プロポスレ@Wiki

霊夢10

最終更新:

orz1414

- view
管理者のみ編集可
 一つ、煙草は手放せない。
 とっくの昔に俺はニコチン中毒だ、やめられない。
 日銭を稼いではそれを数日の食料と煙草に消す。
 生活できればそれでよかった。

 一つ、シチュエーションも大事だ。
 一言に煙草を呑むといっても、それ次第では味も変わる。
 時と、場所と、その他諸々。全てが狂おしく混ざり合って最高の味になるものだ、何でも。


「……それで? 神社の境内で煙草を吸うなと何度言えばわかるの」


 俺にはお気に入りの場所は何箇所かあって、時間帯で変えることにしている。
 朝は、魔法の森。入ると出られなくなるから、見るだけだが。
 朝靄が立ち込める中で、紫煙をふかすのも乙なものだ。
 昼は、川原と相場が決まっている。程よいまでに涼しければ、煙草の味にも清涼感が加わるというものだ。
 そして、夕方にかけては、辺りを一望できる所が望ましい。
 変わってゆく景色を眺めなければ何が黄昏か。
 近くに山はいくつかある。が、何処も登るのは大変だし、人がいない。
 それがない点、この神社は最高の条件を――。


「だからさっさとその煙草を消しなさい。鼻がもげるわ」
「ちっ、うるさいな。毎日毎日よく飽きねぇよな、お前」


 訂正しよう。口うるさい巫女がいなければ、最高の条件を備えている。
 第一、俺は神社に入ってなどいない。鳥居に寄りかかっているだけだ。
 それなのに、巫女はうるさく俺を叱り付ける。
 曰く、煙草臭い。
 曰く、ヤニがつく。
 曰く、健康に悪いからやめろ。
 お前は俺の何なんだと小一時間問い詰めたい。


「ねぇ、それよりさ、今日家で晩御飯食べてかない?」
「ああ? あー、いいや、いらねぇ」
「あ…………、そ、そう。そう、なら魔理沙にでも食べさせるわね」
「へえへ、あいつも幸せだな。毎晩飯食えるんだからよ」
「本当、感謝して欲しいわ」


 大きくため息をつく巫女を尻目に、俺は立ち上がる。二本目の煙草に火をつけて、石段を降りる。
 後ろから、何か怒りの声が聞こえたが、俺の知ったことか。
 無視して石段を折り続ける。ふと、眼下に白黒の人影があることに気づいた。
 宵闇に溶け込むそれは、エプロンドレスの成せる業。
 人影は口元を楽しげに歪めながら全貌を沈みかけの太陽に晒した。


「へへ、お前も罪な男だぜ」
「なにがだよ。人に分かるように日本語話せよな」
「霊夢が毎日誘ってるってのに、断り続けるなんて罪な男だって言ったんだぜ」
「ああ……あれか、ウザいだけだ」
「本当に罪作りな男だぜ。……一本くれよ」


 手を出して煙草をせがむ魔理沙に、できるだけ苦々しい顔をしてそれを渡してやった。
 魔理沙は嬉々として火をつけ、深く紫煙を吸い込んだ。
 吐き出した煙は、しばし中空を漂った後、闇に溶けた。
 吐き出したそのままの姿勢で、魔理沙はぽつりぽつりと言葉を発し始めた。
 彼女にしては、神妙な声音だった。


「お前も、いい加減に応えてやったらどうなんだ? 嫌なら嫌と言えばいいんだぜ。霊夢はそれきしのことでへこたれる女じゃないんだぜ」
「へいへい、わっかりました」
「…一度でいいんだ。あいつに、応えてやってくれよ」
「あ? マジになんなよそんなことぐらいで」
「私が言いたかっただけだぜ、聞き流してくれ。……じゃあな!」


 いつも通りの笑みで、階段を駆け上がる。あっという間に姿は闇に溶けて見えなくなった。
 煙草を深く呑む。苦い味が、広がった。不味かった。
 紫煙を一気に吐き出す。魔理沙の言葉も、一緒に吐き出した。




◇◆◇





 時は経って、夕暮れ。俺はまた何時も通りに煙草を満喫していた。
 そして、やはり何時も通りに俺を叱り付ける霊夢の姿もあった。


「だからっ、人の神社で煙草を吸うなというに!」
「うるせぇな、何処で吸っててもいいだろ」
「ぐ……ま、まあそうなんだけどね。でも、吸殻の掃除くらいはして欲しいな、なんて」
「はっ――――」


 断ろうとして、言葉を詰まらせた。
 どうしてか、続きが出ない、言葉に出来ない。
 理由は分かっていた。先日の魔理沙の言葉が胸につかえているからだ。

――霊夢の気持ちに応えてやれよ

 それが、どうして俺に枷をはめるのか。わからなかった。
 だけども、断るにしても、受けるにしても、何を受けるのだろうか、無下にするのは嫌だった。
 だから、口をついて出た言葉は


「――わかった。箒貸せよ」
「え……? 今、何て?」
「だから箒貸せっての」


 呆然とした顔の霊夢から、箒を奪い取って手早く足元を掃いた。
 そそくさと箒を押し付けると、足早に石段を降りた。
 少し顔を火照っている様な気がする。俺としたことが、何をしているのか、自分でも不思議に思っていた。
 だけど、ほんの少し、胸の奥に生まれた感情。それだけは俺の本心を如実に表していた。
 間違いなく、骨の髄まで、俺は、霊夢といることを楽しんでいた。


「へっへ~、楽しそうな顔してるじゃないか」
「…ちっ、魔理沙か。人の顔勝手に見るんじゃねぇよ」
「ニヤニヤして往来を歩く奴の方が悪いんだぜ。……ん」
「だぁーってろ、集り野郎が」


 またも、一本煙草を持っていかれた。
 そういえば、俺もまだやってなかったと思い立ち、火をつける。
 石段から空へ昇る紫煙が二筋。月まで届くだろうか。

 次の日、どういうわけか、俺は神社の離れ――霊夢の寝所だ――にいた。
 しかも、卓袱台の前。その上には湯気を立てる茶碗。
 その隣には味噌汁が並び、向こうには質素だが味のありそうなおかずが顔をそろえていた。
 さらに卓袱台の向こう側。恥ずかしげな、それでいて喜色満面な霊夢の姿がそこにある。
 簡単に言うと、俺は何故か霊夢と食卓を共にしているというわけだ。


「えっと、召し上がれ? 冷めちゃうわよ」
「あ…ああ、そうだな」


 どうしてこんなことになったか、箸を動かしながら反芻した。
 昨日から始めた、境内の掃除(俺は掃除なんてしているつもりは無いが)。
 その礼だ、ということだ。
 余りにも簡潔、且つ、分かりにくい理由だった。
 思惑がばればれな、ガキの理論。見え隠れする大人の感情。
 俺はそれらに誘惑されたのか、それとも?
 兎にも角にも、俺は胸の感情に身を任せたに過ぎない。
 その先は、誰かが知っているだろう。


「ね、ねえ、美味しい?」
「む……ぐ…」


 夢中で食べ続ける俺に、霊夢の問いかけは届かなかった。
 意図的に無視したつもりだったのだが彼女はそうはとらなかった。
 甲斐甲斐しく俺の世話を焼こうとする。
 茶碗に米をよそったり、茶を注いだり。
 布巾で口周りを拭く、というのは止めたらしい。顔が真っ赤になっていたから、やろうとは思ったらしいが。
 ものの十数分で食事を終えた俺は、箸を置いた。
 改めて、霊夢が俺に問う。


「ねえ、美味しかった? 口に合えばいいんだけど……」
「ああ美味かったぜ、霊夢にしてはな」
「なっ! 何てこと言うのよ、食べさせてもらった癖して!」
「おいおい、お前が誘ったんだろうが」


 やはり、茶化すと霊夢は激昂した。顔を別の赤に染めて、俺を怒鳴りつけた。
 それを、霊夢にばれないように、小さく笑いながら俺は懐から煙草を取り出した。
 一本手にとって、火をつけようとした。
 しかし、煙草の先に火がつくことはなく、虚しく火は中空を焼くばかりであった。
 煙草が消えた先を見れば、霊夢がそれを手で握り折って、庭に捨てていた。
 

「おい、なんてことすんだよ!」
「人の神社で煙草を吸うなって何時も言ってるでしょ。
 それに、煙草は体に悪いんだから。肺ガンとかになるのよ? 
 歯も黄色くなるし、体力は落ちるし、肌も汚くなっちゃうんだから。
 だから――」
「うるっせぇ!!」


 がづん。
 俺はほとんど反射的に、拳を振るっていた。
 それは霊夢の顔のすぐ横、縁側の柱を殴りつけていた。
 驚いた顔の霊夢に、少しづつそれ以外の感情が表れる。
 ――驚いた――どうして――怖い――どうして――どうして――なんで――――
 そんな顔の霊夢を見たくなくて、俺は縁側から庭に下りた。
 夕暮れをとうに通り越した、闇の中を俺は歩く。足音も荒く、ほんの少しの灯りを頼りにして。


「ま、待って! 何処行くのよ!?」
「帰るんだよ、家に」
「なんで!? もうちょっとゆっくりしていけばいいじゃない!」
「――嫌気が……差したんだよ」


 霊夢が息を呑む。驚愕に顔が彩られて、涙目になる。
 俺は俺とて、自分の言葉に感心していた。
 ああ、俺は彼女のことをそう思っていたのか。
 霊夢はうっとうしいと、
 俺の邪魔をする奴だと、
 相手をするのは面倒だと。
 一緒にいることを楽しんでいたのは、一時の気の迷いだと。
 不思議な気分だった。初めて煙草を口にしたときのような、背徳感と、愉悦。
 結論を出せたことに満足しながら、俺はさらに歩を進める。
 が、小さな衝撃でそれは止まる。視線を下ろせば、霊夢が俺の前に立ちはだかっていた。


「…………どけよ」
「ダメ! 夜は危ないんだから、妖怪がいるんだから。
 貴方なんか、スペルカードも使えない貴方なんか、すぐに食べられちゃうんだから。
 だから、もう少し、家にいてよ。そうすれば――」
「霊夢が守ってくれるってか? はっ、願い下げだな。
 自分勝手な理屈を振り回す奴なんて、信用できるかよ」


 霊夢が俯く。唇をかんで、泣くのを堪えているかのようだ。
 俺は体を横にずらして、霊夢の横をすり抜けようとした。
 それを霊夢はまた止める。小さな体を精一杯に広げて。
 その肩は震えていて、顔は上げることすら出来ずに、嗚咽すらもう漏れていた。
 涙交じりの声を、霊夢は紡ぐ。懇願するように。


「お願い……もう少し、だけ、私と一緒にいて……」
「…ふん、嫌だね。つーか、脅しの次は泣き落としか? 
 はは、惨めだな。博霊の巫女様よ。その顔で町に行ったらどうだ?
 きっと皆賽銭入れてくれるぜ? ああ、なんて可哀想なんでしょう、巫女様! ってな」
「どんなに、言って、も、いいから…………お願い…」
「はいはい、いい加減に黙れよ。耳障りだ」


 ぼろりと、霊夢の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 嗚咽は堪えきれずに、泣声と成り、そして慟哭に昇華していった。
 どこか壊れた声を聞きながら、俺は石段を降りる。
 煙草に火をつけようとして、何かの雫がそれを掻き消した。
 不思議に思って、頬に手をやる。
 涙に頬は濡れていた。


「は――――」


 笑ってしまいそうだ。笑いと涙を堪えるのがとても辛い。
 しばらく上を向いて眼を閉じる。満天の星空も、煙草の火も、何も見えない。
 ただ、真っ黒な闇が広がるばかりだった。




◇◆◇




 何者課の気配に眼を覚ました。
 場所は俺の寝室。昨日、家に入るなりベッドに潜り込み、そのまま眠りについた。
 眼が痛い。寝ながらも泣いていたらしい。
 それを気にしながら、家の中に声を響かせる。


「誰かいるのか」
「――私だぜ」


 家具の陰から出てきたのは、魔理沙だった。
 何時も通りの、エプロンドレス。箒片手に、ふんぞり返っている。
 

「何の用だよ、俺はお前に飯を食わせてやる余裕は無いぞ」
「……泣かせたな、霊夢」
「っ! …だからなんだよ」
「ああ、殺してやろうと思って」


 言うや、魔理沙が箒を振るう。
 不意を打たれた俺は、それをまともに喰らってバランスを崩した。
 間髪いれず、足払い。無様に背中を打った俺に、魔理沙が跨る。
 マウントポジションをとって、八卦炉を構える。
 それにどんどん何か、得体の知れない力が溜まってゆく。
 それが一杯になった時、俺の体は消し炭になるのだろう。


「殺す前に訊くぜ。お前は霊夢のことをどう思う」
「……ウザい奴、面倒な奴、邪魔な奴、お節介な奴、だ」
「ほう、それで、どう思う」
「だからっ、答えただろうが」
「違うな、お前は嘘をついてるぜ」
「ああ? 俺が嘘をついてるって?」
「ああ、ついてるぜ。真っ赤な嘘だぜ」


 訳の分からないことを言う。
 何で俺が嘘をつかなければいけないのか。
 どうして俺が嘘をついていると分かったのか。
 何もかもが分からなかった。俺の嘘も、その理由も、魔理沙がそれを看破した理由も。


「もう一回訊くぜ。お前は霊夢のことどう思う?」
「……わかんねぇよ、んなこと」
「少し正直になったぜ。じゃあヒントをやるぜ。『なんでお前は毎日神社で煙草を吸うんだ』?」
「あ…………!」


 盲点、盲点だ。
 どうして俺が、俺は、神社を選んだんだ。
 黄昏時、景色を一望できる場所はいくらでもある。
 なのに、それなのに、俺が神社にわざわざ行っている、言っていた理由。
 それは――――。


「さあ、どうしてくれようか。マスタースパークで焼き殺していいか?」
「っせぇ! どけ、魔理沙! 俺は、いかねぇと!」
「ほう、何処に?」



「は――――霊夢の所に決まってるじゃないか」



 じゃあ行けよ。
 魔理沙はそう言って俺の上から体を下ろした。
 俺は出来うる限りの速さで体を起こして、走り出した。
 玄関を破るように、道を我が物にして、走る、走る。
 神社へ向かう石段。その下で息を整える。そして、一気に登り始めた。
 すぐに息が上がる、胸が痛い。でも、行かなくては。
 止まろうとする足を叱咤して、登り続ける。
 頂上、神社も間近になった頃。俺は立ち昇るか細い煙を見つけた。


「霊夢……」
「……………………」


 霊夢は答えない。ただ、黙って景色を眺め続ける。
 俺はその横に腰を下ろして、ポケットを探る。
 煙草は一本たりとも見つからなかった。魔理沙が抜き取ったのか、昨晩落としたのか。
 理由はともかく、俺は話題が出来たことに感謝した。早速使わせてもらうことにした。


「…おい、霊夢。一本くれよ」
「……………………ん」


 差し出された一本を、受け取る。火をつけて、煙を吸うが、すぐに吐き出した。
 足で煙草を踏み消す。


「…………なんでそんなことするの? ここは最高の場所じゃなかった?」
「ああ、今まではな」
「なんで? なんで変わったの」
「お前のせいだ……霊夢。お前が変えちまったんだよ」
「それは御大層なことね」
「今までの美味い煙草を取り返させて貰うぜ」
「――――ん、あ……」


 霊夢の口から煙草を奪い取って、代わりにそこへ口付けた。
 乱暴な、だから気持ちのこもった接吻。
 苦い苦い、煙草の味のそれをただ俺は続けた。
 どれだけ口付けあっていたか、分からなくなった頃に俺はようやっと唇を離した。
 霊夢の瞳を覗き込む。頑なに何かを拒む素振りを見せるが、すぐに。


「う、う、う、ううう、ううぅぅうううう……!」
「大好きだ、霊夢」
「何でっ! 何で今更なのよぉ! 何で今なのよぉ! 何で何でぇっ!」


 泣きじゃくる霊夢を胸に抱えて、俺は眼を閉じた。
 ひたすらに泣き続ける霊夢の髪をなでつけ、くしずいて泣き止むのを待つ。
 どれだけ時間が経ったか。それすらも分からない。足元で煙草がくすぶっている。
 霊夢が俺から顔を離した。泣きはらした真っ赤な顔で俺を見上げる。
 確認するように、もう一度、今度は霊夢からの口付け。


「……ん、は……」
「私も、貴方のことが好き。大好き」
「俺もだ、大好きだぜ、霊夢」


 煙草を取り出して火をつける。深く、味わうように、噛み締めるように、それを呑む。
 視線を遠くの山へ。煌煌と光が俺たちを射る。
 言葉はなかった、必要がなかった。互いに気持ちを確認した俺たちに、そんなものは最早要らなかった。
 ただ、こうしているだけで、一緒にいるだけで。


「ねえ、美味しい?」
「ああ、最高だ」


 昇る紫煙は風に吹かれ、ちぎれ、消えた。










(了)



7スレ目>>593

───────────────────────────────────────────────────────────
ウィキ募集バナー