、泣いているような震えるか細い声で答えた。




「……みんな一緒がいい、よぉ……」



「…紅」

細く、抱き締めたら壊れてしまいそうな紅の体。鉄は壊さないように慎重に、紅の頭をそっと撫でた。

「大丈夫だって、紅。俺たちはどこにも行かないからさ」
「…うん」
「ちゃんと傍にいてやっから、泣くなよ」
「…うん」




紅が涙を拭って顔を上げると、鉄のやさしい笑顔が目に入ってきた。何故か先程の神父の顔を連想させる。
その様子を見ていた冥は、小さくため息をついて鉄に問いかける。

「良いんですか鉄、そんなこと言って」
「ふぇ?なんで?」

紅と鉄のきょとんとした瞳が冥を見た。冥はくすりと笑ってから続ける。


「…だぁりんさんが拗ねちゃいますよ」
「……いや別に」
「ちがうもーん、紅は俺たちの大切な子供だし?なー紅?」
「…ぁ、」
「…お父さん紅が反抗期」
「誰が父さんだ」
「…まぁ、そこはだぁりんさんが」
「違う」




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