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ナイトメア・オブ・ナナリー

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ナイトメア・オブ・ナナリー ◆Z9iNYeY9a2



(―――不味った、なぁ)

吹き飛びながら悔やむアリス。
大きく脇腹を抉り取られた体は、痛みも感じることがなかった。
これが致命傷だということは、助からないことは分かっていた。

ほむらをあそこで仕留められなかった時点で死を覚悟していた。今更驚きもしない。

地面に激突し転がる体。
体を起こそうとするが、力が入らなかった。
同時に、肉体がダメージを自覚したのか傷の痛みが体を侵食してきた。

(――アリス)

ふと耳が自身を呼ぶ声を捉えた。
表情を顰めながらも顔を上げると、そこには白く丸い人形が浮遊していた。
顔に該当する場所にはギアスの紋様をつけているだけのそれは、どこか怒りを湛えているように感じられた。

「ネモ、か」
「ここで死ぬつもりか?
 お前はナナリーを生き返らせるために契約しただろう」
「………」
「もしまだ戦う覚悟があるのなら、その約束を果たす気があるのなら。
 左に2メートル進め」

言われるままに、体を進めた。
動くたびに血が、内臓が体から漏れ出しているのを感じる。
それでもまだ体が動くのは、ネモが生かしているのだろう。

手が何かに触れた。
傷だらけの体と顔に大きな傷を作って右腕がない少女。
その体には
その顔は忘れない。間桐桜だった。
うつ伏せの体は、起きているのかどうか分からない。


「そいつを殺せ。
 ナナリーの仇であるその女を」

ネモはそう呼びかけた。

「躊躇うことはないだろう。お前はナナリーの騎士なのだろう?なら主の仇を討つのは当然のことだ。
 私は契約者の負の感情を食らうことで力とすることができる。その怒りが、憎しみがあれば、お前の傷を癒やすことも可能だ」
「………。こいつを殺せば、私はまだ立ち上がれるんだな…?」
「そうだ。こいつ自身も死を望んでいる。お前はまた立ち上がれる」

通信機越しに見た時の姿を思い出す。
生きる気力も感じられず、まるで裁きとして死を望んでいるようでもあった。

「殺して、ください…」

いつ目が覚めていたのか、あるいは最初から意識はあったのか。
私の呟きに反応したように、自分の死を望む言葉を漏らした。

彼女自身も死を望んでいる。
彼女を殺せば、私はまだナナリーのために戦える。
そして何より、ナナリーを傷付け裏切ったこの女のことが、許せなかった。

(そうだ。私は、ナナリーの騎士なのだから…)

ゆっくりと、アリスはその手を持ち上げ。
ネモの気遣いかいつの間にか手の中に握られていたハーケンの短剣を振り上げた。


『生きている価値が、今のあなたにあるのかしら?』
『あなたが一緒にきたあの2人はああ言っていたみたいだけど。
 あなた自身は自分のことを許せているのかしら?』

許せていない。
大切な恩師を手にかけた自分のことを。

『耐えられるのかしら?あなたが殺した人たちから向けられる怨嗟の声に』
『何人殺したのかしら?その殺した数の人たちの友達・家族に、あなたは顔向けできるの?』

できない。
顔をあわせることなど。

こんな私でも一緒に罪を背負ってくれると言ってくれた人がいた。
生きることを諦めるなと言ってくれた人がいた。
そんな言葉に安らぎを感じる自分がいたけど。
心のどこかでは、それが何より辛いと感じてもいた。

もしかしたらと思う気持ちがないわけではなかった。
そんな中で目の前の少女の言葉を耳にしてしまったことでその思いは砕かれていた。

『もしあなたが自分の罪の贖罪をしようと思うのなら、この装置のための生贄になりなさい』
『そうすることで、救える人がいるの。その血塗れの命が、他人の役に立てるのだから』

弱った心にその言葉は毒であり、ある意味では救いでもあった。
考えるのを止めて、ただ時がくるのを待てばいい。

そう思っていたのに。

目はほとんど見えない。片目は失われ、もう片方も視力はほとんど残っていない。
ただ、潜在的な魔力不足の飢え、多くの人を捕食してきた影響か生命力や魔力に準ずるものを持ったものの存在を感じることはできる。
だから近くにいる少女の存在を感じることはできた。

知っている。ナナリーの友達の女の子だ。
ナナリー。私を助けようとして暴走する私に立ち向かった、だけどその言葉を聞くことなく私の闇で侵しただの操り人形にしてしまった少女。
勇敢で優しい子だった。

この子はさぞ私のことを恨んでいるだろう。憎んでいるだろう。
これも運命なのかもしれない。

「殺して、ください…」

絞り出された言葉は、懇願だった。

強い怒りを感じる。
激しい憎しみを感じる。
振り上げられた腕に、殺意を感じた。

これで、苦しみから解放される。

(これで、休める―――)

パキリ、と。
何かを断ち切るような音が聞こえた。
同時に体を縛っていた感覚が消え腕や脚が動くようになった、

体を拘束していた赤い鎖と羽根の拘束具が断ち切られていた。

「ゆる、さない」

怒りの声を吐き出すアリス。
その手に握られていた短剣は拘束具を断ち切った後地面に突き立てられていた。
まるでそれの更なる使用を封じるかのように。

「ナナリーを殺したあんたのことを、私は赦さない…。
 だけど、その責任から逃げて死んで楽になろうとすることは、もっと赦さない…!」

アリスは息も絶え絶えの状態で、それでも最後の力を引き出すように私の体を引き起こした。

「もし、罪を償いたいって思うなら、赦されたいって思うなら、生きて償え…!!
 汚した手を、背負った罪を忘れずに、だけど精一杯それが自分で赦せるようになるまで良いことをして。
 人の役に立って多くの人を笑顔にして、あんた自身も笑顔で生きて、その果てに死ね…!!」

座り込んだ体で、アリスの体を見る。
その命の灯は既に消えてしまいそうなほどに小さかった。
最後の力を振り絞って、私を殺すことなく立ち上がらせるために力を使っていた。

「生きていて、いいんですか…?」

頬を伝うものがあった。
泣いているのだと気付いた。

「私は、生きる資格があるんですか…?笑顔になって、いいんですか…?」

もう無くしたと思っていた。もう笑顔になってはいけないのだとずっと思っていた。

「笑顔になっていい、じゃないの。笑顔にならなきゃ、いけないのよ。
 あんたが、どんなに辛くても、いつか、笑えるように」


いつか、大切な人に言われた言葉が脳裏をよぎる。
悪いことをした罪を許し、共に背負ってくれると。
もう彼はいない。だけど彼の遺した思いに、私は助けられた。

ふと、目の前に彼が立っている気がした。
もう絶対にいるはずがないのに。
私の前に手を差し伸べて。

その手を受け取って、立ち上がって。
そこには誰もいなかった。

「私が、やることは…」

ふと、こちらに向かってくる大きな魔力の塊を感じた。

ゆっくりと、足を一歩ずつ前に踏み出し始めた。




アリスへとトドメを刺した後、ほむらが優先的に向かったのはまどかの元だった。
激しいエネルギーのぶつかり合いの衝撃は、離れた場所にいたまどか達の元へも届いていた。
気を使ってはいたが、戦いが長引く中で意識できなくなっていたところもあったのだろう。
意識していれば、逆にアリスに勝てなかったかもしれないが。

だが、幸いなことにまどかの命に別状は見られなかった。
意識は失い、体のところどころに汚れは見えるが、怪我をしている様子はなく心拍や呼吸も安定している。

可能であれば安全な場所に置きたい。
シャドーダイブを使用した時に移動する裏の世界であれば安全かもしれないが、生身の人間をそこに置くことが何を起こすかが分からない。
とはいえ、今この場ではもう戦闘が起こることはないだろう。

残っているのは最終兵器起動のためのタンクとなった間桐桜。あとポッチャマ。
あれらに自分に抗う術も意思もない。

ただ乖離剣を使用した影響もあって空間が崩れつつあるのが問題だが。
会場が壊れ、残った参加者が一同にこの空間に現れた時、まどか以外の参加者を皆殺しにする。
その時までに自身の傷を癒やし、まどかの安全を確保しなければならない。

まどかを寝かせ、間桐桜の元へと歩を進める。
死んで貰っては困る。安全だけは確認しなければならない。

やがて、こちらに向けて歩いてくる一つの影が目に入る。

「…間桐桜、どうして拘束が解けてるの?」

鎖や羽根で編んだ拘束具がなく、間桐桜はゆっくりと歩いている。

「戻りなさい。あなたがいる場所はそこじゃないでしょう」

残った片翼を繰り、桜の周囲にまた羽根の縄を編む。
迫った縄が桜の体を縛ろうとした時、その目前で縄が、正確にいうとそこに込められた魔力がかき消えた。

「………」

桜の周りに、等身大ほどの黒い影が数体姿を表す。

「そう、抗うというの」

アリスの差し金か。厄介なものを残してくれた。

「私も、戦います。
 自分の罪と向き合うために。先輩やナナリーちゃん達のように、みんなの力になれるように…!」

虚空しか移していなかった瞳には強い決意が映っていた。
基本的に好意的なものだったはずのそれは今のほむらには鬱陶しいものだった。

ほむらは小さくため息をついた。



殺す気だった。殺意はあったはずだった。

なのに、刃を振り下ろそうとした瞬間、ナナリーの言葉が脳裏をよぎった。

『桜さんにも見せてあげて欲しいの…。
 もっと優しい、あんな悲しみや絶望に負けないくらいに、喜びに満ちた世界を』

最後まで自分を殺した相手を恨むこともなく、ただ彼女の心配だけをしていた。
そんなナナリーの姿を思い出した瞬間、殺すことができなくなった。

結局、最後に尽きそうな命の中でできたことは、仇を討つことではなく。
その仇に一歩踏み出させることだった。

ナナリーの願った世界に向かうための、一歩を。

ゴロリと仰向けになる。
ふと手元を見ると、体が崩れ始めていた。

間桐桜を、ナナリーの仇を殺せなかったこと。
それが契約不履行として決定的だと見なされたのだろう。
ネモに見捨てられたことで、もはや生存する術はなくなった。

結局、ナナリーのための騎士としてはいられなかった。
だけど。

「…これで、いいんだよね。ナナリー」

ナナリーの意志を汲み受け継いでいく、そういう意味では。
ナナリーの騎士でいられたのだと。

最期に閉じた瞳の先で。
ナナリーが微笑んでいたような気がした。


【アリス@コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー 死亡】




崩れ落ち消滅していくアリスの体を見ながら、ネモは憤慨していた。
ただ仇を殺すだけでよかった、その役割を放棄したアリスに対して。

もはやナナリーを蘇生させる願いは潰えたと言ってもいいだろう。
ナナリーの仇が生きていることも忌々しかったし、アリスを殺した女に対しても強い怒りを感じていた。

間桐桜は暁美ほむらと戦っている。
どうするか。共倒れになってくれる方が好ましいが。
しかしこの身一つでできることはない。


ふとネモの視線に、遠くに倒れている一人の少女の姿が映った。

一か八か。それもどこまでのことができるか。
だがもはや消えるだけの体。賭けてみる価値はある。

影に溶け込み、静かにその傍へと進んでいった。




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