夜摩天・・・・閻魔とは、死者を裁く神だ。生者の畏怖の象徴であり、決して人と交わる事の無い存在。
厳格な面持ちと圧倒的な威圧感。相手の全てを見透かす摩訶不思議な鏡。
幻想郷でさえ幻の存在となり、妖怪の最強種とされる「鬼」を多数従え、幻想郷の実力者達も閻魔の裁きには逆らえない。
妖怪からも人間からも恐れられ、避けられる、まさに恐怖の象徴である。
四季映姫・ヤマザナドゥ。この幻想郷の最高裁判長。閻魔様であり、説教癖が激しい事で有名なお方だ。
長く生きた妖怪なら誰でも一度はお世話になっている。見た事は無くとも、その名を知らない人間はいない。
「へぇ・・・閻魔様に ねぇ 」
鈴仙・優曇華院・イナバが、変人を見る目で俺を見る。
彼女には少しだけ質問をさせてもらった。今は話がそれて、世間話の最中だった。で、この目つきである。
狂っていると定評のある月の住人にこんな目をされる程、俺はおかしい人間なのだろうか。
「ええ、大概狂ってるわ。あの閻魔様に惚れて、尚且つ告白しようと思っているだなんて。うん、狂ってるわ」
俺は「花の異変」に関わったらしい者達で、閻魔様の事を知っている物を手当たり次第に当たっていた。会えたのは数人であるが。
幻想郷の英雄、白黒魔法使い、瀟洒で従者なメイドさん、人里に降りてきた妖怪神社の巫女。
そして最後に尋ねたのが、この兎さん。
会いたい、話を持ちかけた時には、決まって ブッ という音と共に大量の唾液を勢いよく顔に吹き付けられた。
みんなして酷い反応である。
しかしこの兎さんもまた、閻魔様から弾幕の裁きを受けたらしい。さぞ恐ろしかったろうて。
少し前の事になる。幻想郷のあらゆる場所に、あらゆる四季の花が咲き乱れた異変があった。その異変が終わる数日前。
人里を訪れた死神がいた。曲がりくねった妙な大鎌、人間では無い者が醸し出す独特の雰囲気。
怯える村人から饅頭を買い、それを頬張って満足気な表情を浮かべる死神。一体誰のお迎えが来たのかと恐る恐る見ていると
「何サボってるの小町!!」
という叫びと共に、上空から見るもおぞましい凶悪な弾幕を放ち、首根っこを掴み上げ、スミマセンスミマセンと呪文のようにつぶやき、
蹲ってしまった死神を、首吊りのように空中に持ち上げ、さらに説教を大声で浴びせながら彼方に飛び去っていった光景を見た事がある。
それが、俺が初めて閻魔様を見たシーンである。・・・・正直恐ろしかった。
しかし死神を叱るそのおっかない姿は、恐怖が混じってはいたが、自分がかつて母親から何度も感じた事のある 「優しさ」が感じられた。
そして何より閻魔様は、話に聞いて想像していた姿とは違い とても美しかったのだ。
俺は閻魔様のことが気になりだした。そもそも俺の閻魔のイメージは、恐ろしい物ばかりだった。
死者を地獄へ落とし、舌を抜いて・・・
閻魔には情けも仏もありゃしない、そんな非道でおっかない神様なのだと思っていた。
では何故? 母性にも似た優しさを感じさせた彼女はそんな事を仕事にしているのか。そして彼女は、
なぜ人々に、地獄に落ちぬ為の道を説教して回るのか?
少しずつ、俺は閻魔という存在に、畏怖だけでは理解できない何かに気づき始めていた。
そして、最近更新されたという幻想郷縁起の最新版を見た俺は・・・
「ちょっと、唐突にボーッとしないでよ。尻に弾ブチ込むわよ」
すまん、冗談抜きでやめて。
・・・・そう、閻魔とは、人間の恐怖の象徴であると同時に、輪廻の輪を担う、人を清める存在なのだ。
人の犯した罪を洗い流し、新たな生へと送り出す。地獄の罰とはその為に存在する。
人を裁く行為も、結局は人の為。
あのお方が行う説教とは・・・受ければ受ける程、地獄の刑罰が軽くなるのだ。
四季映姫・ヤマザナドゥは常に、人の為に働いていた。
そして、人を裁く行為は、それ そのものが閻魔達にとって罪である。閻魔達は、人を裁いた自分の罪を裁く為、
地獄で罪人が受けるより厳しく、恐ろしい罰を、日に三度は味わうという。地獄に落ちるような身勝手な外道達なんかの為に。
自分を裁ける神であるが故、閻魔は人や妖怪も平等に裁く。閻魔とは、誰よりも人の為を想う、とても優しい神だったのだ。
幻想郷縁起を読み進める内、閻魔とは何か?をここまで知った。 俺は、閻魔が畏れる対象だとは思えなくなってきていた。
なんて慈悲深い神なのだろう。
だってそうだろう? 人を裁いて綺麗にして、自分はそれ以上に罰を受けて・・・そんな辛い慈善事業は無い。
あの方は、そんな仕事をしながら、人々や妖怪に避けられ、それでも尚人の為に働いて・・・・尚、優しさを放っている。
あの方から溢れる、人の為を想う強い意志と、閻魔である事への誇り。俺はそれを知った。
そんな彼女の姿に俺は・・・・
「いくわよー 3 2 1 ・・・」
うおお!待て 待ってくれ。ケツの穴に向かってその銃を撃つポージングはやめてくれ。
「私が知ってる限り、閻魔様は休憩中に神社に酒飲みに来たり、プライベートだと案外フランクなとこもあるみたい。ただ・・・・」
ただ?
「・・・・閻魔様の波長は、「位相」がズレているのよ。普段は人間や妖怪と変わらないように話してるけど、
あの人の波長は、決して地上の生き物と交わる事の無い波なの。だから閻魔は人を裁ける。
私のあらゆる波を操る能力で閻魔様の波長をイジろうとしても、全く動かす事ができなかったわ」
つまり?
「酷いこと言うようだけど、愛の告白なんてしても無駄だって事よ。絶対に人と交わらない波長なんだから。
あの方は私達 「生き物」 とは全く違う存在。断られるならまだしも、絶対説教食らうわよ?」
閻魔の揺るぐ事の無い波長。生き物とは違う。
果たしてそうなのだろうか。彼女から感じる優しさ。それは本当に生物とは別の物なのか?
どちらにしても俺の考えは変わらなかった。想いを伝えたい。それだけは変わらなかった。
話、ありがとう兎さん。世話になったね。
「ま、貴方が玉砕しようが私はどうでもいいわ。精々がんばっ・・・・・ いっ!?」
途端に彼女は、永遠亭の中に隠れてしまった。いきなり何だ。
「あらあら。私を見るなり逃げ出すとは・・・臭う物には蓋の理論。過去の罪は過去の事、今しっかりやれば良い とは なんとも甘い・・・
あの様子ではどうやら、まだ過去の罪を見る事が出来ていないようね。それとも私の話が理解できなかったのかしら」
いつか人里で聞いた、とても芯のある、それであってとても綺麗な声。
四季映姫・ヤマザナドゥがそこにいた。
「先程まで彼女と話をしていたのは知っています。「彼女はここにはいないー」などと嘘をつくのはやめておきなさい。庇っても無駄ですよ」
俺を一瞥し、全てを見透かしたような、黒い瞳が俺を捉える。やはり改めて近くで見ると、すごい威圧感だ。
いや、別に庇う気なんて無かったけど。
「ん・・・・よく見ると貴方も何か、厄介な罪を背負っているようですね。」
どれ、と つぶやき手鏡を取り出すと、片手だけの手馴れた手つきで開いてみせた。話に聞いていた、過去を映す鏡なのだろう。
しばらく黙って鏡を見つめていた閻魔様が、少しずつ難しそうな顔に変わっていった。
「・・・・・・・・」
あ、あの。
とりあえず声をかける。今から俺が言う言葉、既に知られてしまったか。
今までの話が本当ならば、この方に嘘や隠し事なんざ出来やしない。言うならもう今しかない。
え 閻魔様。
「映姫 でかまいません」
鏡から すっ と顔をこちらに向け、真っ直ぐと言い放つ。
え、映姫様!あの、その、私は・・・・貴方の事が・・・s
「なりません」
断られた。一瞬の躊躇も無い、ハッキリとした声だった。まさに断罪。バッサリと断ち斬られた。
「うわぁ・・・・」
様子をコソコソと伺っていた鈴仙も、予想していた通りとはいえ、想像以上の砕け散りっぷりに思わず同情してしまう。
映姫様は厳格な顔と気迫で、続けた。しかし彼女に対して、今の俺は恐怖を感じられない。
「そう、貴方は少し、私に対して畏れが無さすぎる。 閻魔とは人間の恐怖の象徴、人を裁く神なのですよ 」
うーむ。閻魔とは 裁くだけの存在じゃないんでしょうに。
映姫様は淡々と続ける。
「そのまま私を畏れずにいるのは貴方にとって喜ばしくない状態です。貴方が私を想い続けても、
きっと報われぬまま一生を終えるでしょう。それでは貴方の徳に支障が出る。貴方自身もきっと幸せにはなれない。
私を畏れ、他の者を想う事。 それが貴方に出来る善行です 」
できません。
自己評価でちょっと見栄を張っていいならば、映姫様に負けず劣らずキッパリと言い切った。
畏れろ?だから無理だ。そんなもん。
「貴方の罪は、今の所は説教で十分洗い流す事の出来る罪です。・・・私が原因で地獄に落としたくはありません」
それでも無理です。映姫様を畏れる事なんて俺にはもう出来ません。しかし、俺の我侭なんかで、
映姫様に地獄の罰を受けてもらいたくはありません。・・・俺は地獄に落ちないように一生懸命善行に励みます。
ですが・・・その説法を聞き入れる事だけは 俺には出来ません。
緊張して舌が回っていなかったと思う。 それでも早口にはならないように、しっかり言う事を心がけたつもりだ。
俺は役者じゃないのだ。カッコつける余裕なんざどこにも無い。
厳格の顔のまま威圧感を放っていた映姫様の顔は一瞬、ちょっと困ったような顔に変わった。
「・・・・・・」
「うわぁ・・・」
鈴仙はセリフがこっ恥ずかしくて、若干顔を紅くしながら成り行きを見守っていた。
狂ってやがる と思った。しかし、それでも閻魔の波長は揺るがない。
「貴方の想いは、絶対に届きません」
わかっています。
「地獄に落ちるかもしれないのですよ」
そうならないようにして見せます。確か幻想郷縁起にありましたけど、説教くらいなら閻魔は自分を裁かなくていいんですよね。
「・・・・・・」
映姫様は、しばらく目を瞑ると、軽く、本当に軽くため息をついた。
「これ以上話を続けても無駄なようですね。・・・地獄に落ちる事の無いよう、しっかりと善行に励みなさい」
鏡を閉じ、背中を向ける。
俺は深く、ただ深く頭を下げた。
「うわぁ。」
閻魔様が諦めた。相当である。狂ってる。
「馬鹿な人・・・だから私、最初から教えてあげたのに。叶わないってわかってんだから最初から ・・・・あ? 」
鈴仙は、奇妙な違和感を感じた。
「閻魔様の波長が・・・変わった・・・? え? 」
それは気が付かないほど小さな、本当に微弱な変化。鈴仙でさえ干渉できなかったあの波が 僅かに揺れたのだ。
「さて。」
閻魔様が、突然鈴仙のほうにグルリと首を向けた。首だけを120度ほど回して睨んでいる。
目の会った鈴仙は、驚いて胃が飛び出そうになった。永遠亭の奥へと逃げた鈴仙だったが・・・
閻魔の弾幕が轟く永遠亭を後にして、帰り道を歩く。
まぁ、こうなる事は解っていたさ。 ただ、俺の想いを伝えられてよかった。
映姫様を、彼女を殆どの者は畏れ、嫌う。だけど俺は、心の底に慈愛の溢れた閻魔。映姫様を愛してしまった。
彼女は鏡で全てを知る。けど俺の想いは、俺の口で伝えておきたかった。
メチャクチャ勝手な話だが、映姫様が何を言ってもこの想いが変わらないという事だけは伝えたかったのだ。
映姫は鈴仙を締め上げ、次の目的地、霧雨 魔理沙の元へ向かっていた。
途中、映姫は何度も頭を振った。
「・・・・・・いけませんね、私ともあろう者が。
人間に想いを告げられ、心を乱すなどと・・・・」
閻魔として生まれ、閻魔として生きてきた映姫にとって初めての事だった。
人や妖怪からは畏れられて当然。それが閻魔の正しい在り方だ。
それを理解した上で閻魔の仕事をこなしてきた。 輪廻とは、人や妖怪の為に 最も大切な仕事の一つ。
ただ、転生の為に地獄に落ちる者を出来る限り減らしたい。
説法を説いて回る。それが映姫の、閻魔としての目的だった。
自分は神。裁きの対象は妖怪と人間。 位も種族も、何もかもが違う存在。
彼女にとって人間や妖怪は愛すべき存在であったが、その者達に好かれる事は決してないと思っていた。
彼女もそれで良いと考えていた。むしろ、閻魔は好かれてはいけないのだ。
「・・・っ」
彼女は自分の頬を両手で一叩きした。上空から見下ろした先には白黒の魔法使い。
さて、言いつけは守っているか? 確認の時間だ。
映姫の顔には厳格な顔が戻っていたが・・・・・ 変化した波長までは、戻ってはいなかった。
家で惰眠を貪り終えた俺が、ぼーっとした頭で竹林での映姫様との会話を思い出す。
閻魔と人間・・・か。やっぱり、交わる事は出来ないのかねぇ
まぁ当然だろう。人間と神様なのだ。思い上がりも甚だしい。頭ではわかっていたが、俺のこの想いだけはいつまでも消えずにいた。
無論、消すつもりなんざ一生無いんだが。 まっこと、馬鹿な話である。
でもまぁ、頭じゃ理解しててもどうにもできんのが恋ってもんなんじゃあないだろうか?
では、唯の人間に生まれちまった俺が、遥か遠くの存在である映姫様に出来る事は もう何も無いのだろうか。
否。
閻魔様に対する苦労をできる限り減らす様、努力する事。
それが何の力も無い、普通の人間として 映姫様の為に出来る唯一の事だと考えた。のだ。
さて、そろそろ善行を積みに出かけるとしようかな。
死後の生活を、より良い物にする為に・・・・
その後、四季映姫ヤマザナドゥと、この男には もう少し色々話がある訳だが、それはまた別の機会にでも。
うpろだ1209
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「○○さん。そもそも貴方が風邪を引いたのは……」
(映姫様……お見舞いに来てくれた事、とても感謝しています)
「……であるからして、自己管理というものを……」
(映姫様のありがたいお話なら、僕は何時間でも聞いていられます……でも)
「……そして貴方が体調を崩したことによって、他の……」
(今の僕には……もう、む……り…………で…………)
「……ですから安静にして休むこと。これが今の貴方が積める善行よ」
そこまで言い終えた私は、○○さんの様子がおかしい事に気がつきました。
「……○○さん?」
「はぁ…はぁ…はぁ…うぅ……」
呼びかけてみても反応はありません。
代わりに返ってくるのは荒い呼吸音と苦しそうな呻き声だけ。
「○○さん、大丈夫ですか?」
私は○○さんに近づき、赤くなっている○○さんの顔にそっと手を触れます。
刹那、信じられないくらいの熱さが私の手に伝わってきました。
「ッ!? た、大変です!!!」
この時、私は○○さんが病気だという事を思い出しました。
長々とお説教をしている場合ではなかったのに、私はなんて愚かなのでしょう。
いえ、今は悔やんでいる暇はありません。
苦しんでいる○○を助けるために最善を尽くす。
それが今の私に出来る善行なのだから。
「で、でも、一体何をどうすればいいのでしょう?!」
正直なところ、私には病気の人の看病をした経験などありません。
もちろん一般的な対処法などは知識として知っていますが、
それでもこんな状態の○○さんにどこまで役に立つのか解りません。
やはり永遠亭の薬師に頼むのが最善……
「いえ、それはダメですね」
確かにあの薬師ならば○○さんの病気を治す薬を処方するくらい容易い事でしょう。
しかし、それを口実に○○さんに対していかがわしい事をする可能性があります。
仮に病気が治ったとしても、それより性質の悪い効果の薬を飲まされては本末転倒です。
そんな危険がある場所に○○さんを連れて行くわけにはいきません。
ええ、やはり私自身の力で○○さんを救うしかないのです。
そう決意した私は、早速○○さんの看病を始めたのでした。
「……………ん」
そして僕は目を覚ました。
未だに高熱で意識が混濁しているが、眠った事が功を奏したのか今朝ほどではない。
とりあえず視界が完全に開けたところで力を入れ、何とか上半身だけ起き上がる。
「って、映姫様?」
そこで僕が見たのは、布団にもたれ掛かるようにして眠っている映姫様だった。
そう言えば映姫様がお見舞いに来てくれてたんだっけな。
でも、どうして映姫様がここで眠っているんだろう?
そんな疑問は、室内の光景を目の当たりにした瞬間綺麗に吹き飛んだ。
「……何だ、これ」
もはやカオスなんて言葉で言い表せるレベルではない。
超局地的な台風か地震でも発生したかのような崩壊っぷりだった。
布団の敷いてある周辺が無事なのは間違いなく奇跡だろう。
「…………んぅ……○○、さん?」
我が家の豹変振りを呆然と眺めていた僕を呼ぶ声。
どうやら映姫様が目を覚ましたらしい。
眠気眼を手でこする仕草はなんとも愛らしかった。
「映姫様、おはようございます」
「おはようございます……ではありません! ○○さん、大丈夫なんですか!?」
くわっ! と目を見開き、物凄い勢いで詰め寄ってくる映姫様。
その迫力に押されつつも至近距離にまで近づいた映姫様の顔に少しドキドキ。
「あ、その……朝よりはかなり楽になりました」
「本当ですか? この状況で嘘をつくことは許しませんよ?」
「映姫様相手に僕が嘘をつくわけないじゃないですか」
「っ……そ、そうですか。それならばいいのですけど」
内心の動揺を悟られないように気をつけつつ、取り合えず笑顔で応対する。
そんな僕の言葉を信じてくれたのか、映姫様はあっさりと引き下がってくれた。
顔が赤くなっているように見えるけど、多分気のせいだろう。
「それよりも映姫様。僕の部屋、何でこんな状況になっているんでしょうか?」
「え? こんな状況って……」
周囲を見回した映姫様の表情が凍りつく。
この部屋を襲った惨劇に言葉もないといった感じだろうか。
「……ひっく……ひっく」
あれ? 映姫様?
「……グスン、えっぐ……ふえぇ……○○さん、ゴメン、なさい」
「え、映姫様? 一体どうしたんですか?」
何故かは知らないが、映姫様がいきなり泣き出しまったのだ。
僕は自分が風邪を引いているという事実も忘れて狼狽する。
そして何とか映姫様を慰めようと口を開くが、その声は映姫様によってかき消されてしまう。
「……ひっく……この部屋を、こんなにしてしまったのは……私、なんです」
「えっ?」
その言葉を皮切りに映姫様の独白が始まった。
『看病しようとやった事が全て裏目に出て、結果的に家を無茶苦茶にしてしまった』
半分泣きながらだったためイマイチ要領を得ない話だったが、要約するとこうだ。
一体何をどうすればこれだけボロボロに出来るのだろう。
驚きを通り越してしまった僕は、逆に凄いなと変に感心までしていた。
もちろん怒りとかそういった感情は全く湧いてこない。
僕なんかのために甲斐甲斐しく尽くしてくれた映姫様がたまらなく愛しくて……
「こうなっては仕方ありません。せめて貴方の風邪だけでも治さなければ……」
「………え?」
気付けば僕は、僅かな息遣いさえ感じ取れるほど近い位置で映姫様の顔を見ていた。
映姫様、顔が真っ赤になってる。
いや、そうじゃなくてこの状況は何なんだろう?
「え、映姫様?」
「動かないでください」
突然の事に混乱した僕だったが、映姫様に両肩を掴まれているので身動きが取れない。
全力で抵抗すれば引き剥がせるかもしれないけど、映姫様相手にそんな事は出来ない。
そうこうしている間に徐々に映姫様の顔が迫って、き……た?
「えっ、ちょっと、映姫様?! 何を考えてるんですか?!」
「風邪を治すには他の人にうつしてしまえばいいんです。
ですから貴方の風邪を私にうつして貰おうと思ったんです」
「それでなんで顔を近づけてくるんですか?!」
「それは……き、キスしたら、風邪がうつると言うではないですか」
目線を逸らし、ポッ、と頬をさらに赤くする映姫様。
今日はいつもと違う映姫様をたくさん見れて得した気分だな。
なんて事を言っている場合ではもちろんなく、僕は混乱の極地に達していた。
だってそうだろう?
映姫様の行動と言動から判断するに、いやしなくても映姫様は僕とキスしようとしてるんだから!!!
「だ、ダメですよ映姫様! 僕なんかのためにそこまでしないでください!!!
それに他人に風邪をうつしたら治るとかキスしたらうつるとかは俗説です!!!
本当にしたところで風邪が絶対にうつるなんて保障はありませんから!!!」
「知っていると思いますが私の能力は『白黒はっきりつける程度の能力』です。
例え俗説であっても、私がそうだと言えばそれが真実になるんですよ」
「そ、そんな事のために能力使わないでください!!!
それにもしそれが真実になったとしても、償いでキスまでして貰うのは……」
「それに関しては余計な気遣いというものです、○○さん。だって……」
『私が貴方とキスしたいんですから』
翌日、○○さんの風邪は見事に治っていました。
しかしその代償と言うべきか、当然の事ながら私は風邪を引いてしまいました。
でも、私に後悔はありません。
「映姫様、お粥が出来ましたよ」
だって、こうして○○さんが私の看病をしてくれているんですから。
「ありがとうございます、○○さん」
「気にしないでください。元々は僕の風邪がうつったせい…で………」
自分の言った台詞で昨日の事を思い出したのでしょうか。
○○さんの顔がどんどんと赤くなっていきます。
いつもの○○さんは格好良くて素敵ですが、こんな○○さんは何だかとても可愛く思えます。
「○○さん」
「は、はい?! な、なんですか映姫様?!」
気付けば私は○○さんの首に手を回して抱きつき、耳元でそっと囁いていました。
「明日は私が○○さんの看病をしたいです………いいですか?」
「………………」
○○さんは言葉ではなく、行動で応えてくれました。
2人の風邪はまだまだ治りそうにありません。
うpろだ1233
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○○「映姫、お帰り。遅かったじゃないか。」
映姫「ただいま、お兄様……」肩を叩く。堅苦しい上着を外して、その下地の白いシャツのまま帰ってきたようだ。
○○「また、小町か?」
映姫「あの子にも困ったものです。サボりさえしなければよいのですが……」
畳に座る映姫、荷物を脇に置き、ため息をつく。
○○「まぁ、あんまり肩肘張りすぎるのもアレだしな」俺は映姫の背後に回りこむ。
○○「肩、揉んでやろうか?」
映姫「お兄様? 次の閻魔の仕事はすぐですよ?」
冷静に返す映姫。他の男にそんなことされようものならすぐにジャッジメントされるところだが、そうはならない。
俺は映姫と2交代制で幻想郷の閻魔をやっている。変り種の多い幻想郷の閻魔は激務で、こうしている間にも霊魂が裁判所に来ているかも知れない。
○○「お前に倒れられたら、俺が24時間閻魔をやらなきゃならなくなる。『同僚』のコンディションに気を使うのは当然だと思うけどな」
映姫「……もう。」
口答えしなくなる。理屈でねじ伏せられると、この妹は口数が減るのだ。
そんな妹の肩に手をかける。その小ささとは正反対に、肩は相当凝っていた。
力を込める。
映姫「……んっ……」
○○「ずいぶん凝っているなぁ……無理してない?」
映姫「してませんよ。この程度、苦労のうちに入りません」
○○「そう。ならいいけどさ」
会話している間にも肩をもみ続ける。映姫の肩の筋肉が弛緩していく。
その間も、背筋はぴんと伸ばしている。
――すこし彼女に体重を乗せるように寄りかかり、耳元でささやく。
○○「だけどあんまり無理するなよ? お前は俺の『自慢の妹』なんだからな。」
ばっ、と振り向く。その顔は真っ赤だ。
映姫「な、何を言ってるんですか! 貴方は実の妹にも手を出そうと……!」
○○「ははっ、もう大丈夫みたいだな。じゃぁ俺は行ってくるから、ゆっくり休んでな」
映姫「お兄様のバカ、そんなんだから閻魔一の女たらしって言われるんです!」
○○「説教は後で聞くよ。じゃぁな」
俺は身支度を整え、家を出る。
俺の最後の台詞は、しばらくかなわない状況がつづいている。
どちらかが家に帰って数分。二人暮らしの閻魔の兄妹に許されている邂逅の時間はその程度。
もう少し優しくしてやらないとだめかな……帰ってくるときは、お土産でも買っていこうか。
明かりの完全に消えた部屋に差し込む、カーテン越しの光。
夜勤明けの四季映姫の、いつもの就寝風景。
しかし、彼女の目は冴えていた。
頬は赤く、息は上気している。それでいて、表情には辛さが伺える。
「どうしよう……」
胸をつかむ。心臓の辺りが苦しい。
「お兄様……」
揉まれた肩と、寄りかかられたときの体重を思い出す。
そのたびに、心臓の苦しみが増す。
この苦しみの原因は、白黒つける能力を自身に使うことで知っている。
恋。自分は恋をしている。
――実の、兄に。
それは許されない行為。
重々承知していることであった。
仕事中、そのような人間を地獄に落としたことは何度もある。
そんな自分が、許されるはずのない感情を抱いている。
閻魔であるならば、あきらめてしまうべきだ。
でも。
兄に優しくされるたび、胸が苦しくなる。
兄はいつでも私に優しくしてくれる。
○○『閻魔初仕事だよな、気をつけろよ?』
○○『部下に辛く当たりすぎてないか? 叱るのも大事だが、ほめるのも大事だぞ』
○○『あんまり気を張るな。疲れちまうぞ。』
○○『だけどあんまり無理するなよ? お前は俺の『自慢の妹』なんだからな』
胸を押さえる手が強くなる。
そうだ、思いを打ち明けても、きっと兄は受け入れてくれない。
兄にはたくさん女がいる。小町もその一人なのかもしれない。
でも、私は妹。ただの妹なのだ。
きっと私のことは眼中に写っていないのだ。女としてみてくれることは、ない。
目頭が熱くなり、鼻頭に水が一滴流れる感触を覚える。
「……っく、ひっく……ぐすっ……」
寝ることも忘れて、四季映姫は泣いていた。
○○「ただいま映姫ー、まだ寝てるのか?」
映姫「……!!」
布団がもぞもぞと動く。
彼女らしくない。おきていたとしても、この時間まで布団をかぶったまま。
いつも俺が帰ってくる時には出勤の準備をし終えているというのに。
様子がおかしいのは明らかなので、買ってきた甘味を置いて妹のところに向かう。
○○「どうした映姫、大丈夫k」
映姫「近づかないでください!!」
いきなりの、明らかな拒否。初めての反応だ。
○○「……映姫?」
映姫「……今の私に、触れないで……」
○○「わかった、じゃあ離れているよ」
テーブルに戻る○○。
○○「(どうすればいいんだ……)」
うpろだ1301
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楽園の最高裁判長が生活する個室。
普段の厳格な態度からは想像しがたい、女の子らしい内装の部屋にファンシーな人形やら何やらが置かれた部屋。
その部屋に似つかわしくない大きな声でのお説教。そしてそれを聞かされている一人の冴えない男。
それが俺だ。
外の世界から幻想郷に流れ着いて、彼岸をうろついている所を助けられて……
閻魔である映姫様に ただの人間である俺が告白して、それが受け入れられて、一緒に仕事をするようになって……
本当に色々あった。
紛れもなく幸せだった。だが愚かにも俺は、その幸せに慣れてしまった。とても恵まれた今の状況を、当然の環境だと思ってしまった。
「 まったく、まだ善行の何たるかを理解していないようですね。いいですか? 貴方は そう――― 」
いつもと変わらないお説教。毎日説かれるお説法。
ありがたいお話も、それが優しさなのだと解ってはいても、時間が経つにつれ慣れが来て、そのありがたみを忘れてしまう。
親のお叱りを鬱陶しいと感じるように、毎日同じような話を聞かされていればさすがにウンザリするというもの。
映姫様とのお付き合いをさせてもらうようになって数ヶ月。 最初はぎこちなかった関係が徐々に慣れ始め、慣れ始めたからこそ悪い部分も見え始める。
普段ならば耳の痛い話も我慢するのだが、今日色々あった俺はすこぶる機嫌が悪かった。 だから―――
「 あぁもう! わかってますって!! 」
「 っ!? 」
「 理解しててもねぇ、俺も色々忙しいんですよ! 善行善行気にしてたら疲れるんですこっちも! 」
机を派手に叩いて大声で喚き散らす。説教に対する、 いや、映姫様に対する初めての反抗。
突然の俺の行動に、説教を止め、驚いた表情のまま黙って俺を見つめる映姫様。
―――あぁ、今の俺がこの時の自分を目の前にしたら、本気でブン殴っている所だ。
「 ……そう ですか 」
「 う…… 」
驚いた表情が少し哀しそうな表情に変わると、そのまま俯いてしまった。
俺の為に叱ってくれていたのだと、そんな事は随分前から解っていた筈なのに。 今更「馬鹿な事をした」と思ってるのだから本当に救い様が無い。
「 貴方は……貴方だけは 」
俯いたまま俺に背中を向ける。その肩が少し震えている。
今止めないと、今こちらを向かせないと、なんだか二度と手が届かない気がする。
「 私の話を受け入れてくれると…… 思っていました …… 」
なのに何で俺は黙って背中を見つめてるんだろうか。
声をかけれない。手を伸ばせない。 すぐに素直に謝るべきだと解っているのに動揺していて動けない。
冴えてないのは顔だけではない。正真正銘のロクデナシだ。
「 ごめんなさい…… 」
部屋を出ていってしまった映姫様。
その後ろ姿が見えなくなった後、今更「しまった」と追いかける。 思い出すだけで自分の要領の悪さにイライラしてくる。
しかし外に出た時点で映姫様は飛び去ってしまった。タダの人間である俺が飛べる筈も無く、どんどん遠くなる映姫様を必死に走って追いかける。
「 っげ!? 」
その頃、三途で仕事をサボっていた死神 小野塚 小町は物凄い勢いで飛んでくる上司の姿に飛び起きた。
これはただ様子を見に来たってスピードじゃない。
寝てたのがバレて、叱り付けに来たのだろうと思った小町は、向かってくる上司の姿に無駄だと解ってて言い訳する。
「 あぁ四季様違うんですあれは少し転んでしまって痛くて立ち上がれなかっただけで決してサボって寝ていた訳では…… あ? 」
しかし上司の閻魔様は、自分を叱り付ける訳でも殴りつける訳でもなく、その頭上を飛び去ってしまった。
小町は通り過ぎた時に一瞬映った、上司の表情を見逃さなかった。
「 …… 四季様? 」
続いて後ろから息を切らしながら追ってきたこの男。
その様子を見て小町は一瞬で事態を察知した。いつかこんな事もあるだろうと予想していたから。
「 なるほどねぇ。アンタ四季様に何かやっちまったろ 」
若干小町の目が鋭くなっていたが、たぶん小町自身は気付いてない。
「 説教がいつものように始まって ……でも俺イライラしてたから、八つ当たりしちゃって …… 」
「 なーるほど。そりゃアンタが悪い 」
「 ですよね …… 」
「 四季様はね、根が真っ直ぐで人の為に成りたいって善い人生を心掛けてる、今時あっちの世界にゃ殊勝な人間だからアンタを傍に置いたんだよ。
そりゃあ道を示してやるお説教にも熱が入るってもんさね 」
「 …… 」
彼女にはよく愚痴や相談を聞いてもらっている。人と話をするのが好きな死神さんみたいで、たとえ仕事中でも話を聞いてくれる。
その彼女に言われて、改めて後悔の念が押し寄せてくる。 理解していた筈なのに。
「 けど、そいつをあんたは否定しちまったんだよ。そりゃイライラするのは解るけど、まったく言い方ってもんがあるだろう? 」
いつもより若干声色が刺々しい気がするが、今の俺には相応しい。
先程までの自分の行為を思い出して激しい自己嫌悪に陥る。こんな自分に頑張ってくれた映姫様に申し訳が無い。
というかよく考えてみれば元より映姫様は神様、俺は何の力も無いただの人間だし、釣りあう筈も無い訳で……
俺とここで別れて、もっと相応しい相手を見つけたほうが彼女の幸せの為なんじゃないかとか、マイナスイメージばかりが浮かんでくる。
駄目だ。これ以上気分が沈んだら不味い気がする。
俺は立ち上がると、トボトボとあても無く歩み出した。
「 おーいどこいくんだ? 」
「 少し頭を冷やしてくる。一人で考えたい事があるんで…… 」
「 オイオイオイ、アンタ一人で外に出たら妖怪に …… って人の話は最後まで聞いてけってんだよ、無粋だねぇ 」
追いかけようとした小町に突然声がかかる。
「 あらあら、何か面白い事のにおい 」
「 おや、アンタかい 」
空間が割れ、そのスキマから妖怪がひょっこりと顔を出した。
「 閻魔様と最近一緒にいた、あの人間の子……面白そうだと思ってずっと様子を伺っていたのだけど 」
「 ご苦労なことで。 実は赫々云々でねぇ 」
「 まぁ! まさかとは思ってたけど本当に恋仲だったなんて! 人間と神様の禁じられた恋……惹かれるわぁ 」
「 アンタも人間と付き合ってるじゃあないか……なぁ、アンタ。もし暇ならさ 」
「 ええ、協力してあげるわ。 私閻魔様は苦手ですけれど、面白い事には目がありませんの。例えば他人の恋路とか…… 」
「 全く……恋路の邪魔はするんじゃないよ 」
「 もちろんよ。私にかかれば恋路を無理矢理作る事だってどうという事はないわ……うふふ 」
歩き始めて随分時間が経ったようで、もう夕方だ。
一人になって実感する。寂しいなぁ と。
もう一度映姫様と他愛ない話をして笑いあいたい。もう一度、いや いつまでも映姫様と一緒にいたい。
なんでこう俺はいつも 失ってから初めて気付くんだろうか……
「 オイ、人間 」
思考を遮断される、幼くも威厳に満ちた声が後ろから聞こえる。
「 人間の餓鬼が人里を離れて一人遊びか。なるほど彼岸も近いようだが、自殺志願者というワケだ 」
従者に傘を差され、蝙蝠のような羽を生やした少女がくっくと喉を鳴らし、笑う。
俺よりも遥かに小さい少女が俺を餓鬼呼ばわり、しかしその姿は極めて威厳に溢れ、見た目にそぐわぬ圧迫感を与えてくる。
妖怪――― あぁ、今日の俺はつくづく馬鹿としか言いようが無い。
一人でこんな所をうろついている自分が極めて危険な状況にいるという事に今更気付いたのだから。
「 お前に用がある。一緒に来てもらうよ 」
ヤバイ、捕まったら食われて死ぬ。
急いで背を向けて、俺は逃
「 咲夜ッ!! 」
従者と妖怪の姿が消えたかと思うと、そこで俺の意識は途絶えた―――
「 ふぅ…… 」
人気の無い所で独り溜息を吐く楽園の閻魔様。
溜息を吐けば幸せが逃げると言うけれど、幸せが逃げたから溜息が出てしまうのだ。
「 直らないわねぇ、この癖は…… 」
自分は そう。少し話に熱が入りすぎる。 解っている筈なのに。
どうしても罪を犯しそうな者、罪を犯した者を見過ごせない。迷惑だろうと思っていても注意が長くなりすぎる。
今までも何度かそれで損をしたり、嫌われたりもしてきたのに。
「 ふぅ…… 」
しかし自分は間違った事をしたつもりも、間違っているとも思ってはいない。
地獄に落ちる前に、誰かが教えねばならないのだ。たとえ彼が私を嫌って戻ってこなかったとしても、教えを守って地獄に落とさずに済むのなら……
元より私は閻魔、彼は人間…… 違える種族が結ばれるより、人間同士で結ばれたほうが、もしかしたら彼も幸せに……
「 今日は。ご機嫌いかが? 閻魔様 」
閻魔の目の前に突然顔が現れる。しかしそれに動じる事なく、気だるそうに顔を上げる。
「 貴女ですか……申し訳ありませんが、最悪です 」
「 まぁ 」
これは失礼、とワザとらしく頭を下げるスキマ妖怪。
「 何か用ですか。貴女から私の前に現れるとは珍しい 」
「 さて、何でしょう。大した用件は無いのですけれど、大したことの無い用件なら結構あったりなんかして 」
「 ……ハッキリ言ったらどうです? 大方何があったかは知っているのでしょう。私を馬鹿にでもしにきましたか 」
再び大きく溜息をつくと、鬱陶しそうに顔を背ける。
「 うふふ、閻魔様をからかえるなんて、北斗七星が北極星を食べるまでに一回あるか無いかの機会だわぁ 」
「 馬鹿にして良いと言った覚えはありません。もう一度言いますが機嫌が悪いのです。さっさとどこへなりとお行きなさい 」
「 あら、いつものお説教は? 」
「 しつこいわね貴女は……! いいでしょう、そんなに叱られたければ望み通りに――― 」
きゃあ、と可愛らしい声を上げ、身構えた紫だが
「 …… 」
「 あ、あら? 」
説教をする気分にはなれなかった。
無理もない、先程のそれが原因でこんな事になっているのだから。
顔を俯けると、再びしゃがみこんでしまった。
「 …随分としぼんでしまったわねぇ、閻魔様。いつもの威厳はどうしたのよ 」
「 …… 」
紫は映姫の様子を見ながら、「今となっては恋愛に関して、私のほうが上手みたいねぇ」 とほくそ笑んだ。
「 そうそう、彼。 今大変な事になってるみたいよ 」
「 え? 」
「 急いだほうがいいんじゃないかしらぁ 」
浄玻璃の鏡を取り出し、様子を伺う。
映ったのは紅魔館。
館へと入っていく紅い悪魔。そして付き人の従者の背中には…
「 ―――ッ! 」
「 さて、どうしましょう閻魔様 」
映姫は急いで飛び立とうとするが、紫に肩を捕まれる。
「 何ですか! いい加減に……! 」
「 入りなさい 」
縦に開かれた境界。カーテンのように靡くスキマの向こうは、紅魔館の上空へと繋がっていた。
「 この幕を一度通れば、閻魔様は舞台の主役。 ささ、王子様を助けにいきなさいな 」
「 …… 感謝します 」
映姫がスキマを潜ったのを見届けると、紫はそこから顔を覗かせ、ニヤニヤと笑い出した。
「 さぁて、観客(わたし) を楽しませてくださいな、名優の皆様方…… 」
「 演技は良い 」
壁に縛られたまま意味の解らない言葉をイキナリ投げられる。こんな唐突な言葉にどう反応を返せばいいんだ。
「 芝居の高揚は……退屈な時間を忘れさせてくれる 」
出演を今か今かと待ちわびている舞台裏の役者のように、椅子に座りながら天を仰ぐ妖怪。
どうやら俺に話しかけているのではないらしい。
「 咲夜、準備は出来ているな? 」
「 無論です 」
話が見えない。こいつらは一体何がしたいんだ。
俺は一体何の為にここに連れてこられたんだ。殴られたらしい後頭部がズキズキと痛む。
「 おい、俺をどうしたいんだ……言っておくけど俺は食っても絶対不味いぞ。健康状態が良いとは言えないし 」
「 あぁ、心配せんでもお前を食ったりはしないさ。私は崇高なる吸血鬼……肉は食わんし、何より私は少食だ。お前が死ぬほど血は飲めん 」
「 は? 」
え? 食わないのか。じゃあ一体目的は何だ。俺の血か。
疑問が浮かぶが、その疑問は館を突然襲った振動によって遮られた。
「 お嬢様、門を抜けてきたようです 」
「 ―――来たか 」
待ちわびたと言わんばかりにニタリと笑う吸血鬼。
衣服をさっと手直しすると、再びドカリと椅子に腰掛けた。
程なくして開かれた部屋の扉
映姫様だった。
「 映姫様!! 」
「 よかった……無事だったのね…… 」
こんな俺の為に、ここまで来てくれたのか。あんな酷い事をしてしまったのに―――
安堵の表情を見せた映姫様の顔に、思わず泣きそうになった。
彼女はまだ俺のことを考えてくれていたのだと。
「 これは驚いた。楽園の最高裁判長が、こんな小汚い館に何か御用かな 」
椅子に座ったまま傲慢な態度で吸血鬼が語りかける。
「 単刀直入に言いましょう。彼を帰してもらいます 」
「 話が見えんな。 外から流れ着いた人間をどうしようと、我々妖怪の勝手では無いかしら 」
「 たしかに……しかし今回は例外です。死後の管轄である「私が原因」で、人間が死ぬ事は避けねばなりません 」
「 ほう、コレがあんな所にいた原因を作ったのは、閻魔である貴女様が原因と。興味深いな、話を聞かせてもらえないか 」
「 貴女に話す必要はありません 」
吸血鬼も映姫様も、物凄い威圧感を出しながらの話し合い。
壁に縛られ遠くから眺めているだけで、小便を漏らしそうになる。
「 何、心配する事は無いよ閻魔様……何も彼を殺そうと言うのではない 」
「 どういう事です…… 」
「 なんだかこの人間が気に入ってしまったのでね……私の眷属(オモチャ)として扱おうかと 」
俺のどこが目に止まったっていうんだ。いや、止まったとしても冗談じゃない。
「 血を吸って、ですか。それは人として死ぬも同じ事…… 認める訳にはいきません 」
「 フン、素直に「大切な彼を返してくれ」 と言えば良いものを。 咲夜ッ!! 」
「 ! 」
従者が指を鳴らすと、大勢のメイドが武器を持って飛び出し、映姫様を取り囲んだ。
「 …… 」
「 お客様がお帰りだ。丁重にあの世まで送って差し上げろ 」
「 畏まりました 」
なんだか大変な事になってきた。
この空気、映姫様が危険なんじゃないのか。
「 映姫様、俺の事はいいんで逃げてください! こいつらたぶん本気ですよ!! 」
しかし映姫様は、こっちに微笑むと、「心配はいりません」 と棒を取り出した。
たしかにあの棒で殴られると痛いけど……あれでこんな人数を相手にするなんて、いくら何でも無茶すぎる。
メイド達が一斉に映姫様に飛び掛ると、すぐに埋もれて姿が見えなくなってしまった。
「 おい、吸血鬼、止めてくれ! お前の目的は俺なんだろ! 」
しかし吸血鬼は見ていて不快になる笑みを浮かべながら様子を伺うばかり。俺の話など聞いてはいない。
こいつは本当に俺の事が眼中にあるのか。
映姫様はメイド達に埋もれたまま全く反応が見えない。
「 映姫様ぁ! 」
耐え切れず叫んだ刹那、取り囲んでいたメイド軍団の間から、六つの光の羽が揚がった。
その羽の中央から大量の大弾と巨大な光線が出たかと思うと、瞬く間にメイド達が吹き飛ばされていく。
「 ギルティ・オワ・ノットギルティ……もっとも、閻魔に手をかけた時点で、結果がどちらかは決まっているけれど 」
「 映姫様…… すげぇ 」
「 心配はいらないと言った筈です 」
改めて彼女の力を目の当たりにして、唖然とする。誇らしげに ふん と鼻を鳴らす映姫様に、吸血鬼が不快な目を向ける。
「 フン、さすがは地獄の神、閻魔様と言った所かしら。 妖精共をいくら掻き集めた程度でくたばる筈も無いか 」
「 格下を嗾けても無駄な事です。これ以上無為な被害を出す必要も無し…… 腰を上げてはどうですか吸血鬼。この館の主としての誇りがあるのなら ですが 」
ビキッ という音が吸血鬼の頭から聞こえたかと思うと、その小さな体を凌駕する、巨大な紅い槍が現れる。
「 調子に乗るなよ地蔵風情が…… あの世で大人しく魂相手に裁判ごっこでもしているがいいッ!! 」
「 私の裁きは絶対です…… 何人たりとも決定を覆す事は出来ません。私の判決はごっこなどという軽々しい物ではないッ! 」
巨大な槍を悔悟の棒で受け止め、鍔迫り合いが続く。
人間の目ではとても捉えきれないようなとんでもないスピードでの戦い、何が起こってるかもよくわからない。
両者が距離を取り、動きが一瞬止まった。
映姫様は先程の六つの翼を羽ばたかせ、吸血鬼が槍を振りかぶり、投げる態勢を取ると、
「 ラストジャッジメント!! 」
「 貫けェェ! スピア・ザ・グングニルッ!! 」
両者が同時に最大の一撃を繰り出した。
「 ぬぅぅッ、うがぁぁぁぁあッ!! 」
映姫様の光線が吸血鬼の体を完全に捉え、吸血鬼は回避行動を取ったものの、光と一緒に激しく壁まで吹き飛んでいく。
「 ぐ……っ 」
しかし映姫様も、槍が左肩に突き刺さっており、無事とは言えない。
「 ちょ、大丈夫ですか! 」
「 こ、この程度の傷、すぐに直ります……しかしそれは相手も同じ事、早急にここを去りましょう 」
映姫様の言う通り、肩の傷口はみるみる塞がっていく。
棒で俺を縛っていた縄を切断すると、俺の腕を引いて手早く部屋を出ようとした。 が
「 スター・オブ・ダビデ…… 」
「 危ない! 」
「 うおぉぉ!? 」
部屋全体を網のようなレーザーが包み込み、行く手を遮られてしまう。
舞い上がる煙の中に吸血鬼の声が響く。
「 残念だけど、まだ幕を下ろすには早すぎる……今のはさすがに痛かったわよ閻魔様 」
「 お互い様です。そろそろ諦めてくれませんか……私もまだ仕事が残っていますから 」
グズグズという音を立てながら吸血鬼の傷口が塞がっていく。
とはいえ回復が間に合っていないのか足がふらついている。
「 チッ 」
「 苦しそうですね。 その様子では私と戦っても結果が見えているでしょう。大人しく退きなさい、吸血鬼 」
「 たしかに……さすがは神様といった所かな。一妖怪の私では、正面からぶつかってもさすがに厳しいみたい……けど! 」
突然俺の視界が変わる。
映姫様の隣で吸血鬼を眺めていた俺が、なぜか吸血鬼の傍で映姫様を眺めていた。
「 え、何、何が起きた!? 」
「 動かないで頂戴。死ぬわよ 」
戸惑う俺に背後から人を凍らすような冷たい声、そして喉には熱を感じない冷たいナイフが突きつけられていた。
最初に吸血鬼に会った時も傍に居たこの従者、こいつもたぶん妖怪の類だろう。
映姫様に気付かれることなく僕を瞬間移動させるなんて、普通の人間じゃ絶対出来る筈がない。
「 な……彼に何を!? 」
「 よし、そのまま押さえてろ咲夜……さぁて閻魔様、第二幕を始めましょう。 もちろん反撃したり回避したりしたら…… わかってるわよねぇ 」
「 卑怯な……! 」
どうやら俺は人質になってしまったらしい。
あぁ、本当に迷惑をかけてばかりだ。というよりこんな事になってしまったのも、元はといえば俺が原因じゃないか。
男のクセに好きな女性一人守る事が出来ず、というか守られるどころか足を引っ張っている。本当に俺は救えない奴だ。
「 アッハハハハハ! デーモンキングクレイドルッ!! 」
「 ……っ 」
吸血鬼が自分の体を激しく回転させ、まるで弾丸のように映姫様の腹部へと突進する。
しかし映姫様はその攻撃を全く避けようともせず、真正面から直撃を受けた。
「 うっ……ぐは……! 」
吸血鬼は映姫様の腹に体をめり込ませながら、そのまま壁へと突っ込んでいき、派手な音を立てて壁が崩れ堕ちる。
「 映姫様!! 」
呼びかけるも反応が無い。
もくもくと揚がる埃が少しずつ晴れてくると、壁にもたれるように倒れた映姫様が見えた。
「 映姫様……! くそ、おい離せよお前!! 」
「 動かないでと言ったでしょう? 」
「 痛ぇ!! 」
ズブリとナイフの先端を首に突き立て、そこから血が滲む。
絶妙な力加減でナイフを突き刺してくる。しかも俺の腕を掴んでいるこの女の手はビクともしない。とんでもない腕力だ。
どうすりゃいい……どうすりゃいい……
思考を巡らせるもまるで何も浮かばない。この女を何とかしなくては。
「 う……うう……ゲホッ 」
宙を羽で仰ぎながら、吸血鬼が笑う。
「 ふぅん、アレの直撃を受けてまだ立てるとは……まったく神様ってのはどこまで頑丈なのかしら 」
「 少なくとも……貴女に倒されるような軟な体ではありません…… 」
「 減らず口を! 」
俺が手を考えている内にも映姫様は一方的に攻撃されている。
「 ッ 映姫様、もういいです! 反撃してください! 」
「 ……出来るわけが……無いでしょう 」
なんでだ。
今日の事を思い出してくれ。俺をそこまでして助ける価値があるのか。
この人は優しすぎる。
俺が手を拱いて見ているしかない中、とうとう映姫様が倒れてしまう。
「 くぅっ……う…… 」
「 フフ、随分とお優しい事ねぇ、閻魔様…反吐が出るわ。フィナーレとしては呆気ない結末だけど、そろそろ幕と行こうかしら 」
「 そこまでだよ! 」
「 ム!? 」
唐突に聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、俺にナイフを突きつけていたメイドの腕に、どこからともなく銭が飛んできてナイフを弾き飛ばした。
「 くっ、何奴!? 」
「 そうさねぇ、あたいはただのウマの骨だな。 ホラあれだよ。人の恋路を邪魔するヤツぁ、ウマに蹴られて死んじまえ ってな 」
俺を庇うように大鎌を広げると、こちらに顔を向けてニッと微笑んだ。
「 こまっちゃん!! 」
「 こ……小町……? どうして貴女がここに…… 」
「 良い感じで盛り上がってるねぇ。少し下がってな 」
思わぬ助っ人の登場に心が躍る。
「私達、勝利の女神以外はお呼びじゃありませんわ。死神なんて厄病神にはさっさとお引取り願おうかしら 」
「 おっと、あたいの相手はアンタかい、メイド長 」
新しい役者の登場に若干戸惑った顔を見せる吸血鬼。
「 まったくスキマ妖怪が何かを見てると思いきや、随分と粋じゃない真似をするんだねぇ吸血鬼 」
「 アンタが来るとは聞いてなかったが……まぁいいさ、この閻魔の次はお前を始末してやるよ 」
「 そうはいかない。ウチの上司の審判は、まだ終わっちゃいないからねぇ 」
吸血鬼が映姫様を見る。しかし、最早戦うどころか立ち上がる事で精一杯だ。
「 フン、こんな状態でこいつが私に勝てるとでもいうのかい? 」
「 あぁ……四季様はそういうお方だからサ 」
おいおい何を言ってるんだこの人は。いくら映姫様でもあの状態じゃ……
「 おい 」
何か俺に出来る事はないのかと考えていた所に、小町がメイド長と睨みあいながら話かけてくる。
「 四季様の為に祈ってやんな。気休めなんかじゃない、アンタが四季様の勝利を祈ってやれば……あの人は絶対勝ってくれる 」
「 祈る……? 」
「 あぁ、そいつはアンタにしかできない事だからねぇ!! 」
そう叫ぶと、小町はメイドと激しい弾幕の競り合いを始めた。
祈れって何だよ……俺はそんな事しか出来ないのか……
だがこんな人外だらけの戦いで唯一普通の人間の俺が、戦いに出しゃばった所で何が出来るんだろうか。
「 ハハハハハ! 神を助ける為に神に祈れ、とは、 ン何とも傑作だわ! 」
「 くっ…… 」
「 おおっと、早くも傷が塞がり始めているじゃない。これ以上長引いても興が殺がれるだけだし……これでフィナーレよ!! 」
吸血鬼が映姫様との距離を詰め始める。
「 映姫様ぁぁぁぁ!! 」
小町の言う事を信じて、俺はただ、必死に祈った。
大好きな映姫様に勝ってほしい。
こんな所で別れたくない。まだ一緒にいたい。何より、今日の事を謝りたい。
俺は映姫様の事が―――
すると、映姫様の体がうっすらと光を帯び始めた。
「 こ、これは……? 」
映姫様の傷の回復が、速度を増していく。
「 力が……漲る…… 」
「 何だ…? フン、何だかよくわからんが、もうその態勢ではどうしようもあるまい! 喰らえッ ドラキュラクレイドル!! 」
膝をついた状態の映姫様に、先程よりも突進力を増し、紅いオーラを纏った吸血鬼が突っ込んでいく。
俺は思わず目を瞑った。
「 ば、馬鹿な……! 」
吸血鬼の攻撃が、映姫様の片腕で受け止められていた。
「 何だこの力は……あり得ない! 回復する前よりも力が増しているなんて……! 」
「 どうやら……彼に助けられたようですね 」
「 あそこで呆けているアレに……助けられた……!? 」
え、俺?
吸血鬼の腕を掴んだまま、完全に傷が回復した映姫様が、僕を見て微笑む。
俺はただ、映姫様の為に祈る事しか出来なかったんだけど……
「 お嬢様! 」
「 スキありィ! 」
小町が主の方に気を取られたメイドを距離を操り引き寄せると、大鎌を首に突きつけた。
「 ……! 」
「 大人しくしな。今ならアンタが『時を止める』よりも早く、その首跳ね飛ばせるよ 」
ニタリと笑う死神。メイドは口惜しそうに抵抗を止める。
時を止める……そんな事が出来るなんて、本当に幻想郷ってのは何でもアリだ。
「 万策尽きたようですねレミリア・スカーレット……貴女の負けです 」
「 何なの一体……その力は…… 」
「 ――― 『信仰』です 」
「 信仰……? 」
「 神は人や妖怪の信仰から力を得る事が出来る……彼が私の為に祈ってくれたお陰で、助かりましたよ 」
悔悟の棒を喉元に突きつけ、降伏を迫る。
「 信仰……映姫様に祈るだけで、力になる事が出来たのか…… 」
「 ええ…… 貴方の想いがとても強かったお陰で……もう私の体も何ともありません 」
映姫様の体の傷は完治しただけでなく、何だかさっきまでよりも力強く感じる。
「 さて、死後の管理者という立場上、私は命を奪う事はしません。が、閻魔に歯向かった罪…… 卑劣にも人質を取った罪…… まだ罪を重ねるおつもりか? 」
「 ……ッチ、 私の負けだ……降参よ 」
吸血鬼がその場に尻餅を付くように倒れこむ。
吸血鬼と閻魔の戦いが、ようやく幕を下ろした。
「 いやぁ、危ない所だったねぇ 」
「 ほんとだよ、あの時来てくれなかったらどうなってたやら…… 」
「 ありがとう、小町。本当に助かったわ… 」
珍しく褒められて、照れくさそうに頭を掻く。
「 あ~、ホラ。あたいの事は置いといて さ 」
二人を交互に見渡す小町。
俺と映姫様の目が合う。 少しの間を置いて、映姫様が突然俺に抱きついてきた。
「 え、えーき様? 」
「 ……無事で良かった……本当に…… 」
あれだけ傷を負ったのだ。こっちが無事かと聞きたいくらいなのに、この人は自分よりも人の事ばかりを気にしている。
俺は殆ど何もしていなかったようなもの、っていうか、俺が原因でこうなってしまったのに。
「 怪我は、怪我はありませんか? 」
慌しく体を気にしてくるその姿は…… 神とかそんなんじゃなく、普通の女の子だった。
その姿が本当に可愛らしくて、俺が人間だろうが彼女が神だろうがそんな事はどうでもよくなって……
俺も映姫様を抱きしめた。
「 わお 」
小町は背中を向ける。
「 あ……あの 」
珍しく顔を紅くする映姫様。
「 今日は……本当にすみませんでした。映姫様が俺の為に叱ってくれているって解っていた筈なのに……それに、こんな大変な事になってしまって 」
「 ……いえ、私の方こそ、貴方への配慮が足りなかったんです 」
顔を見合わせ、微笑みあう。
良い雰囲気になってきた所で、余計な声が入ってきた。
「 あらぁ、めでたしめでたしといった所かしら? 」
空を見上げると、パックリ開いたスキマから、八雲 紫が顔を覗かせていた。
「 神様と人間の恋…… 素敵だわぁ、憧れちゃう 」
「 貴女も人間と付き合っているでしょう…… 」
大げさに体をくねらせるスキマ妖怪に、苦笑する。
「 ええ。妖怪は人間を恐れさせる事が善行……しかし、共に歩む事が罪な訳ではない……そう私に説いてくれたのは貴女ですもの、閻魔様 」
「 ……そんな事もありましたね 」
「 人間と神様、結構な関係じゃない。神様と人間も、互いに助け合ってるって今回解ったんだから 」
信仰。
神様と人間、神様と妖怪を結ぶ力。
神とて、人や妖怪と共に歩むからこそ存在できるのだ。
「 そうですね……種族というものに、いつの間にか私も捕らわれていたのかもしれません。 …貴女に説教をされるとは思ってなかったわ 」
「 うふふ、たまには良いじゃない。今日は良い見世物を見させてもらったわぁ 」
今夜をお楽しみに、とスキマ妖怪がからかうと、映姫様は顔を真っ赤にして棒を振り回す。
「 なんだかんだで上手く寄りを戻してくれたねぇ。こういった点はさすがだよあの妖怪 」
「 ん? 何? 」
「 いんや、別に 」
頭にコブを作った紫と小町が、幸せそうな二人の姿を遠めに眺めていた。
「 いやぁ、しかし驚いたね。信仰の力はすげーってのは知ってたけれど、たった一人の人間の信仰程度で、あんなに神様は強くなれんのかい 」
「 そんなワケないじゃない 」
「 え? 」
「 信仰ってのはね、想いの強さにも影響するのよ。それは畏れだったり、酒を飲みあう遊び程度の小さな関係だったり 色々よ 」
小町は少し考え込んだあと、上司の背中を見てひらめいた。
「 ははぁ、なるほどね…… 想いの力が神の力になるってんなら、それほど強い信仰もあるまいよ 」
「 そういう事。 良いものねぇ 『愛』 って 」
たとえ人間同士でなくたって、心が通じ合うならば共に歩む事が出来る筈だ。
それは神や妖怪だって例外ではない。 幻想郷は今日も平和である。
お互いがお互いを必要としているからこそ、妖怪も人間も神様も、この世界で存在出来るのだから。
おまけ
「 ふー、ご苦労だった。咲夜 」
「 お嬢様、演出過剰です……館の破損が酷い事になってますわ 」
「 いいじゃない別に。門なら毎日修理してるんだから、部屋の一つ二つ修理が増えた所で大して変わらないじゃない 」
メイド長が深く溜息をつくと、木の板を運ぶ作業へと戻っていく。
「 お疲れ様、名女優さん 」
「 観客がノックも無しに控え室に入るんじゃあないよ 」
「 あら失礼。ドアも壁もメチャクチャになっててどこから控え室なのか解らなかったわ 」
「 どうせスキマから湧いて出る癖に。 どう? ご要望通りの演出を催したつもりだけど、ご満足頂けたかしら 」
「 ええ、最高の舞台だったわ。あの二人、自分の事より相手の事ばっかり気にしてたからねぇ、見てらんないわ 」
大げさに溜息をつくスキマ妖怪。
「 私にいきなり『舞台の大役を任せたい』 なんて何ごとかと思ったわよ。アンタがこんなお人よしだったとはねぇ 」
「 それにしても意外だわ。貴女にお芝居の趣味があるなんて 」
「 モケーレムベンベの一件以降、なんだか面白くなってきてねぇ。中々悪役も様になってたろう。本当は人質なんてプライドが許さないんだから 」
「 も、もけ? 何? というか貴女もともと悪役ってキャラしてるじゃない 」
「 どうでもいいじゃないそんな事。 けど次は出来れば正義のダークヒーローを演じたいわ。紅き仮面の吸血鬼、スカーレットマスク! 」
「 はいはい素敵素敵。 ……しかし閻魔様相手によくもまぁ物怖じせずにあそこまでやれたもんだわ。結構本気だったでしょ、アレ 」
「 神様相手に手加減なんて出来るわけないじゃない。あっちは事情を知らないんだから。 というかあの死神は何だったのよ、予定外よあれは 」
「 観客席に居たいっていうから一緒に見ていたんだけど、途中のノリで飛び出していっちゃってねぇ。多分あの死神もよくわかってなかったんでしょうけど結果的に良い演出だったわ 」
「 まったく、結構焦って顔に出ちゃったんだから 」
あぁ、と呟き、今何かを思い出したのか吸血鬼に尋ねる。
「 そういえば。アナタあそこで死神が出ていかなかったら勝っちゃってたんじゃないの? 一体あの後どうするつもりだったのよ 」
「 ん~、死神がこなくてもあの人間が祈るなりなんなりしてたと思うわよ 」
「 適当な脚本ねぇ。演出家がそんなんじゃ脚本を任せる訳にはいかないわ 」
「 お前……私の能力を何だと思ってるんだ? 展開が多少変わっても、一度決まった舞台の結末までは絶対に変わらないよ 」
「 あぁなるほど……『運命を操る程度の力』。 ……貴女、ほんとにそんな力あるのかしら 」
「 私が結果に適当に話をあわせてるだけとでも思っているのか? なら、私の力をもう少し使ってやろうか 」
「 あら、何を見せてくれるのかしら 」
「 見せんじゃなく見るんだよ。 あの人間と閻魔の運命…… どうやら今回の件で互いの道が重なり始めてるようだねぇ。死ぬまで、いや、死んでも幸せにやってるだろうさ 」
「 まぁ。名悪役にして紅き運命のキューピッド。素敵だわ 」
「 名前のセンスないわねぇ。それにしてもなんでアンタがあの閻魔の恋路を助けようと思ったんだい 」
「 貴女に言われたくない……昔に少し借りがあっただけよ 」
スキマ妖怪が小指を立てる。
「 あァ、男か 」
「 そゆこと。私のお相手のあの人も、可愛らしくてねぇ、毎日退屈しないわ 」
「 …… ふぅん 」
「 じゃ、私もそろそろ愛しの恋人の所へ戻ろうかしらね。今日は楽しかったわ、名女優さん 」
スキマ妖怪がノロケを残して姿を消す。
今日の閻魔を思い出す。 人間なんぞの為に神があそこまで必死になって。
恋ってなんだか楽しそうだなぁ。
「 咲夜 」
「 ここに 」
「 私も恋人が欲しいぞ咲夜 」
「 お言葉ですがお嬢様、その役目は不肖ながらこの私、十六夜 咲夜が 」
「 もういい、下がれ 」
楽園の最高裁判長が生活する個室。
普段の厳格な態度からは想像しがたい、女の子らしい内装の部屋にファンシーな人形やら何やらが置かれた部屋。
その部屋に似つかわしくない大きな声のお説教。そしてそれを聞かされている一人の冴えない男。
「 まったく、まだ善行の何たるかを理解していないようですね。いいですか? 貴方は そう――― 」
「 いやァ、人生って難しいねぇ。これからも道案内よろしく頼むよ、映姫 」
いつもと変わらないお説教。毎日説かれるお説法。
閻魔が人間にお説教。普通は避けたいシチュエーション。
だがその二人の様子は、とても幸せそうな恋人同士のようであったそうな。
うpろだ1355
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「あなたは……誰ですか?」
僕は、突然目の前に現れた立派な服装の女性に驚いていた。
綺麗な妖怪だと、思った。
自分のようなとりえの無い人間に対して、ついに妖怪が現れたのかと思った。
しかし、妖怪だと思われた彼女は、自分のほうを見たまま何も言ってこない。
無表情だったが、その中に哀れみがあるように見えた。
「私を見ても何も言わないとは……やはりそうなのですね」
「何の、ことですか?」
自分には記憶が無い。
そもそも幻想郷という今いる場所の名称さえ、主人から聞いたばかりなのだ。
危ない妖怪がいる……くらいのことしか、自分は知らない。
求聞史記というものがこの世界にはあるらしいけど、貧乏人の僕にはとても手に入りそうなものではない。
だから、目の前の妖怪が誰なのか、わからない。
「幻想郷にいながら、私の名前を知らないとは……そう、あなたは少しモノを知らなさ過ぎる」
「そう、ですか……」
僕には記憶が無い。
果たして幻想郷の生まれなのか、そうでないのかすらわからない。
それを、この妖怪は責めているのだろうか。
しかし、こんな風に責めてくれる人が僕の人生で初めてであることだけは、確かだった。
「閻魔である私ならば、あなたがどこから来たのかもわかります。しかしそれは決してあなたのためにはならないでしょう」
「どうしてですか?」
「過去は所詮礎に過ぎません。現在を変えなければ、あなたの生活は変わりません。もっと知識を得ること……それが、今のあなたに出来る善行よ」
「善行?」
僕が聞くと、彼女はため息を付いて一言付け加えた。
「善い行いと書いて善行。善い行いをすれば、必ずあなたの身に帰って来ます。人ならずとも、この世に生を受けたもの全ては、善い行いをすることで死後成仏出来るようになるのです」
善い行い。
死後。
成仏。
自分にとっては初めて聞く概念であった。
ただ働いて、怒られて、食べて、寝る。それだけの僕の生活には初めての概念であった。
「もしわからなければ……それらについて考えて見なさい」
そういって、閻魔は後ろを向き、去ろうとする。
「あ、あの……」
「どうしました?」
「お名前……聞かせてもらってもいいですか?」
その問いに、彼女は微笑んで答えた。
「そうでしたね、○○……私の名前は」
四季映姫・ヤマザナドゥ。
それは、僕の人生に影響を与える女性の名前だった。
数年後、彼女……四季映姫さまははまた僕の前に現れた。
僕はその間、自分なりに考えていた。
善い行いとは何か。
死後の世界とは何か。
成仏するとは何か……。
完全な結論は出なかった。
しかし、今までと同じような立場ではいられないと思い……自分の立場を省みた。
その結果が、四季映姫さまの立っている畑のふちであった。
「立派な畑を作りましたね、○○」
「ありがとう……ございます」
この畑を作ることが出来たのも、今の自分の生活があるのも、四季様のおかげであった。
四季様がいなければ……畑も、生活もなかった。
「農作物を作るということは、生命にそれだけ近づくということです。命を食べ、育む……善行への近道と言えるでしょう」
いつしかその感情は「四季様のおかげ」から「四季様のために」という感情に変わって言った
四季様に会わない間、僕の中で四季様は美化されていった。
僕の目の前に現れた彼女は、当時の美しさそのままであった。
「これからも、善行を積みなさい。よく、あの状態からここまで成長しましたね」
また、微笑んだ。
その微笑を見て、僕は申し訳ない気持ちになった。
彼女の微笑を見た時に、僕の心にもたれかかる気持ち。
この笑顔を自分のものにしたい。
僕はその感情をなんと呼ぶか、推測は出来ていた。
しかし、結論付けるのが恐ろしかった。
それは、叶うはずの無い願いであったから。
「……四季様」
「……お言いなさい、○○」
「人が、人でないものに憧れ……恋焦がれることは罪なのでしょうか?」
その言葉を聴いた四季様の表情は、初めて見るものであった。
悲しみとも、喜びとも付かない表情。
しかし、彼女ははっきりと言った。
「罪、です」
「人間と人外が結ばれる話は数多くあれど、彼らはえてして幸福にはなれないものです。寿命の差が彼らを分かち、違う種族と結ばれた罪から、魂は地獄に行く……彼らは一度分かれてしまったら、めぐり合うことは無いのです」
死後の世界について少したりとも考えた僕は、「地獄に行く」という言葉の重さを理解していた。
人と人ならば、死後転生してめぐりあうこともあるだろうが、人と人以外では、それはない。
やはり、自分の願いは叶わない。
「へ、変な事聞いてしまってすみませんでした」
「ただし」
「は、はい」
落胆し謝る僕の耳に、届く声。
「それが強い願いならば、それを叶えようと努力することは善行です」
「……それは、どういう、ことでしょうか」
僕の心の中に「まさか」のフレーズが降りかかる。
「人外を愛することを願うという行為は、盗みや殺人のように願うこと自体が罪であることに比べ……罪の濃度は薄い。もし、あなたが人以外を愛してしまったのならば、強く願いなさい。それこそ、罪を塗りつぶしてしまうぐらいに……その行為もまた、善行につながるのです」
希望が、降り注いだ。
僕はまたしても、彼女に救われようとしている。
「四季様!」
僕は彼女を呼びかける。
「僕は……あなたのことが……」
「その先を言うのは、まだ後のことですよ」
四季様は自分の告白を制した。
「貴方が私を想うなら、私を振り向かせて御覧なさい、それが貴方にできる善行よ、○○」
新ろだ291
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厳格な面持ちと圧倒的な威圧感。相手の全てを見透かす摩訶不思議な鏡。
幻想郷でさえ幻の存在となり、妖怪の最強種とされる「鬼」を多数従え、幻想郷の実力者達も閻魔の裁きには逆らえない。
妖怪からも人間からも恐れられ、避けられる、まさに恐怖の象徴である。
四季映姫・ヤマザナドゥ。この幻想郷の最高裁判長。閻魔様であり、説教癖が激しい事で有名なお方だ。
長く生きた妖怪なら誰でも一度はお世話になっている。見た事は無くとも、その名を知らない人間はいない。
「へぇ・・・閻魔様に ねぇ 」
鈴仙・優曇華院・イナバが、変人を見る目で俺を見る。
彼女には少しだけ質問をさせてもらった。今は話がそれて、世間話の最中だった。で、この目つきである。
狂っていると定評のある月の住人にこんな目をされる程、俺はおかしい人間なのだろうか。
「ええ、大概狂ってるわ。あの閻魔様に惚れて、尚且つ告白しようと思っているだなんて。うん、狂ってるわ」
俺は「花の異変」に関わったらしい者達で、閻魔様の事を知っている物を手当たり次第に当たっていた。会えたのは数人であるが。
幻想郷の英雄、白黒魔法使い、瀟洒で従者なメイドさん、人里に降りてきた妖怪神社の巫女。
そして最後に尋ねたのが、この兎さん。
会いたい、話を持ちかけた時には、決まって ブッ という音と共に大量の唾液を勢いよく顔に吹き付けられた。
みんなして酷い反応である。
しかしこの兎さんもまた、閻魔様から弾幕の裁きを受けたらしい。さぞ恐ろしかったろうて。
少し前の事になる。幻想郷のあらゆる場所に、あらゆる四季の花が咲き乱れた異変があった。その異変が終わる数日前。
人里を訪れた死神がいた。曲がりくねった妙な大鎌、人間では無い者が醸し出す独特の雰囲気。
怯える村人から饅頭を買い、それを頬張って満足気な表情を浮かべる死神。一体誰のお迎えが来たのかと恐る恐る見ていると
「何サボってるの小町!!」
という叫びと共に、上空から見るもおぞましい凶悪な弾幕を放ち、首根っこを掴み上げ、スミマセンスミマセンと呪文のようにつぶやき、
蹲ってしまった死神を、首吊りのように空中に持ち上げ、さらに説教を大声で浴びせながら彼方に飛び去っていった光景を見た事がある。
それが、俺が初めて閻魔様を見たシーンである。・・・・正直恐ろしかった。
しかし死神を叱るそのおっかない姿は、恐怖が混じってはいたが、自分がかつて母親から何度も感じた事のある 「優しさ」が感じられた。
そして何より閻魔様は、話に聞いて想像していた姿とは違い とても美しかったのだ。
俺は閻魔様のことが気になりだした。そもそも俺の閻魔のイメージは、恐ろしい物ばかりだった。
死者を地獄へ落とし、舌を抜いて・・・
閻魔には情けも仏もありゃしない、そんな非道でおっかない神様なのだと思っていた。
では何故? 母性にも似た優しさを感じさせた彼女はそんな事を仕事にしているのか。そして彼女は、
なぜ人々に、地獄に落ちぬ為の道を説教して回るのか?
少しずつ、俺は閻魔という存在に、畏怖だけでは理解できない何かに気づき始めていた。
そして、最近更新されたという幻想郷縁起の最新版を見た俺は・・・
「ちょっと、唐突にボーッとしないでよ。尻に弾ブチ込むわよ」
すまん、冗談抜きでやめて。
・・・・そう、閻魔とは、人間の恐怖の象徴であると同時に、輪廻の輪を担う、人を清める存在なのだ。
人の犯した罪を洗い流し、新たな生へと送り出す。地獄の罰とはその為に存在する。
人を裁く行為も、結局は人の為。
あのお方が行う説教とは・・・受ければ受ける程、地獄の刑罰が軽くなるのだ。
四季映姫・ヤマザナドゥは常に、人の為に働いていた。
そして、人を裁く行為は、それ そのものが閻魔達にとって罪である。閻魔達は、人を裁いた自分の罪を裁く為、
地獄で罪人が受けるより厳しく、恐ろしい罰を、日に三度は味わうという。地獄に落ちるような身勝手な外道達なんかの為に。
自分を裁ける神であるが故、閻魔は人や妖怪も平等に裁く。閻魔とは、誰よりも人の為を想う、とても優しい神だったのだ。
幻想郷縁起を読み進める内、閻魔とは何か?をここまで知った。 俺は、閻魔が畏れる対象だとは思えなくなってきていた。
なんて慈悲深い神なのだろう。
だってそうだろう? 人を裁いて綺麗にして、自分はそれ以上に罰を受けて・・・そんな辛い慈善事業は無い。
あの方は、そんな仕事をしながら、人々や妖怪に避けられ、それでも尚人の為に働いて・・・・尚、優しさを放っている。
あの方から溢れる、人の為を想う強い意志と、閻魔である事への誇り。俺はそれを知った。
そんな彼女の姿に俺は・・・・
「いくわよー 3 2 1 ・・・」
うおお!待て 待ってくれ。ケツの穴に向かってその銃を撃つポージングはやめてくれ。
「私が知ってる限り、閻魔様は休憩中に神社に酒飲みに来たり、プライベートだと案外フランクなとこもあるみたい。ただ・・・・」
ただ?
「・・・・閻魔様の波長は、「位相」がズレているのよ。普段は人間や妖怪と変わらないように話してるけど、
あの人の波長は、決して地上の生き物と交わる事の無い波なの。だから閻魔は人を裁ける。
私のあらゆる波を操る能力で閻魔様の波長をイジろうとしても、全く動かす事ができなかったわ」
つまり?
「酷いこと言うようだけど、愛の告白なんてしても無駄だって事よ。絶対に人と交わらない波長なんだから。
あの方は私達 「生き物」 とは全く違う存在。断られるならまだしも、絶対説教食らうわよ?」
閻魔の揺るぐ事の無い波長。生き物とは違う。
果たしてそうなのだろうか。彼女から感じる優しさ。それは本当に生物とは別の物なのか?
どちらにしても俺の考えは変わらなかった。想いを伝えたい。それだけは変わらなかった。
話、ありがとう兎さん。世話になったね。
「ま、貴方が玉砕しようが私はどうでもいいわ。精々がんばっ・・・・・ いっ!?」
途端に彼女は、永遠亭の中に隠れてしまった。いきなり何だ。
「あらあら。私を見るなり逃げ出すとは・・・臭う物には蓋の理論。過去の罪は過去の事、今しっかりやれば良い とは なんとも甘い・・・
あの様子ではどうやら、まだ過去の罪を見る事が出来ていないようね。それとも私の話が理解できなかったのかしら」
いつか人里で聞いた、とても芯のある、それであってとても綺麗な声。
四季映姫・ヤマザナドゥがそこにいた。
「先程まで彼女と話をしていたのは知っています。「彼女はここにはいないー」などと嘘をつくのはやめておきなさい。庇っても無駄ですよ」
俺を一瞥し、全てを見透かしたような、黒い瞳が俺を捉える。やはり改めて近くで見ると、すごい威圧感だ。
いや、別に庇う気なんて無かったけど。
「ん・・・・よく見ると貴方も何か、厄介な罪を背負っているようですね。」
どれ、と つぶやき手鏡を取り出すと、片手だけの手馴れた手つきで開いてみせた。話に聞いていた、過去を映す鏡なのだろう。
しばらく黙って鏡を見つめていた閻魔様が、少しずつ難しそうな顔に変わっていった。
「・・・・・・・・」
あ、あの。
とりあえず声をかける。今から俺が言う言葉、既に知られてしまったか。
今までの話が本当ならば、この方に嘘や隠し事なんざ出来やしない。言うならもう今しかない。
え 閻魔様。
「映姫 でかまいません」
鏡から すっ と顔をこちらに向け、真っ直ぐと言い放つ。
え、映姫様!あの、その、私は・・・・貴方の事が・・・s
「なりません」
断られた。一瞬の躊躇も無い、ハッキリとした声だった。まさに断罪。バッサリと断ち斬られた。
「うわぁ・・・・」
様子をコソコソと伺っていた鈴仙も、予想していた通りとはいえ、想像以上の砕け散りっぷりに思わず同情してしまう。
映姫様は厳格な顔と気迫で、続けた。しかし彼女に対して、今の俺は恐怖を感じられない。
「そう、貴方は少し、私に対して畏れが無さすぎる。 閻魔とは人間の恐怖の象徴、人を裁く神なのですよ 」
うーむ。閻魔とは 裁くだけの存在じゃないんでしょうに。
映姫様は淡々と続ける。
「そのまま私を畏れずにいるのは貴方にとって喜ばしくない状態です。貴方が私を想い続けても、
きっと報われぬまま一生を終えるでしょう。それでは貴方の徳に支障が出る。貴方自身もきっと幸せにはなれない。
私を畏れ、他の者を想う事。 それが貴方に出来る善行です 」
できません。
自己評価でちょっと見栄を張っていいならば、映姫様に負けず劣らずキッパリと言い切った。
畏れろ?だから無理だ。そんなもん。
「貴方の罪は、今の所は説教で十分洗い流す事の出来る罪です。・・・私が原因で地獄に落としたくはありません」
それでも無理です。映姫様を畏れる事なんて俺にはもう出来ません。しかし、俺の我侭なんかで、
映姫様に地獄の罰を受けてもらいたくはありません。・・・俺は地獄に落ちないように一生懸命善行に励みます。
ですが・・・その説法を聞き入れる事だけは 俺には出来ません。
緊張して舌が回っていなかったと思う。 それでも早口にはならないように、しっかり言う事を心がけたつもりだ。
俺は役者じゃないのだ。カッコつける余裕なんざどこにも無い。
厳格の顔のまま威圧感を放っていた映姫様の顔は一瞬、ちょっと困ったような顔に変わった。
「・・・・・・」
「うわぁ・・・」
鈴仙はセリフがこっ恥ずかしくて、若干顔を紅くしながら成り行きを見守っていた。
狂ってやがる と思った。しかし、それでも閻魔の波長は揺るがない。
「貴方の想いは、絶対に届きません」
わかっています。
「地獄に落ちるかもしれないのですよ」
そうならないようにして見せます。確か幻想郷縁起にありましたけど、説教くらいなら閻魔は自分を裁かなくていいんですよね。
「・・・・・・」
映姫様は、しばらく目を瞑ると、軽く、本当に軽くため息をついた。
「これ以上話を続けても無駄なようですね。・・・地獄に落ちる事の無いよう、しっかりと善行に励みなさい」
鏡を閉じ、背中を向ける。
俺は深く、ただ深く頭を下げた。
「うわぁ。」
閻魔様が諦めた。相当である。狂ってる。
「馬鹿な人・・・だから私、最初から教えてあげたのに。叶わないってわかってんだから最初から ・・・・あ? 」
鈴仙は、奇妙な違和感を感じた。
「閻魔様の波長が・・・変わった・・・? え? 」
それは気が付かないほど小さな、本当に微弱な変化。鈴仙でさえ干渉できなかったあの波が 僅かに揺れたのだ。
「さて。」
閻魔様が、突然鈴仙のほうにグルリと首を向けた。首だけを120度ほど回して睨んでいる。
目の会った鈴仙は、驚いて胃が飛び出そうになった。永遠亭の奥へと逃げた鈴仙だったが・・・
閻魔の弾幕が轟く永遠亭を後にして、帰り道を歩く。
まぁ、こうなる事は解っていたさ。 ただ、俺の想いを伝えられてよかった。
映姫様を、彼女を殆どの者は畏れ、嫌う。だけど俺は、心の底に慈愛の溢れた閻魔。映姫様を愛してしまった。
彼女は鏡で全てを知る。けど俺の想いは、俺の口で伝えておきたかった。
メチャクチャ勝手な話だが、映姫様が何を言ってもこの想いが変わらないという事だけは伝えたかったのだ。
映姫は鈴仙を締め上げ、次の目的地、霧雨 魔理沙の元へ向かっていた。
途中、映姫は何度も頭を振った。
「・・・・・・いけませんね、私ともあろう者が。
人間に想いを告げられ、心を乱すなどと・・・・」
閻魔として生まれ、閻魔として生きてきた映姫にとって初めての事だった。
人や妖怪からは畏れられて当然。それが閻魔の正しい在り方だ。
それを理解した上で閻魔の仕事をこなしてきた。 輪廻とは、人や妖怪の為に 最も大切な仕事の一つ。
ただ、転生の為に地獄に落ちる者を出来る限り減らしたい。
説法を説いて回る。それが映姫の、閻魔としての目的だった。
自分は神。裁きの対象は妖怪と人間。 位も種族も、何もかもが違う存在。
彼女にとって人間や妖怪は愛すべき存在であったが、その者達に好かれる事は決してないと思っていた。
彼女もそれで良いと考えていた。むしろ、閻魔は好かれてはいけないのだ。
「・・・っ」
彼女は自分の頬を両手で一叩きした。上空から見下ろした先には白黒の魔法使い。
さて、言いつけは守っているか? 確認の時間だ。
映姫の顔には厳格な顔が戻っていたが・・・・・ 変化した波長までは、戻ってはいなかった。
家で惰眠を貪り終えた俺が、ぼーっとした頭で竹林での映姫様との会話を思い出す。
閻魔と人間・・・か。やっぱり、交わる事は出来ないのかねぇ
まぁ当然だろう。人間と神様なのだ。思い上がりも甚だしい。頭ではわかっていたが、俺のこの想いだけはいつまでも消えずにいた。
無論、消すつもりなんざ一生無いんだが。 まっこと、馬鹿な話である。
でもまぁ、頭じゃ理解しててもどうにもできんのが恋ってもんなんじゃあないだろうか?
では、唯の人間に生まれちまった俺が、遥か遠くの存在である映姫様に出来る事は もう何も無いのだろうか。
否。
閻魔様に対する苦労をできる限り減らす様、努力する事。
それが何の力も無い、普通の人間として 映姫様の為に出来る唯一の事だと考えた。のだ。
さて、そろそろ善行を積みに出かけるとしようかな。
死後の生活を、より良い物にする為に・・・・
その後、四季映姫ヤマザナドゥと、この男には もう少し色々話がある訳だが、それはまた別の機会にでも。
うpろだ1209
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「○○さん。そもそも貴方が風邪を引いたのは……」
(映姫様……お見舞いに来てくれた事、とても感謝しています)
「……であるからして、自己管理というものを……」
(映姫様のありがたいお話なら、僕は何時間でも聞いていられます……でも)
「……そして貴方が体調を崩したことによって、他の……」
(今の僕には……もう、む……り…………で…………)
「……ですから安静にして休むこと。これが今の貴方が積める善行よ」
そこまで言い終えた私は、○○さんの様子がおかしい事に気がつきました。
「……○○さん?」
「はぁ…はぁ…はぁ…うぅ……」
呼びかけてみても反応はありません。
代わりに返ってくるのは荒い呼吸音と苦しそうな呻き声だけ。
「○○さん、大丈夫ですか?」
私は○○さんに近づき、赤くなっている○○さんの顔にそっと手を触れます。
刹那、信じられないくらいの熱さが私の手に伝わってきました。
「ッ!? た、大変です!!!」
この時、私は○○さんが病気だという事を思い出しました。
長々とお説教をしている場合ではなかったのに、私はなんて愚かなのでしょう。
いえ、今は悔やんでいる暇はありません。
苦しんでいる○○を助けるために最善を尽くす。
それが今の私に出来る善行なのだから。
「で、でも、一体何をどうすればいいのでしょう?!」
正直なところ、私には病気の人の看病をした経験などありません。
もちろん一般的な対処法などは知識として知っていますが、
それでもこんな状態の○○さんにどこまで役に立つのか解りません。
やはり永遠亭の薬師に頼むのが最善……
「いえ、それはダメですね」
確かにあの薬師ならば○○さんの病気を治す薬を処方するくらい容易い事でしょう。
しかし、それを口実に○○さんに対していかがわしい事をする可能性があります。
仮に病気が治ったとしても、それより性質の悪い効果の薬を飲まされては本末転倒です。
そんな危険がある場所に○○さんを連れて行くわけにはいきません。
ええ、やはり私自身の力で○○さんを救うしかないのです。
そう決意した私は、早速○○さんの看病を始めたのでした。
「……………ん」
そして僕は目を覚ました。
未だに高熱で意識が混濁しているが、眠った事が功を奏したのか今朝ほどではない。
とりあえず視界が完全に開けたところで力を入れ、何とか上半身だけ起き上がる。
「って、映姫様?」
そこで僕が見たのは、布団にもたれ掛かるようにして眠っている映姫様だった。
そう言えば映姫様がお見舞いに来てくれてたんだっけな。
でも、どうして映姫様がここで眠っているんだろう?
そんな疑問は、室内の光景を目の当たりにした瞬間綺麗に吹き飛んだ。
「……何だ、これ」
もはやカオスなんて言葉で言い表せるレベルではない。
超局地的な台風か地震でも発生したかのような崩壊っぷりだった。
布団の敷いてある周辺が無事なのは間違いなく奇跡だろう。
「…………んぅ……○○、さん?」
我が家の豹変振りを呆然と眺めていた僕を呼ぶ声。
どうやら映姫様が目を覚ましたらしい。
眠気眼を手でこする仕草はなんとも愛らしかった。
「映姫様、おはようございます」
「おはようございます……ではありません! ○○さん、大丈夫なんですか!?」
くわっ! と目を見開き、物凄い勢いで詰め寄ってくる映姫様。
その迫力に押されつつも至近距離にまで近づいた映姫様の顔に少しドキドキ。
「あ、その……朝よりはかなり楽になりました」
「本当ですか? この状況で嘘をつくことは許しませんよ?」
「映姫様相手に僕が嘘をつくわけないじゃないですか」
「っ……そ、そうですか。それならばいいのですけど」
内心の動揺を悟られないように気をつけつつ、取り合えず笑顔で応対する。
そんな僕の言葉を信じてくれたのか、映姫様はあっさりと引き下がってくれた。
顔が赤くなっているように見えるけど、多分気のせいだろう。
「それよりも映姫様。僕の部屋、何でこんな状況になっているんでしょうか?」
「え? こんな状況って……」
周囲を見回した映姫様の表情が凍りつく。
この部屋を襲った惨劇に言葉もないといった感じだろうか。
「……ひっく……ひっく」
あれ? 映姫様?
「……グスン、えっぐ……ふえぇ……○○さん、ゴメン、なさい」
「え、映姫様? 一体どうしたんですか?」
何故かは知らないが、映姫様がいきなり泣き出しまったのだ。
僕は自分が風邪を引いているという事実も忘れて狼狽する。
そして何とか映姫様を慰めようと口を開くが、その声は映姫様によってかき消されてしまう。
「……ひっく……この部屋を、こんなにしてしまったのは……私、なんです」
「えっ?」
その言葉を皮切りに映姫様の独白が始まった。
『看病しようとやった事が全て裏目に出て、結果的に家を無茶苦茶にしてしまった』
半分泣きながらだったためイマイチ要領を得ない話だったが、要約するとこうだ。
一体何をどうすればこれだけボロボロに出来るのだろう。
驚きを通り越してしまった僕は、逆に凄いなと変に感心までしていた。
もちろん怒りとかそういった感情は全く湧いてこない。
僕なんかのために甲斐甲斐しく尽くしてくれた映姫様がたまらなく愛しくて……
「こうなっては仕方ありません。せめて貴方の風邪だけでも治さなければ……」
「………え?」
気付けば僕は、僅かな息遣いさえ感じ取れるほど近い位置で映姫様の顔を見ていた。
映姫様、顔が真っ赤になってる。
いや、そうじゃなくてこの状況は何なんだろう?
「え、映姫様?」
「動かないでください」
突然の事に混乱した僕だったが、映姫様に両肩を掴まれているので身動きが取れない。
全力で抵抗すれば引き剥がせるかもしれないけど、映姫様相手にそんな事は出来ない。
そうこうしている間に徐々に映姫様の顔が迫って、き……た?
「えっ、ちょっと、映姫様?! 何を考えてるんですか?!」
「風邪を治すには他の人にうつしてしまえばいいんです。
ですから貴方の風邪を私にうつして貰おうと思ったんです」
「それでなんで顔を近づけてくるんですか?!」
「それは……き、キスしたら、風邪がうつると言うではないですか」
目線を逸らし、ポッ、と頬をさらに赤くする映姫様。
今日はいつもと違う映姫様をたくさん見れて得した気分だな。
なんて事を言っている場合ではもちろんなく、僕は混乱の極地に達していた。
だってそうだろう?
映姫様の行動と言動から判断するに、いやしなくても映姫様は僕とキスしようとしてるんだから!!!
「だ、ダメですよ映姫様! 僕なんかのためにそこまでしないでください!!!
それに他人に風邪をうつしたら治るとかキスしたらうつるとかは俗説です!!!
本当にしたところで風邪が絶対にうつるなんて保障はありませんから!!!」
「知っていると思いますが私の能力は『白黒はっきりつける程度の能力』です。
例え俗説であっても、私がそうだと言えばそれが真実になるんですよ」
「そ、そんな事のために能力使わないでください!!!
それにもしそれが真実になったとしても、償いでキスまでして貰うのは……」
「それに関しては余計な気遣いというものです、○○さん。だって……」
『私が貴方とキスしたいんですから』
翌日、○○さんの風邪は見事に治っていました。
しかしその代償と言うべきか、当然の事ながら私は風邪を引いてしまいました。
でも、私に後悔はありません。
「映姫様、お粥が出来ましたよ」
だって、こうして○○さんが私の看病をしてくれているんですから。
「ありがとうございます、○○さん」
「気にしないでください。元々は僕の風邪がうつったせい…で………」
自分の言った台詞で昨日の事を思い出したのでしょうか。
○○さんの顔がどんどんと赤くなっていきます。
いつもの○○さんは格好良くて素敵ですが、こんな○○さんは何だかとても可愛く思えます。
「○○さん」
「は、はい?! な、なんですか映姫様?!」
気付けば私は○○さんの首に手を回して抱きつき、耳元でそっと囁いていました。
「明日は私が○○さんの看病をしたいです………いいですか?」
「………………」
○○さんは言葉ではなく、行動で応えてくれました。
2人の風邪はまだまだ治りそうにありません。
うpろだ1233
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○○「映姫、お帰り。遅かったじゃないか。」
映姫「ただいま、お兄様……」肩を叩く。堅苦しい上着を外して、その下地の白いシャツのまま帰ってきたようだ。
○○「また、小町か?」
映姫「あの子にも困ったものです。サボりさえしなければよいのですが……」
畳に座る映姫、荷物を脇に置き、ため息をつく。
○○「まぁ、あんまり肩肘張りすぎるのもアレだしな」俺は映姫の背後に回りこむ。
○○「肩、揉んでやろうか?」
映姫「お兄様? 次の閻魔の仕事はすぐですよ?」
冷静に返す映姫。他の男にそんなことされようものならすぐにジャッジメントされるところだが、そうはならない。
俺は映姫と2交代制で幻想郷の閻魔をやっている。変り種の多い幻想郷の閻魔は激務で、こうしている間にも霊魂が裁判所に来ているかも知れない。
○○「お前に倒れられたら、俺が24時間閻魔をやらなきゃならなくなる。『同僚』のコンディションに気を使うのは当然だと思うけどな」
映姫「……もう。」
口答えしなくなる。理屈でねじ伏せられると、この妹は口数が減るのだ。
そんな妹の肩に手をかける。その小ささとは正反対に、肩は相当凝っていた。
力を込める。
映姫「……んっ……」
○○「ずいぶん凝っているなぁ……無理してない?」
映姫「してませんよ。この程度、苦労のうちに入りません」
○○「そう。ならいいけどさ」
会話している間にも肩をもみ続ける。映姫の肩の筋肉が弛緩していく。
その間も、背筋はぴんと伸ばしている。
――すこし彼女に体重を乗せるように寄りかかり、耳元でささやく。
○○「だけどあんまり無理するなよ? お前は俺の『自慢の妹』なんだからな。」
ばっ、と振り向く。その顔は真っ赤だ。
映姫「な、何を言ってるんですか! 貴方は実の妹にも手を出そうと……!」
○○「ははっ、もう大丈夫みたいだな。じゃぁ俺は行ってくるから、ゆっくり休んでな」
映姫「お兄様のバカ、そんなんだから閻魔一の女たらしって言われるんです!」
○○「説教は後で聞くよ。じゃぁな」
俺は身支度を整え、家を出る。
俺の最後の台詞は、しばらくかなわない状況がつづいている。
どちらかが家に帰って数分。二人暮らしの閻魔の兄妹に許されている邂逅の時間はその程度。
もう少し優しくしてやらないとだめかな……帰ってくるときは、お土産でも買っていこうか。
明かりの完全に消えた部屋に差し込む、カーテン越しの光。
夜勤明けの四季映姫の、いつもの就寝風景。
しかし、彼女の目は冴えていた。
頬は赤く、息は上気している。それでいて、表情には辛さが伺える。
「どうしよう……」
胸をつかむ。心臓の辺りが苦しい。
「お兄様……」
揉まれた肩と、寄りかかられたときの体重を思い出す。
そのたびに、心臓の苦しみが増す。
この苦しみの原因は、白黒つける能力を自身に使うことで知っている。
恋。自分は恋をしている。
――実の、兄に。
それは許されない行為。
重々承知していることであった。
仕事中、そのような人間を地獄に落としたことは何度もある。
そんな自分が、許されるはずのない感情を抱いている。
閻魔であるならば、あきらめてしまうべきだ。
でも。
兄に優しくされるたび、胸が苦しくなる。
兄はいつでも私に優しくしてくれる。
○○『閻魔初仕事だよな、気をつけろよ?』
○○『部下に辛く当たりすぎてないか? 叱るのも大事だが、ほめるのも大事だぞ』
○○『あんまり気を張るな。疲れちまうぞ。』
○○『だけどあんまり無理するなよ? お前は俺の『自慢の妹』なんだからな』
胸を押さえる手が強くなる。
そうだ、思いを打ち明けても、きっと兄は受け入れてくれない。
兄にはたくさん女がいる。小町もその一人なのかもしれない。
でも、私は妹。ただの妹なのだ。
きっと私のことは眼中に写っていないのだ。女としてみてくれることは、ない。
目頭が熱くなり、鼻頭に水が一滴流れる感触を覚える。
「……っく、ひっく……ぐすっ……」
寝ることも忘れて、四季映姫は泣いていた。
○○「ただいま映姫ー、まだ寝てるのか?」
映姫「……!!」
布団がもぞもぞと動く。
彼女らしくない。おきていたとしても、この時間まで布団をかぶったまま。
いつも俺が帰ってくる時には出勤の準備をし終えているというのに。
様子がおかしいのは明らかなので、買ってきた甘味を置いて妹のところに向かう。
○○「どうした映姫、大丈夫k」
映姫「近づかないでください!!」
いきなりの、明らかな拒否。初めての反応だ。
○○「……映姫?」
映姫「……今の私に、触れないで……」
○○「わかった、じゃあ離れているよ」
テーブルに戻る○○。
○○「(どうすればいいんだ……)」
うpろだ1301
───────────────────────────────────────────────────────────
楽園の最高裁判長が生活する個室。
普段の厳格な態度からは想像しがたい、女の子らしい内装の部屋にファンシーな人形やら何やらが置かれた部屋。
その部屋に似つかわしくない大きな声でのお説教。そしてそれを聞かされている一人の冴えない男。
それが俺だ。
外の世界から幻想郷に流れ着いて、彼岸をうろついている所を助けられて……
閻魔である映姫様に ただの人間である俺が告白して、それが受け入れられて、一緒に仕事をするようになって……
本当に色々あった。
紛れもなく幸せだった。だが愚かにも俺は、その幸せに慣れてしまった。とても恵まれた今の状況を、当然の環境だと思ってしまった。
「 まったく、まだ善行の何たるかを理解していないようですね。いいですか? 貴方は そう――― 」
いつもと変わらないお説教。毎日説かれるお説法。
ありがたいお話も、それが優しさなのだと解ってはいても、時間が経つにつれ慣れが来て、そのありがたみを忘れてしまう。
親のお叱りを鬱陶しいと感じるように、毎日同じような話を聞かされていればさすがにウンザリするというもの。
映姫様とのお付き合いをさせてもらうようになって数ヶ月。 最初はぎこちなかった関係が徐々に慣れ始め、慣れ始めたからこそ悪い部分も見え始める。
普段ならば耳の痛い話も我慢するのだが、今日色々あった俺はすこぶる機嫌が悪かった。 だから―――
「 あぁもう! わかってますって!! 」
「 っ!? 」
「 理解しててもねぇ、俺も色々忙しいんですよ! 善行善行気にしてたら疲れるんですこっちも! 」
机を派手に叩いて大声で喚き散らす。説教に対する、 いや、映姫様に対する初めての反抗。
突然の俺の行動に、説教を止め、驚いた表情のまま黙って俺を見つめる映姫様。
―――あぁ、今の俺がこの時の自分を目の前にしたら、本気でブン殴っている所だ。
「 ……そう ですか 」
「 う…… 」
驚いた表情が少し哀しそうな表情に変わると、そのまま俯いてしまった。
俺の為に叱ってくれていたのだと、そんな事は随分前から解っていた筈なのに。 今更「馬鹿な事をした」と思ってるのだから本当に救い様が無い。
「 貴方は……貴方だけは 」
俯いたまま俺に背中を向ける。その肩が少し震えている。
今止めないと、今こちらを向かせないと、なんだか二度と手が届かない気がする。
「 私の話を受け入れてくれると…… 思っていました …… 」
なのに何で俺は黙って背中を見つめてるんだろうか。
声をかけれない。手を伸ばせない。 すぐに素直に謝るべきだと解っているのに動揺していて動けない。
冴えてないのは顔だけではない。正真正銘のロクデナシだ。
「 ごめんなさい…… 」
部屋を出ていってしまった映姫様。
その後ろ姿が見えなくなった後、今更「しまった」と追いかける。 思い出すだけで自分の要領の悪さにイライラしてくる。
しかし外に出た時点で映姫様は飛び去ってしまった。タダの人間である俺が飛べる筈も無く、どんどん遠くなる映姫様を必死に走って追いかける。
「 っげ!? 」
その頃、三途で仕事をサボっていた死神 小野塚 小町は物凄い勢いで飛んでくる上司の姿に飛び起きた。
これはただ様子を見に来たってスピードじゃない。
寝てたのがバレて、叱り付けに来たのだろうと思った小町は、向かってくる上司の姿に無駄だと解ってて言い訳する。
「 あぁ四季様違うんですあれは少し転んでしまって痛くて立ち上がれなかっただけで決してサボって寝ていた訳では…… あ? 」
しかし上司の閻魔様は、自分を叱り付ける訳でも殴りつける訳でもなく、その頭上を飛び去ってしまった。
小町は通り過ぎた時に一瞬映った、上司の表情を見逃さなかった。
「 …… 四季様? 」
続いて後ろから息を切らしながら追ってきたこの男。
その様子を見て小町は一瞬で事態を察知した。いつかこんな事もあるだろうと予想していたから。
「 なるほどねぇ。アンタ四季様に何かやっちまったろ 」
若干小町の目が鋭くなっていたが、たぶん小町自身は気付いてない。
「 説教がいつものように始まって ……でも俺イライラしてたから、八つ当たりしちゃって …… 」
「 なーるほど。そりゃアンタが悪い 」
「 ですよね …… 」
「 四季様はね、根が真っ直ぐで人の為に成りたいって善い人生を心掛けてる、今時あっちの世界にゃ殊勝な人間だからアンタを傍に置いたんだよ。
そりゃあ道を示してやるお説教にも熱が入るってもんさね 」
「 …… 」
彼女にはよく愚痴や相談を聞いてもらっている。人と話をするのが好きな死神さんみたいで、たとえ仕事中でも話を聞いてくれる。
その彼女に言われて、改めて後悔の念が押し寄せてくる。 理解していた筈なのに。
「 けど、そいつをあんたは否定しちまったんだよ。そりゃイライラするのは解るけど、まったく言い方ってもんがあるだろう? 」
いつもより若干声色が刺々しい気がするが、今の俺には相応しい。
先程までの自分の行為を思い出して激しい自己嫌悪に陥る。こんな自分に頑張ってくれた映姫様に申し訳が無い。
というかよく考えてみれば元より映姫様は神様、俺は何の力も無いただの人間だし、釣りあう筈も無い訳で……
俺とここで別れて、もっと相応しい相手を見つけたほうが彼女の幸せの為なんじゃないかとか、マイナスイメージばかりが浮かんでくる。
駄目だ。これ以上気分が沈んだら不味い気がする。
俺は立ち上がると、トボトボとあても無く歩み出した。
「 おーいどこいくんだ? 」
「 少し頭を冷やしてくる。一人で考えたい事があるんで…… 」
「 オイオイオイ、アンタ一人で外に出たら妖怪に …… って人の話は最後まで聞いてけってんだよ、無粋だねぇ 」
追いかけようとした小町に突然声がかかる。
「 あらあら、何か面白い事のにおい 」
「 おや、アンタかい 」
空間が割れ、そのスキマから妖怪がひょっこりと顔を出した。
「 閻魔様と最近一緒にいた、あの人間の子……面白そうだと思ってずっと様子を伺っていたのだけど 」
「 ご苦労なことで。 実は赫々云々でねぇ 」
「 まぁ! まさかとは思ってたけど本当に恋仲だったなんて! 人間と神様の禁じられた恋……惹かれるわぁ 」
「 アンタも人間と付き合ってるじゃあないか……なぁ、アンタ。もし暇ならさ 」
「 ええ、協力してあげるわ。 私閻魔様は苦手ですけれど、面白い事には目がありませんの。例えば他人の恋路とか…… 」
「 全く……恋路の邪魔はするんじゃないよ 」
「 もちろんよ。私にかかれば恋路を無理矢理作る事だってどうという事はないわ……うふふ 」
歩き始めて随分時間が経ったようで、もう夕方だ。
一人になって実感する。寂しいなぁ と。
もう一度映姫様と他愛ない話をして笑いあいたい。もう一度、いや いつまでも映姫様と一緒にいたい。
なんでこう俺はいつも 失ってから初めて気付くんだろうか……
「 オイ、人間 」
思考を遮断される、幼くも威厳に満ちた声が後ろから聞こえる。
「 人間の餓鬼が人里を離れて一人遊びか。なるほど彼岸も近いようだが、自殺志願者というワケだ 」
従者に傘を差され、蝙蝠のような羽を生やした少女がくっくと喉を鳴らし、笑う。
俺よりも遥かに小さい少女が俺を餓鬼呼ばわり、しかしその姿は極めて威厳に溢れ、見た目にそぐわぬ圧迫感を与えてくる。
妖怪――― あぁ、今日の俺はつくづく馬鹿としか言いようが無い。
一人でこんな所をうろついている自分が極めて危険な状況にいるという事に今更気付いたのだから。
「 お前に用がある。一緒に来てもらうよ 」
ヤバイ、捕まったら食われて死ぬ。
急いで背を向けて、俺は逃
「 咲夜ッ!! 」
従者と妖怪の姿が消えたかと思うと、そこで俺の意識は途絶えた―――
「 ふぅ…… 」
人気の無い所で独り溜息を吐く楽園の閻魔様。
溜息を吐けば幸せが逃げると言うけれど、幸せが逃げたから溜息が出てしまうのだ。
「 直らないわねぇ、この癖は…… 」
自分は そう。少し話に熱が入りすぎる。 解っている筈なのに。
どうしても罪を犯しそうな者、罪を犯した者を見過ごせない。迷惑だろうと思っていても注意が長くなりすぎる。
今までも何度かそれで損をしたり、嫌われたりもしてきたのに。
「 ふぅ…… 」
しかし自分は間違った事をしたつもりも、間違っているとも思ってはいない。
地獄に落ちる前に、誰かが教えねばならないのだ。たとえ彼が私を嫌って戻ってこなかったとしても、教えを守って地獄に落とさずに済むのなら……
元より私は閻魔、彼は人間…… 違える種族が結ばれるより、人間同士で結ばれたほうが、もしかしたら彼も幸せに……
「 今日は。ご機嫌いかが? 閻魔様 」
閻魔の目の前に突然顔が現れる。しかしそれに動じる事なく、気だるそうに顔を上げる。
「 貴女ですか……申し訳ありませんが、最悪です 」
「 まぁ 」
これは失礼、とワザとらしく頭を下げるスキマ妖怪。
「 何か用ですか。貴女から私の前に現れるとは珍しい 」
「 さて、何でしょう。大した用件は無いのですけれど、大したことの無い用件なら結構あったりなんかして 」
「 ……ハッキリ言ったらどうです? 大方何があったかは知っているのでしょう。私を馬鹿にでもしにきましたか 」
再び大きく溜息をつくと、鬱陶しそうに顔を背ける。
「 うふふ、閻魔様をからかえるなんて、北斗七星が北極星を食べるまでに一回あるか無いかの機会だわぁ 」
「 馬鹿にして良いと言った覚えはありません。もう一度言いますが機嫌が悪いのです。さっさとどこへなりとお行きなさい 」
「 あら、いつものお説教は? 」
「 しつこいわね貴女は……! いいでしょう、そんなに叱られたければ望み通りに――― 」
きゃあ、と可愛らしい声を上げ、身構えた紫だが
「 …… 」
「 あ、あら? 」
説教をする気分にはなれなかった。
無理もない、先程のそれが原因でこんな事になっているのだから。
顔を俯けると、再びしゃがみこんでしまった。
「 …随分としぼんでしまったわねぇ、閻魔様。いつもの威厳はどうしたのよ 」
「 …… 」
紫は映姫の様子を見ながら、「今となっては恋愛に関して、私のほうが上手みたいねぇ」 とほくそ笑んだ。
「 そうそう、彼。 今大変な事になってるみたいよ 」
「 え? 」
「 急いだほうがいいんじゃないかしらぁ 」
浄玻璃の鏡を取り出し、様子を伺う。
映ったのは紅魔館。
館へと入っていく紅い悪魔。そして付き人の従者の背中には…
「 ―――ッ! 」
「 さて、どうしましょう閻魔様 」
映姫は急いで飛び立とうとするが、紫に肩を捕まれる。
「 何ですか! いい加減に……! 」
「 入りなさい 」
縦に開かれた境界。カーテンのように靡くスキマの向こうは、紅魔館の上空へと繋がっていた。
「 この幕を一度通れば、閻魔様は舞台の主役。 ささ、王子様を助けにいきなさいな 」
「 …… 感謝します 」
映姫がスキマを潜ったのを見届けると、紫はそこから顔を覗かせ、ニヤニヤと笑い出した。
「 さぁて、観客(わたし) を楽しませてくださいな、名優の皆様方…… 」
「 演技は良い 」
壁に縛られたまま意味の解らない言葉をイキナリ投げられる。こんな唐突な言葉にどう反応を返せばいいんだ。
「 芝居の高揚は……退屈な時間を忘れさせてくれる 」
出演を今か今かと待ちわびている舞台裏の役者のように、椅子に座りながら天を仰ぐ妖怪。
どうやら俺に話しかけているのではないらしい。
「 咲夜、準備は出来ているな? 」
「 無論です 」
話が見えない。こいつらは一体何がしたいんだ。
俺は一体何の為にここに連れてこられたんだ。殴られたらしい後頭部がズキズキと痛む。
「 おい、俺をどうしたいんだ……言っておくけど俺は食っても絶対不味いぞ。健康状態が良いとは言えないし 」
「 あぁ、心配せんでもお前を食ったりはしないさ。私は崇高なる吸血鬼……肉は食わんし、何より私は少食だ。お前が死ぬほど血は飲めん 」
「 は? 」
え? 食わないのか。じゃあ一体目的は何だ。俺の血か。
疑問が浮かぶが、その疑問は館を突然襲った振動によって遮られた。
「 お嬢様、門を抜けてきたようです 」
「 ―――来たか 」
待ちわびたと言わんばかりにニタリと笑う吸血鬼。
衣服をさっと手直しすると、再びドカリと椅子に腰掛けた。
程なくして開かれた部屋の扉
映姫様だった。
「 映姫様!! 」
「 よかった……無事だったのね…… 」
こんな俺の為に、ここまで来てくれたのか。あんな酷い事をしてしまったのに―――
安堵の表情を見せた映姫様の顔に、思わず泣きそうになった。
彼女はまだ俺のことを考えてくれていたのだと。
「 これは驚いた。楽園の最高裁判長が、こんな小汚い館に何か御用かな 」
椅子に座ったまま傲慢な態度で吸血鬼が語りかける。
「 単刀直入に言いましょう。彼を帰してもらいます 」
「 話が見えんな。 外から流れ着いた人間をどうしようと、我々妖怪の勝手では無いかしら 」
「 たしかに……しかし今回は例外です。死後の管轄である「私が原因」で、人間が死ぬ事は避けねばなりません 」
「 ほう、コレがあんな所にいた原因を作ったのは、閻魔である貴女様が原因と。興味深いな、話を聞かせてもらえないか 」
「 貴女に話す必要はありません 」
吸血鬼も映姫様も、物凄い威圧感を出しながらの話し合い。
壁に縛られ遠くから眺めているだけで、小便を漏らしそうになる。
「 何、心配する事は無いよ閻魔様……何も彼を殺そうと言うのではない 」
「 どういう事です…… 」
「 なんだかこの人間が気に入ってしまったのでね……私の眷属(オモチャ)として扱おうかと 」
俺のどこが目に止まったっていうんだ。いや、止まったとしても冗談じゃない。
「 血を吸って、ですか。それは人として死ぬも同じ事…… 認める訳にはいきません 」
「 フン、素直に「大切な彼を返してくれ」 と言えば良いものを。 咲夜ッ!! 」
「 ! 」
従者が指を鳴らすと、大勢のメイドが武器を持って飛び出し、映姫様を取り囲んだ。
「 …… 」
「 お客様がお帰りだ。丁重にあの世まで送って差し上げろ 」
「 畏まりました 」
なんだか大変な事になってきた。
この空気、映姫様が危険なんじゃないのか。
「 映姫様、俺の事はいいんで逃げてください! こいつらたぶん本気ですよ!! 」
しかし映姫様は、こっちに微笑むと、「心配はいりません」 と棒を取り出した。
たしかにあの棒で殴られると痛いけど……あれでこんな人数を相手にするなんて、いくら何でも無茶すぎる。
メイド達が一斉に映姫様に飛び掛ると、すぐに埋もれて姿が見えなくなってしまった。
「 おい、吸血鬼、止めてくれ! お前の目的は俺なんだろ! 」
しかし吸血鬼は見ていて不快になる笑みを浮かべながら様子を伺うばかり。俺の話など聞いてはいない。
こいつは本当に俺の事が眼中にあるのか。
映姫様はメイド達に埋もれたまま全く反応が見えない。
「 映姫様ぁ! 」
耐え切れず叫んだ刹那、取り囲んでいたメイド軍団の間から、六つの光の羽が揚がった。
その羽の中央から大量の大弾と巨大な光線が出たかと思うと、瞬く間にメイド達が吹き飛ばされていく。
「 ギルティ・オワ・ノットギルティ……もっとも、閻魔に手をかけた時点で、結果がどちらかは決まっているけれど 」
「 映姫様…… すげぇ 」
「 心配はいらないと言った筈です 」
改めて彼女の力を目の当たりにして、唖然とする。誇らしげに ふん と鼻を鳴らす映姫様に、吸血鬼が不快な目を向ける。
「 フン、さすがは地獄の神、閻魔様と言った所かしら。 妖精共をいくら掻き集めた程度でくたばる筈も無いか 」
「 格下を嗾けても無駄な事です。これ以上無為な被害を出す必要も無し…… 腰を上げてはどうですか吸血鬼。この館の主としての誇りがあるのなら ですが 」
ビキッ という音が吸血鬼の頭から聞こえたかと思うと、その小さな体を凌駕する、巨大な紅い槍が現れる。
「 調子に乗るなよ地蔵風情が…… あの世で大人しく魂相手に裁判ごっこでもしているがいいッ!! 」
「 私の裁きは絶対です…… 何人たりとも決定を覆す事は出来ません。私の判決はごっこなどという軽々しい物ではないッ! 」
巨大な槍を悔悟の棒で受け止め、鍔迫り合いが続く。
人間の目ではとても捉えきれないようなとんでもないスピードでの戦い、何が起こってるかもよくわからない。
両者が距離を取り、動きが一瞬止まった。
映姫様は先程の六つの翼を羽ばたかせ、吸血鬼が槍を振りかぶり、投げる態勢を取ると、
「 ラストジャッジメント!! 」
「 貫けェェ! スピア・ザ・グングニルッ!! 」
両者が同時に最大の一撃を繰り出した。
「 ぬぅぅッ、うがぁぁぁぁあッ!! 」
映姫様の光線が吸血鬼の体を完全に捉え、吸血鬼は回避行動を取ったものの、光と一緒に激しく壁まで吹き飛んでいく。
「 ぐ……っ 」
しかし映姫様も、槍が左肩に突き刺さっており、無事とは言えない。
「 ちょ、大丈夫ですか! 」
「 こ、この程度の傷、すぐに直ります……しかしそれは相手も同じ事、早急にここを去りましょう 」
映姫様の言う通り、肩の傷口はみるみる塞がっていく。
棒で俺を縛っていた縄を切断すると、俺の腕を引いて手早く部屋を出ようとした。 が
「 スター・オブ・ダビデ…… 」
「 危ない! 」
「 うおぉぉ!? 」
部屋全体を網のようなレーザーが包み込み、行く手を遮られてしまう。
舞い上がる煙の中に吸血鬼の声が響く。
「 残念だけど、まだ幕を下ろすには早すぎる……今のはさすがに痛かったわよ閻魔様 」
「 お互い様です。そろそろ諦めてくれませんか……私もまだ仕事が残っていますから 」
グズグズという音を立てながら吸血鬼の傷口が塞がっていく。
とはいえ回復が間に合っていないのか足がふらついている。
「 チッ 」
「 苦しそうですね。 その様子では私と戦っても結果が見えているでしょう。大人しく退きなさい、吸血鬼 」
「 たしかに……さすがは神様といった所かな。一妖怪の私では、正面からぶつかってもさすがに厳しいみたい……けど! 」
突然俺の視界が変わる。
映姫様の隣で吸血鬼を眺めていた俺が、なぜか吸血鬼の傍で映姫様を眺めていた。
「 え、何、何が起きた!? 」
「 動かないで頂戴。死ぬわよ 」
戸惑う俺に背後から人を凍らすような冷たい声、そして喉には熱を感じない冷たいナイフが突きつけられていた。
最初に吸血鬼に会った時も傍に居たこの従者、こいつもたぶん妖怪の類だろう。
映姫様に気付かれることなく僕を瞬間移動させるなんて、普通の人間じゃ絶対出来る筈がない。
「 な……彼に何を!? 」
「 よし、そのまま押さえてろ咲夜……さぁて閻魔様、第二幕を始めましょう。 もちろん反撃したり回避したりしたら…… わかってるわよねぇ 」
「 卑怯な……! 」
どうやら俺は人質になってしまったらしい。
あぁ、本当に迷惑をかけてばかりだ。というよりこんな事になってしまったのも、元はといえば俺が原因じゃないか。
男のクセに好きな女性一人守る事が出来ず、というか守られるどころか足を引っ張っている。本当に俺は救えない奴だ。
「 アッハハハハハ! デーモンキングクレイドルッ!! 」
「 ……っ 」
吸血鬼が自分の体を激しく回転させ、まるで弾丸のように映姫様の腹部へと突進する。
しかし映姫様はその攻撃を全く避けようともせず、真正面から直撃を受けた。
「 うっ……ぐは……! 」
吸血鬼は映姫様の腹に体をめり込ませながら、そのまま壁へと突っ込んでいき、派手な音を立てて壁が崩れ堕ちる。
「 映姫様!! 」
呼びかけるも反応が無い。
もくもくと揚がる埃が少しずつ晴れてくると、壁にもたれるように倒れた映姫様が見えた。
「 映姫様……! くそ、おい離せよお前!! 」
「 動かないでと言ったでしょう? 」
「 痛ぇ!! 」
ズブリとナイフの先端を首に突き立て、そこから血が滲む。
絶妙な力加減でナイフを突き刺してくる。しかも俺の腕を掴んでいるこの女の手はビクともしない。とんでもない腕力だ。
どうすりゃいい……どうすりゃいい……
思考を巡らせるもまるで何も浮かばない。この女を何とかしなくては。
「 う……うう……ゲホッ 」
宙を羽で仰ぎながら、吸血鬼が笑う。
「 ふぅん、アレの直撃を受けてまだ立てるとは……まったく神様ってのはどこまで頑丈なのかしら 」
「 少なくとも……貴女に倒されるような軟な体ではありません…… 」
「 減らず口を! 」
俺が手を考えている内にも映姫様は一方的に攻撃されている。
「 ッ 映姫様、もういいです! 反撃してください! 」
「 ……出来るわけが……無いでしょう 」
なんでだ。
今日の事を思い出してくれ。俺をそこまでして助ける価値があるのか。
この人は優しすぎる。
俺が手を拱いて見ているしかない中、とうとう映姫様が倒れてしまう。
「 くぅっ……う…… 」
「 フフ、随分とお優しい事ねぇ、閻魔様…反吐が出るわ。フィナーレとしては呆気ない結末だけど、そろそろ幕と行こうかしら 」
「 そこまでだよ! 」
「 ム!? 」
唐突に聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、俺にナイフを突きつけていたメイドの腕に、どこからともなく銭が飛んできてナイフを弾き飛ばした。
「 くっ、何奴!? 」
「 そうさねぇ、あたいはただのウマの骨だな。 ホラあれだよ。人の恋路を邪魔するヤツぁ、ウマに蹴られて死んじまえ ってな 」
俺を庇うように大鎌を広げると、こちらに顔を向けてニッと微笑んだ。
「 こまっちゃん!! 」
「 こ……小町……? どうして貴女がここに…… 」
「 良い感じで盛り上がってるねぇ。少し下がってな 」
思わぬ助っ人の登場に心が躍る。
「私達、勝利の女神以外はお呼びじゃありませんわ。死神なんて厄病神にはさっさとお引取り願おうかしら 」
「 おっと、あたいの相手はアンタかい、メイド長 」
新しい役者の登場に若干戸惑った顔を見せる吸血鬼。
「 まったくスキマ妖怪が何かを見てると思いきや、随分と粋じゃない真似をするんだねぇ吸血鬼 」
「 アンタが来るとは聞いてなかったが……まぁいいさ、この閻魔の次はお前を始末してやるよ 」
「 そうはいかない。ウチの上司の審判は、まだ終わっちゃいないからねぇ 」
吸血鬼が映姫様を見る。しかし、最早戦うどころか立ち上がる事で精一杯だ。
「 フン、こんな状態でこいつが私に勝てるとでもいうのかい? 」
「 あぁ……四季様はそういうお方だからサ 」
おいおい何を言ってるんだこの人は。いくら映姫様でもあの状態じゃ……
「 おい 」
何か俺に出来る事はないのかと考えていた所に、小町がメイド長と睨みあいながら話かけてくる。
「 四季様の為に祈ってやんな。気休めなんかじゃない、アンタが四季様の勝利を祈ってやれば……あの人は絶対勝ってくれる 」
「 祈る……? 」
「 あぁ、そいつはアンタにしかできない事だからねぇ!! 」
そう叫ぶと、小町はメイドと激しい弾幕の競り合いを始めた。
祈れって何だよ……俺はそんな事しか出来ないのか……
だがこんな人外だらけの戦いで唯一普通の人間の俺が、戦いに出しゃばった所で何が出来るんだろうか。
「 ハハハハハ! 神を助ける為に神に祈れ、とは、 ン何とも傑作だわ! 」
「 くっ…… 」
「 おおっと、早くも傷が塞がり始めているじゃない。これ以上長引いても興が殺がれるだけだし……これでフィナーレよ!! 」
吸血鬼が映姫様との距離を詰め始める。
「 映姫様ぁぁぁぁ!! 」
小町の言う事を信じて、俺はただ、必死に祈った。
大好きな映姫様に勝ってほしい。
こんな所で別れたくない。まだ一緒にいたい。何より、今日の事を謝りたい。
俺は映姫様の事が―――
すると、映姫様の体がうっすらと光を帯び始めた。
「 こ、これは……? 」
映姫様の傷の回復が、速度を増していく。
「 力が……漲る…… 」
「 何だ…? フン、何だかよくわからんが、もうその態勢ではどうしようもあるまい! 喰らえッ ドラキュラクレイドル!! 」
膝をついた状態の映姫様に、先程よりも突進力を増し、紅いオーラを纏った吸血鬼が突っ込んでいく。
俺は思わず目を瞑った。
「 ば、馬鹿な……! 」
吸血鬼の攻撃が、映姫様の片腕で受け止められていた。
「 何だこの力は……あり得ない! 回復する前よりも力が増しているなんて……! 」
「 どうやら……彼に助けられたようですね 」
「 あそこで呆けているアレに……助けられた……!? 」
え、俺?
吸血鬼の腕を掴んだまま、完全に傷が回復した映姫様が、僕を見て微笑む。
俺はただ、映姫様の為に祈る事しか出来なかったんだけど……
「 お嬢様! 」
「 スキありィ! 」
小町が主の方に気を取られたメイドを距離を操り引き寄せると、大鎌を首に突きつけた。
「 ……! 」
「 大人しくしな。今ならアンタが『時を止める』よりも早く、その首跳ね飛ばせるよ 」
ニタリと笑う死神。メイドは口惜しそうに抵抗を止める。
時を止める……そんな事が出来るなんて、本当に幻想郷ってのは何でもアリだ。
「 万策尽きたようですねレミリア・スカーレット……貴女の負けです 」
「 何なの一体……その力は…… 」
「 ――― 『信仰』です 」
「 信仰……? 」
「 神は人や妖怪の信仰から力を得る事が出来る……彼が私の為に祈ってくれたお陰で、助かりましたよ 」
悔悟の棒を喉元に突きつけ、降伏を迫る。
「 信仰……映姫様に祈るだけで、力になる事が出来たのか…… 」
「 ええ…… 貴方の想いがとても強かったお陰で……もう私の体も何ともありません 」
映姫様の体の傷は完治しただけでなく、何だかさっきまでよりも力強く感じる。
「 さて、死後の管理者という立場上、私は命を奪う事はしません。が、閻魔に歯向かった罪…… 卑劣にも人質を取った罪…… まだ罪を重ねるおつもりか? 」
「 ……ッチ、 私の負けだ……降参よ 」
吸血鬼がその場に尻餅を付くように倒れこむ。
吸血鬼と閻魔の戦いが、ようやく幕を下ろした。
「 いやぁ、危ない所だったねぇ 」
「 ほんとだよ、あの時来てくれなかったらどうなってたやら…… 」
「 ありがとう、小町。本当に助かったわ… 」
珍しく褒められて、照れくさそうに頭を掻く。
「 あ~、ホラ。あたいの事は置いといて さ 」
二人を交互に見渡す小町。
俺と映姫様の目が合う。 少しの間を置いて、映姫様が突然俺に抱きついてきた。
「 え、えーき様? 」
「 ……無事で良かった……本当に…… 」
あれだけ傷を負ったのだ。こっちが無事かと聞きたいくらいなのに、この人は自分よりも人の事ばかりを気にしている。
俺は殆ど何もしていなかったようなもの、っていうか、俺が原因でこうなってしまったのに。
「 怪我は、怪我はありませんか? 」
慌しく体を気にしてくるその姿は…… 神とかそんなんじゃなく、普通の女の子だった。
その姿が本当に可愛らしくて、俺が人間だろうが彼女が神だろうがそんな事はどうでもよくなって……
俺も映姫様を抱きしめた。
「 わお 」
小町は背中を向ける。
「 あ……あの 」
珍しく顔を紅くする映姫様。
「 今日は……本当にすみませんでした。映姫様が俺の為に叱ってくれているって解っていた筈なのに……それに、こんな大変な事になってしまって 」
「 ……いえ、私の方こそ、貴方への配慮が足りなかったんです 」
顔を見合わせ、微笑みあう。
良い雰囲気になってきた所で、余計な声が入ってきた。
「 あらぁ、めでたしめでたしといった所かしら? 」
空を見上げると、パックリ開いたスキマから、八雲 紫が顔を覗かせていた。
「 神様と人間の恋…… 素敵だわぁ、憧れちゃう 」
「 貴女も人間と付き合っているでしょう…… 」
大げさに体をくねらせるスキマ妖怪に、苦笑する。
「 ええ。妖怪は人間を恐れさせる事が善行……しかし、共に歩む事が罪な訳ではない……そう私に説いてくれたのは貴女ですもの、閻魔様 」
「 ……そんな事もありましたね 」
「 人間と神様、結構な関係じゃない。神様と人間も、互いに助け合ってるって今回解ったんだから 」
信仰。
神様と人間、神様と妖怪を結ぶ力。
神とて、人や妖怪と共に歩むからこそ存在できるのだ。
「 そうですね……種族というものに、いつの間にか私も捕らわれていたのかもしれません。 …貴女に説教をされるとは思ってなかったわ 」
「 うふふ、たまには良いじゃない。今日は良い見世物を見させてもらったわぁ 」
今夜をお楽しみに、とスキマ妖怪がからかうと、映姫様は顔を真っ赤にして棒を振り回す。
「 なんだかんだで上手く寄りを戻してくれたねぇ。こういった点はさすがだよあの妖怪 」
「 ん? 何? 」
「 いんや、別に 」
頭にコブを作った紫と小町が、幸せそうな二人の姿を遠めに眺めていた。
「 いやぁ、しかし驚いたね。信仰の力はすげーってのは知ってたけれど、たった一人の人間の信仰程度で、あんなに神様は強くなれんのかい 」
「 そんなワケないじゃない 」
「 え? 」
「 信仰ってのはね、想いの強さにも影響するのよ。それは畏れだったり、酒を飲みあう遊び程度の小さな関係だったり 色々よ 」
小町は少し考え込んだあと、上司の背中を見てひらめいた。
「 ははぁ、なるほどね…… 想いの力が神の力になるってんなら、それほど強い信仰もあるまいよ 」
「 そういう事。 良いものねぇ 『愛』 って 」
たとえ人間同士でなくたって、心が通じ合うならば共に歩む事が出来る筈だ。
それは神や妖怪だって例外ではない。 幻想郷は今日も平和である。
お互いがお互いを必要としているからこそ、妖怪も人間も神様も、この世界で存在出来るのだから。
おまけ
「 ふー、ご苦労だった。咲夜 」
「 お嬢様、演出過剰です……館の破損が酷い事になってますわ 」
「 いいじゃない別に。門なら毎日修理してるんだから、部屋の一つ二つ修理が増えた所で大して変わらないじゃない 」
メイド長が深く溜息をつくと、木の板を運ぶ作業へと戻っていく。
「 お疲れ様、名女優さん 」
「 観客がノックも無しに控え室に入るんじゃあないよ 」
「 あら失礼。ドアも壁もメチャクチャになっててどこから控え室なのか解らなかったわ 」
「 どうせスキマから湧いて出る癖に。 どう? ご要望通りの演出を催したつもりだけど、ご満足頂けたかしら 」
「 ええ、最高の舞台だったわ。あの二人、自分の事より相手の事ばっかり気にしてたからねぇ、見てらんないわ 」
大げさに溜息をつくスキマ妖怪。
「 私にいきなり『舞台の大役を任せたい』 なんて何ごとかと思ったわよ。アンタがこんなお人よしだったとはねぇ 」
「 それにしても意外だわ。貴女にお芝居の趣味があるなんて 」
「 モケーレムベンベの一件以降、なんだか面白くなってきてねぇ。中々悪役も様になってたろう。本当は人質なんてプライドが許さないんだから 」
「 も、もけ? 何? というか貴女もともと悪役ってキャラしてるじゃない 」
「 どうでもいいじゃないそんな事。 けど次は出来れば正義のダークヒーローを演じたいわ。紅き仮面の吸血鬼、スカーレットマスク! 」
「 はいはい素敵素敵。 ……しかし閻魔様相手によくもまぁ物怖じせずにあそこまでやれたもんだわ。結構本気だったでしょ、アレ 」
「 神様相手に手加減なんて出来るわけないじゃない。あっちは事情を知らないんだから。 というかあの死神は何だったのよ、予定外よあれは 」
「 観客席に居たいっていうから一緒に見ていたんだけど、途中のノリで飛び出していっちゃってねぇ。多分あの死神もよくわかってなかったんでしょうけど結果的に良い演出だったわ 」
「 まったく、結構焦って顔に出ちゃったんだから 」
あぁ、と呟き、今何かを思い出したのか吸血鬼に尋ねる。
「 そういえば。アナタあそこで死神が出ていかなかったら勝っちゃってたんじゃないの? 一体あの後どうするつもりだったのよ 」
「 ん~、死神がこなくてもあの人間が祈るなりなんなりしてたと思うわよ 」
「 適当な脚本ねぇ。演出家がそんなんじゃ脚本を任せる訳にはいかないわ 」
「 お前……私の能力を何だと思ってるんだ? 展開が多少変わっても、一度決まった舞台の結末までは絶対に変わらないよ 」
「 あぁなるほど……『運命を操る程度の力』。 ……貴女、ほんとにそんな力あるのかしら 」
「 私が結果に適当に話をあわせてるだけとでも思っているのか? なら、私の力をもう少し使ってやろうか 」
「 あら、何を見せてくれるのかしら 」
「 見せんじゃなく見るんだよ。 あの人間と閻魔の運命…… どうやら今回の件で互いの道が重なり始めてるようだねぇ。死ぬまで、いや、死んでも幸せにやってるだろうさ 」
「 まぁ。名悪役にして紅き運命のキューピッド。素敵だわ 」
「 名前のセンスないわねぇ。それにしてもなんでアンタがあの閻魔の恋路を助けようと思ったんだい 」
「 貴女に言われたくない……昔に少し借りがあっただけよ 」
スキマ妖怪が小指を立てる。
「 あァ、男か 」
「 そゆこと。私のお相手のあの人も、可愛らしくてねぇ、毎日退屈しないわ 」
「 …… ふぅん 」
「 じゃ、私もそろそろ愛しの恋人の所へ戻ろうかしらね。今日は楽しかったわ、名女優さん 」
スキマ妖怪がノロケを残して姿を消す。
今日の閻魔を思い出す。 人間なんぞの為に神があそこまで必死になって。
恋ってなんだか楽しそうだなぁ。
「 咲夜 」
「 ここに 」
「 私も恋人が欲しいぞ咲夜 」
「 お言葉ですがお嬢様、その役目は不肖ながらこの私、十六夜 咲夜が 」
「 もういい、下がれ 」
楽園の最高裁判長が生活する個室。
普段の厳格な態度からは想像しがたい、女の子らしい内装の部屋にファンシーな人形やら何やらが置かれた部屋。
その部屋に似つかわしくない大きな声のお説教。そしてそれを聞かされている一人の冴えない男。
「 まったく、まだ善行の何たるかを理解していないようですね。いいですか? 貴方は そう――― 」
「 いやァ、人生って難しいねぇ。これからも道案内よろしく頼むよ、映姫 」
いつもと変わらないお説教。毎日説かれるお説法。
閻魔が人間にお説教。普通は避けたいシチュエーション。
だがその二人の様子は、とても幸せそうな恋人同士のようであったそうな。
うpろだ1355
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「あなたは……誰ですか?」
僕は、突然目の前に現れた立派な服装の女性に驚いていた。
綺麗な妖怪だと、思った。
自分のようなとりえの無い人間に対して、ついに妖怪が現れたのかと思った。
しかし、妖怪だと思われた彼女は、自分のほうを見たまま何も言ってこない。
無表情だったが、その中に哀れみがあるように見えた。
「私を見ても何も言わないとは……やはりそうなのですね」
「何の、ことですか?」
自分には記憶が無い。
そもそも幻想郷という今いる場所の名称さえ、主人から聞いたばかりなのだ。
危ない妖怪がいる……くらいのことしか、自分は知らない。
求聞史記というものがこの世界にはあるらしいけど、貧乏人の僕にはとても手に入りそうなものではない。
だから、目の前の妖怪が誰なのか、わからない。
「幻想郷にいながら、私の名前を知らないとは……そう、あなたは少しモノを知らなさ過ぎる」
「そう、ですか……」
僕には記憶が無い。
果たして幻想郷の生まれなのか、そうでないのかすらわからない。
それを、この妖怪は責めているのだろうか。
しかし、こんな風に責めてくれる人が僕の人生で初めてであることだけは、確かだった。
「閻魔である私ならば、あなたがどこから来たのかもわかります。しかしそれは決してあなたのためにはならないでしょう」
「どうしてですか?」
「過去は所詮礎に過ぎません。現在を変えなければ、あなたの生活は変わりません。もっと知識を得ること……それが、今のあなたに出来る善行よ」
「善行?」
僕が聞くと、彼女はため息を付いて一言付け加えた。
「善い行いと書いて善行。善い行いをすれば、必ずあなたの身に帰って来ます。人ならずとも、この世に生を受けたもの全ては、善い行いをすることで死後成仏出来るようになるのです」
善い行い。
死後。
成仏。
自分にとっては初めて聞く概念であった。
ただ働いて、怒られて、食べて、寝る。それだけの僕の生活には初めての概念であった。
「もしわからなければ……それらについて考えて見なさい」
そういって、閻魔は後ろを向き、去ろうとする。
「あ、あの……」
「どうしました?」
「お名前……聞かせてもらってもいいですか?」
その問いに、彼女は微笑んで答えた。
「そうでしたね、○○……私の名前は」
四季映姫・ヤマザナドゥ。
それは、僕の人生に影響を与える女性の名前だった。
数年後、彼女……四季映姫さまははまた僕の前に現れた。
僕はその間、自分なりに考えていた。
善い行いとは何か。
死後の世界とは何か。
成仏するとは何か……。
完全な結論は出なかった。
しかし、今までと同じような立場ではいられないと思い……自分の立場を省みた。
その結果が、四季映姫さまの立っている畑のふちであった。
「立派な畑を作りましたね、○○」
「ありがとう……ございます」
この畑を作ることが出来たのも、今の自分の生活があるのも、四季様のおかげであった。
四季様がいなければ……畑も、生活もなかった。
「農作物を作るということは、生命にそれだけ近づくということです。命を食べ、育む……善行への近道と言えるでしょう」
いつしかその感情は「四季様のおかげ」から「四季様のために」という感情に変わって言った
四季様に会わない間、僕の中で四季様は美化されていった。
僕の目の前に現れた彼女は、当時の美しさそのままであった。
「これからも、善行を積みなさい。よく、あの状態からここまで成長しましたね」
また、微笑んだ。
その微笑を見て、僕は申し訳ない気持ちになった。
彼女の微笑を見た時に、僕の心にもたれかかる気持ち。
この笑顔を自分のものにしたい。
僕はその感情をなんと呼ぶか、推測は出来ていた。
しかし、結論付けるのが恐ろしかった。
それは、叶うはずの無い願いであったから。
「……四季様」
「……お言いなさい、○○」
「人が、人でないものに憧れ……恋焦がれることは罪なのでしょうか?」
その言葉を聴いた四季様の表情は、初めて見るものであった。
悲しみとも、喜びとも付かない表情。
しかし、彼女ははっきりと言った。
「罪、です」
「人間と人外が結ばれる話は数多くあれど、彼らはえてして幸福にはなれないものです。寿命の差が彼らを分かち、違う種族と結ばれた罪から、魂は地獄に行く……彼らは一度分かれてしまったら、めぐり合うことは無いのです」
死後の世界について少したりとも考えた僕は、「地獄に行く」という言葉の重さを理解していた。
人と人ならば、死後転生してめぐりあうこともあるだろうが、人と人以外では、それはない。
やはり、自分の願いは叶わない。
「へ、変な事聞いてしまってすみませんでした」
「ただし」
「は、はい」
落胆し謝る僕の耳に、届く声。
「それが強い願いならば、それを叶えようと努力することは善行です」
「……それは、どういう、ことでしょうか」
僕の心の中に「まさか」のフレーズが降りかかる。
「人外を愛することを願うという行為は、盗みや殺人のように願うこと自体が罪であることに比べ……罪の濃度は薄い。もし、あなたが人以外を愛してしまったのならば、強く願いなさい。それこそ、罪を塗りつぶしてしまうぐらいに……その行為もまた、善行につながるのです」
希望が、降り注いだ。
僕はまたしても、彼女に救われようとしている。
「四季様!」
僕は彼女を呼びかける。
「僕は……あなたのことが……」
「その先を言うのは、まだ後のことですよ」
四季様は自分の告白を制した。
「貴方が私を想うなら、私を振り向かせて御覧なさい、それが貴方にできる善行よ、○○」
新ろだ291
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