『勇者』の意味、『英雄』の真実 ◆6XQgLQ9rNg
 東の空が微かな明るみを得始める。 
 このまま時が過ぎ太陽が昇ると、砂の海はあっという間に気温を上げるだろう。 
 そうなれば、夜空に散らばっている星たちは見えなくなってしまう。 
 名残惜しくて、ユーリルは天空を振り仰いだ。 
 命を落とした仲間たちは――クリフトや
トルネコは、あの空で星となって瞬いているのだろうか。 
 そっと、目を閉じる。 
 瞼の裏に浮かんだ神官と商人の姿に小さく祈りを捧げ、ユーリルはすぐに歩みを再開する。 
 悲しみに暮れ、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。 
 嘆きに引きずられ、ずっと足踏みをし続けていてはならない。 
 何故ならば彼は人々の希望であり、人類を救うために立ち上がるべき運命を背負った勇者なのだから。 
 強くあるべきだ。何があっても不屈の心を持ち、強くあらねばならない。 
 故に、物言わぬ屍と化した仲間の首を、その手で握り潰した。 
 後悔はしていない。間違った行動だったとは思わない。 
 それが、勇者として必要だと判断したから。勇者としてすべき行動だったから。 
 砂に足を捉われながらも、ユーリルは確かな足取りを地に刻んでいく。 
 躊躇せずに進む彼が向かうのは、砂漠に屹立する一本の塔。 
 先ほど見えた閃光に関わる誰かが、潜んでいる可能性がある建造物。 
 出会う人物に力がないのなら、絶対に守ると誓って。 
 平気で命を奪う人物と遭遇したなら、必ず倒すと決意して。 
 ユーリルは真っ直ぐに歩いていく。 
 勇者としての使命を、その胸に抱いたままで。 
 
 ◆◆ 
 その塔は一本道ではあるが、奇妙な構造をしていた。 
 塔というものは通常、下から上へと向かうものだ。 
 地下にフロアが存在する場合もあるが、ひたすら下に向かうというケースはほぼないと言っていい。 
 だが、その塔は違った。 
 螺旋状の下り階段ばかりで、地上より高いフロアに通じる道は見当たらない。 
 塔と言うよりも、洞窟という表現が相応しいその建造物は、かなりの深さを有していそうだった。 
 幅の広い螺旋階段の真ん中を、ユーリルが一人降りていく。 
 落ちる床で通路が作られた部屋を抜けてきたが、今のところ、塔の中に彼以外の気配はない。 
 両脇が吹き抜けとなっているこの階段に誰かが潜んでいるとは考えにくい。 
 それでもユーリルは、足音を立てないように気を払う。 
 長い螺旋階段を降りると、大きな部屋へと通じる路に至る。 
 どうやらこの塔は、螺旋階段の合間にいくつか部屋があるようだ。 
 警戒しておいて、損はない。 
 そう判断したユーリルは、すぐに部屋へと足を踏み入れず、息を潜め背を壁に預けた。 
 耳をそばだててみるが、特に物音は聞こえない。 
 続いて、慎重に振り返り中を覗き見る。扉は付いていないので、さしたる苦労をせずに様子を窺えた。 
 見えたのは大きな石版と、そして。 
 石版にもたれかかって座る髪の長い女性と、彼女の膝を枕にして目を閉じている赤い髪の幼子だった。 
 女性は幼子の髪に触れ、幼子は愛らしい寝顔で夢の世界に浸っている。 
 そこには、温もりと慈愛が満ちていた。 
 血生臭い殺し合いとはかけ離れた優しい光景に、ユーリルは思わず頬を緩ませる。 
 温かな安堵感を覚えたユーリルは、そのまま部屋に入ろうとして、ふと足を止めた。 
 急に見知らぬ男が現れたら、驚かせてしまうかもしれない。 
 この島にいる人間は皆、魔王オディオに命を握られ、殺し合いを強要されているのだ。 
 誰に狙われ傷つけられ殺されるか分からないこの状況で、見ず知らずの他人を簡単に信用できるはずがない。 
 またひょっとすると、先の光が放たれる原因となった戦闘に、彼女たちが関わっていた可能性もある。 
 もしもそうならば、警戒心を強めているのが普通だろう。 
 一声かければいいのかもしれないが、的確な挨拶の言葉が見当たらない。 
 腕を組んで床を眺め、頭を捻る。 
 警戒や緊張を解きほぐせる言葉を投げかけたいと、そう考え始めて。 
 一人の商人に、思い当たる。 
 ――こういうのは、トルネコが得意なんだよな……。 
 大げさに頭を振って、その面影を拭い去る。 
 まだ引きずっている自分に嫌気が差して、ユーリルは自分に言い聞かせる。 
 僕は、勇者なのだ。 
 生きている人々のために剣を取り、魔を打ち払う宿命を背負っているのだ。 
 
デスピサロだけでなく、あらゆる危機から人々を守るための存在なのだ。 
 だから、勇者として、もっとしっかりしなければ。 
 何度も繰り返し、強く強く言い聞かせる。 
 勇者という言葉を、唯一の拠り所とするように。 
 勇者という言葉が、ユーリルの全てであるように。 
 
 そんな自己暗示めいた思考を断ち切ったのは、部屋から届いた声だった。 
「……誰か、いるんでしょう? 覗き見の楽しさは分かるけど、出てきてくれないかしら?」 
 ユーリルは、顔を上げる。 
 勇者の名に相応しい表情で、呼び声に相対するために。 
 部屋に入ると、女性は会釈をして迎えてくれる。だからユーリルも、礼を返し、そして言う。 
「ユーリルです。勇者、ユーリル」 
 敢えて勇者と告げたのは、女性に身分を明かすためというよりも、自身のためだった。 
 すると、女性は整った眉を小さく持ち上げた。 
「……勇者?」 
 確認するように問うてくる女性に、ユーリルは首を縦に振る。 
 自分の存在が、彼女に希望を与えられればと願いながら。 
「そう。勇者、か」 
 何か引っ掛かりを覚えたかのように、女性は目を伏せる。その様からは、希望の色は見られない。 
 どうかしたのかと、尋ねようとする。 
 だが、ユーリルの疑問が声となるよりも早く、女性が口を開いた。 
「わたしは
アナスタシア・ルン・ヴァレリア。この子は、
ちょこちゃん。 
 この子に付き合って塔を探検してたんだけど、仕掛けの解き方を考えてるうちに寝ちゃったのよ」 
 
 女性――アナスタシアは背後の石版を指差す。 
「一応、わたしは分かったんだけどね。ちょこちゃんが自分の力で解きたがってたから黙ってたの。 
 無邪気な、子だわ」 
 何処となく辛そうな声音で言って、ちょこに目を落とすアナスタシア。つられて、ユーリルも幼子の顔を見る。 
 規則的な寝息を立てるちょこは、本当に無邪気な顔をしている。 
 ちょこの小さな首にもやはり、命を消し飛ばす首輪があった。 
 胸に灼熱の感情が込み上げてきて、ユーリルは拳を強く握り締める。 
 その感情とは、こんな小さな子どもにまで殺し合いを強要する、魔王オディオへの激怒だ。 
 どんな理由があっても、このような罪なき子どもの命を弄ぶなど、許せる行為ではない。 
「魔王……許せない」 
 憤怒に押し出され呟きが漏れる。 
 人々を守り魔王を打倒すると決意しているユーリルにとって、勇者にとって、それはごく自然で当然の感情だ。 
「――あなたが、勇者だから?」 
 だからその問いに、ユーリルは迷わずに頷いた。 
 するとアナスタシアは、またも目を伏せる。 
 憂いを孕んだその顔はとても美しいが、ユーリルは、何かまずいことを言っただろうかと不安になる。 
「『勇者』って、何? どういう存在なの?」 
 前触れもなく、ぽつりと問いが落とされた。 
 何故そんなことを聞くのだろうと首を傾げながらも、ユーリルはすぐに答える。 
 弱き人々を守るために剣を取り、彼らを脅かす悪と戦う者だと。 
 迷わずに言い切り、逆に問う。 
 何故そんな質問をするのか、と。 
「よく知っているからよ。『英雄』と呼ばれた、たった一人の女の子のことをね。 
 少し、聞いてくれるかしら?」 
 ユーリルが頷くと、アナスタシアは目を伏せ、口を開いた。 
 ◆◆ 
「<剣の聖女>の話を、知っている?」 
 その問いに、勇者と名乗った少年――ユーリルは首を横に振った。 
 どうやら、誰もが知っているわけでもないらしい。 
 だが、その方が都合はいい。知らない方がきっと、率直に受け止められるだろう。 
 アナスタシアは、語る。 
 世界を焼き尽くそうとする焔の災厄――魔神ロードブレイザーを、命を掛けて封印した『英雄』の物語を。 
 ――その少女は、伝説の剣を携え一柱の神――ガーディアン・ルシエドを引き連れて、強大な災厄に立ち向かった。 
 それはファルガイアの人々に伝わっている通りの、英雄性に満ちた英雄譚。 
 ――その少女は、自らの身と命を引き換えにして、災厄の元凶である焔の魔神を封印した。 
 それは<剣の聖女>の本質には全く触れられない、後世に伝えられた伝承。 
 ――たった一人の女の子を犠牲にして、世界と人々は救われた。 
 ――かくして少女は、世界を救った英雄――<剣の聖女>と称えられて崇められた。 
 ――そして、剣の少女の血を引く者は『英雄の血族』として、特別視されるようになった。 
 そんな物語をアナスタシアは、語り終えた。書物に記された文字をなぞるように、淡々と。 
 アナスタシアが口を閉ざしたとき、小さな拍手が部屋に響いた。 
 眠るちょこを気にしているため控えめだが、確かな拍手を聞きながら、アナスタシアは問う。 
「このお話に出てくる英雄は、『選ばれた勇者』だと思う?」 
 何故こんなことを尋ねているんだろう。 
 そもそも何故、この話をしたんだろう。 
 考えながら、答えを聞く。 
 ユーリルは迷わずに、何度も頷いた。 
「じゃあその英雄は、どうして選ばれたのかしらね?」 
 ユーリルの答えを、アナスタシアは聞く。 
「彼女は特別な存在で、英雄になるべき人物だったから」 
 アナスタシアは、内心で溜息を吐いた。 
 ユーリルにとって『英雄』というものは、本当に特別で栄えある存在に映っているらしい。 
 彼自身が、<剣の聖女>と同じ立場にあるというのに、だ。 
 アナスタシアはふと気付く。 
 少なからず、失望を覚えていることに。 
 それが分かったとき、この話をした理由も尋ねた訳も見えてきた。 
 同じような立場にあるユーリルならば『英雄』の本質を悟ってくれると。 
 <剣の聖女>に共感してくれると、期待していたからだ。 
 しかし叶わなかった。 
 きっと、彼は心から『勇者』という称号を誇りとしているからだろう。 
 誇りを持つことを悪いと断じはしない。 
 それでもせめて、知っておいて欲しかった。 
 『英雄』や『勇者』という称号が、美しく高貴な意味を持つだけではないということを。 
 完全にアナスタシアの我儘だ。 
 自覚していながらも、告げずにはいられない。 
「彼女は特別でも何でもなかったわ。 
 お友達とお喋りをして、素敵な恋をしたいと願っていた普通の女の子だった。 
 ただ、大好きな人たちを失いたくないって、そして、絶対に死にたくないって、心から望んでいただけ。 
 世界のことなんて一度も考えず、自分と、自分の周りのことだけしか考えていなかった。 
 だからね、その血を引いていることなんて何の意味もない。 
 英雄の子孫たちが特別だなんて、思い込みでしかないの」 
 押し黙るユーリルを無視し、アナスタシアは再び語る。  
 先ほど物語を話したときとは違い、生の感情が篭った言葉で、朗々と。 
「<剣の聖女>は『勇者』でも『英雄』でも『聖女』でもないわ」 
 アナスタシアはそこで一度言葉を区切り、息を吸い、ユーリルの目を真正面から見据える。 
「彼女は、絶対的な脅威の前に差し出された――『生贄』よ」 
 目を見開いたユーリルが息を呑む。それでもアナスタシアは黙らない。 
 苛烈な攻撃を掛けるように、<剣の聖女>の言葉を告げていく。 
「皆が強く望めばよかった。 
 大切なものを守りたいと、絶対に生きたいと、誰もが望めば、きっと災厄を払えたのに。 
 でも、人々はそうはしなかった。たった一人の女の子に全てを任せ、何もかもを押し付けたの。 
 その結果、誰よりも生きたいと望んでいた女の子は命を落としたわ」 
 深く長い息を吐くアナスタシア。 
 彼女の視線の先、ユーリルは俯いている。 
 そんな彼を叩き落すように、アナスタシアは続ける。 
「もう一度訊くわね。――『勇者』って、何?」 
 言葉の向かう先、ユーリルは黙っている。 
 俯いて、黙っている。 
 ◆◆ 
 かつん、かつん、かつん。 
 硬い足音だけが一つ、螺旋階段に残響する。 
 重い足取りで階段を昇るのは、ユーリルだ。 
 降りるときは足音を消して歩いていたのに、今は、耳障りなくらいに足音が鳴っている。 
 それ以外の音がないせいで、たった一人ぼっちになったように錯覚し、寂寥感が喉に詰まる。 
 人恋しいなら、少しだけ戻ればいい。 
 そこにはアナスタシアと、ちょこがいるのだ。 
 だが、彼女らの元へと戻るのは気が進まなくて、階段を上がり地上へと向かう。 
 かつん、かつん、かつん。 
 小屋から見えた紅の閃光のことなど、頭から吹き飛んでいた。 
 ただただ、アナスタシアが語った物語だけが、ぐるぐると回っている。 
 その物語には『英雄』や『勇者』など出てこない。 
 登場するのは、世界を滅ぼす災厄と、無責任な人々と、たった一人の『生贄』だけ。 
 『英雄』の実体が『生贄』だとするならば、『英雄』と同義である『勇者』である自分は。 
 実のところ、体のいい『生贄』でしかなかったのだろうか。 
 かつん、かつん、かつん。 
 違う。そうじゃない。 
 少なくとも、彼が住んでいた村の人たちは――
シンシアたちは、ユーリルを守るために戦い命を落とした。 
 何もかもを『勇者』に押し付けようとしたのなら、彼らが魔物に立ち向かったりしないはずだ。 
 そしてユーリルは一人ではなかった。七人の仲間が、導かれし者たちがいたのだ。 
 彼らは決して、ユーリルに全てを任せはしなかった。自らの意志で、戦ってくれた。 
 だから、違う。『生贄』なんかじゃない。 
 
 ――本当に? 
 別れたアナスタシアの声が、脳裏に響いた。 
 アナスタシアはまるで、<剣の聖女>の亡霊のように囁いてくる。 
 その声に、ユーリルは頷けなかった。話を聞く前ならば、惑うことなく首肯できたはずなのに。 
 それだけではない。 
 勇者とは何か、という問いにだって、答えられたはずなのに。 
 かつん、かつん、かつん。 
 ユーリルは今、生きている。デスピサロと対峙しても、こうして生き延びている。 
 しかし、もしも<剣の聖女>のように、デスピサロと刺し違えていたら。 
 そうなっていたら、人々は、『勇者』の死に嘆き悲しむのだろうか。 
 あるいは。 
 『生贄』を犠牲にすることで得た平和に喜び打ち震えるのだろうか。 
 アナスタシアは、こうも言っていた。 
 <剣の聖女>は、普通の少女だったと。 
 それはつまり、『英雄』になるためには、特別な資質など必要ないということを意味している。 
 ユーリルはもう一度、仮定する。 
 もしも本当は。 
 天空人の血など無関係に、誰だって『勇者』になれるとすれば。 
 ――どうして僕が、こんなに辛くて、怖くて、苦しい思いをしなければならない? 
 ずっと住んでいた村が滅んだときは、とても悲しかった。 
 デスピサロを始めとして、様々な魔物との戦闘は、本当はとても怖かった。 
 クリフトの死を目の当たりにしたときも、事切れたトルネコを見たときも、とても辛かった。 
 本当はあんな風に、トルネコの遺体から、首を千切りたくなんて、なかった。 
 だが。 
 特別な存在であると。 
 自分がやらなければ誰にも出来ないと。 
 そう信じていれば、耐えられた。我慢できた。乗り越えられた。 
 なのに。 
 誰でもよかったなんて、そんなの、酷すぎる。 
 誰でもいいのなら、他の人でもいいはずなのに。 
 そこまで考えて、ユーリルは思い至る。 
 ――ああ、そうか。やっぱり『勇者』なんてものは『生贄』なのかな。 
 特別な『勇者』になってしまったら、使命という荷物を背負わされ、悲哀や恐怖や辛苦を押し付けられ、全てに耐えることを強要されるのだ。 
 誰とも変わらない一人の、普通の人間だというのに。 
 これが『生贄』でないというのなら、何だというのだろう。 
 ひょっとすると、誰も気付いていないだけで。 
 ユーリルを育て守ってくれた村人たちも、共に戦った仲間たちも皆、平和のために捧げられた『生贄』だったのかもしれない。 
 ――どうして、どうして、僕なんだ……? 
 かつん、かつん、かつん。 
 思惟の底に沈んでいる間に、気付けば螺旋階段を昇りきっていて、塔の入り口まで戻ってきていた。 
 開け放たれた出入り口から見える空は、朝へと近づいている。 
 ユーリルは外に出るや否や、
クロノと再会を約束した教会へと駆け出した。 
 まるで、遭遇してしまった亡霊の前から逃げ去るように。 
 
 砂に足を取られ転びそうになりながらも、必死で走る少年の胸で、拠り所が揺れる。 
 何事をも耐えるための強さであった拠り所が、ぐらぐらと、大きく激しく、揺れ動く――。 
【F-3 東部 一日目 早朝】 
【ユーリル(DQ4男勇者)@ドラゴンクエストIV】 
[状態]:疲労(中)。『勇者』という拠り所を見失っており、精神的に追い詰められている。 
[装備]:最強バンテージ@LIVEALIVE、天使の羽@
ファイナルファンタジーVI 
[道具]:基本支給品一式 
[思考] 
基本:打倒オディオ 
1:急ぎ教会へと向かいクロノと合流したい。 
2:打倒オディオのため仲間を探す。 
3:
ピサロに多少の警戒感。 
4:
ロザリーも保護する。 
[備考]: 
※自分とクロノの仲間、要注意人物、世界を把握。 
※参戦時期は六章終了後、エンディングでマーニャと別れ一人村に帰ろうとしていたところです。 
※オディオは何らかの時を超える力を持っている。 
 その力と世界樹の葉を組み合わせての死者蘇生が可能。 
 以上二つを考えましたが、当面黙っているつもりです。 
 
 ◆◆ 
 寝息がだけ落ちる部屋でアナスタシアは、ちょこの髪の柔らかさを掌で、小さな頭の重さを脚で感じていた。 
 ユーリルがこの場にいないのは、アナスタシアが同行するのを避けたためだ。 
 彼と共に行動すれば戦力は増すだろうが、ちょこが彼に懐いてしまうのは避けたかった。 
 ユーリルに情が移ってしまうと、ちょこが彼と戦えなくなる可能性が高い。 
 力を持つちょこには、アナスタシアだけを守るため、他の人間全てと戦ってもらわなければ困るのだ。 
 不信感を抱かせずに別れられたのは、ユーリルの意識を揺さぶってあったおかげだろう。 
 意図したわけではないが、結果的にあの話が功を奏したと考えられる。 
 去っていく足音は、もう聞こえない。 
 『勇者』という肩書きに誇りを抱いていた少年は、どうなるだろう。 
 自分を見失い彷徨し、その果てに死ぬのならそれでいい。 
 しかし願わくば自暴自棄になり、他の人物を殺して回って欲しいところだ。 
 死者が増えるほど、心底渇望する『生』へと近づけるのだから。 
 汚さと醜さを強く自覚して、アナスタシアの顔に嘲りが浮かび上がる。 
 生きるために初対面の子どもを利用し、見知らぬ少年の心を押し倒した。 
 挙句の果てに、彼らを含めた数人の死を望んでいる。 
 こんな人間が聖女などお笑い種だ。 
 これほどの欲望に塗れているから、『生贄』に選ばれてしまったのだろう。 
 それでも、飽くなき欲は止められない。手にしたチャンスは逃したくない。 
 もっとずっと、生きたくて生きたくて生きたくて、たまらない。 
 たとえ、他の全てを奪いつくしたとしても。 
 そのために、ユーリルにも役に立って欲しい。 
 しかし、そうはならなかったら。 
 ユーリルが答えを見つけ、<剣の聖女>とは違う道を歩けたなら。 
 <剣の聖女>が見つけられなかった答えを出せたのなら。 
 彼は『生贄』ではなく、『勇者』となれるのだろうか。 
 それが羨ましいわけではない。特別な称号など欲しくない。 
 アナスタシアはあくまで、ずっと普通の人間でいたい。 
 だが、興味はある。 
 故にもし『勇者』と名乗る彼にもう一度会えたなら、そのときは繰り返し、同じ質問をしてみたい。 
 そして、ぼんやりと思案する。 
 ユーリルが彼だけの答えを得て、真の『勇者』になったなら。 
 ――わたしは守ってもらえるのかな。それとも、裁かれるのかな。 
 考えるアナスタシアの膝の上、寝返りを打ったちょこが目を擦っている。 
 どうやら目を覚ましたらしい。 
 だから、アナスタシアは笑いかける。他でもない、自分のために。 
 それは、聖女を連想させる、美しい笑みだった。 
【F-4 砂漠の塔(背塔螺旋) 一日目 早朝】 
【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@
WILD ARMS 2nd IGNITION】 
[状態]:健康 
[装備]:なし 
[道具]:不明支給品1~3個(負けない、生き残るのに適したもの)、基本支給品一式 
[思考] 
基本:生きたい。そのうち殺し合いに乗るつもり。ちょこを『力』として利用する。 
1:砂漠からの脱出。 
2:背塔螺旋の探索、あるいは別の施設を見て回る。 
3:『勇者』ユーリルに再度出会ったら、もう一度「『勇者』とは何か」を尋ねる。 
[備考] 
※参戦時期はED後です。 
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。 
※ちょこを『力』を持つ少女だと認識しました。 
※ちょこの支給品と自分の支給品から、『負けない、生き残るのに適したもの』を選別しました。 
 例えば、防具、回復アイテム、逃走手段などです。 
※襲ってきた相手(
ビジュ)の名前は知りません。 
 
【ちょこ@
アークザラッドⅡ】 
[状態]:健康 
[装備]:なし 
[道具]:不明支給品1~3個(生き残るのに適したもの以外)、基本支給品一式 
[思考] 
基本:おねーさんといっしょなの! おねーさんを守るの! 
1:逆さまな塔を探索するのー! でも、なぞなぞが難しくて扉が開かないの…… 
2:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの! 
[備考] 
※参戦時期は不明。 
※殺し合いのルールを理解していません。名簿は見ないままアナスタシアに燃やされました。 
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。 
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。 
※襲ってきた相手(ビジュ)の名前は知りません。 
 
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最終更新:2010年06月27日 21:35