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魔女と神様

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mato4869

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魔女と神様


寄りかかる壁が欲しかった。それだけだった。
それが瓦礫だろうと建物だろうとどうでもよかったし
確認する余裕もなかったのだ、今思えば。

この日、私はとある教会の壁で気を失った。




目を覚ますと随分とカラフルなものが見えた。意識が目覚めるにつれそれはステンドグラスだとわかった。
そこから差し込む光は不思議と無色。その中で埃が踊るのが見えた。ちかちかと鬱陶しい。
「気がつきましたか?」
それ以上に甘く鬱陶しい声がして、栞は眉をしかめた。
「…誰?」
「私は翠。此処の神父です。」
「神父…?」
漸く重い頭が持ち上がった。ゆっくりとあたりを見回す。
栞が寝ていた其処は並ぶ長椅子の一つ。先刻のステンドグラスがずらりと並ぶ。見上げれば大仰な十字架が壁に作りつけられていた。
成程ここは教会。疑いようもなく教会。
瓦礫だろうと建物だろうとどうでもよかったが、教会は話が別だ。今すぐ飛び出したい程ではなかったが不愉快を抑える気にはなれない。
モノクルをかけた緑色の神父が柔和に微笑んだ。
「どうしました?どこかお加減でも?」
「そう心配してる顔には見えない。」
黒に金の混じった瞳。珍しい色だ。翠と名乗った神父はその目を少し瞠り、程なくしてまた柔らかく細めた。
「ええ。貴女の身には"奇跡"が宿っていますからね。」
「"奇跡"…?」
つい聞き返してしまった。聞き返さなきゃよかったと予感した。
翠はますます目を細める。小脇に抱える聖書を差し出して見せた。赤い装丁の聖書。
「主の御力で貴女は蘇りました。それが"奇跡"。」
「…戯言に貸す耳はない。」
「何一つ戯言などではありません。」
何が楽しいのか翠はへらへら笑っている。栞はその笑みを知っていた。狂信者のそれだ。
「穢れた悪しき魂を浄化し、生きるべき者へ分け与える。それが主の御力です。これを"奇跡の技"と呼ばずしてなんと呼びましょう。」
「……。」
やはり聞かなければよかった。
栞は不愉快げに黙り込んだ。その場で自殺しなかったのがせめてもの譲渡だ。反吐が出る。
聡明な栞は耽美な台詞が孕む"事情<グロテスク>"を読みとれた。
この手の手合いは嘘は言わないものだ。例えそれが常軌を逸していても。
「それで、ですね。」
翠はそんな栞に構わず続けた。
「ストックがなくなってしまいました。」
「…で?」
「ですが万が一苦を背負う者から頂いてしまっては、主の御心に反します。」
翠は十字架を背にして立っていた。栞はそれを見上げる格好で。

「貴女の懺悔をお聞かせ願えませんか、お嬢さん。」

それで判定しますから、と翠は締めくくった。なんと傲慢なことだろう。まるで自分が神のようだ。
案外そうなのかもしれない、とも思った。翠からは血の通う生々しさをあまり感じない。それがいっそう栞を不愉快にさせるのかもしれない。
…まぁ、だからどうだと言う話。
栞は首につけている銀十字を手に取った。そして、刃として研いでいる方を掴んで神父に見せつけた。
「…笑わせてくれる…。」
栞の血に、赤く汚れていく逆十字。
ぎっと睨んで、栞は高々と見せつけた。
「私は栞。父<アダム>を殺し兄<カイン>を殺し弟<アベル>を殺す。この世の男全てを殺さんと願う女。貴様ら"神"も、同様に。」
翠は目を瞠った。今度はさっきより大きめに瞠った。そしてそれは細められることはなかった。
「…主を、冒涜なさると。」
「そう。」
齢12のその体躯、されど滴る血液は圧倒的な存在感。
翠は少女の姿に魔女を見た。
憎悪と、確固たる理念で其処に立つ魔女を。
「…さぁ、殺すなら殺しなさい。」
殺せるものなら、殺してみろ。

「……。」
翠はしばし無言で見つめた。ひとつ息をつくと、ぱたんと聖書を閉じてしまった。
「それがあなたの苦、ですか。」
「何の真似?」
「貴女を見つけた時、怪我よりも酷かったのは消耗でした。」
人を殺し続けるというのはそう楽なことじゃない。
ましてこの世界の住人は力を強化した者が多い。対して栞は子どもの体力。翠が見つけたころには衰弱死一歩手前だった。
「帰る拠点もあれば消耗も減りましょう。」
「だから何の真似かと聞いている。」
「苦を背負う者からは頂けないと言ったでしょう?」
にっこりと悪意を滲ませた笑顔。栞は初めて彼に人間らしい笑みを見た。
「ここに住みなさい。貴女の苦を信心で救済してあげましょう。」
「……上等。」
親切心なら切り捨てるが、喧嘩を売られたなら話は別だった。


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