「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第六話「守るべきもの」

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 第6話「守るべきもの」

 ガルナハン地方、東ユーラシア政府軍サムクァイエット基地―――

 東ユーラシア政府軍マサムネ機動中隊“マニングス隊”隊長、アデル=マニングスは元来しかめっ面の生真面目な軍人である。しかしその生来のしかめっ面は今現在、更にしかめられて極めつけな不機嫌さをアピールしていた。
 (………何という大失態だ。栄誉ある我がマサムネ隊が私を残して全滅とは………。)
 部隊の隊長としてあってはならない事態である。とはいえ、元々が可変機のみで構成された機動中隊という特殊制上、“少数精鋭”を歌い上げた部隊。一人や二人で行われるミッションも往々にしてあり、この様な事態が無いわけではない―――が、どう考えても喜ばれる事態でも無い。
 アデルはこれまでの作戦で部下を小出しに出撃させていた。そこには勿論それだけの理由もあったが―――アデルの心にも『弱小テログループ如き』という思考はあったろう。………油断。それこそがこの様な事態をもたらしたのだと、アデルでも思わざるを得ない。
 「ガンダム、だと?―――“塵で出来たような“ガンダムだと!?」
 (………人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!)
 様々な情報を照合した結果―――全ての事象にその“ガンダム”が関わっている。
 (生産ラインにも乗らない、ハンドメイドの―――そこら辺の工場で適当に組み上げたようなMSに、私の部下達が敗北したというのか!?)
 あってはならない―――そうとしか思えない。
 同時に、アデルは確信していた。奴を倒さない限り、私に進退は無い―――と。アデルは持ち得る権限を全て用いて、ガンダムを倒す術を考えなければならなくなった。


 ………一方、リヴァイヴのアジト。
 そこでは、ユウナがしかめっ面をしていた。
 「ううむ………。」
 苦悩の表情。マスク越しでも良く解る。………何を悩んでいるかというと“ババ抜き”なのだが。
 「ほらほら、早く決めて下さいよ。」
 センセイが茶化す。カードを支えるソラは、最早呆れかえるばかり。
 (リーダーって………こんなもので良いの?)
 『こんなもの』呼ばわりまでされる惨状のユウナ。………まあ、たかだかカードゲームで百面相をやる位悩んでいれば子供だってそう思うだろう。
 「ぬうう………しかし………いやいや、こっちか?」
 ソラは、唖然である。―――とても大の男がやる仕草では無い。
 ソラは、ふと中尉に言われた事を思い出す。
 (リーダーとカードゲームをやる時、子供を相手にするようにしなさい。そうすればきっと勝てます。)
 ………酷い言われようである。
 とはいえ、ソラは言われた通りにしてみた。三枚あるカードの内のジョーカーをほんの少し、取りやすいようにずらしてみる。―――果たして、ユウナは悩んだ末「………これだっ!」とそのカードを引いた。
 ―――終始この有様。とてもユウナはゲームに向いているとは(ソラですら)思えない。目の前で様々なリアクションを取り続けるユウナの姿は、滑稽を通り越しているだろう。
 結果として―――誰でも予想が付くが―――勝負はソラの圧勝だった。
 「がーんっ!!なぁぁんて事でしょうかッ!?おお、神よっ!!」
 ………最早ソラも笑うしかない。
 それを見ながら、センセイも安心していた。―――ソラが笑えるぐらい、余裕を持ちだしてくれた証なのだから。


 数日前の戦いでダストガンダムは、盛大に壊れていた。
 脚部アクチュエーターはほぼ全損、右腕関節も壊滅状態。………とにかく、ありとあらゆるところが満遍なく壊れていた。
 ―――ここ数日でダストがまともに動くまで回復したのはメインメカニックのサイ=アーガイルの功績と言えるだろう。
 「………死ねる。」
 そう言って、ぱったりと倒れたサイを誰も責められないだろう。手伝った大尉以下三名及びシゲト、最大犯罪者として認定されたシンも皆、疲れ切っていた。
 「こ………これでどうだ?動くか?」
 「右腕部はこれで良いはずですよ………というか、動いて下さい………。」
 「誰のせいだ誰の。―――もうちょい機体を大事にしやがれ………。」
 「俺、寝て良い………?もうそろそろ限界なんだけど………。」
 半ば寝ながら、計器類をチェックするシン。………こちらも疲れ切っている。
 「………エネルギーバイパス接続。脚部及び右腕部エネルギー伝達確認。………あと、俺は何を確認すりゃ良いんだ………?」
 『後は可動確認だな。少し立たせて、右腕を振ってみろ。』
 「………了解。」
 最早コメントする気力も無い。レイに言われた通りダストを立たせて、右腕を振ってみる。木造、急造のMSデッキ内は狭いのでシンは眠気を耐え、慎重に操作する。―――壊したらまた修理しなければならないのだ。必死にもなる。
 果たして、ダストはシンの思う通りに動いた。………ほんの少し癖があるが、その程度はなんとでもなる。
 『ふむ、中々良好だ。………許容範囲だろう。皆、良く頑張ったな。』
 ………MSの内部システムじゃなければ殴り倒したくなる位偉そうな言い回しである。―――ともあれ、それを聞いて一同はへたり込む。
 「終わった―――。」
 ………喜ぶ気力も無い。シゲトなどは、早々にシートに潜り込んで寝てしまった。大尉達は眠気を飛ばすように煙草に火を付け、会釈して宿舎へ戻っていった。―――寝る気には間違い無い。
 シンは、ダストを駐機させた後―――そのままシートを倒し寝そべる。
 もう眠気に勝てそうもない事をシンは良く理解していたので、遠くに聞こえるレイの声を無視して目を閉じた。


 アデルは直立不動だった。―――まさかこの男が来るとは思っていなかったのだ。
 黒の猟犬“ドーベルマン”。
 統一地球圏連合治安警察省長官ゲルハルト=ライヒの子飼いの男―――MSパイロットとしての腕前も相当なものらしく、連合では名の知れた男である。ただ、その名声は必ずしも良い物ばかりでは無い。辛辣で酷薄、おおよそ人情味の無い鬼の様な男―――それが、数々の噂に統一されて存在していた。………つまり、そういう人間に間違いは無い、ということだ。
 アデルの他にこの部屋には“ドーベルマン”と、サムクァイエット基地司令官ドリュー=ガリウスが在席していた。ドリューは基地内外からも“小悪党”と揶揄される男で、実質基地指令としては限りなく無能に近い。コネで基地指令になったともっぱらの噂で、この基地の機能自体はまだしも有能な幕僚が運営していた。早い話が“ハンコを押すだけの基地指令”なのである。だが、如何に無能であろうと基地司令である以上、人事権はこの男が有する。
 それ故にアデルは確信していた―――自分の進言通りに兵員を動かしてくれると。だが、まさか―――つくづく“ドーベルマン”が居るとは思わなかったのだ。
 「………報告は読ませて貰った、アデル=マニングス少尉。」
 ―――刃物のような物言い。眼光が獲物を見つけた鷹の様だ。
 「はっ。」
 直立不動で応えるアデル。
 「無能だな、貴様は。」
 ―――冷水の方がまだ暖かい。
 「………し、しかし………。」
 貴方は私の上官では無い―――そう言おうとして。
 「部下を全員死なせておいて、のうのうと居たんだろう?それを無能と言わずしてなんだ?」
 ………何も言い返せない。
 確かに軍人として、隊長として褒められた事では無い。アデルには痛い所なのだ。 ―――しかし、引くわけにはいかない。最早、引くべき退路も無い。この場から少しでも前に進まなければならないのだ。何とか自分を奮い立たせ、氷河期の様な空気の中で自分の言葉を絞り出す。
 「じ、自分は―――ガンダムとやらを倒したいのであります………。」
 “ドーベルマン”はじろりと、アデルを見る。………眼光で人が死ぬのなら、こういう人間が殺せるのだと思える。
 「ほう………部下の尻は自分で拭うか。―――まだ気骨はありそうだな。」
 「こ、光栄であります………。」
 「それで、どうする?………一人で行って嬲り殺されたいのか?」
 「………いえ。それで、基地指令殿に助力を、と………。」
 ―――アデルは要するに『兵士を貸せ』と言いに来たのである。平時でも指令系統の違う人員に部下を貸す事はある。が………無論好まれる訳では無い。それ故、アデルは基地指令に自分の人脈で何らかの取引を持ちかけようとしたのだ。東ユーラシア政府の上層部に自分の知己は居る。それ故に今までは何とかなっていたのである。
 ―――が、今目の前に居る男にそんなものが通用する訳が無い。
 「自分が部下を死なせておいて、尚も部下を死なせたいのか。―――よくよく無能だな、貴様は。」
 ………ぐうの音も出ない。
 この男が居なければ、ドリュー基地指令は二つ返事で部下を貸したろう。そういう男である。………しかし、上下関係よりも今、この男の方が怖い。この場の決定権を握っているのは、“ドーベルマン”に間違いが無いのだ。故に、アデルは“ドーベルマン”に向き合わざるを得ないのだ。
 ややあって、“ドーベルマン”は言った。
 「―――部下を出すように、俺から基地司令殿に進言しても良い。」
 「そ、それでは―――。」
 アデルは、胸を撫で下ろした。………尤も、それは一瞬だけだった。
 ごとりとテーブルに“ドーベルマン”が出したもの―――ついで言い放った言葉に、最早アデルは戦慄せざるを得ない。
 「―――その代わり、貴様は死ね。」
 “ドーベルマン”が出したもの―――銃。
 「ご、ご冗談を………。」
 アデルはそう言ってみた―――が、その場の雰囲気が、眼光が、それを真実だと絶叫している。テーブルに置かれた銃で自決しろと、言葉よりも明言されている。
 ごくりと、アデルは唾を飲む。………戦場でも、これ程戦慄した事は無い。
 「どうした?遠慮はいらんぞ。………なに、貴様の様に無能な奴に付き従う兵が哀れだと思っての事だ。―――お前の言う通り、兵員は動かしてやる。それがお前の望みだったんだろう?」
 ―――無茶苦茶な物言いだ。
 指揮官は、部下に対して『死ね』という権利がある。『我々は国の消耗品だ』、そういって憚らない軍人はエリートとして認められている。―――しかし、これはどうだろうか?認められる事なのか?………が、それに異議を唱えるべき人物は部屋の片隅で震えているだけだ。
 その場の雰囲気に飲まれ、アデルは銃を取る。………冷ややかで、酷薄な視線。それが牽引材となって、アデルの右腕の銃を動かしていく。
 震える指で安全装置を外し、だんだんと上に持って行く―――行かされる。
 (………逃げ―――られるのか?意味があるのか―――?)
 必死で考えを巡らせるアデル。………しかし、結論は同じだ。最早、退路は無い―――そう自分で確信した通りだ。
 (どの道、死ぬしかないというのか………?)
 あるのかもしれない。全てを捨てて、逃げれば或いは。………しかし、アデルのように栄光を一度掴んだ人間は、中々そこから逃げる事は出来ない。『死んだ方がマシだ』―――そう思ってしまうのだ。
 恐慌、恐怖、畏怖―――その中で、必死に栄光に縋り付く自分。そんなもののために、アデルは動けない―――逃げられなかった。
 基地司令も動けない。雰囲気で、最早卒倒しそうである。
 ―――果たして、アデルは引き金を引いた。
 カチン。
 部屋内に響き渡る、小さな金属音。………銃が空包だと気が付いたのは、じっくり十秒も過ぎてからだ。
 「………ふむ、『死んだ』な。今までの貴様は。」
 “ドーベルマン”はゆるりと立つ。………死神のように。
 「今の貴様なら、部下を連れて行く位の価値はあるだろう。………その代わり、次は無い。良く覚えておく事だ。」
 そう言って、“ドーベルマン”は退出した。
 アデルも、基地司令も暫く動けなかった。………どっと汗が噴き出したが、拭う気も起きなかった。


 ………
 ―――シン、シン………。
 遠くで、自分を呼ぶ声がする。
 か細く、消え入りそうな声。………だけど、何処か懐かしい声。
 ………何時だったろう、その声を最後に聞いたのは。
 “あんた、馬鹿じゃない?”
 そう、その子は屈託無く笑って俺に言った。
 男勝りで、その癖変な所だけ女の子してて。元気で、朗らかで、嘘が付けなくて。………いつの間にか、自分の側に居た女の子。
 ―――ルナマリア。
 ようやくその名前に行き当たる。
 最初は男友達の様な関係だった。アカデミーでもムードメーカーで、何時の間にか人々の中心に居る―――そういう女の子。面倒見が良くて、一人で居る事の多かった俺や、レイの側に来ては皆の側へ連れて行ってくれた。
 ―――戦いになんか、行く奴じゃなかった。あいつには、何時も笑っていて欲しかったのに………。
 あいつの妹は、俺が殺した―――そう思っていた。
 だから、俺は―――あいつに何かしてやりたいと思わざるを得なかった………同情でも、憐憫でも無い………俺自身の心の遣り場を求めて、あいつの側へ寄らざるを得なかった。
 人殺し―――そう罵って欲しかった。俺という人間が、何一つ守る事も出来ず、何もかも壊すしか能の無い人間なのだと、決めつけて欲しかった。
 ………でも、あいつはこう言ったんだ。
 (―――あんた、馬鹿じゃない?あたしはあんたが不器用でも、懸命に何とかしようとしてくれたのを知ってる。………あんたは何時もそうだったから。だから、お願い………もう、あたしに誰も恨ませないで………あたしは、誰も恨みたくない………。)
 人を恨む事しか出来ない人間が居るのなら、人を決して恨みたくない人間だって居るのかもしれない。ルナがそういう人間だったから、俺は、何処か救われたんだと思う。………あいつの側に、居る事が出来たから。
 ………それなのに、俺は………結局…………。
 ………………


 ―――気が付けば、もう夜だった。
 バチバチと、溶接の音が聞こえる。………どうやらサイがまだ作業をしているらしい。
 『起きたか。………大分良く寝ていたな。』
 レイのマシンボイスが、シンを完全に覚醒させる。
 「今、何時だ………?」
 『十時頃か。もうそろそろ夜中だな。』
 空気が冷え込んでいる。………ガルナハンの夜は寒いのだ。寒気を感じ―――シンは毛布を掛けられていた事に気が付く。
 「―――サイ。もう作業を開始してたのか?」
 シンはコクピットから出ながら、サイに声をかける。サイは作業を中断してシンの方に振り向いた。
 「起きたか。もう良いのか?」
 「ああ、大分寝かせて貰った。………毛布、サンキューな。」
 「?………ああ、それはソラが持ってきてくれたやつだ。」
 『俺が言って、持ってこさせた。』
 ………こんな外道なAIも無いもんである。
 「お前な………。」
 シンは文句を言おうとして―――止めた。別に文句まで言う問題でも無い。それより、サイの作業が気になった。………さっきまでで作業は全て終わったはずだったからだ。
 「何やってるんだ?サイ。」
 シンの質問に、サイは顔をしかめる。
 「お前が言ったんだろ、スレイヤーウィップを改造してくれって。」
 「ああ………。」
 (―――そういや、そんな事も言ったか。)
 声には出さなかった。が―――言わずとも、サイには十分伝わった。
 「………。」
 「………すまん。すっかり忘れてた。」
 「お前らしい、といえばそうだが………。」
 『気にするな、サイ。俺は気にしない。』
 ………何時の間にこのAIは混ぜっ返す事まで覚えたんだろう。
 結局、シンはサイの作業を手伝う事にした。―――この上寝たら、サイに殺されそうだったからである。


 ―――翌日。
 朝靄の中、サムクァイエット基地は慌ただしさに包まれていた。
 「ザウート隊、発進準備完了!」
 「ゼクゥ隊、発進準備完了!」
 「マサムネ隊、発進準備完了!」
 「ルタンド隊、発進準備完了!」
 次々に届く報告に、アデルは満足げに頷く。
 「新型MA“ムラマサ“はどうか!?」
 「最終チェック入りました!現在起動シークエンス2!」
 アデルは、ムラマサの格納庫を見やる。黒い鳥―――しかも、マサムネと比べてもかなり大きい。こんな代物がマサムネ並みの機動力を持ちうるのか、アデルも半信半疑である。―――だが、カタログスペックは間違いなく保証されていた。
 (………こいつは良い。こいつなら、ガンダムなど何程の物では無い………!)
 アデルは、込み上げてくる笑いを抑えきれない。
 (―――ムラマサ、こいつなら勝てる!)
 アデルの自信は、ムラマサだけに寄るものでは無い。ザウート三機、ゼクゥ三機、マサムネ三機、ルタンド三機―――更にムラマサと、合計十三機。リヴァイヴのMSがダスト一機にシグナス三機―――数の上では全く勝負にならない。
 (見ていろ、リヴァイヴ―――ガンダムめ!貴様等を二度と“再生”など出来ないよう、粉微塵にしてくれよう!!)
 アデルの狂気を乗せて、政府軍MS隊は進む。―――攻撃目標はアリーであった。


 ………普段と違うという事は、起きて直ぐに気が付いた。
 ソラは、隣で寝ていたはずのコニールの姿が見えないのにまず驚いた。
 「………?」
 コニールは、一応ソラの見張りも兼ねていたはずだ。何も言わずに、居なくなる筈は無い。―――トイレに行く時でさえ、きっちりとしていたのだ。更に、ソラ一人であればきちんと鍵が閉められている筈の扉でさえ開けっ放しだった。
 (………どうしたの?一体。)
 何か、抜き差しならぬ事態―――緊迫感が漂っている。ソラは、それを敏感に感じ取っていた。


 仕方なく、ソラは他の人を求めて食堂へ向かった。………取りあえず食堂は何度も行っているし、機密なども無いと熟知していたからだ。誰か行き会わないかと寧ろ探したが、こんな時に限って誰にも会えない。
 「ねえ………レイ。一体どうしたの?」
 『俺にも解らん。―――だが、ソラの判断は間違いないと言える。………取りあえず食堂へ向かおう。』
 ソラは腕時計のレイにも促され、食堂へ向かう。―――そこでは、更に緊迫した雰囲気が流れていた。誰もが、無言のままTVの報道に見入っていたのだ。


 『―――アリーの街に凶悪なテログループが存在するとの報告を受け、政府軍が出動、現在鎮圧中の様です。アリーの町並みに政府軍MS隊が駐屯しており、街内は騒然とした雰囲気の中で―――』


 TVを見ながら、ユウナは嘆息する。
 「見せしめ―――という事ですか………。」
 ―――それは、この場に居る者達の疑問に答えた一言。
 「アリーは元来、統一地球圏連合に反対的な立場を取っていた街です。その上、交易も観光も盛んで街としての自治力としては中々のものを持っています。―――東ユーラシア政府としては税金こそ稼げるものの、目の上のたんこぶに近い街―――この機に、反対派を削ぎ落とす気なのでしょうね。」
 「しかし、解せねえのは―――なんで今この時かって事だ。」
 大尉がユウナの後を告ぐように言う。
 「アリーは、これから交易が最盛期に入る季節だ。………税金の事を少しでも考えるなら、今この時期っていうのは無いな。―――しかも、東ユーラシア政府の官僚だって今の今までアリーには手を付けずに居た。俺達レジスタンスに物資を流しているのを知りながらな。―――それだけ、政府軍の連中は焦れたって事か?」
 「政府軍の独断専行―――という考えが妥当かもしれませんね。とはいえ、我々としても見逃すわけにはいきません。まして、あの街を根城にしているレジスタンス『ローゼンクロイツ』にとっては大打撃でしょう。」
 いつもの通り大尉のフォローをする中尉。
 「関係ねぇよ、そんな話。………売られた喧嘩なら、こっちから殴りに行こうぜ!」
 血気盛んに、少尉。―――だが、それに冷水を差したのは普段なら合いの手を入れるはずのユウナだ。
 「政府軍のMS隊の数を見ても―――ですか?」
 TVに映し出されたMSの数を見て、さすがの少尉も絶句する。―――リヴァイヴの現有戦力の4倍近いMSの数。サムクァイエット基地の現有戦力―――基地防衛用の戦力を除いた―――ほぼ全てが出撃している公算が高い。
 「政府軍にとってもリスクの高い作戦ですが―――同時にこちらにとってもリスクは高い。つまり、リスクとリターンが釣り合った作戦です。………殲滅戦になりますね、これは………。」
 殲滅戦―――つまり、この地域のレジスタンスと政府軍サムクァイエット基地との。
 もしも、アリーの街の包囲が解かれなければレジスタンス側は補給路が分断されてしまい長期戦になればなるほど不利となる。同時に、東ユーラシア政府側は税金の収集先が一つ無くなってしまい、これも長期的には不利。どちらの側にとっても長期的戦術は行使したくない展開である。
 逆に言えば、この作戦に勝てばサムクァイエット基地は半壊状態に陥る―――それはレジスタンス側にとっては圧倒的なアドバンテージを有せる、という事である。勿論、東ユーラシア政府軍はサムクァイエット基地だけでは無いのだが。
 ユウナはしばし考えた末、コニールにこう伝える。
 「コニール嬢。大変申し訳ありませんが、軍使をお願い出来ますか?」
 軍使とは、軍隊同士の間の伝令の事である。
 「良いけど、何処に?」
 「ローゼンクロイツです。………どちらにせよ、あちらと共同作戦を取る事になるでしょう。おそらく、ローゼンクロイツ側も準備を整えているでしょうし。………攻めるにせよ守るにせよ、こちらも呼吸を整えていかなければいけません。」
 「了解。………早速コンタクトを取るわ。」
 そう言って、コニールは食堂から出て行く。ソラに気が付くが、会釈をして去るのみだ。―――リヴァイヴだけではない、この地域のレジスタンスが共同で当たらなければならないような事態に突入しつつあるのだ。
 その場は、ユウナの指示により解散になった。だが、誰の心にも共通の認識が芽生えていた―――次は大戦になるのだと。


 ソラは、自室に戻っていた。センセイに、それとなく戻されたのだ。―――今はもう、ソラに見張りは付いていない。せいぜいレイだけだ。………最早、それどころでは無いのだから。
 センセイも、シゲトも、サイも―――誰もが血相を変えていた。唯一、変われないのはソラだけだった。………無理もないのだが。
 『ソラ―――俺で良ければ、話し相手にはなるが?』
 ………このAIは本当に人間のようだとソラは思う。
 「ねえ、レイ―――私、間違っているの?」
 『………質問の意図が掴めない。何を間違っていると思うんだ?』
 しばしの迷いの後、ソラは言う。
 「私ね………誰も死んで欲しくない。戦いなんか、して欲しくない。でも、戦いは起こってしまう………。」
 『………それで?』
 「人殺しは罪―――私はそう教わって、今まで生きてきたの―――でも、みんなは人殺しで、人を殺すための集団で―――。」
 『………。』
 ソラは、懸命に言葉を紡ぐ。―――それしか、己を知る術は無いと思えるから。
 「でも―――私は、嫌いに慣れない。センセイも、コニールさんも、シゲト君も。サイさんだって、大尉達だって。………優しいのに、良い人達なのに。なんで、戦うの―――人を殺しに行くの………?」
 『………。』
 何時しか、ソラは泣いていた。―――どうしようもなく、泣いていた。
 人殺しが罪―――そう思いながらもソラはそれを最早否定出来ない。人殺しをする人が即ち、悪い人では無いという事が。

 『ソラ―――あんたはそのままで居てくれ。そのままで―――。』

 シン―――そう、あの人に言われた言葉が滑り込むように心に響く。
 あの場でたった一人―――誰もがソラに『変革』を求めた中でたった一人―――ソラを守ろうとしてくれた人。………ようやく、その事がソラには理解出来た。
 (あの人は―――私を―――私を―――………。)
 心の中ですら言葉にならない、混濁した思い―――だが、何時しかソラはこの思いだけは確信出来た。
 (私は、シンさんの事が信頼出来る―――信頼したい………。)
 何処か、ソラは吹っ切れた様な気がした。その証拠に、ソラは自分が窓から空を見上げていたのに気が付き―――自分の心が立ち上がりかけているのだ、と理解出来た。
 空は何時か見た様な美しい青空で、ソラは慰められる思いだった。


 コニールが帰って来たのは、その日の夕暮れを過ぎてからだった。コニールは相当に急いで帰ってきたようで疲れた様子ではあったが、早速ユウナ達を呼び出すと作戦会議に入った。………とても休む気になれないのだ。
 「ローゼンクロイツの連中は直ぐにでもアリーを取り返す算段のようね。………あたしが到着した時にあたしらリヴァイヴ宛の軍使が発つ所だったわ。」
 疲れた様子を見せず、きびきびとコニール。さすがにゲリラ部隊を率いるだけはある。
 「ローゼンクロイツの戦力は?」
 これは大尉。戦術を決める者として、それは知っておきたい。
 「フライルが三機。………後は兵力を分散していたから、呼び戻すにしても時間が掛かるそうよ。MS用の兵装なら充実しているそうだけど………。」
 それにしても気持ち悪いMSだったけどね、とコニールは小声で付け加える。
 「するってえとウチの戦力と併せても7機、か………不利な喧嘩になるな。」
 ぼりぼりと頭をかく大尉。今その中ではどうやって算段を付けるか、目まぐるしく思考が回転している事だろう。
 「策を弄する、しかないと思いますが………。」
 これは中尉。………とはいえ中尉にも策のネタは無いらしく、それきり黙るのみだ。
 「一機で二機相手にすりゃ良いんじゃねぇの?」
 ………こんな事を言う奴は一人しか居ない。そしてその男はこういう席では基本的に黙殺される。居心地悪く、悪態を付く少尉。
 「………とにかく、今の情報を整理してみましょう。」
 ユウナがテーブルの上に地図を広げる。アリー近郊の拡大地図だ。
 「まず、アリーの街に駐屯しているのはザウート三機。アリー近郊に駐屯するのがルタンドとゼクゥの混成機動部隊。………更に遊軍としてマサムネ隊、ですね………。」
 次々に地図上にチェスの駒が置かれていく。白が自軍、黒が敵軍。………特に駒に拘っては居ないようだが。
 「………俺達とフライル隊がまず殴りに行くとしても、まずはルタンドとゼクゥの混成機動部隊を相手にする訳か。」
 「その場合ですと、直ぐにマサムネ隊が参戦します。更に、ザウートの射程内であれば、こちらはじり貧ですね。」
 「………嫌な事言うな、お前。」
 「事実です。仕方が無いでしょう。」
 ………最早この二人の掛け合い漫才も説明不要だろう。
 「とにかく、ザウートを何とかしないといけませんね………。」
 掛け合い漫才を黙らせたのはユウナ。
 「ザウートの砲撃は厄介です。………彼らの砲撃がある限り、我々は乱戦に突入せざるを得ません。乱戦になれば、如何にパイロットが有能であろうと数の有利が間違いなく働きます。………誰もが背中に目がある訳では無いのですから。」
 どんなプロのMSパイロットだろうと、疲弊し、散漫になる時が必ず来る。そうなった時にフォローが効かなくなるのが乱戦の恐ろしさだ。乱戦とは間違いなく数をそろえた方が勝てるのである。それは戦争の鉄則だ。
 ―――かといって乱戦に持ち込まなければ、各MS同士の撃ち合いになる。しかし、こちらが一発撃っている内に相手はもっと撃てる。これもまたじり貧のパターンなのだ。
 戦闘とは防戦側が基本的に有利だ。攻撃側はまず陣を敷き、その上で攻勢に出なければならない。要するに、相手側にこちらの動きは読まれやすいという事なのだ。
―――勿論、相手に読まれない策というものもある。それを総じて奇策と呼ぶ。果たして、ユウナの脳裏ではその奇策が出来るのか出来ないのか、詳細に検討が行われていた。しばしの熟考の後、ユウナは今まで黙していたシンとコニールに向き直る。
 「貴方達が、私の策の要となります。………今、策を考えました。皆の意見を聞きたいのですが………。」
 ユウナの策を聞き、その場に居た者は全員「?」マークが浮かんだ。………またこれが、突飛な策だったからだ。―――しかし、確かに意表は突ける策だった。大尉が唸り、しかしその策に了承したので―――リヴァイヴは再び動き出した。
 ………その日は誰もが眠れそうになかった。


 ………いつの間にか、ソラは眠っていたらしい。
 MSの機動音が辺りにまき散らかされ、ソラは一気に覚醒する。
 (………出撃?)
 窓から外を見ると―――大尉達のシグナスが今正に出発しようとしているところだった。その向こうにはトレーラーに鎮座したダストも見える。既に武装は整えられ、人々はその者達の足下で右往左往していた。あちこちに指示を出す大尉、スナイパーライフルの調整に余念が無い中尉、忙しく走り回っている少尉。
 「急げ!作戦開始は正午だぞ!」
 そんな大尉の大音声がここまで聞こえる。―――だが、ソラの心には一つの事しか思い浮かばない。
 (―――ひょっとしたら、あの人達にもう会えなくなるのかも知れない………。)
 戦場とは、誰かが死ぬ場所―――誰かを殺す場所だ。そこでは、男も女も、老人も子供も関係は無い。敵ならば倒し、味方ならば助ける。―――それだけの事だ。
 ソラには、ようやくそれが観念として解りつつあった。―――解るからこそ、不安に、どうしようもなく不安になる。
 ―――誰かが『死ぬ』という恐怖。
 その恐怖は、人が本能として持ちうる恐怖―――『死』への恐怖に他ならない。
 (大尉さん達―――シンさんに、もう会えない………?)
 ソラ自身も驚いていたが、それはソラにとってもショックな事になりつつある。………良い人、という言葉では表せない人達なのに。
 ソラは、変わりつつある自分を感じていた―――が、それは自分でも思った程不快なものでもない事に驚きを隠せないでいた。


 不意に、ソラの居る部屋の扉がノックされた。
 ソラは数瞬びくっとしたが、良く考えれば危険な訳でも無い。とはいえ、レイが
 『一応誰か確認しろ。………良からぬ事では無いと思うがな。』
 等と言えば、しっかりと呼吸を整えたくもなる。
 「………どなたですか?」
 ドア越しに、ソラ。―――冷静に考えたら悪意があればこんなドアなど関係は無い。破れば済む事だ。それでもわざわざレイがそういうのは、ソラに『自衛』の意義を教え込む事が目的としてあるからだ。
 果たして、ドアの向こうからは………「俺だ、シンだ。」というぶっきらぼうな返事。
 ソラは安心してドアを開く。そこにはやっぱり、何時も通り不機嫌そうなシンが居た。
 「あ、あの………。」
 ―――どうしたんですか?と言葉を紡ごうとしたら、
 「レイが必要になった。一端返して貰うぞ。」
 ………相変わらず、人との関わりを極力排した物言い。ソラならずとも、疎外感を感じる物言いである。―――だが、今日のソラはそれで怯まなかった。怯みたくなかった。
 「戦場に………行くんですよね?」
 ………とはいえ、出てくるのはそんな言葉だけ。そんな言葉だけだから、
 「ああ。」
 という一言で終わってしまう。
 シンの言う通り、レイを外すソラ。だが、その心には忸怩たる思いがある。
 (―――もっと、話したい―――。)
 今までソラは、極力シンとの関わりを―――他の人との関わりを避けてきた。だが、今のソラはその事について懐疑しか抱いていない。自分がどれ程目を背けようとしても、背けない事実がある。………それに気が付いたから。
 ソラが腕時計をシンに渡すと、シンはきびすを返して去っていく。―――だが、それを見た時、ソラは突発的な衝動を抑えられなかった。
 「………あのっ!」
 言ってから、何故?と思うような大声で。びっくりして振り返るシン。
 「………どうした?」
 そう言われても、ソラだって解らないのだ。だが、確かに―――自分の中に沸き立つような思いがある。言葉にはまだ出来ないけれど、幼子のように叫びたい意志がある。―――それをまだ、ソラは反芻すら出来ないが。
 顔に血が上る―――顔が真っ赤になる。自分は一体、何がしたかったんだろう?
 (………恥ずかしい………。)
 ソラは、俯いてしまった。―――どうにも自分が制御出来ないから。今、シンを見ると―――自分が制御出来ないから。
 それきり、ソラは黙る。―――その場から逃げたくはなかったが、さりとて進む事も出来そうもなかった。


 (………困った。つくづく女の子って奴は解らん………。)
 とはいえ、つくづく朴念仁のシンはこういう状況に遭遇したとしてもこの程度の事しか思いつかない。こういう事に慣れていない―――という訳でも無いが、自分の意志でこういう事をした訳でも無い。
 (面倒だな………ったく。)
 仕方なくシンは自身の記憶の中で、この状況に近い状況の事を思い出し―――取りあえずその通りにしてみる。
 ずかずかとソラの元へ行き、びっくりするソラを構わず頭にぽんと、手をやって―――頭を撫でてやりながらこう言った。
 「解った。こいつは後でちゃんと返すから………。」
 ―――シンの記憶にあるこういう状況。それはマユのおもちゃを取り上げたシンが、泣き出したマユを宥めるために使った方法。………限り無く勘違いなのだが。
 とはいえ―――ソラは頷いた。
 「じゃあな。」
 「………はい。」
 シンは後ろも見ずに去る。ソラはずっと、シンの事を見ていたのに。
 『―――朴念仁もここまでくれば大したものだ。』
 そう、レイがぼそっと誰にも聞こえない様に呟いた。

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