俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。
―― 荘子
知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。
―― 荘子
夢とも現ともつかない世界。1頭の蝶がまどろみの空を舞う。
その行く先は ――
その行く先は ――
OPENING 01 現の夢
Scene Player:志宝エリス
昼休みの鐘が鳴った。
「エリスちゃんの制服姿も、だいぶ似合ってきたよねー? 前の服も良かったけど」
新学期特有の慌しさも治まり、暦の上ではそろそろ春も終わろうとしている頃。
志宝エリスは、去年(と言っても最後の1ヵ月半だけだが)からクラスメイトの友人たちと弁当を広げ始める。
志宝エリスは、去年(と言っても最後の1ヵ月半だけだが)からクラスメイトの友人たちと弁当を広げ始める。
「あ、この玉子焼きちょーだい」
「うん、いいよ」
「相変わらずエリスちゃんのお弁当は美味しいねー。そうだ、私の家に来てよ。お嫁に貰ってあげるから」
「……エリスはお嫁になんか行かせない。私が護る……」
「ちょっとぉー、珠美ちゃん! それに灯ちゃんもー!」
「うん、いいよ」
「相変わらずエリスちゃんのお弁当は美味しいねー。そうだ、私の家に来てよ。お嫁に貰ってあげるから」
「……エリスはお嫁になんか行かせない。私が護る……」
「ちょっとぉー、珠美ちゃん! それに灯ちゃんもー!」
エリスの人柄の良さもあってか、昼休みにはいつも周りに人垣ができる。もちろん、一番の親友である緋室灯も一緒だ。
灯は決して人付き合いの上手いタイプではないが、半ばエリスを中心とした輪に巻き込まれるような形で、
以前よりも着実に友人の数を増やしていった。
灯は決して人付き合いの上手いタイプではないが、半ばエリスを中心とした輪に巻き込まれるような形で、
以前よりも着実に友人の数を増やしていった。
日常の話、恋の話、ファッションの話、好きな芸能人の話。彼女たちの話題は実に様々で尽きることが無い。
エリスと灯は少し浮世離れしているせいか、聞き手に回ることが多いようだが。
エリスと灯は少し浮世離れしているせいか、聞き手に回ることが多いようだが。
「じゃあ今度、エリスちゃんや灯ちゃんにも私のオススメの曲を――」
『♪♪♪』
「あっ」
「ゴメン、ちょっとケータイ鳴った……っと、はーい、もしもーし?」
『♪♪♪』
「あっ」
「ゴメン、ちょっとケータイ鳴った……っと、はーい、もしもーし?」
おしゃべりを遮るかのように、先ほど玉子焼きを取っていった友人の携帯電話が着信を知らせた。
特に会話の内容を聞くつもりは無かったが、目の前で話されているのでどうしても耳に入ってしまう。
彼女の口振りから察するに、どうやら所属する新聞部の後輩が相手らしい。
特に会話の内容を聞くつもりは無かったが、目の前で話されているのでどうしても耳に入ってしまう。
彼女の口振りから察するに、どうやら所属する新聞部の後輩が相手らしい。
電話が終わるのを待って、エリスは途切れてしまった会話を続けようと試みる。
流行には余り明るくないが、それでも今の着メロには確かに聞き覚えがあったからだ。
流行には余り明るくないが、それでも今の着メロには確かに聞き覚えがあったからだ。
「今のメロディって確か…、歌唄ちゃんの曲だよね!?」
「……ほしな歌唄の、迷宮バタフライ」
「……ほしな歌唄の、迷宮バタフライ」
正解、と友人が頷く。
ちょっと前にヒットしたアイドル歌手のデビュー曲である。元々は後輩が好きで、その影響で着メロをダウンロードしたらしい。
今では少し流行が遅れてしまったが、特に聴きたい曲も無かったのでそのままにしていたというのが本当のところのようだが。
ちょっと前にヒットしたアイドル歌手のデビュー曲である。元々は後輩が好きで、その影響で着メロをダウンロードしたらしい。
今では少し流行が遅れてしまったが、特に聴きたい曲も無かったのでそのままにしていたというのが本当のところのようだが。
「最近ほとんどテレビに出てないみたいだけどね。事務所を移籍したって言うし、何か関係あるのかも~?」
「へぇ~、珠美ちゃんって何でも詳しいんだね!」
「まーね! 世間様のことも知らないと、新聞部の説得力ないでしょ?」
「へぇ~、珠美ちゃんって何でも詳しいんだね!」
「まーね! 世間様のことも知らないと、新聞部の説得力ないでしょ?」
芸能人の話題に食いついてきた2人の姿が珍しかったのか、友人は更に話を続ける。
「それで思い出したけど、今度この近所ののライブハウスのイベントに出るらしいよ、ほしな歌唄」
「へ~♪ ライブかぁ……」
「……ライブ……よく分からない。行ったことが無いから……」
「へ~♪ ライブかぁ……」
「……ライブ……よく分からない。行ったことが無いから……」
ライブという未知の領域にエリスの心が惹かれる。
それと同時に、自分には関係の無い世界の話かなとも考えていた。
それと同時に、自分には関係の無い世界の話かなとも考えていた。
(あまりお金を使ってもいられないしね。節約、節約)
ライブイベントなんて柄じゃない、そう自分を納得させる。
ふと教室の壁に掛かっている時計を見やれば、いつの間にか休み時間も終わりかけ。
ふと教室の壁に掛かっている時計を見やれば、いつの間にか休み時間も終わりかけ。
「きゃ、もうすぐお昼休み終わっちゃう! 次は体育だし、早く行こうっ!」
「……あれ? エリス……?」
「……あれ? エリス……?」
不意に話題を逸らしたエリスに、何となく違和感を覚える灯であった。