"影の魔女"の結界の中。
感情を爆発させ、時折狂った様な笑い声をあげながら、さやかは既に息絶えた魔女を滅多切りにする。(注1)
やがて結界にヒビが入り、崩壊。
さやか「…やり方さえ分かっちゃえば簡単なモンだね…」
それまでの戦いで受けた傷が、魔力により瞬時に治癒していく。
さやか「これなら負ける気がしないわ…!」
結界が消滅し、3人は建設中のビルの上に。
さやかは足元のグリーフシードを拾い、杏子に投げて渡す。
さやか「あげるよ。そいつが目当てなんでしょ?」
杏子「おい…」
2人に歩み寄るさやか。
さやか「あんたに借りは作らないから。これでチャラ。いいわね?」
さやかは杏子の傍を通り過ぎ、まどかの方へ。
それを黙って見つめる杏子。
さやか「さあ帰ろう、まどか」
まどか「…さやかちゃん…」
まどかの表情は悲しげだった。
変身を解いた途端、さやかはぐったりと前のめりに倒れ…
さやか「…」
まどか「?」
まどかにしがみ付く。
先の戦いでの魔力消耗は凄まじく、立つのがやっとな程だった。
さやか「…ごめん…」
振り返る杏子。
杏子「…」
さやか「…ちょっと疲れちゃった…」
まどかは即座にさやかに駆け寄り、肩を掴む。
まどか「無理しないで、捕まって…」
さやかを連れて去っていくまどか。
それを杏子はグリーフシードを握り締めながら、やるせない表情で見つめていた…
杏子「…あのバカ…!」
魔法少女まどか☆マギカ
第8話 あたしって、ほんとバカ
その後、見滝原市には雷を伴った雨が降っていた。
まどかとさやかは、既に最終便の過ぎたバス停で雨宿りしていた。
まどか「さやかちゃん…あんな戦い方、ないよ……」
瞳に涙を溜め込み…
まどか「痛くないなんて嘘だよ…見てるだけで痛かったもん…感じないから傷付いてもいいなんて、そんなのダメだよ…」
さやか「……ああでもしなきゃ勝てないんだよ…あたし才能ないからさ…」
まどか「あんなやり方で戦ってたら、勝てたとしても、さやかちゃんの為にならないよ…」
さやか「あたしの為にって何よ…」
まどか「?」
さやかは急に立ち上がり、掌にソウルジェムを出してまどかに見せる。
さやか「こんな姿にされた後で、何があたしの為になるって言うの?」
魔法少女にとって今の身体は抜け殻でしかない。ソウルジェムこそが本体なのだ。
まどか「さやかちゃん…」
さやか「今のあたしはね、魔女を殺す、ただそれだけしか意味のない、石ころなのよ…死んだ身体を動かして生きてるフリをしてるだけ…そんなあたしの為に、誰が何をしてくれるって言うの? 考えるだけ無意味じゃん」
まどか「でもわたしは、どうすればさやかちゃんが幸せになれるかって…」
怒りの表情でソウルジェムを突き出すさやかのイメージ。
さやか「だったらあんたが戦ってよ」
まどか「…?」
沈黙の後…
さやか「キュゥべえから聞いたわよ。あんた誰よりも才能あるんでしょ? あたしみたいな苦労しなくても、簡単に魔女をやっつけられるんでしょ?」
まどか「わたしは……そんな…」
一瞬驚き、そして俯くまどか。
さやか「あたしの為に何かしようって言うんなら、まずあたしと同じ立場になってみなさいよ。無理でしょ。当然だよね…」
自動ドアの方まで歩いて立ち止まり、ドアが開く。
さやか「ただの同情で人間辞められる訳ないもんね!!」
まどか「同情なんて、そんな…」
凄まじい形相でまどかを睨みつけるさやか。
さやか「…何でも出来る癖に、何もしないあんたの代わりに、あたしがこんな目に遭ってるの。それを棚に上げて、知った様な事言わないで!」
立ち去ろうとするさやかを追おうと立ち上がるまどか。
2人は傘もないままバス停の外に出た。
まどか「さやかちゃん…」
さやか「…ついて来ないで…!」
まどか「ぇ…?」
走り去っていくさやかを、まどかは呆然と見送る事しか出来なかった。
そしてさやかは、訳も分からず街中を走っていた。
さやか「……バカだよあたし…何て事言ってんのよ…! もう救い様がないよ…!!」
自己嫌悪に陥り、ソウルジェムの中に黒い淀みが浮かび上がる。
暁美家。
ほむらは杏子を自分の部屋に招いていた。
杏子は割り箸を銜えて割り、カップラーメンを食べる。
テーブルの上の地図を指差すほむら。
ほむら「…"ワルプルギスの夜"の出現予測は、この範囲」
杏子「…根拠は何だい?」
ほむら「統計よ」
杏子「統計?」
麺をすすりきって…
杏子「以前にもこの街にワルプルギスが来たなんて話は聞いてないよ? 一体何をどう統計したってのさ?」
黙ったままのほむら。
杏子「…はぁ…お互い信用しろだなんて言える柄でもないけどさ、もうちょっと手の内を見せてくれたっていいんじゃない?」
「それは是非僕からもお願いしたいね…暁美ほむら」
何時の間にか入り込んでいたキュゥべえを、ほむらは冷ややかに見つめる。
杏子「どの面下げて出て来やがったテメエ…!」
ソウルジェムから槍を出し、キュゥべえに突きつける。
キュゥべえ「やれやれ、招かれざる客って訳かい? 今夜は君達にとって、重要なはずの情報を知らせに来たんだけどね」
杏子「はあ?」
キュゥべえ「美樹さやかの消耗が予想以上に早い。魔力を使うだけでなく、彼女自身が呪いを生み始めた」
杏子「誰の所為だと思ってんのさ?」
キュゥべえ「このままだと、ワルプルギスの夜が来るより先に、厄介な事になるかも知れない。注意しておいた方がいいよ」
杏子「何だそりゃ? どういう意味だ?」
キュゥべえ「僕じゃなくて、彼女に聞いてみたらどうだい? 君なら既に知っているんじゃないかな? 暁美ほむら」
何も答えない。
キュゥべえ「…やっぱりね。何処でその知識を手に入れたのか、僕はとても興味深い…君は…」
ほむら「…聞くだけの事は聞いたわ。消えなさい」
大人しく部屋を後にするキュゥべえ。
杏子は槍をしまう。
杏子「放っとくのかよあいつ」
ほむら「あれを殺したところで、何の解決にもならないわ」
杏子「…それよりも美樹さやかだ。あいつの言ってた厄介事ってのは何なんだ?」
ほむら「…彼女のソウルジェムは、穢れを溜め込み過ぎたのよ。早く浄化しないと、取り返しのつかない事になる」
翌日。見滝原中学校。
まどかのクラスは英語の授業中だった。
和子「mustという助動詞には、『これこれしなければならない』といった様な義務の意味があるのですが、have toだと、どちらかと言…」
学校にさやかは来ていなかった。
昨晩の事を思い出すまどか。
和子「一般的な義務の助動詞があって、一方のmustの場合、個人的な責任感…」
まどか「(…あの時、追いかけなきゃダメだったのに…)」
さやかの八つ当たり混じりの痛烈な言葉にただ気圧され、何も出来なかった。
魔法少女である彼女に対して、覚悟も決められない傍観者のままの自分…そんな立場の違いは、長年築いてきた友情さえ壊してしまったのだろうか。(注2)
放課後。公園。
恭介と仁美が一緒に下校している。
その途中、2人は立ち止まり…
恭介「…でもさ、志筑さんって帰る方角はこっちなんだっけ? 今まで帰り道に見かけた事ってない様な…」
仁美「ええ。本当は全然逆方向ですわ」
恭介「え…じゃあ、今日はどうして?」
少しだけ歩く仁美。
仁美「…上条くんに…」
恭介「…!」
振り返って…
仁美「お話ししたい事がありますの」
一方その頃…
まどか「え? 帰ってないんですか? 昨日から…そんな…はい…えっと…分かりました。はい。失礼します」
美樹家を訪れていたまどかは、さやかの両親と思しい人物と話をしている。
その道すがらにも、思い当たる場所を捜し回っていた。
しかし、結局会う事はなく、美樹家のあるマンションの入口前で立ち止まっていた。
まどか「(…さやかちゃん…捜さなきゃ…!)」
公園。ベンチで仲睦まじく会話を交わす恭介と仁美。
遠くの柱の陰からそれを眺めているさやか。
今の彼女は、もう2人に近づく事さえ出来ない。
嫉妬や後悔に囚われるまま、その心は海の底よりも深く暗く沈み、閉ざされていく。
そして…
さやか「ぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
怒り、悲しみ、悔恨、劣等感、自己嫌悪…あらゆる感情が入り混じった絶叫を結界に響かせながら、さやかは使い魔と戦っていた。(注3)
使い魔に逃げられ、振り下ろした剣が地面に当たって砕ける。
マントで顔を覆い、それを広げて両手に剣を持ち、片方が折れても尚、使い魔を切り伏せていく。
やがて使い魔は全滅。結界が消滅し、変身が解ける。
そこは立体駐車場の通路の真ん中だった。
さやか「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
左手に握り締めたソウルジェムは、自暴自棄な戦いの影響でかなり濁っていた。
さやか「!?」
足音に振り返ると、背後からほむらが歩いて来る。
さやか「…!」
険しい表情でそれを見つめる。
ほむら「どうして分からないの? ただでさえ余裕がないのだから、魔女だけを狙いなさい」
さやか「うるさい…大きなお世話よ…!」
ほむら「もうソウルジェムも限界の筈よ。今すぐ浄化しないと…使いなさい」
ほむらはさやかの足元にグリーフシードを投げ捨てる。(注4)
しかし、さやかはそれを踵で後に蹴飛ばしてしまう。
ほむら「…」
さやか「今度は何を企んでるのさ!?」
ほむらは驚き、そして唇を噛み締める。
ほむら「いい加減にして…もう人を疑ってる場合じゃないでしょう。 そんなに助けられるのが嫌なの?」
さやか「あんた達とは違う魔法少女になる…あたしはそう決めたんだ。誰かを見捨てるのも、利用するのも、そんな事をする奴等とつるむのも嫌だ…見返りなんていらない。あたしだけは絶対自分の為に魔法を使ったりしない」
ほむら「あなた…死ぬわよ」
さやか「あたしが死ぬとしたら、それは魔女を殺せなくなった時だけだよ…それってつまり用済みって事じゃん…ならいいんだよ…」
立っているのも辛くなったのか、さやかはその場に膝をつく。
さやか「…魔女に勝てないあたしなんて、この世界にはいらないよ…」
ほむら「…ねえどうして? あなたを助けたいだけなのに。どうして信じてくれないの?」
さやか「どうしてかなぁ…ただ何となく分かっちゃうんだよね…あんたが嘘つきだって事。あんた、何もかも諦めた目をしてる。いつも空っぽの言葉を喋ってる。今だってそう。あたしの為とか言いながら、ほんとは全然別の事考えてるんでしょ…誤魔化し切れるモンじゃないよ。そういうの」
ほむら「そうやって…あなたは益々まどかを苦しめるのね」
さやか「まどかは…関係ないでしょ」
ほむら「いいえ…何もかもあの子の為よ」
ほむらが変身。
ほむら「…あなたって鋭いわ。ええ。図星よ。私はあなたを助けたい訳じゃない。あなたが破滅していく姿を、まどかに見せたくないだけ」
歩み寄りながら…
ほむら「ここで私を拒むなら、どうせあなたは死ぬしかない。これ以上、まどかを悲しませる位なら…」
両者の会話の場に走り寄る影。
ほむら「いっそ私が…この手で…」
左手を差し出し…
ほむら「今すぐ殺してあげるわ…美樹さやか…!」
身を引くさやか。
ほむらが彼女に手をかけようとした瞬間、背後から何かに絡め取られる。
さやか「!!」
倒れるさやか。
ほむらを捕らえたのは、多節棍状に変形した杏子の槍だった。
杏子「おーい!! さっさと逃げろ!!」
さやか「…」
さやかは立ち上がり、ゆっくり歩いて去っていく。
ほむらは黙ってそれを見届けていた。
杏子「正気かテメエは!? あいつを助けるんじゃなかったのかよ?」
ほむら「離して…」
杏子「!…ふん、成程ね。こんな風にとっ捕まったままだと、あの妙な技も使えないって訳か」
ほむらは左腕の盾を作動させて時間を止め、同時に手榴弾を出す。
杏子「な…」
手榴弾のピンを銜えるほむら。
即座にそれに反応していた杏子は後に跳ぶ。
杏子「!」
ほむらはピンを引き抜き、杏子が槍をしまった直後に再度時間を停止させ、空中に手榴弾を置く。
そこから手を離すと同時に手榴弾が爆発。
直撃を免れた杏子。起き上がった時、既にそこにほむらはいなかった。
杏子「………クソっ…!」
上空から見た線路。
行き交う電車。
さやかは電車の座席で、手すりにもたれかかっていた。
同乗している男2人が、何か話をしている。
男A「言い訳とかさせちゃダメっしょ。稼いできた分はきっちり全額貢がせないと。女ってバカだからさ、ちょっと金持たせとくとすぐくっだらねえ事に使っちまうからね~」
男B「いや~ほんと、女は人間扱いしちゃダメっすね。犬かなんかだと思って躾けないとね。あいつもそれで喜んでる訳だし。顔殴るぞって脅せば、まず大抵は黙りますもんね」
男A「ケッ。ちょっと油断すると、すぐ付け上がって籍入れたいとか言い出すからさ。甘やかすの禁物よ。ったく、てめえみてえなキャバ嬢が、10年後も同じ額稼げるかってえの。身の程弁えろってんだ。な?」
男B「捨てる時がさ~ほんとうざいっすよね~。その辺ショウさん巧いから、羨ましいっすよ。俺も見習わないと…?」
男達はホストの様だ。
両者の会話に割り込む様に、さやかが立ちはだかる。
さやか「ねえ、その人の事聞かせてよ」
ホストA「…はい?」
さやか「今あんた達が話してた女の人の事…もっとよく聞かせてよ」
ホストB「お嬢ちゃん中学生? 夜遊びは良くないぞ」
さやか「…その人、あんたの事が大事で、喜ばせたくて頑張ってたんでしょ? あんたにもそれが分かってたんでしょ? なのに犬と同じなの? 『ありがと』って言わないの? 役に立たなきゃ捨てちゃうの?」
ホストA「何こいつ、知り合い?」
ホストB「いや…」
電車のブレーキが作動。
ホスト達の会話は、心身共にズタズタに荒み切ったさやかにとって、止めとしか言い様のない苦痛だった。
女性が散々利用され、挙句捨てられようとしている姿が、恭介と結ばれる事が叶わなかった自分に重なり、求めなかった筈の見返りを本当は求めていた…という事に気付かせてしまったのだから。
しかし、それは『他人の為に戦う』『マミの様な正義の味方』という、自身の信念や存在意義を否定するに等しかった。
さやか「ねえ…この世界って守る価値あるの? あたし何の為に戦ってたの? 教えてよ…今すぐあんたが教えてよ…でないとあたし…」
ホストA「…!」
ホストB「…!」
さやかの左中指から、不気味な模様が全身を侵食する様に広がっていき、最後に侵された左目が見開く。
何事もなかったかの様に走る電車。(注5)
「さやかちゃん、何処?」
まどかはさやかを捜して、公園を彷徨っていた。
ベンチの傍で立ち止まり…
「君も僕の事を恨んでいるのかな?」
電灯の陰にキュゥべえがいる。
まどか「あなたを恨んだら、さやかちゃんを元に戻してくれる?」
キュゥべえ「無理だ。それは僕の力の及ぶ事じゃない」
ベンチに座るまどか。
キュゥべえも彼女に走り寄り、隣に座り込む。
まどか「ねえ…いつか言ってた、わたしが凄い魔法少女になれるって話。あれは…本当なの?」
キュゥべえ「凄いなんていうのは控えめな表現だ。君は途方もない魔法少女になるよ。恐らくこの世界で最強の…」
まどか「わたしが引き受けてたら、さやかちゃんは魔法少女にならずに済んだのかな…」
キュゥべえ「さやかは彼女の願いを遂げた。その点について、まどかは何の関係もない」
まどか「……どうしてわたしなんかが…」
キュゥべえ「僕にも分からない。はっきり言って、君が秘めている潜在能力は、理論的にはあり得ない規模のものだ…誰かに説明して欲しいのは、僕だって一緒さ」
まどか「そうなの?」
キュゥべえ「君が力を解放すれば、奇跡を起こすどころか、宇宙の法則を捻じ曲げる事だって可能だろう。何故君1人だけが、それ程の素質を備えているのか、理由は未だに分からない」
まどか「わたしは、自分なんて何の取り得もない人間だと思ってた。ずっとこのまま、誰の為になる事も、何の役に立つ事も出来ずに、最後までただ何となく生きていくだけなのかなって…それは悔しいし、寂しい事だけど、でも仕方ないよねって、思ってたの…」
キュゥべえ「現実は随分と違ったね…まどか。君は、望むなら、万能の神にだってなれるかも知れないよ?」
まどか「わたしなら…キュゥべえに出来ない事でも、わたしなら出来るのかな…」
キュゥべえ「と言うと?」
まどか「わたしがあなたと契約したら、さやかちゃんの身体を元に戻せる?」
キュゥべえ「その程度、きっと造作もないだろうね。その願いは君にとって、魂を差し出すに足るものかい?」
まどか「さやかちゃんの為なら、いいよ…わたし、魔法少女に…」
今まさに契約しようとした瞬間、時間が止まり、キュゥべえの全身が何かに撃ち抜かれ、穴が開く。
力なく崩れ落ちるキュゥべえ。
まどか「…?」
その背後にいたほむら。
持っていた拳銃を落としてしまう。
まどか「…!?」
ほむらが近づいてくる。
ほむら「…」
怒りと悲しみの入り混じった表情で立ち尽くすほむら。
まどか「ひ…酷いよ…何も殺さなくても…」
ほむら「あなたは…何であなたは、何時だって…そうやって自分を犠牲にして……」
まどか「…え?」
ほむら「役に立たないとか、意味がないとか、勝手に自分を粗末にしないで…! あなたを大切に想う人の事も考えて! いい加減にしてよ!!」
まどかの両肩を掴む。
ほむら「あなたを失えば、それを悲しむ人がいるって、どうしてそれに気付かないの!? あなたを守ろうとしてた人はどうなるの!?」
何時になく感情的なほむら。
言葉遣いも、声色も、まどかの知っている"冷静な暁美ほむら"と違っていた。(注6)
そしてまどかから手を離し、膝をつく。
まどか「ほむらちゃん…」
駆け寄ろうとしたその時、まどかの脳裏に砂嵐のイメージがよぎる。
まどか「わたし達は、何処かで…」
ほむら「…」
まどか「何処かで会った事あるの? わたしと…」
ほむら「それは……」
まどか「…ごめん…」
鞄を取り…
まどか「わたし、さやかちゃんを捜さないと…」
ほむら「待って…美樹さやかは、もう…」
まどか「ごめんね…」
走り去るまどか。
ほむら「待って…っ!」
立ち上がって追いかけようとするが、足がもつれてしまう。
ほむら「まどかぁっ!!」
追えなかった。止められなかった。
悲しみに囚われ、ほむらはただ泣くしかなかった。
「無駄な事だって知ってる癖に。懲りないんだなぁ、君も」
フェンスの上に立つ影は、殺した筈のキュゥべえだった。
顔を起こすほむら。
キュゥべえ「代わりはいくらでもあるけど、無意味に潰されるのは困るんだよね。勿体無いじゃないか」
別個体のキュゥべえが、先程殺されたキュゥべえの残骸に駆け寄り、何とそれを食べて始末する。
キュゥべえ「……キュップぃ」(注7)
立ち上がり、髪をかき上げるほむら。
キュゥべえ「君に殺されたのはこれで2度目だけれど、お陰で攻撃の特性も見えてきた」(注8)
ベンチの上で猫の様に転げ回るキュゥべえ。
キュゥべえ「時間操作の魔術だろ? さっきのは」
能力を看破されたほむらに衝撃が走る。
キュゥべえ「…やっぱりね。何となく察しはついてたけれど、君はこの時間軸の人間じゃないね?」
ほむら「お前の正体も企みも、私は全て知ってるわ」
言葉遣いと声色は、冷静なほむらのそれに戻っていた。
キュゥべえ「成程ね。だからこんなにしつこく僕の邪魔をする訳だ。そうまでして、鹿目まどかの運命を変えたいのかい?」
ほむら「ええ…絶対にお前の思い通りにはさせない…キュゥべえ……いいえ、"インキュベーター"…!」
見滝原駅。
ホームのベンチで1人佇むさやかの元に、彼女を捜し続けていた杏子が来る。
杏子「やっと見つけた…」
杏子はさやかの隣に座り、上着のポケットからポテトチップスを出して封を開け…
杏子「あんたさ、何時まで強情張ってるわけ?」
一気食いする。
さやか「…悪いね。手間かけさせちゃって」
杏子「何だよ。らしくないじゃんかよ」
さやか「…うん…別にもう…どうでも良くなっちゃったからね…結局あたしは、一体何が大切で、何を守ろうとしてたのか、もう何もかも、訳分かんなくなっちゃった…」
杏子「おい…」
既に限界まで穢れてしまった掌の上のソウルジェム。
深青色に黒と緑の入り混じった不気味な色に染まり、その中で、まるで何かが生まれる前兆の様に泡が立っている。
杏子「…!」
それを見て驚く杏子。
さやか「希望と絶望のバランスは差し引きゼロだって…」
杏子「…」
さやか「何時だったか、あんた言ってたよね…今ならそれ、よく分かるよ…確かにあたしは、何人か救いもしたけどさ…だけどその分、心には、妬みや恨みが溜まって…一番大切な友達さえ傷つけて…」
杏子「さやか、あんたまさか…」
さやか「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない…あたし達魔法少女って、そういう仕組みだったんだね…」
流れる涙。
そして滴となってこぼれ落ちる。
さやか「…あたしって…ほんとバカ」
ソウルジェムに落ちる涙。
恭介への恋慕を象徴する様に、幼少時のさやかと楽団の群れがオーバーラップする。
さやかの影の足元に映る別の存在の影。
そして…
杏子「!!」
爆発的なエネルギーが放出され、吹き飛ばされる杏子。
ひび割れ、砕け散るソウルジェム。
その下から現れたのは、何とグリーフシードだった。
命…ソウルジェムを失ったさやかの身体は、ベンチから糸の切れた人形の様に崩れ落ち、エネルギーに吹き飛ばされる。
現れる不気味な影…それはまさしく、魔女誕生の決定的瞬間だった。
杏子「さやかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
杏子は駅の外に飛ばされない様に、フェンスにしがみ付いていた。
「この国では、成長途中の女性の事を、少女って呼ぶんだろ? だったら、やがて魔女になる君達の事は、魔法少女と呼ぶべきだよね」
建造中の高層ビルのクレーンの上で独り言を呟くキュゥべえ。
見滝原駅から、凄まじいエネルギー放出の様子が見える。
彼も遠くから一部始終を見届けていた…
"他人の為に戦う事"。
"正義の味方"。
そんな想いを掲げ、頑固なまでに自分であり続けようとした、魔法少女としてのさやかの人生。
マミに指摘され、自分も躊躇った筈の"祈りの先にあるもの"を捨て切れず、理想と現実に振り回された。
誰の言葉にも耳を貸さず、まどかとの友情が壊れ、信念に矛盾が生じて自分への言い訳になっても、脇目も振らず走り続けた。
手遅れになって初めてその意味を悟った、かつて杏子が味わった運命の裏切りに…それを凌駕する真の絶望に堕ちるその瞬間まで。
例え、プライド故に同じ生き方を選ばなかった事が間違いだったとしても、彼女はただひたむきで、そして悲しい程に一途だった──
─脚注─
(注1)影の魔女"Elsa Maria"。その性質は独善。跪いて祈りを捧げる女性を象った影の姿をしている。背中から触手又は木の枝の様に腕を伸ばして絡め取ったり、間断なく分裂させて攻撃する。さやかの痛覚遮断と治癒魔法を併用した自分を省みない攻撃の前に倒された。
(注2)まどかとさやかの出会いは本編開始以前の小学校入学時で、その頃からの親友であり、幼馴染とも言える。又、さやかがタツヤを「タッくん」と呼んだり(第6話)、詢子からもちゃん付けで呼ばれていたり(第11話)と、家族との付き合いも断片的にだが読み取れる。
(注3)このシーンに登場するのは犬の魔女の手下"Bartels"。役割はインテリア。紙粘土で作ったマネキンの様な姿で、意思を持たない。
産みの親である「犬」の魔女とその性質「渇望」、及び作品公式サイト等の解説にある「誰からも愛されなかった」というワードは、その後のシーンにおけるさやかの境遇に重なるものがある。
(注4)この時渡したグリーフシードは、本編に登場しなかったオランダの魔女のもの。
(注5)電車内のシーンの結末については、脚本上では「決めていないからお客さんに任せる」(虚淵玄(脚本)談)と視聴者の想像に委ね、映像上ではさやかはホストを「殺していない」(新房昭之(監督)談)というスタンスがとられている。
尚、ホスト達の会話は虚淵氏が満員電車の中で聞いた会話が元ネタである(本当は更に酷い内容だったが、尺の都合でカットした)。
(注6)感極まって、それまで隠し通していた地の(素顔の)自分を晒してしまったほむら。この回では他にも行動目的や能力が明かされたが、彼女の冷静且つ冷徹な人間像が形成される様子は、第10話及び劇場版後編で描写される。
尚、彼女が魔法で作り出した盾は、時間操作だけでなくあらゆる物を収納出来る機能があり、戦闘に使用する拳銃等を暴力団事務所や軍事基地から盗んで入れていた(契約して間もない頃は、ゴルフクラブやインターネットで得た知識で自作した爆弾を使っていた)。
(注7)ゲップの声。第6話にもある。表記はインタビューの記事でのそれに倣ったものだが、「きゅっぷい」と表記される事が多い。これは台本ではアドリブと指示されており、加藤英美里(キュゥべえ役の声優)としては「けっぷ」と発音したつもりだったとの事。
(注8)その時点では描写されなかったが、最初にキュゥべえがほむらに殺されたのは
第1話。第10話終盤(及び劇場版後編の同部分)にてその伏線が明かされ、第1話のショッピングモールでのまどかとほむらのやりとりに繋がっていく。
最終更新:2015年04月27日 05:53