時間は止まらない

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匿名ユーザー

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時間よ止まれ/時間は止まらない ◆Z9iNYeY9a2


「ところでほむら、あんたって普段どんなことして過ごしてるの?」
「何よいきなり。質問の意図が分からないわ」
「意図っていうかほら、こういう会話を通して互いのことをよく知るようになればって」
「知ってどうするのよ…」
「友達とこういう会話とかしたりしない?」
「覚えてないわ。私普段一人だし」
「じゃあこの話からそういうの開始ということで。あんた普段何して過ごしてるの?」
「何って…、街の散策とか……、あとは銃器の手入れ…?」
「ごめん、それは想定してない回答だったわ…」
「じゃあアリスは何をしてるっていうの?」
「私は……、あー、こっちも人のことは言えなかったわね。軍務に駆り出されること多かったから」
「そう」
「……」
「……でもさ、そこで銃器の手入れって回答出てくる辺り、普段どういう生活してるの」
「いざという時に不具合があったら困るもの。取りこぼすわけにはいかないから」
「ああ、確かにそうね」


止まった時の中で、2つの影が交差する。
黒いドレスを纏った少女と、学生服の少女が互いに攻撃を繰り出している。

黒い羽根と銃弾が空間を飛んでは静止していく中で、迫る少女は腕から生み出した黒い渦でそれらを弾きながら進んでいく。
いざ黒いドレスの少女の元にその腕が届こうという時には、相手は宙に生み出した黒い影の中に姿を隠し消失。

周囲を見回す残された少女は、背後の気配に気付いた瞬間即座にそちらに振り返り、そこにあった黒い影から現れた巨大な翼を自身の腕の渦で受け止めていた。

互いに一歩引いた瞬間時間が動き出し、周囲に撒き散らされた羽根の残りやぶつかり合った衝撃で生み出された羽根、攻撃の余波の影響が周囲に巻き散らかされた。
あちこちの地面が抉れ土埃が上がり、羽根が地面に突き刺さっていく。

時間を止めるほむらに対して、自身の時間を無限に加速させ光速をも超えることでその時間停止にも抗うアリス。
結果ほむらには自身の最大の武器であった能力に対して抗われたことで能力による優位性を喪失した形となっていた。

しかしほむらの顔には焦りはなかった。

黒翼から多数の羽根を撃ち出し、同時に時間を停止させる。
対するアリスもギアスを発動させて自身の時間を超加速、止まった時間の中で動き出す。

発動にほんの一瞬のラグが存在した故か、放物線状に放たれた羽根の中心にほむらの姿は既にない。
警戒するように周囲に意識を割くアリス。

次の瞬間、止まった時間の中では動くはずのない羽根が一斉に軌道を変えた。
一瞬意識が虚を突かれながらもそれらを弾き飛ばしながら周囲を伺う。

弾いた羽根は宙を舞い、アリスの視界外で軌跡を変え。
一斉にアリスの元に再度一斉に飛来。
追撃も避けるため完全に消滅させようと対消滅を構えるアリス。
その時、下から巨大な竜の爪のような影がアリスを襲った。

咄嗟にエネルギーを下へと向けて迎撃。
エネルギーは衝撃波を生み出し周囲の羽根をも巻き込むが、いくつかはアリスへと命中。
肩を刺し脇腹を掠め、傷を作った箇所から血が滲み出した。

やがて時間が動き出す中で、割れた竜の腕は黒翼へと形を変えてその中からほむらが姿を見せる。

破れた翼に顔をしかめつつも、魔力を注ぎ込んで元の形へと戻す。

「随分と変な技使えるようになったじゃないの。
 いつからそんな化け物みたいな姿になったの?」
「ソウルジェムが割れてからよ。姿に関して言うならお互い様でしょ」

言いながらアリスの右腕に目をやる。
かつてほむらも相対したナイトメア、マークネモを思わせる紫色のプロテクターのようなものが腕を包んでいる。

「拳銃が通じるなら良かったんだけどね。
 あんたの攻撃が訳解んないものが多いから、こっちも手の内引っ張り出すしかないのよ」
「そう。ならお互い様ね」

時間停止を常時使わねばならないのはほむらにとってはそれなりに負担だった。
魔力消耗の負担をギラティナに押し付けている以上気にしすぎるものではないが、いつまで保つかが不明だ。
時間停止をせずに踏み込んだ場合、あの時間停止中にも動けるほどの加速を発動したアリスの攻撃が襲いかかるだろう。

一方でアリスにとっても時間停止の対応に最大レベルまで加速させたギアスを使うことは大きな負担であった。
ギアス能力を酷使しすぎたロロ・ヴィ・ブリタニアがギアス使用の副作用で体を崩壊させたように、使用のしすぎは人体には害となる。
魔女の力を受け継いだアリスにとっても無視できるものではなかった。

互いに、自身の体の負担があるにも関わらず、目の前の相手のことを全力で叩き潰そうとしている。

鹿目まどかに強く関わりがあるでもない事象に、必要以上に力を注いでいる自分がいることに驚きを感じていた。

ナナリーを生き返らせるための障壁であるにはしろ、自分でも驚くほどには力を入れていると自嘲するように思った。

互いにそんな感情の自覚を振りほどくように時間を止め/加速させ、動いたのは同時だった。
翼の爪と対消滅を備えた腕をぶつけ合った瞬間に、互いの口に無自覚に笑みを浮かべている姿が、互いの視界に映っていた。


時間を止め時空間を歪めながら戦っている二人。
そんな姿も、それを見ている鹿目まどかには全く視認することができぬものだった。

隣にいる間桐桜は、まどかには分からない謎の力で宙に浮いている。
下にいるポッチャマと共に、色々と手を加えてみたが、この拘束を外すことはできなかった。

ほむらが自分のために戦っている。それは何となくだが、これまでの会話の中で察していた。
だが、ここまでのことをされる理由がまどかには分からなかった。

目の前で戦う二人の傍で、自分はまたその姿をこうやって見ているしかない。
戦いに加わることも、戦う彼女の心境を知ることもできず。

ふと視線の先にいるポッチャマに目をやる。
彼は戦う二人の姿を前にしていながら、意識はどこか間桐桜の方に向いているように見えた。
静かに激情を抑えているように見えるその目は、きっと自分の友達を彼女の手にかけられたことが影響しているのだろう。
もしもポッチャマが間桐桜に手を出そうとしたなら、止められるかどうかはともかくとしてこの子のことを止めるんだと思う。
ただ、それでも何かを見ている、向き合おうとしているその目線は自分よりもずっと前を歩いているように思った。

(何で、私なんだろう…)

離れた場所、少なくとも自分に攻撃の余波が届くことがない位置で戦う二人の姿。
光景的にも心境的にも、とても遠くの世界の戦いに見えるものだった。

拘束された桜に対して何度か話しかけた。しかし全く返答はなかった。
まるで現実と関わることをどこか拒絶しているかのように、沈黙を保ったまま。

なんとなくだが。境遇や行いは全く違うが。
彼女の見ているものは、今の自分が思っているこの隔絶感、虚無感に通じるものがあるような気もした。

何の力もない自分。
持っている道具も拳銃、姿を隠す帽子、苦無、そして使うことのできないカードが一枚。

(私に、何ができるの…?)

ふと、一時的に攻撃を止めた二人の姿が目に入った。
何で、戦うの?疑問ばかりがまどかの脳裏を堂々と巡っていく。

(止めて、二人とも…)

ただの印象だけど、アリスは一緒にいたらしいほむらとはそれなりに仲が良かったらしい。アリスの話す様子からはそんな雰囲気が伺えた。
なのに、どうして戦うのだろうか。

(何で、ほむらちゃんは…)

ただ桜の足元で、あわあわと困惑するような動きをする黒い小さな影がいた。
その様子が、まるで自分の姿を、心を表しているようにも見えていた。


「ポチャポチャ」
「ほむらってさ、小さい生き物は嫌いなの?」
「何よいきなり」
「ずっとこの子目の敵みたいに敵視してるから。
 理由でも分かればこっちも気の使いようとかあるし」
「別に気を使うことなんてないわよ。
 生き物が嫌いなんじゃない、よく分からない生き物は警戒しておくべきって思うだけよ」




「何か随分と気を赦すようになったんじゃない?
 わけの分からない生物は嫌いって言ってなかった?」
「嫌いなんじゃないわ。とりあえずこいつには利用価値があるって分かったから。
 少なくとも変なことをしてくる様子もなさそうだし」
「利用価値って…。あんたもう少しそういう言い方とか考え方とか変えられないの?」
「性分なのよ。今まで私なりにやろうとして、うまくいったことがなかったからこんな風に生きるしかできなくなっただけ」
「じゃあ、私に対してもそういう冷めた感じで付き合ってきてるわけ?」
「―――そうよ」
「ふぅん…」



攻撃を互いに交え続けてどれくらいの時間が経ったか。
時間停止と超加速の応酬も、何度も続けていれば能力の形もおぼろげながら把握できるようになってきていた。

まずアリス。
時間停止の際は遠距離攻撃を行うと止まった時間の中で射出物が停止する欠点があることは聞いていた。しかし今はその法則に縛られず放たれた攻撃は動いている。
虚を突かれはしたが、威力自体は拳銃の弾丸程度。後は空間移動とほむらの翼が竜の爪となって攻撃してくるくらいだ。
ネモと契約した際の副産物であるマークネモの外装をもってすれば防げぬものではない。
ただ、羽根の軌道が不規則で読みづらいものが交じることがあることだけが問題だった。
時間停止の中で最大加速して動いている中で行動を確保している関係から、その止まった時間の中で銃弾の速度で飛来するものは対処できなくはないが厄介ではあった。

一方でほむら。
本来持っていた時間停止時の遠距離攻撃の制約は己に発現したギアスで軌道を思うままにすることで克服していた。
魔法少女であった頃の能力と発現させたギアス能力は並行しており干渉しあうことがないのは幸いだった。
大きなアドバンテージを得たはずだったのにアリスが時間停止そのものに対応してきたことで優位性が大きく減らされてしまった。
銃弾の速度にも対応してくる反応速度の前では、空間移動と羽根を使ってのドラゴンクローも対処されてしまっている。
だから、戦い方を変えた。

時間が止まる。同時にアリスの超加速のギアスも発動する。
視界を覆うようにばら撒かれる羽根。消えるほむらの姿。幾度となく見たパターンだ。
攻撃を防ぐために一歩踏み出しながら腕にエネルギーを集中。

次の瞬間、時間停止が不意に解除、無限の加速の中で踏み出した体と目の前に迫る羽根がぶつかりあう。
防御タイミングを見失いながらも、ギアスの速度を瞬時に制御。しかし間に合わず体にその羽根が突き刺さる。
プロテクターの侵食が既に胸部まで届いていたおかげで心臓や肺などの重要器官へのダメージは避けられたが、体のあちこちを羽根が切り裂いていく。
第二陣が飛来する前に、腕のエネルギーを地面に叩きつけ周囲全面にエネルギーを爆発させる。
羽根は吹き飛び地面へと落ちていく。

息をついたところで時間停止を確認。ギアスを発動するもその一息が反応を遅らせた。
その後ろに現れた影から黒翼のドラゴンクローを放つほむら。
体を切り裂こうと迫ったその爪が、アリスの体に触れる直前で霧散した。
ほむらの視線の先には、アリスの対消滅のエネルギーが爪の軌跡上に置かれ消し飛ばしていく様子と、こちらにもう一方の腕を振りかぶって突っ込んでくるアリスの姿。
拳が頬を捉え、時間停止解除と同時に吹き飛ばされるほむらの体。

地面を転がりながらも勢いのまま起き上がるほむら。
一方アリスは羽根に切り裂かれた出血、ダメージから膝をつく。服はボロボロになりつつあるが、服の下はアリスの肌ではなく異形の鎧が姿を見せている。

「今のは見えなかったわ。ずっと手を隠してたってことかしら」
「別に。力に慣れてきたからできるようになっただけよ。
 あんたこそ何やってくるのかの手が読みやすすぎるんじゃないの?」
「…そうね、私の戦い方は基本的に時間を止めての力押しだものね。
 武器が変わってもそこはなかなか変えられないものね」

能力の使用機会に恵まれず使い勝手を知るタイミングがなかったが、ここにきて何度も使用を繰り返したことで精度が上がったアリス。
一方で強力であるがそれゆえに能力そのものに応用性が効かず練度を鍛えることもなかったほむら。
ほむらにしてみれば小細工で工夫はこらしてきたが、能力としては完成してきたため今更変えようもなく。
かといってギラティナの力の練度を上げている暇はないだろう。

羽根を広げつつ、懐に手を入れるほむら。

「だから、更に力押しでいくわ」

取り出したのは、一枚のカード。
弓を構える兵士が描かれている。

アリスが駆け出した時には既に準備は終わっている。

―――美樹さやか、あの子にもできたことだもの。私にだってできるわ。

「夢幻召喚(インストール)」

時間停止と共にほむらの姿が光に包まれる。

何をしようとしたのかは分からないが、良からぬことをしようとしていることはアリスにも察せられた。
しかしその光の元を蹴り飛ばした時にはその姿は既に消えていた。

周囲を見回すと、あちこちにほむらが現れる際に出現する黒い影が浮遊している。
どこからほむらが現れても対応できるようにと警戒するアリス。

その時、その影の中から一斉に様々な武器が飛び出した。
剣、槍、短刀、斧、様々な形状の武器が同時にアリスに向けて飛びかかる。
迎撃しようとしたが直感が警告を発し、大きく飛ぶことでそれらの武器を回避。
互いにぶつかるその重厚な金属音を耳にして、あれを銃弾や羽根のように迎撃しようとすれば逆に体を貫かれていたかもしれないと察する。

足場がなくバランスも取れない状況の中で、アリスの元に更に追撃の剣が飛び込む。
身を捩って避けつつ、その飛び込んだ剣を踏み台に地面に足をつけようと飛んだところで。
着地する付近の地面に現れたほむらが、手にした剣を振るった。

加重力操作により着地のタイミングをずらすことで剣の直撃は避けるも、振るった剣が冷気を生み出し周囲を凍りつかせる。
冷気はアリスの足の表面をも凍りつかせ、移動速度を奪う。

瞬時にほむらの背後から赤く輝く巨大な剣先のようなものが見えたと思うと、そこから焔の刀剣のようなものがアリスへと振り下ろされた。
熱がアリスの足の氷を溶かした一瞬で飛び退くが、掠めた剣先はアリスの肩から胸にかけて焼き焦がした。

時間停止が終わったところでほむらを見る。
黒いドレスと翼はそのままに、脚に金色の鎧を装着している。

「英霊の力を身に宿すことができるカード、らしいのだけど。
 何かあった時に使えって言われてたけど、なかなかに強力なものね」

それまで移動に使っていた影ではなく金色の輪の中から、幾重にも金色の鎖が飛び出す。こちらを拘束するつもりなのだろう、アリスの周囲を回り続ける。
速度を調整したギアスで飛び退き、回る円が縮まりアリスの体に触れる前に回避。

時間停止を発動される前に接近しようと地を蹴ると同時にギアスを発動させようとしたアリスの目の前で大量の刃が剣山のごとく生えた。
刃の中に突っ込みかけた脚に急制動をかけ宙に飛び上がる。

次の瞬間時間が停止。同時にほむらが距離を詰めてこちらに飛び込んでくる。
飛翔しながら黒い影に手を突っ込み何かを取り出す。
目には映らなかったが何かを構えるその様子から透明な武器だと察するアリス。

ギアスは発動させたため時間停止には対処できているが、宙高く飛びすぎたこともあり移動のための足場や掴めるものが何もない。
見えない斬撃を腕で防ぐ。弾き返すことには成功するも間合いを測り損ねたゆえか腕の装甲に亀裂が走った。
更に不可視の武器を振るうほむら。その背後には逃さないと言わんばかりに金色の輪から剣が見える。

「っ!!ああああああああっ!!!」

どうにかしようと頭を振るった瞬間、アリスの後ろ髪が変質。
スラッシュハーケンとなった髪を動作させほむらの腕を絡め取り、一気に地面に叩きつけた。
不意の攻撃に対応できなかったほむらは地面を転がり。
その勢いに乗ることで地に足をつけたアリスは駆け出し地面に突き立っていく剣を回避。
倒れたほむらの元まで走り、その体にスラッシュハーケンを射出。
ほむらはそれが命中する一瞬前に自身の体を影の中に隠すことで回避。

時間停止が解除されると同時に、ほむらはアリスと距離を取った場所に姿を表した。

「…本当、随分と化け物じみた外見になってきたじゃないの」

僅かに刃を掠めてしまった頬の傷を拭いながらアリスを睨むほむら。

後ろ髪のワイヤーと短剣は元より、前進を黒い鎧のような外骨格が覆っている。
生身の部分は既に頭部と顔周りだけだ。

「あんたも鏡、見てみなさいよ」
「今となってはあなたほど化け物みたいな格好にはなってないわ」
「顔色の方よ。真っ白で目つきも酷いことになってるし、格好も合わせて悪魔みたいな状態よ」

ふと自分の目に手をやるほむら。
自覚がなかったが、素の目付きがまるで寝不足の時のごとく悪くなっているようだ。
鏡で顔色も確かめたかったが、さすがにそんな隙は晒せない。

「だったら何。これが私の目的のために必要な力よ」
「そう、だったら私の姿も、ナナリーの騎士足り得るために必要なものよ」

言いつつも息が上がりつつあるのをほむらは見逃していなかった。
しかし時間をかけすぎたことでアリスをあそこまで強化してしまったことも否めない。
ついでにアリス一人に時間をかけすぎるのもあと少しで終わる儀式の進行によろしくない。

「だけど、残念ね。ここまでよ」

空間を移動して距離を取り、一本の巨大な剣を取り出す。
いや、アリスの目にはそれが剣には見えなかったが。
まるで手持ち型のナイトメア用ランスを重ねて紋様をあしらえたように見えた武器。

直感的に気付いた。これからほむらはこれまでで最大の攻撃を仕掛けてくると。

その姿に意識を取られすぎたのだろう。飛びかかろうとした時に足が動かないことに気付いた。
視界の外で地面の影から現れた鎖が足を縛っていた。これまでの武器であれば気付けたかもしれないが、前を意識しすぎて足元までは気をつけていなかった。

「あなたもまだ、何か出せるんでしょう?
 出さないと、死ぬわよ」
「そうみたいね」

ほむらの出した剣が赤い渦を発しながら回転する。
それを見ながらアリスも構える。体のプロテクターが剥がれていき、アリスの背後に数メートルの黒い巨人の姿になって現れていく。
アリスを守る守護神のように現れたマークネモ、その手にエネルギーが収束していく。

「たぶん最後になると思うから言っておくけど。
 あなたと過ごした時間が案外楽しいものだったっていうの、あれは本当だったわ」
「そう、それは―――よかったわ。こんなことにならなかったら、もっとよかったんだけど」
「全くね」

そう話す2人の口には僅かに笑みが浮かんでいた。まるで懐かしい過去を思い出すように。
しかし互いの距離が離れていることもあって、その事実には互いに、自分すらも気付くことはなかった。


「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」

アリスを見下ろす形で、静かにそう呟き、手にした剣・乖離剣エアから膨大な魔力が渦を巻きながら放たれた。
同時にアリスの背後にいたマークネモの手に集まった対消滅エネルギーが、戦艦の放つ最大主砲・ハドロン砲にも匹敵するものとなって放出される。

暴風が吹き荒れ周囲を吹き飛ばす。
それは巻き込むことがないようにと離れた場所にいたはずのまどか達の元まで、彼女達が立っていることができないほどの風が襲いかかる。


アリスが全力で放った一撃は確かに驚異。
しかし乖離剣の放つ魔力は本来戦艦の主砲などに比べられるものではない。
拮抗しているその威力は英雄王が自ら放つそれと比較して威力が落ちていた。

そこには複数の理由がある。

まずほむら自身が安定性を求めるためにカードとの親和性を下げていたこと。
英雄王ギルガメッシュのカード一枚に収まりきらぬその人格は、カードの使用者の人格をも侵食することがある。
カードを使用した時己の人格に強引に入り込もうとするその存在に気付いたほむら。
故にそういったカードの与える負荷をソウルジェムと化した白金玉の本来の主であるギラティナに押し付けることで緩和した。
しかし故にカードとの親和性が低く、全身を覆うはずのギルガメッシュの装飾もほむらの脚に現れるに留まっていた。

そしてもう一つ。その己の力を使いながら、言ってしまえば力だけを都合よく取り出し使用するその姿勢が、ギルガメッシュ自身の怒りを買ったこと。
故にそのギルガメッシュの人格の抵抗によりカードの力を引き出すことに大きな制限がかかっていた。

王の財宝から武具を取り出すだけであればそう大きな影響はなかった。
しかし真名開放が必要となるこの武器についてはその制限が大きく響いていた。

本来の威力を知らないながらも火力の減衰には何となく気付いていたが、ほむらは重要視してはいなかった。

この一撃が拮抗している。正確に言うなら若干こちらが押しているという状況か。


そんな一撃を全力で迎撃するアリス。
ほむらも意識をそちらに集中させているが故か、脚の鎖の拘束が緩みつつあった。
自分とほむら。どちらの攻撃が勝るか。
悔しいがおそらく、向こうが勝つだろう。だから打ち負けた時が攻め時となる。
押し込まれこちらの砲撃が止まった瞬間、ギアスを発動して接近しこの攻撃に意識を向けているほむらを攻撃する。
この一撃に力を使いすぎた。おそらくそれが最後の攻撃になる。



(なんて、考えているのでしょうね)

その狙いをほむら自身も読んでいた。
逆の立場なら自分もそうするだろうという仮定からそう思った。
言うなれば今は早撃ちの決闘のようなものだ。
仕掛けてくるタイミング、仕掛けてくる方向。それらを一瞬で見極めなければならない。


暴風の中でただ互いの髪やドレス、服だけがはためき続ける。
10秒にも満たない時間が永遠にも近いものに感じられていた。

やがて放たれ続ける魔力の奔流を抑えきれなくなった対消滅エネルギーが押し込まれていき。
エネルギーを放出し続けた影響で限界を迎え崩れ落ちていくマークネモ、それでも砲撃だけは決して絶やさなかったその体が消滅し。
乖離剣の魔力に呑み込まれ霧散した欠片ごと吹き飛んでいく。

同時に、アリスはほむらの背後の宙に浮いていた。
その手には引き千切ったスラッシュハーケンの小さな刃が握られていた。

加速させた体をほむらに向けて突撃させて。
同時に時が止まり。ギアスを最大駆動させて止まった時間の中を駆け。

ドラゴンクローを放つ翼がアリスの行く先を阻もうとする。
が、ほむらの顔に焦りが生まれた。翼の変形が間に合わない。

(あんたが、律儀なやつで助かったわ…!!)

もしここでほむらに空間移動で逃げられていれば勝ち目はなかった。
様々なものに賭けた。
ここで自分を迎え撃ってくれること、そこで自分が迎撃より早く攻め込むこと。

前者については、ある意味ではほむらのことを信じたとでも言えるのかもしれない。

(そうね、あんたは律儀なところがあったもんね…)

目の前にいる少女に思いを馳せた。



「あんたってさ、何ていうか口下手よね」
「そうね、自覚はしてるわ」
「どこかで話拗れさせそうな気もするのに何も喋らないようにしようとはならないのね」
「………」
「でもそういうのもいいと思う。
 黙り込んで喋らなくなるよりは少しは話そうとしてるの、んー何ていうか、少しでも前に進もうとしている?ような感じがあって」
「無理に褒めようとしてないかしら?」
「いや、そんなことないって!!別に今ちょっと考えたとかなんてことないから!!」
「―――」
(あれ?今少し笑った?)
「さっさと進むわよ」


関係ないのに脳裏に不意にほむらと一緒にいた時の記憶がよぎった。
よぎってしまった。

(あっ、クソ。しまった―――)

ほんの刹那の隙。
それがアリスの振るった刃の軌跡を鈍らせた。

翼を引き裂き胸にかけてを切り裂いたが、ほむらの核であるソウルジェムには大きく空振ってしまった。

同時に時間停止が解除。アリスのギアスも停止した。
急制動をかけすぎた影響で脚が鈍ってしまった。振り返るのが遅れた。

ほむらのもう一方の翼から形成されたドラゴンクローがアリスの体を抉り突き飛ばし。
まだ周囲を舞っていた乖離剣の爆風を吹き飛ばしながらその体は転がっていった。

「あなたは、いい友達だったわ。だけど」

肉体に受けたダメージから排出されたクラスカードを手に取り、投げ捨てながら。
その過去は振り返らないとばかりに振り向くこともなく。

「さようなら。私の勝ちよ」

殺し合いの儀式の中で唯一と言える、育んだ友情に、別れを告げた。




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