愛…… それは夢冒険
はるか宇宙 マール星レピトルボルグ王家は 春日エリをお妃に迎えるための使者を 地球に送った──
「チンプイ、頼んだぞ~!」
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宇宙の彼方から、何者かが地球を目指している。
声A「この星?」
声B「そう、この星だ」
声A「どこ、どこ、どこ!?」
声B「いや、待てって!」
地球上、日本、とある町。
主人公・春日エリが、下校路を駆ける。
声A「あっ、あの子だね!?」
声B「これ、『あのかた』といいなさい! 春日エリ様、12歳、O型の双子座」
声A「うん、なかなかかわいい!」
声B「なかなか、お元気でいらっしゃる」
エリが自宅の塀を乗り越えようとして、転んでひっくり返る。
声B「いささか、おドジな面も」
声A「ほんと……」
エリ「ただいまぁ!」
声B「しかし、失敗を苦にしない強さをお持ちだ」
声A「ふむふむ」
エリ「行って来まぁす」
エリがランドセルを放って出かけようとするが、母の百合が呼び止める。
百合「エリちゃ~ん」
エリ「う!?」
百合「また庭から入ったのね……」
エリ「だって、近道なんだもん」
百合「もう。それで? ランドセルを置いて、どこ行くの?」
エリ「内木さんのとこ。行って来まぁ~す!」
百合「ちょっと待った! 英会話教室に行くから、お留守番を頼むわ」
エリ「えぇ~っ!? そんなぁ!」
百合「宿題は?」
エリ「うぐっ」
百合「それに、いろいろとお手伝いも頼みたいし」
エリ「出たぁ~っ!」
百合「まず、お買物、頼むわね。それと洗濯物も取り込んでおいてよ。それと、お風呂も沸かしといてね」
エリ「はいはい、わかりましたぁ!」
百合「じゃ、行って来るわ」
百合が出かける。
エリ「べ──っだ!」
百合が引き返してくる。
百合「それからエリちゃん。留守中、変な買物しちゃ駄目よ! インチキセールスが多いんだから。あなた、この間……」
エリ「大丈夫よ! もう子供じゃないんだから」
百合「あっ、そうか」
百合が出かけた後、エリは級友の男生徒・内木に電話をかける。
エリ「あっ、内木さん? ごめんなさい、行けなくなっちゃった……」
内木「えぇっ、本当!?」
エリ「明日は、絶対に行くから!」
エリは家事もせず、自室のベッドに寝転がる。
エリ「あ~ぁ、どっと疲れが出ちゃった」
声A「チャンスだよ、エリが1人になったよ」
声B「あのねぇ、エリ様とお呼びしなさい。口の利き方を知らん奴じゃ。では、そろそろ行くか」
エリ「誰!? 誰かいるの!? ……いるわけ、ないよね」
クラッカーの音とファンファーレと共に、エリ目がけて大量の紙吹雪と紙テープが降り注ぐ。
先ほど前の声の主、ネズミのような宇宙人・チンプイと、イヌのような宇宙人・ワンダユウが登場する。
チンプイたち「バンザ──イ! おめでとうございまぁ~す!」
エリ「ん!?」
ワンダユウ「全宇宙選りすぐりの数万人の候補者の中から、厳正審査の結果、あなた様が──」
エリ「ちょっとぉ! 何よ、これ!?」
ワンダユウ「は、何か?」
エリ「こんなに散らかしちゃって、どうしてくれんのよ!? ママに叱られちゃうでしょ!」
ワンダユウ「これは失礼を。じゃ、チンプイ、頼むよ」
チンプイ「うん。チンプイ!」
宙に穴が空き、たちまち、紙吹雪と紙テープが残らず吸い込まれる。
ワンダユウ「──では、続けさせて頂きます。春日エリ様がマール星レピトルボルグ王家の第1王子ルルロフ殿下の…… お妃に選ばれましたぁ~っ!!」
エリ「お、お妃!?」
チンプイたち「おめでとうございます! おめでとうございます!」
エリ「なんのこっちゃ……?」
ワンダユウ「早速ご案内します」
チンプイ「チンプイ!」
エリの体が、ひとりでに体が宙に浮く。
エリ「あ、あら?」
そのままチンプイとワンダユウとともに、部屋の窓から飛び出す。
エリ「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
3人が、家の屋根の上に舞い降りる。
2人の乗ってきた円盤がある。
エリ「え、円盤!?」
ワンダユウ「さよう、王室御用達でございます」
エリ「何だか、悪い夢でも見てるみたい…… そうだわ、これは悪夢なんだわ!」
エリが頬をつねる。
エリ「なかなか覚めない……」
チンプイ「手伝ってあげる!」
チンプイもエリの頬を、思いっきりひっぱる。
エリ「痛ぁい!!」
ワンダユウ「これ、何をする! ご無礼をお許し下さい、チンプイはまだ子供なのです。突然のことで驚かれるのはごもっとも。今すぐおいでを、とは申しません。時間はたっぷりあります。妃殿下のお心の準備ができるまで、お待ちしましょう」
エリ「……わかった!」
ワンダユウ「いやぁ、さすがエリ様! 飲み込みが早くていらっしゃる」
エリ「あなたたち、セールスマンね?」
チンプイ「セールスマン? 何言ってるの?」
ワンダユウ「どうやら、よくご理解頂けなかったお様子だ。仕方がない。わしは報告のために一旦、国に帰るが、お前は残って妃殿下のお相手役として、色々お世話するのだぞ」
チンプイ「うん」
ワンダユウ「そしてマール星の美しさを、ルルロフ殿下の素晴らしさを、よぉくお教えして差し上げるのだぞ」
チンプイ「うん!」
ワンダユウ「では、また参ります。お元気で! ワンダユウ~!」
ワンダユウが円盤に乗り、あっという間に空の彼方へ飛び去る。
エリ「飛んでっちゃった…… 本物の宇宙人!?」
チンプイ「だから、そうだって言ってるのに」
エリ「……」
チンプイ「ん?」
エリ「あなたも帰りなさいよ!」
チンプイ「や~だもん!」
エリ「追い出しちゃうぞ!」
チンプイ「やれるもんなら、やってごら~ん!」
エリがチンプイを追いまわすが、チンプイは身軽に逃げ回る。
エリ「待て~っ!」
チンプイ「おっとっと」
エリ「卑怯もん!」
チンプイ「作戦だも~ん」
エリが勢い余って、屋根を踏み外す。
エリ「あ、あれ? きゃあぁ~っ!」
チンプイ「チンプイ!」
エリは屋根から落ちるが、地上すれすれで宙に浮く。
エリ「あ、あら……?」
チンプイ「ね? 僕がついてると、なかなか便利でしょ?」
そのまま2人は、エリの部屋へ。
チンプイ「チンプイ!」
窓がひとりでに閉まる。
チンプイ「自己紹介がまだだったよね。僕、チンプイ! 仲良くしようね。さっきのお爺さんは、ワンダユウっていうんだ」
エリが無言で立ち上がる。
チンプイ「お茶でも入れてくれるの?」
エりはチンプイに構わず、机に向かってノートを広げる。
チンプイがそれを覗き込む。
チンプイ「あぁ、宿題か! ふむふむ、成績はあまり良くないみたいだね。でも大丈夫、特別利口でなくてもお妃は勤まるから」
エリ「……あのね──っ!! 言っときますけどね、私は宇宙人のお嫁さんになんか、ならないの!!」
チンプイ「宇宙人種差別は良くないなぁ。まぁ、一度会ってみれば、君も夢中になると思うよ!」
エリ「わかってんのかなぁ……? 私はまだ12歳よ!」
チンプイ「大丈夫だよ。今の王妃様は11歳で結婚して、その年の内にルルロフ王子を生んだんだよ」
エリ「どういう星じゃ……?」
客の声「ごめんください」
エリ「はぁい! ……あんたは、ついて来ちゃ駄目!」
チンプイ「ちぇっ、ケチンボだなぁ」
セールスマンが、エリの家を訪れている。
エリ「はいは──い!」
セールスマン「やぁ、お嬢ちゃん、こんにちは。ちょっと見てもらいたいものがあって」
エリ「セールスならお断りです。ママが『変な物は買っちゃいけない』って!」
セールスマン「『変な物』!? だって、まだおじさん、な~んにも見せてないだろう?」
エリ「う…… じゃあ、何を持って来たんですか?」
セールスマン「英会話の学習テープ!」
エリ「あっ! そ、そういうの、駄目駄目!」
セールスマン「お宅のお母さん、英会話、習ってるんじゃないの?」
エリ「そう言えば、そうだけど……」
セールスマン「だろう? それにこれは、普通のテープではな──い!! 『瞬間マスター英会話』! このテープを買ったそのときから、すぐに英語がペラペラに喋れるんだぁ~!」
エリ「ウッソォ! いくら何でも、そんな簡単に!?」
セールスマン「喋れなかったら、今すぐ代金は返すよ」
エリ「へぇ~っ!」
セールスマン「しかも、これはたったの900円!」
エリ「900円!? それなら私にも買えるわ!」
セールスマン「それは良かった、ラッキーだったね。じゃ、これに判子とサインを」
エリ「はい!」
セールスマンが、ほく笑みつつ帰っていく。
エリ「バイバ──イ!」
エリは英会話セットを、チンプイに見せつける。
エリ「ふふん、どう? ママは私を馬鹿にするけど、こんなにいい物を買うことだってあるんだから」
チンプイ「ふぅん」
エリ「ママが帰って来たら、英語ペラッペラで話しかけて、ビックリさせてやろ~っと!」
エリが説明書を片手に、テープを試しにかかる。
エリ「えっと、何々? まずテープをセットして、テキストで喋りたい言葉を捜し、番号に従って頭出し、っと」
テープの声『Good Morning!』
チンプイ「『その声に合せて、口をパクパクさせます』?」
テープの声『How are you ? I'm very glad see you. My name is ....』
エリが口を動かすと、英語を話しているように見えるが、エリ自身の語学力でないことは一目瞭然。
エリ「イ、インチキ……?」
チンプイ「この書類を見ると、900円というのは頭金だね。2年月賦で、ボーナス月には10万円ずつ払えって書いてあるよ」
エリ「何、何、何~っ!?」
エリが怒り心頭で家を飛び出し、チンプイも続く。
チンプイ「こっちが臭うよ!」
エリ「よぉし!」
エリがセールスマンを見つける。
エリ「お金、返せ──っ!! 嘘つきっ!!」
セールスマン「俺がいつ嘘をついた!?」
エリ「だって、あんなのインチキじゃない!」
セールスマン「サインして判子を押した癖に、今さらグズグズ言うな!」
エリ「そんなぁ!?」
セールスマン「それとも、痛い目に遭いたいか? あきらめな。ワハハハハ!」
セールスマンがは笑いながら、去って行く。
エリ「悔しい……」
チンプイ「何とかしてあげようか?」
エリ「えっ?」
チンプイ「ルルロフ王子のお妃になると約束すれば、助けてあげる!」
エリ「……」
チンプイ「どう?」
エリ「頼まない!」
チンプイ「えぇっ!?」
エリはチンプイを置いて、歩き去る。
エリ「冗談じゃないわ。あんな、厚かましいプロポーズなんて。それにしてもテープのこと、ママに何て言おうかなぁ……」
(百合『エリちゃん! もう、あなたって子は!』)
エリ「『お買物もお洗濯もお風呂も、な~んにもやってないじゃない!』って、やっぱり怒るよね……」
チンプイは単身、セールスマンを追いかける。
チンプイ「チンプイ~っ!」
セールスマンが突如、胸を押えて苦しみだす。
セールスマン「い、痛ぇっ! 痛痛ぇっ! な、何だ、この激しい痛みは!?」
チンプイ「良心が痛んでるんだよ。悪いことやめないと、いつまでも痛いままだよ」
エリがトボトボと、帰途に就く。
セールスマンが追いかけてくる。
セールスマン「お~い、待ってくれぇ~っ! そこのお嬢ちゃあ~ん! 俺が悪かった! お金を返すから、この契約は無かったことにしてくれぇ!」
エリ「えぇ~っ!?」
エリが家に帰って来る。
エリ「良かったぁ…… あ──っ!?」
すでに買物を済ませた買物カゴ。
他の家事も、すっかり済んでいる。
エリ「お買物が!?」「洗濯物も取り込んである!?」「お風呂も沸いてる!?」
部屋では、チンプイが澄ましている。
エリ「みんな、あなたがやってくれたの?」
チンプイ「うん!」
エリ「でも、私は……」
チンプイ「気にしなくていいよ。これは僕の、個人的なサービスなんだから」
エリ「えっ?」
チンプイ「僕、エリちゃんのこと気に入っちゃった! だからずぅっと、そばについててあげるね!」
エリ「えっ!? ……アハハ、ありがたいような、迷惑なような」
チンプイ「よろしく!」
エリ「ま、いっか! よろしくね。フフフ!」
エリ「「チンプイって、面白い名前ね」
チンプイ「そうかな? 普通だと思うけど。エリちゃんのほうがおかしいよ」
エリ「アハハハハ!」
最終更新:2021年03月19日 22:06