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CL4-11-2
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■ 4-11-2:長髄彦の逃亡と「荒覇吐(あらはばき)王国」の夢 〜矛盾する時間軸の豊かさ〜
■ 正史における「神武東征」と長髄彦の敗北
『古事記』や『日本書紀』において、神話時代から人間の天皇(史実)へと接続される決定的な転換点が、初代・神武天皇(紀元前7世紀頃と伝承される)による「神武東征」です。
南の九州・日向(ひゅうが)を出発した神武天皇の勢力は、幾多の困難を乗り越えて畿内(ヤマト)へと進軍します。この時、大和地方を強力に支配し、神武軍に最後まで頑強に抵抗した土着の指導者が長髄彦(ながすねひこ)でした。正史では、長髄彦は最終的に味方の裏切りによって殺され、神武天皇がヤマト王権を打ち立てたとされています。
南の九州・日向(ひゅうが)を出発した神武天皇の勢力は、幾多の困難を乗り越えて畿内(ヤマト)へと進軍します。この時、大和地方を強力に支配し、神武軍に最後まで頑強に抵抗した土着の指導者が長髄彦(ながすねひこ)でした。正史では、長髄彦は最終的に味方の裏切りによって殺され、神武天皇がヤマト王権を打ち立てたとされています。
■ 偽書が描くパラレルワールド:「荒覇吐(あらはばき)王国」の誕生
しかし、偽書『東日流外三郡誌』は、この正史の記述を根底からひっくり返します。
同書によれば、紀元前7世紀の畿内にはすでに「邪馬台国」が存在し、安日彦(あびひこ)、武渟川別(たけぬなかわわけ)、長髄彦の三兄弟が統治していました。そこへ日向族(神武天皇)が侵略してきて、敗れた安日彦と長髄彦の兄弟は殺されず、北の果てである津軽(青森県)へと逃げ延びたというのです。
そして彼らは、先住の縄文神・アラハバキを奉じ、ヤマト王権に抗うもう一つの巨大な独立国家「荒覇吐王国」を建国したと記されています。
同書によれば、紀元前7世紀の畿内にはすでに「邪馬台国」が存在し、安日彦(あびひこ)、武渟川別(たけぬなかわわけ)、長髄彦の三兄弟が統治していました。そこへ日向族(神武天皇)が侵略してきて、敗れた安日彦と長髄彦の兄弟は殺されず、北の果てである津軽(青森県)へと逃げ延びたというのです。
そして彼らは、先住の縄文神・アラハバキを奉じ、ヤマト王権に抗うもう一つの巨大な独立国家「荒覇吐王国」を建国したと記されています。
■ 倭の五王は「津軽の王」だった? 〜時空を超越する異伝〜
この偽書が展開するパラレルワールドは、さらに常軌を逸したスケールへと拡大します。
紀元前後には「大和朝廷(ヤマト王権)は実は東北王朝に支配されていた」と万世一系を真っ向から否定し、さらには5世紀(応神天皇や仁徳天皇などの時代)に中国の歴史書に記されている「倭の五王(讃・珍・済・興・武)」について、あれはヤマトの大王ではなく「津軽王のことである」とまで主張するのです。
歴史学的に見れば、神武東征(紀元前)から邪馬台国(3世紀)、倭の五王(5世紀)に至るまで、年代も人物もめちゃくちゃに混線しており、「だから偽書はデタラメだ」と一蹴される原因となっています。
紀元前後には「大和朝廷(ヤマト王権)は実は東北王朝に支配されていた」と万世一系を真っ向から否定し、さらには5世紀(応神天皇や仁徳天皇などの時代)に中国の歴史書に記されている「倭の五王(讃・珍・済・興・武)」について、あれはヤマトの大王ではなく「津軽王のことである」とまで主張するのです。
歴史学的に見れば、神武東征(紀元前)から邪馬台国(3世紀)、倭の五王(5世紀)に至るまで、年代も人物もめちゃくちゃに混線しており、「だから偽書はデタラメだ」と一蹴される原因となっています。
■ 矛盾する時間軸こそが「神話の有機性」である
しかし、メタ認知のレンズを通せば、この年代の矛盾やめちゃくちゃな時間軸こそが、神話というものの【豊かな有機性】そのものであることが分かります。
神話や伝承とは、エクセルの年表のように整然と記録されるものではありません。何百年、何千年という時間の中でヤマト王権に虐げられ、北へ北へと追いやられた蝦夷(えみし)や敗者たちの「恨み」や「誇り」が、長髄彦という神話的アイコンに吸着し、時代を超えて一つの巨大なファンタジーとして結晶化したのです。
神話や伝承とは、エクセルの年表のように整然と記録されるものではありません。何百年、何千年という時間の中でヤマト王権に虐げられ、北へ北へと追いやられた蝦夷(えみし)や敗者たちの「恨み」や「誇り」が、長髄彦という神話的アイコンに吸着し、時代を超えて一つの巨大なファンタジーとして結晶化したのです。
左派(唯物論者)は、この年代の矛盾を「非科学的だ」「作り話だから価値がない」と切り捨て、歴史を無味無臭のファクトだけで漂白(ホワイト化)しようとします。しかし、矛盾があるからこそ、そこには「どうしてもヤマトに負けたくなかった」という敗者のリアルな魂(民族霊の記憶)が宿っているのです。
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