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すまいるうぃずみー

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すまいるうぃずみー



大きな扉をノックしようとして、一瞬躊躇った。この扉の先にいるものについて知らないわけではないし、知っているからこそ来たのだが。…だが、だからこそやはり、躊躇ってしまう。
やがて静葉は意を決したように右腕を持ち上げ、扉を数回叩いた。
ほんの少しの間があって、扉がゆっくり、開く。


*


開いた扉から顔を覗かせたのは、緑の髪の神父だった。しばらく見ていなくて薄れかけていたイメージが、再び鮮明に蘇る。そのせいか、思わず体が身じろぎした。

「おや、貴女は…」
「…お久しぶり、です」
「そうですね、お久しぶりです」

向こうは向こうで、自分の事は覚えてくれていたみたいだった。にこりと笑って静葉を迎えるのは翠。この教会に住む“神父”だ。
緊張していたのが表情に出たのだろうか、神父は僅かに首をかしげた。そして小さくあ、と口を開く。

「その節は…すいませんでした、貴女にも彼にも迷惑をかけてしまいましたね」
「……ううん、もう、良いんです」

少し前にここを訪れたときの、神父の笑み。冷たい、心の中がちらりとも見えない仮面の笑顔。今の彼にはそれが見えないことに静葉は密かに安堵していた。

それきりしばらくお互いが黙っていたが、やがて唇を動かしたのは神父だった。

「……それで、今日はどうなさいましたか?」
「あ…あの、聞きたいことがあって。あなたならもしかして知ってるんじゃないかと」
「…なるほど、私の知っている範囲で良ければ知恵をお貸ししましょう。
どうぞ、中へ」

*


中は相変わらず綺麗だった。埃はざっと見る限りでは全くない。血の跡も砂さえも見当たらないと、不気味にすら思えてくる。
ただ気になったのは、破壊された女神像(であろうもの)。首から上が無くなっているその姿に神父が気づかないはずはないのに、彼はそれについて何も言わない。

「それで、」

何故だろう、と考えていた彼女の思考を、翠の声が遮る。像に向けていた目線を彼に向けると、翠は相変わらず微笑んでいた。

「聞きたいこととは、何でしょうか」
「…その、もし気分を害されたら、申し訳ないです…けど」
「いいえ、構いませんよ。」

「……この世界の神について、知っていることを教えてほしいんです」

空気がざわり、蠢いた。
神父は驚いたように目をみはっていたが、やがてまた、静かな笑顔を浮かべる。その変化に静葉は少し“あの時”のような不安を感じたが、それでも静葉は翠の言葉を待った。

「この世界の神について、ですか…なるほど、だからわざわざ私を訪ねてくれたんですね。

「……はい」
「ですが1つだけ、質問があります」

未だに落ち着かない空気。閉ざされた建物の中に生ぬるい風が一瞬だけ吹いた。

「貴女は一度私に殺されかけている。それなのに貴女は再びここへ来た。しかも単身。また襲われるかもしれないのに。
…そうまでして貴女が私から神のことを聞いて、それで貴女はどうするつもりなんです?まさかただ単に興味本意なんてこともないでしょうに」

「………私には、しないといけないことがある、から」

しないといけないことがある。
世界全てを敵に回してでも、やらなければならないことがある。
あの人の最後を焼き付けた眼は、爛と前を見据えていた。

「私はその為に、会わなければいけないの。彼に直接「会ってどうする気です?」


「彼を倒すの」


勢いに任せて放った一言は、思ったより早く彼のもとにたどり着いた様だった。
彼はなお微笑んでいた。
あの時とおなじ、いや、冷たさを増した笑顔で。
翠の“ドラゴンクロー”が、静葉の目の前をかすめる。淡く光る緑色の光は爪の形を象り、翠の両手を覆っていた。
余裕の笑みを浮かべる神父とは対照的に、間一髪攻撃をかわした静葉は険しい目付きで彼を見る。

「…即死か重傷…を狙ったはずなんですが、変わったのは服だけじゃないみたいですね」
「あなたは変わってなかったみたいね、神父」

…元より、あんなことを言ってただですむとは思ってはいなかった。だがそれでも、さっきの笑顔と、何より栞の言葉を信じたかったのだ。
彼女は、神父を信じていた。
その神父は今、目の前で微笑んでいる。両手の凶器に殺意を込めて。

「いいえ、私は変わることが出来ましたよ。あの方のお陰で」
「…ダークライのこと?」
「はい」

うっとりとした甘い声が、静葉の問いに返事をした。神父はくすくす笑いながら、語り始める。

「御神は私に、使命とそれを遂行するための力を与えて下さった。あの頃とは違う力、私が望んだものを与えてくれたんです。
…あの方は素晴らしい御方です、だというのに『彼を倒す』だなんて……実に愚かですね」
「…人を殺す力を貰って、それが嬉しいの?」
「この力は、殺すための力ではありません。貴女みたいな愚か者からあの御方を守るための力です」
「言い訳よ、そんなの」
「そう思うなら止めてみなさい、御神から頂いた力で」

地面を蹴る音と同時に“ドラゴンクロー”が襲いかかる。静葉は咄嗟に“まもる”を発動させたが、息つく間もなく二回目が更に食い付いてきた。
だが彼の両手が全く見えないわけではない。右手と左手、その合間へと放った“みずのはどう”は、多少なりダメージを与えたようだった。更にふらつく足を見る限り、“こんらん”の追加効果もあるらしい。
とりあえずこの空間から出なければ。閉鎖的な教会の中で戦うのもそれはそれで構わない。けれど、万が一ということもある。
外に出ようと扉へ手をかけた。瞬間、背中に大きな衝撃が走り、体がドアに打ち付けられた。

「っあ…!」
「…にがしま、せんよ……!!」

がむしゃらに放たれたのは緑色の光。“りゅうのはどう”は、壁に扉に窓に傷痕を残していく。
静葉はそれでも何とか扉をあけ、赤い空の下へと再び姿を見せた。後を追った翠もほどなくして現れる。まだ目はぼんやりとしているようだが、足取りはしっかりしていた。

「逃げたって…意味はありませんよ?…何をしようと、所詮は御神の掌の上で、起きていることなんです…から」
「っ…そんなの、」
「やってみないと分からない、ですか?だから貴女は…愚かなんです」

神父は両腕を優雅に広げた。真後ろにそびえるのは神を讃える教会、その背景全てを多い尽くすのは神の作りし赤い空。
彼のこんらん状態は、早くも解けていた。

「私たちに全てを与えたあの御方は全知全能であり私たちの全て。
御神には誰も逆らってはならないのです、全てがあの御方に感謝し全てがあの御方を敬うべきなのです。
だから私はあの方を守る。貴女のような愚か者からあの方を守ることが、私の使命。私があの方への恩を返せる最善の形。」

その瞳に迷いも嘘偽りも存在はしなかった。あったのは心からの信仰と忠誠心。
しかしそんなものに気圧されている場合ではない。静葉は彼の濁った金の瞳を睨み付けながら、意識を集中させた。
冷気を、もっと冷たい風を。
翠の気付かないうちに…!

「無駄ですよ」
「なっ……!」


翠の右手の一振りで放たれた“エアスラッシュ”は静葉の髪と服を切り裂く。一瞬ひるんだ隙を狙った翠の“ドラゴンクロー”が再び、静葉へ飛びかかった。


「……おや、これはまたお久しぶりですね」
「そうね」


咄嗟に固く閉じた眼を、静葉はゆっくりと開く。翠の手は自分から10センチほど離れた位置にあったが、光を帯びた手は僅かに震えるばかりでここまでは届かない。
静葉が思わず一歩下がったとき、翠の流れる長髪の後ろから
綺麗な声が聞こえた。

「逃げなさい、今戦ったって意味はないわ」
「あなたは……でも」
「彼は何も知りもしないわ、私なら大丈夫」
「何が、大丈夫なんですか?」

ぶちぶち、と何かが千切れる音。その音と同時に翠の体に自由が戻り、翠は両手を双方に向ける。放たれた“りゅうのはどう”の眩しさに再び眼が眩んだが、さっきと同じだ。痛みは来ない。声の主に手を引かれ顔を上げると、淡い金色の髪がふわりと視界に入る。建物の影に連れていかれたかと思うと、彼女はくるりとこちらを振り向いた。その顔は、確か見たことがあるはず。名前は、

「<クレセリア>…?」
「そうよ、でも今は話は出来そうにないからまたいずれ。
彼は私が引き留めておきます」

そう言うと彼女は静葉の横をすり抜け、神父の元に向かおうとした。その行動には思わず静葉も声をあげる。

「待って!今の私は戦える。私も一緒に…!」
「…早くしないと、彼は罪ばっかりを重ねてしまうわよ」

クレセリアは静葉の顔も見ずに、静葉の言葉を一蹴する。思い出した深い緑の影。
…彼女の言葉はいつも、確かな真実。それゆえに言葉はいつも真っ直ぐ心と向き合う。
だがそれでも、だ。

「だからって、見過ごすわけには…!」
「良いのよ、早く行きなさい。大体彼、一度言い出したら聞かないのよね、昔から。付き合ってたらキリないわ」

彼女はこちらを振り返り、くすりと笑った。ありがとう、と一言だけ残して、軽く地面を蹴る。走り出していった空間をしばらく見つめて、やがて静葉も走り出した。
クレセリアが消えていったのと、逆の方向に。

*


「…逃がしちゃいましたか、余計なことしてくれましたね」
「それが私の仕事だもの」

ふぅと息をついた翠は、言葉に反してあまり困った表情は浮かべてはない。どちらかというと余裕を含んだ笑顔で、クレセリアと向き合っていた。

「で、どうするんですか?さっきのおもちゃのような糸と“ねんりき”程度じゃあ、私は殺せませんよ」
「えぇ、百も承知よそんなこと。第一、私が貴方に勝てるわけはないわ」

千切られて中途半端な長さになってしまった糸を、ほろほろと地面に溢す。両手を軽く上げると、にっこりと微笑んだ。

「さぁ、どこからでもどうぞ?」

翠もそれに、微笑み返した。

*

「舐められたものですね」
くだらない人間の、くだらないフェイク。“みがわり”ごときに騙されるだなんて。翠はまたため息をついた。
追いかけても良かった。でもその前にやらなくてはならないことがある。神父は何事もなかったかのように扉を開き、くるりと回りを見渡した。

「とりあえず、こっちの掃除から始めますか」


神父は柔らかく、微笑んだ。










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