壊れた歯車の上で
朝に鏡を覗くように、白靄の中を覗き込む。
夢を見る度現れるから習慣のようになってしまった。この靄が何かはなんとなくわかる。月の下で、名前はわからない彼女と会った時に見たものだ。
霧がかる視界、ぼやける世界の輪郭、その奥に薄らと見える誰か。
その誰かが未だ判別できない。もう少し、もう少しで判りそうなのに。
次第に白靄が遠ざかり始めた。ああ、時間切れだ。今回も判らなかったな。
こうなるといつも夢が終わるのだ。白が遠ざかる。赤が蘇る。
ふいに彼女の声がリフレインした。
『貴方は…。』
夢を見る度現れるから習慣のようになってしまった。この靄が何かはなんとなくわかる。月の下で、名前はわからない彼女と会った時に見たものだ。
霧がかる視界、ぼやける世界の輪郭、その奥に薄らと見える誰か。
その誰かが未だ判別できない。もう少し、もう少しで判りそうなのに。
次第に白靄が遠ざかり始めた。ああ、時間切れだ。今回も判らなかったな。
こうなるといつも夢が終わるのだ。白が遠ざかる。赤が蘇る。
ふいに彼女の声がリフレインした。
『貴方は…。』
『―――もう少し、早く会えていれば。』
顔を舐める熱気で目が覚めた。
覚めた、と言っても視界は滲んでいてよく見えない。頭が重い。こめかみが脈打つように痛みを訴える。
それでも静葉はなんとか身体を起こした。
ざり、と砂を踏む音がしたからそちらを見る。
人影が見えた。
視界はまだ滲んでいる。輪郭のない色の集合だ。左右に大きな橙と緑。その中心にもやはり橙。
焔…?
脈打つこめかみ。頭が痛い。視界に赤色が加わった。赤色は徐々に視界を埋めていって…
覚めた、と言っても視界は滲んでいてよく見えない。頭が重い。こめかみが脈打つように痛みを訴える。
それでも静葉はなんとか身体を起こした。
ざり、と砂を踏む音がしたからそちらを見る。
人影が見えた。
視界はまだ滲んでいる。輪郭のない色の集合だ。左右に大きな橙と緑。その中心にもやはり橙。
焔…?
脈打つこめかみ。頭が痛い。視界に赤色が加わった。赤色は徐々に視界を埋めていって…
爪は眼球数ミリ前で止まった。
どくん、と二人の心音がシンクロした。視界が晴れる、頭が冴える。目の前で焔の手が痙攣していた。焔は左手で右手を潰さんばかりに握り、苦しそうに身体を震わせている。
「う、あ…あ…!」
「焔…!?焔、どうしたの!?」
慌てて伸ばした手は払われた。その瞬間だけ目が合った。ぎらぎら光る不気味な緑色。
急に焔が駆け出した。
驚く間にもどんどん背中が遠ざかる。一拍遅れて静葉はそれを追いかけた。
「う、あ…あ…!」
「焔…!?焔、どうしたの!?」
慌てて伸ばした手は払われた。その瞬間だけ目が合った。ぎらぎら光る不気味な緑色。
急に焔が駆け出した。
驚く間にもどんどん背中が遠ざかる。一拍遅れて静葉はそれを追いかけた。
ごうごうとあたり一面が燃えている。炎の隙間を縫うように静葉は走った。
火の中には明らかに人型をした炭が横たわっており、何度も吐きそうになりながらそれでも走った。
信じたくない。でも、こんなことができる人は一人しか知らない。
とにかく焔を追わなくては。だってこんなのおかしい。焔の様子がおかしい。
思ったより早く焔に追いついた。見つけた彼は膝をついていて、喉を押さえながらがくがく震えている。
「焔…焔…!」
「…ッ、静、」
一瞬だった。
反転する世界、頭から背中を強か打ちつける痛み。それらを静葉が知覚する頃には、血走った緑色の目が見下ろしていた。
左手は静葉の喉元を押さえつけている。その爪は長く伸びて肌に食い込んでいる。
空いた右手の爪がぎらりと光った。
高く振り上がる、空を裂く、白い柔肌に刺さる、そして、
火の中には明らかに人型をした炭が横たわっており、何度も吐きそうになりながらそれでも走った。
信じたくない。でも、こんなことができる人は一人しか知らない。
とにかく焔を追わなくては。だってこんなのおかしい。焔の様子がおかしい。
思ったより早く焔に追いついた。見つけた彼は膝をついていて、喉を押さえながらがくがく震えている。
「焔…焔…!」
「…ッ、静、」
一瞬だった。
反転する世界、頭から背中を強か打ちつける痛み。それらを静葉が知覚する頃には、血走った緑色の目が見下ろしていた。
左手は静葉の喉元を押さえつけている。その爪は長く伸びて肌に食い込んでいる。
空いた右手の爪がぎらりと光った。
高く振り上がる、空を裂く、白い柔肌に刺さる、そして、
かきんっ
高い音が、その右腕を弾き飛ばした。
「…ッ!」
焔は静葉から離れ距離を取った。その距離を自ら詰めて、かきんかきんかきんっ。高い音が追いかける。
音の主は深緑色の塊に見えた。
最後に焔の爪を弾いた後、塊は手を止めて一瞬こちらを見た。深緑のローブを被る小さな人影。顔は見えなかったけど、零れる金髪と握る十字架が見える。
「逃げて、早く。この男は私が殺すから。」
それだけ言うと人影――おそらく少女だろう――は再び焔を追い詰めていった。その攻撃は素早くて鋭い。身体が小さいのも相まって焔は防戦気味となる。
「下種は…死んでしまえばいい。」
呟きと共に降り降ろされた十字架。焔はそれを手で掴み受け止める。
ばちっと大きな火花が散った。
次の瞬間には、十字架が放つ青白い電流が焔を呑みこんでいた。
「ッッあ゛ああああああ!!!」
「やッ…やめて!!焔が、焔が死んじゃう!!」
「…!?」
静葉の悲鳴に驚いたのだろう。少女は静葉を振り返った。途端に電流は切れ焔は解放される。
赤い爪が大きく降り抜かれた。
まともに喰らった少女は、血を散らしながら地に落ちる。
追撃すべく追いかける爪。少女の首がある場所を目指して。
確かな感触で爪が切り裂いた。
少女を庇った、静葉の肩を。
「……!」
息を、呑む音。焔の動きが止まる。
振り向いて呼びかけようとした静葉は、少女に手を取られ引きずられた。
「何してるの、早く離れてっ!」
「でもっ、でも焔が…!」
少女の力は存外に強く、焔と真逆の方向に走っていく。
焔も再び逃走してしまい、あっというまに足音すら追えなくなってしまった。
「…ッ!」
焔は静葉から離れ距離を取った。その距離を自ら詰めて、かきんかきんかきんっ。高い音が追いかける。
音の主は深緑色の塊に見えた。
最後に焔の爪を弾いた後、塊は手を止めて一瞬こちらを見た。深緑のローブを被る小さな人影。顔は見えなかったけど、零れる金髪と握る十字架が見える。
「逃げて、早く。この男は私が殺すから。」
それだけ言うと人影――おそらく少女だろう――は再び焔を追い詰めていった。その攻撃は素早くて鋭い。身体が小さいのも相まって焔は防戦気味となる。
「下種は…死んでしまえばいい。」
呟きと共に降り降ろされた十字架。焔はそれを手で掴み受け止める。
ばちっと大きな火花が散った。
次の瞬間には、十字架が放つ青白い電流が焔を呑みこんでいた。
「ッッあ゛ああああああ!!!」
「やッ…やめて!!焔が、焔が死んじゃう!!」
「…!?」
静葉の悲鳴に驚いたのだろう。少女は静葉を振り返った。途端に電流は切れ焔は解放される。
赤い爪が大きく降り抜かれた。
まともに喰らった少女は、血を散らしながら地に落ちる。
追撃すべく追いかける爪。少女の首がある場所を目指して。
確かな感触で爪が切り裂いた。
少女を庇った、静葉の肩を。
「……!」
息を、呑む音。焔の動きが止まる。
振り向いて呼びかけようとした静葉は、少女に手を取られ引きずられた。
「何してるの、早く離れてっ!」
「でもっ、でも焔が…!」
少女の力は存外に強く、焔と真逆の方向に走っていく。
焔も再び逃走してしまい、あっというまに足音すら追えなくなってしまった。
訳がわからないままつられて走る。不安が胸をかき回す。
一瞬肩越しに見えた焔は
一瞬肩越しに見えた焔は
泣きそうな目を、していたのに。