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無垢なる売女(イノセント・ビッチ)の新生

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orisuta

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 物心ついた時には、自分の容姿が男たちを惹きつけることを理解していた。

 子供というのは誰だって可愛いものだし、そこに居るだけで周囲の笑顔を引き出すものだが――
 一定の割合で遭遇する、瞳に邪な光を宿す大人の男たちの存在に、私は幼くして気づかされていた。

 何かを誤魔化すような、媚びた笑み。
 気持ちの悪い猫撫で声。
 私にだけ届けられる特別なプレゼント。
 それらの代償として彼らが欲したものは、人目をはばかりつつ求められる、過剰な「スキンシップ」だった。

 私にとって「この世界」はそういうものだった。
 最初っから、そうだった。
 今にして思えば、あの男たちはある種の「変態」、それも「とりわけ悪質な連中」であったのだろうけれど。
 見返りはちゃんとあったし、たまに失敗して痛い目に会うこともあったが、おおむね悪い取引ではなかったように思う。

 学校に通うようになる頃には、私はいくつかの具体的なテクニックをマスターし、男たちへの基本的な対処法を身につけていた。


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「『ファーバー』、あんたどこ行ってたのよ?」
「あら『アサギ』。もう終わっちゃった?」

豪華なホテルのロビーの中、髪の長い女に呼びかけられ、やってきた少女は天使の微笑を浮かべて首を傾げた。
スリムで小柄な金髪の少女だ。ツインテールに纏められたその髪が、計算され尽くした幼さと魅力を演出している。

「とりあえずはね。ま、貴女向きの相手じゃなかったから、別にいいのだけど」
「てことは、『殺さない』ことにしたの?」
「どちらかと言うと『保留』ね。殺すほどの価値は見出せないけど、無理して生かしておく価値も感じられない。
 あのまま逃げきれればよし、逃げきれずに誰かに殺されたとしても知ったこっちゃない……ってとこよ」

『アサギ』と呼ばれた女は、肩をすくめてみせる。その動きに合わせて、豊かな胸が大きく揺れる。
全身タイツと言っても過言ではない、ボディラインも露な服1枚きりの姿ではあったが、そのことを誰も指摘しない――いや、できない。
そんな強烈なオーラを放つ女であった。

「そっか。なら良かった」
「え?」
「いや、こっちの話。ところで、あとの2人は?」
「『ハードゲイ』は事後処理と報告。
 『Mr.ピッツァ』は亜鉛のサプリメントと強精剤、それにイザという時のための『オカズ』を買い出しに行ったわ。
 そういう雰囲気でなかったのは確かだけど、咄嗟に能力発動できなかったのを気にしてるみたい。根は真面目よね、ああ見えても」
「あら、やっぱり私が居た方が良かったんじゃない。必要ならパンツでも何でも見せてあげたのに」
「あんたが本気出して誘惑なんかしたら、逆に彼の方が『長持ちしない』でしょうに……」

小悪魔のような笑みを浮かべる『ファーバー』に、『アサギ』は苦い顔で溜息をつく。
この『アサギ』と『ファーバー』、それに2人の話の中に出てきた男性2名の合計4名は、同じ「組織」に属する1つの「チーム」だ。
時折メンバーの出入りはあるものの、ここ最近はこの4名で安定している。
互いの呼び名も本名ではない――偽名なら山ほど持ってるし、語りたくもない過去を詮索する悪趣味は誰も持ち合わせていない。
ただでさえ、彼女たちは暗い闇の底にいるのだ。
安っぽい好奇心は、文字通り命に関わる。

彼女たちの所属する「組織」の名前は、『ディザスター』。
裏社会では知る人ぞ知る、無政府主義と混沌を掲げる大規模な犯罪組織。
巨大すぎて全貌を知るものすらいないであろう、勝手気ままに動く幾つもの頭を備えた、多頭竜(ヒドラ)の怪物。

そして彼女たちの「チーム」は――その深い闇の中でもひときわ異彩を放つ、桃色の闇。
『ポルノ部隊』、と呼ばれる一群だった。
 
 
 




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 実の母親は、かつて銀幕の大スターだったという。
 私の容姿は彼女からの遺伝に拠るところが大きいと思うが、しかし、彼女が私に与えてくれたものは「それだけ」だった。
 もともと生活能力が皆無な人ではあったらしい。
 彼女にベビーシッターを雇うだけの蓄えがなければ、私は乳児期を乗り切ることはできなかっただろう。

 そして、その蓄えもやがて尽きた。
 その頃には父も姿を消していた。母と同様、人の親になるような資格のない人間だった。
 母は心を病んで病院の奥深くに収容され、私は様々な住処を転々とすることになった。
 遠い親戚の家。
 様々な施設。
 何組もの里親。
 どういう経緯でそうなったのか、修道院に居た時期もあった。

 どこに居ても私の存在は男たちの興味を惹き、そして、私はそれを利用しながら世の中を渡っていった。

 不思議と、男たちは暴力を振るわなかった。
 従順だったせいもあるのだろうが、似たような境遇にあった子供たちが受けていた暴力からは、なぜか私は無縁だった。
 拳を振り上げるのは、むしろ大人の女たちだった。
 嫉妬と羨望から、私を「子供」ではなく「若い女」とみなし、金切り声と激しい怒りをぶつけてくるのだった。 

 しかし、しばらくの試行錯誤の末に、そういった女たちの一部を篭絡する術をも身につけた。
 私自身にそういう性癖があったわけではないが、他人の性癖に合わせてやるのは私にとって「いつものこと」でしかなかった。
 一皮剥いてしまえば、男も女も大した差があるわけでもない。
 堕とすまでのハードルはそれなりに高くはあったが、いったん堕とした後はかえって女の方が楽だった。

 大人の女たちを虜にしたことで、思わぬ収穫もあった。
 それは、知識。
 欲望に逸る男たちには無い冷静さと、同性としての気遣いから、彼女たちは様々な知識を授けてくれたのだ。

 この先私の身体に起こる、「女」としての成長と身体的変化のこと。月に一度の厄介事をはじめとした、個々の問題への対処法。
 「スキンシップ」で感染する可能性のある、恐ろしい病気の数々。それらに対する予防と早期発見の心得。
 将来、思いがけず「母親」になってしまう「事故」を避けるための、具体的方策と心構え。

 順番は滅茶苦茶になってしまったが、こうして私は私なりの方法で、性教育の全過程を人より早く修了したのだった。


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『ポルノ部隊』――それは、どう言い繕っても「個性的」としか言えない面々である。

スタンド名、『ニンジャ・アサギ』。
その名の通り忍者のような外見の人型スタンド。投げる手裏剣には、標的の「感覚」を狂わせる効果がある。
本体はスタンド名より取られた『アサギ』の通称で知られる女。巨乳でスタイルも顔立ちも最高、しかし人間としては色々と最低。
当面のところ、個性豊かなポルノ部隊をまとめる暫定リーダーを務めている。

スタンド名、『カレドニア・ミッション』。
歪な立方体の親スタンドと、そこから放たれる13体の子スタンドからなる。子スタンドは敵の肉体に侵入し、その自由を奪う力を持つ。
本体はその過激なファッションから、『ハードゲイ』と呼ばれている寡黙な男。
もっとも、本当に彼の性的嗜好がそうであるのかは不明だ。『アサギ』や『ファーバー』の裸体に眉1つ動かさないのは確かなのだが。
外見こそ異常だが、意外と気の効く常識人であり、外部との交渉から細々した下準備まで、部隊の裏方仕事をあらかた担っている。

スタンド名、『ラヴ・チンチンマン』。
本体が1人で快楽を貪っている間、周囲の認識を狂わせ、彼に惚れさせてしまうという洗脳能力。
存在自体が悪い冗談のようなスタンドだが、しかし、老若男女を問わず広範囲に魅了してしまう、非常に強力な力だ。
仲間内からはその体型と好物から『Mr.ピッツァ』と称されているが、もっと端的に『変態』『あのデブ』などと呼ばれることも多い。
まあ、そうやって女性陣に罵られて、怒るより先に喜んでしまう真性の変態だからどうしようもないのだが。

そしてスタンド名、『ニューヨーク・V・ファーバー』。
目隠しをした少女のような姿の、人型スタンド。
本体は、これもスタンド名から流用された『ファーバー』の名字で呼ばれている少女。
その能力は――『腹上死』。
問答無用で死をもたらす、抵抗不能の恐ろしい能力……ではあるが、発動条件が厳しく手加減もできず、意外と使いどころに難儀する。
もっとも能力を抜きにしても、彼女の容姿と話術、それに「ある種のテクニック」は、それだけで情報収集などに重宝するものだ。

以上4名、いずれも単体では荒事向きの人材ではない。
けれど、組み合わさることで強力なコンビネーションを発揮する。そういう種類のチームだった。



「でも……やっぱり持て余してる感じがするのよね……」
「どうしたのよ。らしくないわよ」

ホテルのロビーから一室に場所を移し、ソファーに身体を沈めながら、少女は大きく溜息をついた。
ちなみに部屋に入ったのは、別に2人でいかがわしい行為に及ぼうという事ではない。
ロビーではできない話もあるという、ただそれだけのことだった。
女は自然な動作で少女に歩み寄ると、その髪を撫でる。

「別に、いまのままでも役に立ってるわ。それに――」
「それに?」
「私たち3人は、ある意味、『行き着いている』能力よ。
 もうこれ以上はない、という所まで来てしまった『完成された』能力。『終わってしまった』能力。
 だけど貴女の能力には――『可能性』を感じる。
 なにかこう、応用の効く発展の余地を感じる。大きな伸びしろを感じる」
「…………」
「まあ、スタンドの力は、精神の力。
 その『可能性』を解き放つには、なんらかの『きっかけ』や『踏ん切り』が必要ではあるんでしょうけど、ね」

そう言うと女は、どこか遠くを見るような目で窓の外の夜景を眺めた。
整った横顔。魅力的な肢体。
「表」の――実はそれさえも「裏」なのだが――「仕事」で身体を重ねたこともある少女は、その美しさを良く知っている。

これだけ恵まれた身体の持ち主が、夜の世界でも最底辺、キワモノの女優業に身を堕としているのだ。
最低なところまで身を汚しながら、それでもこうして裏では極秘部隊の長を務めているのだ。
ここに至るまでの彼女の人生も、並々ならぬ苦労があったのだろう――その経験に裏打ちされた、重い呟き。
少女には、黙り込むしかなかった。

「リーダー、終わりました。……おや、戻っていたか」
「ご苦労様。どうかした?」

重い沈黙を破って部屋に入ってきたのは、サングラスで目元を隠した男、『ハードゲイ』だった。相変わらずその表情は読めない。
なにやらその手元には、一通の封筒を携えている。

「先ほどの件については、全て首尾よく処理が済みました。問題になることは無さそうです。
 それから、これはついでなのですが……『ファーバー』宛てに、個人的な手紙が来ています。偽装の窓口の1つを通して」
「……手紙?」
 
 
 




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 適切な技術と知識、それに才能があれば、独立が容易であるのはどんな世界でも変わりはない。
 運命に流されるままに生きていた私は、やがて保護されるだけの子供の立場を脱し、自活の道を探り始めた。

 一説に拠ると、娼婦というのは人類最古の職業であるらしい――ある男が寝物語に、得意げに披露してくれた薀蓄の1つだ。
 現代においても健康で若い女が1人、なりふり構わず生きて行くためには、もっとも安易で確実な選択肢だと言える。 
 私の場合、年齢の壁が大きな問題となったが、しかしそうであればこそ欲する者たちがいるのも事実。
 なんとかやっていく方法を見つけるまで、手間はかからなかった。

 もっとも、そのままでは意外ときつい肉体労働。
 周囲を見回しても、不規則な生活とストレスのあまり、実年齢より老けて見えるような「先輩」で溢れている。
 とてもではないが、ああなりたくはない。
 同じ仕事を続けるにしても、少しでも自分の「商品価値」を温存できるような、上手い「やり方」を探さねばならない。

 そこで、ちょうど誘われるままに軸足を移したのが、より間接的な仕事――写真とビデオの「お仕事」だった。 
 もちろんこちらも社会的にヤバいことには変わりはない。
 むしろ「ニューヨーク州対ファーバー事件」以降、当局の締め付けは厳しくなる一方なのだ、とも聞いた。
 ……とはいえ。
 禁酒法がアル=カポネの懐を潤したように、厳格な規制の影で潤うものたちも、確実に存在する。
 私は己の生きる手段を追い求めて、暗い裏通りから、さらなる深い闇へと歩を進めていった。
 一見の客程度では噂話にすら触れることのできない、深い深い、闇の奥へ。

 ……あれは、確かそんな風にしてビデオの仕事をするようになってすぐのことだったと思う。
 女の名前は覚えていない。
 商売の関係上、なんだか利害が衝突するとかで、懐柔を試みた相手だったはずだ。いわゆる「やり手ばばあ」の類だったか。
 ともかく、ある晩。
 ベッドを共にした、祖母と孫ほどにも年の離れた肥満体の女は、全てが一段落した後、突然泣き出した。
 こういう業界では情緒不安定な人間は山ほどいたし、急な号泣そのものには驚かなかったが――しかし。

 太った老婆が涙ながらに口にした言葉が、
 私の冷めきっていた心を、

     深く、
       深く、
         突き刺した。


  ――貴女という子は、こんなに可愛くて優しいのに、まだ「自分の人生」を生きていない――!



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少女は渡された手紙の中身を一読すると、やおら立ち上がった。
その横顔には、いつも浮かべているような悪戯っぽい笑みはない。
ぞっとするほどの無表情。
それなりに付き合いの長い仲間たちにとっても、初めて見る少女の顔だった。

「……あまり、詮索する気はないのだけども」

そんな少女に、女は少しだけ言葉を探してから口を開いた。

「何か、手伝えることはない?」
「ない」

少女からの返答は、短かった。
それは事実上の拒絶。
背中を預けあう戦友たちへの――あるいは、そうであればこその、協力の申し出の拒否。それが意味するところは、つまり。

「つまり、狙う『ターゲット』は身内――『ディザスター』内部って訳か。
 あるいは元々、『そのために』組織に近づいたのか。
 その手紙は、ようやく相手の居場所が知れたとか、裏が取れたとか、条件が整ったとか……ま、そんなとこでしょうね」
「…………」
「答える必要は無いわよ。単に独り言を言ってるだけだから。まあ、よくある話だしね」
「…………」
「私たちは何も知らない、何も聞いていない。
 だから万が一失敗し、問題として発覚した時にも、『私たち3人にまで累が及ぶことはない』。
 ――そういった展開を願っているのでもなければ、私たちの手伝いを拒む理由はないわよね?」
「…………」
「まったく貴女は、どこまでも優しい子なんだから」

女は溜息をつく。
少女の表情は相変わらず硬いままだったが、その瞳は複雑な内面を映して揺れ動いている。
内容も分からぬ手紙1通と、少女の沈黙だけから、ほぼ全ての真相を読み取ってしまう。
この洞察力こそが、この女が暫定リーダーに就いている理由であり、ただの露出狂の変態女に終わらない理由でもあった。
そして全てを理解した上で、彼女は少女の決意を尊重する。

「分かった。『個人的な用事』で少しばかり『部隊』から離れたいなら、好きにしなさい。
 私たちは、『何も知らない』。『何も聞かなかった』。そういうことにしておくわ。
 ただ、そうね――それなら、これを持って行きなさい」
「……これは?」

女がハンドバックを漁って取り出したのは、手の平大の封筒1つ。中に何が入っているのか、硬い感触が伝わってくる。
さらにサングラスの男が、これもどこから取り出したものやら、もう一つ同じサイズの封筒を重ねる。
首を傾げる少女に、2人は小さく微笑んだ。

「お守りよ。単なるお守り。
 単身、『自分探しの旅』に出る仲間が、せめて無事に帰ってこれますように、ってね」
 
 
 




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 ――私が、「自分の人生」を生きていない?

 醜く太った裸体を晒す老婆の涙声に、私は激昂した。
 私は自分の意志で生きている。誰にも頼らずここまで歩んできている。これが「自分の人生」でなくて何なのだ。
 確か、そんな意味のことを叫んだように思う。
 誰かに向かって怒鳴ったのは、それこそ生まれて初めてだったかもしれない。我ながら、とても珍しいことだった。
 けれども、彼女は静かに首を振った。
 むせび泣きながら、彼女は言った。

 自分は何百人、何千人、ひょっとしたら何万人もの女の子を見てきた。不幸な女の子たちを、夜の街で間近に見てきた。
 だから分かる。一目で分かってしまう。
 貴女は、まだつけるべき「決着」をつけていない。それでは、「自分の人生」のスタートにすら立てない。
 それでは、ただ流されていくだけだ。

 決着? つけるべき? 人生のスタート? 流される?
 そのとき私は、この婆さんは何を言っているんだ、と思った。
 意味不明なことを並べて何か私を嵌める気なのでは? とも疑った。
 けれど、彼女は真剣だった。

 だって貴女は、その生き方を自分で選んだわけではないのだから。
 何も分からない頃に、選ばざるを得ない状況に追い込まれただけだもの。

 慈愛に満ちた言葉のナイフが、ぐさり、と突き刺さった。
 そうだ。
 確かに私は、運命の荒波を乗りこなしてきた。身につけた技術と生まれついての優位を、活用してきた。
 けれど、「最初」は――「全ての始まり」の時点では、私は自分で「選んだ」わけではなかった!
 あまりにも幼くて、拒絶という選択肢があることにさえ、気づくことができなかったのだ。

 老婆はなおも語った。
 貴女は優しい子だ。
 こんなにも年老いた女の使い古した身体を、あんなにも優しく労わってくれた。
 自分もかつては身体を売っていた身。あれが小手先のテクニックなどではないことは、誰よりもよく分かる。
 もうそれだけのことで、小さな利害や対立などどうでもよくなった。残り少ない余生の全てを、貴女のために捧げてもいい。
 けれど、この「決着」だけは貴女自身がつけなければならない。
 私には、ただ道を示すことしかできない。

 「どうしようもない過去」に対する道は、3つしかないのだ―― 許すか、 忘れるか、 復讐を遂げるか。

 貴女はまだ、そのどれも「選んで」いない。


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その事務所は、少女たちが宿を取っていたホテルから、何kmも離れていないところにあった。

芸能関係のプロダクションである。
表の世界でも広く名前が知れ渡り、有名な女優を何人も輩出しているかなりの大手。
その一方で、悪い噂も常につきまとい――そして、それは常に「噂」のレベルに留まり、事件化したことはない。
そんな、ある意味で「よくある」事務所だった。

そして『ディザスター』に所属する少女の耳には、もっと深いところから、もっと真相に近いところの噂も聞こえてきている。
曰く、暴力的な業界とも繋がっていて、「表」の芸能界で売れなかった女優志願の娘たちを「裏」の世界に斡旋しているのだと。
曰く、さらに邪悪でおぞましい「人材派遣」の要請にも、柔軟に「対応」しているのだと。
曰く、血と涙と断末魔の叫びでしか満足できない究極の変態どもに対しても、「商品」を卸しているのだと。

曰く――他ならぬ社長自身が、そういった他人の不幸を好んで啜る、変態の中の変態、クズの中のクズなのだと。

存在自体は、早々に掴んでいた。
もとより業種としても近いところに居るのだ。なんと言っても同じ組織にいるのだ。
それらしい存在は、すぐに目星がついた。

ただ、流石に相手は用心深かった。
まず経歴の偽装が尋常ではなかった。
ふつう、偽の身分というのは突付けばすぐにボロが出るものだが、その男は完璧なまでに別の人生に乗り換えていた。
一旦失踪する前の彼と、いまの彼を結ぶものは何も残されていなかった。名前も顔も変えてしまっていた。
よく似た別人ではないのか? という疑いを払拭するためだけに、少女は相当に綿密な調査を強いられた。

確信が得られてからも、今度は行動に移すチャンスがなかった。
普段は常に護衛とおぼしき取り巻きを引き連れ、人目につくところを移動して手出しの余地を奪い。
逆に「個人的な愉しみ」にふける時には、神出鬼没で側近にすら居場所を知らせない。
事務所所属のアイドルたちとの密会も、常に彼の一方的な指示に拠るものらしく、事前にその場所を特定することは困難だった。
それでも、今日。

ぽっかりと浮かぶ満月の下、少女は路上から事務所の明かりを見上げる。
時間をかけて手管を尽くし、味方につけた情報提供者からの手紙が正しければ――今日、この時間。
標的が、あそこに居る。
護衛も何もつけず、1人で居る。
訪れるはずの情報提供者――事務所所属の女優の1人――を待って、たった1人でそこに居る。
それは、少女が待ち続けた、千載一遇のチャンスだった。
 
 
 




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 忘れることなど、できなかった。数々の技術は、既に私の血肉になっている。これ抜きでの人生など、もはや考えられない。
 許すことなど、できなかった。平凡で穏やかで、どこにでもあるような人生は、とうにあの遥かな過去の日に失われている。

 ならば、復讐にしか、私の進むべき道はない。

 ――やがて前触れもなく「この能力」が目覚めたとき、私は即座に理解した。
 「あの男」も、「これ」と同質の能力に目覚めたのだ、と。
 その時点では何の根拠も情報もなかったけれども、直感的にそのことが確信できた。

 そして思った――
 これは、「あの男」と「決着」をつけるために与えられた力。
 私自身の「人生」を取り戻すために得た力なのだ、と。

 「あの男」。
 あの日、私の身体を初めて貪った男。
 私を守るべき立場に居ながら、その責務を放棄し、己の欲望のままに行動したクズ。
 幼すぎるほどに幼い私に数々の技術を教え込み、人の道を外れるきっかけを作った張本人。

 そして――私の、実の父親でもある男。

 真性の、ゲス野郎。


   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂
 
 
 




大きく肥え太った身体に、濁った瞳の色。
似たような肥満体型とはいえ、もしも並べたら『Mr.ピッツァ』が紳士にも見えてしまうであろう、邪悪なオーラ。
そしてこればかりは少女にも似た、にぶい金色の髪。
その男は、芸能プロダクションの事務所の一室で、悠然と待ち構えていた。

「ようこそ、『我が娘』。久しぶりだなァ。
 あれから十年ほども経ったのかね。ともかく見違えたよ、お前の母さんの若い頃にそっくりだ」
「……そっか。気づいてたんだ」
「お前が私の情報を集めていたように、私もお前の情報を集めていたのだよ。
 大活躍みたいじゃないか――ポルノ・スターとしても、そして、『ポルノ部隊』としても」

察知される危険は承知の上の行動だったが――そこまで深く探られていたか。
敵陣に単身侵入した格好の少女は、整った眉を寄せる。
『ディザスター』の組織内部でも、『ポルノ部隊』の構成員情報は秘中の秘だ。極めて高いレベルの機密だ。
そこに触れられるということは、この男。ただの変態ではない。
組織の幹部にも等しいほどの、情報を持っている。

「どうやらお前が、私と2人っきりで会いたがっているようだと聞いたのでね。こうして招待して差し上げたわけだ」
「……らしくないわね。たった1人で待ち伏せるなんて」
「親子水入らず、久方ぶりの逢瀬なんだ。誰にも邪魔はさせないさ。
 それで――お前は、ワシを殺しにきたのかね?
 それともお前を『女』にしてやった、最初の『男』の味が忘れられなくてココまで来たのかね?」

男は下卑た笑みをうかべる。
親子の再会を喜ぶような顔ではない、完全に猫が鼠をなぶるような態度だ。
少女は思い出す。あの頃と同じだ。
整形で顔を変えた今でも、その歪んだ微笑はまったくと言っていいほど変わっていない。
頭を振って、湧き上がってくる甘い思い出を振り払う。
これで最後。少女の能力――少女のスタンドで、この最低最悪の人間の屑を、あの世に送ってやるのだ。

「さっさと終わらせましょう――『ニューヨーク・V・ファーバー』!」
「ふふふ、せっかちなものだな。もう少しのんびり楽しませて貰いたいものだが――『エア・ベンダー』!」

少女の叫びに応じて、桃色の可憐なスタンドが飛び出す。
男の呼びかけに応じて、金色の角を備えた、筋骨隆々とした紫色の巨漢が姿を現す。
だが――見るからに、紫の鬼の動きの方が遅い!
疾風のように飛び出した桃色の影が、あっさりと男の『エア・ベンダー』を蹴り飛ばす!

「ぐふっ!?」
「……まったく、とんだ見掛け倒しね。
 私のスタンドもパワーには恵まれていない方だけど……貴方のは、それと比べても遥かに下。
 速度もない。パワーもない。ただ踏み止まるだけの根性もない。
 外見で威圧するだけで、実際には何もできることはない――いかにもお似合いな『力』だわ」
「く、く、く……! ま、まったく、手厳しいことだ……!」

少女は冷たい視線で男を見下ろす。
壁際に叩き付けられた男は、しかし、嫌な笑みを絶やさない。
さらなる追撃をかけようとした少女に向かい、その首元を指差して――

「だが、いまの一瞬、確かに『触らせて』貰ったぞ! 『エア・ベンダー』!」
「っ!?」
「おっと、優しい『お父様』からの警告だ。迂闊に触れない方がいいぞ――その、『風の首輪』にはなァ!」

勝ち誇った、哄笑を上げた。
いつの間にか、少女の首元に――渦巻く空気で出来た、不可視の『首輪』が出現していた。
思わず『首輪』近くにかざした少女の手の平に、真空のカマイタチが浅い傷を刻む。
もしもそのまま『首輪』を握ろうなどとしていたら、指の数本は軽く吹き飛んでいたことだろう。

触れた相手に、あらゆるものを切り刻む『風の首輪』をつける――そして、それを自在に操作できる!
破壊は不可能、脱出も不可能。下手な抵抗は犠牲者の傷を増やすだけ。
たった1回の接触で相手の命運を握ってしまう、これがスタンド名:『エア・ベンダー』の誇る、凶悪な能力だった。
 
 
 




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 能力に目覚めてから「組織」に勧誘されるまで、さほどの時間はかからなかった。
 あらゆるモノからの解放を謳う「組織」。
 法と秩序の否定を謳う「組織」。
 規制や「世間の良識」を相手に苦労してきた私にとって、共感するところも多々あったのは事実だが――それ以上に。

 彼らの持つ組織力が、魅力的だった。

 やがて「組織」に入った私は、多少の紆余曲折の末、とあるチームに加わることになる。
 私自身、使いどころの難しい能力を抱えていただけあって、そこを補う仲間の存在は有難いものだった……が。

 ……その時のメンバーは、たしか今とは多少顔ぶれが違っていたはずだ。
 しかし、その強烈な個性は相変わらず。
 よくもこんな連中で極秘チームなんてやってこれたな、と思う反面、自分も「同類」と看做されたのだ、ということに落ち込みもした。
 げんなりした様子を隠しきれない私に向かって、しかし、彼らは寛容だった。

 ようこそ地獄の底、色欲道へ。ここまで堕ちてきたもの同士、仲良くやっていきましょう? ――

 考えてみれば、それは初めて得た「仲間」。
 私の魅力に惹かれて来たわけでもなく、私が魅了したわけでもない。直接的な金のやり取りがあった訳でもない。
 けれども、数奇な巡り合わせによって同じ場所に集い、共に支えあうことになる「仲間」だった。
 どいつもこいつも変態で、バカで、救いようのない連中だったけれども――それでも、彼らは。


   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂
 
 
 




「やはり血は争えんなァ……『相手に触りさえすれば勝利確定』、という能力を得たのは、お前だけではないのだよ」
「…………」
「心配せずとも、その『首輪』は触ろうとさえしなければ無害だよ。
 だが、ワシがその気になれば、いつでもその環を縮めることができる。人の首くらいなら、軽く飛ぶぞ?
 それが意味するところは……ふふふっ、細かく説明せずとも、分かるよなァ?」
「…………」
「『ニューヨーク・V・ファーバー』……確か『腹上死』を強いるスタンドだったかね。ひとまずは、引っ込めて貰おうか。
 お前とそのスタンドの組み合わせは、恐ろしくって仕方ないわい」

身を硬くする少女に向かって、男は下品な笑い声を上げる。
いったんハメてしまえば、あとはいくらでも相手の命を自由にできる能力――死にたくなければ、従順な奴隷になるしかない能力。
数多の女性に究極の選択を迫り、その肉体を貪り、嫌がる彼女たちを闇の奥深くに売り飛ばしてきた能力。
これが、芸能プロダクション社長たるこの男の、力の源泉であった。

少女は唇を噛む。
もはや、打つ手がない。
『ニューヨーク・V・ファーバー』は強力な力を秘めているものの、応用性は皆無のスタンドである。
スピードだけなら自信もあるが、しかしそれでも、男が咄嗟に念じる方が早いだろう。
ここから状況を打開する力は、彼女にはない。
言われた通りに、スタンドを引っ込めるしかない――それは同時に、少女から全ての抵抗手段が失われることをも意味する。

「さて、ではそうだな……まずは、服を脱いでもらおうか。
 この十年でどれだけ成長したのか、じっくりとワシに披露してみてくれんかね?」
「…………」
「そう睨むな。あんまり待たせてくれるようだと、うっかりワシのコントロールが狂わんとも限らんぞ?」

チリッ。
首筋の皮膚を微かに掠めるカマイタチの脅しに促され、少女はのろのろと立ち上がる。
――甘かった。
少女は悔やむ。
どんな展開になろうとも、男が自分の身体を求めてくることは容易に想像がついた。
たとえ正攻法が失敗しようとも、その隙を突いて『腹上死』を強いるのは簡単だと思っていた。
しかし。
この慎重さ。
こちらのスタンド能力まで掴んでいる、男の側の情報収集力。
そして、この首輪の性能の陰湿さ。
これらの組み合わせは、予想外だった。

少女は自らの服に手をかける。
ゆっくりと留め金を外し、もともと少ない布地を身体から引き剥がしていく。
男の興を削がぬよう、嫌がる感情を抑えて扇情的に。
こんな状況だというのに、その身に染み付いた技術の数々が自動的に発揮されてしまうことが、少しだけ哀しかった。
少女の頬を一筋の涙が伝い、そして――

   ――カサッ。

少女の指先が、服の隙間に潜ませてあった「何か」に、触れた。
 
 
 




   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ 



 もしも、貴女ひとりではどうしようもない状況に陥ってしまったら――「それ」を開けてごらんなさい。
 それまでは、決して中を見てはダメよ。



   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂
 
 
 




「――『ニューヨーク・V・ファーバー』ッ!!」
「うおっ!?」

少女は吼えた。唐突に吼えた。
衣服を脱ぎかけたあられもない姿のまま、彼女は己のスタンドを再度呼び出す。
首元では相変わらず渦巻く風が音を立て続ける中、それでも、再び彼女の瞳に光が戻る!

「き、気でも狂ったか!?
 お前が何をやるよりも、ワシが首を刎ねる方が早いのだぞ!?」
「思い出したのよ……私がここに居る意味を。この場に立っている意味を! だからっ!」

口から泡を飛ばしながら叫ぶ男にも構わず、少女は身構える。
明確な殺気。
隠すつもりもない闘志。
彼我の速度の差を考えたら、迷っている暇はない。舌打ち1つすると、男は決断する。

「我が子ということを抜きにしても、とびっきりの上玉。
 『死体』相手ではつまらんと思っていたが……こうなりゃ仕方ないわい。
 『エア・ベンダー』、もういいから『終わらせて』しまえッ!」

ギュンッ!
なかば投げやりな男の思念を受けて、渦巻く風の環がその半径を狭める。
全てを切り裂く真空の刃が、見事な切れ味を見せて、少女の首を刎ね飛ばす――
 
 
 




  ――はずだったのに。


「な、な、な、な……なんだ、なんだと、何がァッ!?」
「――私1人では、ここまで来ることはできなかった。
 私1人では、この時点で命を落としているところだった」

  ド、ド、ド、ド、ド、…………!

凄みの篭った少女のつぶやきが、男の驚愕に静かに被さる。
少女は相変わらずそこに立っている。
首に傷1つ負うことなく、そこに立っている。
少女の手元には、手の平ほどの大きさの、封筒が2つ。その1つは開封済み。
そして少女の首元には、硬質なものを締め上げんと無駄な動きを続ける空気の首輪と――首筋に浮かび上がる、六角形の紋様!

「――『カレドニア・ミッション』。
 私の首は、彼の『子機スタンド』によって『固定』された!
 もはや私自身の意志でも動かせない――このスタンドを操るスタンド使いに『しか』、動かせない。
 非力な空気の動き程度では、もう薄皮1枚、『動かせない』!」

そんな、バカな。
男は唖然とする。
少女の能力を掴んでいたくらいだ、その所属チームの構成も、チームメイトの能力も、一通りの情報を得てはいた。
彼らの介入の可能性も視野に入れ、それぞれへの対策も考えてはいた。
けれど、「固定」だと!?
そんな真似が、そんな活用が、できたのか!?
いや仮にできたとして――そんな「他人」の能力、それもギリギリな応用に、ぶつけ本番で命を預けてしまう、この娘の胆力は何だ?!
そして、そんな貴重な能力を、あっさり「他人」に貸してしまう、こいつらは何だ!?
予想だにしない防御法に、男は唖然としてしまい……そしてそれは、決定的な隙を作り出してしまう。

「そして――『ニンジャ・アサギ』!」

男があっ、と思った時には、遅かった。
もう1つの封筒から飛び出した『手裏剣』が素早く投擲され、避ける間もなく男の頭に突き刺さる。
痛い。
そしてヤバい。男は青ざめる。
この状況は――どう考えてもマズい。
仕入れておいた情報によると、『ニンジャ・アサギ』の能力は、「感覚の操作」。
手裏剣が刺さった犠牲者の、刺さった場所より下の感覚を、全て性的快感に変えてしまう能力!
それを、目の前の少女の能力と合わせて使えば、ひょっとすると、まさか――!

「私は取り戻す――『自分の人生』を取り戻して、今、ここから再び歩き出す! そのためにも!」
「ひぃっ!」

少女のスタンドが、絶叫と共に突進する。
突進と同時に、拳を振り上げる。
反射的に男は、『エア・ベンダー』の巨躯を間に割り込ませるが――
速度にもパワーにも劣る紫の大鬼は、もはや殴りやすいだけのサンドバックでしかない!

「ゲッタン、ゲッタン、ゲタン、ゲタン、ゲタン、ゲタ、ゲタ、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ…………!」
「あひゃっ、ひひゃっ、へあっ、ふひっ、ひゃうっ、わらっ……!」

少女のスタンドが、その圧倒的な速度に任せて次々に拳を繰り出す。どんどん速度が増していく。もはや残像しか目に映らない。
そして大鬼が殴られるたびに、男は奇妙な声と共に身をよじる。
殴られれば、当然痛い。
しかし『ニンジャ・アサギ』の手裏剣の効果で、その痛みは全て極上の快感へと変換されていく!
激しい攻撃のはずみで、『ニューヨーク・V・ファーバー』の眼元を覆う布がずれ、強い眼光を放つ双眸がちらりと覗くが。
少女もスタンドも、それには一切構わない。構っている余裕はない。
ただひたすらに、拳を打ち込み続ける。
そして――終局。

「ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ……Get an Orgasm, and Go to Hell (天国を舐めて地獄に堕ちろ)!!」
「ふぁびょえぇぇっ!」

涙と涎と奇妙な悲鳴と、もろもろの体液を撒き散らし、男の身体が宙を舞う。
放物線を描いて革張りのソファーに落下した男は、そしてダラリと手足を投げ出して、動きを止めた。
ぽかんと大きく開かれた口から、男の穢れきった魂が抜け出していく。
抜け出して、ゆっくりと薄れて、この世から消えていく。

『ニューヨーク・V・ファーバー』……その本質は、触れた相手が極みに達した時に、避けようのない死をもたらす能力。
快楽の代償に、命を求める能力!

「貴方の敗因は、誰も信じずに『たった1人』で生きてきたこと――損得勘定を抜きにして、信じあう仲間の存在を軽視したこと。
 私が彼らに寄せる信頼を、彼らが私に捧げる献身を、予想すらできなかったこと。
 せめて地獄の釜の中、気の合う友達を探しなさいね……『お父様』」

少女はここに、己の人生を賭けた「復讐」を、完遂したのだ。
 
 
 




   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ 


 優しく頭を撫でてくれる、あの大きな手が、好きだった。
 その手があらぬところを這い回っても、嫌いになることはできなかった。
 自分へ向けられる感情が不純なものだと理解したあとでも、それでもやっぱり、憎みきれなかった。

 けれど。
 私は憎むべきだったのだ。
 それは違う、それはイヤだ、とはっきり言うべきだったのだ。

 近親相姦(ファザーファッカー)の罪に、親殺しの罪を重ねて積んで、それでも私は、胸を張って生きていく。
 暗い闇の底からのスタートだけど――それでも、私は自信を持って断言できる。

 私の「人生」は、「ここ」からはじまるのだ、と。


   ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂ ♀ ♂ ♂ ♀ ♂ ♀ ♀ ♂
 
 
 




その能力の長所の1つは、暗殺向けの能力でありながら、死体の処理に頭を悩ます必要がないことだった。

実のところ、腹上死という「事故」は意外と多い。
何しろ血圧が大きく変動するような「過激な運動」である。中高年の男性を中心に、それなりの頻度で発生する。
それも、実は相手がいる場合に限らない。いわゆる「一人遊び」の場合にだって、存分に発生する危険性がある。
しかし――そんな「真相」、広く明かされたところで故人の名誉を損ねることにしかならない。
ゆえに、隠蔽される。
警察も救急隊も心得たもので、事件性を示す明確な証拠がない限り、ただの「病死」として処理してしまう。
腹上死と一括りにされているが、その実体は脳卒中か、それとも心筋梗塞か、あるいは不整脈かといったところだ。
そういった病名を前面に出せば、嘘をついていることにはならない。

死を告げる少女娼婦、『ニューヨーク・V・ファーバー』は、その善意の隠蔽の陰に滑り込む。

「それにしても……お節介な連中よね」

事務所を出た少女は、大きく溜息をついた。
死体はあのまま放置でいいだろう。
明日の朝にでも発見され、「大きな声では言えない愉しみ」にひとり耽っていた末の「事故」として処理されることだろう。
組織の内部でも、おそらく「急病による死」という扱いになって、それ以上は追求されないはずだ……少女はそう判断する。
それよりも。

「『手裏剣』も『子機スタンド』も、そこまで『距離』に余裕があるもんじゃないでしょうに。
 なにが『知らなかったことにする』、『聞かなかったことにする』よ、まったく……」

魔法のようにも見えるスタンド能力にも、いくつか限界というものが知られている。
その1つが、距離。
あまり離れてしまうと、効果が発動しない。あるいは存在できなくなる。
あの2人の能力も、スタンド能力としては比較的遠くまで届くモノではあったが――
それでも、ホテルからこの事務所までの距離を考えると、ちょっとばかり遠すぎる。
「お守り」と称して封筒に入れて渡した後、つかず離れず、少女の後をつけてきていたに違いない。

「この様子だと、『Mr.ピッツァ』も一緒に来てるんでしょうね。
 万が一にも厄介ごとが長引くようなら、あいつの能力で情報収集するところから始めることになるだろうし」

やれやれ、なんとも素敵なチームメイト。
夜明けの気配を感じさせる空の下、少女は確固たる足取りで歩き出す。
前方に視線をやれば、そこには悪びれもせず街灯の下にたたずむ、3人組の姿。
いつも通りの態度で、彼女の犯してきた罪を全て許してしまう寛容さで、待っていてくれている。

「ほんと――サイテーでサイコーの仲間たち、よね」

少女はそして、悪戯っぽく微笑んだ。
無垢な少女が無邪気に微笑むような、そんな笑顔だった。





The Porno Unit "Innocent Bitch Re-Birth" closed.




使用させていただいたスタンド


No.4150
【スタンド名】 エア・ベンダー
【本体】 プロダクション社長
【能力】 触れたものに風の首輪を付ける

No.4647
【スタンド名】 ニューヨーク・V・ファーバー
【本体】 ファーバー
【能力】 触れた相手を「腹上死」させる

No.4575
【スタンド名】 ニンジャ・アサギ
【本体】 アサギ
【能力】 手裏剣を投げ、当たった箇所から下の部分の感覚を性感以外無くす

No.4672
【スタンド名】 カレドニア・ミッション
【本体】 ハードゲイ
【能力】 子機が標的の肉体の一部に入り、その部分を動かすことをできなくする(固定する)

No.4688
【スタンド名】 ラヴ・チンチンマン
【本体】 Mr.ピッツァ
【能力】 本体がマスターベーションしてる間、周囲の全生物からモテモテになる









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