これは、我が上司ウォモ・デッラ・ドンナの観察の記録である。
その実力と人望によって若干二十七歳の若さで、この栄えある『パッショーネ』の幹部を任された彼女(?)。現在のボスや今は亡きその上司と比べてしまうと若さという点では些か目劣りしてしまうが、彼らはかなり『特殊』な部類だろうと思う。
有事には荒事の指令をこなすこともあるが、普段は『シマ』のバーやカジノなど、歓楽施設(クスリを排斥する我らが組織にとっては非常に重要な収入源である。)の統括を行っている。
客へのサービスと従業員への心配りを重んじる彼女はかなりの頻度で視察を行う。
星の数ほどの施設や店舗全てを廻りきることは当然出来はしないが、それでもその出来るだけ多くを訪れるため、ほぼ毎週に亘って奔走している。
本人は「脚がむくれちゃうわ。」などとぼやいてはいるが、長年、彼女の部下としてついてきた私に本当にわずらわしいといった様子は一度も見せたことはない。元来、世話焼きなのだ。
騙され、拉致にも近い形でイタリアへ連れてこられた外国人売春婦にはそんな彼女の深い懐を心の拠り所とする者も多い。
今回は、そんな彼女の一日を記録しようと思う。
朝、彼女はおそらくパッショーネのどんな幹部よりも遅いであろう午前九時に起床する。彼女の管轄が管轄なため基本的に明け方までフィールドワークをこなしているからだ。
まったく睡眠をとれないことも多々あるが、できるだけ睡眠時間は確保するようにしているようだ。「睡眠不足は美容の敵よ。」と、半分本気で言っているが、夜遊びの絶えなかった部下をそんなことで街を守れるものかと怒鳴りつけたこともある。おそらくはそちらが本音なのだろう。
ちなみに彼女の寝間着はネグリジェだ。薄いピンクの。
毎朝、薄ピンクのネグリジェ越しに彼女の逞しい肉体を拝まなければならないこちらの身にもなってほしい。
一度、改善を要求したが「ネグリジェで寝ない乙女がいるもんですか!」と一蹴された。スウェット派の私はどうなる。
朝食はできるだけ多くの部下と共に摂る。どんな末端の部下も一所に集めて、朝早くからの任務で既に朝食を済ませている者には軽食を、そうでない者にはしっかりとした食事を摂らせる。
時には自ら厨房に立たれることもあるが、その時の料理はこれがかなりの美味である。スタンドもあわせて四本、手伝いも合わせると更に多くの手を駆使して手の込んだ料理を沢山の部下に振舞う。
本日のそれは『オムライス』。集められた二十人以上はいる部下一人々々に、一切の手抜きもないオムライスの皿[ピアット]が配給される。やはり美味だ。
日中は主に管轄地区の人間の相談や頼み事に費やされる。
客の子を孕んでしまった、だとか。故郷(クニ)の家族が危篤でどうしても休みが欲しいから店側を説得して欲しい、だとか。
今日はカジノで酔っ払いが騒いでいるとの報告を受けてそのカジノへ向かう。
どんな事件もこの街で起こる大抵の事はドンナさんが出てくるだけで収まってしまう。この街でドンナさんを知らない人間は居ないのだ。
昼食も朝食と同じように大所帯で済ませて今度は予算分配の会議だ。
遠視気味の彼女は書類等の文書に目を通す時には赤い太縁の眼鏡を着用する。喜ぶものは少ないが眼鏡属性が付与されるわけだ。
そうして、夜、日が沈み街が本当に目を覚ます時分。彼女のもっとも過酷な仕事が始まる。
今夜は最低三十の店は廻ろう、と車を走らせる。運転手は私だ。
どの店も公平に大体同じぐらいの滞在時間で廻っているが、やはりゲイバー、オカマバーの類の滞在時間は若干長いように思う。微々たる差なのではあろうが。
そして『そのテ』の店では歓迎のされ方も異常だ。カジノなどでは畏怖や敬意の視線こそ浴びせられはするが、積極的に話し掛けようとする者は当然居ない。
しかしそのテの店ではアイドルもかくやと言った状態で、握手やハグなどはもちろん、店にサインを飾るところもある。そんな時、私は蚊帳の外だ。
移動中は専ら化粧直し等の身嗜みを整えることに没入しているが、時に、組織の参謀グイード・ミスタ氏と連絡を取っていることもある。
二人がどこまで深い仲なのかは知らないし知りたくもないが、でれでれしていたかと思うと不意に真面目な様子で街の状況報告に切り替わったりするからこの人は侮れない。おそらく私はこの人に一生頭が上がらないのだろう。
そうこうしているうちに日が覗き始め、街と彼女は再び浅い眠りに就く。
私も一日(毎日のことではあるが)彼女に付き添って些か瞼が重い。今回の観察記録はここまでにしようと思う。
さらばだ。居るかも分からぬ読者諸君、また逢う日まで。Arrivederci.
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