無重力シャワーから勢いよく噴霧される少し熱めの蒸気を浴びながら、ヒロコは胸の高まりを鎮めようとしていた。
「いよいよ始まるのね…。今度こそ絶対に失敗できないな…」
そう自分に言い聞かせ、きゅっとシャワーを止めた。長い黒髪を拭こうとバスタオルに手を伸ばすと、艦内通信用のインターホンが鳴っているのに気づいた。
「うわっ!もうそんな時間?まずい~!」
言いながらタオルを体に巻き、シャワールームを飛び出してインターホンを取ろうとしたが、はっと気づいてこちらからの映像をOFFにした(ヒロコにしてはその動作はとても機敏だった)。
こんな姿をマーガン首席副官に見られたら、何を言われるか分からない。ヒロコは人見知りをするタイプではなかったが、なぜか彼女を前にすると緊張した。社会に出ると学生とは違う悩みができると思ったものだ。
もっとも、緊張する理由はヒロコがこの艦に配属されてから失敗ばかりしていることが大きいのだが…。
ヒロコは息を整え、インターホンを取った。
「すみません。今行きます!」
ヘッドフォンからは首席副官のいらだった低い声がした。
「は、はい!」
ヒロコは足の踏み場もないほど散らかった室内をつま先で歩きながら個人用端末に近づき、巻いていたタオルで体を拭きながら画面を覗き込んだ。シャワーの前にこれから始まる作戦を自分なりに考えていた。
端末のシミュレートでは…、どうやらうまくいきそうだ。
作戦データを携帯メモリーに移すあいだ、タオルを放り投げ、干しっぱなしになっていた下着をつけ、軍服を身にまとった。胸のポケットに携帯メモリーを滑り込ませると、あっと思い出して鏡の前で手早く最低限の化粧をした。
「女だから、というわけではありません。ただ、身だしなみはちゃんとしなさい」
これも以前マーガンから言われたことだった。まだ少し湿っている長い髪をまとめ、軍帽に収めた。鏡には黒い髪に黒い瞳、軍服を着ていても二十歳そこそこにしか見えない女性士官が映っている。その頬が紅潮しているのはシャワーを浴びたばかりだからではない。ヒロコはひと事のように興味深くそれを見つめた。
「これが戦闘を前にした軍人の顔か…」
副官であることを示す飾緒の形を整えるとヒロコは胸のデータにそっと手を添え、部屋を出ていった。
程なく慌てて戻ってくると、忘れていた階級章を引っつかみ、今度は駆け足で部屋から出て行った。
最終更新:2009年08月25日 15:53