地獄少女 三鼎の第9話

賽河原第四中学校、放課後の教室。
2年生の稲生 楓と同級生の小林が、教室でコックリさんをしている。

稲生「コックリさん、コックリさん、おいでください。稲荷のゴンさん、そこにいらっしゃいますか? お答えください」

同級生の西野ちづるともう1人(以下、生徒A)が、呆れ気味にそれを見ている。

生徒A「ゴンさんだって。ククッ!」
西野「笑っちゃかわいそうよ。ゴンさんのおかげで、やっとみんなに気づいてもらえたんだから」
生徒A「ずっと空気だったもんねぇ~」
稲生「稲荷のゴンさん、おいでください」

女教師に扮して潜入している骨女が顔を出す。

骨女「こーら、いつまで残ってんの? 稲生さん。あなた、また──」
西野「駄目よ、曽根先生。ゴンさんを取り上げたら、また空気になっちゃうって。それしかないんだからね、この子」
生徒A「そうそう。ゴンさんあっての、コックリちゃんだもん」
西野「気をつけてねぇ。あんまし虐めると、祟られちゃうよ~」

西野たちが帰って行く。

骨女「ほら、あなたたちも」
小林「あ、はい」
稲生「指を離しちゃ駄目! 今、ゴンさんが降りて来たから。ゴンさん、小林さんのアクセサリーはどこですか?」



はぐれ稲荷



翌朝。
学校の廊下で、小林が大喜びしつつ、稲生のもとへ駆けつける。

小林「あったよ、アクセサリー!」
稲生「良かった。お告げの通りだった?」
小林「うん。びっくりしたよ! 『四角い箱』って、タンスのことだったのね。何度も調べたのに」
稲生「ゴンさんには、何でもお見通しなの」

ゆずきと秋恵が、それを見ている。

ゆずき「なぁに、あれ?」
秋恵「あぁ、コックリちゃんよ」
ゆずき「コックリちゃん?」
秋恵「2年の、稲生 楓。コックリさんばかりしてるからね。結構、当たるみたいよ」
ゆずき「ふぅん…… そういうの、まだやってる子、いたんだ」


用務員として学校に潜入している輪入道が、校庭を掃除している。
花壇に、コックリさんの紙が埋められている。

輪入道「またか……」


稲生は教室で、新たなコックリさんの紙を作っている。
小林が、級友の木下を連れて顔を出す。

小林「何してるの?」
稲生「一度使った紙は、土に埋めなきゃいけない決まりだから」
小林「さすがプロ! ねぇ、木下さん。期待できるでしょ?」
木下「あのさぁ。呪いって、できる?」
稲生「えっ?」
木下「生活指導の猪瀬。あいつを呪ってほしいの。アレで休んだとき、『仮病に違いない』って難癖つけてきてさぁ」
小林「マジ、重かったのにね」
木下「家にまで電話かけてきて『症状はどうだ』とか、ネチネチネチネチ、ほとんどセクハラよ。もう、頭きて」
稲生「でも私、呪いなんて……」
木下「できないの?」
稲生「……別に、そういうわけじゃ」
木下「お願い、稲生さん!」
稲生「……じゃあ、今回だけ」


その夜。
稲生はオカルトグッズに囲まれた薄暗い自室で、呪いを行なう。
オカルト本を片手に、猪瀬の名を書いた人型に、針を突き立てる。

稲生「よくわかんないけど…… ま、いっか。ゴンさん、よろしくお願いします」


翌日。
猪瀬が階段を降りようとして、足を踏み外し、階段下まで転げ落ちる。


教室の稲生。

稲生「まさか、あんなので効くなんて……」

木下「稲生さん、ありがとう! 本当に、猪瀬の奴をやってくれたのね!」
稲生「ちょ、ちょっと」

その大声で、生徒たちの視線が一斉に、稲生に集まる。

生徒「すげぇ!」「本当に!?」
木下「すごいよ、稲生さん。こんな力を持ってたなんて!」
稲生「別に、私は何も」
木下「やだぁ、謙遜しちゃってぇ!」
稲生「ううん。これは、その、ゴンさんが…… ゴンさんがしてくれただけで」
木下「コックリさんって、そんなことまでできちゃうんだぁ。もう、見る目変わっちゃったぁ! 尊敬~!」
稲生「そんな……」
木下「羨ましいなぁ。そんなすごいキツネと知り合いだなんて」
稲生「私の守り神なの。ゴンさんは──」


ゆずきと秋恵が、友人の珠代、そら、望たちと話している。

「猪瀬先生も、災難だったよね」「ネンザ、かなりひどいみたい」
「あの噂、本当なのかなぁ?」「あぁ、実は呪いをかけられてたって奴? 聞いた、聞いた」

ゆずき「まさか、それって、地獄通信?」
そら「違う違う。ほら2年の、誰だっけ?」
ゆずき「稲生 楓さん?」
秋恵「コックリちゃん!?」
そら「そうそう。2年じゃ、彼女の噂でもちきりになってるみたい」
秋恵「あの子がねぇ……」
そら「小学校、一緒なんだっけ?」
秋恵「あんまり覚えてないんだけど、いるのかいないのか、わかんない子だったよね」
珠代「ごめん、全然おぼえてない」
望「なるほど」
秋恵「それがさ、中学に入ってから、急に注目浴びちゃって。突然、自分にはキツネが憑いてるとか言い出してね。コックリさんをやりだしたのも、その頃よ。よりによって、コックリさんとはね」


その夜。
稲生が自宅で、手製の小さな鳥居に、手を合わせる。

稲生「ゴンさん、これからも力を貸してね」

携帯が鳴る。

稲生「はい、稲生ですけど。──C組の? あぁ、木下さんの紹介で。 ──えっ!? それは…… わかりました、やります。で、相手は? はい、3年の。──大丈夫です。私にはゴンさんが憑いてますから。──はい」「ゴンさん、またよろしくお願いします」


理科室での授業中。

男生徒たち「お前、誰にする?」「俺は数学の赤津だね」「おっ、いいじゃん」
秋恵「いい加減にしなさいよ」
ゆずき「そうよ、趣味悪い」
男生徒たち「なんだよ。お前らだって怨んでる奴の1人や2人くらい、いるだろ?」「地獄少女って面倒臭そうじゃん。コックリちゃんなら、すぐだぜ」「コックリちゃん、最高!」
秋恵「本当、馬鹿! あんたたち」
男生徒たち「んなこと言うと、キツネに祟られるぞぉ!」「どうなっても、知らないからね!」
秋恵「何が祟りよ、くだらない」

棚の上の段ボールが崩れ、秋恵の頭上に落ちる。

秋恵「きゃあぁ──っ!!」
ゆずき「秋恵ぇ!?」


保健室から、ゆずきと、手の傷の手当てをした秋恵が出てくる。

ゆずき「ありえないよね、あんなところに試験管を置いとくなんて。でも、かすり傷で良かったよ。もしずれてたら、それこそ」
秋恵「どうしよう、ゆずき…… 私、呪われたのよ! 誰かが稲生さんに頼んで……」
ゆずき「……そんなこと、あるわけないよ」
秋恵「きっとそうよ!」


稲生は教室で、生徒たちに囲まれている。

稲生「ゴンさんは、はぐれ稲荷と言ってね。住むべき(やしろ)を失った、かわいそうなキツネなの。それで私のところに来たんだけど──」

人垣の向こうで、西野が手を振る。

西野「ちょっといい?」
稲生「──西野さん?」


西野は稲生を、生徒たちの目に触れない校舎の隅へ連れてゆく。

西野「今まで、コックリちゃんとか馬鹿にしてて、ごめ~ん」
稲生「うぅん、そんなこと」
西野「それで、お願いがあるんだけど」
稲生「いいわよ。何でも言って」

西野が、1人の青年の写真を差し出す。

西野「そいつを殺してほしいの」
稲生「殺す!? 誰なの、この人?」
西野「近所の大学生。ずっと私のこと、ストーカーしてるの」
稲生「ストーカー?」
西野「朝も夜も付きまとわれて、もう限界なの」
稲生「でも、殺すというのはちょっと……」
西野「できるんでしょ? それとも、私が馬鹿にしたから、嫌なの?」
稲生「そんなこと……」
西野「お願い! 助けて、稲生さん!」
稲生「……わかった。やってみる」


稲生が教室に戻って来ると、ゆずきと秋恵が待っている。

秋恵「稲生さん!」
稲生「あ、高杉さん、お久しぶりです。どうしたんですか? その手」
秋恵「あなた…… 私のこと、呪った?」
稲生「は?」
秋恵「どうなの?」
稲生「私は何も……」
秋恵「本当に?」
ゆずき「呪いなんて、やめたほうがいいよ。誰にもいいことないんだから。取り返しがつかなくなる前に、やめたほうがいいって。ね?」
稲生「……先輩たちには関係ないことです」
!?
稲生「みんなが私を頼ってくれてるんです。もう、昔の私じゃないんです!」

稲生が教室に戻る。

秋恵「何? あれ」


夜。
稲生は自宅で、呪いの儀式を執り行う。
その様子を、地獄少女・閻魔あいが静かに見ている。

稲生「私にはできる。大丈夫、ゴンさんが憑いてるんだから。ゴンさん、力を貸してください。南無稲荷大権現── この者に死を!」

手製の鳥居の前で、西野から渡された写真に、赤く塗った竹串を突き立てる。


翌朝の学校。

西野「稲生さん、おはよ!」
稲生「あっ、西野さん。おはよう」
西野「どうだった?」
稲生「大丈夫。ちゃんとやっておいたから」
西野「フフッ! ありがと」
稲生「どういたしまして」

稲生が階段を上ろうとすると、階段の上で、きくりが三輪車を漕いでいる。

きくり「ヒヒヒ! 人を呪わば穴二つ!」
稲生「えっ!?」
きくり「イッペン死ンデミル? セリフ取ってやったぁ~!」
稲生「何なの……!?」


あいの使い魔の輪入道、骨女、一目連、山童たちが、コックリさんの件を話している。

輪入道「厄介なもんが流行っちまったなぁ」
骨女「あいつを呪え、こいつを呪え。もう、呪いのバーゲンセールさ」
山童「みんな、溜まってるんですねぇ……」
輪入道「で、どうなんだ? その娘、本当にキツネが憑いてんのか?」
骨女「いや。ありゃ、ただの思い込みだね」
山童「でも、祟りがあったって?」
一目連「偶然だよ、偶然。よくあるだろ? 先に誰かが呪いをかけたとなりゃ、偶然も呪いになっちまうのさ」
山童「でも、その女の子は信じてるんですよね。コックリさんの力」
骨女「キツネがどうのと言い出す前は、いるのかいないのか、わからない子だったそうだよ」
輪入道「ようやく、拠り所を見つけたつもりなんだろう」
骨女「それにしたってねぇ……」
山童「西野ちづる、憶えてます?」
骨女「あぁ、前にアクセスしてきた子ね。『ストーカーされた』とか言って」
輪入道「まだ打ちこんでなかったろう?」
山童「彼女がコックリちゃんに頼んだそうですよ。相手を『呪い殺してくれ』って」
骨女「えぇっ……」
一目連「殺す、ねぇ……」
輪入道「さて、どうなるかねぇ……」


西野が稲生に、携帯の表示を見せる。

稲生「メール?」
西野「無言メールよ。あの男、まだ死んでないじゃないの! どういうこと!?」
稲生「でも私、昨日ちゃんと……」
西野「私だからって、手を抜いてるわけ!?」
稲生「そんなことない! とにかく、もう一度やってみるから」


その夜。
稲生は鳥居に油揚げを供え、再び呪いの儀式を行なう。

稲生「お店で一番高い油揚げだよ。奮発したんだから、よろしくね。お願いお願い、お願いします! 南無稲荷大権現、この者に死を! 死を!! 死を!! 死を!!」

すでに穴の開いている写真に、何度も竹串を突き立てる。


翌朝。
稲生が登校するなり、西野は彼女を玄関の片隅に連れ込む。

西野「あいつ、今朝も私を見てたのよ! 『実はできない』とか、言わないよねぇ?」
稲生「……」
西野「ねぇ?」
稲生「それは…… 殺すのって初めてだから、少し手間取ってるだけで」
西野「……」
稲生「本当よ!」

ゆずきが通りかかり、西野がそれに気づく。

西野「いいわ。急いでね」

西野が去る。

ゆずき「大丈夫? 顔、真っ青よ」


輪入道が校庭を掃除していると、花壇で稲生がしゃがみこんでいる。

輪入道「おぉい。何やってんだ?」

稲生が慌てて、立ち去る。

輪入道「何だ、ありゃ?」

稲生のいた場所を見ると、人型に土が盛り上げられ、竹串が突き刺さっている。


稲生「新しいのを試したから、たぶん」
西野「たぶんじゃ困るのよ!」
稲生「うぅん、大丈夫。今度こそ、きっと」
西野「本当ね? 間違いないわね?」
稲生「うん……」
西野「じゃ、頼むよ。信じてるからね」

西野が去り、入れ替わりに小林が稲生に声をかける。

小林「最近、西野さんと仲いいのね」
稲生「う、うん、まぁ」
小林「稲生さんのこと、目の仇みたいにしてたのに。これもご利益?」
稲生「……そう、ゴンさんのおかげなの」


夜。
件の大学生が、自宅のアパートに帰って来る。
その様子を西野が、稲生に見せている。

西野「死んでないじゃないの! どういうことなの!?」
稲生「そう言われても……」
西野「もういい! あんたなんかに頼ったのが、間違いだったわ」
稲生「ちょっと待って!」
西野「いい加減なことばっかり! 結局、何もできないんじゃないの」
稲生「そんなことない……」
西野「嘘よ、このインチキ。みんなにも教えてあげるわ。『騙されるな』って」
稲生「ひどい……」
西野「だったら、証拠を見せなさいよ」
稲生「え……?」
西野「呪い殺せるの? どうなの?」
稲生「……できるわ」
西野「また、調子のいいことを」
稲生「本当よ。呪い殺してみせる!」
西野「これが最後よ。それしか取り柄が無いんだからさぁ。しっかりやってよね、コックリちゃん」


町外れの神社で、稲生がお百度を踏む。
素足で石段を駆け昇り、境内に赤く塗った釘を供える。

稲生「はぁ、はぁ…… 73…… お稲荷様、どうかゴンさんに力をお貸しください。あの男を呪い殺す力を!」

素足のまま石段を降り、また昇り、それを繰り返す。

小学生時代の記憶。
級友たちが笑顔ではしゃぐ一方、稲生は孤独に過ごしていた。

稲生「はぁ、はぁ…… 86……」

その様子を物陰で、骨女がじっと見ている。

稲生「はぁ、はぁ…… はぁ…… 100…… 南無稲荷大権現、我が願いを聞き届けたまえ! この者に速やかな死をぉぉ!!」


稲生が憔悴しきった様子で、あの男のアパートの前にやって来る。
部屋ではカーテンの向こうで、シルエットが動いている。

稲生「嘘!? なんで生きてるの!? どうして死なないのよ!?」

地面に這いつくばり、くしゃくしゃの写真を地面に置き、何度も竹串を突き立てる。

稲生「死んでよぉ!! 死んで!! 死んで!! 死ねぇ!! 死ねぇ!! 死ねぇ!!」

竹串が折れる。
だが、あの部屋では依然として、シルエットが平然と動いている。

稲生「はぁ、はぁ…… どうやったら死んでくれるのよ……」

疲れ切った様子で、そばの塀にもたれる。鈍い音がする。
ポケットに入れたままの鳥居が壊れている。

稲生「ゴンさん!? ゴンさん……」

再び、孤独だった小学生時代の記憶が甦る。

稲生「戻るの……!? 嫌!!」

携帯が鳴る。
画面には「西野」の表示。
電話に出るわけにはいかないが、携帯を見て、何かに気づく。

稲生「はっ、まだ方法はある!」

時刻の表示は、午前0時。

稲生「間に合う!」

激しい勢いでキーを打つ。
地獄通信のサイトが表示され、必死に名前を打ち込む。
周囲の光景が永遠の黄昏の世界に変わり、あいと骨女が目の前にいる。

あい「来たよ」
稲生「地獄少女……!?」
骨女「結局、こうなっちまうんだね」
あい「骨女」
骨女「馬鹿だよ、あんたって子は」

骨女が藁人形に姿を変える。

あい「受け取りなさい」

あいの差し出す藁人形を、稲生はひったくるように受け取る。

稲生「良かった! これで助かる! そうよ。あんな思い、二度と……」
あい「あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を──」

あいの説明が終わる間もなく、稲生は迷いもせずに、赤い糸を解く。

稲生「やったわ! さぁ、死ね! みんな見て! 私が殺したのよ!! フフッ、アハハハ!! もう誰にも空気だなんて言わせない。私はみんなから頼りにされる、コックリちゃんよぉ!! アッハハハハ!!」
あい「──人を呪わば穴二つ」

そこは、もとのアパート前の景色。藁人形が消えてゆき、稲生は我に返る。

骨女「怨み、聞き届けたり──」


翌日の学校。
西野が上機嫌で、稲生のもとにやって来る。

西野「ありがと、コックリちゃん! あいつ、どこかに消えちゃったみたい」
稲生「ストーカーから助かって、良かったね」
西野「ストーカー!? 何のこと?」
稲生「えっ? だって、あの大学生……」
西野「あ──。あれ、嘘。ちょっとキモイだけだったのよ」
稲生「……!?」
西野「ストーカーって言ったほうが、リアリティあるでしょ?」
稲生「そんな……!?」

西野「それよりさぁ、友達がお願いしたいんだって。引き受けてくれるわね?」
稲生「えっ!?」

西野「また呪い殺してほしい奴がいるの」

稲生の顔が歪む。

地獄通信は生涯に一度しか使えない──



あなたの怨み、晴らします──

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最終更新:2019年05月14日 17:53