七つの海のティコの第1話


シャチを連れた少女
冒険者ナナミ




アメリカ、サンフランシスコの海の沖合。

海中で、潜水球・スクイドボールが作業にあたっている。
アザラシが、もの珍しそうに窓を覗きこむ。

アザラシが誰かに背を叩かれ、振り向く。
主人公の少女、ナナミ・シンプソンが、人懐こそうな笑顔を見せる。

ナナミがアザラシと共に海上に飛び出し、息をつく。

ナナミ「驚いた? ごめんね」

海上に停泊している海洋調査船ペペロンチーノ号。
船長はナナミの父、スコット・シンプソン。

スコット「ナナミ、駄目じゃないか。あの深さから、あんなスピードで上がって来ちゃ」
ナナミ「だって、アザラシと一緒だったのよ」
スコット「アザラシと人間は違う。いくらお前でも、あまり急に上がって来ると潜水病になるぞ」

スクイドボールに乗っているアルフォンゾ・アンドレッティ、通称アルの通信が響く。

アル「今ごろ何言ってんだよ、スコット。ナナミは特別だよ。俺たちみたいに、いちいち減圧する手間なんか要らないんだよ」
スコット「わかってる。しかし……」
アル「それより、金の延べ棒をどっさり積んでるっていうヨットは、この辺りには沈んでないみたいだな。もう少し、西に移動してみようぜ」
ナナミ「本当にそんなもの、あるの? アルが聞きつけてくる噂は、うさん臭いのばっかりなんだから」
アル「間違いないね! ハリウッドのプロデューサーって奴が製作費をネコババして、金の延べ棒に換えてトンズラしやがって、──」
ナナミ「また始まったわ。それより父さん、ティコを見なかった? 今朝から姿を見せないの」
スコット「見てないな」
ナナミ「そう……」
アル「ナナミ、聞いてんのか!?」
ナナミ「はいはい! ティコ……」


豪華クルーザーでの船上パーティ。
財閥令嬢のシェリル・クリスティーナ・メルビルが、退屈そうにしている。

シェリル「はぁ…… どこかに、本当にワクワクできることってないのかしら?」

3人の男たちが、シェリルに言い寄る。

男たち「シェリルさん、こんなところでどうしたんです?」「あちらに、ご一緒しませんか?」「シェリルさん」
シェリル「ジェームス!」

船酔い気味の執事ジェームス・マッキンタイアが応える。

ジェームス「は、はい、お嬢様」
シェリル「この子たちを、どこかそこら辺に捨てて来て」
ジェームス「わかりました。あ、あぁ……」

ジェームスの指示で、腕っぷし自慢の船員たちが、男たちを海に放り込む。
突如、海に突き出た背びれが次第に迫って来る。

男たち「サ、サメだぁ! わぁっ!」「た、助けてくれぇ!」

船員たちが浮き輪を投げ込み、男たちを引き上げる。
サメの強烈な体当たりを受け、クルーザーの動きが止る。

シェリル「どうしたの? 止まっちゃったじゃない!」
ジェームス「さぁ……」
シェリル「さっさと原因を調べさせなさい!」
ジェームス「はい!」


新聞やテレビはたちまち、サメ出現のニュースで持ちきりとなる。

テレビ『従って、メルビル財閥のクルーザーを襲ったサメは、体長7メートルを超す最大級のホオジロザメというのが、専門家の一致した意見です。彼らはホオジロザメが今後、人を襲うことも十分あり得るとして──』

シェリルは、海岸の豪華ホテルでテレビを見ている。

シェリル「よし、私があのサメを捕まえてやるわ!」
ジェームス「お嬢様…… 夏休みはとっくに、終わっています。明日にはイギリスにお発ちになりませんと、大学の方がですね」
シェリル「お黙り! こんな面白そうなこと、放っておけるわけないじゃないの!」
ジェームス「いや、しかし、お父様が……」
シェリル「冒険よ! 冒険だわ!」


後日。
サメ捕獲に挑む男たちが、次々に海に集う。

『緊急ニュースです。メルビル財閥から、サメ退治に百万ドルの賞金が賭けられました! ご覧のように腕自慢の男たちが、次々に港を出て行きます』

ナナミやアルたちは依然、サンフランシスコ沖にいる。

アル「賞金を聞いて、ハエみたいのがいっぱい出てきやがったな」
ナナミ「本当に、そんな大きなホオジロザメなのかしら?」
アル「こんな大きな港には、近づかないんだがなぁ」
ナナミ「人を襲うと思う?」
アル「ラジオで言っている通り7メートルもある奴だったら、アザラシでもひと飲みだ。馬鹿なサメなら、人だって襲うな」

アルは海から、エビを捕えている。

スコット「アル、それが昼飯か?」
アル「おいおい、これは昼飯用じゃないぜ。まずこのエビでアジを釣る。そしてアジでイカを釣る、イカでマグロを釣る。そんでもって今度はホオジロザメを釣り上げれば、賞金の百万ドルは俺たちのもんってわけだぁ!」
スコット「それで何を買うんだ?」
アル「最新型の深海潜水艇に決まってんじゃないか! 1万メートル級の海底に沈んだ宝を引き上げようなんて奴は、今までいなかったんだ。そいつでガッポガッポと……」
ナナミ「それより冷蔵庫買おうよ。ちゃんと冷凍できるのを」
アル「今のであと十年はもつさ。そうだ! サメのヒレだけはとっといて、広東風のフカヒレスープを作ってやるよ。うまいぞぉ!」

アルがエビをエサにして、たちまちアジを釣り上げる。

アル「やったぜ! これでホオジロザメは釣り上げたようなもんだ」
ナナミ「それ、エサにしないで、焼いて食べちゃった方がいいんじゃない?」


サメ捕獲を目論むたくさんの船の中に、シェリルの率いる船団も加わる。

シェリル「旋回!」
ジェームス「お嬢様、ご自分でお捕まえになる気なら、なぜ賞金などお出しになったんです?」
シェリル「わかってないわね! 競争でやんなきゃ、おもしろくないじゃないの。これは冒険なのよ!」
ジェームス「いや、しかし……」


ナナミ「ティコ……」
アル「よけろ、ナナミ!」

ナナミの横をかすめ、アルの放ったイカの釣り針が海に投げ込まれる。

アル「もう、百万ドルは貰ったようなもんだ!」

海に突き出した背びれが見える。

ナナミ「ティコ!」

ナナミが海に飛び込み、泳いでそちらを目指す。

シェリル「いたわ! サメよ、サメだわ!」

ナナミ「ティコ!」

シェリル「銛の用意!」
ナナミ「──!? ティコ、隠れて!」
シェリル「発射!」

シェリルの指示で銛が放たれるが、その背びれは一瞬早く海に沈む。

スコット「アル!」
アル「オーキー・ドーキー!*1

シェリルは、今度はライフル銃を構える。

シェリル「さぁ、いつでも出て── あぁっ!?」

ペペロンチーノ号がシェリルの船の正面に体当たり。
スコットがシェリルの船に飛び乗り、銃を奪い、海に投げ捨てる。

スコット「銃を海に持ち込んで、いい目に会った奴はいない」

アルは心配そうに、体当たりで傷んだ船体を見ている。

アル「あぁ~あ、こんなになっちまった。……あぁっ!?」
スコット「どうした?」
アル「この辺に引っ掛けといたのに、せっかく釣ったイカが、釣竿ごと持ってかれちまってる……」
シェリル「あなたがた、何者なの!?」
スコット「善意の第三者さ」
アル「海賊だよ! 畜生、俺のイカを…… 馬鹿野郎!」
シェリル「あなたたちのせいで、ホオジロザメに逃げられたのよ。どうしてくれるの!?」
アル「あれがサメのわけないだろう!? そんなこともわからない馬鹿は、さっさと陸に帰んな!」
シェリル「な、何ですって!?」
スコット「アル、もういい。ほっとけ」
シェリル「何なの……!?」

ペペロンチーノ号が去ってゆく。
突如、目の前の海上から大きなシャチ──ティコが飛び上がる。
苛立っていたシェリルは、その様子に目を奪われる。
ティコが海に飛び込み、水しぶきがシェリルたちに浴びせられ、銃が甲板に転がる。

海上からティコが顔を出して鳴き声をあげ、ティコに乗ったナナミが声をかける。

ナナミ「『忘れものだ』って言ってるわ。それと、この子はシャチよ。それじゃ、バイバイ!」

ナナミがティコの背に乗ったまま、去ってゆく。


その夜。
シェリルはホテルで、テレビのニュースの見ている。

『今日の午後、イギリスのメルビル財閥の令嬢シェリルさんによって発見されたのは巨大なシャチであり、追い求められているホオジロザメとはまったく別の生物であることが確認されました』

シェリル「あれが冒険よね…… ワクワクしたわ!」
ジェームス「何をおっしゃるんです!? あのシャチに襲われそうになったんですぞ! さっそく、イギリスへ帰りましょう。お父様がお待ちです。ハックション!」

テレビに、ティコの姿が映る。

シェリル「きれいだわ……!」


ペペロンチーノ号では、船室でアルがマグロの切り身を焼いている。

アル「畜生。あのジャジャ馬に邪魔されたおかげで、マグロを釣り上げるのが夜になっちまったじゃねぇか」

エサをねだるティコに、アルが尾の切り身を放る。

アル「ティコ、頭は駄目だぞ! 明日、サメ野郎のエサにするんだからな」
ナナミ「父さん。この港、離れたほうがいいと思うの」
アル「えっ!? ナナミ、頼むよぉ。百万ドルを手に入れてからにしようぜ」
ナナミ「ここにいたらティコが危険だわ!」
アル「ティコがあんな間抜けな連中に捕まるわけないさ。なぁ、ティコ? ナナミ、サメは明日必ず捕まえる。そうすれば、百万ドルと言わず巨万の富が俺たちのものになるんだ!」
ナナミ「そんなの要らない。それより、ティコが傷ついてもいいの?」
スコット「……明日、カリブ海に向けて出発しよう。パナマ運河経由だ」
アル「スコット!?」
ナナミ「父さん、ありがとう!」
スコット「アル、俺たちの船は海洋調査船だろう? 賞金稼ぎじゃない」
アル「やれやれ…… 本当は、冷蔵庫だってオーブンだって買うつもりだったんだがなぁ」
ナナミ「アル、煙!」
アル「えっ? しまったぁ! マグロのステーキが…… あ、熱、熱っ!」


翌日。
シェリル、ジェームス、テレビ局カメラマンを乗せた潜水艇が海中を行く。

シェリル「今日こそ捕まえてやるわ! もう、あんな連中に邪魔なんかさせない。しっかり撮っとくのよ、サメを捕まえるところを」
ジェームス「お嬢様、テレビでお嬢様がこんなことをしているところがイギリスで放送されますと、大学が退学に!」
シェリル「そっか…… それじゃ、ジェームスが今度のプロジェクトの隊長ってことにするわ。しっかり撮ってやってちょうだい」
ジェームス「お、お嬢様!?」

ついにホオジロザメが、海岸に出現。海水浴客たちが大混乱に陥る。

人々「サ、サメだぁ!!」

ラジオ『臨時ニュースです! とうとうホオジロザメが、浜辺に出現しました! 付近で遊泳中の方は、至急避難を!』


ペペロンチーノ号は、出発の準備を進めている。

ナナミ「ティコ、行こうよ」
アル「ティコ、お前も百万ドルに未練があるんだろう?」
ナナミ「アル! ティコ、行こう。ここにはいないほうがいいよ」
スコット「ナナミ、アル、出発するぞ!」


シェリルは無線で、サメ出現の報せを受ける。

シェリル「出たのね!? すぐ、そちらへ向かうわ。何グズグズしてるの? 早く指示してちょうだい!」
ジェームス「は、はぁ…… しゅ、出発してください!」


海岸は、サメ捕獲目当ての船で埋め尽くされる。

「そっちへ行ったぞ!」「追え!」

一方のシェリルの潜水艇は、海底に沈んで動かなくなっている。

シェリル「どうなっちゃったの!?」
操縦士「電気系統の一部がダウンしたようです」
シェリル「まだ、サメと戦ってもいないのに!?」
ジェームス「ですから、フランス製は駄目だと申し上げたんです!」
操縦士「エンジンはウンともスンともいいません。岩に引っかかっているようで、浮上も無理のようです」
シェリル「無線は?」
操縦士「これもダウンしていますが、どっちにしても、この深さでは無線は無理です。有線の救命ブイを上げて、通信機だけでも直せれば連絡できるんですが……」
シェリル「やってみて!」

潜水艇から救命ブイが放たれ、海上に上がる。

シェリル「見つけてくれるかしら……」
操縦士「この辺りは潮の流れが速いし、周りに船はいなかったようですから、期待できません」
ジェームス「フランス人の作った潜水艇など、お求めになるから……」

潜水艇に、次第にサメが迫る──


沖を発とうとしていたペペロンチーノ号が、その救命ブイを見つける。

ナナミ「あっ、何か浮いてる。──救命ブイだわ」
スコット「潜水艇のようだな」
アル「えっ? ──ありゃ、あのジャジャ馬のマークじゃねえか!? あの馬鹿娘のこった、救命ブイといっても、どうせネズミかなんかを見ただけだろう。行っちまおうぜ、スコット」

スコットが無線で呼びかける。

スコット「こちら、ペペロンチーノ号。救命ブイの潜水艇、応答願います。救命ブイの潜水艇、応答願います」
アル「いいよ、あんな奴。ほっといって、さっさとカリブに向かおうぜ。せっかく決めたんだから」
ナナミ「こちら、ペペロンチーノ号。こちら、ペペロンチーノ号!」

潜水艇に、その通信が届く。

ナナミ「こちら、ペペロンチーノ号。救命ブイの潜水艇、応答願います」
シェリル「助けて、サメよ! サメに襲われてるの! あ、あぁ──っ!」
スコット「面舵いっぱい!」
アル「けっ、仕方ねぇなぁ!」

アルはスクイドボールに乗り込み、スコットは潜水服を着込む。

スコット「アル、いいか?」
アル「オーキー・ドーキー!」
ナナミ「ティコ──っ!」
スコット「どうした?」
ナナミ「ティコがいないの」
スコット「何?」
ナナミ「……いいわ。私、アルと一緒に行く」
スコット「ナナミ、お前はここにいろ。危険だ」
ナナミ「私も行かせて!」
スコット「駄目だ!」

ナナミを船上に残し、スコットとアルは海中へと向かう。

動きの取れない潜水艇の周りを、ホオジロザメが泳ぎ回っている。

アル「出たな、中華スープ野郎!」

スクイドボールがマニピュレーターを伸ばしてサメを捕えようとするが、サメはひらりとかわす。

アル「この野郎、逃げるつもりか!?」

逆にホオジロザメが鋭い牙で、マニピュレーターに噛みつき、大暴れする。

アル「うわぁ!? くそぉ、生意気なぁ! これでも食らえぇ!」

スクイドボールがサメと格闘している間に、スコットは、シェリルの潜水艇を救いに向かう。

シェリル「あのときの……!?」

スクイドボールは岩に叩きつけられ、アルは気絶してしまう。
サメはシェリルたちの矛先を向け、潜水艇に体当たりする。

シェリル「きゃあっ!」

潜水艇が倒れ、スコットはその下敷きとなり、身動きが取れなくなってしまう。

そこへ、ナナミを乗せたティコが、勇ましく突進してくる。
暴れ回るホオジロザメ目がけ、ティコが果敢に体当たりする。

シェリル「あのシャチだわ!」

ナナミはスクイドボールの窓を必死に叩くが、アルは気絶したまま、目を覚まさない。
スクイドボールの機体から、ワイヤーを引き出し、輪を作ってサメにかざす。

ナナミ (こっちよ……!)

サメが突進してくる。
ナナミがワイヤーの輪をサメに引っ掛けようとするが、うまくいかない。
すかさずティコが、その輪を咥える。
再び突進してきたサメに、今度は輪がはまる。

サメが大暴れする。
スクイドボールがワイヤーで引っぱられ、その衝撃でアルが目を覚ます。

アル「な、何だぁ!?」

ティコが再び、ホオジロザメに体当たりする。
ようやく、ホオジロザメが逃げ去ってゆく。

ナナミ (もう人間のいる海には、近づいちゃ駄目よ……)

スコットは無事に救い出され、シェリルの潜水艇も、アルのスクイドボールにより救出される。

シェリル「助かった…… でも、この人たちは一体……?」


ペペロンチーノ号がサンフランシスコ沖を発つ。
アルは首に、痛々しく包帯を巻いている。

アル「まったく、ナナミのおかげでムチ打ちになっちまった」
ナナミ「だって、あぁでもしないと起きないんだもん」
アル「冗談じゃないよ! 大体、どうしてサメを逃がしちまったんだ!?」
ナナミ「ティコも私も、無闇に生き物を殺すのは嫌いなの。知ってるでしょ!?」
アル「百万ドルはどうしてくれるんだ!?」
スコット「アル! このカニはいったい何だ?」

甲板の樽から、大漁のカニがあふれ出している。

アル「おっと、逃げ出しちまったか!? そいつは、カリブの金持ちたちに売るんだ。儲かるぞぉ! ハハハ!」

海中からティコが顔を出し、鳴き声をあげる。

ナナミ「ティコ、何?」

ティコが何かを咥えている。

ナナミ「なんか光った!」

スコットがそれを手にする。光を放つ、骨のような欠片。

スコット「これは……!」
ナナミ「何?」
アル「きれいだなぁ。新種のサンゴか何かか?」
スコット「ヒカリクジラの骨だ……!」


サンフランシスコの海岸。
停泊している船の一室で、白衣姿の男たちが話している。

「博士、トロンチウム反応が出ましたぞ!」
「何、この近くでか?」
「微量ですが、間違いありません」
「フン…… やはりな」


シェリルは無事に救い出されたものの、入院生活となってしまう。

シェリル「まったく…… いつまで入院してなくちゃならないのよ!?」
ジェームス「お嬢様は大事なお体ですので、一応、精密検査の結果が出るまでは」
シェリル「フン!」

テレビには、カメラマンの映したティコの映像。

シェリル「本当にきれい……! 決めたわ!」


(続く)

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最終更新:2018年08月24日 12:51

*1 Okey-dokey。OKの意。