細くざく切りにし、塩でしんなりさせたキャベツの水気をぎゅっ、と絞っているとき、後ろの方から戸が開く音が聞こえた。喫茶『サイレント・スクレイパー』に誰かが来たようだった。上履きの音からして、大人の誰かではなく、生徒のよう。
すぐさま、カフェさんの残念そうな声がついてくるのも聞こえた。それだけで誰が来たのか分かってしまって、ふふ、と思わず口から息が漏れてしまう。
すぐさま、カフェさんの残念そうな声がついてくるのも聞こえた。それだけで誰が来たのか分かってしまって、ふふ、と思わず口から息が漏れてしまう。
「……なんだ、タキオンさんですか」
「露骨に残念そうな表情を浮かべられるのは、すっかり慣れたといってもやはり悲しいものだねぇ。仮にも喫茶店なのに歓迎の言葉もない」
「お言葉通り、歓迎していませんので……」
「邪魔するよ」
「ええ。その通りですから、端の席に座ってください……ほら、陽当たりもいいですよ」
「この日中で屋内の日なたに座れというのかい? 暑くてたまらないじゃないか」
「ええ。その通りですから、ぜひ」
「露骨に残念そうな表情を浮かべられるのは、すっかり慣れたといってもやはり悲しいものだねぇ。仮にも喫茶店なのに歓迎の言葉もない」
「お言葉通り、歓迎していませんので……」
「邪魔するよ」
「ええ。その通りですから、端の席に座ってください……ほら、陽当たりもいいですよ」
「この日中で屋内の日なたに座れというのかい? 暑くてたまらないじゃないか」
「ええ。その通りですから、ぜひ」
相手は予想通りタキオンさんで、早く帰したそうな誘導があまりに露骨だったから、さらに笑いがこみあげてくる。我慢できなくなって、あはは、と声になってしまった。
毛嫌いしているようで、実際にはよく通じ合っているクチなのだろう、小気味いいテンポの会話が、少し改造した教室に響く。司会が面白いから何を喋らせても面白くなるラジオを聞いているようで、キャベツに使うゴマをする手のスピードが上がる。
擦り終えたら、キャベツをボウルに移す。マヨネーズと砂糖、少しのお酢とコショウをすべてあけて、ダマにならないように混ぜる。最後にすりゴマをふりかけて味を見る。
うまくできた、と思っていたら、タキオンさんの声がはっきりとこちらに届いてきた。
毛嫌いしているようで、実際にはよく通じ合っているクチなのだろう、小気味いいテンポの会話が、少し改造した教室に響く。司会が面白いから何を喋らせても面白くなるラジオを聞いているようで、キャベツに使うゴマをする手のスピードが上がる。
擦り終えたら、キャベツをボウルに移す。マヨネーズと砂糖、少しのお酢とコショウをすべてあけて、ダマにならないように混ぜる。最後にすりゴマをふりかけて味を見る。
うまくできた、と思っていたら、タキオンさんの声がはっきりとこちらに届いてきた。
「おぉい、イチ君からも何か言っておくれよ」
「イチさんは今、調理で手が放せませんので……」
「はーい、ちょっと待ってて!」
「イチさんは今、調理で手が放せませんので……」
「はーい、ちょっと待ってて!」
小鉢に和風コールスローサラダを少し取って、タキオンさんに返事する。お箸と一緒にカウンターまで持っていくと、やあ、と片手を上げ、私もそれに首だけで返事する。
「こんにちは」
「元気そうでなによりだ、イチ君」
「イチさん、貴重なお料理ですから、出さなくて大丈夫です」
「元気そうでなによりだ、イチ君」
「イチさん、貴重なお料理ですから、出さなくて大丈夫です」
ⅠⅠⅠⅠⅠ
「一応常連のお客さんなんだから、そういうわけにもいきませんよ」
「お店にもお客さんを選ぶ権利はあります……」
「お店にもお客さんを選ぶ権利はあります……」
とびきり苦味の強いコーヒーを飲んだような顔をしながら、横目でタキオンさんを見る。そんなカフェさんを意に介することもなく、顎に手を当て、まじまじとコールスローサラダを見つめている。
「これは、実においしそうじゃないか!」
「ちょうど出来たてですから、味見役の第一号になってください」
「それは嬉しいねえ。イチ君の料理、特に野菜を使ったものはハズレが無いことは有名だし、喜んで実験台になろうじゃないか」
「イチさんの料理を実験などと言わないでください……」
「ちょうど出来たてですから、味見役の第一号になってください」
「それは嬉しいねえ。イチ君の料理、特に野菜を使ったものはハズレが無いことは有名だし、喜んで実験台になろうじゃないか」
「イチさんの料理を実験などと言わないでください……」
ちょっと本当に怒っていそうな口調になっているカフェさんをたしなめる。タキオンさんはどうも食に不肖なところがあるのは有名だし、カフェさんも私の料理を評価してくれていることが伝わってきて、嬉しくなった。
いただきます、と手を合わせている。ちゃんといただきますをするあたり、食に興味が無いとか蔑んでいる訳ではなく、食べることよりも興味のあることを本当に優先したいタイプなのだろう。ルームメイトもモニーもそういうタイプだから、なんとなく気持ちは理解できた。
いただきます、と手を合わせている。ちゃんといただきますをするあたり、食に興味が無いとか蔑んでいる訳ではなく、食べることよりも興味のあることを本当に優先したいタイプなのだろう。ルームメイトもモニーもそういうタイプだから、なんとなく気持ちは理解できた。
「本当に味見をしていないんですか?」
「いえ、もちろん済ませてます」
「カフェ、君もこれを食べたまえ! やはり絶品だ」
「いえ、もちろん済ませてます」
「カフェ、君もこれを食べたまえ! やはり絶品だ」
ご機嫌そうなタキオンさんを一瞥して、カフェさんは小さくため息をつく。
「イチさん、この方を喜ばせる必要は本当にありませんから……」
「タキオンさんが美味しいというなら間違いないわね。よかったら、カフェさんも食べて?」
「タキオンさんが美味しいというなら間違いないわね。よかったら、カフェさんも食べて?」
何故だか申し訳なさそうに肩の力が抜けているカフェさんに、もう一皿ぶんのサラダを取りよせるため、私はキッチンスペースに戻った。
