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  • 了船長 その1

レスアンカーワン @ ウィキ

了船長 その1

最終更新:2024年04月20日 01:07

resanchorone

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だれでも歓迎! 編集

目次

  • 目次
    • Part1(174~175)
    • Part2
      • 1つ目(≫47~48)
      • 4つ目(≫176~178)
      • 5つ目(≫192~194、≫197)
    • Part3
      • 1つ目(≫76~84)
      • 2つ目(≫140~146)
    • Part4
      • 1つ目(≫39~51)
      • 2つ目(≫124~138)
      • 3つ目(≫162~164)
      • 4つ目(≫184~189)
    • Part5
      • 1つ目(≫57~60)
      • 2つ目(≫113~134)
      • 3つ目(≫144~146)
      • 4つ目(≫173~176)

Part1(174~175)


「おはよう、あの、すまないが、ちょっと聞いても良いだろうか」
泥だらけのジャージ姿で、朝日に光る葦毛を蓄えた、地方のヒーロー様が道を聞いてきた。
私は彼女の姿を見るなり、片方の眉を吊り上げずにはいられなかった。自然体を保って接するつもりだったけど、向こうに先手を取られてしまった私は、仁王立ちの姿勢を取って彼女と向かい合った。
先月の頭に転入してきて、織り込み済と言わんばかりにすぐトレーナーがついたことを聞いた。その後、今月に入るまでもう重賞三連勝。
私なんかまだデビューすら果たしてないってのに。
正直に言って、ウザい。レースでは勝つのがまるで当然ってつもりで平然な顔をして、でも学園の中では私はまだ新人です、みたいな困り顔であちこちうろついている。
おかげで私も朝から探し回らなくて済んだ。大通りで待ってればフラフラしてるのが勝手に見つかるからだ。
「ここはどこだろうか。良ければ、カフェテリアまで連れて行って欲しいのだが」
どうやら方向音痴みたいで、至るところでみんなに道を聞いては迷ってる。
みんなはそれがカワイイなんて言って、まるでアイドルかのようにコイツを見てる。
どっかの地方でも勝ちまくったのは確かにすごいし、正直、コイツのレースは確かに息を呑む迫力があったのを思い出す。
でもムカつく。ぽっと出のくせに調子に乗ってる。
私はコイツの質問を無視して、黙ってカバンから風呂敷で包んだお弁当箱を取り出して、困り顔をしている目の前に突き出してやった。
「カフェテリアなんて行かなくていいんじゃないんですか。これ、あげます」
コイツの視点が私からお弁当箱に向いた。視線が、何度か私の顔とお弁当箱を行き来する。
「あの、これは何だろうか」
「何って、お弁当です。あげます」
まだ飲み込めていないのか、困り顔が呆けた表情に変わった。
「あ、ありがとう。君は優しいんだな。私はオグリキャップと言うんだ」
知ってる。コイツは、この学園でコイツのことを知らないやつがまだいると思ってるみたい。
「君は、なんていう名前なんだ?」
私は質問に答えなくて済むように、自分からまくしたてるように話した。
「別に、通りかかっただけなんで。オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃないですよ」
「そ、そうか。しかし……」
「オグリさん、いつもすごいご飯食べてるんで足りないかもですが、カフェテリアまでのおやつにでもどうぞ」
私の言葉にちょっとたじろいだ様子を見せたけど、お弁当箱の重みで突っ張った風呂敷の結び目を持つ私の手に右手を被せて、左手をお弁当箱の下に入れて支えながら、とうとう受け取った。
それまで突っ張っていた風呂敷が、少しだけ緩む。私は触れられた手の感触に驚きながら、それが顔に表れないように、お腹に力を入れてこらえる。
「ありがとう。助かる。そうしたらこれを食べたあと、またカフェテリアまで連れて行ってくれるだろうか」
二人で三女神様の池に備えられたベンチに座る。
泥だらけのジャージで、朝日に照らされながらキラキラした目で弁当箱を見つめる姿は、確かに愛嬌であふれていた。
尚のことムカつくけど、無邪気に風呂敷の包みをほどく姿には、それを認めざるを得ないなとちょっと思ってしまった。
でも、私が用意したのは、そんな子供のような純粋さを裏切るようなものだ。朝コイツとほとんど同じ時間に起きてこしらえた、特製の嫌がらせ弁当。
ほうれん草やブロッコリー、アスパラガス。私たちウマ娘の間で苦手な奴の多い食材をたっぷり詰め込んでいる。
どんな表情をするかと思うと、反応が楽しみでしょうがない。思わず、口元が歪む。
ヒーロー様が弁当箱の蓋を開け、中身を見る。私は視線をコイツの顔に移して、反応を覗った。
すると、コイツの瞳はキラリと一瞬輝いて――私の予想とはまるっきり離れた声を上げた。
「わあ、とてもおいしそうだ」
えっ、コイツ、何言ってんの?
いただきます、と一言大事そうにつぶやいて手を合わせたと思いきや、目にもとまらぬ勢いで中身が減っていく。
私が一人で混乱している間に、蓋を大事そうに閉じてこれまたしみじみと、コイツはごちそうさまを済ませていた。
「ありがとう、本当においしいお弁当だった」
本当にうれしそうな顔をこちらに向けてきた。その口元には、ブロッコリーに和えた白ごまが一つ、ほくろのようにくっついていた。
「君は、とっても良い人なんだな。お礼がしたいのだが、名前はなんていうんだ」
何コイツ。どういうこと。そういう反応求めてないんですけど。ていうか、なんで野菜だけで食べられるの――目の前で起きた現実を吞み込めなくて、すっかりパンクしてしまった頭で何とか返事を絞り出す。
「あ、えっと、じゃあ弁当終わったし、カフェ行きますか」
こっちです、と一声かけて、すっかり軽くなった弁当箱をひったくってベンチを立ち、その勢いのまま先に歩き出した。後ろから慌てたように追いかけてくる足音が聞こえる。
今日は朝からコイツをやり込めて、体調を崩してやろうと画策していた。けれど、その企みは完全に失敗してしまった。そんな表情を読み取られたくなくて、先に歩き出したかった。
明日こそ。明日こそ嫌いなものを食べさせて、がっかりさせてやると心に誓う。
料理雑誌に『これはNG』と書いてあった季節外れのきゅうりでも、使ってやろうか。
今日の放課後のスケジュールに、スーパーへ行く用事をどうにかねじ込む方法を考えながら、ヒーロー様をカフェテリアまで案内した。

了
 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。
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Part2


1つ目(≫47~48)

 二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 02:38:45
その日は寮の部屋でベッドに寝そべりながらぼーっとしている私だった。天井をしばらく見つめて、飽きたら寝返りを打って壁を見つめて、また天井に視線を戻す、そんな日だった。
学園が嫌になったとかじゃなくて、単純に予定のない休日だっただけだ。
いつもつるんでる友達はみんなメイクデビューのためにレースに出走中で、自分は先週に同じことをしていたから、休養で予定が合わなかったのだ。
壁を見つめているうちに、ぼんやりとその結果を思い出す。もう少しで1着に届きそうだった。これまでは良くても掲示板の最底辺だったけど、2着だった。
今までで一番の結果を出せたことは素直にうれしかった。家族も友達も、手を叩いて喜んでくれたのが、私も同じように嬉しかった。
けど、こうして誰にも見られていない静かな空間の中で、細かいところまで思い返していると、段々ムカつくような気持ちが胸の中に湧き出してきていた。
「アイツ」に近づいて、観察をしていた内にこの変化が現れたことが、自分の中でも明白だったからだ。もともと、空腹のタイミングを狙って差し入れるために、朝練や居残りトレをして時間を調節するようになった。横目でタイミングを伺ううちに、アイツの走るスタイルを見る機会も多かった。そこで、軽い気持ちで脚の回し方とか腕の振り方を見たまんま真似してみた。
それを繰り返していると、自分のフォームにも影響が出た。風を避けるように姿勢を低くして走り、高さを失った分、横へ横へと強く地面を踏み込むスタイル。教官にも「オグリキャップの真似か?」って言われるようになっていった。周りのクラスメイトからも「オグリギャルだ、オグリギャル」なんてからかわれた。
でも実際にタイムが縮まって、模擬レースの着順もぐんぐん良くなった。ちょっと猿真似しただけなのにありえないと思った。
アイツの調子が落ちて、このまま私の成績が良くなればいい。どうせなら、目下重賞5連勝中のアイツの記録を塗り替えて、6連勝できるようなウマ娘になりたいと思うようになった。
アイツの走りは、ただ驚くだけじゃなくて、自分が本当に同年代の、ましてや同じ生き物なのかと疑ってしまうような、恐ろしい走りだ。だからこそ、この連勝街道でコースレコードも叩き出してしまえるのだろう。
アイツのことをいろいろと考えている内に、だんだん頭の中に火が回ってきて、寝転んでいられなくなった。足を振り上げてベッドから降りる。
その足は不思議と、自然に寮の共用キッチンの方向へ向いた。

栗東寮のキッチンは、美浦のそれよりもちょっとだけ掃除が行き届いていない。
というよりも、本当に毎日使って手入れをするほど熱心な寮長さんとか生徒がいないってだけだ。
でもここ4か月くらいの間で、このキッチンを使う美浦寮ではちょっと珍しいやつが増えた。私だ。今まで見向きもしなかったけど、アイツへの嫌がらせに弁当を差し入れるって決めてから、ほとんど毎朝ここに立っている。
休日で誰もいないキッチンに立ちながら、物思いにふける。
アイツに合わせて早起きしなきゃいけないから、早く寝るようになったこと。鉢合わせないように、アイツが出て行ったのを確認してからキッチンに向かうこと。
共用の冷蔵庫には、いつもカレー用の食材が入ってること。ほとんど毎朝、そのカレーやお弁当を作ってるスーパークリークさんと会うこと。クリークさんはケガで休養中で、同室のナリタタイシンさんのためにお弁当を作っているそうだ。自分の目的とは全然違って、ちょっと心苦しい。
自分が保存する食材は、ウマ娘が苦手なことが多い食材であること。生のネギ類やナスとかだ。
クリークさんはいつも、「苦手なものがたくさん入っているお弁当を食べるお友達さんは、とっても偉いですね~」って言ってニコニコしている。
嫌いなものをぶつけたいから作ってるんです、なんて口が裂けても言えないので、えぇとかまぁとか言って、適当にやり過ごしている。
そんなやましい気持ちがあるから、なるべく迷惑をかけたくなくて、野菜サラダとか漬物とか、コンロを使わなくて済むような料理を選んでいること。酸っぱいのとか、ネギみたいに香りの強いものが嫌いなウマ娘は多いから、私にとっては一石二鳥ってわけ。
でもたまに、クリークさんが教えてくれるレシピがある。断るのも悪いから、そういうのはコンロを借りる。
クリークさんはずっと栗東寮のキッチンに立っていたこともあって、最初の1か月はお世話になりっぱなしだった。けど、私も慣れてきた今では、お互いに目配せだけで必要な器具とか調味料を手渡せるようになっていた。お互いに「エスパーみたいですね」なんて言って笑ってる。
弁当にしこたま詰め込むころには、アイツが帰ってくる直前くらいの時間になる。部屋に戻って制服に着替えて、鞄を持って外に出る。目指すところは学園の正門前から続く大通りだ。
そこで5分くらい待ってみて帰ってこなかったら、トレーニング場だからそっちに向かう。方向音痴のクセに、トレーニングの時間だけはきっちり守っているのが不思議でたまらない。腹時計がよっぽど正確なんだろう。
目的地に向かいながら、「今日こそアイツの嫌いな食材を引き当てて、調子を落としてやるんだ」と毎朝思っていること。

キッチンに着いた私は、せっかく来てしまったのだし、何か作ろうと思って冷蔵庫を覗き込む。
今日は休日だし、たまには自分のために料理してもいいかもしれない。考えてみたら、これまではずっとアイツのために料理をしていたので、自分が食べるためにキッチンに立つのは初めてだった。
そうだ、ちょうど一人だけだし、クリークさんに教えてもらった「漬物ステーキ」とかいうやつ、試してみよう。
私は、すっかり場所を覚えたまな板と包丁を取り出し、この間アイツのお弁当に紛れ込ませた大根のお漬物が残っていないか、きちんと調べることにした。

了
 ※Wikiへ転載されるにあたり、筆者により元の文章に加筆・修正いたしました。
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4つ目(≫176~178)

二次元好きの匿名さん22/01/06(木) 01:40:14

「すまないが、もう大丈夫だ。」
「えっ」
「だから、もういらないんだ。」
「どうしたの急に、何か嫌なものでも入ってた?」
「嫌いなものはないんだ。私はなんでも食べれる。でも、もう君のお弁当だけは食べられない。今までありがとう。」
「待って、昨日入れた漬物焼いたやつでしょ。それが気に入らなった?」
「……私はなんでも食べれる。昨日のお弁当もおいしかったが、君から渡されたものだから嫌なんだ。」
「えっ、ちょっと。何言って……」
「じゃあ、これで。毎朝ここで待ってくれていたみたいだが、もう大丈夫だ。」
「オグリ、待って。」
「私はもう何も言うことは無いんだが……なんだ?」
「あの、私は、その、」
「もういいんだ。君が私の苦手なものを探って、親切のつもりで毎朝差し入れをしてくれていることは知っているんだ。」
「そういうわけじゃなくて、オグリ、」
「もう聞いているんだ。」
「えっ、誰から、」
「嘘をつくのは良くない。君が私の嫌がるものを探していることより、取り繕おうとしていることのほうが嫌だ。」
「待って、オグリ、聞いて、」
「素直に謝ったほうがいい。それじゃあ。ありがとう。」


「……わっ」
「ん、ああ、良かった。起きたな。」
「え、あ、オグリ。」
「おはよう。今日もいい天気だな。」
「あ、あの、その、」
「ん、どうしたんだ。おはよう。」
「ご、ごめん。すぐどくから。」
「どうしたんだ。いきなり動くと危ないぞ。」
「いや、ごめん、あの。」
「待つんだ、様子が変だぞ。」
「ごめんなさい、オグリ。ごめんなさい。」
「どうしたんだ急に。何にも謝ることはないぞ、君のおかげで、私は朝からこの通り、元気だからな。」
「うう、うん。」
「もしかして、お腹が痛いのか。そんな泣くことはないぞ。朝ごはんを食べすぎたのか。つまみ食いのし過ぎは良くないぞ。」
「うん、うん、そうじゃなくて。」
「どうしたんだ、そんな泣くことはないだろう。
「ああ、そしたら、うっかり寝てしまったのがショックだったのか?ここは日当たりもいいからな。」
「寝てた、えっ。」
「そ、そうだ。いつも私のことをここで待ってくれるじゃないか。初めて君の寝顔を見たと思う。」
「あ、ああ、私、寝てたの。」
「いつも私より早く起きてお弁当をこさえてくれているんだろう。多分、それで疲れてしまったんじゃないか。」
「そ、そんなことは無いと思うけど。」
「毎朝ありがとう。私のために朝作ってくれる人がいると思うと、毎日が楽しいんだ。本当に感謝している。」
「でも、さっきはいらないって、」
「そんなことは言っていないぞ。どうしたんだ。……もしかして、風邪をひいてしまったのか。あれはダメだ、変になってしまう。」
「変になっちゃう、の。」
「そうだ。見たこともないものを見てしまうんだ。コーヒーの中にラー油を入れる喫茶店とか、変な料理番組とか……熱はないか。」
「わっ、オグリ、大丈夫だから、ちょっと、」
「……すこし熱いぞ。今日は休んだほうがいい。無理をしてはダメだ。」
「オグリ、あの、」
「うん、どうした。」
「怒ってないの?」
「怒ってない!何にも怒っていないぞ。だから、泣かないでくれ。」
「あの、あのさ、私体調悪いかもだけど、お弁当、あるんだ。」
「今日もあるのか!ありがとう。嬉しいよ。」
「これ、食べてくれる。気分悪かったら、その、いいから。」
「いや、もう朝ごはんまで待ちきれないんだ。昨日と同じように、ここでいただくよ。」
「ありがとう、オグリ。」
「そんな、私のほうが感謝しなければいけない。君のおかげで、午前の授業が頑張れるよ。」
「ふふ、何それ。まるで午後は無理みたいじゃん。」
「2時限目が終わったらお腹が減ってしまうからな……カフェテリアだけではどうしても足りないから。野菜もたくさん入っているこのお弁当なら、腹持ちがいい。」
「うん、うん。」
「あっ、どうして泣くんだ……そんなにおかしいことなのか?チヨノオーも笑っていたんだ。」
「ううん、ごめん、ありがとう。今日も野菜いっぱいだから。」
「うん。いただきます。」

了
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5つ目(≫192~194、≫197)

二次元好きの匿名さん22/01/07(金) 19:35:25

「ね~、イチ?」
「ちょっと聞いてる?」
「え、ああ、ごめん。シラけてたわ。」
「ま~たダンナのこと考えてるよ。まったく」
「は、どういうこと。」
「最近どうなの、分かったの、苦手なモノ。」
「ちょっと待った、私たちで順番に挙げるからイチは黙ってて。」
「えー、メンドくさ。何なの。」
「キャベツ。」
「違う。酢で和えても食べるよ。」
「ほうれん草。」
「おひたしが一番ダメ。喜んじゃう。」
「ブロッコリー。」
「塩で茹でてゴマでもイケる。」
「じゃあ、カリフラワー。」
「マリネはダメだろうと思ったら、初めてだって言って平らげる。」
「マージで?酢ってだけで私イヤだわ。」
「あと何がある?えー……あ、チーズ。」
「今言ってくれた野菜と一緒に出し終わってる。」
「嘘でしょ、臭くないのかよー。スゲーなスター様。」
「ヤバすぎ、もう選手やめてほんとに皆のアイドルにでも転向して、グルメリポーターでもやったらいいんじゃないの。」
「そうなの、出す食材出す食材、全部きれいに食べて『ご馳走様』とか言ってくんの。ほんとムカつく。」
「イチ、声真似似てねー。ウケる。」
「もう苦手な食材で弁当作んのやめてやろうかと思った。」
「いやー、でも毎朝ほんとによくやるよ。」
「いや、毎朝じゃないし。大体1日おきくらいでしょ。」
「え、毎日じゃなかったの?」
「アイツが起きる時間に起きる子なんてほとんどいないし、毎日なんか作れないっしょ。」
「いや、でもクリークママも言ってたよ。『最近、イチちゃんがキッチンにいつもいてくれて、楽しいんです~』って。」
「いや、最近としか言ってないじゃん。毎朝とか毎日とか言ってないでしょ。」
「いやいやいや、でもどんだけ続けてるのって話よ。」
「寮のキッチンなんて、美浦のヒシアマ姐さんか私らのクリークママかって二択しかなかったわけよ。そこにあんたが入ってくるんだから、ねえ?」
「別にいいでしょ。アイツが気に入らなくてやってるんだし。」
「気に入らないかあ。」
「気に入らないよねえー!」
「何!アンタ達だって最初はノッてきたじゃん。」
「そりゃあ最初はそうだけどさ、こんなに熱心にはならないっしょ。」
「ぶっちゃけちょっと苦手な食材渡したところで、それ以上に食べて上書きしてきそうだし。」
「実際のとこ、あんたの言うとおりだよ。」
「いや、イチさんは、まことに、ご執心でございますなあ?」
「この調子だと、ふふ、そのうち寮の部屋まで押しかけるようになるよ。」
「ヒーローにはヒロイン、アイドルにはマネージャーが必要だもんなー!」
「ねーちょっと!もういいでしょ!やめてってば!」
「いやでも、イチ、自分がなんて呼ばれてるか知らないでしょ。」
「オグリギャルでしょ。知ってる。」
「違うんだなぁ。」
「『オグリの嫁』よ。」
「『通い妻』ってのもあるね。」
「はー!?意味わかんないんですけど!それ、私とアイツのこと知らないだけでしょ。」
「だから、そういうのだって。」
「どう見たってあんたたちカップルよ。よく考えてみなって。」
「朝、早起きして頑張るダンナに、同じく早起きしてお弁当をこしらえる嫁さん。」
「それを食べて元気出して、一日を頑張るダンナ……」
「でもダンナさんは忙しいから、その朝にしか会えないんだよね……」
「明日は喜んでくれるかな、健康にも気を付けないとな、って苦心する嫁……」
「これはもう完全にイチだって話になってるわけよ。」
「ね、イチ……イチ、どした?」
「なに、イチ、耳回しちゃって。落ち着きなよ。」
「……うー、勘弁して……」
「ハイハイ、ごめんって。」
「見てよイチの指。ほら。」
「春夏のころはバンソーコーたくさん貼って必死に嫌がらせしてたのに、今じゃきれいなもんよ。」
「最近とうとう揚げ物やるようになったんでしょ。クリークママが言ってたよ。」
「『一人分の揚げ物の作り方、逆に教えてもらっちゃいました~』ってね。」
「もう、それ以上言うんならあんたたち、娘の分も用意してやろうか。」
「私カリフラワーダメ。一抜けた。」
「私野菜キライ。ぬ~けた。」
「アッハハ、マジで嫁さんじゃん。」
「いよっ、新婚夫婦!」
「あーもう!もうこの話終わり!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「……ああ、おはよう。今日もいい天気だな。」
「……おはよ。今日は坂道?」
「いや、川岸を走ってきた。」
「そっか。」
「君は走らないのか?良かったら、今度一緒に走ろう。」
「私はあんたにこれ作らなきゃいけないから。ありがと。」
「ああ、今日もあるのか!今日は何が入っているんだ。」
「開けてみてからのお楽しみでしょ。『健康的な』メニュー、たくさん詰め込んでっから。」
「そうだな。君のお弁当は、カフェテリアじゃ食べられないような料理がたくさん入っているからな。嬉しいんだ。」
「ま、酸っぱいものなんて中々出てこないしね。苦手な子も多いし。」
「うん。……君は、食べないのか。」
「あんたの食べてるとこ見て、反応を観察するほうが私にとっては大事だからね。」
「そうか。わかった。それじゃあ、いただきます。」
「はい、召し上がれ。」

了
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Part3

1つ目(≫76~84)

 二次元好きの匿名さん22/01/10(月) 04:35:16

トレーニングと未勝利戦を2度走って、数週間が経っていた。
葦毛のムカつくアイツの調子を落とそうとして、数か月。
模擬レースを走って、ちょっと調子が良い日には1着になったりして、あれも1着をとれた日のことだった。
模擬ライブもセンターで終わって、今日も良くやった、夕飯のおかずは何かなって、ちょっと浮かれてた時。
「そこの鹿毛の子、お疲れ様。……あの?」
「えっ、あっ、私ですか。」
いきなり後ろから話しかけれて、自分に向けた声だと思っていなかった。無視したくてしたわけじゃないし。
振り返ってみると、若くてスーツに身を包んだ人が立っていた。
「単刀直入に聞くんだけど、今、専属のトレーナーっているの?」
「ああ、えー、いませんけど。」
話しかけてきたその人の胸には、蹄鉄の形の、銅色に輝くバッヂをつけていた。
え、まさかまさか、マジ?この時が?
気づいてませんよ、って顔したいのに、顔が赤くなる。
ヤバい。にやけそう。
胸の高鳴りが聞こえないことを祈る。聞こえているのかいないのか、その人は優しい顔で続けた。
「今日の第4レース、見てました。早速でゴメンなんだけど、これ、受け取ってもらえないかな。」
そういって、その人は私に封筒を差し出した。
「歌もそうだけど、ライブのダンスもすごく華があって決まってました。」
「ありがとうございます!ダンスは好きで、すごい頑張ってるんです。」
褒められてすごくうれしい。本当に頑張ったところだから。
隠そうと思ってたことも忘れて、元気に反応してしまった。
「良かった!そしたらだけど、来週くらいまでにこの書類、目を通しておいてほしい。」
「えっと、これは?」
大体わかっているけど、わざととぼけてみる。
スカウトを受けている、という喜びで調子に乗ってしまっていた。
「君とトレーナー契約をしたいと思って。」
わー!来た!来た!
すごい!こんな感じなんだ!
「あなたに一目ぼれしました。一緒に、頑張ってみませんか。」
「えっ、でも、私なんかじゃ……」
自分でもワザとらしいなって思うくらい、クサい芝居だ。
でも、もう少しだけこの気持ちを味わっていたい。と、思った矢先。
「あはは、尻尾、動いてますよ。」
引き延ばしてやろうと思ったら、ツッコまれてしまった。
「あっ、これは、その。」
「ずるい言い方でごめんなさい、でもこれ、よろしくお願いします。」
諦めて、差し出されていた封筒を受け取る。
トレセン学園の校章が右下に印刷されているその茶封筒は、その色以上に輝いて見えた。

そのあとはもう、何にも手につかなくなった。早く契約書を読まなきゃって、一目散に寮に戻ってしまった。
おかげでカフェテリアを寄り忘れてご飯を食べ損ねた。お風呂に向かうころ、やっとお腹が空腹を主張してきて思い出す始末だ。
もうカフェは閉まってるし、外まで出かけてスーパー行くのは疲れたし、どうしよう……と寮のラウンジをうろうろしていた矢先、クリークさんに声をかけられた。
「あら~、イチちゃん、お腹減ってるんですか~。」
「あ、クリークさん。こんばんは。」
「お腹の虫が鳴いているの、聞いちゃいましたよ~。お夕飯、食べてないんですか?」
「はい、ちょっと嬉しいことがあって。」
「そうなんですか~?こっちに座ってお話ししましょう?」
手招きされて、二人してキッチンに椅子を運ぶ。
クリークさんがまた作っていたのだろうか、おいしそうな香りが漂っている。
「あれ、クリークさん、今日はカレーじゃないですね。」
「はい、今日はシチューですよ~。ちょうどイチちゃんの分くらいでお鍋が空くので、よかったら食べながらお話しませんか?」
「わ、ほんとですか。嬉しいです。」
「良かったです、今あっためますから、ちょっと待っててくださいね~。」
クリークさんとは朝よく話すし、味見のつまみ食いをよくさせてもらうけど、ご飯をしっかりごちそうになるのは初めてかもしれない。
キッチンに向かっているクリークさんと、背中越しにお話しする。
「本当にうれしそうですね。どんないいことがあったんですか?」
「クリークさん、実は、私にもとうとうトレーナーさんがついたんです。」
えっ、という声と尻尾がピンと伸びたと思ったら、屈んで火を弱める仕草を取っている。
そのままこちらに向き直ると、その目には涙が浮かんでいた。
どうしたのだろう、と困惑していると、ギュッと強く抱きしめられた。
寮のシャンプーじゃない匂いがする。
「おめでとうございます、良かったですね!」
「ちょ、ちょっとクリークさん、お鍋!火にかけっぱなしだよ!」
「今はイチちゃんをほめたいんです。ちょっとくらいなら大丈夫ですよ~。」
恥ずかしくて話題をそらしたかったのに、こういうところが本当に抜け目なくて、すっごいなあって思う。
クリークさんに抱きしめられながら、頭を優しく撫でられる。
キッチンなんて誰も入ってこないので、誰かに、ましてやアイツに見られてるなんてことは無いと思うけど……
まるで我が子が自転車に乗れるようになったかのように泣いている。
「今はシチューしかなくてごめんなさい、今度、お祝いのお夕飯、作ってあげますからね。」
「いや、そんな悪いですって!」
そこからパーティだなんだって話を広げたがるクリークさんを何とかなだめる。
クリークさん主催だと、絶対アイツも参加してくるからマズい。
アイツはきっと屈託のない笑顔で祝ってくれるんだろうけど、それはなんだか、イヤだ。
祝われるなら、アイツにいつか勝った時にしたい。
「イチちゃん、本当におめでとうございます。たくさんはないですけど、召し上がれ。」
「いただきます。」
クリークさんのシチューが鼻孔をくすぐる。とてもおいしそうだ。
温かいシチューを冷ましながら、一口含む。
おいしそうなんてものではなく、おいしかった。
お母さんの味、って言葉はもう何度も使われてる表現だけど、安心するような、優しい味だ。
誰かのために作ってるっていうか、食べた人の顔を想像して、大切に料理してるんだろうなっていうのが伝わってくる。
お腹が空いていたのも手伝って、スプーンの手が止まらない。
気が付けば、あっという間にお皿は空っぽになっていた。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした~。きれいに食べてくれて、うれしいです。」
ニコニコ顔のクリークさんに、手を合わせる。
「クリークさんのご飯がおいしいからです。ありがとうございました。私、後片付け手伝います。」
「今日はイチちゃんが主役なんですから、大丈夫ですよ。休んでください?」
「イヤです、そんないい子じゃないので。絶対手伝いますから。」
「そんな~。座っていてくださいよ~。今日は甘えてもいいんですよ?」
「そしたら、お皿じゃなくてお鍋のほうを洗っちゃいますよ!」
クリークさんの手から半ば奪うように、食器をつかむ。
クリークさんはちょっと困ったように、でも綺麗な笑顔で洗い物を任せてくれた。
すっかりお腹も心も満たされた私は、その日ルンルン気分で眠ることができた。

翌日、早速渡されていた契約書にオッケーのサインをして、事務室まで提出した。
なんの問題もなく受理され、理事長秘書の判が押された控えが届く。
私をスカウトしてくれたトレーナーは、新人だった。
珍しくサブトレーナーを経由してない経歴の人で、私が初めての担当と言っていた。
だからなんだ、ってわけじゃないんだけど、どうしても最初の数回はお互いに探り探りトレーニングをするような流れがあった。
ミーティング多めにして、お互いに考えを擦り合わせていった。
それからちょっと日が流れて、初めてのスピードトレーニングの日。
アップが済んだあと、ダートコースの前でトレーナーから指示をもらう。
「そしたら、トップスピードに乗せられるように走ってみて。」
「わかりました。」
「今日は最高速度を伸ばすんじゃなくて、現状のトップスピード自体を把握するって内容だから、行けないと思ったら何回でもやり直して大丈夫。」
「オッケーです。」
「準備でき次第、合図だけください。」
OKのサインをジェスチャーで送りながら、スタート地点に向かう。
フッ、と短く息を吐いて、準備する。トレーニングなのに、なんだか緊張してしまう。
アイツも、トレーナーとのトレーニングの時にはこんな感じなのかな。
トレーナーに合図をして、向こうからの返事を見る。スタートした。
1回目。スタートの踏み切りをちょっとしくじった。やり直す。
2回目。速度は乗せられたけど、まだ行ける気がした。やり直す。
3回目。さっきとあんまり変わらず、違和感が残った。やり直す。
模擬レースの時に感じた空気を再現できなかった。何かが違うと思った。
4回目に行こうと思った矢先、トレーナーから手招きされた。
「模擬レースの時と何か違いますね、何だろうか……。」
思っていることを言い当てられて、ちょっと面食らった。さすが新人とはいえ、トレーナーだ。
「はい、上手く言えないんですけど、もっと風が軽かったはずなんです。今日は重くて……。」
そういうと、トレーナーはコースのアウトフィールド側に設置してある風向計を見る。
「向かい風……っていうわけではないね。風もそれほど強くはないし。」
「まだ、やっていていいですか。」
「うん、身体に異常を感じない限り、できれば繰り返してみてほしいです。危なそうだったらNGを出すので。」
その言葉を聞いて、もう一度気合を入れなおす。

スタート地点に戻りながら、何が違うのか必死に考える。
あの時は、もっと身体が小さかったような気がする。
まさか成長期……?とか、ありえないことも考えてしまう。
いろいろ考えるけど、結局考えがまとまることは無くて、ちょっと焦る。
アイツは、こういう時はどうするんだろう。どうやって迷いを払うんだろう。
私よりも大きい本番の舞台で、こんな気持ちにならないんだろうか。
いつもボケっとしてるくせに、レースの時は急にキリっとした表情になる、ムカつくアイツ。
ご飯の時はあんなへにゃっとした顔してるくせに。
『怪物』サマの走りが脳裏に蘇る。だんだん腹が立ってきた。
なんで、あんなに速くて強いのよ。しかも葦毛なのに。走らないって、ジンクスがあるのに。
『力強いその走りは、時代を変えるだろう』なんて言われちゃってさ。
お腹の底から熱がこみ上がってくる。悔しい。
私だって、やってやるんだから。
勢いよく腕を上げて、トレーナーに合図を送る。
合図が返ってきた。
自分のタイミングで息を整えて、力いっぱい地面を蹴った。

飛び出して加速するさなか、疑問が頭をよぎる。
私は、いったいどんな風に呼ばれるんだろう?
知っている名前が、頭の中を流れゆく。
『怪物』。芝を根っこから引きはがして、消えない足跡を土に残す。
『猟犬』。最後方で出遅れたかと思わせたら、獲物を捉えて追い込むのは雷鳴のごとく。
『高速』。大きい身体から溢れる、無限のスタミナで練り上げる速度と一貫した戦略。
流れる風景を感じながら、加速を試みる。
私は、怪物ほど力強いだろうか。
私は、猟犬ほど素早いだろうか。
私は、高速となり得るだろうか。
それとも、何とも呼ばれないまま、終わってしまうのだろうか。
アイツの見る風景は、こんなものじゃないんだろう。
アイツはきっと、最大限、力を出す方法を知っているんだろう。
速度とは裏腹に、自分の頭はどんどん霧がかっていく。
脚で必死にもがく。土の上を、一生懸命搔き分ける。
練習ですら100%の力を出せなくて、本番で出せるわけがない。
模擬レースで1位をたまたま取れて、見てくれてたトレーナーがたまたまいて、それだけだ。
悔しい、悔しい!
もっと、もっと速く!
この考えを振り払いたい。
一度何かを考え始めると、脳に疲れが回っていって、より遅さが際立って感じられる。
ふと、隣でアイツが走っているような気がする。想像の中でも、アイツは速かった。
いつも横から覗き込んでみるアイツの顔とは打って変わって、真剣な、勝利を目指した目だった。
目が、耳が、葦毛の後ろ髪が、どんどん離れていく。
どうして、こんなに力いっぱい走っているのに、どうして私はアイツに追いつけないんだ。
行くな、待って、待て!
ああ、正面からくる風がマジでウザい。これのせいで遅くなる。
これに当たらないように、走る!
私だって、アイツに追いつけるんだから!

「ハイ、そこまで!」
ゴール地点のトレーナーの前を過ぎて、指示が聞こえた。
脚を止めて、息を胸いっぱいに吸い込む。冷たくなった空気が体を冷やす。
すっかり長くなった影が映るトラックに、たくさんの声が響いている。
疲れた。前までの3回の走りでは感じられなかった疲労感だった。
トレーナーがタオルと水筒を持って近づいてくる。
『ベストな結果は出せましたか』と聞こうと思ったけど、口からはヒュー、と息が漏れるだけで、声にならない音が出るだけだった。
「無理に声を出そうとしないでください、すごい気迫でしたよ。」
返事をしたかったけど、息しか漏れない。
水筒を受け取って、流し込む。
冷たい水が喉を伝うとともに、1:1で指導をしてもらえることの喜びが湧き上がってくる。
私、何かに届くかもしれない。
そう思っていると、トレーナーさんが口を開いた。
「最後のラップ、すごかったですよ。この間の模擬レースで見せた上り3ハロンのタイムを少し上回っています。」
へへ、やった。
「走り方のフォームが変わっていました。あの走り方なら、次の未勝利戦は問題ないと思います。」
水を飲みながらうなずく。私も、何か違うと感じていた。
ごくごくと水筒の半分以上を一息に流し込んだ時、トレーナーが独り言のようにつぶやいた。
「まるで、オグリキャップみたいだった……。」
急に聞こえた単語に、んぐっ、と食道が閉じた感覚がした。
行き場を失った水が、肺に流れ込もうとする。気道がそれを拒む。
その結果、マーライオンよろしく、水を吹き出してしまった。幸い、トレーナーのいる方向からは避けることができた。
それを見てトレーナーがワッと飛びのく。
「あ、アンタ、何言ってんの!?」
トレーナーに礼儀も忘れて、すかさず噛みつく。きちんと声で抗議することができるくらいには回復していたみたい。
「なんで私が、アイツみたいだって言うのよ!」
「えっ、いや、だって似てたんですって!」
「どこがよ!私はアイツに勝つために……!」
トレーナーのジャージを掴んで揺さぶる。
「姿勢!姿勢が低かったんです!すごく低くて、足首の使い方も上手で、土の蹴り上がる量が~!」
ウマ娘の力で思いっきり揺さぶられたトレーナーは、声を出すこともままならず、首が前後にガクガクと倒れてしまっている。
しまった、やりすぎた、と思って手を離す。
教官たちの集団指導の時には、ウマ娘同士でしかほとんどつるまないから力加減を忘れてしまった。
「ご、ごめん、大丈夫?」
「ええ、こういうのは、慣れてますから……。」
「慣れてるって、私が初めての担当なんでしょ、はい、水飲んで。」
そういって水筒を差し出すと、手で遮られた。
「いや、大丈夫ですから……。」
またやってしまった、と顔が赤くなる。しまった。
ふらつきながら、トレーナーが笑う。
「ふふ、でも、オグリキャップさんが目標なんですね。」
「何よ、私じゃアイツには追いつけないって言うの。」
「いや、追いつけますよ。」
「えっ、今なんて。」
「大丈夫、時間はかかるかもしれませんが、追いつけると思いますよ。あなたならできる。」
ふらついてるから真っすぐとは言えないけど、目を見ながらそう言われて、少し恥ずかしくなる。
それと同時に、ふつふつと自信も湧いてきた。
そっか、私、やれるかもしれない。
「ダンスもすごく上手ですし、規模はわからないですが、人気は必ず出ます。」
「ほ、本当?」
「本当です。早速、2週間後のの未勝利戦に出走登録しましょう。そこでメイクデビュー……を……。」
そういうと、トレーナーはコマのように地面に倒れこんだ。
慌てて駆け寄って、水筒の水をタオルにかけて頭を冷やしてやる。
漫画みたいに目を回してる顔を見ながら、グッと決意する。
アイツに追いつくために、まずは、未勝利戦を取るところからだ。
残りあと二週間。今まで燃えてこなかった熱が、私の中に芽生えるのを感じた。

了

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2つ目(≫140~146)

二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 03:34:15

鳥の声といっしょに目が覚める。
良く寝込んでしまったのか、少し重く感じる上半身を、ぐっと力を込めて起こす。
寮のベッドと違って、敷布団越しに感じる畳の感触。
いつも学園で過ごす朝より聞こえる、たくさんの寝息。縁側のほうから差す空の薄明りが、不思議な浮遊感を作り出す。
ちょっと冷え込むけど、安心できる空間。
充電してるスマホをコードから抜いて、周りの家族を起こさないように、ゆっくり立ち上がって障子が貼られた戸を引く。
縁側に出て、冷えた空気を吸いながら上に伸びる。一緒に、深呼吸。
冷たい空気が身体の外と中を通って、目がぱっちり覚めた。
窓の外を見やると、飼ってるわけではないけど庭に居座ってる家ネコもどきが、「腹が減ったぞ」と言わんばかりにこちらを向いている。
茶色のトラ柄だから、ちゃとら、っていう名前だ。
おばあちゃんが動物好きで、餌付けしてしまったのが始まりらしい。
一日三回、ご飯の時だけ現れて、その後どこへなりと消えるらしい。もう去勢までしてしまってるっていうんだから末恐ろしい。
みんなのんきなもんだなあ、と伸びをしながら思う。
私はちゃとらにとってヨソモノだから、全くなついていない。
ここに帰ってきたときには、すごい勢いで逃げられてしまった。
お前はいったいこれから何をしてくるんだ、と私に目を向けて離さない。
そんな睨まなくたっていーじゃない。とちょっと睨み返す。あんまり効いて無いようだった。
ハイハイごめんね、と退散するようにリビングへ足を向ける。
みんなを起こしたくないから静かに歩く。
すると、寒くて乾燥してるのもあってか、ギシッ、ギシッ、と床と柱が音を立てる。
正直、ボロいと言えばボロい。見たことないひいおばあちゃんのころからある家だし。
でも、よく言えば古民家で、とても風情がある。
木造平屋の、でっかい一軒家。イマドキ信じらんない家だ。
最近はこの辺も開発が進んで、今風のきれいな一軒家とかマンションが建ったりしてるけど、この家だけは昔ながらの風景を保ってる。
トレセン学園とその周りにすっかり慣れた私には、タイムスリップしたような空気と風景が心地よい。
ふっ、と仏間からお線香の香りがした。もう誰か起きだしているみたい。
通りがかってみると、まだお線香に火が灯っている。
簡単に手だけ合わせて、リビングへ向かった。
客間とお母さんのお父さんの部屋の間を通って、冷たい廊下を渡ったところにある扉を静かに開ける。
あったかい空気が顔を伝ってくる。
それと一緒に、コンロが火を焚いている音と、お出汁の香りが鼻孔をくすぐる。
部屋に入ってみると、お母さんが早く起きだして、朝支度をしていた。
後ろから声をかける。
「おはよう、お母さん。」
「えっ、あらワンちゃん、おはよ。どうしたの。」
「どうしたのって何、ひどいじゃん。」
「ワンちゃんがこんな時間に起きてくるイメージがないから、誰かと思ってびっくりしちゃった。」
「えー、早起きできるよくできた娘じゃん。」
「いやいや、私がワンちゃんを起こすためにどれだけの睡眠時間を犠牲にしたか……。」
全く好き勝手言ってくれちゃう。
椅子に腰かけながら、お母さんが火をかけているお鍋を指さして、聞く。
「それ、お雑煮の?」
そうよ、とお母さんが答えると、ああ、と言ってお鍋を回してた手を止め、こちらに向き直る。
「あけましておめでとうございます。」
「あっ、おめでとうございます。」
「ワンちゃんが学園で活躍できますように。」
「ありがと、頑張る。お母さんも健康で過ごしてね。」
「任しときなさい、あと、今日みたいにちゃんと朝早く起き続けられますように……。」
ナムナム……と手を合わせてワケ分かんないことをつぶやいてる。
ひどい、と言ってむくれてみるけど、菜箸にもかからないと言った様子で、流された。
温かい部屋と、お出汁の香りと、お母さんの後ろ姿。
そんなとんでもなく長い時間家を離れていたわけでもないのに、なんだかとても印象的に映った。
ちょっとエモいな、って思って写真を撮る。
「何、写真なんか撮ってー。」
シャッター音に気付いたお母さんが言う。
「いや、いい風景だな~、って。」
「変なところに写真、あげないでよ?」
あげるところがないってば、と返しながら撮った写真を流し見る。
こうして撮ってみると、結構いい風景だなと思う。
ただ、お母さんが動いたせいか、ブレててエモさが半減していた。
台所を右に左に動くお母さんを目で見て、声をかける。
「ねえ、手伝おうか。」
すると、えっ、というお餅を喉につっかえたような声がする。
「今、手伝うって言った?」
「うん。ネギくらい刻もうか。」
「うっそ~!ほんとに?包丁の握り方わかる?」
ちょっと小バ鹿にされたような気がしたので、ムッとしながら席を立つ。
お鍋のほうにお母さんが立ってる隙に、まな板の前に立って包丁を取り出す。
寮のと違って、刃が薄くて軽い。すごく握りやすい。
あっ、と心配そうな声を出すお母さんをスルーして、おいてある薬味ネギの袋を刃先で切り、中身を取り出す。
こうなったらあとはスピードと手際で圧倒してやる、って決めた。
蛇口から細くお水を出して、サッと洗う。
乾いたふきんでまな板と包丁の水気を取る。そのまま、ネギの根元を小さく切り落とす。
一本のネギの長さを3等分くらいに切り揃える。
そのまま冷蔵庫のマグネットにたくさんぶら下げてある輪ゴムを一個取って、3等分したネギがばらけないように一つにまとめる。
トントン、トントンとリズムよく小口切りにする。輪ゴムの近くまで来たら、ゴムをずらしてまた刻む。
あっという間に一本分が終わった。お皿に移しておいて、次も同じように取りかかる。
包丁の音と、ガスコンロの火が燃える音が響く。それらの音を聞きながら、三本分を切り終える。
最後の分をお皿に移して、包丁とまな板を水で流す。
全部済ませて、お母さんのほうに向きなおった。
お母さんは、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「ワンちゃん、どこでそんなの身につけたの……」
「学園でちょっとね。」
実は全部、クリークさんから教えてもらったテクニックだ。
『ゴムでまとめると時間も場所も節約できるし、ばらけないから手間も減るんですよ~』って。
「道具の水気をちゃんとふき取って、タッパーの底にキッチンペーパーを引くと三日くらいなら保つんだよ。」
ふふん、と胸を張る。これもクリークさんに教えてもらったやつなのは、ナイショ。
お母さんはそうなの……って言いながら感心している様子だ。
「学園で料理をするの?」
「うん、まあ。料理好きの友達もいるからさ、すごい勉強になるよ。」
「どうしてまた突然、料理なんて……。」
理由を聞かれて、背中を汗が伝う。
ちょっと言いにくいし、絶対怒られるので、ドヤ顔しながら聞こえなかったふりをする。
すると突然、あッ、とお母さんが大きな声を出す。思わず尻尾と耳がピンと立った。
見開いた目でこちらを見るお母さんが、口を開いた。
「彼氏でもできたんでしょ!」
「はっ?」
突拍子もない言葉に、私が間抜けみたいな声を出してしまった。
混乱してる自分をよそに、お母さんがまくしたてる。
「え、トレセン学園って男の子いないよね。まさか、トレーナーさんとか?」
「え、あ、いやいや、トレーナーさんはそんなんじゃないっていうか。」
「ああそうよね、女性かもしれないものね……。いやでも、女性でも全ッ然、私は応援するから。」
「はっ?」
何を言っているんだ、うちの親は。
ますます混乱する自分を差し置いて、どんどん話が逃げていく。
「誰かステキな先輩でもいるの?」
「いや、先輩たちとはあんまり絡みがないからわかんないけど。」
「なんだもう、結構ちゃんと学園生活、楽しんでるみたいじゃない。」
つい暗くなっちゃってるかと思ったわあ、なんて勝手に自己完結して安心されている。
いけない、このまま適当に話を走らせるとまとまらなくなる。
何とか料理のほうに話をもっていかないと、と思った矢先、とんでもないことを言い出した。
「葦毛のコって、人気っていうものねえ。」
まず、最初に顔が熱くなった。と思う。
その次に、指先。足先も熱くなったと思う。
最後に、胸とお腹が熱くなった。
「なななな、なにを言ってんの!バ鹿じゃないの?!」
勝手に脳裏に浮かんでくる、葦毛のウマ娘の顔。
葦毛のウマ娘なんて、テレビでもそこそこたくさん見る。
でも、その時私の脳裏には、ある一人だけの、にっくいアイツの顔だけしか、浮かんでこなかった。
「バ鹿とは何よ、親に向かって!ワンちゃんの行く末を考えてあげてるんじゃないの。」
「な、な、なっ。」
「学校にもいるんでしょ、葦毛の子。最近はすごく強い子も出てきてるじゃない。」
えーと、確か……とか言って、考え込む仕草をしている。
ダメだ、名前まで出されたくない!
よくわかんないけど、名前を出されたら終わる!私の中の何かが終わる!
「お、お母さん!」
早朝なのも忘れて、大きな声を出す。
驚いたように、お母さんがこちらを見る。
「はやく、ごはんの準備しちゃおうよ!お雑煮だけじゃないんでしょ!」
何とか気をそらそうとする。
お母さんは呆気にとられたような顔を少しして、そうね、と言ってお鍋に向き直る。
後ろから見える肩が、上下に震えているように見えるのは気のせいだろうか。いや、絶対面白がってる。
頭を空っぽにしたくて、私もまな板と包丁の前に立つ。
こんな頭で刃物を握ったら危ない。落ち着くためにグラスにお水を入れて、グッと一気飲みする。
冷たいお水が喉を通って、身体を冷やす。
ふう、と息をついていると、ぬっ、とお母さんが顔を寄せてきた。
「ワンちゃん、次に何切ればいいか、何にもわかってないでしょ。」
「わっ、何、もう!」
急に人の体温が近くなって、びっくりしてしまった。
ツボに入ったのか、お母さんが隠さないで笑うようになった。
「ふふふふ、次はね、カマボコお願いね。冷蔵庫に入ってるから。ふふ。」
「うーっ、もう!わかったから!」
なに、もうプリプリしちゃって。と後ろから聞こえたような気がする。
キッとにらみつけるつもりで振り向いても、お母さんはお鍋のほうを向いていた。
また暖まった体温を感じながら、冷蔵庫から綺麗な包装がされたカマボコを取り出す。
包装をはがしていると、お母さんから話しかけられた。
「ふふ、ワンちゃん、お雑煮の盛り付け方知ってる?」
「お餅を先にして、手前に椎茸とカマボコ、一番手前に菜の花いれて、最後にお出汁でしょ!」
「ハイ正解。やるじゃない。大好きなあの人の前でも安心ねえ。」
もう!何だって言うのよ!
お出汁みたいに湯だった頭では、包装はまるではがせなかった。

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Part4

1つ目(≫39~51)

二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 02:49:38
「はい!そこまでにしてください。今日は終わりましょう。」
一番太陽が高く達する時間に、トレーナーの号令がかかる。
熱がこもった脚を止めて、飲み物をあおるように飲む。
調整の意味合いが強い、土曜日の午前錬。
「ふくらはぎは大丈夫そうですか。」
「はい、痛みとかは特にないです。月曜日からはいつものメニューで大丈夫だと思います。」
「良かった、ちょっと心配だったので。」
そういって、トレーナーが笑う。ちょっとへにゃっとした笑顔がかわいい人だ。
そんな顔してるのに、見るとこしっかり見てるんだから、やっぱりトレーナーなんだな、って思う。
「次のトレーニングがどんな予定とか、決まってますか。」
「併走トレをお願いしてます。相手ですけど、きっと驚きますよ。」
ニヤっとトレーナーが笑って、こちらを見る。こういう悪役みたいな顔、似合わないなあ。
「誰なんですか?」
「なんと、ついこの間トゥインクルシリーズを卒業した、クロガネトキノコエさんです!
名前を聞いて、一瞬、頭の中が空っぽになる。
そのあと押し寄せてくる衝撃が、私の理解の限界を超えた。
「えーーーーーーっ!あの!?」
私の反応を見て、トレーナーが嬉しそうな顔をする。
「そうです!併走トレ依頼を出したところ、相手方のトレーナーさんからもOKがでました。」
「そ、そんなダートの王者さんが、なんで私と……?」
「なんでも、今の私の役割は後進の育成だって言って、クロガネさん自身がぜひ、って。」
クロガネさんと言えば去年の帝王賞・東京大賞典を揃って優勝した、『鉄人』だ。
人気が薄いと言われるダート界で、初めて公式でカウントされたファン数が30万人を超えたことで、人気の火付け役になっている。
そんな偉大なウマ娘と走れるなんて、夢にも思ってなかった。
「わ、私で務まりますかね……?」
「どうして併せてもらう側が心配するんですか。そう緊張せず、全力でぶつかってください。」
私の返事がおかしかったのか、笑いながらトレーナーが言う。
「は、はい。頑張ります……。」
モヤモヤと考え込む自分をよそに、トレーナーから解散の指示が出る。
お疲れ様でした、と言って、浮ついた足取りでロッカールームに向かった。

シャワーで汗と泥を落とす。パリパリに乾いた土が流されて、汚れが落ちていく。
冷たい水で流す派の子が多いけど、私はあったかいお湯のシャワーのほうが嬉しい。
身体と髪を流したら、尻尾の汚れを手でもみながら洗っていく。
石鹸を手のひらにとって、泡立てる。
シャワー室の床に落ちる、黒く濁った水がだんだんと透明になる。この瞬間が気持ちいい。
ご飯をといでるときの感じに似ているのかな。あっちは手が冷たくてしんどい時もあるけど。
全部済んだら、身体を拭いて、ドライヤーで尻尾までしっかり乾かして、着替える。
お昼の時間も過ぎて、お腹が限界だって叫びをあげる。
なーに食べよっかな、とのんきな気持ちでロッカールームを出ると、目の前に見慣れた顔の、葦毛のアイツが立っていた。
「やあ、おつかれさま。午前練だったのか。」
「ああ、うん。」
「そうか、お疲れ様。」
それを言ったっきり、私たちの間を沈黙が流れる。
えっ、これで終わり?
通りかかったって感じでもないのに、何だったんだろう。
じゃあ、と言って脇を通り過ぎようと思ったら、カニみたいに横移動して、道をふさいでくる。
お互い同じ方向に進んでしまったか、と思って避けようと反対側に足を向けたら、同じようにふさいできた。
二回、三回、四回。
何度避けてもブロックしてくる。
「もーっ、何!」
「す、すまない、だが、この後は空いているだろうか。」
「お腹減ってるからご飯食べたいの!」
「お腹が減っているのか!それは良かった。それで、この後は空いているか。」
じっとこっちの目を見ながら、ずっと聞いてくる。
それがなんだかムカッと来てしまった。
「だから、ご飯を食べるんだってば!」
「うん、実は私もお腹が減っているんだ。」
「オグリはいつでもお腹減ってるじゃん!」
「そうだ。だから、ちょうどいいと思ったんだ。」
何!?なんなの!
会話がイマイチ成立していない気がしてくる。
声を張り上げたせいか、お腹からもグゥと抗議の声が上がる。恥ずかしい。
それを聞いたオグリが、耳を動かしながら、キリッとした顔で手を差し出した。
「お腹が減っているなら、ついてきてくれ。」
無下に断るのも悪かったので、黙ってついていく。
心なしか、足取りがちょっと軽そうに見える。フンスフンスと気合が入っているようにも見える。
揺れる葦毛の髪の毛の先は、どう考えても寮の方向だった。
ついていくも何も、私もそっちに一回帰る予定だったんだけど……
用件を聞いても、「すぐわかる」と言って教えてくれない。
どんどん体力が削がれて、お腹の抗議の声がデモに変わってくる。もうちょっとだけこらえてね……
すると、オグリが顔半分だけ振り返って聞いてくる。
「イチは、カレーは好きか?」
「そりゃ、好きですけど……よくクリークさんが作ってますし。」
「そうか!それは良かった。うん、分かるぞ。カレーはおいしいからな。」
そう言って、会話が終わる。なんなの!
カレーという暴力的な言葉のせいで、また空腹感が強くなる。鳴るな、鳴らないで……
そんな思いとは裏腹に、グゥとお腹が弱音を上げる。
聞こえてしまったのか、ふふっと笑う声がする。
「何ですか、そんなにお腹が鳴るのおかしいですかっ。」
「いや、いつもはイチからお弁当をもらってばかりだから、イチもお腹が空くんだなと思ったんだ。」
「そりゃ、お腹は減りますよ。」
「トレーニング後だからな。すまない。もう少しなんだ。」
だから何がですか、っていう言葉をぐっと飲み込む。
寮が近づいてくる。心なしか、いい香りがする。
オグリも気づいたのか、尻尾が揺れ始めていた。
寮の玄関の前には、これまた葦毛の、ちょっと小さい先輩ウマ娘が、仁王立ちしていた。
こちらに気付いたのか、片手をあげてきた。
「おーっ朝練お疲れさん!なんや、まだ髪の毛ちょっと濡らしとるやんけ。」
「タマモ先輩、お疲れ様です。」
「待たせてしまってすまない、タマ。」
オグリの同室で、『猟犬』『白い稲妻』と呼ばれている、タマモクロス先輩だ。
オグリの後ろで、軽く会釈する。
「ホンマやで、もう1年くらい待っとったからお腹ペコペコや。」
「そ、そんなはずはない!頼んだのは一昨日だから、そんなに長くないはずだ。」
「そんなこた分かっとんねん、ええからはよ中入ろ。」
先輩から手招きされて、寮に入る。
玄関を抜けて廊下を渡って、共用ラウンジが近くなるにつれて、いい香りがどんどん強くなるのを感じる。
コンソメとたくさんのお野菜、それとご飯の炊ける香り。
これはカレーだ、と確信した。寮でカレーはおろか料理をする人なんて、ほとんど一人しかいない。
なんだか、話がだんだん見えてきたような気がする。
理解が及んできたからか、お腹が安心したようにグゥと鳴る。鳴らないでってば。
「なんや、めっさ腹減っとるやんけ。」
「そうなんだ、ここに来る間も、ずっとイチのお腹から音がしていたんだ。」
「ちょっと、ずっとじゃないってば。」
「鳴ってたのは否定しないんかい!」
それに返事するかのように、またグゥと鳴る。
「おー可哀そうになあ。もう少しやからこらえてな~。」
タマモ先輩が私のお腹に向かって声をかける。
ただでさえ恥ずかしいのに、コイツの前で鳴るって言うのが輪をかけて良くない。
もう少しこらえてね、もうちょっとで、すごいおいしいカレーにありつけるから。
私も一緒になだめる。もう少しだから、もう恥をかかせないで……
「ほい、お待ちどうさん!」
いい香りが詰まったラウンジに、タマモ先輩が開けてくれた扉を通った。

一番大きいダイニングテーブルに、大小それぞれな深皿がきれいに並べられていた。
その横には、銀色に輝く大きいスプーン。
「おっ、やっと来たかい!」
良く通る快活な声が響く。
椅子に片足乗せて座っていたウマ娘が、待ってましたとばかりに膝をポンと叩いて、椅子を飛び降りた。
「おうい、もうついじまっていいぞ!」
「はあい、分かりました~。」
キッチンからは、もう一人。毎朝お世話になってる、クリークさんの声だ。
「おうイナリ、待たせたなあ。」
「べらぼうに腹が減っちまって、もう腹と背の皮がくっついちまうところだったぜ。」
イナリさんだ。思い出せないところだった。会釈しながら、心の中で謝る。
「おう、お疲れさん。ほれ、とっとと座った座った。」
イナリさんから促されて席に座る。
「あの、これは一体……?」
「なんだオグリ、なんも言っとらんのかい。」
「ああ。だが、カレーは好きだと言っていたぞ。」
「言わなきゃアカンのはそこちゃうねん!」
「何っ!そうだったのか。」
オグリの小ボケを聞いていると、いい香りと一緒に、クリークさんの声がした。
「今日は、みんなでお昼ご飯を食べましょうって相談していたんですよ~。」
クリークさんの手には、山盛りになったカレー。オグリが、おお、と感動したような声を上げる。
それを見て、パッと身体が動いた。
自分の目の前にあるお皿を手に取って、席を立つ。
「わっ、大丈夫ですか。手伝いますよ。」
「ありがとうございます、でも大丈夫ですから、いい子で待っててくださいね~。」
「いや、悪い子ですから、クリークさんを手伝います。」
そんな、大丈夫ですよって言うクリークさんの脇をすり抜けて、キッチンに入る。
クリークさんの使うキッチンは、とてもきれいだ。
吹きこぼれなんて絶対起こさないし、どういうわけか、炒め物の油跳ねも見たことが無い。
後ろからお皿を持ったクリークさんが入ってきた。
「イチちゃん、トレーニングの後なんですから、待っててもいいんですよ。」
「ご馳走になるんですから、座ってなんかいられませんよ。」
「そんなあ。それなら、好きなだけ盛ってくださいね~。」
「いいんですか、たくさん食べちゃいますよ?」
ちょっと吹っ掛けてみる。たくさん食べる、って言うと、クリークさんはキラキラした笑顔になるからだ。
業務用のお釜にたっぷり入ったご飯をついで、カレーをこれでもかってくらいにかける。
にんじん、ジャガイモ、玉ねぎと、お肉は鶏肉だ。
「お肉、鶏なんですね。」
「そうなんです、牛肉か豚肉にすると、タマちゃんとイナリちゃんの間でケンカしちゃうので……。」
なるほど。その手の問題は深刻だ。
自分のカレーを側において、クリークさんのお皿を受け取ろうとする。
「えっ、イチちゃん、そこまでしなくて大丈夫ですよ~。」
「それこそ大丈夫ですから!これ、クリークさんのですか?」
「タマちゃんのです。ありがとうございます~。」
「タマモ先輩ってそんなに食べないって噂ですけど、本当ですか?」
「そうですね。そのお皿と同じくらいの量で盛ってください。」
オグリとライバルで、同じ葦毛で、同じくらい強いのに、対照的だ。
二人分のカレー皿を手に、クリークさんにバトンタッチする。
「おーっ、すまんなイチ、おおきに。」
「タマモ先輩、これだけで本当にいいんですか?」
「かまへん、今日は休みやし、もともとそんな食べられへんねん。」
隣のオグリと比較するととんでもなく少なめに見える。
イナリさんと自分の分を持ったクリークさんが戻ってきて、全員の分がそろう。
タマモ先輩がぐるっと周りを見て、声をかける。
「ほんなら、食べよか。いただきます。」
「はい、いっぱい食べてくださいね。」
私もお腹が限界だ。手を合わせて、ご馳走になることにした。
考えてみたら、オグリのご飯を食べるところを近くで見たことがなかった気がする。
毎朝お弁当をパクパクしてるところは見るけど、食事をちゃんとしてるところは知らなかった。
噂には聞いていたから、さぞすごいものなんだろうな、とは思っていた。
その実態は、何か大食いショーでも見てるんじゃないか?ってくらいのものだった。
クリークさんの作った、山のように盛られたおいしいカレーが、とてつもない勢いで消えていく。
「いつ見てもすごいもんやなあ。」
「全く信じらんねぇなあ。どこに消えてんだ?」
「そりゃイナリ、宇宙の彼方に決まっとるやろ。」
「うふふ、いっぱい食べてくださいね~。」
3人の会話も差し置いて、オグリはすっかり、目の前のご馳走に夢中なようだ。
みるみる内にカレーがお皿から消えて、陶磁のお皿の底が見える。
オグリが空になったお皿を手に、クリークさんへ目配せして、言う。
「おかわり。」
はぁーい、とクリークさんが嬉しそうにお皿を受け取り、パタパタとキッチンへ消えていった。
なんだかそのやりとりが、ちょっとうらやましくなってしまった。
いつも一つのお弁当しか差し入れられない私は、オグリの「おかわり」に応えたことがない。
コイツ、みんなで食卓を囲んでるときは、こんな顔するんだ。
コイツの「おかわり」って言葉は、こんなにあったかくて素直で、可愛らしいんだな。
当たり前だけど、いきなり渡された弁当を食べるよりも、みんなでご飯食べてるほうが楽しいのかな。
ちょっと濁ってきた心境を晴らすために、お水の入ったコップを口に運ぶ。
二人で一緒に食べてるわけじゃなくて、私は嫌いなもの探してるだけだし。なんなら悪意の塊だ。
オグリとタマモ先輩、イナリさん、クリークさんは善意で誘ってくれたのに。
そう思うと、みんなで一緒に席を囲むのが、なんだかいたたまれなくなってしまった。
皆の楽しそうなご飯の後の会話すらも、勝手にトゲトゲしたものに聞こえてくる。
食べ終わったお皿を洗って、席を立とう。
そう思った矢先、タマモ先輩が口を開いた。
「どやオグリ、毎朝の愛妻弁当抜きのお昼やからウマいやろ。」
その言葉に、ぐっ、と喉が水を拒む仕草をした。
言葉を挟む間もなく、二人の会話が続いていく。
「おいおい、なんでえその愛妻弁当っちゅうのは。」
「イナリ知らんのかい!これは言うなれば根も葉もない噂っちゅうやつやけどな、オグリには朝しか会えん通い妻がおんねん。」
「何言ってやんだ、するってぇと、すっかりオグリにとーんときちまってるヤツがいるってことかい。」
「せやでー、ええ話よなあ。」
「ちょっと待った、誰もその通い妻ってのは見たことが無いのか?」
「せや。オグリが起きだす時間じゃないと見れないから、誰も姿を確認してないらしいねん。」
タマモ先輩とイナリさんって噂話とかしない人かと思ってたけど、そこはやっぱり女子学生らしい
オグリがこちらを見てくる。
やめてオグリ、こっちを見ないで。視線だけは合わせないようにして先輩たちを見る。
「やっぱりお弁当無いと足りへんか、オグリ。」
「そうだな。お休みの日はカフェテリアの朝ごはんもちょっと量が少ないから、お昼が待ち遠しい。」
「そっちのイチは、オグリの通い妻についてなんか知らん?」
はい私です、なんて言えるわけもない。
ヤバい、さっきの気持ちも合わせて早く逃げたい、と思って空になったお皿を手に取ったその時。
「ああタマ、それはイチだぞ。」
すると、予期していた通り、やっぱり葦毛の怪物サマが、やらかしてくれた。
「はっ?」
タマモ先輩が、『素っ頓狂』ってこういうことなんだ、というくらいにお手本みたいな声を上げる。
イナリさんがぶーっと水を吹き出した。何さらしてけっかんねん!ってタマモ先輩が笑っている。
「うん。イチだぞ。通い妻なんて言われているのは、なんだか恥ずかしいな……。」
オグリが手で後ろ頭を押さえながら、顔を赤らめる。アンタが恥ずかしがるところはどこにもないでしょ!
「えっ、ホンマなん?」
「いや、仲がいいとは思ってたが、そこまでとはねぇ……。」
「オグリに合わせて朝起きるん、相当大変やろ。」
「茹でダコみたいな顔しちまって。よぅオグリ、いつも何を食べさせてもらってるんだい。」
なんで私に聞かないの!?
口を挟もうとしたよりも早く、オグリが答えた。
「イチはいつも、野菜中心なんだ。」
ちょっと待って。
「ブロッコリーとかアスパラガスとか、この間は地元のトウモロコシを使った料理だった。」
トウモロコシじゃなくてスイートコーン!
「カフェテリアでは食べれないような、酸っぱいものとかも入っているんだ。」
それは、アンタが嫌いだろうからって思って。
「他にもたくさん作ってくれるんだが、イチがいつも作ってくれるお弁当は……すごく美味しいんだ。」
そんなタメを作って言うようなことじゃないでしょ!
「かーっ、これはたまんねぇなぁ~!」
「アカン、ウチのほうが顔赤うなってきた……。」
「オグリはなんでも食べっちまうからなあ、確かになあ。」
「ウチのチビ達なんか、ウチが泣いて頼んだってブロッコリーもアスパラも食べへんのに……。」
「酸っぱいもんはあんまり好かねえけど、気付けとして朝にはいいかもなあ。なるほどなあ。」
ちょっとイナリさん、勝手にいろいろと納得するのやめて……
そこには複雑な事情がありまして、なんて説明したら軽蔑の的だろうし。
どう弁明したものかと考えてるうちに、オグリはどんどん走って行ってしまう。
「味も美味しいしバランスもいい……ああ、それに。」
「おっ、なんやなんや。」
「イチのお弁当からは、温かい気持ちが感じられるんだ。」
な、何を言い出してるんだアンタは。
「うん。二人にも食べてほしいくらいだ。あんなにいいものを、一日の初めに独り占めできる私は、とても幸せ者なんだ。」
そんなクサい言葉を、生きている内に耳で聞くことになるとは全く思っていなかった。
タマモ先輩はアッハッハとお腹を抱えて笑ってしまっているし、イナリさんはこりゃあ参ったねえ……とかイミわかんないこと言ってくる。
こんなんじゃ、まるで私がオグリのことを……いや、言いたくない!
オグリをキッとにらみつけても、いつもありがとう、とか言って、頭を下げてくる。
どうしよう。何とかこの誤解を解かないと。
クリークさんがカレーのお代わりを持って戻ってくる。
顔を真っ赤にした私たちを見て、疑問に思ったみたい。
「あら~?みんなそんなに顔を赤くして、どうしたんですか~?」
「いやちょっとな、夫婦漫才について語っとったんや。」
「夫婦漫才、ですか?」
「そうだぜクリーク、ここにいる二人は負いねえ仲ってわけよ。」
「あっ、もしかして、お弁当のことですか~?」
クリークさん、いつも要領のいいすごい人だと思ってたけど、こんなところで察し良くならないでほしい。
「イチちゃん、毎朝頑張ってますもんね~。」
「なんでえクリーク、良く知ってそうじゃねえか。」
「はい。だって、いつも一緒にお弁当作ってますから~。」
信頼のおける証人の証言に、印象が揺るぎないものとなってしまった。
とどめの一撃って、こういう感じなんだなって思った。
クリークさんがこちらを見ながら、ふふふ、って悪役みたいな笑い方をしてる。
「イチ、顔が赤いぞ……。体調でも悪いのか?大丈夫か?」
オグリが目の前のカレーにがっつかず、こちらを心配してくる。それもおかしかったみたいだ。
タマモ先輩はひっくり返っちゃうし、イナリさんはなんかきれいな目で遠くを見てるし、クリークさんは優しい目を向けてくる。
判決が下ってしまった以上、逃げなきゃいけないと思った私は、空になった全員分のお皿とスプーンを素早くまとめる。
「あの、お皿洗ってきます!」
「おうおう、神妙にしなあ!まだ話は終わってねえぞ!」
「いやイナリ、行かせてやろうや。こっちが悪う思えてきた。」
「え~、大丈夫ですよイチちゃん、私たちに任せて休んでください。」
オグリも何かモゴモゴ言ってたと思うけど、全部無視してキッチンに飛び込む。
水道から出したお水は、カレーを食べた後だから、って理由では説明しきれないほど、冷たくて気持ちよかった。

オグリが山盛りにされたカレーを食べ終わるのに、そんな時間はかからなかったようだ。
テーブルのほうはクリークさんが済ませてくれてるみたいで、オグリが空になったお皿を自分で持ち込んできた。
パッとひったくって、洗い物にかける。
「あの、イチ……。」
「何。」
「すまない、怒っているだろうか。」
「別に、怒ってない。」
「他の皆には言わないようにお願いしておいた。大丈夫、タマたちは口が堅い。」
広まってたまるもんですか。オグリのスプーンをスポンジで擦る。
「今日のお昼も、私が提案したんだ。いつももらってばかりだから、何かお返しできないか、と……。」
「そうなんだ。」
「結局クリークが全部一人で作ってしまったんだが……。イチが喜んでくれたら、私も嬉しい。」
あーもう、なんでそんな恥ずかしいセリフ、ポンポン言えるかな。
あんまり言いすぎると、そのうちヒーローだアイドルだって枠を超えて、いつまでも覚えられちゃうような、スターになるよ、アンタ。
「うん、嬉しかったしおいしかった。」
「そ、そうか!良かった。」
後ろを見なくても、オグリの耳と尻尾が跳ねたのが分かる。
「いつもありがとう、イチ。」
スプーンとお皿をふきんで軽く水気を取って、水切りカゴに移す。後ろを振り向かず、オグリに言う。
「ポロっと余計な事いったの、許さないからね。」
「そ、それは……すまない。悪かったと思う。」
「明日のお弁当、楽しみにしてなさいよ。」
オグリが、えっ、と声を上げる。
「明日は日曜日だぞ。」
「お返し。いつも通り、朝練行ってきなさいよ。」
「……そうか!わかった。張り切って走ってくる。あっ、川岸を走ってくるぞ!」
言われなくても、アンタがいつもの場所で見つからなかったらすぐ別のところ行くっつーの。
オグリの表情はわからない。でも、きっと笑顔になったんじゃないかな、って思った。
私の顔も、誰にも見られていないからわからないけど、不思議と笑っていたんじゃないだろうか。
この会話が、全部ドアに張り付く形で盗み聞きしていたタマモ先輩とイナリさんに聞かれていたのは、別の話。
別の話に……できるよね?

了

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2つ目(≫124~138)


二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 13:30:18

毎朝早い時間に、私はいつも二つの足音を聞く。
一つはトン、トンと床を跳ねる音がする、ウォームアップを混ぜながら玄関に向かうシューズの音。
もう一つは、ゆっくりと大きめな歩幅で、キッチンに向かうスリッパの音。
二つ目の足音が、私の部屋を出る合図だ。
アイツが朝練しに行って、クリークさんがお弁当の支度をしに行く。そのあとに、遅れて私が部屋を出る。
最初のうちこそ朝起きるのが本当にしんどかったけど、今では足音と一緒に目を覚ますようになった。
何なら、音がする前に目が覚めることもある。
朝っぱらからアイツと顔を合わせるのは気まずいから、絶対に足音を待つ。
部屋で待っている間は、ぼーっとスマホを見たり、昨日の夜終わらなかった課題をやったり。
アイツのおかげ、ってのは認めたくないけど、小テストの成績もよくなってきた。
いつもの、私の朝のルーチンだ。
そんないつも通りの早朝。
足音がして、スイッチが入ったように目が覚めた。
ぐーっ、と天井に向かって背伸びをする。肩甲骨のあたりがコキコキと音を鳴らす。
何とはなしにスマホで時間を見ると、クリークさんが起き上がってくる頃の時間だった。
今日は遅いな、と思いながら二つ目の足音を待つ。
しかし、15分待っても足音が聞こえてこなかった。
思い返すと、足音もシューズみたいなまとまった音じゃなかった気がする。
歯ブラシとコップ、歯磨き粉を持って立ち上がる。恐る恐る、ドアを薄く開けてまだうす暗い廊下を覗き見る。
冷たい空気が部屋に流れ込んできた。足元がすうっと冷える。
よく耳をすますと、コンロが火を焚く音と、換気扇が回っている音がかすかに聞こえてきた。
アイツ、今日は寝てるのか。
休みの日以外は外に走りに行ってるだけあって珍しい。
いつもより少し遅れてしまってるから、手早く身支度を済ませる。歯ブラシをくわえながら尻尾と髪の毛のクセを流す。
もしアイツが自主練サボってるんなら、お弁当作らなくてもいいかな?と思ったけど、食材がダメになってしまう。
来なかったら自分のお弁当にでもしよう。
制服にチャッと着替えて、エプロンを手にキッチンへ向かった。

キッチンで先に着いていたクリークさんに挨拶して、いつも通り野菜中心のおかず作りを始める。
今日のは自分のになるかもしれないから、おかずをちょっと濃いめに味付けしちゃう。調味料を計るのも面倒くさいし、目分量。
隣から、クリークさんからお肉のおかずを頂いてしまった。嬉しい。
アイツにご飯を作るようになって味見を繰り返すうち、自分も苦手だった野菜や風味が食べれるようになった。
今日はクリークさんがご飯を多めに炊いたというので、ここで朝ごはんを済ませることにした。
お茶碗を取り出してご飯を盛る。
窓から差す朝日に照らされるお米一粒一粒が光って、立ち上る湯気に視線を奪われる。
次にご飯の香りが鼻孔をくすぐる。鼻がお腹を動かす。
ご飯はとっても美味しいけど、それだけで食べ続けるのは結構酷な話だ。アイツだってむむ、って顔をするに違いない。
この純白の輝きを、今から汚してやる。
ふふふ、私は悪の料理人なのよ。
野菜を炒めた残り汁と、クリークさんのお肉のタレを少しもらって、フライパンを傾けながら軽く煮詰める。
味はもう十分だから、コショウを少し。
お世辞にも良い色とは言えない絶品のタレを、そのままご飯にかけた。
ご飯が焦げ茶色のソースに染められていく。
ふふふ、私はいやしんぼなのよ。
「あらあら~、お行儀が悪いですよ。」
クリークさんからやんわりと注意される。
私は、ちょっとクリークさんを挑発するように、下から目を見ながら返事する。
「クリークさんの分も、お茶碗に盛りましょうか。」
「ええっ、ふふ、お願いします。」
私はクリークさんのこういうところが大好きだ。
他の人の面倒を見るのが好きだし、悪いことをしていたら真っすぐに注意する。
でも、かわいいイタズラに誘うと結構悪ノリしてくれるのだ。
二人で即席お野菜丼にいただきますして、朝ごはん。
ご飯だけはダメですよってクリークさんが言うから、自分たち用のお漬物とインスタントお味噌汁を用意した。
クリークさんが一口食べて、おいしいグレービーソースですね、ってクリークさんが笑う。
なるほど。それなら確かに響きがいい。そういうことにしておいた。
クリークさんがお礼に洗い物をしてくれるというので、どうせ泥まみれのアイツに会うために、お弁当を手に寮を出る。
さて、結論から言うと、アイツには会えなかった。
いつもより遅れていたとは言え、いつもならアイツに会える時間に、アイツは門から姿を現さなかった。
さてはトレーニングコースか、と思ったけど、行ってみたらレースに向けて追い込みトレをかけてる子たちがいるだけで、葦毛のアイツはいなかった。
自分のお弁当にでもしよう、と思ったら、本当に自分のお弁当になってしまった。
お昼の時間に、初めて自分のお弁当を食べる。
私のお弁当は、時間が経つと味が薄くなりすぎることを学んだ。
考えたら、本当の意味でのお弁当ではないからそれはそうだと納得する。
作ってお弁当箱に詰めて、30分もしないうちに食べてもらえる。
もし、誰かのお昼を作ることがあったら、濃いめにしよう。

カフェテリアでは、今後が楽しみな後輩ちゃんたちをたくさん見かける。
壁に張り出されたチーム宣伝のビラを見て、どこがいいかを熱心に話し合っている。
かと思いきや、ご飯を食べるのに一心不乱な子たちもいる。テレビの前でレースを見てる子も。
私も前は熱があったなあ、なんて気持ちが湧く。
諦めたわけじゃないけど、先輩や同期生の大活躍ぶりを見ていると、やっぱりちょっと、いろいろと理解をしてしまうものだ。
でも、カフェテリアでリラックスする後輩たちは、明るくて、熱があって、眩しくて、美しい。
将来はどこかのトレセン学園のカフェテリアに就職して若い子たちを見守る……なんて?
どうなるかわからない未来を妄想しながら、お昼ご飯の時間をツレたちと過ごした。

授業が全部済んで、トレーニングもまるっと終わって、影が長くなる時間。
よくよく考えると、今日一日アイツの姿を見ていない。
朝も、カフェテリアでも、トレーニングコースでも、葦毛のロングヘアはとうとう見つけられなかった。
広報活動かなんかで外出、外泊してたっけかと思いを巡らすけど、そんなことを聞いた覚えはない。
姿を見ないからってなんで私がこんな心持ちにならなきゃいけないんだ、と思い直すけど、それでもいつも見てるものを見ていないという違和感は取り除けなかった。
カフェテリアで夕ご飯を済ませて寮に戻る。
玄関で靴を脱いでいると、珍しく焦っているフジ寮長が目に入った。
きょろきょろとあたりを見回してると思ったら、私と目が合ったとたん、駆け寄ってくる。
「ああイチちゃん、良かった。」
「どうしたんですか、寮長さん。」
「こっちだよ。急いで。」
普段は「走っちゃダメだよ、ポニーちゃん。」って注意するフジ寮長が、私の手を取って部屋のほうへ走っていく。
スリッパもひっかけただけで、よろけながらもついていく。
何をこんなに焦っているのだろう。特に悪いことをした覚えもない。
寮長室を過ぎて、自分の部屋も通り過ぎる。
たどり着いた先は、一日姿を見かけることのなかったアイツの部屋だった。
なんで私が、帰ってきて鞄もおかずにアイツの部屋まで?
扉の前で立っていると、フジ寮長からマスクを手渡された。
「中に入るときはこれをつけてね。」
マスクをつけながら、質問する。
「あの、フジ寮長、いったい何が。」
「オグリがダウンしてしまってるんだ。クリーク君もいないから、君しか頼れなくて。」
それを聞いて、ドアを勢いよく開ける。
部屋の中には、ベッドの隅でぐったりしたまま苦しむ、弱ったオグリがいた。
「今日は、タマ君もクリーク君も、イナリ君も皆、広報やレースで外泊で……」
「朝から見かけないと思ったんです。」
フジ寮長が悔しそうな顔をする。まるで、寮長失格だとも言いたそうな表情だ。
こちらに背を向けて布団にくるまっているオグリに近寄る。
ヒュウ、ヒュウと苦しそうな呼吸音が聞こえる。酷い発汗で毛布はぐっしょりと濡れて、小刻みに震えている。
耳はヘタって、顔は見えないけど、きっと苦い顔をしているに違いない。
脚も小さく畳んでいて、いつもレース場で見せるような、豪胆とした印象は消えてしまっていた。
そこにはただ、病気に苦しむ、普通の葦毛のウマ娘がいた。

「フジ寮長、私、今晩ここにいていいですか。」
「もちろん。むしろ、お願いしたい。」
フジ寮長は、お辞儀でお願いしてきた。
「何か必要なものがあれば、いつでも言っていいから。すぐに買いに行くよ。」
「ありがとうございます。助かります。」
「ひとまず、スポーツドリンクはあるだけ、そこに入れてあるから。」
そういって、テレビの下の小さい冷蔵庫を指さす。
オグリには、今の私たちの声も聞こえていないのだろう。
ひたすら空気を求めて、苦しい呼吸を繰り返していた。

部屋を出る前に、フジ先輩がこちらに振り向く。
「イチちゃんも、無理をしないようにね。」
「はい。でも、このオグリを見過ごせないので。」
真剣な表情で、フジ先輩がうなずいた。
「ああ、あと浴場からタオルを借りてきてあるんだった。」
これ、使って。とフジ先輩が言うと、どこからともなくタオルが出てきた。
いつもなら愉快なだけで済むフジ先輩のマジックが、今回はとても頼もしい。ありがたく受け取る。
扉が閉まって、足音が遠のいていく。
私とオグリが、二人だけで部屋に残された。
オグリの苦しそうな呼吸と、悶えるように擦れる毛布の音だけが部屋の中に響く。
さあやるぞ、と頬を両手で叩いて気合いを入れて、まずは部屋を整える。
最初に、空気の入れ替え。それから、もっとあったかくできるように。
タマモ先輩に心の中で謝りながら、掛け布団と毛布をはがす。
オグリの枕カバーは汗でぐっしょりと濡れて、冷えてしまっている。
「オグリ、オグリ。」
オグリに声をかけるが、返事は無い。できないというほうが正しいのかもしれない。
ベッド脇に膝をついて、軽く揺さぶる。
壁に向かって丸まったまま、動かない。
頭を少し持ち上げて、枕もタマモ先輩のものと差し替える。
「オグリ、オグリ。大丈夫?」
オグリが私の声に気付いて、こちらに振り向く。少しだけ表情を明るくした。
何か言おうと口を開いた瞬間、ひどくかすれた音だけが響いてきた。
一緒に、痛そうに顔をしかめる。喉がかなり痛むようだった。両手で喉をおさえて、赤かった顔が真っ青になる。
理由はわからないけど、喉が悪いことがひどく怖いようだった。
「オグリ、大丈夫。しゃべらなくても大丈夫だから。」
口を必死に開閉させて何かを伝えようとしているが、言葉になって聞こえてこない。
「ううん、オグリ、大丈夫だよ。」
混乱したような、安心したような、申し訳ないというような、いろんな感情が混ぜこぜになった顔をする。
「オグリ、落ち着いて。わかってるから。」
私の腕をグッとつかんで、何かを伝えようとしている。
「大丈夫、わかるから。喉が渇くといけないから、マスクつけるよ。」
オグリの熱い手に私の手を添えて、優しく指を解いてやる。
「一日ずっと寝てたの?」
分からない、というように目を伏せた。
きっと熱のせいで記憶が無いのかもしれない。私も経験がある。
「今晩はずっとこの部屋にいるから。安心しなさいよ、ね。」
口元は見えないけれど、耳がピンと立つ。少しは安心してくれたのかもしれない。
ずっと膝をついていたからか、ちょっと痛んできた。
オグリの机の椅子を引き寄せようと、ちょっと立ちかける。
すると、オグリが不安そうな目をして、私の手首をためらいながら掴んできた。
「椅子を持ってくるだけだから、ね、オグリ。」
安心させるためにそう伝える。一瞬迷ったように手を握ったけど、放してくれた。
椅子を引き寄せて、側に座る。ちょっと椅子の高さが合わないけど、ずいぶん楽だ。
「オグリ、水分補給してないでしょ。」
聞いてみると、こくんとうなずく。
冷蔵庫からフジ先輩の飲み物を取るために席を立ちかける。
すると、また手首を掴まれた。
「ちょっとオグリ、飲み物取るだけだって。アンタ、水飲んでないんでしょ。」
そう言うと、さっきよりも幾分スムーズに手を放してくれた。
相当心細かったんだろう。手をすがるように掴むオグリが、ちょっと愛くるしげに思えてくる。
オグリのマグカップに飲み物をついで、身体を起こしてやる。
落とさないように、マグカップをゆっくり手渡す。
オグリが両手で、大事そうに受け取った。
マスクをずらして、痛む喉をちょっと我慢しながら、ゆっくり飲んでいる。
喉がこくり、こくりと動いている。静かな部屋に、オグリが飲み物を飲む音が響く。
最初はかすかに、だんだん、喉の動き方が大きくなった。
良かった。飲めてる。
あの大食漢のオグリキャップとは思えないほどスローペースだ。
少しずつマグカップの角度が上がっていく。
ふう、と息をついて、角度が戻る。
私も何も言わずに、次の分を注ぐ。
「おいしそうじゃん。」
私のちょっとからかう言葉に、きょとんとした顔。
こちらにマグカップをずいっと寄せてから、あっ、言いたそうな焦った顔に変わる。
そのまま、どうすればいいのかと困った顔。
ころころ変わるオグリの顔に、思わず吹き出してしまう。
「いいよ、私は自分で飲むから。サンキュ。」
すると、おお、と納得したような顔になる。
表情が良く変わるヤツだなと思ってたけど、しゃべらないだけでこんなに面白いなんて。
「ちょっとは元気出た?」
長い髪の毛を一本にまとめて、身体の前に垂らしながら質問する。
うん、と一回頷く。
「よし、今のうちに着替えちゃって。」
こういうタイミングでもないと、もう疲れちゃって着替えられなくなる。
汗でぐっしょりした肌着を変えさせる。
ベッド下の収納を開けると、トレーニング向けの機能性抜群な肌着でいっぱいだった。
これなら汗の抜けもいいだろうし、ちゃんと毛布をかぶれば完璧だ。
このトレーニングウェア、どこで買ってるのか治った後に聞いてみようと思った。
飲み物と着替えで胃が刺激されたのか、ぐぅ、という音がどこからか聞こえてくる。
オグリがはっ、とお腹に手をやる。そうだろうと思った。
「ご飯、食べてないよね。」
こくこく、と細かく数回うなずいている。
「ごはん、作ろうか。」
目がぱあっと開かれる。ああもう、コイツは。
「いつもの量は出さないからね。」
少しムカッと来たので、ピシャリと言い放つ。
それを聞いたオグリの耳が少しヘタる。ダメに決まってんでしょ。
キッチンに向かうために椅子から立ち上がる。
オグリが私の顔を見上げて、裾を控えめにつまんできた。
「キッチンでおかゆでも作ってくるから、ちょっと離れるよ。ちゃんと戻ってくるから。」
強引に振り払うこともできたけど、それは、なんだか心苦しい。
「ここにいちゃ、ご飯作れないでしょ。ほら。」
説得してるはずなのに、指の力が強まる。
「オグリ。ね、お願い。」
なんとか安心させないと。
オグリの片方の頬に手を添えてやる。マスク越しに、普通じゃない体温が手のひらから伝わってくる。
一瞬驚いたように目を見開いたけど、ゆっくり目を閉じて、私の手のひらに顔を傾けてきた。そのまま、すりすりと顔を擦りつけて、動かなくなる。
げっ、悪手だったか。ちょっと叱るほうにするか。
空いている頬にも手を添えて、ぎゅっと挟む。
「ごはん、作れないでしょって。」
オグリが悲しそうな目をする。それは食べれなくなることなのか、それとも。
どっちだ、こら。
「ご飯はあるから。すぐだから、ね。」
もう一度ぎゅっと顔を挟んで、ぱっと離れる。あんまり甘やかすのはダメそうだ。
ドアノブに手をかけて、振り返る。
「しんどかったら寝ちゃっていいから。あとでね。」
ドアを優しく閉めて、暗い廊下をキッチンに向かって歩き出した。

部屋の電気をつけて、換気扇を回す。
お米は1合の半分くらい。お水はこの量に600ml。
味付けは可能な限りシンプルに。塩をふたつまみだけにする。
何と驚いたことに、栗東領のキッチンには土鍋がある。美浦寮にもあるけど。
冷蔵庫に梅干しがあったはず。アイツは食べれるから、添えてあげよう。
もっと作ってやりたい気持ちもあるけど、体調を崩してるから自粛する。
浸水させていたお米をさっと洗って、お鍋を中火にかけて、白く煮立つまで待つ。
煮立ってきたら、すぐ弱火にして、木のしゃもじでご飯がつかないように軽く混ぜる。
そのあとは、お箸を一本挟んで蓋をして、弱火のまま25分くらい。
煮立つ間に、オグリにお弁当を作ってやったはじめのころを思い出す。

作ってやった、っていうのは正しくない。押し付けたっていうのが正しい。
田舎からポッと出てきたアイツに嫌がらせをしようとして、わざと野菜ばかりをチョイスした。
朝練の時間を調べて待ち伏せして、名前も名乗らずに弁当を突き付けた。
目論見は外れて、まるっとおいしく頂かれてしまったのはミスだった。
私も対抗心が湧いて、絶対に苦手な食材を見つけてやろうって決心して、今に至ってる。
それからは、アイツのせいで夜早く寝て朝早く起きるようになったり、クリークさんたちと仲良くなったり。
本来の目的から外れてきて、周りには妙なあだ名をつけられるし、勘違いされてるし。
絶対関係ないけど、アイツのフォームが私の身体にも沁みついてタイムが縮んだり、良い結果を出せるようになった。
楽しい思い出のほうがたくさん浮かんできて、口角が上がってくる。

何ニヤついてるんだ、私。
本当は、アイツの調子を落とすはずじゃなかったのか。
その時、脳裏にふっと、暗い考えが湧いた。
今がチャンスなんじゃないだろうか。
アイツは元気な時に、調子を落とすことはなかなかない。
でも、今は?
病気で調子を落としてる所に直撃するようなものを追加したら?
例えば、喉に直接ダメージを与えられるような、辛い味付けは?
唐辛子はある。しゃべれないほど喉が悪いなら、コショウでもいいかもしれない。
例えば、胃腸が弱っているところに負担をかけれる、脂っこいものは?
豚肉はある。ワザと脂を落とさずに、バターで焼いてやったら最強だ。
思いつく考えに「どうなるだろう」なんて、とてつもなくイヤな奴だ。答えなんてわかってるのに。
アイツは私を友達だと思っている、と思う。私は、どうだろうか。
楽しい思い出には、いつだって後ろめたい気持ちがくっついていた。
頭の中がモヤモヤと陰る。本当の悪役になってしまいそうで、クラクラする。
気分がひどく悪くなってくる。
どうしたらいいだろう。
おかゆの面倒を見ないと。
なんでかわからないけど、めまいがする。
アイツの看病をしないといけないのに。
何を優先したらいいのかわからなくなった頭は、どんどん曇っていく。
そう思っていた時、後ろから声をかけられた。
「イチちゃん、ご苦労様。」
フジ寮長の声だった。
「オグリのかい?やっぱり料理上手だね。さすがだよ。」
私の様子が変に見えたからか、声の調子が変わった。
「イチちゃん?どうしたんだい、大丈夫かい。」
後ろから手のひらで肩を支えてくれる。
「どうしたんだい。何か、力になれることはある?」
私の目を真っすぐ見るフジ寮長の目は、すべてを見透かしているかのようだった。
「あの、フジ寮長。私を思いっきり、叱ってもらえますか。」
予想外の言葉に、きょとんとした顔になる。
しかし、舞台に立つ俳優みたいに、すぐ表情が切り替わった。
「イチちゃん、何を考えていたんだい。」
声色も、少しドスが効いたような、聞いたことのないものになる。
「私は、君が何を思っていたかは全く知らない。けれど、そういうことを言うからには、何かいけないことを考えていたんだね?」
非難するように目を細めて、私の肩を掴む手に力が入る。
「今この瞬間で、君はトレセン学園の中で一番よこしまなウマ娘だ。」
何も話していないのに、言い当てられて心臓が跳ねる。
「君が今やらなきゃいけないことは、オグリの面倒を見ることに集中することだ。」
強い語調で、ピシャリと言い放たれる。
「わかったら、もう火にかけっぱなしのお鍋を、オグリに届けてあげるんだ。いいね?」
フジ寮長が、私の身体を回してコンロに向ける。
背中を一つ、トンと叩かれる。
そうだ。私は今、フジ寮長から頼まれてる。
私がやらなきゃいけないことを、ちゃんとやろう。
まだ頭はモヤついてるけど、やらなきゃいけないことはわかった。
オグリに、これを食べてもらわなきゃ。

「オグリ、起きてる?」
肘でドアノブを下げながら、肩で扉を押し開ける。
「はい、おかゆ。梅干し食べれるでしょ。」
壁にもたれかかっていたオグリは、ご飯の香りをかいだからか、少し元気を取り戻したようだ。
オグリが毛布を手早くたたんで、ベッドに腰かけるように姿勢を変える。
もう快復したんじゃないかってくらいのスピードだ。
「ちょっと、もうすっかり元気じゃん。」
オグリが首を横に振る。でも、目はキラキラ輝いている。
オグリの前に椅子を動かして、土鍋と取り分ける用の小皿、れんげが載ったお盆を置く。
「待ちきれないって感じだけど、めちゃくちゃ熱いから、ゆっくり食べなよ。」
うん、とオグリが首を縦に振る。
もう食べてもいいのか、とでもいうかのように、私を見てくる。
「はい、召し上がれ。」
いつもより勢いはないけれど、ゆっくり手を合わせて、軽くお辞儀。
タオルを蓋にかぶせて、開けてやる。湯気がぱあっと立ちのぼった。
いただきますの声が、何故かわからないけど、部屋の中に響いた気がした。
「少ないけれど、がっつくのは治ってからね。」
立ち上る湯気にさすがにひるんだのか、ふー、ふー、と必死にオグリが冷ましている。
1分くらい冷ましてから、一口。
オグリの耳と尻尾がピンと立つ。
「おいしい?」
キラキラのままの目で、たくさん頷く。
ご飯をすくって、冷まして、食べる。間に梅干しを食べて、顔をすぼめる。
れんげの動きがどんどん加速して、あともう一口分。
いくら調子が悪かったとは言え、オグリには一人分は少ないみたい。
最後の一口をいつもよりゆっくり飲み込んで、ごちそうさまのポーズ。
喉はまだ痛そうだけど、まるで死の淵に立っているような表情は、もう消えていた。

オグリが嬉しそうに食べているのを見て、自分の気持ちがちょっとずつ晴れていくのを感じた。
やっぱり料理は、最後には笑顔になってもらうために作るのかもしれない。
オグリ、ごめん。
でも、素直な弁当はまだ、絶対出してやりたくないから。
思いを全部胸にしまって、料理人として、一言だけ。
「はい、お粗末様でした。」
パッと片づけて、食べたばかりだけどオグリを横にさせる。
「あとは寝て、しっかり治して。」
オグリがこちらをじっと見つめてくる。
「大丈夫、今夜はここにいるし、何かあったらフジ寮長も起きてるから。」
うん、と安心したように頷いて、オグリは目を閉じた。
ちゃんと治して、また朝に差し入れさせてよね、と念を送る。
寝付いたように見えるオグリの目元は、すっかり優しくなっていた。

了

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3つ目(≫162~164)


二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 00:20:57

「ほっ、ほっ、ふう。」

「あれは……やっぱり。今日も来てくれているんだな。」

「おおい、おはよう。」

「下を向いて、一体どうしたんだ……。おおい。」

「イチ?どうして下を向いているん……ああ。」

「ふふ、珍しいな。寝入ってしまったのか。」

「……そうだ。起きるまで、寝かせておくか。ふふ。きっと驚くぞ。」

「綺麗な手だな……。あ、爪がささくれだっている。」

「ヤスリをかけたいが、何と言えばいいだろうか……。いつも避けられてしまうからな。」

「そういえば、イチには迎えてもらってばかりだな……。私からもできることは無いだろうか。」

「しまった、いつも食べているころだからお腹が……。ううむ、起こしてしまおうか。」

「いや、やはり良くないな。我慢だ。」

「いつも、いつお弁当を作っているんだろうか……。まさか、私が起きるよりも早く起きだしているのか?」

「しかし、それだとキッチンで会うと思うんだが……。二度寝しているんだろうか。」

「よく見ると、イチのまつげはとても長いんだな。指先もきれいだし、確かにライブで映えそうだ。」

「センターで踊るところは、必ず見に行くからな。待っているぞ。」

「ふぁぁ……。しまった。寝顔を見ていたら……。」

「ううん、ダメだ、私が寝てしまっては、せっかくイチがお弁当を作ってくれたのに……。」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「……オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」

「起きてください。もう予鈴がなっていますよ!」

「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」

「……もう食べられないよ~。」

「……もう一杯おかわりを~。」

「オグリキャップさん!レスアンカーワンさん!」

了

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4つ目(≫184~189)


二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 04:09:50

くそっ、やられた。
土砂降りになってるスーパーの駐車場をにらみつける。
食材を買い込んで両手に下げた保冷バッグが、より一層重く感じられる。
今日はとことんツイてない一日だった。
過去形にしているのは、もうどうせなら終わってほしいって思っているから。まだ18時で、ホントのところは終わってない。

朝はほとんど寝過ごしたせいで、跳び起きた。
お弁当を作り終えてる頃の時間に目が覚めてしまって、大慌てでキッチンに駆け込んだ。
もう洗い物も済んで、エプロンを畳んでるクリークさんに『今日は来ないのかと思いました』って言われるくらいだ。
お弁当とはちょっと呼びにくいものを大急ぎでこしらえて、玄関で靴を履くと、小石が靴の中に混ざってて痛かった。
そのあとオグリといつも会うところを読み違えて、移動するハメに。
お弁当の出来も正直悪かったみたいで、オグリから『今日はシンプルだな』って言わせてしまった。
授業中には、ボールペンのインクの出がやらら悪いし、シャー芯はメチャクチャ折れるし、消しゴムでノートをグチャッてしちゃうし。
一週間に一度、お昼に開催される『にんじんハンバーグ定食争奪特別』は、風紀委員長に捕まって私だけ障害競走になるし。もちろん負けた。
午後の授業は抜き打ちの小テストされるし、サボりたい授業ではなんかやたらセンセーに当てられるし。

トレーニングの時には、不良たちがあの子たちのリーダーを先頭にして、レース場を占拠してて走るどころじゃなかった。
生徒会と教官たちが総出で出てきてて、結構な騒ぎになってた。
あの子たちの事情はわからなくないけど、悪いことが重なる日くらい、かっ飛ばさせてほしかったなあ。
その余波でトレーニングルーム、体育館、敷地外の神社までもう生徒だらけで、走れるところはもうどこにもなくなってた。
空き教室で勉強会だね、ってことになって、また過去のレース資料の研究かな、と思っていたのもつかの間。
ゴザと立派な将棋盤を持ってこられて、なぜかいきなり将棋をやらされた。マジで意味わかんなかった。

予定がズレこんだし、今日は早めに解散しようという流れになった。
気合入れてスーパーまで買い出しに行こう、って決めた。
根拠はわかんないけど、スーパーは悪い私の一日を清算してくれる気がしたから。
どうせもともと行く予定だったし、早まって嬉しいくらい。
クリークさんを誘ったけど連絡がつかなかったので、上手くトレーニングにありつけたんだろう。
ジャージのまま鞄だけ部屋に置いて、キッチンに下げてある二人分の保冷バッグを手に、学園を出た。

小さいころ、お母さんにくっついて行くスーパーはすごくキラキラしていた。
美味しいものがたくさんあって、好きなもので溢れていて、人がたくさんいて。
最初の自動ドアをくぐって、カートや買い物かごがあるスペースは何故か無限に広い気がして。
野菜や果物、お魚のコーナーはちょっと寒かったけど、そこを抜けたら魅力的なもので溢れていた。
お母さんに「何か一個、好きなお菓子買っといで」なんていわれたら、時間がいくらあっても足りなかった。

そんな昔の話を突然思い出したのは、多分、今日さんざんだったから。
学園に来て、アイツが来るまでの間の買い物は、コンビニや学園の売店で済ませていた。
お弁当を作るぞってなって、クリークさんにいきつけの所を紹介してもらってから、スーパーに来るようになった。
トレセン学園が広いのと、周りが住宅街なのもあって、そこまで近いところにはスーパーが無い。
安全上の理由で自転車に許可なしでは乗れないのもあって、そこそこ不便。
でも、私たちは力持ちだし、ちょっと買い込むくらいならトレーニングみたいなもんだ。
ちょっと距離を歩けるのも、気分転換にとてもちょうどいい。
今日も、クリークさんの分まで買い込むつもりで、気合いを入れてきた。
無駄に買わないように、気を付けないと。
多少買いすぎたって、すぐ消費してくれる人材がいるから、多少増えてもいいんだけど……
おっ、にんじん詰め放題だって。嬉しい。
あ、ちょっとお魚にチャレンジしてみようかな……
そんな感じで、やっと気持ちが上向き回復していた。
いたはずなの。

最後のとどめが、突然の土砂降り。
「ホンマ気持ちよさそうに降っとるなあ。たまらんで。」
タマモクロスさんの物マネをしても、気持ちは晴れず、笑ってくれる人もおらず。
周りのお客さんたちも困ってる。こんなの、予測できないもん。
あー、私も困った。
いつもは買わないお魚を買ってしまったから、早く帰りたかったのに。
あと、一日報われなかった自分へのアイスクリーム。ラクトアイスじゃないやつ。
とりあえず、イツメンに連絡して傘を持ってきてもらおう、とスマホを探してポケットを探る。
見つからない。
うん、反対側だったか、と思って重たい鞄を持ち変える。
やっぱり、見つからない。
一体どこに置いてきたのか、スマホは自分と一緒にスーパーまで来ていなかった。
まさか、部屋に置いてきた鞄の中に入れっぱなしだったんだろうか。
心の中で、何かがぼっきり折れた。
あーーーもう。無理。マジで無理。
「なんでよー……」
消え入るようにつぶやく。
お願いだから、一秒でも早く止んでほしい。
もうヤケで、ここでアイスクリームを食べてやろうか。
マイバッグを開けてアイスを見つけるけど、カップ型で、スプーンを貰っていなかったことに気付く。
八方塞がりじゃん。何が塞がってるのかは知らないけど。
はあ、と大きなため息をつく。雨に濡れたコンクリートのにおいが鼻をくすぐる。
梅雨の時期とかだったら風物だなあ、くらいに思えるけど、今はただただイライラするだけだ。
駐輪スペースの壁に寄りかかって、座り込む。
どうしよう。どうしようもないな。せっかく買ったのになあ。

マイバッグに挟まれて地面を見つめる。目の前を、人々が通り過ぎていく。
ふと、視界が暗くなった。
少し顔を上げると、人影だった。赤いジャージ。トレセン学園のと同じような色だ。
もう少し顔を上げる。脚の間から、葦毛色の尻尾が見える。ウマ娘だ。
片方の手に、大きい傘を握っている。
もう少し見上げようと思ったら、先に、手のひらが差し出された。
綺麗な、見慣れたことのあるような、白い手のひら。
「ここにいたんだな、イチ。」
聞きなじみのある声。
優しくて、芯が通ってて、強くて、歌にのると聞きほれてしまう声。
顔を見上げる。そこには、今朝も見かけた、アイツが立っていた。
「オグリ。」
「イチ、迎えに来たぞ。」
「迎えにって、なんで。」
「クリークから聞いたんだ。イチが買い物に行くと連絡して、傘がないんじゃないかと言っていた。」
完璧な連係プレーに、思わず涙ぐんでしまう。
「さあ、帰ろう。」
オグリの手を取る。
「うん。ありがとう。」
マイバッグを両手に持って、立ち上がった。

「イチ、もう少し入れるぞ。」
「ん、ありがと。」
「いっぱい買ったんだな。何を買ったんだ?」
「お魚とお野菜と、あとアイス。」
「何っ、アイスがあるのか!」
「あげないから。これは自分へのご褒美なの。」
「そ、そうか……。残念だ。」
「そんな露骨にがっかりしないでよ。アンタのお弁当のおかずも入ってるんだからさ。」
「本当か!」
「ネタバレだけど、明日はお魚だよ。」
「嬉しいな。明日の朝ごはんが楽しみだ。」
「ちょっと、もうお腹鳴らさないでよね。」
「あ、ああ、すまない。」
「てか、アンタ、車道を歩く側なんだね。」
「ん、どういうことだ?」
「別に、なんでも。」
「両手に荷物のあるイチよりも身軽だし、水たまりがあるからこっちを歩いているだけだぞ。」
「だから、そういうとこだって。」
「んん、どういうことだ?」
「なんでもない。」
「それに、食べ物が濡れてしまっては良くないからな。」
「ねえ、ワザとやってる?」
「な、何を……。どうしてそんな凄んでいるんだ。」
「ていうか、私、傘に入りすぎてない?」
「ん、そんなことは無いぞ。このままで大丈夫だ。」
「ちょっと、良く見えないけど、アンタ肩濡れてない?」
「大丈夫だ。イチが濡れてしまって、風邪をひくようなことがあってはいけないからな。」
「それはお弁当がなくなるから、って意味?」
「イチに風邪をひいてほしくないだけだ。私の大切な友人だからな。」
「……そうですか。アンタも、風邪ひかないでよ。」
「ありがとう。気を付ける。」
「だからほら、もう少し寄りなさいよ。」
「あ、ああ。だがそれではイチが……。そうだ、バッグを二人で持つのはどうだ。」
「え、どういうこと。」
「片方のバッグの取っ手を一つ、私のほうにくれないか。」
「何、持ってくれるワケじゃないの?」
「持ってしまったら私たちの幅が広がってしまうから、これなら大丈夫だと思ったんだ。」
「アンタ、これがどんだけ恥ずかしいかって……」
「私は、何も恥ずかしくないぞ。」
「いや、そうじゃなくて。」
「雨の日もなんだか、イチとなら悪くないな。」
「あー、そうですか。」
「ど、どうしたんだ。何か、気に障るようなことを言ってしまったか。」
「何にも言ってない。」
「やっぱり、ちゃんと鞄を持ったほうがいいか。重たいしな。」
「別に、大丈夫。」
「そ、その、すまなかった、イチ。」
「いいってば!ありがと!」
「ど、どうしてありがとうなんて今言うんだ?」
「もー!このままでいいの!ありがと!」

了

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Part5

1つ目(≫57~60)

二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 02:32:24

「ねえちょっと、相談乗ってくんない?」
「何イチ、どうしたの。」
「またオグリの話?」
「イチがオグリのこと話すときは、『オグリの奴がさー』で始まるから、今回は違うね。」
「何なのよその分析モドキ。ムカつく。」
「いや、実際ホントーじゃんね。」
「私のことはいいんだって。これ見てよ。」
「何この手紙。便せんカワイー。」
「ちょっとイチ、そんなことしなくてもイチの愛は十分にダンナに伝わってるよ。」
「違うんだって。ちょっと中見てよ。」
「『本日18:30に、美浦寮裏にてあなたを待つ』……?」
「えーーーー何これ、古風ー。」
「寮の靴箱に入っててさー。どうすればいいかな。」
「名前無いじゃん。コワ。」
「いや、ワザワザ行くことないっしょ。怖くね?」
「つーかイチのオグリへの愛を知っておきながら、こんな告白の手紙みたいなの書く奴いないよねえ?」
「え、ちょっと待ってよ、それどういうこと。」
「アンタとオグリが恋仲だってのはもう公然の事実なワケ。え、知らんの?」
「違うって言ってるじゃん!アンタたちが一番よく知ってるでしょ!」
「いやー、嫌がらせってのはわかってるけどさ。そこはアレよ、『表現と印象』の違いよ。」
「意味わかんないんですけど!」
「まあオグリギャルのことは置いといても、これなー。」
「行ってあげてさ、『私にはもう、心に決めた葦毛の王子様がいるので……』って断ってきなよ。」
「だから、そんなんじゃないっての!」
「待ってよ、逆に受け入れてやってさ、オグリにそれを見せつけたら一番効果的な嫌がらせになるんじゃね?『ああ、どこへ行ってしまうんだイチ……』ってへしょげるよ多分。」
「それなー!アンタ天才じゃん!」
「もー!バ鹿じゃないの!?」
「ヤバ、顔あっかいよ。」
「ウケる。撮っとこ。」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

夕方、結局、無名の手紙に促されるままに美浦寮裏に来てしまった。
トレーニングが早めに切り上げられる日だったからよかったものの、差出人は私の予定が合わなかったらどうするつもりだったんだろうか。
そんなことまで頭が回らないほど、大事な要件なんだろうか。
ていうか、こんな桜の木の下で告白するとうまくいく、レベルの古風な手段が現役だとは。
一体差出人は何を考えているんだろう。
木々が風に揺られて、カサカサと乾いた音を鳴らす。
遠くから響く、トレーニングに精を出す声。
トレセン学園の周りではなかなか感じられないような静けさがそこにはあった。
寮の裏なんて来たことなかったけど、確かに人影もなくて秘密の話をするにはいいのかもしれない。
耳を澄ましていたら、遠くから足音が聞こえてきた。
「あのっ!レスアンカーワン先輩ですか?!」
大きい声が響く。
振り返ると、私よりもちょっと小柄な黒鹿毛のウマ娘がそこにいた。
「あ、どうも。そうです。」
「来てくれたんですね。ありがとうございます!」
知らない子だ。同学年ではないように見える。
とりあえず、怖い人じゃなくて良かった。怖くてもひっぱたくだけなんだけど。
「もしかして、手紙の。」
「そうです!今日はお聞きしたいことがあって!」
「聞こえますんで、もう少し抑えてもらえますか。」
「あっ、すみません。慌ててました。」
「あの、それで聞きたいことって。」
促してみると、小さい身体を急に小さくしている。どういうわけか顔も赤い。
「あの、どうしたの。」
「あ、あの、レスアンカーワン先輩って。」
「イチでいいよ。呼びにくいっしょ。」
は、はい、と小さい声を響かせている。
と思った矢先、ぱっと顔を上げた。
「あの、イチ先輩って、好きな人っているんですか!?」
「……はっ?」
思わず聞き返した。
後輩ちゃんは、うー、とか言いながらこちらを真っすぐ見ている。
「えーと、好きな人ってのは。」
「やっぱり、いますよね……。」
待て待て待て待て。何。どうしたの。そんなしゅんとしないでほしい。
「待って、別にいないよ。」
「ほ、本当ですか!」
「うん、今はレースに集中したいし、私もちょっとずつ力がついてきてるから……。」
「でも、毎朝、オグリキャップ先輩に差し入れしてるんですよね。」
それを言ったっきり、耳がへたる。
なんだか、いきなりびっくりするようなことを言う子だな。
どうして今、アイツの名前が出てくるの?
「いや、あのね。」
「オグリ先輩とイチ先輩、お付き合いしてるって噂ですし。」
「あのね、それ完っ全に誤解だから。」
ちょうどいい。一対一の今なら、誤解を解きやすい。
「私とアイツは付き合ってないし、正直私はアイツのことを気に入ってるワケじゃないの。」
「えっ!?そうなんですか!?」
声が、声が大きい……。いいことなんだけど……。
思わず耳を後ろに向ける。
「ご、ごめんなさい、怒らせてしまって……。」
「いや、怒ってない。びっくりしちゃっただけ。」
「す、すみません……。じゃ、じゃあこの間オグリ先輩と相合傘してたっていうのは?!」
「それは雨が降って、アイツがたまたま迎えに来たってだけ。どっちかっていうとクリークさんのおかげ。」
むー、という効果音が似合う、頬を膨らませた顔でこちらを見る。納得してほしい。
ていうか、なんでそれ知ってるの。
校門前で受けた取材か、でもスタッフの人は使うかどうかはわかりませんって……
まだ信じてもらえないみたいだった。
「あの!イチ先輩!」
何か意を決したような顔つきで、名前を呼ばれた。耳が明後日の方向を向く。
「イチ先輩とオグリ先輩がお付き合いしてるのは知ってますが、それでも、私はオグリ先輩を諦められません。」
何?
「私、負けませんから!」
はあっ?
「はあっ!?」
「私、イチ先輩にここで宣戦布告します!オグリ先輩のこと、私だって好きなので!」
燃えるような、綺麗な目で真っすぐ見つめられる。
どこから説明を始めたらいいか全くわからなくなってしまった私は、口を半開きにしたまま、棒立ちしてしまっていた。
私はアイツのこと好きじゃないし、なんならやっつけようと思ってる。
「あのね、ぜんっぜん違うの。まずね。」
「私、頑張ります!イチ先輩には負けません!」
話を聞いてもらえず、綺麗に踵を返して走って行ってしまった。
それから、どこからか響く、スマホのシャッター音。
夕日と風が、爆笑しているかのように木々を照らして、揺らす。
明らかにまずい事態がどこかで起きているけれど、それを咎めるつもりにすらなれなかった。

了

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2つ目(≫113~134)

二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 21:46:40

私は何だったんだろう。
これまで、何をしてきていたんだろう。
朝日が差すキッチンでお弁当用の野菜を刻みながら、唐突に、これまでの記憶が私を襲った。
何かを積み上げてきた、なんて高尚なことはしていない。
トレーニングは積んできたけど、自分のベストを尽くすためで、アイツに勝つための根本的なものじゃなかった。
自分が成り上がって上に立つんじゃなくて、上にいる人を引きずり落そうとしてきた。
自分が成長して強くなるんじゃなくて、相手が弱まって自分のところまで落ちてくるのを祈ってた。
それも真剣にじゃなくて、へらへら笑いながら、普通に過ごしながら狙ってきた。
相手が心に宿す思いや、熱や、周囲の人々からの期待や、それに応える責任感も全部無視して、意地汚く、脚を引っ張ろうとしてきた。
狂気にも似た必死さを発揮することもなく、追及されたら困るような心持ちだけで、他人を呪ってきた。
その結果は何も生み出すこと無く、生ぬるい中でぬくぬくと、相手がさらに伸びていくのを眺め、手伝っているだけだった。
もっと悪いことに、相手は私の悪意を善意として受け取れてしまうほど、器量が大きくて、とても強かった。
私なんかとは比べ物にならないくらいに、速くて、強くて、心が広くて、美しかった。
呪う相手が、私を祝福してくる。
私は愚かだったから、その祝福だけを無邪気に受け取っていた。自分が相手を呪っていたことを全部忘れて。
人を呪わば穴二つ、っていうけど、私の場合は、二つ分の穴が私一人にまとめて降ってきた。
どうして、どうして。
私は、何をしていたんだろう。
私は、何をしているんだろう。
朝から眠い目をこすって他人の不幸を探るために起きだして、支度をしている。
そのために、呪ってる相手の友達まで巻き込んで。
その友達は、私を精一杯祝福してくれていて、それも私は、ぬか喜びで享受している。
私は、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
手に握っていた包丁が滑り落ちて、私のふくらはぎを傷つける。痛い。
自分への嫌悪感でこみ上がってくる吐き気。視界が暗くなる。
一緒にキッチンにいたクリークさんの声が、遠くで聞こえる。私を非難する声だろうか。
そのまま、私は気を失った。

目が覚めた場所は、自室のベッドの上だった。
ふくらはぎがちょっと締め付けられているのを感じる。誰かが手当てしてくれたのかもしれない。
吐き気はおさまっていた。
でも、頭痛がする。
痛む頭で、時間を見るためにスマートフォンの電源を入れる。誰かが充電器に差しておいてくれたらしい。
画面の光が自分の顔を照らす。ホーム画面は、明日の日付を示していた。
ああ、丸一日寝込んでたんだ、と気づく。
いつもよりももっと早い時間に目が覚めていた。朝日はまだ空を明るくするだけで、顔を出していない。
痛む頭をおさえながら上半身を起こして、うす暗くなった部屋を見回す。
充電コードにつながった、満充電のスマートフォン。
その隣にちょこんと座る、アイツをモチーフにしたぬいぐるみ。
いつか、アイツとクリークさんたちと一緒に出かけた時に、ゲーセンで取ったものだ。
トゥインクルシリーズのウマ娘をモチーフにした、トレセン学園初のぬいぐるみ商品。
「アンタがこれ持ってき」ってタマモ先輩に貰った。
最初は恥ずかしかったけど、ルームメイトが「サイドテーブルに置いておいたらいいじゃない」って言ってくれて置いたやつ。
ぬいぐるみは罪のない顔で、こちらを見つめてくる。
その顔を見ると、頭痛がひどくなるような気がした。
ぬいぐるみが、私をあげつらっているように見える。
そんなわけない、私がおかしい、全部私のせいだ。
そう思っていても、私は自分を認められなかった。
ぬいぐるみに手が伸びて、その頭を強く握る。
罪のない頭が手の甲に隠れて、歪む。
握ったままベッドから立ち上がる。包丁で切った脚が、ズキリと痛む。
昨日の朝まではぬいぐるみが水に濡れるのもかわいそうだと思っていたのに、今は何にも思わなかった。
静かに部屋を出る。薄暗い廊下を通って、玄関まで向かう。
スリッパをはき替えるのも忘れて、ゴミの集積場までふらふら歩く。
一歩踏み出すたびに痛む脚は、鈍る頭の私に、目的を教え続けてくれた。
薄明りが照らす学園は、私の知らない異界のようだった。
私がいてはいけない場所。
私が自分で否定した場所。
私が望んでも届かぬ場所。
痛む頭に無表情で耐えながら、ゴミ集積所にたどり着いた。
私は何も考えられないまま、ぬいぐるみを思いっきり地面に叩きつけた。
気分がひどくなる代わりに、頭の痛みがスッと引くのを感じた。
痛いのは、嫌だ。
包帯を巻いても、薬を飲んでも、治らない痛みは嫌だ。
今の私は、きっとひどい顔をしているんだろう。
このぬいぐるみが作っている笑顔と対照的な、醜い顔をしているんだろう。
でもこの痛みを解消するには、これに無茶苦茶に当たるしかなかった。
痛みを消してくれる蜜を舐めるために、無心に残酷な仕打ちを繰り返す。
かわいそうに思うくらい人格を感じていたそれは、段々とただのモノになってきた。
布と、綿の塊。
すっかり形を変えたそれを見るころには、頭の痛みはすっかり引いた。
肩で息をしながら、妙にすっきりした頭と、脚の痛みが次に何をするべきかを教えてくれる。
ゴミはきちんとまとめておかないと。
まとめてあるごみ袋の中から、まだ入りそうな袋の口を解いて、散らばったものをまとめて中に詰め直す。
口をきちんと縛り直して、終わり。
気分はまだ悪いままだったけど、頭痛はよくなった。
良かった。私の呪いはきっと、解消されたんだ。
目の周りがじわっと熱くなる。そのあとに涙がやっと、少しだけあふれる。
ふらつく脚で身体を支えながら、ドアを閉めるのも忘れて、倒れこむように横になる。
私はそのまま、昨日と同じく、気を失うように眠りに落ちた。

また、目が覚める。頭が重い。
今度の部屋は暗かった。横から、ルームメイトの寝息。
目なんて覚めなくても良かったな、と思う。お母さんに怒られそうだけど。
また今朝と同じようにスマートフォンに時間を教えてもらおうと身体を傾けると、頭からズルっとタオルが落ちてきた。
途端に頭が軽くなる。
なるほど、これのせいだったのか。
スマートフォンに手を伸ばそうとすると、手に誰かの熱を感じることに気付く。
暗くてよく見えないけど、誰かが私のベッド脇に椅子を持ってきて、座っていた。
私の手を握ったまま、規則正しい寝息を立てている。
これ、動けないじゃん。どうしよう。
反対側の手で、何べく静かにスマホを手に取る。2時47分。
『大丈夫か?』
『イチちゃん、脚の具合はどうですか』
『何があったん?ヘーキ?』
『センセーには言ってあるよ!ノートは取ってないけど笑』
『足を切ったと聞きました。日常生活には気を付けてください。治るまで、トレーニングはレースの研究に……』
たくさんの通知を流し見る。
自分を励ます文章が、今ばかりは全部返ってきた呪いにしか見えない。
スマホを投げ出す。もう、気分が悪い。
目を閉じて、何とか眠ろうとする。
そう思えば思うほど、眠れない。目の裏を赤黒い何かが走っていく。
手を握られているのも忘れて、寝返りを打った。
「んん……。」
椅子に座った子が声を上げる。はっ、としたように目を覚ます。
「ああ、寝ちゃってました……。」
クリークさんの声だ。ふぁ、と小さいあくび。
「イチちゃん、起きましたか?」
ルームメイトを起こさないようにか、ささやくような声。
返事をするかどうか、一瞬迷う。
今の私は、誰のお世話にもなりたくなかった。
寝たふりを決めこんで、規則正しく呼吸する。
何回か呼吸を繰り返すと、クリークさんがまた囁くように声を出す。
「イチちゃん。わかってますよ。起きていますよね。」
なだめるような、叱るような、優しくて力強い声。
少し揺らいだけど、深く息を吸って聞こえていないふりを続ける。
少し深く吸いすぎたのかもしれない。クリークさんがほんの少しだけ、語気を強めたように話す。
「お水を飲んでご飯を食べないと、治りませんよ?」
私は寝てる。寝てるんだ。
肩に思わず力が入る。すると、握られていた手にもっと強い力を感じた。
「ほら、起きてください。」
ベッドのシーツがずれるほど強い力で手を引かれて、思わずわっ、と声が出る。
「やっぱり、起きてたんですね。」
「あの、クリークさん。」
「ダメです。さあ、起きてください。」
シーツをどかされ、肩と膝の裏に腕を差し込まれて持ち上げられる。
「クリークさん、私、歩けますから。」
「しーっ、ですよ。起きちゃったらどうするんですか。」
顔は見えないけれど、きっと怒っているんだろう。
クリークさんは無言のまま、部屋の扉を開けて、廊下に出る。
クリークさんの肩越しに見えたサイドテーブルの上には、ぬいぐるみの代わりに、月の光に照らされる花瓶と、花が一輪刺さっていた。
ラウンジの椅子に座らされて、クリークさんを待つ。
私の周りと、遠くに見えるキッチンだけが光で照らされている。
ところどころ闇に沈むラウンジは、暗闇から何かが私を見つめているようで、気持ち悪い。
それと目が合うのが怖くて、ずっとうつむいている。
脚にまかれた包帯が目に付く。さっきは歩けるなんて言ったけど、床に足を押し付けてみると、きちんと痛んだ。
思ったより深く刃が入ってしまったのかもしれない。
さっき見たトレーナーさんからの通知が、心をきゅっと締め付ける。
ごめんなさい。
「はい、お待たせしました~。あったかいごはんですよ。」
暗い考えで頭がいっぱいになる寸前、頭上からクリークさんの声がした。
手に持っているお盆を、私の目の前に置く。
土鍋とお漬物だけの、シンプルな御膳だった。湯気からお出汁の優しい香りが漂う。
「どうぞ、お顔を上げて、食べてくださいね。」
クリークさんがタオルを当てて土鍋の蓋を開けてくれる。湯気が立ち上る。
視界が晴れた先に会ったのは、かにかまの載った、少しとろみのついたスープに入ったうどんだった。
クリークさんを見上げる。
「あの、クリークさん。」
「お腹減ったでしょう?さあ、召し上がれ。」
部屋を出てキッチンに入るまで、クリークさんは一言も話してくれていなかった。
やっぱり、ちょっと怒っているんだろうか。
言われたとおりに、手を合わせる。
お箸に手を伸ばそうとしたら、クリークさんの手が、遮るように私の右手に触れた。
「イチちゃん。大事な言葉が聞こえませんでしたよ~?」
「あ、あの。」
「元気なお声を聞かせてください、イチちゃん。ね?」
やっぱり、今も怒ってる。
もう一度手を合わせて、クリークさんの目を見ながら、はっきりと言う。
「いただきます、クリークさん。」
「はい。声を出さないと、元気になりませんから。」
今度は、お箸に手を伸ばしても、止められなかった。
出汁にとろみが移るほど、じっくり煮た細いうどん。
消化が良くて、ご飯に比べると栄養として吸収が早いうどんは、体力の回復を素早く促す。
添えられたかにかまの塩味と風味が、弱った身体にも優しいアクセントとして舌の上に広がる、のだろう。
身体は弱ってないからわからないけど、クリークさんの心持ちが心に沁みる。
うどんを口に入れながら、クリークさんをちらっと見る。
優しい笑顔で、じっと私を見つめていた。いたたまれなくなって、うどんに目を戻す。
透明なお出汁に泳ぐ麺を捕まえて、口に運ぶ。時折、お漬物を挟む。
気分が悪いと思っていても、一度食べ始めると身体は正直なもので、エネルギーを求めてくる。
私が食べている間、夜遅い時間なのに、クリークさんは何も言わずに私を見つめていた。
最後のかにかまを食べ終わって、お箸を置く。
手を合わせて、クリークさんに聞こえるように、きちんと声に出す。
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。」
少し安心が混じったような声でクリークさんが答える。
「本当のところは、食べてもらえないかと思ってました。」
「クリークさん、私が起きてたって気づいてたんですか。」
「いいえ~、ちょっとひっかけてみたんです。分かっていませんでしたよ。」
やっぱり、クリークさんのほうが人として一枚上手だ、と思わされた。
「クリークさん、ずるいです。」
「ふふ、ごめんなさい。でも、イチちゃんだって私を一度無視したんですから、おあいこです。」
クリークさんがこちらに手を伸ばし、お盆を持って立ち上がろうとする。
「クリークさん、悪いです。」
「イチちゃん。ダメです。」
ぴしゃりと言い切られる。
「深くないとはいえ、脚を切ってしまったんですから、座っていてください。」
クリークさんが真剣な眼差しで私を見る。
「私は一番近いところで見たんです。イチちゃん、私を安心させてください。」
お盆を持ち上げて、はっきりと言い渡された。
そのままキッチンへ向かう背中に、私は言葉をかけることができなかった。
暗闇から見られていたくなくて、下を向いてクリークさんを待つ。
「お腹は落ち着いたかな、ポニーちゃん。」
突然、フジ寮長の声が聞こえてギョッとした。
顔を上げる。明るく光るキッチンだけが遠くにあって、誰も見えない。
「昨日の朝に突然倒れたと聞いて、驚いたんだ。」
左右を見る。自分の周りを照らす光の範囲にも、誰も見えない。
「君をみんなで部屋に運ぶ間も、ベッドに横にした後も、すごいうなされ方だったよ。」
後ろを振り返る。光を反射して薄く光る壁と、カーテンが見えるだけだった。
鼓動が速くなる。呼吸のペースが上がって、背中を汗が伝う。
ドク、ドクという鼓動が、体の内側から聞こえてくる。
「クリーク君は脚から出血しているのを見て、涙ぐんでしまったくらいだ。」
声だけが響く。どこから聞こえているのかも分からない。
パニックになりかけて、立ち上がろうと椅子に手をかける。
「ああ、立とうとしないでポニーちゃん。脚が痛むだろう。」
まるで自分が責め立てられてるときみたいに、脳が熱くなる。
一体、どこに。
「君の目の前だよ、ポニーちゃん。」
聞こえた言葉のまま、正面に振り返る。
そこには、テーブルに肘をついて座るフジ寮長がいた。
「そんなに慌てないで。どうしたんだい。」
脂汗を流し、口を半開きにして呼吸を繰り返しながら、フジ寮長を見つめる。
「何か、よこしまなことでも考えていたのかい?」
はい、その通りです、と言えたらどんなに楽だったろうか。
反応を返せないまま、フジ寮長が続ける。
「クリーク君以外のみんなは、ポニーちゃんが昨日から、正確には二日前だけど、ずっと寝込んでいたと思ってる。」
フジ寮長の視線は、私の目を捉えて離さない。
「でも、本当は一度起き出していたみたいなんだ。まだ太陽が昇ってもいないくらいの時間にね。」
自分がしたことの残酷さを、無理やり思い起こされて気分がまた悪くなる。
フジ寮長の視線から逃げるように、自分への嫌悪感を抑え込むように、下を向く。
「イチちゃん。私のほうを見るんだ。」
声色を変えないまま、フジ寮長が告げる。
私は、顔を上げることができなかった。
早くこの時間が過ぎてほしい、終わってほしい、と願いながら少しの間を置いた後。
「レスアンカーワン。」
冷たい声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
「私のほうを見るんだ。」
刃物で刺されたような痛みを感じて、顔を上げる。
フジ寮長の青い目が、監視カメラのレンズのように、私を見ている。
「詳細には言わないけれど、ずいぶんと無茶なことをしたみたいだね。」
顔から血の気が引くのを感じた。
見られていたの?あんな時間に?
それとも、クリークさんと同じようにハッタリ?
「脚の傷口が開くのも構わず、酷い当たり方だったね。」
合図を出されたかのように、脚が痛みを訴えてくる。
「自分の中で決着をつけず、ただ自分が愉快になるためだけに、人が不愉快になることをしてはいけない。」
真っ当な正論をぶつけられて、心に波が立つ。
私はただ、フジ寮長の顔を見続けることしかできず、何も言えなかった。

「明日、もう今日か。今日も一日休むんだ。私から職員さんたちには伝えておくから。」
フジ寮長が立ち上がる。
「そのあと、ちゃんとオグリと向き合って、決着をつけなさい。」
その言葉の後、フジ寮長が顔の横で指を鳴らした。
「イチちゃんは君自身が思うほど、悪い子じゃない。」
その言葉の後、私たちを照らしていた照明が消えて、暗闇が私たちを囲む。
「自分自身だけは、どんなに上等なトリックでもだまし続けられないよ。」
フジ寮長の声だけがラウンジに響く。
「君はたまたま、トレセン学園の勝利と結果への執念に、吞み込まれてしまっただけなんだ。」
どこから聞こえてくるのかもわからない。
「それでも、それは君自身で乗り越えなければいけないんだ。頑張ってね。」
それだけ言った後、もう一度指が鳴る音が響いて、照明が元に戻る。
そこにはもう、フジ寮長はおらず、一人呆然とする私だけが取り残されていた。

「お待たせしました。お部屋、戻りましょうか。イチちゃん。」
クリークさんの声に、また身体が跳ね上がる。
呆然としていた私は、クリークさんがすぐそばにいることにも気づかなかった。
「クリークさん、あの。」
「どうしました?やっぱり、脚が痛みますか?」
「いや、痛くはないんです。ただ、その。」
これから話そうとすることの意地汚さに、自分でも言いよどむ。
「さっきの、フジ寮長の話、聞いてましたか。」
私は、まだ保身を図っていた。
諦めろ、乗り越えろ、解決しろ、とさんざん叱られたのに。
私とオグリとの間にいない人たちには、私がしてしまったことを知られたくなかった。
クリークさんは少し考えるように顎に手を当てた後、首をかしげる。
「こんなに遅いのに、寮長さん、いらしたんですか?」
そういって、キョロキョロと周りを見回す。
静かな誰もいないラウンジで、響かないような声量ではなかった。
それなのに、クリークさんは気づかなかったというのが信じられなかった。
「クリークさん、またカマかけてるんですか。」
「一人にしてしまってごめんなさい、って思ってましたよ。誰もいなかったです。」
クリークさんはいたずらでひっかけるけど、嘘はつかない人だ。
「きっと動揺しているんです。また、休みましょう?」
そういって、私を持ち上げる。
私が話をしたあのフジ寮長は、ご飯を食べて安心した自分が作った幻覚だったのだろうか。
それとも、フジ寮長の盛大なマジックにひっかけられてしまったのだろうか。
何もわからないまま、クリークさんにしがみついていた。
部屋のベッドに戻されて、クリークさんにお礼を言う。
「ありがとうございました。」
「とんでもないですよ~。もう、大丈夫そうですね?」
はい、と返事をして布団をかぶる。
昨日よりは幾分落ち着いた気持ちで、私は眠りに落ちた。

次の日、正確には当日の夜だけど、私は自然に目を覚まさなかった。
私が解決しなきゃいけない問題が、私を起こしに来たからだ。
「イチ、大丈夫か。脚を切ってしまったと聞いたぞ。」
オグリキャップ。
脳裏にぬいぐるみの顔がちらつく。
「あ、あの、オグリ。」
「うん、どうした。」
言葉が詰まって話せない。金縛りにあったように、身体が動かない。
自分がめちゃくちゃにしてしまったぬいぐるみが思い出されて、喉がつかえる。
呼吸が、上手くできない。苦しい。
喉に手をやっても、空気が吸えるわけではなかった。
オグリがベッド脇に膝をつく。
「イチ、大丈夫か。」
見たくない、アンタの顔だけは、今は見たくない。
目を強く閉じて、顔をそむける。
「イチ、落ち着くんだ。大丈夫だぞ。」
オグリが私の胸に手を置いて、もう片方の手で私の手を握る。
「大丈夫だイチ、何も言わなくてもいい。」
やめて。優しくしないで。
私は、ひどく卑怯な方法で、一度アンタを壊してしまったんだ。
オグリから逃げるように、壁際に寄る。

すると、少しの沈黙の後、オグリが手を離した。
「分かった。すまない、無理をさせてしまった。」
オグリが離れて、反対側のベッドに座る音がする。
「イチの準備できるまで、ここで待つ。イチのルームメイトは、今私とタマの部屋にいるんだ。」
真っすぐな声のまま、続ける。
「大丈夫だ、私はどこにも行かない。」
それを言ったきり、話さなくなった。
何十分か、何時間か、分からないほどの時間が経った。
私は、まだ壁のほうを向いたまま、シーツにくるまっていた。
オグリから逃げるように、フジ寮長に言われたこともできないで、ただ怯えていた。
そんな自分が胸の奥を焼いて、どんどん思考が鋭くなって、自分を傷つける。
もういよいよ、寝て誤魔化してしまおうか、と思ったとき、オグリが立ち上がる気配がした。
心がじわっと、安心感で満たされていく。まぶたの裏に熱い水が溜まる。
ああ、良かった。
諦めてくれた。私を見限ってくれた。
オグリにまるで似つかわない私を、オグリのほうから切り捨ててくれた。
それでいい。私は今、みんなから見捨てられたいんだ。
このまま、ここでずっと眠り込んでしまいたい。
どこかもわからないとこに、ずっと沈み込んでいきたい。

そんな風に考えていた矢先、身体に強い力が加わった。
ぐるんと肩が回転して、仰向けになる。思わず目が見開く。
蛍光灯の光が、私の目を焼く。
何とか視界が戻ってくると、オグリの真剣な顔が私を見つめていた。
「イチ。私は諦めない。」
強い語調で、切り込むような声で、口を開く。
「イチが抱えてしまっているものを、私が知るまで、絶対に諦めない。」
オグリがシーツごと、私を起き上がらせる。
「イチが話してくれるまで、絶対に待つ。」
私の唇が震える。とどまっていた涙が、流れてきた。
私の気も知らないで。
私の心持ちも知らないで。
どんなに私が惨めか知らないくせに。
「あ、アンタ、にっ、何が分かるって。」
やっと震えた喉から、かすれた声が出る。
「アンタじゃ、私の、気持ちなんて。」
言いたくない。分かってほしくない。
この気持ちは、私が死ぬまで抱えるんだ。
誰もわかってくれないから。伝わったら、分かるように軽蔑されるから。
振り絞って突き放すようなことを言っても、オグリは私をじっと見て、逃がしてくれなかった。
「いや、やめて、オグリ。」
見ないで。お願い。
首が下に向こうとしたとき、オグリが私のほっぺを両手で捕まえてきた。
そのまま、顔を持ち上げられる。
私の酷い顔が、オグリの目の中に映っていた。
「イチが準備できるまで、私が話す。聞いていてくれ。」
「イチというウマ娘は、私の大切な友人なんだ。」
違う。
「私がここにきて、毎日行くためのカフェテリアまでの道を教えてくれた。」
違うの、オグリ。
「それだけかと思ったら、出会って一番最初に、お弁当を差し入れてくれたんだ。」
それには、わけがあって。
「どうして初対面の私にお弁当をくれたのか、全くわからなかった。何か、裏があるんじゃないかとも思ってしまったんだ。」
知ってたの。
「私もお腹が空いていたから、思わず受け取って、蓋を開けてしまったんだ。」
それは、アンタがよく食べるってつけこんで。
「でもそれは、間食にちょうどいい、とても素敵なお弁当だったんだ。」
違う。
「野菜がいっぱい詰まって、油の少ないお弁当は間食にぴったりだった。」
嫌がらせで、困らせてやるって。
「イチと仲良くなってから、一緒にご飯を食べたり、出かけたりして、すごく楽しい。」
私は、オグリを裏切ってたの。
「イチのおかげで健康が管理できて、トレーニングにも力が入って、レースにも勝てる。」
やめて、もう、やめよう。
「いつもありがとう。イチ。」
でも、私は。
「……だが、私は、イチに謝らなきゃいけないって、ずっと思っている。」
「イチは、私の名前を知っているか。」
聞かれても、声が出せない。
かすれるような声で、何とか答える。
「オグリキャップ、でしょ。」
「そうだ。イチ、私に同じ質問をしてくれないか。」
「えっ?」
「いいから、頼む。」
訳が分からないまま、オグリに聞く。
「オグリは、私の名前、知ってる?」
オグリが苦虫を嚙み潰したような顔をして、苦々しく口を開く。
「……私は、イチの名前を知らない。」
それは、私が言っていないから。
「イチは他に、私のどんなことを知っているか、教えてくれるか。」
時間をかけて、呼吸を整える。
長い時間が経った後、やっと答えた。
「……葦毛で、背が高くて、よく食べて、よく走って、皆から憧れてて。」
「うん。」
「……でも、ちょっと抜けてて、期待に応えようって思ってて、皆の嫌いなものでも食べて、人の知らないところでたくさん努力してる、よ。」
答えながら、息が切れる。私との差に、辟易とする。
言い終わった後、オグリがまた質問する。
「イチ、また、私に同じ質問をしてくれないか。」
「オグリは、私のどんなことを知ってる?」
「イチは栗毛で、背が私より低くて、私の友人と仲が良くて、料理が上手で、私に毎朝お弁当をふるまってくれる。」
だんだん悲しそうな顔をしながら、うつむいていく。
「……それだけなんだ。」
オグリの手が、私の頬から膝まで下がる。
「何かお返しをしたいのに、私は自分のことばかりで、イチのことを知ろうとしてこなかったんだ。」
「オグリ、あの。」
震える唇を何とかこらえて、言葉を作る。
時間をかけて、振り絞ったつもりでも、やっぱり蚊の鳴くような声しか出てこなかった。
「私は、オグリに知られたくなかったの。」
オグリが顔を上げる。
「最初は、別にオグリに親切にしてやろうって気もなかったの。」
声に変な音が混じる。
やめて、今は泣かないで。
「いきなりここに来た葦毛が、どういうわけかすごい強くて、ちょっと見てやろうって気持ちだった。」
目尻にたまった涙が、頬を伝っていく。
「でも、オグリは私なんかと比べ物にならないくらい、大きかった。」
顔を覆って、涙を拭く。拭いても拭いても、止まってくれない。
「オグリと仲良くなろうと思ってたわけじゃない。オグリを困らせてやろうって、そんな気持ちで。」
顎先で溜まった涙が、落ちそうになる。
「全部隠して、オグリがひとりでに調子を崩すところを、笑ってやろうって。」
「イチ……」
オグリの手が顎先に触れた、気がする。
「だから一昨日にも、オグリに酷いことをして、私。」
「イチ。」
オグリの声と一緒に、部屋が暗くなった。
「ありがとう。」
オグリが、私に覆うように、優しく抱きしめる。
「私はオグリに助けてもらうようなヤツじゃないの。」
「いいんだ、イチ。話してくれて、ありがとう。」
「ごめん、ごめんなさい……」
「イチが届けてくれる思いがどんなものであっても、私はそれを受け止められる。」
優しい声が二人きりの部屋に響く。
「でも、私は。」
「悪意も、もしかしたらあったんだと思う。」
オグリのが私の背中をさする。
「だからこそ、イチは今こんなに苦しいんだと思う。」
もう片方の手で、オグリが私の後ろ頭に手を当てる。
「それなら、私が全部受け止めてみせる。」
「えっ。」
「私はイチの前向きな気持ちも、後ろ向きな気持ちも全部、平らげてみせる。」
オグリが膝をついて、私の肩に手を置く。藍色に輝く目が、まっすぐに私を見る。
「私はイチの全部を貰って、最後まで立ってみせる。だから、イチの思っていることを全部教えてくれ。」
やめて、オグリ。
「全部貰って、栄養にして、レースで走って、また戻ってくる。」
オグリの親指が、私の目元を拭う。
「イチはとっても優しいんだ。だから泣かないでくれ、イチ。」
私の見たことないような顔で、聞いたことない声で、オグリが私に話しかける。
私だって、アンタの知らないところ、いっぱいあるのに。
「イチが私のことを支えてくれているように、私にもイチのことを助けさせてくれ。」
それに、とオグリが言葉を続ける。
「私は、そこまでしょっぱい料理は、あんまり好きじゃないからな。」
言われたことの意味が分からなくて、涙が途切れる。
今そんなこと言うなんて、バ鹿。
本当に、しょうがないやつ。
でも、そうだからこそ、私はコイツに惹かれたのかもしれない。
「ね、オグリ。」
「どうした、イチ。」
私の様子を探るように、オグリの耳が動く。
「今日は、部屋に帰るの?」
「いや、実は、フジ寮長が決着がつくまでイチと一緒にいろ、と言っていた。」
決着がつく、という言葉。
やっぱり、あの時のフジ寮長は本物だったのかもしれない。
「オグリ、もう少しだけ、ここにいて。もうちょっとだけ、話そ。」
私の言葉に、オグリが丸い目をキラキラさせる。
「うん。イチのことをもっとよく知れるまで、私もここにいたい。」

胸の中が全部晴れたわけじゃない。
まだ、気持ちと思惑を全部、話したいわけじゃない。
やっぱり、本心を知られるのは、すごく怖い。
でも、オグリに酷いことをしてしまったことをちゃんと謝って、歩み寄る。
物陰から怖がりながら覗くんじゃなくて、真っすぐ向き合って、直接オグリに触れたいと思った。
自分で責任を取るんだ。
オグリの手を取って、両手でぎゅっと握る。
「今まで、ごめんなさい。」
「大丈夫だ、イチ。ちゃんと治ったあと、また、イチの美味しいお弁当を食べたい。」
「うん。分かった。任せといて。」
皆のおかげでゲートを飛び出せた私の目元は、きっと少しだけでも、優しくなっていたと思う。

了

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3つ目(≫144~146)

二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 00:13:57

オグリのぬくもりを背中から感じる。
「イチは、どんな料理が好きなんだ?」
「ふふ、何それ。そうね、和食が好き。」
「そうか。肉と魚だったら、どっちが好きだ?」
「魚。焼き鯖とか好きかな。」
「そうか……。」
話すたびに、オグリの吐息が耳に当たってこそばゆい。
「てか、和食だったらそんなにお肉の料理多くないでしょ。」
「そ、そうだな。すまない……。」
「ヘコむなって。」
「あっ、朝ごはんだったら旅館とホテル、どっちが好きなんだ?」
思わずぷっ、と吹き出してしまう。
「どういうこと?和食か洋食かってこと?」
「そ、そうだ。」
「そりゃもちろん旅館かな。ごはんと、お味噌汁と、お漬物。あと鮭とかあったらサイコーだね。」
「私だったら、それに味付け海苔と、茶わん蒸しと、煮物と、小鉢と……」
「多い多い。お腹はちきれちゃうでしょって。でも、味付け海苔はいいね。」
「イチも好きか!」
「子供のころ、味付け海苔だけこっそり食べて、怒られるよね。」
「ああ、あったな。私の家では味付け海苔はごちそうだったから、お母さんが真っ青になってしまっていた。」
「やっぱりどこでもそうなんだね。うちのお母さんは赤くなってた。」
「ふふ、イチと共通点があって、嬉しいぞ。」
オグリが私のお腹の前で、手を組みなおす。
「イチは、柔らかいんだな。」
「はぁ?!」
「ああっ、いや、悪気はないんだ。」
「悪気がないとかじゃなくて、そういうの、ありえなくない?」
「いや、次の話題を探していて、手に触れたお腹のことを、つい……。」
身体を動かしてやる。
「ちょっと、もう終わりだかんね。」
「そ、それは嫌だ!どこにも行かせないぞ。」
私を抱きしめる力が強くなる。
あんまり強く抱きしめるから、おかしくなった。
「ねえ、ちょっと必死すぎ。」
「今イチに逃げられてしまったら、もうチャンスが無いだろうから……。」
本気でしょんぼりした声になる。もう。
「オグリ、ほんとそういうこと言うのやめたほうがいいよ。」
「何だか前も同じことを言われた気がする……。イチ、それはどういうことなんだ?」
「教えてあげない。」
「ず、ずるいぞイチ!」
「ヤだ。」
だって、私にも言ってくれるじゃん。
「……意地悪なイチは、嫌だということが分かった。」
「そ、頑張って機嫌とってよね。」
ぐいっ、とこれ見よがしにオグリに身体を寄せてやる。
「……うん、気を付ける。」
ちょっと待てよ。
「私、風呂入ってないじゃん……」
「そういえば、私もだ……」
スマホで時間を見る。
「あと8分で浴場も閉まってしまうな……」
「ね、ちょっと、離れてっ。」
「なっ、嫌だ、絶対離さないぞ。」
「はぁっ、アンタ、マジで待ってって。」
「イチからは変なにおいもしないし、なんとも思ってない。大丈夫だ。」
「いや、大丈夫なわけないでしょ。せめて着替えさせて!」
「私も着替えを持ってきてないから、おあいこだ。」
「マジで意味わかんないからやめてって、ちょっと!」
「どうしてそんなに頭を遠ざけるんだ、イチ。」
「どうしたもヘチャチャもないっ!」
「今日はイチのことをよく知るって決めたじゃないか。」
「これのどこがよく知るってことなの!ちょっと、本気になるのやめてって!」
「イチが寝付くまで絶対に逃がさないからな。」
「もー!」

了

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4つ目(≫173~176)

二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 06:00:06

「ほっ、ほっ。ああ、イチ。」
「おはよ。今日も精が出るね。」
「うん。しっかりお腹を減らしてきたぞ。」
「そうじゃなくて、トレーニングをしてきたぞ、でしょ。」
「ふふ、そうだな。すまない。」
「今日はどうしてたの。」
「神社の境内を駆け上がってきた。見たことのない狐と狸がいたんだ。」
「え、あの神社、野生の狐と狸なんか住んでるの?」
「首輪はついていなかったからな……野生だと思うぞ。」
「こわ~……まあ、でもオグリが噛まれなくて何よりだよ。」
「うん、ありがとう。」
「何、待ちきれないって顔して。」
「今日もイチのお弁当が楽しみなんだ。」
「残念ながら、今日はお弁当、ありません。」
「……なにっ?」
「だから、お弁当は、ありません!」
「そ、そんな。」
「本当です。」
「……嘘をついているんだな。嘘をつくイチは、嫌いだぞ。」
「ホントーなんだからしょうがないじゃん!」
「そうなのか……食材がなくなってしまったのか?」
「まあ、そんなとこ。ねえ、つっ立ってないで、座りなよ。」
「そんな……どうすれば……カフェテリアの朝ごはん定食でもいいが、少し量が……」
「オグリ、ほら。座りなって。」
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。」
「いつも作ってくれるのはありがたいが、大変だろうと思っていたんだ。」
「そりゃ、まあ大変ですねえ。」
「しかし、いざなくなってしまうと、とても悲しいな……」
「……もう、そんなマジに落ち込まなくてもいいじゃん。はい、これ。」
「……ん、これはなんだ?」
「ずいぶん細長いな……おおっ、危ない。」
「気を付けてね。アルミホイル、取ってごらん。」
「うん。……おおっ!」
「アハハ、そんな耳立てなくても。」
「イチ!巻き寿司だ!」
「知ってる知ってる。」
「とてもきれいだな……おお、これはお肉か?」
「ちょっと待って、喜びかたハンパなさすぎるでしょ、ちょっと、ウケる。」
「ウケてる場合じゃないぞ、イチ!海苔巻きだ!」
「だから、知ってるって。私が作ったんだから。」
「イチが、これを!おお……」
「感動の仕方ヤバいって。ヨソでそれしないでよ?」
「今日はお弁当の代わりにこれなのか?」
「そう。だから、お弁当はありません。」
「そうだったのか……ありがとう、イチ。そしたら、早速。」
「待った!」
「な、イ、イチ?」
「今日は何日でしょうか。」
「何って、3日だぞ?」
「そ。ということは?」
「な、んん……」
「えっ、掲示板にイベントやるって貼ってあったじゃん。」
「……ああ!お豆を食べるイベントだな。年齢分しか食べれないから、皆お腹が減らないかと心配してたんだ。」
「そう。ということは?」
「……放課後にカフェテリアに集まる日、か?」
「えぇ~……わからなかったら、それ没収。」
「ま、待ってくれ!ええと……んん……あっ、あれだ!」
「うん、どれ!」
「ええと……節分だ!」
「正解!ということは?」
「と、ということは?」
「その海苔巻きはなんていう名前でしょうか?」
「……ああ!恵方巻か!」
「正解!あーよかった。オグリのために作ったのに、食べてもらえないところだった。」
「はい、じゃあオグリ……えー、こっち向いて。」
「ん、こっちか……少し太陽がまぶしいな。」
「今年は東北東がいいんだってさ。食べ始めたら、喋っちゃだめだからね。」
「うん、分かった。イチはいいのか?」
「私はそれ作ったときに、クリークさんと済ませちゃったから。」
「そうか。ちょっとだけ、残念だな……ああそれと、もう一つだけいいか?」
「うん。」
「恵方巻は、一本だけだろうか?」
「あー……先聞いちゃう?」
「な、何かまずかったか?」
「あと5本、切ってあるよ。」
「本当か!」
「そう。全部食べ終わるまで、無言だよ。」
「分かった。任せてくれ。」
「ふふ。」
「それじゃあ、いただきます。」

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