捻じれ鏡/後編
駒を指でつまんでは不粋というもの。
ダークライが、笑う。
ダークライが、笑う。
「…ッが!」
もう何度目だろう、おぞましい不快感に冥は呻いた。
例えるなら心臓と脳をずぶりと手で掴まれるような。痙攣する身体には力などもう無い。
それは冥に残された最後の感覚なのかもしれない。
無痛だからこそ、不死だからこそわかる、命を奪われる瞬間の味。
「素敵ね…こんなものがあったなんて。」
その背に手を当てていた少女、桃は口端に血を滲ませて笑む。傷ではない。吐いた血だ。
「まだ動く。まだ動くのね。まだまだ"心中"できる。ふふ、素敵…。」
そして手を離し、また当てる。髪をつかむ左手で5秒カウント。
鼓膜を揺らす脈の音。ぎゅっと瞑った目から涙が零れた。
「アノ…来なさい…。」
散りかける意識を必死で集めてアノニマスを擬態させる。現れたのは宙に浮く歪な義手。"シャドーボール"を、撃った。
不意をつかれた桃は冥からはじかれる。両手を油断なく桃へ向けたまま、冥はふらふらと立ちあがった。
「…う、げほ…っ」
眩暈がする。
最後に残された最期の感覚。生きて死ぬまでのいかなる痛みより、酷い。
「苦しいの?」
ゆらり、立ちあがった少女。大きな眼球が冥を映した。よく光る澄んだエメラルドの瞳は、今や光りすぎて硝子のようだ。
「苦しい、そう、苦しいのね。可哀想…死ぬのが苦しいのね。」
「…ええ、そうです。苦しいから恐ろしいんですよ。」
でなければ誰が、不死など願おうか。
「可哀想…可哀想。死ぬのが苦しいのね。」
ぎし。左足を軋ませる少女。彼女の左足は根本から千切れていて、代わりに鉄パイプを突き刺している。
「死ぬって、しあわせなのに。」
金属音が爆ぜた。無茶な義足のくせに桃は速い。
冥は残る力で後ろに飛びながら手を翳す。照準合わせて"ナイトヘッド"。
だが夢に来て以来まったく使っていない義手。摩耗した意識も相まってそのタイミングはわずかに遅い。
普通ならばわずかでも、桃が相手なら致命的。
だんと床に叩き伏せられ、そのまま手を左胸に。暴れる冥にも構わず、再び心臓を"毟り"取った。
「ッあ゛ぁああああ!!」
首から背まで跳ね上がるほど反り返った。
それでもまだ生きている冥。焦点の外れた目を見下ろして、桃はにっこりと微笑んだ。
「ねぇ。あなたもそのうち、しんじゃうの?」
その問いに冥は口を噤む。桃はくすくす笑いながら代弁した。
「死んじゃうのよね。きっとぜんぶ尽きたら死んじゃうわ。だってわたしの命は、確実に、減っている。」
恍惚と笑みながら桃は自分の胸に手を添えた。死に逝く二人をこの手は繋ぐ。片方だけ死ぬなんてありえない。
それは冥も薄々感づいていた。生物は、命の危機を回避するために痛みを持つ。
痛みを凌駕するこの感覚もおそらく然り。
視力を取り戻した代償、とでも言うのだろうか。悪趣味な神よ。
「ふふ、ごめんなさいね。あなたもきっと最期は愛する人と逝きたいでしょう?けど。」
気づけば桃は冥に馬乗り、押さえ込んだ身体を逃がさない。
見開き揺れる赤、硝子の光の翡翠。爪の長い指を口元に添える。
桃はにっこりと三日月に笑んだ。
「あたし、愛する人と、逝きたいのよ。」
もう何度目だろう、おぞましい不快感に冥は呻いた。
例えるなら心臓と脳をずぶりと手で掴まれるような。痙攣する身体には力などもう無い。
それは冥に残された最後の感覚なのかもしれない。
無痛だからこそ、不死だからこそわかる、命を奪われる瞬間の味。
「素敵ね…こんなものがあったなんて。」
その背に手を当てていた少女、桃は口端に血を滲ませて笑む。傷ではない。吐いた血だ。
「まだ動く。まだ動くのね。まだまだ"心中"できる。ふふ、素敵…。」
そして手を離し、また当てる。髪をつかむ左手で5秒カウント。
鼓膜を揺らす脈の音。ぎゅっと瞑った目から涙が零れた。
「アノ…来なさい…。」
散りかける意識を必死で集めてアノニマスを擬態させる。現れたのは宙に浮く歪な義手。"シャドーボール"を、撃った。
不意をつかれた桃は冥からはじかれる。両手を油断なく桃へ向けたまま、冥はふらふらと立ちあがった。
「…う、げほ…っ」
眩暈がする。
最後に残された最期の感覚。生きて死ぬまでのいかなる痛みより、酷い。
「苦しいの?」
ゆらり、立ちあがった少女。大きな眼球が冥を映した。よく光る澄んだエメラルドの瞳は、今や光りすぎて硝子のようだ。
「苦しい、そう、苦しいのね。可哀想…死ぬのが苦しいのね。」
「…ええ、そうです。苦しいから恐ろしいんですよ。」
でなければ誰が、不死など願おうか。
「可哀想…可哀想。死ぬのが苦しいのね。」
ぎし。左足を軋ませる少女。彼女の左足は根本から千切れていて、代わりに鉄パイプを突き刺している。
「死ぬって、しあわせなのに。」
金属音が爆ぜた。無茶な義足のくせに桃は速い。
冥は残る力で後ろに飛びながら手を翳す。照準合わせて"ナイトヘッド"。
だが夢に来て以来まったく使っていない義手。摩耗した意識も相まってそのタイミングはわずかに遅い。
普通ならばわずかでも、桃が相手なら致命的。
だんと床に叩き伏せられ、そのまま手を左胸に。暴れる冥にも構わず、再び心臓を"毟り"取った。
「ッあ゛ぁああああ!!」
首から背まで跳ね上がるほど反り返った。
それでもまだ生きている冥。焦点の外れた目を見下ろして、桃はにっこりと微笑んだ。
「ねぇ。あなたもそのうち、しんじゃうの?」
その問いに冥は口を噤む。桃はくすくす笑いながら代弁した。
「死んじゃうのよね。きっとぜんぶ尽きたら死んじゃうわ。だってわたしの命は、確実に、減っている。」
恍惚と笑みながら桃は自分の胸に手を添えた。死に逝く二人をこの手は繋ぐ。片方だけ死ぬなんてありえない。
それは冥も薄々感づいていた。生物は、命の危機を回避するために痛みを持つ。
痛みを凌駕するこの感覚もおそらく然り。
視力を取り戻した代償、とでも言うのだろうか。悪趣味な神よ。
「ふふ、ごめんなさいね。あなたもきっと最期は愛する人と逝きたいでしょう?けど。」
気づけば桃は冥に馬乗り、押さえ込んだ身体を逃がさない。
見開き揺れる赤、硝子の光の翡翠。爪の長い指を口元に添える。
桃はにっこりと三日月に笑んだ。
「あたし、愛する人と、逝きたいのよ。」
それが。彼女の願い。
彼女が悪夢に祈った願い。
再び添えられた手を冥は、力なく掴んで阻んだ。
「……違う、でしょう。」
違う。それは違うはずだ。幾度も捕えその度に逃げられた、厄介な時の精。
彼女の願いは、彼女の望みは。
何を言っても尊大に笑み、傲然と言い返したあの言葉は
彼女が悪夢に祈った願い。
再び添えられた手を冥は、力なく掴んで阻んだ。
「……違う、でしょう。」
違う。それは違うはずだ。幾度も捕えその度に逃げられた、厄介な時の精。
彼女の願いは、彼女の望みは。
何を言っても尊大に笑み、傲然と言い返したあの言葉は
「"好きな人の為に死ねるなら幸せ"…と。」
「…え。」
手が止まった。
動きが止まる。時が止まる。ぽろり、笑顔も崩れて消える。
「なに、それ。」
桃はぽかんと止まった手を見つめた。それから冥を見て、それからまた手を見た。綺麗な爪に自分の顔が映る。
「…お忘れになってしまいましたか?」
そして冥は
禁忌の呪文を口にする。
手が止まった。
動きが止まる。時が止まる。ぽろり、笑顔も崩れて消える。
「なに、それ。」
桃はぽかんと止まった手を見つめた。それから冥を見て、それからまた手を見た。綺麗な爪に自分の顔が映る。
「…お忘れになってしまいましたか?」
そして冥は
禁忌の呪文を口にする。
セレスティーナ・ヴィ・アンダルシア。
…ッがん!がんがんがん!
細腕が冥の髪をひっつかんでがむしゃらに叩きつけまくった。
「煩い、煩い煩い黙ってよ下種!知らない知らないそんなの知らないわそんなもの知らない知らない知らない知らない!!」
がんがんがんがんがんがん。痛みはないものの酷い眩暈が意識を抉る。
やがてそれも煩わしくなったのか乱暴に頭を投げ捨て、両の手で首を絞めるように冥へ当てた。
心中の力?
否。
もっと違う、淀み荒んだ力。
「あなたなんて死んじゃえば…」
血走り剥かれた翡翠の眼球。
「あなたさえいなければ…ッ!」
細腕が冥の髪をひっつかんでがむしゃらに叩きつけまくった。
「煩い、煩い煩い黙ってよ下種!知らない知らないそんなの知らないわそんなもの知らない知らない知らない知らない!!」
がんがんがんがんがんがん。痛みはないものの酷い眩暈が意識を抉る。
やがてそれも煩わしくなったのか乱暴に頭を投げ捨て、両の手で首を絞めるように冥へ当てた。
心中の力?
否。
もっと違う、淀み荒んだ力。
「あなたなんて死んじゃえば…」
血走り剥かれた翡翠の眼球。
「あなたさえいなければ…ッ!」
きぃん。
水晶を鳴らしたような音がして。桃と冥は白いあかりに包まれた。
再び動きを止める桃。今度は冥も動けない。仰向けに抑えられた冥の目に、白い大きな三日月が映る。
その白が視界を埋めきってしまう頃には
桃はおらず、森もなく、冥の足は見慣れた家の前に着いていた。
白い光が引いていく。
桃と遭ったという夢から、目覚めさせた月の光が。
そんなこと知る由もない冥は
目を閉じて、意識を沈めた。
水晶を鳴らしたような音がして。桃と冥は白いあかりに包まれた。
再び動きを止める桃。今度は冥も動けない。仰向けに抑えられた冥の目に、白い大きな三日月が映る。
その白が視界を埋めきってしまう頃には
桃はおらず、森もなく、冥の足は見慣れた家の前に着いていた。
白い光が引いていく。
桃と遭ったという夢から、目覚めさせた月の光が。
そんなこと知る由もない冥は
目を閉じて、意識を沈めた。